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「先生よぉ。俺、なんともないんだよ。痛いとか痒いとかさ。冬の寒空の中、段ボールいっちょで外で寝てても、風邪ひとつひかねえしさ。それなのに、そんな大そうな病気なのかい?」

年の頃は恐らく40代前なのだろうか。
入院にあたり入浴を済ませて小奇麗になっているが、顔中を覆った髭のせいで年齢がよくわからない。
男性としては非常に小柄な身体。身長は恐らく150cm程度だろう。


「いいですか?初期でよかったんですよ。すい臓がんというのは、普通見つかった時には手遅れになっているケースがほとんどなんです。そうなると手術も出来ず、ただ死んでいくのを待つしかなくなります。あなたは幸運だったんです。」
俺は、自分の事のように安堵の表情で男に語りかけた。
もちろん、柔らかな微笑みを浮かべたままだ。

「いやあ、先生は本当に神様みたいなお方だ。俺達みたいなホームレスの健康診断を定期的にしてくださってさ。それで、こんな風に病気になっちまったときにも、立派な病院で手術してくれるって言ってくれる。いいのかい?本当に、俺、金なんて一銭も持ってないぜ?」
「ええ。心配なさらないでください。お金なら、沢山持っている方からしっかり頂けばいいんです。命よりも重いものなんて何もありませんよ。」

そう俺は言った。
コイツらはそう言って、いつも俺を崇めたてる。
時には、手を合わせて拝むような者さえいる。

まあ、確かに、ある意味、俺は神みたいなものだからな。



俺は男の診察を終え、事務方に入院の指示を出した。
いったん院長室に入り、大きな鏡の前で身支度を整える。
10分以上かけて、頭の先から足先までチェックを入れて、白衣を新しいものに変えた。

「モノ」は手に入った。
最近では、もっとも難易度の高かったケースだが、こういう場合でもしっかり対応できるかどうかが、ポイントだ。あとは、ベストのタイミングでベストの手法でベストの執刀医が淡々と事を運べばいい。
簡単なことだ。

難しいのは「演出」だ。
ただ、玲奈の手術が成功するだけではダメだ。
医師としてでなく、一人の男として彼女にオブリゲーションを与えなくてはならない。だが、それも特に問題はないだろう。何しろ、人間にとって最も大事なモノを、俺は握っているのだから。


「入ってもいいかな?」
俺は玲奈の病室のドアを軽くノックした。
中から、明るく談笑する声と、軽やかな音楽が聞こえてきた。
ライブDVDでも見ているのだろうか?
歓声をバックにした「アンテナ」の曲だ。

どこかで誰かが待っているよ~
落し物拾うみたいに
どこかで誰かが待っているよ~
思いがけないどこかで~


「ずいぶん、楽しそうだね。」
「あ、ごめんなさい。騒ぎすぎですよね?まなつちゃん、ちょっと音小さくしようか?」
「おや、まなつちゃん。いつの間に玲奈お姉さんと仲良しになったのかな?」
「先生。わたしね、玲奈ちゃんとおんなじなんだって。ねえ、玲奈ちゃんが良くなるなら、わたしもきっとよくなれるよね?」

玲奈と同じ?この子、いったいどこまで知ってるんだ?
確かに、2人は偶然とはいえ、まったく同じ病状だ。
面倒な話にならなければいいが…
俺は、ほんの少しだけ心の中に靄がかかったような気がした。

「ああ。きっとよくなる。だいじょうぶだよ。先生がちゃんとまなつちゃんの事を治してあげるから。」
「しょうがっこう…いける?」
「もちろんさ。きっと行けるよ。ねえ、まなつちゃん。先生ね、これから玲奈お姉さんと大事なお話があるんだ。ちょっとの間だけ、自分のお部屋に戻っててもらえるかな?」
「うん。玲奈ちゃん。また後で遊んでくれる?」
「いいよ~先生とのお話が終わったら、お部屋に呼びにいくね。」
「やったー。じゃあ、ばいばい~」

ぱたぱたとスリッパの音を響かせて、真夏が部屋を出て行った。
俺はその姿を笑顔で見送り、そのままの優しい表情で玲奈の方を振り向いた。

「玲奈さん。手術の日程が決まったよ。今なら君の体調も安定している。問題なく移植手術を行う事が出来る。今日は、術式等の確認をしておこうと思って来たんだ。」
俺は玲奈のベッドの隣の椅子に腰を下ろした。

玲奈が俺をじっと見つめる。
この瞳だ。この射るような瞳の力強さが俺を虜にするんだ。
しかし、この視線が俺に救いを求めてくるようになる。

そうだ。君の難病を救うには、俺の力が必要なのだ。
俺のこの手無しには、君の命を紡ぐ事はできないのだから。
さあ…俺に屈するがいい。
俺の力への憧憬と敬意が愛へと変わる。
その瞬間を味合わせてもらおうではないか。


「拡張型心筋症のもっとも確実な治療法は、健康でマッチング性の高い心臓を移植することだ。しかし、実は最も難しい問題は手術そのものではないということだ。君は臓器移植法の事には詳しいかな?」
俺の質問に、玲奈が首を振った。
よしよし。それでいい。
下手に詳しくなると、いらぬ倫理観だ諸々の手続きだと余計な事に気を回し始めるヤツが多いんだ。

「この病院が、もっとも優れているのは、その移植にあたっての情報ネットワークが優れている事にある。心臓は、特にそこが難しくてね。なかなか適合する臓器を見つける事が出来ないんだ。しかも、君の身体には極めて珍しい性質があって…」
俺は、極力玲奈の不安が増すように話をしていった。
演技力が問われるシーンだ。

我ながら迫真の演技だな…
俺は、自分に酔っていた。
よく俳優が医療ドラマで優秀な外科医を演じているが、俺からしたら、あんなものは糞だ。圧倒的に迫力がない。俺に言わせたら、真の医療の闇を知らぬ人間にリアリティある演技などできっこないんだ。

「あの、先生。私に心臓を提供してくださる方って、どんな方だったんでしょうか?」
玲奈が憂いを帯びた目で聞いてきた。
良くある…実によくある質問だ。
だが、それを聞いていったいどうする?

当然ながら、臓器を受け取るという事は差し出した側の命が失われているという事だ。人間は欲深い生き物だ。しかし、同時に罪深い生き物でもある。自らの命が助かるのなら、そこに他人の犠牲があっても、それを受け入れる。だが、決して善人でいる事を手放そうとしない。喜べばいいのだ。他人がどうあっても関与しなければいいのだ。手放しで喜べばいい。「誰かは知らないが、よく私の為に死んでくれた」と。

それでも、必ず皆が聞く。
そして、その失われた命へのエクスキューズを満たそうとする。

「玲奈さん。気持ちはよくわかるが、それは答えられないんだ。そういう決まりでね。」
「そうですよね。いえ…あの。一つ聞いてもいいですか?」
「ああ。何でも聞いていいよ。それで君の不安が拭えるのなら。」
いい展開だ。
さあ、ぶちまけるがいい。
その不安な胸のうちを吐露するがいい。


「私の心臓に適合するって事は…まなつちゃんにも適合するって事ですよね?」

俺は、玲奈の言葉の意味を一瞬理解できなかった。
いったい、このオンナは何を言っているのだ?
今は、他人の心配よりも自分のことだろう?



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