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ん?なんだこのニオイは…
コーヒーのニオイには違いない。
ただ…ウチにあるエスプレッソマシンで淹れるコーヒーはもっと芳しい香りがする。
コーヒー豆が焦げた…違うな…何だ?

僕はリビングのソファから身を起して、目を擦った。
窓の外がオレンジに染まり始めている。
結構な時間、眠ってしまったようだ。

ニオイの元を辿ると、キッチンで腕組みをして考え込むゆりあの姿を見つけた。
「ゆりあ、起きてたんだ?どうしたの?」
「あ。おはよー。そろそろ起きるかな~と思って。朝ごは…あ、もう夕方か。とにかくご飯作っとこうかな?と思って。パン食にしたから、コーヒーもって。でも、なんか難しくて。」
腕組をしたままエスプレッソの抽出口を一生懸命眺めてるゆりあの姿を見て、僕は後悔した。
やっぱり、あの時キスくらいしておけばよかった…

「はははは。これはエスプレッソマシンって言って、普通のコーヒー淹れるのと、ちょっと違うんだ。ちょっと、僕にやらせて。」
僕はキッチンに入って、マシンの蒸気を抜いていつものようにエスプレッソを淹れ始めた。
「ね?パン食って?」
「あ、うん。冷凍庫に凍った食パンがあったから、それでフレンチトースト作ったよ。牛乳もあったし。」
「おお~、あの有名なゆりあフレンチトーストかあ。一度食べてみたかったんだ。得意料理なんだよね?」
「てか、それしか作れませんけど?」

こんな会話をしてると、今僕達が置かれている危機的状況がまるで嘘のように感じる。
ゆりあの近くにいると、その笑顔でどんな人も幸せな気持ちになるに違いない。


ゆりあの作ってくれたフレンチトースト(多分、本人がそう言ってるからこれはフレンチトーストなんだろう。いや、きっとそうだ)と濃いエスプレッソでお腹を満たした僕は、再びPCのある部屋に戻った。ゆりあも、その部屋を見たがっていたので一緒に。ゆりあはまた目を丸くした。驚いた表情がイチイチ可愛い。

「うわ…目が痛くなりそう。何?その呪文みたいなの。」
「え?なんで、右手と左手、同時にキーボード打てるの?しかも、別々の事を…」
「おおおおお。なんか出てきたあ。お。なに?コレ。テレビ…じゃないよね?」
ゆりあがまたイチイチ目を丸くするのを、僕は笑って見ていた。
気が散らない訳ではないが、今は集中力がどれほど必要なフェーズではない。敵の周りをぐるぐる回って様子を見ているだけのようなものだから。
爆弾でいくか、肉弾戦か…相手を知らなくては、戦略も立てられない。

「大変…なんでしょ?」
ちょっと離れた所で見ていたゆりあが、級の僕の肩越しに顔をのぞかせてきた。
頬がくっつく距離だ。
柔らかくて甘い香りが、僕をまたドキッとさせる。

「ん…ああ。まあね。そうは簡単にいかないってトコかな。」
「そっかあ。」
ゆりあは、そのままの姿勢でじっとモニターを見ていた。
「ゆりあ…さ?」
「あ、ゴメン。邪魔だったよね。つい…」
「いいんだ。テレビ見る?見ててもつまんないでしょ?」
「ううん、そんな事ない。けど…そうだ、ネット見たいんだけど、ダメ?」
「ああ。大丈夫だよ。こっちの椅子に座って。ほら、このパソコン使っていいから。それが電源スイッチ。」

僕は隣にあったPCを指差した。
「ありが…うわ、なに?もう起動しちゃった。わ…わわわわ。ネットむちゃくちゃ速いんですけど?」
「そうかもね。何しろ、それはハッキング用のPCだからね。そこいらのPCとは一味違うよ…ゆりあ…どうした?」
急にゆりあの顔つきが変わった。
さっきまでの笑顔は消え、違う種類の驚きの表情を浮かべる。
「こ…これ…」

僕もモニターに映し出された画面を見て、驚いた。
SKE48の公式サイトだ。


「お知らせ」

SKE48終身名誉研究生、松村香織よりSKE48の活動を辞退したいとの申し出があり、本日付で受理いたしました。
以下、本人のコメント全文です。


私、松村香織は、SKE48研究生としてここまで活動させて頂いておりましたが…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これからは、新しい自分の夢に向かって頑張っていこうと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「かおたん…」
ゆりあは、両手で顔を覆って声を殺して泣き始めた。
小刻みに肩が震える。僕は、そっとその肩を抱きよせた。
ゆりあが、涙で濡れた瞳を僕に向ける。

「全部終わって無事に会えたら、ワタシをアナタの弟子にしてくれる?」
かおたんの笑顔が頭に浮かぶ。
多分、かおたんは、それが叶わない事だとわかっていたのだろう。
思えば、覚悟を決めたような顔にも見えた。

「かおたんにも…会えなくなるんだね?くーちゃんや、小木ちゃんみたいに…ねえ、目的を果たせなかった子はどうなっちゃうの?玲奈さんも、もうすぐそうなるんでしょ?私も?私も?ねえ。私…死んじゃうの?殺されちゃうの?」
「大丈夫だ。約束したよね。絶対に僕が守る。かおたんは…守れなかった…僕の力がないばかりに。でも…もう絶対誰も犠牲にさせない。僕が君達を守る。ゆりあ…君の事は、僕が絶対に守るから。」

僕はゆりあの震える身体を抱きしめた。
自分自身の震えを止めるため…だったのかもしれない。

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