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まずは東京に移動する手段を考えなくてはならない。
幸い今は、僕達の「意思」を伝送する機能がゆりあの「豪打」のおかげで失われている。しばらくの間、かおたんも何らかの対応を施してくれるだろう。
名古屋駅と栄の間にあるヒルトンから飛び出た僕は、ゆりあの手を引きながら次に取るべき行動を頭の中で超高速でシュミレーションしてみた。

まず大きな問題が一つ。手元に現金が2万円程しかない事だ。
もちろん、朝になれば銀行が開く。そうなれば、少なくない金額が口座に入ってるからキャッシュカードで引き出せばいい。また、JCBとアメックスのクレジットカードもある。新幹線で名古屋から東京へ戻るのが一番だろう。

しかし、それは出来ない。
僕達が発信する「意思」をキャッチ出来なくても、僕達の所在を知る方法は幾らでもある。一番は、個人情報に紐付いたものが使用された形跡を辿る事だ。キャッシュカードやクレジットカードはその極みだろう。いつ、どこで使用されたかで、どこにいるかは、たちどころに知られてしまうだろう。

それから、これも僕の中で整理しなくてはならない事がある。本来ゆりあから発信されているはずの「意思」まで何故障害を起こしているかだ。僕の発信機能が故障を起こしているのは分かる。ゆりあに気絶する位の勢いで殴られたからだ。しかし、ゆりあには、何か故障を起こす要因が発生したとは思えない。

僕達は白川公園近くのラブホテルに入った。
名古屋の夜は暗い。繁華街の栄でも、歓楽街の今池もこの時間では人の動きは殆どない。若いカップルが手を繋いで歩く姿は相当に目立つ。一番安全なのはラブホテルだ。特にきな臭い動きをする時は。

ホテルに入ると、僕はすぐにPCのモニターをチェックした。
かおたんのPCは本人に返してある。彼女がサブで使っていたマシンだ。地図表示を見て僕は、すでにかおたんが張った「結界」が破られている事を理解した。赤いドットに統制が生まれている。先ほどまでは、混乱の中で右往左往していたドットが、明確な指示の元に動いているのだ。
その動きは、何個かのドットがヒルトンに入っている事を表していた。既にかおたんが彼らの手に落ち、僕達が逃げているという事実が把握された…と判断していいだろう。

僕の「意思」を発信する機能はどうやらまだ回復されていないようだ。保守の仕事にも携わる立場から考えてみる。これは、遠隔で原因特定が出来るレベルではない。場合によっては部品交換が必要なほどのインシデントなのではないだろうか?もちろん、僕の中に何かパーツが組み込まれている訳ではないとは思うが。

そして、恐らくは僕の障害が一緒にいるゆりあの機能にも影響を与えているのではないだろうか。障害要因を突き詰めていくには「仮説」を立て、それを検証していくのが一番ベーシックだ。今の状況は、この仮説が一番論理的だ。そして、もう一つ。「予測」…つまりは「カン」だ。実は、これが一番あてになるという事が多い。もちろん、それが豊かな経験と知識によってもたらされるものではならないのだが。

結果論かもしれないが、今の状況は逃避行を果たすにとって、必ずしも悪い事ばかりではないという事だ。
少なくとも、僕と一緒にいればゆりあは安全だという事だ。
もちろん、僕が捕まってしまうような事があれば、意味はないが。

「ゆりあ…少し、寝たほうがいいよ。」
「いや~この状況で寝れる気がしないんですけど…」
「それでも少しでも身体を休めたほうがいい。横になって目を閉じてるだけでもいいしさ。ゆっくりお風呂に入ってもいい。朝まで少し時間もあるし。」
「覗かない?」
「へ?」
僕はPCに向けていた視線をゆりあに戻した。
「いや…覗かないし。」
「襲わない?」
ゆりあの顔が悪戯っぽく笑う。
「だからさ…あれはね。」
「あはははっ。うそうそ。でも、あの時マジで怖かったんですからねっ。私、まだ経験ないんですから。初めてのときはあんな無理やりは嫌。」
「そっか、ゆりあってロマンチストなんだねぇ。意外とサバサバしてるのかと思った。」
「そりゃ、私は男前って言われますよっ。でも、ちゃんと女の子なんですからね。あーやっぱシャワー浴びよっと。汗かいちゃったし。」

ゆりあがバスルームに消えていった。
僕は再びPCの画面に向かう。

キーボードを操作して、ネットワークの蜘蛛の巣を辿る。
みずほ銀行のメインコンピュータに侵入した事を知らせる表示がモニターに浮かぶ。数万件の顧客データから自分のものを抽出する。
Dennis Rodman…僕の銀行データを全部、別の人物のものに置き換えた。これで、僕のキャッシュカードをATMで使っても、元NBAの名選手が日本で持っている口座からお金を引き出した事にしかならない。逆にロドマンが持っている自分のカードを使うと、僕の口座にある現金を下ろせてしまうのだが、もう数年も使われていない口座をチェックする事は無いだろうし、それに本物のデニス・ロドマンなら、この数十倍の残高があるだろう。きっと目もくれないに違いない。

これで資金の確保は出来た。新幹線でもいいし、人目を極力避けるためにレンタカーを借りてもいい。もちろん、ハッカーとして活動する時、万が一の為に偽造の免許証も持っている。

「抱きしめ~て。抱きしめ~て。震えているのこのからだぁ~」
バスルームからゆりあの鼻歌が聞こえてくる。
「初めての夜は~全てが夢見心地ぃ~ おっとなのドア開く~呪文は後悔しなあ~いっ」

ゆりあには、そうあって欲しい。
幸せな一夜を、彼女にプレゼントしてあげたい。
もちろん、相手は僕ではないのだろうけど。

それでもいい。


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