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30

突然の来客というものは基本的に受けない事にしている。
俺に会いたいという人間は、患者だけじゃない。
金・名声・地位・権威…
俺が手にしたものの周りには、色んなヤツが群がってくる。
それ自体を否定している訳じゃない。
俺だって、弱い頃にはそんなものに纏わりついて来た。
弱い者が力を得るには、強い者の威光を借りるのが手っ取り早い。

しかし、さすがに今の俺には、弱いヤツらを相手にしてる暇というものがない。
時間を割いてもいいのは、自らに得をもたらす事が出来る場合に限られる。

だが、その日の突然の訪問者を俺は断る事なんて出来なかった。

浅黒い肌の男は、きちんとスーツを着こなしていた。
インド人は誰もが民族衣装を着て、頭にターバンを巻いている…
そんな風に思うとしたら、それはただの偏見だ。
実際、インドから海外に出ている人間は極めて優秀なヤツが多い。
アメリカのシリコンバレーなんか、研究者の多くをインド人が占めている。
インドは、今や世界に頭脳を輸出する極めて優れた国家なのだ。

男は、小さな女の子を連れていた。
やはり小奇麗なカッコをしている。日本の小学生低学年の子が着るような服を着ている。
だが、そのカッコがどことなくぎこちない。
男が一見して、高級と思われるスーツを違和感なく着こなしているのと明らかに違う。

近代化に伴い、インドでは古くからの階級制度が崩壊しつつあると言われている。
しかし、実際は「カースト」と呼ばれる身分差別は依然として残っており、数少ないとはいえ奴隷というものも存在する。奴隷は様々な苦境を強いられる。特に、その身分を生まれながらに得ていた者は、幼少期より奴隷として生きる術しかない。歪んだ性癖の大人達の慰み者とされる分にはまだ良かった。この少女も、今までどんな悲惨な境遇にあってきたのだろうか。

「シバサン、アノヒトハヤリスギマシタ。デスガ、ワタシタチモオニデハナイ。イタダイタブンノテイキョウハサセテイタダキマスヨ。」
男はそう言って笑った。
司馬が、インドでどんな交渉を行ったのかはわからない。
1億もあれば、奴隷の1人2人買い取る事は容易だっただろう。
しかし、特段の条件をつける場合にはその限りではない。
男は、さしずめ人身売買のブローカーといった所の存在なのだろう。
笑顔は浮かべているが、目が笑っていない。いや、むしろ殺気すら帯びている。
自分の利にならない相手なら、その場を立つ際に平気な顔で顔面に向かって銃口を向け、何ら感情を乱すことなく引き金を引くのだろう。

「提供する…か?その子が、我々の求めているものだと?」
「ソノトオリ。ココニ、データガアル。アナタガタガモトメテイル、ボンベイブラッドダ。シカシネ、イクラインドトイッテモ、ボンベイブラッドノシカモコドモナンテオオクハナイ。テイキョウデキルカハ、アナタシダイネ。」
「司馬にはその話をしなかったのか?」
「アノアトコハ、オレタチノコトヲシリスギタ。ヘイワニトリヒキヲスマセタカッタラ、ヨケイナジョウホウハモトメナイコトダ。」
男の口調が変わってきた。
友好的な雰囲気など、表面的なものだろう。

「何を求める?俺の持ってるものなど知れているぞ?」
「マズハ、カネダ。1オクはイタダイテイル。シカシ、それではトウテイタリナイ。アトツイカデ3オクイタダキタイ。」
まずは…という事は、他にも目的があるんだろう。
まあ、いい。
「5億出そう。で?他に要求は?」
「サスガ、ハナシガハヤイ。コレハトリヒキダ。アナタノモツ、ゾウキバイバイのネットワークニ、ワレワレヲクワエテイタダキタイ。」
「ふん…知り過ぎたのは、司馬じゃない。お前らのようだな。いいだろう。しかし、勘違いするなよ?お前らが特別という訳じゃない。中東・アフリカ・南米…幾らでも、既に構築したネットワークがあるんだ。条件は、こっちが主導する。いいな?」
「ツヨキダナ。イイダロウ。シカシ、ソクトウデ5オクカ。ヨホド、コノムスメノシンゾウガホシイラシイナ。」
「それも勘違いだ。正直、この子の心臓が必要な患者の生死には俺は全く興味はない。むしろ、ドナーなんて現れなくても良かったくらいだ。」
「??ナラ、ナゼソンナタイキンヲ?」
「司馬への香典代わりさ。」

俺は立ち上がった。
男が握手を求めてきたが、それを無視して部屋のドアを開く。


司馬…
まったくお前は、いつも余計な事をするヤツだった。
そして、いつもやり過ぎる。



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29

「まなつちゃん…わかる?玲奈だよ?ね?」
ベッドの脇に座った玲奈が真夏の手を取り話しかける。
口元に呼吸器を当てた真夏が弱々しくも、しっかりとした笑顔を向ける。

術後2週間。順調な回復を見せていた真夏の症状は、徐々に悪くなっていった。
一時はベッドから起き上がり、以前のように玲奈の病室に遊びに行くようになっていたのだが、数日前から寝伏せってしまい、呼吸も苦しくなってしまっているようだ。もちろん食事もまともには摂れず、24時間点滴が繋がれたままになっている。

「玲奈さん。今日はその辺にしとくんだ。君もまだ術後間もないんだ。安静にしておかなくてはいけない…そう言ったはずだよね?」
病室に入り、俺は痛たましくも思えるその光景に沈痛な表情を浮かべて言った。
玲奈の顔が俺を見る。
慈愛に満ち、憂いを帯びた表情。
俺は、その表情を見てまた下半身が熱くなる思いがした。

「先生。真夏ちゃんは…手術は成功したんですよね?」
「ああ。もちろんさ。ただ…ただね。移植した心臓は、真夏ちゃんの体には大きすぎたんだ。真夏ちゃんは、まだ5歳だ。大きな心臓から送り出される血流は真夏ちゃんの細い血管を壊してしまう可能性がある。だから、私は手術で心臓の機能を制限して送り出す血液量をコントロールしようとしたんだが…」
「真夏ちゃんは?助かったんですよね?」
「全力は尽くした。あとは、真夏ちゃんの生きる力を信じよう。」

俺は、そう言って背中がむず痒くなるのを必死にこらえた。
生きる力?
そんなもの、ドラマの中での戯言だ。
患者の生死を左右するのは、その生命力でもなんでもない。医者の腕と力だ。

玲奈。
君は、まもなく絶望を知るんだ。
そして、その絶望が次に君に教えるのは、死の恐怖だ。
死の影に怯え、打ちひしがれ、そして、俺に縋るんだ。
そう、そして君は知るだろう。
目の前に立つ俺こそが、君をその死の淵から救いあげる事が出来る唯一の存在なのだと。

そして、君は俺に支配されるのだ。


「院長!院長、少々よろしいでしょうか?」
バタバタと慌ただしく一人の看護師が部屋に入ってきた。
「静かにしないか。今、回診中だぞ?」
お付きのドクターがそれを制そうとした。しかし、入ってきたのはベテランの看護師だ。
普段は沈着冷静な動きで俺たちを助けてくれている。
どうやら、よほどの事があったらしい。

「こちらが、院長です。」
看護師が二人の男に俺を紹介した。
刑事?
俺は一瞬でそう思った。
理由などない。直感だ。
そして、刑事が来るとしたら思い当る事は二つしかない。

「院長室でお話を聞きましょうか。」
俺は二人にそう声をかけた。
刑事はお互いの顔を一瞬だけ見合わせて無言で頷いた。

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出されたコーヒーを二人は渋い顔で口に運んだ。
苦い表情なのは、濃厚なエスプレッソのせいだけではなさそうだ。

「さて…お話を聞きましょう。」
俺がそう切り出すと、若い方の刑事が改めて内ポケットから身分証を取りだした。
それを確認して、俺はちょっとだけ驚いた。
所轄の刑事かと思いきや、本庁のバリバリの警察官僚だった。
年配の方も、それなりのキャリア官僚なのだろう。
そういえば、着こなしているスーツの生地がしっかりしている。
外の雨ににも関わらず、パンツのプレスがきちんときいているのは、恐らく黒塗りの車で移動しているからなのだろう。

「この方を…ご存じですね?」
差し出された写真に写っていたのは、原形をとどめないほど腫れあがった顔だった。
もう一枚には、着衣を全て剥がれ全身から出血している姿。
どちらも凄惨な私刑を受けた事が伺える酷いものだ。
そして、その男が息絶えている事も容易に理解できる。

「ええ。よく。」
こうなる事はある程度わかっていた。
もちろん、ヤツならそうならずに戻ってくる事が出来るかも…と期待してはいたが。


変わり果てた、司馬の姿を写し撮った写真をもう一度だけ見て、俺はそっと目を閉じた。





28

バチスタ手術。
テレビドラマや小説の影響で、さも拡張型心筋症の画期的治癒に貢献するものと思われがちであるが、実際はそうでなはい。
心臓が肥大化する事により、多臓器干渉、特に肺圧迫による呼吸不全や、心室膜が薄くなる事による血液循環不全、そして最も頻度の高い危機的状況としての心不全等を引き起こす。
根本的な治癒を果たすには心臓移植しかないのだが、ドナー確保が困難なため、クリティカルな状況を回避するのに、もっとも有効なのが心臓の一部を切除するバチスタという術式というだけだ。

そういう意味では、松井玲奈の今の状況は手放しで喜べるというものではない。しかも、一度は心不全を起こしてしまった心臓だ。一刻も早く対処を行わなくてはならない。


「見事だよ。もうお前を賞賛する言葉が俺には思いつかん。」
「なんだよ。気持ち悪いな。お前がそういう歯の浮くような言葉を吐く時が一番信用ならんのだよ。」
俺は司馬がいつものように軽口を叩いているものだと思って軽いトーンで言った。目線は手元の書類に目を落としたままだ。一応、病院のオーナーとして決裁を行わなくてはいけない事務仕事もこなさなくてはならない。

しばらくたっても、何の反応も返ってこない。
おや?変だな?
俺は、顔を上げて司馬の方を見た。
司馬はそのまま俺のデスクの前に立って、黙ってこっちを見ていた。
まるで、不始末を仕出かした部下が上司の叱責を待つような表情だ。

「どうした?」
俺は、書類に判を押す作業をやめ、司馬に聞いた。
「深田真夏の事だよ。」
「ん?どうした?状態に変化でもあったか?」
「いや、安定している。極めて順調って言ってもいい。」
「順調?なら、何でそんな微妙な顔をしてるんだよ?」
俺は、一応燻しがるような表情を浮かべてみた。
だが、司馬が俺の施した仕掛けに感づいている事はわかっている。
だからこそ、俺は司馬と悪魔の契約を結んでいるようなものなのだから。

「最初からそのつもりでか?そんなに松井玲奈が欲しいのか?」
「どういう意味だよ?」
「今回、お前は大きなリスクを取った。大人の心臓を子供の身体に移植すること。心不全を起こしたクランケにオンビートでバチスタを行ったこと。そして、どちらも大きなリターンを得た。難度の高い術式を成功させたという評価はもちろんそうだろう。しかし…」
「しかし?」

さすがは司馬だ。
俺の考えている事を全て読み取っている。
「しかし、お前が手にしたもっとも大きなもの。それは、松井玲奈の絶大な信頼だ。そうだろう?」
「そこまでわかってるなら、もうそれ以上言わんでもいいよ。」

「で?どれくらいもつんだ?深田真夏は。」
「そうだな…すぐって訳にはいかないからな。少なくても、いったんは回復して玲奈と談笑できるくらいになってから…だな。」
「それで…玉突きで、真夏の心臓を今度は玲奈にって寸法か。」
「どうした?まさか、真夏に憐憫の感情でもわいたか?お前、いくらロリコンってたって、あの子はまだ小学生にもなってないんだぜ?」
「馬鹿野郎。そんなんじゃねーよ。」
司馬が唾でも吐き出しそうな苦々しい表情になる。

「院長。金出して欲しいんだけどさ。あと、ちょっと長い休みも。」
「金?あと、休みだ?なんだよ、お前がバカンスとかいう柄か?」
「うるせーよ。」
何かを企んでいるんだろう。
少なくとも、リフレッシュする為に休みを取るようなメンタリティの音ではない。むしろ、人の身体を切り刻まないとストレスが溜まるタイプだ。
「幾ら欲しいんだ?」
「1億。」
金額を聞いても、俺は驚かなかった。
「表に出ない金でって事だな?」
俺が念を押すように聞いたが、司馬は黙ったままだ。
その通りって意味だろう。

「現ナマで1億ってなると運ぶこそすら大変だろう。あとで、お前の車まで運んでおくよ。トランクの中でいいな?」
「ああ。悪いな。」
「で?どこに行くんだ?」
聞かなくてもわかっていた。
聞いたところで俺がどうこう言う筋合いもないだろう。
しかし、なぜか聞いてみたくなったのだ。

「インドだよ。」
司馬は、そう言って俺に背を向けた。

27

病院棟の屋上で、司馬と進藤は放心したように空を見上げていた。
澄み切った空に僅かに雲が残っている。キーンと身が引き締まるような冬の空だ。

司馬が手に持った煙草の灰がぽろっと崩れ落ち、膝の上に落ちた。
まだ手術着のままだ。それを見て、自分が煙草に火をつけていた事を思い出す。持っていた缶コーヒーの中に吸殻を落とした。

「なんかさ、自分の力の無さってヤツを思い知らされるよ。」
進藤が空を見上げたまま呟く。
隣で司馬が次の煙草を咥えても何も言わない。
俺の隣で吸うんじゃない…いつもなら即効で文句言ってくるのに…

「仕方ないさ。あんなモン見せられちゃ…な。」
司馬がジッポでマルボロに火を点け言う。
一応、慰めているつもりなのだろう。


あの壮絶なテクニックは外科医として、羨望のものではない。到底、人間が行える所業ではないと言ってもいい。瞬時の判断と、ほんの僅かの成功の可能性をさも当たり前のように実現してしまう技術。
模範になど決して出来ない。あれが、心臓外科医のスタンダードとされるとしたら…世界中からメッサーと呼ばれる人間は姿を消さなくてはならなくなる。


「お前はラッキーだよ。あんなオペを直接助手として目の当たりに出来たんだからな。」
司馬が煙を吐き出しながら言う。

進藤は司馬にではなく、空に向かって語りかけるようにして言葉を搾り出した。苛立ちというよりは、諦めのトーンが含まれている。
「助手?俺が?あの場で俺は助手ですらなかった。ただの機械出しをしてたに過ぎない。第一、あの僅か数センチの切開口の中で何が行われているのかすら、俺にはわからなかった。あの、僅かの隙間でステントを入れ不整脈を治し、バチスタまで行ってしまう…俺はは、彼こそ真のゴッドハンドと呼んできた…しかし…」

「ゴッドハンドか。安い言葉だけどな。」
「ああ。あの腕にそんな言葉は実に陳腐だ。あれは…例えて言うなら…死神だ。人の死を自在に掌ることが出来る。悪魔にだけ与えられた、魔力だ。」

司馬が立ち上がった。
煙草を床に叩きつけ、足で踏み消す。

「じゃあ、さしずめ俺達は、その悪魔に魅入られた屍ってとこか。」

進藤は答えなかった。
司馬の言葉に何も否定する所がなかったから。


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「玲奈さん。大丈夫ですか…なんて言える感じじゃないと思ってましたよ。ホント。」
ベッドを取り囲むようにして、見舞いに来たメンバーが立っている。
どの顔も安心した表情だ。すぐそばに立っていた古畑奈和は特に。
手術後暫く面会謝絶になっていたが、ようやく今日から面会が許可された。早速東京で仕事があったメンバーが集まったという訳だ。

玲奈はベッドの上で上半身を起こして、笑顔を見せていた。
無理をしているわけではない。バチスタ手術の後、経過は良好だった。決して完治したわけではないが、暫くは日常生活に差し障りがあるような状況には陥らないだろう。

「ねえ、紅白…準備は進んでる?」
玲奈が今、一番気になっている事を聞いた。
「玲奈さん。今は、身体の事を一番に考えてくださいよ。大丈夫です。しっかりと留守を守りますから。でも…ナゴヤドームまでには…絶対に帰ってきてくださいよ!」
高柳明音が明るい声で答えた。
周りのメンバーも笑顔で頷いている。
「わかった。ちゅりにそう言われると安心するな。でも…ちょっと寂しい気もするけど。」

暫くの間、談笑したあとメンバーは帰っていった。
玲奈はふっとため息をついて、大きく伸びをした。

不思議な感覚だ。
突然意識を失ったと思ったら、次に気がついた時はベッドの上だった。
目を覚ました時の、家族の安心した顔に強烈な印象を覚えた。
まるで生き返った人を見るような表情だった。

実際、そう思われてもいいような状況だった事を聞かせれた。
大手術が行われた事も。

しかし、玲奈にはその実感がまったくなかった。
胸元にある小さな傷跡。
その僅かな傷跡からは、そんな生死を分けるほどの大手術の痕跡は微塵も感じられない。







26

「急変だと?司馬、どういう事だ?」
冷静を装うとしたが、俺の声は手術室中に響き渡る程の大きさになってしまっていた。
玲奈には手術前に会ってきたばかりだ。
経過検査の状況も、決して芳しくないとはいえ、今日明日にどうなるという兆候は全く見られなかった。

「院長。取り乱すなって。DCM(拡張型心筋症)ではよくある事じゃないか。お前らしくないぞ?」
人前では、馴れ馴れしい口調を絶対にしない司馬が、二人だけの時のような乱暴な口調で言った。
恐らく、相当俺は焦った顔をしていたのだろう。

そう。DCMはその名の通り、心臓がどんどん肥大化していく奇病だ。
心室の組織の厚さが、それに伴い薄くなっていく。やがては破裂してしまう病気だが、大抵はその前に心不全を起こしてしまい死に至るケースがほとんどだ。真夏のように、健康な心臓を移植出来るのが、一番の治療法だが、心臓生体間移植が出来ないのでドナー探しに困難を極める。ましてや、玲奈や真夏のように特殊な血液型の場合は尚更だ。だからこそ、俺は無理やりドナーを確保したのではなかったのか?

俺は策に溺れたのか?
やはり、玲奈の言う事など聞かず…
目の前のこの5歳の少女の事など見捨ててしまえば良かったのではないか?

「院長。まだこっちも手が離せないぞ?移植は終わったとはいえ、全身安定にはまだやらなきゃいけない事がてんこ盛りだ。」
「わかってる。そんな事はわかってるんだ!」

俺は迷った。
正直、このクランケには何の興味もない。
玲奈の心をひきつけるためだけの、ただの撒き餌にしか過ぎない。
玲奈がいなくなってしまうのなら、この子が死のうが生きようが俺には全然意味のない事だ。

急変という事は、即対応…恐らく取るべき手段は一つしかない。
しかし…この病院でそれが出来るのは、俺だけだ。
司馬にも…見学しているであろう進藤にも無理だ。

「院長。変わります。ココから縫合までは私にお任せください。」
手術着に着替えた進藤がいつの間にか、俺のすぐ隣に立っていた。
そうだ。進藤なら…この場は託せる。
進藤と司馬の二人なら、大丈夫だろう。

「だから、落ち着けって。ウチにはエースが二人もいるんだからさ。しかし、俺達は向こうには行けんぞ?」
「ああ。わかってる。後は頼んだぞ。」

俺は第一手術室を飛び出した。



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玲奈が運び込まれたのは、第三手術室だ。
救命救急でも使われるこの手術室は、第一と同レベルの設備を備えている。
スタッフもひと癖あるが、精鋭ぞろいだ。
やはり階上には手術を見学出来るスペースがある。

先ほどまで第一で見学していた、若いドクター達がほぼ全員こちらへと移動してきていた。
移植手術よりも、数段難易度の高い、恐らく国内ではめったに見られない手術がこれから行われる。
めったに無い機会だ。


「クランケの状態は?」
「極めて危険な状態です。心拍数微弱。血圧も25/50まで低下。」
「ショック状態寸前か。呼吸は?」
「自発呼吸は確保出来ていましたが、時間の問題かと。人工呼吸に切り替えて…12分が経過しています。」

先ほどまでの俺の取り乱し方はなんだったんだ?
俺は、自分でもおかしくなってきた。
目の前に置かれている危機的な状況に、俺はたまらなく興奮していた。
そのまま、激しく射精してしまうかと思うほどだ。
視界に入る松井玲奈の身体は、どこまでも白く、そして透き通っていた。
まさに、女神が死に瀕する瞬間の神々しいまでの美しさだ。

もう一度言う。
俺は、激しく興奮している。


「よし。術式の説明は省略だ。開いてみない事にはなんとも言えない。いいな?全員フットワークを軽くしてくれ。」
第一に集結させたスタッフが欲しい…
助手も麻酔医も機械出しも技師も…向こうに比べたら、一段落ちのスタッフだ。
しかし、そんな事は言ってられない。

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「おい。切開位置が随分違わないか?」
「ああ。何でまたあんな左胸乳房付近で?下手したら、そのままバチスタに移行だろ?普通なら胸の真ん中をもっと大きく開くはずだ。あれじゃ…まるで、スコープで腫瘍を除去するかのようなサイズだ。あれじゃ、中身を視診する事すら出来ないぞ?」

見学ルームがどよめいた。

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「思ったよりも深刻だな。肥大した心臓が肺を圧迫。大動脈をも塞ぎかけている。」
「院長…?見えるんですか?この切開口から?」
助手を務めている男は、普段進藤の下で働いている全身医(ジェネラリスト)だ。進藤が全幅の信頼を寄せる医者だが、正直まだまだ「神」の領域の腕を持ち合わせていない凡人だ。
俺の病院でメスを持つ為には、優秀な者以外にはその資格を与えていない。しかし、神にまでなる事を求めてはいない。それが許されるのは、本当に神に選ばれた者でなくてはならない。
そう、俺のように。


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「まずは、大動脈のルートを確保する。ステントを用意。血流を確保した後、肺を圧迫しているコイツを小さくするぞ。麻酔医。全身状態の報告を30秒に一回入れろ。」
「は…はい。わかりました。」
麻酔医の声に緊張が走る。
俺は、その緊張をほぐすようにマスク越しに笑顔を送った。

「人口心肺は?オンフローまで5分で出来ます…しかし…」
「しかし?どうした?」
「血液が…足りません。」

そうか…
想定外だった。
今日は真夏の手術が行われている。
子供とはいえ、人口心肺を使って行う移植手術には大量の輸血用血液が必要になる。
玲奈と真夏は、ボンベイブラッドだ。確保できている血液には限度がある。

「仕方ない。バチスタはオンビートでいく。」

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「オンビート?マジか?」
「おい、手が空いてるヤツ、全部呼んでこい。こんなオペ、めったに見れないぞ?」
見学ルームのざわめきが一層大きくなった。

通常、肥大した心臓の一部を切除し、肥大化を一時的に回避するバチスタ手術は、人口心肺を使用し心臓を止めて行う。心臓が鼓動したまま行う「オンビート」は極めて稀だ。もちろん、オペの難易度は高くなる。元々がリスクの高いものが、更に難しくなるのだ。


俺の頭の中は、極めて冷静だった。
先ほどまでの興奮はもちろん残っている。
身体は火照り、アドレナリンが次々に沸き起こってくる。

しかし、その半面、自分の感情が恐ろしいまでに冷静になっていくのを感じていた。
今まで、これほどの集中力を持てた事などない。

指先…5本、いや10本の指先全てに視覚が芽生えたような感覚。
恐らく今なら1ミリのスペースに20本の縫合を行う事すらたやすいだろう。



俺は、確信した。
松井玲奈の命。

俺は、それを手にし…そして救う事が出来る、と。




25

「進藤先生。今日は、こないだみたいな事ないでしょうね?」
第一手術室を見下ろす、見学室には院内の手が空いているドクター全員が集まっているかのような混雑ぶりだ。
若手の医者が進藤の横で、様子をうかがっている。
先日の手術の際、すぐに司馬にバトンタッチをした所を目の当たりにして以来、事更に院長への不信感を口にするようになっていたヤツだ。

「まあ、見てろって。今日の手術は学会でもエライ注目を集めてるからな。」
進藤が見学室の奥に並んだ面々を見て言った。

東大教授をはじめとした、日本医学会を取り仕切る重鎮の顔ぶれがあった。
権威主義に凝り固まるアイツらにとって、この手術は決して歓迎するものではないだろう。
大人の心臓を子供に移植する。この試みが成功すれば、心臓移植に多いなセンセーションが巻き起こる事は間違いない。なら、その先鞭を業界の反逆児と烙印を押した男に成功される事は、彼らにとっては「屈辱」と言っても良いものである。

「では、これより心臓移植の手術を行う。レシピエントの確認を。」
俺はいつもと同じように、冷静に司馬に確認を求めた。
気負う事はない。いつも通りだ。

「深田真夏、女性。5歳。移植にあたって、レシピエントの血液体系の特異性を確認。H+遺伝子相違における、ボンベイブラッドです。ドナーにも同様の構成確認済みです。」
「オッケー。じゃあ、いくぞ。レシピエントの体力を考えて、この手術は時間との勝負だ。人工心肺の稼働は1時間半以内に押さえる。」

「1時間?無茶だ。幾らなんでも…心臓移植で時間を短くしたいのはわかるけど…普通は3時間から4時間はみないと…」
大御所達にざわめきが起きる。
若いドクター達にも不安の表情が浮かぶ。


しかし、そのある意味、手術の成功を願わない権威者達の期待も、若い医者達の不安も…
あっという間に一掃された。

見学室のモニターを見る彼らは、まるで上質のエンターテイメントを見てるかのような心酔の表情を浮かべていた。
目の前で起きている事…
これはマジック…いや、奇跡なのか?
人の手は、これほどまでに鮮やかに動くものなのか。

外科手術が、これほどまでに人の心を震わせる事が出来るのか…

進藤のモニターを見る目つきが厳しくなっていく。

そう。これは嫉妬だ。
同じ医者として、これほどまでに腕の差を見せつけられる事に、進藤は激しい嫉妬を覚えていた。


「よし…と。移植オッケイだ。サイズの問題は、これで大丈夫だな。」
俺は、大きく息をついた。
確かに骨が折れた。子供の小さな内臓に納めるには、大人の心臓は確かに大きい。そして、その大きさは送りだす血液量と血圧に大きな影響を及ぼす。子供の細い血管には大きな負担になるだろう。そこで、俺は心臓の機能に一定の制限がかかるよう処置を施した。これで、当面は問題ないはずだ。

あくまでも、当面は…だが。


「人口心肺、フローダウンします。」
「フローダウン、オッケイ。」
機械士と麻酔医が同時に頷く。
その場の全員が、パルスメーターに注目した。
緑の波形が、ピコンという音とともに綺麗な形を作る。

「よし。戻った。問題なしだな。」
俺の言葉に、その場にほっとした空気が漂う。
司馬の厳しい表情も緩んだ。

手術は成功した。
1時間27分。
これなら、クランケに与えた負担も最小限に押さえる事が出来ただろう。


次の瞬間、手術室内に違う種類の緊張が走った。
モニタースピーカーに荒々しいアラームが鳴り響く。

「どうした?」
ホットラインの受話器を取っていた看護師の表情が変わる。
第一手術でのオペ中にアラームが鳴る。
それは、俺にASAPで報告しなくてはならない事が起こったという事だ。

そんなケースはそう多くない。
俺は、すぐにその事態が何なのかを悟った。



「特別室の患者さん…松井玲奈さんの容態が、急変しました。」


DDエトー

DDエトーとして新作始めました。

すみません。
こっちもちゃんと進めて行きますが、良かったら向こうの方も読んで頂けたら幸いです。

ちなみに、以前に書いた「色の違う襷」というお話と設定が同じになっています。
続編って訳ではないのですが、登場人物等、そのままですので、そうご理解いただけましたら…



Anothe Story
http://ddetoh.blog.fc2.com/

24

「いいかい?玲奈さん。大人と子供とは話がちょっと違うんだ。考えてもごらん?身体の大きさが違えば、臓器の大きさも違う。今回のドナーはもちろん大人の方だ。小柄な体系ではあるが、そのまま、まなつちゃんの小さな身体に収めるには、とても難しい手術が必要になるんだ。でも、玲奈さん。君なら違う。体系的にも適合性的にも、きわめてリスクの低い移植が行えるんだ。」

俺は、玲奈の申し出に驚きを隠せなかった。
いや、驚きというよりも呆れた…といった方が正解かもしれない。
怒りの感情に近いとも言えるだろう。

自分の手術を後回しにして、他の患者を救ってほしい?
やすっぽいドラマでも、そんな事を言うヒロインなんているはずがない。
どだい、人間は愚かで身勝手だ。ましてや、自らの命がかかっている時に、そんな慈悲の心なんて持ち合わせていられるわけなど決してないのだ。

「そうですか…ごめんなさい。私みたいな何もわからない素人が…失礼な事を言ってしまいました…」
玲奈がそっと目を伏せた。

この子は…

どうやら、本心で真夏を救いたいと思っているようだ。
きゅっと結ばれた口元がそう言っている。
ハンカチを握り締め、小刻みに震える手がその気持ちを語っている。

俺は、そっと玲奈の肩に手を置いた。
一瞬玲奈が身体をびくっとさせ、顔を上げ俺を見る。
大きな瞳が潤んでいる。

堪らない…
今すぐにでも、その華奢な身体を折れるほど抱きしめたい。
意思の強そうな唇にむしゃぶりつきたい。
全身を激しく突き上げたい。
苦痛に歪む顔が、やがて快楽と享悦の表情に変わっていく。
痛みを絶える声が、エクスタシーを恥じる声に変わり、そしてエクスタシーに我を忘れていく…

俺は、白衣の舌で下半身を硬くして、その時の事を思った。

しかし、強烈な意思の力でその思いを沈める。
美味しいものは、あとに取っておくタイプだからな。俺は。


「玲奈さん…君の気持ちはよくわかった。わかった。今回のドナーの心臓は、真夏ちゃんに移植する事にしよう。」
俺は、玲奈の両肩に手を置き、そう言った。
「本当ですか?手術…できるんですか?」
「難しい手術になるだろう。しかし…全力を尽くすよ。真夏ちゃんのために。そして…君のために。」
「私のため?」

玲奈の頬に、一筋の涙が零れた。
俺は、そっと指先でその涙を拭う。

よし…シナリオ変更だ。
予定とは違うが、確かにこっちのほうがドラマチックだ。
早速、司馬に次の指示を出しておかなくては。
進藤の力も必要になるかもしれない。

「ああ。そうだよ。真夏ちゃんが救われれば君も嬉しいよね?そして、それは僕のためでもある。」
「先生…」
「君の笑顔が見れるなら…僕は、僕の持てる全てを出し尽くす事ができそうだ。」

俺は玲奈の頭に手をやって、そっと自分の胸元に引き寄せた。
そのまま抵抗することなく、玲奈は俺に身体を預けてくる。

まだだ…
まだ、今日はここまでだ。

最高の獲物は、最高に熟成させて、最高の状態で味わうのだ。


今は、まだ早い。





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病院の手術室にはナンバーが採番されている。
俺がメインで使う手術室は第一手術室だ。


この後すぐ、第一手術室では、万全の人員と設備環境の整った中でのオペが行われる事になる。
すでに、クランケは全身麻酔を施されて、室内へと入っている頃だろう。
ベテランの麻酔医によって、全身管理が行われ、7名の看護師もスタンバイしている。
それぞれ、機械出しや計器チェック、補助等のエキスパートばかりだ。

しかし、今日のオペはまず「ゼロ番」と呼ばれる手術室で始まった。
助手には司馬。
看護師と麻酔医。
必要最小限にも満たない人員だ。

ゼロ番で手術が行われる時は、いつもこの形だ。
もちろん、それにはちゃんと理由がある。



「では、始めるぞ。」

手術台の上にいる男は、今回の「ターゲット」だ。
もはや、この男は「人」ではない。

生きるべき価値のある人間に、その命を維持する為に必要な臓器を提供するためだけにここにいる「モノ」だ。

俺は、胸部から下腹部にかけ、メスを走らせた。
迷いの無い、鋭いメスだ。

手際よく、一切の躊躇を挟むことなく、ひとつひとつの臓器を切り離していく。

そのタイミングで、この手術台の上の男の命が失われたかになど興味はない。
もともと、生きている価値すらない男なのだから。


最後に心臓を取り出す。
俺は、その瞬間も一切の感情を乱すことなどない。

罪悪感?
そんなもの、とうに俺の中からは消えてしまっている。


23

「先生よぉ。俺、なんともないんだよ。痛いとか痒いとかさ。冬の寒空の中、段ボールいっちょで外で寝てても、風邪ひとつひかねえしさ。それなのに、そんな大そうな病気なのかい?」

年の頃は恐らく40代前なのだろうか。
入院にあたり入浴を済ませて小奇麗になっているが、顔中を覆った髭のせいで年齢がよくわからない。
男性としては非常に小柄な身体。身長は恐らく150cm程度だろう。


「いいですか?初期でよかったんですよ。すい臓がんというのは、普通見つかった時には手遅れになっているケースがほとんどなんです。そうなると手術も出来ず、ただ死んでいくのを待つしかなくなります。あなたは幸運だったんです。」
俺は、自分の事のように安堵の表情で男に語りかけた。
もちろん、柔らかな微笑みを浮かべたままだ。

「いやあ、先生は本当に神様みたいなお方だ。俺達みたいなホームレスの健康診断を定期的にしてくださってさ。それで、こんな風に病気になっちまったときにも、立派な病院で手術してくれるって言ってくれる。いいのかい?本当に、俺、金なんて一銭も持ってないぜ?」
「ええ。心配なさらないでください。お金なら、沢山持っている方からしっかり頂けばいいんです。命よりも重いものなんて何もありませんよ。」

そう俺は言った。
コイツらはそう言って、いつも俺を崇めたてる。
時には、手を合わせて拝むような者さえいる。

まあ、確かに、ある意味、俺は神みたいなものだからな。



俺は男の診察を終え、事務方に入院の指示を出した。
いったん院長室に入り、大きな鏡の前で身支度を整える。
10分以上かけて、頭の先から足先までチェックを入れて、白衣を新しいものに変えた。

「モノ」は手に入った。
最近では、もっとも難易度の高かったケースだが、こういう場合でもしっかり対応できるかどうかが、ポイントだ。あとは、ベストのタイミングでベストの手法でベストの執刀医が淡々と事を運べばいい。
簡単なことだ。

難しいのは「演出」だ。
ただ、玲奈の手術が成功するだけではダメだ。
医師としてでなく、一人の男として彼女にオブリゲーションを与えなくてはならない。だが、それも特に問題はないだろう。何しろ、人間にとって最も大事なモノを、俺は握っているのだから。


「入ってもいいかな?」
俺は玲奈の病室のドアを軽くノックした。
中から、明るく談笑する声と、軽やかな音楽が聞こえてきた。
ライブDVDでも見ているのだろうか?
歓声をバックにした「アンテナ」の曲だ。

どこかで誰かが待っているよ~
落し物拾うみたいに
どこかで誰かが待っているよ~
思いがけないどこかで~


「ずいぶん、楽しそうだね。」
「あ、ごめんなさい。騒ぎすぎですよね?まなつちゃん、ちょっと音小さくしようか?」
「おや、まなつちゃん。いつの間に玲奈お姉さんと仲良しになったのかな?」
「先生。わたしね、玲奈ちゃんとおんなじなんだって。ねえ、玲奈ちゃんが良くなるなら、わたしもきっとよくなれるよね?」

玲奈と同じ?この子、いったいどこまで知ってるんだ?
確かに、2人は偶然とはいえ、まったく同じ病状だ。
面倒な話にならなければいいが…
俺は、ほんの少しだけ心の中に靄がかかったような気がした。

「ああ。きっとよくなる。だいじょうぶだよ。先生がちゃんとまなつちゃんの事を治してあげるから。」
「しょうがっこう…いける?」
「もちろんさ。きっと行けるよ。ねえ、まなつちゃん。先生ね、これから玲奈お姉さんと大事なお話があるんだ。ちょっとの間だけ、自分のお部屋に戻っててもらえるかな?」
「うん。玲奈ちゃん。また後で遊んでくれる?」
「いいよ~先生とのお話が終わったら、お部屋に呼びにいくね。」
「やったー。じゃあ、ばいばい~」

ぱたぱたとスリッパの音を響かせて、真夏が部屋を出て行った。
俺はその姿を笑顔で見送り、そのままの優しい表情で玲奈の方を振り向いた。

「玲奈さん。手術の日程が決まったよ。今なら君の体調も安定している。問題なく移植手術を行う事が出来る。今日は、術式等の確認をしておこうと思って来たんだ。」
俺は玲奈のベッドの隣の椅子に腰を下ろした。

玲奈が俺をじっと見つめる。
この瞳だ。この射るような瞳の力強さが俺を虜にするんだ。
しかし、この視線が俺に救いを求めてくるようになる。

そうだ。君の難病を救うには、俺の力が必要なのだ。
俺のこの手無しには、君の命を紡ぐ事はできないのだから。
さあ…俺に屈するがいい。
俺の力への憧憬と敬意が愛へと変わる。
その瞬間を味合わせてもらおうではないか。


「拡張型心筋症のもっとも確実な治療法は、健康でマッチング性の高い心臓を移植することだ。しかし、実は最も難しい問題は手術そのものではないということだ。君は臓器移植法の事には詳しいかな?」
俺の質問に、玲奈が首を振った。
よしよし。それでいい。
下手に詳しくなると、いらぬ倫理観だ諸々の手続きだと余計な事に気を回し始めるヤツが多いんだ。

「この病院が、もっとも優れているのは、その移植にあたっての情報ネットワークが優れている事にある。心臓は、特にそこが難しくてね。なかなか適合する臓器を見つける事が出来ないんだ。しかも、君の身体には極めて珍しい性質があって…」
俺は、極力玲奈の不安が増すように話をしていった。
演技力が問われるシーンだ。

我ながら迫真の演技だな…
俺は、自分に酔っていた。
よく俳優が医療ドラマで優秀な外科医を演じているが、俺からしたら、あんなものは糞だ。圧倒的に迫力がない。俺に言わせたら、真の医療の闇を知らぬ人間にリアリティある演技などできっこないんだ。

「あの、先生。私に心臓を提供してくださる方って、どんな方だったんでしょうか?」
玲奈が憂いを帯びた目で聞いてきた。
良くある…実によくある質問だ。
だが、それを聞いていったいどうする?

当然ながら、臓器を受け取るという事は差し出した側の命が失われているという事だ。人間は欲深い生き物だ。しかし、同時に罪深い生き物でもある。自らの命が助かるのなら、そこに他人の犠牲があっても、それを受け入れる。だが、決して善人でいる事を手放そうとしない。喜べばいいのだ。他人がどうあっても関与しなければいいのだ。手放しで喜べばいい。「誰かは知らないが、よく私の為に死んでくれた」と。

それでも、必ず皆が聞く。
そして、その失われた命へのエクスキューズを満たそうとする。

「玲奈さん。気持ちはよくわかるが、それは答えられないんだ。そういう決まりでね。」
「そうですよね。いえ…あの。一つ聞いてもいいですか?」
「ああ。何でも聞いていいよ。それで君の不安が拭えるのなら。」
いい展開だ。
さあ、ぶちまけるがいい。
その不安な胸のうちを吐露するがいい。


「私の心臓に適合するって事は…まなつちゃんにも適合するって事ですよね?」

俺は、玲奈の言葉の意味を一瞬理解できなかった。
いったい、このオンナは何を言っているのだ?
今は、他人の心配よりも自分のことだろう?



22

「え?なにこれ。すっごい~。これ集めてくれたんだ?」
玲奈の隣に座ったまなつが嬉しそうに笑顔で頷く。
小さな手で大切そうに1ページ1ページめくるアルバムには、びっしりと玲奈の生写真がストックされていた。

「この子、本当に玲奈さんが大好きで。大好きで。アニメの代わりにSKEのDVDをせがまれて、絵本の代わりに玲奈さんが出てる雑誌をねだられて…もう、お部屋じゅう玲奈さんだかけなんです。」
「ありがとうございます。なんか、嬉しいです。こんなに熱心に応援してくれてて…ありがとね。まなつちゃん。」

憧れの松井玲奈が隣にいる事にまだ実感がわかないのだろう。
まなつの顔には、まだ夢見てるような表情があった。

「でも…玲奈さん、大丈夫なんですか?過労で倒れたってニュースでは…この病棟に入院されてるって事は…」
「ごめんなさい。でも、大丈夫です。名医がきちんと診てくださってますので。それより…まなつちゃんの方が…まだ小さいですよね?」

まなつは、ずいぶん長くこの病院に入院していた。
偶然にも、玲奈と同じ拡張型心筋症であるとの事だ。
玲奈が聞いたとおり、この病気ではこの病院が国内最高峰だそうで、院長は世界有数の名医とされている。その評判を聞いて、この病院を頼って、九州から遥々やって着たとの事だ。

「そうだったんですか…でも、まなつちゃんも…あの、手術とかの予定はないんですか?この病院は、その辺りのマッチングがすごいって聞きましたけど?」
「玲奈さん、お詳しいんですね?」
「え?ああ…実は、私もまなつちゃんと同じ病気なんです。」

「そうなんですね…ええ。もちろん、この病院を選んだのは移植実績が豊富って事が一番です。でも…まなつは…」
「まなつね。OがたとかAがたとかがいっぱいあるの。だからね。いしょくができないんだって。」

玲奈がまなつの顔を驚いた表情でみた。
すぐその視線を母親に向ける。
母親は黙って頷いた。

「幸い、金銭的には問題はないんです。主人は九州で手広く事業を行っておりますし。ただ、娘はすごく稀な血液型でして…」
「ボンベイ・ブラッド…?」
玲奈がその単語を発したことで、母親は驚いたようだ。
「それもご存知なんですか?」


ご存知もなにも…
持っている病気も、血液型の特質も…
何もかもが同じだ。

こんな小さな身体で、同じ苦しみをこの子は背負っているんだ。
でも、先生は適応するドナーはすぐに見つかるとおっしゃっていた。

私が助かるなら。
この子も大丈夫に違いない。

21

こんなにのんびり出来るのは、いつ以来だろう?

病気の事を聞いて最初に感じた不安は、自分が死ぬかもしれないとか、助かる方法はあるのだろうか?といった事ではなかった。入院する事になって、一日中寝てて退屈じゃないのかな?って事だった。
普段は時間が経つのがあっという間。分刻みのスケジュール。お休みなんかほとんどない。それが、ここ数年当たり前だった。

でも、いざ入院してみると、結構暇を持てあますって風には感じなかった。贅を凝らした個室。パソコンやテレビモニター。豪華なAVシステムまで完備してあった。窓の外を見れば都心の景観が一望できる。

そんな病室の中で、玲奈はのんびりとした時間を過ごしていた。
ある意味「満喫」していたのかもしれない。
不思議と焦りはなかった。
仕事の事、仲間の事…色んな事が気にならなかった訳ではない。
しかし、もう一歩で死神の顎に咥えられるかの所まで来ていたという実感が、その事を覆いつくす程のインパクトを玲奈に与えていた。


「どーしたの?中見たいのかな?」
売店で買い物をしてきた玲奈が病室に戻ろうとすると、小さな女の子が部屋の中を覗き込もうとしていた。
出るときに、ドアを開けてきたままにしてしまったらしい。
中から、かけっぱなしのDVDの音が聞こえてくる。
あまり自分の出ているものは見ないのだが、今日はたまたま去年のリクエストアワーのDVDをかけていたんだった…

「う…う…ん。」
恐らくは小学校に上がる前くらいの年に見えた。
パジャマを着てるから、入院患者なのだろう。
小さなウサギのぬいぐるみを大事そうに両手で抱えている。

女の子は、玲菜の事を凝視するように見ていた。
玲奈は、女の子が身を固めてしまっている事に気づき、腰をかがめ目線を同じ高さにして、微笑みかけた。

「お名前聞いていいかな?私はね…」
「玲奈ちゃん!」
女の子が、玲奈を指差して玲奈の名前を呼んだ。

「あら。私の事知ってるの?」
玲奈は思わず、驚いたような顔になって女の子に聞いた。
うんうんうんうん…
女の子が何度も何度も首を縦に振る。
「わー。嬉しいなぁ。あなたのお名前は?」
「まな…つ。」
「え?まなつ?まなつちゃんって言うの?」

「すみません~。まなつ。ほら、お邪魔しちゃダメでしょ?すみません…松井玲奈さんですよね?すみません、この子…玲奈さんの大ファンでして…」
女の子の母親らしき女性が、慌てて玲奈に頭を下げた。
手には大きな花瓶を持っている。花の水を差し替えていたのだろう。


「いえ、そんな。とんでもないです。あの…よろしかったら、お入りになりませんか?」
「え?あの…お部屋に…ですか?あの。そんな…」
「いえ、ご迷惑じゃなかったら。実は、結構暇でして。それに…まなつちゃんっておっしゃるんですよね?カワイイお子さんですね。」
母親に手を引かれた、真夏という名の女の子がきょとんとして玲奈を見つめている。玲奈はその姿をほほえましく見ていた。
握手会でも、最近こんな風に親子連れで来てくれる人が増えていた。玲奈はそういう子に、事のほか優しく対応した。自分自身がアイドル大好きな女の子だったから。


「ね?まなつちゃん。おいで。玲奈ちゃんと一緒にお話しようよ。DVDも本もいろいろあるよ。」
「うん…ママ、いい?」
「はい。どうぞ。よろしければお母様も。実は、ケーキとかお菓子とかいっぱいあるんですよ。一人で食べきれずに困ってて。お茶淹れますんで、一緒に食べていただけたら嬉しいです。まなつちゃん、イチゴケーキ好き?」

玲奈がまなつの手を取って部屋の中に入っていった。



20

「やはり難しいか?ストックの中に適合者がいないなんて事は今までなかったよな?」
「ああ。特に心臓だからな。最低限OBAを一致させれば何とかなる他の臓器とは違うし。しかしなぁ、よりによってボンベイブラッドかよ。」

俺は司馬の持ってきたデータを見ながら文字通り頭を抱えていた。
ボンベイブラッド。
100万人に一人とも1000万人に一人とも言われる特殊血液型で、A型B型の遺伝子を持っていながらABO式ではO型と判断されてしまうものだ。
単純にO型の血液を輸血しただけで、拒否反応を起こしてしまう。臓器提供においては非常にマッチングが難しいとされる血液型だ。

「で?奥の手は?」
既に答えを持ってるはずの司馬に聞いた。
コイツの嫌なところであり、頼りになるところだ。
最後の切り札をしっかり持っていながら、いつも出し惜しみをする。

「あるさ。俺を何だと思ってるんだ?」
「じゃあ、言えよ。なんだよ。最近、やたら暗いぞ?お前。」
「うるせえな。お前にはわかんないよ。」
俺はわかっててそう聞いた。
司馬が暗い事のわけなんて知れたことだ。
ちょっと前までなら、俺にはまったく理解できない事だっただろう。
しかし、俺は好きなメンバーが卒業するくらいで、落ち込んだりしない。
むしろ、自らのものに出きるチャンスが増えたくらいにしか思わないだろう。


「コイツだよ。」
司馬が一枚の写真を差し出した。
詳細なデータが書き込まれたシートが添えられている。
「いるんじゃないか。で?所在はつかめてるんだろうな?」
「ああ。最近じゃオリンピックインフラの整備関係でホームレスもあちこち転々とさせられてるからな。なかなか居場所を把握するのが難しいが、こんな貴重な対象者はきちんと管理しとかないとな。」
「よし。じゃあ、早速、コイツを連れて来い。」
「しかしなあ。弱ってるヤツならともかく、ピンピンしてるんだぜ?どうやって引っ張ってくるんだ?」
「それを考えるのが、お前の仕事だろうが!」

煮え切らない司馬を俺は一喝した。
司馬に対し、声を荒らげた事などほとんどなかった。
しかし、今回は事情が違う。
何が何でも、彼女を救わなくてはならない。
彼女のためなんて、そんな正義感がどこにもない。
俺の欲望を満たすために、何が何でも。

「わかったよ。しかし、どうしたんだ?」
「どうしたって何がだよ?」
「目がマジだよ。お前のそんな顔、今までみたことないぜ?」

悪かったな。
マジなんだから、仕方ないだろう。

俺は、俺の信念に従うことに貪欲なだけだ。
命には、重さがある。
生きている価値のあるものと、そうではないものは選ばれるべきだ。
そもそも生きている価値の薄いものの命など、対した重さなどない。
生きている価値のある者に差し出してしかるべきなのだ。


近況とお詫び

えっと、なかなか更新できずにごめんなさい。

体調が悪いとかそういう訳ではないんです。
実際、本当にそんな大層な病気になってるの?って位体調が悪い事がなにもなく。

あ、ちゃんと病気の事はまだ書いてませんでしたよね。
まあ、あんまり聞きたくない話だと思うので、詳しくはもうちょっと落ち着いてから書こうと思います。



更新は…訳ありでもうちょっとの間遅れがちになっちゃうと思います。
訳?
これも、もうちょっとしたら、きちんと説明しますね。


ごめんなさい。


19

目の前に松井玲奈がいる。
ステージの上で見た、あの突き刺してくるようなオーラは無いが、今、俺の目の前に座っているのは、紛れもない。俺の心を一夜にして鷲掴みにしていった松井玲奈だ。

しかし、その時の俺には、その事実に興奮するような悠長な余裕はまったくなかった。

「松井玲奈さん。ここまで状況が進むまでには、間違いなく自覚症状があったはずです。気を失ってしまうほどの痛みや、うずくまって立ち上がれなくなる程の苦しみ。そんな事は一度や二度じゃないはずだ。」
ついつい言葉が荒くなってしまう。

獲物を前にした獣は、相手を油断させるために最初は優しく優しく接する。
俺はいつもそうしてきた。
しかし、今回はわけが違う。

「いいですか?痛みや苦しみもそうだが…いつ、取り返しのつかない状況に陥っても仕方のない状況です。心臓が破裂してからでは、遅いんですよ。」
そう言ってしまってから、俺はハンカチを握り締めた玲奈の手が小刻みに震えている事に気づいた。
いかん…いかん…俺としたことが…

「芝さん。あなたもあなただ。メンバーの体調管理はあなた方、管理職の仕事でしょう。なぜ、こうなる前にきちんとした対応をしていないんですか?それに…おい。お前だ!」
俺は、怒りの矛先を司馬の後輩という、病院長に向けた。
典型的な坊ちゃん院長だ。親の残した道筋だけをたどって医者になったような、乳母日傘で育った何も自分で決められないような男。

「おおかた、こちらの言うがままで指摘すべき事もしてなかったんだろうが。お前な、この胸の写真よーく見てみろ!それから、こっちの心電図のデータ!エコーの画像!もっとあるぞ?こんだけ教科書的なデータがあって、なんで事の重大さに気づかないんだ?」
「は…は…はぁい…わ…わたし…はあ」
坊ちゃまの口からは言葉らしいものが出てくることはなかった。

ここでこいつや、芝というオトコの責任を追い詰めても仕方ないのだが…


「あの…先生…私は、そんなに大変な病気なのでしょうか?はっきりおっしゃってください。」
玲奈がそう言って、俺をまっすぐに見つめた。
不安に小刻みに身体を震わせながらも、俺を見つめる目に怯えた様子はない。
その目に俺は、少し背筋に冷たいものが走ったような感覚を覚えた。

俺は何が何でも彼女を救わなくてはならない。

「玲奈さん。あなたの心臓には大きな疾患があります。いいですか?このレントゲン写真…あなたのものです。そうですね…こちらと見比べて頂けますか?」
俺は、もう一枚の写真をライティングデスクに掛けた。
玲奈が顔をしかめて二枚の写真を凝視する。

「あの…白い部分の大きさが違います。」
「そう、そのとおり。そして、心電図のデータやエコーの画像からも明確に診断できます。」
俺は玲奈の顔を見た。
先ほどよりも厳しい目で俺を見ている。

堪らない。
なんという、エクスタシーだ。
間違いない。今度こそ本物だ。
こんな鋭く、厳しい目を持った女が守ってきた純潔。
なんとしても彼女を救い、そして俺のものにしなくてはならない。

「拡張型心筋症という病気です。体質や遺伝…その他、ストレスや不規則な生活等による身体への無理が要因で起こるとされていますが、その全容は解明されていません。わかりやすく言うと、心室がどんどん肥大していき、心不全や不整脈を起こすといいう病気です。破裂する…という表現をさっき私は使いましたが、決して大げさな言い方ではないのです。すぐにでも、対処をしなくては命に関わります。」
俺の診断を聞いて、玲奈は取り乱すでもなく、目をつぶり大きくひとつため息をついただけだった。
逆に取り乱したのは、芝のほうだ。
「命に関わる?って、それは…本当ですか?先生、ちょっと大げさなんじゃ?確かに玲奈は、このところ体調不良が続いていました。しかし、ステージにも立っていましたし…」
「まだわからないんですか?あなたの、そのいい加減なマネジメントが、彼女をここまでの病状にしたんですよ?もう一切口を挟まないで頂きたい。この件は、私から秋元先生に報告をしておく。」

俺は芝を一喝した。
子犬が大型犬にひと吼えされた時のような顔になって、芝がおとなしくなった。

「先生。素人の浅はかな知識でお聞きします。拡張型心筋症って、ドラマとかで聞いたことがあります。小説も読みました。バチスタ手術とかいう方法の手術があるんですよね?」
「玲奈さん、よくご存知ですね。確かに、心筋の一部を切除し、肥大化をとめる手術は症状の進行を一時的に止めるためには有効な手法です。しかし…それだけで根治は不可能です。それに、バチスタは非常に難しい手術だ。国内でも切れる医者はほとんどいません。」
「先生…あなたこそが、その第一人者じゃありませんか。誰もが知る、ゴッドハンド。それが、あなただ。」
さっきまでうろたえていた坊ちゃまが、急に元気を取り戻したように言った。
やれやれ、俺はこいつにとって、憧れの存在であり、アイドルのようなものなのだろうな…
お前、それはお前の何の自慢にもならないぜ?


「先生。私は…助かるんでしょうか?」

おいおい。ますます堪らんぜ。
助かるんでしょうか?だと。ああ。もちろんさ。
何のために俺がいるんだよ?
その不安で潤んだ目が、そのうち俺への愛情と尊敬の眼差しに変わるんだ。
そして、それが愛へとな。
だから、どんなことをしても、玲奈。俺は君を助けるのさ。

「大丈夫だ。私に任せなさい。バチスタよりも、確実にあなたの命を救う方法がある。」
「本当ですか?」
「私は嘘といい加減な診断はしない事で知られているようだ。その私が言うんだ。安心していいです。」
「先生。お願いします。」
「わかりました。早速、私の病院へ入院する手はずを整えましょう。ご家族へ連絡をしていただけますね?」
「はい。では、早速。」

玲奈がバッグの中から携帯電話を取り出した。
俺は、看護師や坊ちゃんに移送の指示を出し、診察室からいったん退室する。

あたりに人目がないことを確認し、俺は携帯を取り出した。
司馬の番号を呼び出し電話をかける。

「俺だ。一大事だ。玲奈はDCMだったよ。」
「DCMだ?そりゃ一大事だ。そうなると…」
「ああ、すぐに移植しないと駄目だ。血液なんかのデータはすぐに本院に送っとく。至急、ドナーを当たってくれ。完璧に近いマッチングをするんだ。場合によっては…ジョーカーを切ってもかまわん。」
「おい、それはヤバくないか?それじゃなくても、最近進藤が燻しがってるからな。」
「いいんだ。とにかく、急いでくれ。」


わかった…
司馬の言葉を聞く前に、俺は電話を切った。

箱で推せ! 横アリ1日目

横アリ初日行ってきました。

神様からのプレゼントなんでしょうね。
センター席前方。しかも、外周ステージのすぐ隣。
手を伸ばせばメンバーに届く距離でした。

今作品で、玲奈の凄まじいまでの透明感って事を書いてますけど、まさにそれを実感して、トリハダものでした。
目の前であのオーラを感じる事が出来て感激しました。

とっても元気ていうか、生命力をもらえた素晴らしいコンサートでした。
今日もアリーナ席前方なので楽しんでこようと思います。


病状ですが…
実は退院しました。
良くなったという訳ではなく、病気との付き合い方を変える事にしたんです。

色々と医師とも話し合いましたが、どうやら手術は不可能だそうで。
抗がん剤や放射線治療も根治を目指すものではないそうです。

なので、これからは自分の時間を大切にする為に使う事にしました。
もちろん、諦めたわけではありません。
奇跡はそれを願う者にだけ訪れる。

そう信じてますからね(*^_^*)

幸い、体調は悪くないです。
っていうか、自覚症状はまったくありません。
信じられないくらいに。

昨日も娘と一緒に無茶苦茶弾けてきました。
ナゴヤドームも当たりましたからね。
楽しみです(*^_^*)



じゃ、今日も楽しんできます。
お話の続きは、もう少し待ってくださいね。

18

「すみません…どうしても起き上がれなくて…」
「わかった。今日はゆっくり休んでるんだぞ?後で様子を見にいかせるから。」
芝が忌々しそうな顔で電話を切った。
近くにいたスタッフを呼びつけ、乱暴な口調で指示を与えていく。

「ふぅ…」
芝が、大きなため息をついた。今日が珠理奈のいる全握で良かった。JR両方不在の全握なんて、考えただけでもぞっとする。
しかし…そういや、ずっと体調が悪いって言ってるなあ…
まあ、どうせ事務所の差し金だろう。SKEでは数少ない外部事務所所属の玲奈だ。なかなか扱いも難しい…


「嘘ついちゃったよ。いいのかなあ?」
「だって、そうでもしなきゃ。昨日だって、また倒れこんでたじゃないですか。私、もうそんな姿見るの辛くて…」
宮前がホテルの窓の外に広がる景色を眺めながら言った。
玲菜の顔をなかなか直視できないままだ。
最近そうだ。どうしても玲菜の顔をまともに見ることができない。
その澄んだ目の透明感が、病気による衰弱から来るものだと知っているからだ。

「はい…あ、ありがと。今、行くね。」
宮前がかかってきた携帯に答え、玲菜のほうを振り向く。
「玲奈さん、タクシー来ました。私も一緒に行きますね。今日、私握手会のメンバーじゃないし。」
「ありがと、杏実。なんかごめんね、心配ばっかかけちゃって。」
「いいんですよ。何言ってるんですか。」

宮前が辺りを警戒するように視線をめぐらせる。
日曜の朝、ホテルのロビーはそこそこの人手があった。
恐らく、これから都内の観光へ出かけていくのだろう。
ディズニーランドに向かう家族連れもいるだろう。ひょっとしたら、地方から握手会の為に遠征してきれる人が泊まってるかもしれない。


そんな中、まるでスパイのような大げさな変装を施した玲奈が、タクシーに滑り込むように乗り込んだ。




-------------------------------------------------------------

「まったく、いちいち大げさなんだよな。お前は。」
「仕方ないだろ。一番早いのはコレんだし。」
司馬が呆れたように俺を見る。
まあ、顔は笑ってるから、いつものように仕方ないという程度にしか思っていないのだろう。

「今日、間違いなく来るんだな?」
「ああ。さっき連絡が入った。今朝一番でメンバーの宮前杏実から電話があって、玲奈をつれてくってさ。」
「わかった。じゃあな、行ってくる。」

俺は昨日から学会の発表で浜松にいた。
司馬も一緒だ。
そこへ突然連絡が入った。今から松井玲奈が診察を受けにくるという連絡だ。握手会を当日キャンセルしての受診だ。かなり深刻なのかもしれない。
「すぐに行くから…と伝えろ。1000万も握らせてるんだ。何とか理由をつけて俺が診察できるよう手配しとけよ?」
「抜かりはないよ。まあ、心配はいらん。昼行灯みたいなヤツだからさ。お前が行くだけで喜んで何でも言う事聞くだろうさ。」

俺は司馬に軽く手を振った。
すでにプロペラを回していたヘリに乗り込む。
40分もあれば、東京に戻れるだろう。


俺は妙な感情に包まれていた。
玲奈に近づく事が出来る…その高揚した気持ちと、どこか胸騒ぎのような感覚。
その感覚は、間違いなく医者としてのアンテナが受信しているものから来ている。

17

「どういう心境の変化だ?いったい、誰に狙いを定めた?」
「あ?どういう意味だ?」
司馬がこんな風に勿体ぶった言い方をするときは、何かしら魂胆がある時だ。
「お前のいつもの手口じゃないか。まあ、確かに百何万円分の花が匿名で届けば、運営も受け取るしかないわな。」
なんだ?
なんでばれてるんだ?
そりゃ、狙った獲物に近づくためには、幾つかの必勝法がある。
そんな事はいい。問題は、なぜ大量の花が届いた事を司馬が知っているかだ。

「ちょっとした話題になってるぜ?」
司馬がタブレットの画面を俺のほうに向ける。
劇場のロビーに飾られた薔薇の花の前、満面の笑顔で写真に収まるメンバーたちだ。
「こんな写真を誰が公開してるんだ?」
「誰って、そりゃメンバー自身さ。知らないのか、ブログとかぐぐたすとか。今は、アイドルも情報発信する時代なんだよ。」
「しかしなあ。合いも変わらず紫の薔薇か?で?言えよ。誰なんだよ?お前の事だから、どうせ高校生あたりのメンバーだろう?まさか、なんなんじゃないだろうな?あ?奈和か?まさか、なるちゃんとか言うなよ?さすがに中学生は引くぞ?」

まったく口の減らないオトコだ。
しかし、なぜだろう。無性に本音を話してしまいたい衝動に駆られてしまうのは。
カミングアウト…

「玲奈だよ。松井玲奈。」
「は?玲奈だ?マジで言ってるのか?お前、処女にしか興味ないんじゃないのか?」
「ああ。そうだよ。まさに、その通りじゃないか。」
「そうか…そりゃ、いつもいつもヤラれたって言ってるもんな。お前、ホントに女を見る目がないからな。やめとけ、玲奈は。ありゃ、実際のところは女豹だぜ?」
「いや、俺はそう思えなかった。あの、透明感はただごとじゃないぞ?」

司馬が応接のソファに深く腰を下ろした。
「透明感ね…まあ、確かにあの日の玲奈は凄かった。っていうか、最近、結構また評判がいいな。特にライブのステージでの評判がな。あ、そういや、進藤が何か言ってたなあ。」
「進藤先生が?」
「おい、何で俺の事は呼び捨てで、進藤の事は先生なんだよ?」
「いまさら、二人のときにお前の事、先生なんて呼べるかよ。で、進藤先生は何だって?」

「なんかな、どこか内臓に問題あるんじゃないかって言ってたな。ありゃ、透明感とかじゃない。病的な美貌だって。なんか、当たるんだよな。アイツの見立てって。伊達に救命救急の第一人者って評価とってないよな。」
「病的だと?しかし、あれだけの人気者だ。しっかりと健康管理体制だって取ってあるだろう?」
「そう思うか?」

そう言って司馬はほくそ笑んだような顔を俺に向けた。

「どういう意味だ?」
「いや、あそこな、メンバーの定期健康診断とか、診察とかを引き受けてる病院があるんだよ。」
「まあ、それくらいはあるだろうな。」
「そこさ、俺の後輩が跡を継いだ総合病院なんだよ。まあ、町医者に毛が生えた程度だけどな。」
「へえ。」
「へえ…じゃないよ。どうだ?玲奈に近づくきっかけくらいは掴めるかもしれないぜ?」

そういう意味か。
まったく抜け目のない男だ。

「お前の好きな子にも近づけるじゃないか。」
「それがな。残念ながら、俺の推しは健康そのものでな。」
「それで?幾ら欲しいんだ?」
「コレかな?」
司馬が指を1本出した。

「ったく。十分な給料払ってるじゃないか。」
「おいおい、裏の仕事の手当て分は入ってないぜ?」
「仕方ないな。源泉徴収なんてされない金がいいんだよな?」
「もちろん。」
俺は、キャビネットを空けて中の金庫のダイヤルを回す。
中には、現金の束があった。
奥から先日、秋元康から受け取ったダルマをひとつ取り出す。

「ほらよ。もってけ。」
「ちょ…ちょっと待てよ。1本って100万のつもりで言ったんだぜ?1000万かよ?」
「いいから持ってけって。」
「怖いなあ。代わりに何しろって言われるんだよ?」

俺は金庫を閉じながら司馬に言った。
「玲奈の健康診断のデータを持って来い。進藤先生の見立ては、俺も信用している。きっと何かを抱えてステージに上がってるんだろう。」
「なんだ、そんな事で1000万ももらっていいのか?」

司馬が不敵に微笑んだ。

「ああ。安いもんだ。頼むぞ。」

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