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16

「そうか…う~ん、そりゃ心配になるよなぁ。わかった。俺から、再度詳しく検査をするように、依頼しておくよ。日程が決まったら、また連絡する。すまないが…それまでは…」
「はい。すみません。なんか、弱いこと言っちゃって。大丈夫です、何とかやり過ごせますから。」

玲奈が芝智也に軽く頭を下げる。
芝の表情が一瞬曇った。

ったく、何が具合悪いだよ…
こないだもそう言って、全握欠席させてやったじゃねーかよ。
それでなくとも、珠理奈には無理させるなって、キツイお達しが出てるんだ。
玲奈、お前がいなきゃ、色々と回らないことが多いってこと、そろそろ自覚しろよ…

再検査?
そういや、こないだ受けた検査結果とかが来てたよな…
まだ見てなかったな。えっと…確か…
お、あったあった。この封筒だ。


芝が、鋏も使わずに乱暴に封筒を開けた。
「親展」の表示がある事などお構いなしだ。

なになに…
なんだよ、特に問題ないじゃないか。
要再検査?
そんなん、健康診断のお決まり文句みたいなもんだ。


芝が、その封筒をくしゃくしゃに丸める。
そのまま、ゴミ箱に乱暴に放り込んだ。


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15

取材を受けるのは嫌いではない。
いや、むしろ俺は様々なメディアからの取材を、基本ウエルカムで引き受ける。
新聞は、日経から全国紙、地方紙…ちょっとしたコミュニティ紙まで取材に応じる。
もちろん、雑誌やインターネットもだ。
昨日は、女性週刊誌の特集にも応じた。
医療の話など皆無。好きなファッション、好きな女性のタイプ、好きな食事、デートに誘うなら…
そんなくだらない質問にも、笑顔で答えていく。

実際、くだらない話かもしれないが、それに答えることで俺の商品価値が上がるのであれば。
まったく苦にはならない。

今日の取材は、比較的…いや、かなり真面目な医療特集の取材だ。
俺が病院でやっている、ある取り組みにスポットライトを当てたい…そういうものだ。

大げさなライティングがセットされ、インタビューが始まった。

「都内の公園等で生活するホームレスを対象にした、定期的な健康診断と重篤患者への治療。社会的貢献を果たすというミッションを実現する…先生の意欲的な取り組みも、もう2年になりますね。」
「ええ。貧困に罪はありません。路上生活を余儀なくされた方の中には、健康問題で職を失い、そうなってしまったケースも少なくないと考えております。私どもは、普段お世話になっている地域への貢献、そして、何より命という最も大切なものを守るお手伝いを、微力ではありますが行わせて頂いてるだけです。」


ホームレスを連れてきて、健康診断を行う。
重篤患者への治療…

その言葉に何の嘘もない。

ただ、事実には、もっと奥の違う意味がある。
保険請求などしない。すべて、自由診療で患者には一切の請求を行わない。
身体の隅々まで調べ、そして、適切な対応を施す。

社会貢献…
その言葉にも嘘はない。

社会にとって何の価値もない、もはや人間と呼ぶことすら憚れる存在の奴らに、格段の価値を与えてやっているんだ。これは、立派な社会貢献といえるだろう。

命に貴賎はない。
命に値段などつけられない。

大きな間違いだ。

命の重さは違う。
命にこそ、適切な価格付けが存在する。

それを、自らの手で担うことが出来る…
そういう存在を「神」と呼ぶのなら、俺は間違いなく「神」だ。


14

「智也さん…どうすればいいですか?コレ…」
「ああ…プレゼント…だよな?玲奈への。」
「今まで花束とかのプレゼントは多くありますけど。さすがにコレは…それでレギュレーションでは総額1万円までって決まりもありますし。」
劇場支配人の芝智也が、腕組みをしたまま困惑の表情を浮かべていた。
名古屋・栄にあるSKE48劇場。
その楽屋からロビーが薔薇の花で埋め尽くされていた。

「しかも、珍しいですよね。玲奈ちゃん宛てに薔薇の花って。かすみ草ってのはよくありますけど」
「コレ…全部でいったい幾らくらいするもんなんだ?」
「ああ、ソレ、僕も気になったんで配達してきた業者に聞いたんですよ。なんでも、紫糸の薔薇って高いらしいですよ。まあ、100万じゃきかないって言ってました。」
「100万?いったい、どんな石油王だよ。まあ、仕方ない。送り主が匿名なら、返却のしようもないからな。今日はE公演だ。まあ、玲奈もさすがに喜ぶだろ。」

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ぐっ…おえっ…
つぅぅぅぅ…

まただ…
最近、こんな風に痛みが急にくるようになってきた。
背中から腰…そして胸。

おかしいなあ。
こないだ、調子悪くなった時ちゃんと検査してもらったのに。
ただの疲労だって。そう先生言ってたし。
なのに、何でこんなに?


松井玲奈は、バッグから錠剤を取りだした。
残り少なくなった瓶の中から、3粒を手のひらに乗せた。
痛み止めの頓服だ。
手の上にある錠剤をじっと見つめて、しばらく考える。
玲奈は、更に2粒を手のひらに乗せた。
定量は1粒。効き目が弱くなってきたと思えば、2粒。
そして3粒…

もう5粒飲まないと効きそうにない。
水と一緒に喉に流し込む。

大きく深呼吸をして背伸びをする。

大丈夫…今日も、大丈夫。
私はステージに立てる。





「玲奈さん…大丈夫ですか?」
突然、声をかけられた。

ビックリした。
…いや、驚いてるのは、この子たちか…
見られちゃった…かな?

古畑奈和と宮前杏実が心配そうな顔で顔を覗き込んでいる。


「大丈夫、大丈夫。なんか、昨日飲み過ぎちゃったみたいでさあ。参った参った。歳はとりたくないよね~」
「玲奈さん…なな子に聞きました。ずっと…ずっと体調悪いんですよね?」
「なな子に?もう…嫌だなぁ。なな子って大袈裟だから。」
「玲奈さん。病院、行ってるんですよね?ちゃんと検査とかしてるんですよね?」

奈和…
最近、私を見る目が違う事は気付いていた。
意識してるって言うのかな?

心配をかけちゃいけない。

「検査?ちゃんとしてるよ。健康診断のデータ見せよっか?ちょっと貧血気味で、痩せすぎで、血圧低いし。でも、極めて健康だよ。大丈夫。お酒はほどほどにします~」




玲奈さん…お酒なんか飲まないのに。
絶対に、どこか身体におかしい所があるに違いない。
でも…玲奈さんがそう言うなら、私はそれ以上何も言えない…


「奈和が言えないなら、私が言う。いいね?」
「杏実…ちょ…ちょっと。玲奈さんが何もないって…」
「玲奈さん。お願いします。もう一回病院行ってください。休んでください。困るんです。最近の玲奈さん、スゴイです。いや、前からスゴイですけど。あーーーーーウマく言えないのが悔しい!でも…なんか、今にも壊れて…消えてしまいそうで…困るんです。玲奈さんに何かあったら…」

普段からはっきり物を言う性格のコだ。それが杏実の良い所。
でも、今日はちょっと違う。
口調は強いけど、どこか何か戸惑ってるような口調。

「ゴメンね。リーダー失格だね…みんなに心配かけちゃって。わかった。もう一回、ちゃんと診てもらってくるよ。だから、杏実。泣かないでよ。」

え?杏実が泣いてる?
古畑は、宮前の方を見た。



ボロボロ涙を流す顔がそこにあった。
こんな風に大泣きするのを見るのは、いつ以来だろう?



13

俺は公演が終わると、二人から逃げるように劇場を後にした。
かかってもいない携帯電話の留守電をチェックするふりをして、「すまん。オンナがどうのこうの言っててさ」なんて嘘までついて。

司馬と進藤は、お見送りのハイタッチが終わってもロビーに残って、メンバーの姿を遠巻きで眺めていた。
特に俺の行動に不信感を持つ事もなかったようだ。

俺は、エスカレータを駆け下りるように下って5階のショップに立ち寄った。レジの愛想のない若い女性店員に声をかける。
「すまない。今日やってた公演のCDとかDVDとかは売っていないか?あと、SKE48関係のDVDとかそんなもの…」
相当な早口で言ったせいなのかもしれない。店員がしばらく反応できないでいた。

「今日って、Eの出張公演っすよね。SKEの僕太はまだDVD出てないからなぁ。アンタ今日が初めて?」
近くにいた男が俺に話しかけてきた。
なかなか親切な男だ。
「初めても何も。昨日まではダブ…いや、松井玲奈と珠理奈くらいしか知らなかったんだ。」
「そっか、今日の公演でやられたって事だな?じゃあ、まずはリクアワのDVDかな。それから去年のガイシのライブとかもおススメするなあ。あ、バラエティみたいならS女とかも…」

「う~ん…よくわからないが…お姉さん、SKEが出てるDVD、全部出してくれないか?」
「え?全部ですか…?」
「ああ。全部だ。ゆっくり選んでるとあいつ等が…とにかく、急いで欲しいんだけど。」
レジにいた三人の店員が慌ててDVDを並べていった。
「あの…?全部お買い上げですか?」
「ああ。コレで頼む。」

俺はクレジットカードを差し出した。
ダイナースのブラックカードだ。

「幾つか品切れのものもありまして…在庫のあるもので…38万4200円になりますが…」
「結構だ。ちょっと一人じゃもてないな。すまない。下に車を回すから、運ぶのを手伝ってもらえるかな?」
「は…はい。かしこまりました。あの…支払い回数は?」
「ダイナースのブラックは1回払いしか出来ないんだよ。」

おれがそう言って、財布をしまいその場を去ろうとすると、先ほどの男がまた話しかけてきた。
「あのさ…荷物、俺運ぶのやるからさ。写真…見せてくれないかな?急いでる?」

写真?この男が何を言ってるのかが、よく分からなかったが、とにかくこの場さえ立ち去れれば俺は構わない。聞けば、DVDの中にメンバーの写真が封入されているらしい。

「ああ。じゃあ、すまないがUDXの地下駐車場で待っている。電話をもらってもいいだろうか?」
俺は、肩書きの入っていない名刺を男に差し出した。携帯の番号が記載されてある。
「了解。じゃあ、後で。」
「助かるよ。」

俺は男にそう言って、その場を立ち去った。
本当に助かった。


あいつ等から逃げてきたのは、自信がないからだ。
興奮に満ちた顔を隠す自信が。

「おい、なんだ?SKEってのは?だいたい、アイドルグループなんてのは、可愛い顔して、下手糞な歌とダンスをして、ニコニコ笑って手を振ってるだけなんじゃないのか?それが、何であんな風に汗だくになって踊るんだ?何であんな風に、息が切れるまでやるんだ?せっかくのメイクも、セットした前髪も台無しじゃないか。」
そんな風にあいつ等に語る事を我慢できる自信がない。

「菅なな子っていったよな?司馬、お前が好きなのは。進藤先生は?金子栞?いや、ちょっと待て。お前ら、違うだろ?確かに、その二人は今日一日で覚えたよ。他にも…いや、しかしだな。お前ら、気づかなかったのか?あのオーラを。一人だけ、会場全体を包み込むようなオーラを放っていた子がいたろ?」
そんな風にあいつ等に言ったら「院長は分かってないんだから」なんて言い返されるんだろう。それに対し「そんなもんか?」なんて納得したような返事で済ませる自信がない。



携帯が鳴った。
大きなダンボールが乗った台車を押している男に声をかけた。

「お待たせしちゃって。」
「いや、わざわざ悪かったね。写真っていうのは、中から出してもらえたかな?」
「あ、俺が開封しちゃって申し訳ないんだけど…」
男の手の中には、袋に入った写真の束があった。
どうやら、メンバーの写真…ブロマイドみたいなものか…

「あのさ。俺茉夏推しなんだ。お兄さん、誰推し?」
「推し?ああ、好きなメンバーの事か。」

この男になら構わないだろう。
とにかく、今は誰かに打ち明けておきたい気分だ。

「松井玲奈…」
「玲奈ちゃんかぁ~厳しいトコだなぁ。」
「ん?厳しいとは?」
男が天を見上げた。
俺は男がなぜそうしたのか、全然わからない。
「いや、この中、茉夏の写真いっぱい入ってるからさ。お兄さんの推しメンの写真出すから交換してもらおうと思ったんだけど…玲奈ちゃんかあ…いや、俺も玲奈ちゃん好きで好きでさ~。」
「良かったら、ソレ全部持っていってもらって構わないが。」
「へ?持っていって…って?」
「ああ。俺はいらないから。全部貰ってくれって事なんだけど。」

「ええええ?いいの?マジで?いや…悪いなあ。」
「ここまで荷物運んでくれたしな。ああ、そうだ、じゃあ、一つ教えてくれないか。」


俺は男に礼を言って、荷物をダンボールごと今日乗ってきたメルセデスの後部座席に積み込んだ。
その中から、男が選んでくれた一枚を取り出す。

SKEではなくAKBのものだ。もっとも松井玲奈が松井玲奈らしく映ってるものを選んでくれ…俺の難題にしばらく悩んだ男が選んでくれた一枚だ。

リクエストアワー2013のブルーレイディスクをセットした。
男が教えてくれたとおり、15位のチャプターを選んで再生する。



見つけた。
今度こそ間違いない。間違えようがない。




俺が探していたのは、彼女だ。




 

12

な…なに?

私は今、何を見てるの?

いつもと同じ光景。
のはずだよね?

隣を見れば、なな子がいる。
でも、確かにいつもと違う。

何が?
何が違うの?


RUN RUN RUN…
公演2曲目の疾走感あふれるナンバーだ。

走れ。私。愛のために。


確かに、今日はメンバーの気合も凄い。
本店のお膝元で、私達の凄さを見せつけちゃうぞ!
そんな気合が会場のファンにも伝わってる。
一体感が凄い。


でも…
そんなことじゃない。


「奈和…ワタシも感じるよ」
間奏のフォーメーションチェンジの時にすれ違ったまぁが、目線だけでそう言ってきた。ゆっこさんも、今日はキレが凄い。いつもの10倍くらいダンスが大きく見える。でも…それじゃない。もっと…もっと大きな何かが、今日のステージを動かしている。


RUN RUN RUNが終わった。
そのとき、気づいた。
その「何か」は私の隣から発せられていた。

熱…
触れることすら出来ない程の熱。
しかし、その熱は背筋を凍らせる程冷たい。
身を切るほどの凍気。

炎…
青白く、狭い劇場を貫く程の強さを持つ火。
渦を巻くように大きく、一点を刺すように鋭く、儚くそして絶えることの決して無い「Eternal Flame」。


これが…これが松井玲奈という存在なんだ…


玲奈さんは、間違いなくもっともっと先に進んでいたんだ。
私が「玲奈さんがいるから…」なんて愚痴を言ってる間に、この人はもっともっと先に。

違う。
この人を超えるには、この人がいなくなるのを待ってちゃダメだ。
玲奈さんより、早く走らなきゃダメなんだ。
玲奈さんより、強くならなきゃダメなんだ。


絶対に追いついてやる。
この人が、自らその足を止める前に。
前を向いて走ってるうちに。



古畑奈和が、ステージの上で大きく跳ねた。


11

「進藤先生…進藤先生はもう何回も来たことあるんですか?」
「いや、そんなに何回もって事はありませんよ。そりゃ、5回や6回程度じゃないですけどね。」
秋葉原にある劇場のロビーは200名を超える人であふれ返っていた。もう間もなく開演時間だ。

結局ずるずるっと今日を迎えてしまった。
正直言って、俺は全くアイドルなんかには興味がない。むしろ、逆の感情しか持っていないといってもいいだろう。幾ら純粋そうな顔をして、何も知らないような素振りをしていたって、腹の中は自分がどうしたらその世界で成り上がるかしか考えなていない…それが芸能人だ。
売れる為になら、平気で身体だって売る。そんな程度だ。
司馬はまあ、なんとなく気心知った仲だ。まあ、いまさらアイツの趣味にとやかく言うつもりはない。しかし、進藤までとは。

5回や6回じゃない?それは、俺からしたら十分「常連」ってレベルだよ。絶対にそんなアイドルなんかに夢中になるタイプじゃないと思っていた。確かに、俺も妙齢の女には全く興奮しない。まだ男の味を知らない未成熟な果実を味わう事でなければ興奮しないのも事実だが、だからといって、それをアイドルになんか求めやしない。
親目線でというならまだわかる。進藤も司馬も俺より10歳以上年上だ。40半ばになってまで…

「お、ビンゴ始まるぞ。一回位一順で入ってみたいんだけどなぁ。」
司馬が進藤の後ろから顔をのぞかせて言った。
おいおい…なんだよ。そのガキみたいな笑顔は。いつもの眉間に皺を寄せた、あの司馬先生はどこにいったんだよ?

「ビンゴってなんだよ…ですか?司馬先生。」
「ああ、入場順を抽選で決めるんだよ。あのさ、言ってるじゃんか。今日はプライベートだ。変な敬語やめろって。なあ、進藤。」
「あ?おい…240番台だってよ。なんだよ、キャン待ちが一順かよ?」
「うわー。なんだよ。最前の予感バリバリだったのに。」

キャン待ち?最前?
いったい、この二人は何を言ってるんだよ…
だいたい、今日は招待じゃなかったのか?招待席ってもがあると思ってたんだけどさ。ん?次は40番台?そうか、このチケットに書いてる番号の事か。

俺は手元のチケットに目をやった。51番。それが俺の番号だ。
50番台が呼ばれたら、俺達が入場できるって事なんだろう。
しかし…今日はSKEのコンサートだよな?アイドルグループの。普通、こういう場には若い中高生が中心なんじゃないのか?それなのに、右を見ても左を見てもいるのはオッサンばっかじゃねーか。下手したら、平均年齢、俺の年より上だぞ?若い子って女の子しかいないんじゃないか?

「次は…50番台。50番台の方、劇場内にお進みください。」
半分以上の客が中に入ってしまった頃、ようやく俺達の番号が呼ばれた。

これが…噂に聞くAKB劇場ってトコか。話によれば、今日の公演は100倍を越える倍率があったらしい。しかし…狭いな。本当にステージが目の前なんだな。

「院長。こっちだよ、こっち。」
奥の前のほうに数個空いていた席のほうへと進もうとした俺を、司馬が呼び止めた。
「こっち…って。ソコ、立ち見じゃんか。あそこ…ほら、席空いてるし。」
「何言ってるんだよ。立ち最こそ劇場のベストポジションなんだよ。な?進藤センセ。」
「ああ。院長。あの席だとステージなんてほとんど見えませんよ。」

俺は二人に促されるまま、立見席の一番前に陣取った。
確かに、視界を遮るものがなく、ステージは見やすそうだ。それに、なんだ?あの柱は。わざわざ死角作って見難くしてるとしか思えない。確かに、あの席だと見えるのはステージの隅っこだけだろう。

「おい、あそこに関係者席ってあるじゃないか。俺は、てっきりああいうところで落ち着いてだな…」
そう言いかけたとき、場内にざわめきが起こった。

「来場の皆様にお願いいたします」
チャイムが鳴ったあと、場内注意のアナウンスが流れ始めただけで、階上のテンションが一気に上がった。

なんだ、なんだ?
俺は一瞬、場の空気に怯んだが、すぐにそれを理解した。
もうすでにライブは始まっていたのだ。
両隣の司馬と進藤の顔を見て、俺は諦めた。
仕方ない。ライブは2時間くらいだと聞いている。
どれだけのものか、存分に見させてもらうことにするか。


10

「おはよう…ございま~す…」
宮前杏実が辺りをうかがうように楽屋に入ってきた。
場違いな場所に置かれてるような不安そうな表情を浮かべている。
「あ~おはよー。早いねー。」
先に来ていた古畑奈和が声をかけた。
こっちにおいでよ…笑顔で手招きをした。

「いやいや、やっぱアウェー感ビリビリだわぁ。楽屋だって、建物だって、劇場だって全然ウチらのトコの方が立派なのに…やっぱ、なんか重みが違うっていうか。」
「私も最初はそう思った。ココ入ってくる事すら出来なかったもん。」
「でも、もうすっかり馴染んでるじゃん。そうやって、荷物ぶっ散らかすトコなんていつもどおりだし。」
宮前が机の上に散乱した古畑の荷物や、床に乱暴に置かれてる大きなバッグに視線をやり笑った。

宮前にとって、秋葉原の劇場が持つ重みというか、格調というか、そんな得体の知れないものから受けるプレッシャーは決して小さなものではなかった。チームKとの兼任で、何度もこの場を経験している古畑も、その思いは共感できるものだ。

「おはようございます!」
「あ~りおん、おはよ~、つぅも、なるも一緒なんだ?」
それほど外仕事が無いチームEのメンバーとはいえ、いつも集団行動をしているわけではない。三々五々メンバーが集まってくる感じだ。
まだ集合時間には間がある。しかし、この日の出張公演にかける思いは強い。かつての出張公演で「グループ最強」との評価を取ったSKE研究生公演。その時の中心メンバーであった5期の面々には、心に期するものがあったのだろう。その胸の高まりが彼女達の足を早めているのであろう。


「おはようございます。うわ…みんな早っ。」
「なな子、遅い。早く着替えて。」
「え~奈和も早いね~。私一番乗りかと思ってたのに。」
のんびりした表情で入ってきた菅なな子が、部屋の中を見て慌てる。

「奈和、一番乗りだもんね。」
宮前が古畑にウインクする。古畑が、一生懸命目配せをしてくるのを、へたくそなウインクと勘違いしたのかもしれない。
「ん?どした?」

「んーーーー杏実ぃ。一番乗りは私だよ~」
「うわあぁぁぁ…れ…玲奈さん…?何やってるんですかぁ、そんなトコで?」
楽屋の隅。小さなパーテーションの影になるような場所で膝を抱えて座っていた松井玲奈が、まるで遠くにいる友達を見つけた時のように小さく手を振っていた。
「ん?ああ。ブログ書いてたんだ。みんな来てるのわかってたんだけどさ。なんか、いいトコだったんだよ。ん~そっかあ。よし、着替えよっかな。」

「玲奈さん…っていうか、着替えてるじゃないですか。」
古畑がレッスン着姿の玲奈に言う。
いつもどおり、ちょっと冴えないセンスのTシャツにスゥエット姿。髪は適当にまとめられていて、顔はすっぴんのままだ。


綺麗…

なんで、こんなに綺麗なの?
メイクだってしていない。きらびやかな衣装に身を包んでる訳でもない。
髪だっていくらレッスンとはいえ、もう少しきちんとまとめられるだろう。
それなのに、この圧倒的な美しさは何だろう?
向こう側が透けてしまいそうな透明感。
風が吹けば飛ばされてしまいそうな程、華奢な身体。
それなのに、見てるこちらを圧倒してしまうような、存在感。

さっきまで、部屋の隅っこで屈んでいた時と周りに纏っている空気が違う。

古畑は背中にぞくぞくっと寒気のようなものを感じた。
菅が言った言葉が、ふっと頭をよぎる。
「蝋燭が最後にぱあっと明るく輝くって…あんな感じなのかなぁ?」

首をぶんぶんと振った。

この人がいなくなれば…
そんな風に思う私は、きっとまだ弱いって事なんだろう。

私がやらなくちゃいけない事は、この人から全てを…学び、盗み、吸収し…そして、自分の力で超えることだ。

この人が、私達の傍にいるうちに。

9

半月後


「先生、本当にありがとうございます。やはり、名医は違いますな。さすがに、私も一度は覚悟しましたからね。」
「いえいえ、秋元先生。私は医者としての果たすべき事を当然のように行っただけです。第一助手の司馬を称えてあげていただけますでしょうか?」

VIP向けの病室は本院の建物ではなく、タワー棟の高層階に位置している。階下には陽光を受け輝く隅田川の流れと、遠くに東京湾を望む事が出来る。リビングルームや、ダイニング、会議室まで備えた100㎡を超える部屋は、そのままマンションの一室として売り出せば、軽く億を超える金額が設定されるだろう。

術後の経過は極めて順調だった。
移植関係でもっとも怖いものの一つは、拒否反応だ。せっかく、健常な臓器を移植したとしても、やはり他人の組織だ。AOBの血液型相違を避けることは当然として、その他の諸条件をマッチさせなくては、万全な移植は実現できない。俺がこの分野の「名医」とされるのは、そのマッチングの適切さと、それを可能にする環境の整備だ。

「秋元先生。もう、何の心配もありません。もう半月もあれば退院して頂いて結構ですよ。もちろん、経過は診させていただきますが。それに…少しは節制していただかなくては。糖尿の数値がもう少し高ければ、手術すら出来なかったんですからね。」
司馬が笑う。
俺は、ちょっと意外な感じがして司馬の顔を見た。
こういう営業的な口調が出来る男とは思わなかった。
いつも仏頂面で、お世辞の一言も言えない。「腕の安売りはしない」がポリシーだったはずだ。今まで見たことがないような笑顔も浮かべている。

有名人相手に心が躍るような男ではない。政財界のトップから、有名芸能人。ハリウッド女優にメスを入れた事もある。そのときも、患者からの礼には口を数ミリだけ歪めて笑顔らしきものを作るだけだったのに。



ピンポン~ピンポン~


病室のチャイムが鳴った。
秋元が手元のモニターを確認し、俺に目配せをする。
「来たようだ。通してもらっていいですか?」

司馬がエントランスのドアを大きく開ける。
熊のような巨体の男が部屋へ入ってきた。

「紹介します。こちら…」
「存じております。戸賀崎さん、こちらが当院の院長です。私は秋元先生の担当医の司馬と申します。院長、こちらが劇場支配人の戸賀崎智信さんです。」
司馬が、俺に大男の紹介をした。

「おや、これは、司馬先生。すでに戸賀崎とご面識が?」
「いえ…私は、これが始めてかと…」
秋元も、そして戸賀崎も意外そうな顔をしている。

全く、司馬のヤツ…。
こんな席には、普段ぜんぜん顔を出さないくせに。

「院長先生。不躾で申し訳ないのですが…戸賀崎。」
「はっ。」
戸賀崎が大きな黒の鞄から「ダルマ」と呼ばれる札束の塊を取り出した。日銀封で帯封されたもので、一つが1000万円分だ。
リビングの大きなテーブルの上に、5つのダルマが並べられた。
「これは…秋元先生。生々し過ぎますね。こんなものを受け取る訳にはいきません。」

まったく芸能界の人間というのは、本当に品というものがない。
受け取るには受け取るが、渡し方というものがあるだろう…

「戸賀崎。先に付録を出しちゃダメじゃないか。院長先生。ほんのお礼です。受け取って頂きたいのは、こちらのほうです。」
秋元に促され、戸賀崎がCDの束を取り出した。
「新曲のCDです。」
「これはどうも。ミリオンヒット連発の秋元先生の秀作をこういう形で頂けます事は非常に光栄です。」
俺は、礼を言って戸賀崎から受け取ったCDをテーブルの上に置いた。

「院長…。ソレ、俺がもらっていいよな?」
「あ?ああ。構わないけど…せっかく頂いたんだ、俺も聴かせてもらいたいんだけど。」
「違うよ。CDなら全部持ってけよ。俺が欲しいのは、その中に入ってる物なんだよ。」
「中?」

俺と司馬のやり取りを聞いて、秋元と戸賀崎が笑い声を上げた。

「司馬先生。推しメンはどなたですか?」
「いや、戸賀崎さん。そんな熱心じゃないんですよ。たまたまですよ。」
「司馬先生さ。俺は聞かなかった事にしとくよ。人の趣味をとやかく言えるような立場じゃないからな。俺も。」

「良かったら、劇場公演にご招待いたしましょう。どの公演でも構いませんよ。」
秋元が眼鏡の奥の目を細めて言った。
「本当ですか?いや、申し訳ないなぁ。実は本店推しじゃないんですよ。それでもいいですか?」
「本店?なんだ、そりゃ。司馬先生さあ…」
イイ年して何だよ、そりゃ…って言いかけて止めた。
そうだよな。俺だって人の事を言えた義理じゃない。

「ほう、どこですか?」
「じゃあ…お言葉に甘えて…SKEの公演が見たいんですけど。」
「SKEって…ああ、名古屋のグループか。」
「知ってるのか?」
司馬が俺に聞く。意外そうな顔をしてるが、そんな事はどうでもいいといった顔だ。こいつがこんな顔するなんて、もう長い付き合いだが、初めて知った。司馬派のナースが見たらきっと幻滅するはずに違いない。

「知ってるさ。俺だって、ダブル松井の名前くらいは知っている。」
「だ…ダブル松井だぁ?おい、お前な、頼むから人前でそんな発言するなよ?」
司馬の得意げな顔を見て、俺はちょっとムカッときた。

「で?司馬先生。どの公演を?」
俺達のやり取りがよほど面白いのだろう、秋元も戸賀崎も今にも吹き出しそうな顔になってきた。
「E公演を見たいですね。お願いできますか?」
「E…ですか?これはまた意外な。ひょっとして、司馬先生は玲奈推しですかな?」
「Eって何だよ?SKEを見たいんじゃないのか?」
「いいから…もう黙ってろって。秋元先生、実は私、なんなん推しでして。」
「なんなん?何なんだよ、そりゃ。」
「だから、いいんだよ。そうだ。先生…申し訳ないですが、もう二人連れて行ってもいいでしょうか?」
「ええ。何人でも。なんでしたら、貸切にしてもいいですが?」

好きに話させとくか…
段々話がわからなくなってきた。
俺は、秋元に挨拶をして部屋を出ようとした。

「おい、お前も行くんだよ。あと、進藤もな。」
「は?意味わかんねーよ。大体、SKEって言ったら名古屋だろ?三人一緒に出張扱いする訳いかないだろ?」
「いや、秋元先生、今度東京出張公演ありますよね?倍率相当高いと思いますけど、お願いできますかね?」

お任せください。
秋元がそう答えるのを見て、俺は辟易した。
俺が?
あの、お遊戯会を見る?
確かに、彼女達は若くて可愛い子ばかりだ。
しかし、俺の守備範囲ではない。
俺が求めるのは、あくまでも純潔を守る処女の血だけだ。

汚れた世界に住む彼女達に、それを望むことなど出来るわけもない。







8

「それでは、これより腎移植手術を行います。司馬先生。レシピエントの確認をお願いします。」
「秋元康、男性、50歳。移植に際してのABO不適合は認められません。提供ドナー状態により、当手術は死体腎移植となります。」
「ありがとうございます。では、開腹します。メスを…」

「あのぉ…なんで司馬先生が助手側に立ってるんですか?」
「ん?おかしいか?この手術の執刀医は院長って書いてあるだろ?」
AKB48G総合プロデューサー・秋元康の腎移植手術が第一手術室で始まった。階上の見学室では、進藤をはじめ、数人の若手のドクターがその様子を見守っていた。移植手術そのものは難しい手術ではない。しかし「炎のメス」と異名を取る司馬の手術は見学希望者が絶えることがない。

「いえ…でも、第一で手術する時は司馬先生が…」
「まあ。見てろって。」

「開腹。対象…状態を確認。当初所見より違和なし。術式変更の必要は…認めずだな…。いいですか?司馬先生。」
「私も同じ所見です。問題ありませんね。」
「はい、了解です。では…後をよろしくお願いします。」

「あれ?あれれ?院長、行っちゃいましたよ?」
「ま、そういう事だ。移植手術自体は、丁寧にやりさえすれば問題はない。それじゃなくても、司馬の腕は抜群だからな。まあ、院長が腹開けるのは、いわばVIPへのエクスキューズみたいなもんだよ。」
「なんか…ちょっと残念だなぁ。」
「おいおい、幾らなんでも全部の患者の腹を院長が切るとでも思ってたのか?」
進藤が苦笑する。
「いや…なんかブラックジャックによろしくでこんなシーンがあったなあって思って…」
医局のやり方に不満を抱えてドロップアウトしてきた連中ばかりだ。目の前のお代官様的対応に違和感を感じたのだろう。
「あのな、俺もお前と同じ位の年ならそう思ったかもな。しかしな…」
「いや…俺もそんな無粋な事言わないですよ。ただ、院長って、なんかスーツ着て営業みたいなことばっかしてるような気がするんですよねえ。」
「ん?院長の腕が…って事か?」

進藤が腕組をしたままモニターから目線を外した。
「お前、俺や…ほら、司馬の手術見てどう思う?」
「進藤先生や、司馬先生ですか?いや。俺からしたら神様のような存在にしか思えませんよ。」
「神様か…俺や司馬が神様なら…」

進藤が立ち上がった。
モニターの中では、司馬が全く無駄の無い動きで、手術を勧めている。

「あの男は…界王神…ってとこかな。わかるか?」

「か…?界王神…ですか?」
「ああ。神様の神様みたいなもんだな。知らないか?ドラゴンボール。」
「え…いえ…」

進藤が白衣のポケットに手を突っ込んだまま、見学室を後にした。


7

「なんで?杏実いつも言ってるじゃん。もっとちゃんと評価して欲しいって。いくらゆっこさん相手でも言いたい事言わなきゃ。幾ら公演のMCで吠えてたって、肝心なトコで突っ込まないと。」
「ごめんって。だってさあ、やっぱ逆らえないじゃん。ゆっこさん、すっごく怖い顔してたし。」
「まあ…そりゃわかるけどさ…杏実にとって、ゆっこさんはね…」
「いや…奈和だって、まどかさんにキツイ事言うのヤだよね…それなのに…」
「はぁ…」
「はぁ…」

並んで座っていた古畑と宮前が顔を見合わせて、同じようにため息をついた。
結局、公演後のミーティングは2時間近くに及んだ。
しかし、最後は「各自課題を見つめなおして次に活かそう」って事で終わるしかなかった。そう言葉を出す梅本にも遠慮というか、奥歯にものが挟まった感じというか、どこか歯切れの悪さがあった。

「奈和…変わったよね。」
「ん?何が?ヤダ…きつくなったって言いたいんでしょ?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。」
宮前がしんみりとした表情で急にそんな事を言い出した事に、古畑は急におかしくなって思わず笑いをこぼした。宮前もそれを見て、少しほっとした表情を浮かべる。
「だって、チームの事とか、なんとかなんか、別に~って感じかと思ってたよ。マイペースっていうか。」
「ちょっと、それって暗に私の事disってない?」

「あの…いいかな?」
「わ!びっくりした!なな子、いつからソコいたの?」
宮前の背中からいきなり菅が声をかけた。
周りは薄暗くなっている。僅かな照明だけのステージに突然現れた幽霊のように見えたのかもしれない。
「いつから…って。ずっとココいたじゃん。」
「え?嘘?ずっとって…ミーティング終わって、ずっとソコ座ってた?え。ぜんぜん気がつかなかった。」
古畑が笑って言った。宮前も同じように笑って体をちょっと動かして、二人の間にスペースを作る。
「おいでよ。だいたい、普段うるさいなな子がそうやって黙ってるから気づかないんだよ。もう、聞いてたんなら、何か言いなよ。」

同期の気心のしれた安心感からか、先ほどまでの戸惑ったような表情は消えていた。しかし、菅の顔には笑顔がない。むしろ、思いつめたような顔つきだ。

「奈和…さっきの話だけどさ。」
「うん?玲奈さんが…って話?」
菅がこくっと小さく頷いた。まるで、返事をする事を誰かに聞かれてしまう事を避けるかのように。しかし、真剣な目つきは、古畑の意見に賛同する事を示していたし、その事を古畑も宮前も感じ取っていた。

「でもさ…奈和ね…あの言い方はどうかって思った。誤解されちゃうよ?」

わかってる…なな子の言いたい事はよくわかる。
こんな時、なな子ならもう少し言葉を選んで上手く話せたはずだ。決して玲奈さんが邪魔とかそういう事じゃない。ただ、今のチームEは「松井玲奈抜きの」チームEだ。そうなる事が圧倒的に多い。だったら、私達だけで…4期5期を中心にチームを組み立てたい。センターが玲奈さんである事には何の異論もない。でも、いない事が多すぎる。スタッフから厳しい意見が出るのは、決まって玲奈さん=センター不在の時だけだ。それだったらSも同じはずだ。むしろ、珠理奈さんが不在なのは玲奈さんよりも多いくらいだ。それなのに…Sはいつも絶賛される。

何が?何が違うの?
綾巴が特別凄いとはとても思えない。
ゆりあさんと茉夏さんは確かに凄いと思う。
珠理奈さんがいなくたって、公演のクオリティが落ちてるなんて誰も思わないだろう。でも…それはEも同じだ。
むしろ、玲奈さんがいない時の方が「らしさ」が出ているように思える。

「それに…」
「…?」
菅が何かを言いかけて、途中で止めた。
古畑も宮前も、しばらく首を傾けたまま菅の次の言葉を待った。
…が、菅は視線を宙に浮かせたままだ。
何か大事な事を打ち明けようかどうしようか迷っているように見えた。

「らしくないなぁ。なな子。言いたくない事なら言わなくてもいい。でも…ホントは聞いて欲しいんでしょ?言っちゃいなよ。ね?」
「杏実…奈和…ここだけの話にして?私、まだこの事がどれだけ大変な事なのかの判断が出来ないんだ…」
宮前に諭されるようにして、ようやく菅が話の続きを始めた。

「玲奈さんが?嘘…でしょ?」
古畑が目を丸くして口を押さえる。
そうしなければ、叫んでしまいそうだからだ。
宮前の瞳からはボロボロと涙がこぼれ始めた。



劇場の時計は、日を跨いで翌日の日付を示そうとしていた。

週末

外泊許可をもらって帰宅してました。

それと、握手会にも行ってきました(*^_^*)
あ、もちろん許可をもらってですから、ご安心を。

娘も楽しみにしてましたし、僕もゆりあが15枚+3枚+3枚あったし、同一部に玲奈が3枚とか、あかりんが、2枚×3部あったりとかしてましたからね。
コレを干す訳にはいかんのです(^^ゞ

治療は来週から始まります。
詳しい説明はきちんと受けてますが、ここでは書かない事にします。

頑張りますよ!
なんたって、12/5.6の横アリ、絶対に行かなきゃならないですからね。
それに、来年のナゴドも当りました!

死んでも行く…
いや。晴れの舞台を見届けるまで、絶対に、どんな事があっても頑張る!

6

「もうやめよう。今日はコレで終わりにしようよ。黙りこくっちゃう位なら、それぞれレッスンでもした方が全然いいし。ね?お疲れ!」

長い沈黙に耐えかねたように、梅本まどかが口を開いた。
照明が落とされた劇場のステージの上。みな、下を向いたままで座って円になっていたメンバーが、少しほっとしたような表情でそれぞれ顔を見合わせる。

「いや、Eはそういう所がダメだって言われてるんじゃないかと思う。なあなあで終わるなんてSじゃ許されない事だったよ?」
木下有希子が、横に座っていた梅本が腰を浮かしかけるのを制するように言う。
長い髪はまだ汗で濡れている。首にかけたタオルで汗に濡れた顔を拭った。

「そうですよね…やっぱり、私達に何かが足りないからスタッフさんも厳しい意見を下さるんだと思うし。やっぱり、早くSやKIIに追いつく為にも…」
菅なな子が木下の言葉を引き継ぐように言った。普段の声のトーンよりはかなり低い感じだ。
アンタも何か言いなさいよ…そんな風に木下の目が言っているような気がしたのだ。

「そんなに悪い公演してないと思うんだけどなぁ。今日だって、お客さんすごく盛り上がってたし。」
「うんうん。私もそー思う。梅本さんの言うとおり、今日はもう帰り…」
岩永亞美が遠慮がちに発言した後、市野成美がすっくとその場に立ちあがった。
しかし、木下の刺すような視線に気づき、すぐその場に腰を下ろす。

「杏実。アンタはどう思うの?奈和。アンタは?」
木下の表情は厳しいままだ。

「私は…ゆっこさんの言う通りだと…」
「杏実、言いたい事いいなよ。いつも言ってるじゃない?私達は私達なりに一生懸命やってるし、確かに成長できてる自信があるって。ゆっこさん、私も同じ考えです。何もSさんやKIIさんと同じである必要はないと思います。それに…スタッフさんもちょっと…だと思います。厳しく怒られるのって、玲奈さんとか花音さんがいない時ばっかじゃないですか。最初から偏見もって見てるんですよ。今日だって、杏実のセンターはスゴク良かったと思う。玲奈さんがいない事多いけど、玲奈さんがいないだけで最初から減点して見られてるだけだと、私は思いますけど。」

古畑奈和の言葉には、少し苛だちのようなものが感じられた。
「Eはいつまでたってもお荷物チーム」
そんな風に言われる事が、許せなかった。
パフォーマンスで劣ってるのなら、それも甘んじて受けとめよう。
MCが相変わらずダメだって言われてるのも、もちろん知っている。でも、それだって、少しずつ良くなってきてるはずだ。第一、エリートが揃ったSに、ベテラン中心で経験豊富なKIIと比べる事自体、間違ってる。次世代を引っ張る事を意識すればするほど、先輩の壁の高さを実感する。だったら…私達は私達のやり方で壁を超えるべきなんじゃないだろうか?

「ゆっこさんは、どこがいったいダメだって言うんですか?Sと違うって言うなら、具体的に言ってくれればいいでしょ?」
「ちょ…ちょっとめいめい…」
酒井萌衣のぶっきらぼうな口調に、梅本がオロオロしていた。
当の酒井本人は、涼しい顔だ。
「どこがって…そりゃ、一人ひとりがね…」

木下はそう言いながらも、実は同じような思いを持っていた。
焦りもあったのだろう。
研究生からほぼ同時に旧チームSに昇格した同期の三人。
いきなり場違いなステージに引き上げられた…あの時はそう思ったものだ。
先輩は鬼としか思えなかった。ステップがほんの半歩、ターンが僅か一瞬遅れるだけで、すぐにストップがかかり、全員で同じ場所を繰り返し踊る。何度も何度も何度も何度も…

ちっ…

誰かが聞こえるように舌打ちをする。

はぁ…

ため息ってそんな大きくつくものんだっけ?

「なんで、この子達なのよ?2期の子でいいじゃないのよ」
そんなセリフは何度聞いた事か。

そんな悔しい思いを、ひたすら三人で耐え続けた。
そして、乗り越えてきた。

「アンタ達がおってくれて、良かったき。」
鬼と思っていた先輩にそう言われて、三人で流した涙は今でも忘れない。

ゆりあはSに残った。
珠理奈さんがいない時には、堂々とセンターを務める事も多い。
キラキラ輝いている。
そして、実は誰よりも悩み、そして戦っている。
間違いない。今やSのエースは木崎ゆりあだ。

あかりんは、KIIに行くって決まった時、真剣に怒っていた。
なんで?なんで?
そう何度も言って…そして、真剣に泣いた。
でも、その悔しさを見事に晴らしている。
あの子はスゴイ。本当にスゴイ。
どんな時でも、自分の力だけで道を開いてきた。
KIIを…いや、SKE48をこれから引っ張っていくのは、須田亜香里なのかもしれない。

私は?
私はどうなんだろう?

選挙でも結果を出せなかった。
選抜にだって、もう呼ばれる事がないのかもしれない。

チームが悪いんじゃない。
あの二人に比べて、何の輝きを放つ事が出来ていない、自分自身にいら立ってるだけなのかもしれない…


「本音を言っていいですか?」
古畑が思い詰めたような顔で立ち上がった。
「もちろん。奈和。奈和なら、このチームEをどうしたい?」

「玲奈さん…だと思います。玲奈さんがいると、いつまでたってもチームEが評価される事はないと思います。」
「奈和…アンタ…ちょ…」
菅が立ちあがって古畑の肩を押さえるようにした。
古畑がその手を柔らかく振りほどく。
「そう思ってるのは、私だけじゃないと思います。なな子…アンタもでしょ?杏実も、つぅも。」
古畑に名前を呼ばれた5期の面々は下を向いたままだ。
一旦は止めに入った菅も、古畑の言葉を真っ向から否定しようとしない。

「奈和…玲奈さんは、仕方ないよ。ああやって、外仕事を頑張ってくれてるから、私達SKEも…」
「そんな事はわかっています。私だって、玲奈さんには頑張って欲しいし、玲奈さんの事を心から尊敬しています。優しいし、私達の事をとっても良く考えてくれてる事もわかってます。でも…ゆっこさんも、気付いてるんじゃないですか?玲奈さんがいる事で…」

木下も黙りこんだ。
言い返した方がいいのだろうか?
玲奈はチームEのリーダーだ。
SKE48の顔だ。
先輩の事を言うに事欠いて「いないほうがいい」などと言うのを許しておいていいのだろうか?

考えがまとまらないまま、時間がどんどん流れていく。


多分、私も、心のどこかで奈和と同じ事を考えていたんだろう…


5

レジデンスの地下の駐車場に行き、ゼロハリのアタッシュケースを開く。
2秒だけ迷って、真っ赤なキーエントリーのケースを選んだ。
奥から2番目に停めてあるフェラーリの側までくると、ハザードが2回点滅しドアロックが解除された。

結局、キメだって日はいつもこの車を選ぶ。
暴力的な野性を目覚めさせる効果があるのだろうか?

大した距離じゃない。
フェラーリがその性能の1/100も出さないうちに、コンラッドの車寄せに到着した。
ドアボーイが俺のクルマを見て、一瞬だけ困惑した表情になる。
ただ、そこは超一流ホテルのドアマンだ。その困惑を見事な笑顔のオブラートに隠して、俺からキーを受け取る。世界の高級車をバレー・パーキングするであろう彼でも、さすがに癖のあるこの車を扱うのは、避けたい仕事なのだろう。

フロントは通らず、まっすぐ専用のエントランスへ進む。
本場のリッツからスカウトして来たと聞くコンシェルジュに軽く手を上げて挨拶を送る。
誰かが付く訳ではない。
本当の高級ホテルは、こちらが求めていないサービスを押し売りして来る事は絶対にない。
俺は、事前に受け取っていたセキュリティ・カードでロックを解錠し、一人っきりで23階のスゥイート・ルームのドアを開いた。


「待った?」
皇居の向こうに六本木や新宿の夜景を一望するダイニングルーム。
大きな窓からその夜景を眺めていた少女がこちらを振り向いた。
「はい…あ、いえ。」
「待ったんだね?ゴメンね。ちょっと出がけにややこしい仕事が立て込んじゃってね。」
俺は、笑顔で少女の方へと歩み寄った。
「お腹すいたよね?早速食事にしよう。さあ、どうぞ。」
紳士の振る舞いで、俺は少女に椅子を引いてやった。
「ありがとうございます。あ…すみません。こんな格好で。」
「ん?ああ、制服の事?今日は学校だったんだろう?全然構わない。」
「はい。先生が制服のままでいいって言ってくれたんで。」
紺のブレザーに、薄いブルーのシャツ。赤地のチェックのスカートとリボンはお揃いになっている。
都内の私立女子高でも、人気が高いとされる制服だ。

「じゃあ、乾杯しようか。大学の推薦入学決定に。おめでとう。」
「ありがとうございます。先生のおかげです…」
「いや、君が頑張ってるからだよ。僕は、ほんの少しだけその手伝いをしただけに過ぎない。」
俺は、シャンパングラスを傾けた。
今日は、一杯くらいいいだろう…そう誘って恐らく初めてのシャンパンを飲んだ彼女が頬を赤くしている。
「でも…父があんな事になってしまって…もう学校を辞めるしかないって思ってたのに…」
「お父様を救えなかったのは、本当に僕の力不足だったんだ…せめて…その償いがしたかった。」
「そんな…先生は、この国で最高のお医者様です。それに…とても、優しくて…素敵です。」

頬を染めて下を向いた少女の顔を見て俺は満足だった。
そう…俺は、優しくてカッコよくて、そして彼女の恩人だ。

「僕は、君の事を心から支えていきたいと思ってきた。」
食事は、あらかじめアラカルトが、全てテーブルの上に並べられている。
誰も邪魔しないし、邪魔出来ないようにしてある。
俺は、少女の手をそっと両手で握った。
「それは、憐れみや、義務感なんかじゃない。…わかるね?」
頬を染めた少女が、そっと顔を上げる。
俺の目を見て、しばらくそのまま動かない。

「おいで。」
俺は少女の手を引いて、メインベッドルームへと足を運んだ。
薄暗い部屋の窓を夜景が彩っている。

長くてツヤのある黒髪を撫でながら、背中から彼女を抱きしめる。
ブレザーの下のシャツの膨らみが、大きく上下に動く。
首筋に唇を押し当て、そして舌を這わせるようにしてうなじを味わう。
甘酸っぱい香りが漂ってくる。
紛れもない、女子高生の萌芽の香りだ。
俺は、そのまま少女を窓際に立たせたまま、シャツの上から両胸を揉みしだいた。

「制服…しわになっちゃう…」
「いいんだ。そのままで。」
「でも…帰りが…」
「いいから。」
俺は、ちょっと乱暴に身体を窓に押し付け、愛撫を続けていった。
徐々に少女の息が荒くなっていく。

十分に愛撫を与える前に、俺はスカートの中に手を入れた。

ちっ…
俺は思わず舌打ちをした。
下着の上から触れるだけで分かるほど、すでにその下半身はしっとりと濡れきっていた。


このオンナもか。
まったく、どいつもこいつも…
見た目清純そうに見えても、実際は汚れきっていやがる…

「先生?」
「ん?」
「どうしたんですか?先生…私…ねえ…お願い。早く…」

もうコイツは「少女」なんかじゃない。
ただのメスだ。サカリのついたメスでしかない。
メスにはメスの扱い方がある。

俺は、乱暴に女をベッドに押し倒した。
ブラウスのボタンを引き千切り、下着をむしり取った。
隆々といきり立ったペニスを女に突き立て、乱暴に腰を振る。

「ね…ね?先生…もっと…もっと。もっと激しく…」
制服姿のまま、俺の下で喘ぐ姿を冷ややかな目で見下したまま、腰を使い続けた。
もはや、これはセックスなどではない。単なる、性欲のはけ口だ。
そんな行為に、愛も慈しみも必要ない。
俺は、ただ単にタンクを空っぽにする為だけに、アクセルを踏み続けているだけだ。




「先生…凄かった…私、何回もイっちゃいました…ね?私の身体…気持ち良かったですか?」
女が上気した顔を向けて話す。
腐るほど見てきた、俺が一番嫌いな表情だ。

「帰れよ。」
「え?」
「だから…っぜーんだよ。今すぐ帰れって言ってるんだよ。」
「せんせ?どうしたの?急に。ね?気持ちよくなかった?」
女が甘えた声を発してしな垂れかかってくる。
コールガールならまだ許せる。
しかし、俺がこの女に求めていたのは、こんな事なんかじゃない。

俺は、女の後ろ髪をわしづかみにして、身体を起こさせた。
その頬を、思い切り平手で張る。
一発…二発…三発…
勢い余って、女がベッドの上から転げ落ちる。
「や…やめて…お願い…」
「ふざけんなよ?あ?お前なあ…自分が何でチヤホヤされてかを良く考えるんだな。簡単に男に股開いてきたようなメス豚が何の価値があるっていうんだよ?まったく、性懲りもなく騙される俺も俺だ。イイ子だから、とっとと帰りな。じゃないと、お前…二度と男に相手にされない身体にされちまうぞ?俺は、それ位ハラワタが煮えくりかえってるんだからな。」

ようやく、事態の深刻さに気づいたのか、女はブルブルと震えだした。
「あの…また…ごめんなさい…私、何でもします。先生の言う事なら何でもききます。だから…もう会わないなんて言わないでください。今、先生に見捨てられたら…私…お願いします。何でも…何でも言う事聞きますから。」
足元にすがりついて来た女の顔を俺は、思いっきり蹴りあげた。鼻から鮮血を吹き出し、カーペットに赤い染みが作られる。

「捨てられたら…か。そうだよな。困るよな。せっかく決まった大学もパア。このバッグも、洋服も、家も…何もかもなくしちまうもんな?そうか。そんなに俺から離れたくないのか?」
血と涙でぐちゃぐちゃになった顔を俺は、舌でねっとりと舐めた。
鉄を塩で味付けしたような味がした。
女が震えながら、何度も何度も頷く。

「わかったよ。じゃあ、イイ子だ。何でも俺のいう事を聞くんだ。いいな?」
「は…ぁ…はあ…おねが…」
「返事は?」
「おねが…ぃします…」
「返事はって言ってんだよ!」

足元に温かいものが流れてきた。
ショックで失禁したのだろう。俺は、抱えていた女の身体を湿ったカーペットの上に放り投げた。

「俺だ…またじゃねーか。ふざけんなよ?まったく、骨折り損もいいとこだ。他の女もこんなんじゃねーだろうな?あ?」
俺は、スマホに向かって叫んだ。電話の向こうで、小間使いがヘコヘコ頭を下げている姿が思い浮かぶ。

「いつものように連れてけ。後は…お前が好きなようにしろ。」

4

隅田川沿いに立つ47階建てのツインタワー。
そして、その裾野に広大な敷地に贅を尽くして作られた、1540床の総合病院。
それが、俺が作り上げた「巨塔」だ。

俺が帰国後自らの「巨塔」を築くにあたり、最初にやった事は「人材」の開拓だ。
この国の「医局」システムに馴染めない、アウトローの医者を徹底的にリサーチして、片っ端から会っていった。俺の理想郷に必要なのは、崇高な理想を掲げる「聖職者」ではないし、くだらない権力争いにのみ興味を示す政治家でもない。
確かな「腕」とトグロを巻くようにドロドロとした「野望」を持った者たちだ。
ある者は「金」。ある者は「地位」。あるも者はただ単に人を切りたいという欲望を満たすため…
俺は、その全てに応えた。ただし、確かな「力」を持つ者だけに。
そして、その「力」が、俺の作り出した「金と力を産むスキーム」を具現化する為に利用できると判断した場合だけに。





「進藤先生。確かに、当院は高度救命救急センターの指定を受けています。重篤患者を最大限の努力を持って受け入れる。これがファーストミッションだ。進藤先生は、非常によくやっていただいています。ですが、何度も申し上げているとおり、それだけではダメです。慢性的な救命救急体制の不足解消ををウチが採算度外視で担う事。進藤先生、あなたの理想はそうじゃなかったんですか?」

国内屈指の全身医(ジェネラリスト)・進藤一生をトップとする、救命救急チームは、この病院の看板だ。
彼の理想は、どんな患者でも見捨てない。今できる事を全力でやる事だ。
正義感の塊といってもいい。
俺のような悪党とは、相いれない部分を持った男ともいえた。
しかし、俺は、こういう男をどう使えばいいのかも、ちゃんと心得ている。

「はい。出来ればもっと軽度の患者を受け入れる体制を…」
「体制というと?人ですか?施設的なものですか?進藤先生が、望む体制を作らせましょう。ドクターが必要なら採用しましょう。進藤先生、遠慮してるんじゃないですか?」

おいおい…そこまでやらせてくれるのかよ?
進藤が肩を竦めて笑った。
入ってきたばかりのときは、ニヒルに笑ってばかりだったが、ずいぶん丸くなったものだ。ただ、棘がなくなっても困る。彼には、もっともっとやってもらわなくてはならない事がある。




「司馬先生。では、報告をお願いします。VIPの新患が入るそうですが?」

司馬江太郎も、俺が拾ってきた男だ。
勤務していた大病院で起こした、職員間の刃傷沙汰のゴタゴタで、どぶ川のように澱んだ生活を送っていた司馬を、外科部長に抜擢採用した。
彼が、どこで何をしてきたかは全く興味なかったし、その歪みきった価値観を健全に戻すつもりも全くなかった。俺が興味あったのは、単純に彼が「切れる」男だったからだ。

そして、俺の周りには清濁併せ呑む…いや、むしろ劇薬に舌を焼かれながらも、それを一気に喉に流し込み、その毒を体に巡らせるような人間だ。彼には、それが出来る。
それだけで、俺の傍に置く事にした。

「ええ。こちらに資料があります。容態については、合同カンファで詳しく…患者名は、秋元康。50歳。音楽…音楽っていっていいのかな?まあ、プロデューサー業って言っときましょうか。そのあたりの説明はいらないですよね?」
司馬が面白くも何ともないような顔で話した。

「秋元?マジ?あの秋元康?」
「どうしたんだ?」
若いスタッフの間から、軽いざわめきがおきた。

「進藤先生、知ってるよな?」
「ああ。そりゃあな。あの秋元康だろ?」
進藤と司馬が顔を見合わせた。

「秋元康?ああ…AKBですか。進藤先生も司馬先生もご存知なんですか?」
「ご存じも何も…え?院長知らない…んですか?」
進藤がいつものクールな表情を少しだけ崩して俺に聞いてきた。

知ってるよ。そんなの俺だって。
AKBだろ?
日本に帰ってきてから、テレビつけりゃ毎日みたいに、わらわらあれだけ姿見せつけられちゃ。
ウチの若いスタッフなんて、みんな誰推しだなんだって言ってるじゃないか。


「まあ、いずれにしてもVIPには違いないでしょう。で?誰の紹介で?」
「政界からです。官房長官直々の依頼です。あの手この手でつてを手繰ったと言ってましたよ。」
「なるほど。では、病状は後ほど報告を受けます。他に報告は?」

会議に出席している30名程のメンバーがパラパラと立ち上がり始めた。
協調性に欠けるヤツが多いのが、この病院の特徴だ。
構わない。俺は、仲良しクラブを作ったんじゃないんだから。

「では、これで定例会を終わります。進藤先生、すぐに人事部に必要なスタッフのスペックをオーダーしてください。さっそく求人に入らせましょう。司馬先生は…」

司馬は、黙ってノートPCのセットに取り掛かった。
進藤が最後に一礼をして部屋を後にする。

「ウチに来るって事は、猶予ならない状態って事でしょう?」
司馬が手もとのノートPCを操作する。大きなモニターに秋元のデータが映し出された。

「これは…酷いな。腎臓か?」
俺は、司馬が見せてくれたデータと画像を見て瞬時に理解した。
「タバコ吸っちゃダメ…だよな?」
司馬は、俺の問いかけに直接答えず、話を逸らすような返事をした。

二人だけになると、司馬は俺に敬語を使わない。
俺より一回り以上も年上なのだから、全然構わない…そう思っている。
俺も普段よりもかなり乱暴な口調になる。
俺達は、タイトロープの上を危ういバランスで命綱無しで渡っているようなものだ。
小奇麗な上下関係など、この場では必要ない。

「タバコはそろそろやめたらどうなんだよ。ナースにだってウケ良くないだろ?」
「やめられないんだよな。仕方ないだろ。」

「で?手術適応なのか?」
お互いヒマじゃない。
俺は、単刀直入に司馬に聞いた。
「根治を目的として…か?そんな素人みたいな事を今さら聞くとは思えないが…」
司馬がポケットからラッキーストライクを取りだして、口にくわえた。
もう行っていいか?と暗に言ってるのだ。
「いや…こりゃどうみても末期の腎不全だろ?急性でここまで来ちゃうのは珍しいんだけどなあ…」
「そういう事だよ。」
司馬が立ちあがった。

「分かった。そうだな…5日でいいか?」
もっと急がなきゃ、責任持てないぞ…俺は、司馬がそう返事するのを当然と思って敢えて聞いた。
「1週間…いや10日やるよ。もちろん、早けりゃ早い方が有難いけどな。」
俺は意外な思いで、司馬の顔を見た。

「まだ、ヤツには死んでもらっちゃ困るんでな。」
司馬が珍しく悪戯っぽい笑顔を向けた。

「へえ。司馬先生にも、そんな趣味があったとはな。」
茶化した訳じゃない。
真面目に驚いてるんだ。
「アンタみたいな、ど変態じゃないけどな。」



ど変態か。

まあ、正しい指摘だな。
俺は、司馬が出て行った部屋で一人苦笑した。






3

父親は九州の片田舎で建設業を営んでいた。
一応株式会社にしてはいたが、ドンブリ勘定の典型的な土建屋だ。
実質会社を仕切っていたのは、母親だったが、腕のいい職人だった父親を実によくフォローしていた。

バブルに乗っかり損ねたという表現の方が適切かもしれないが、この業界にしては比較的健全な経営で、俺は小さい頃から何一つ不自由なく育てられた。兄は父親の跡を継ぐものとして育てられていた。その分、厳しくされていたため、何かに怯えたような目をする事が多かったが、それでも、跡取り息子としての役割を不可なく務めているように見えた。
姉は人の上に立つという事を兄弟の中でもっとも自然に振舞える性格を持っていた。誰かに命令を下すという動作を、さも当然のように、しかも不快感もたれる事なく、行っていた。交友関係も華やかで、ひょっとしたら姉の方が経営者としての資質に恵まれていたのかもしれない。

俺は、そんな兄姉とはかなり違った性格だったようだ。よく言えば、マイペース。悪く言えば我侭。まあ、後者の意味の方が正確だと思うが。

一応、地元で一番の進学校で常にトップの成績を収め、現役で東大の理IIIに入った。将来は九州で町医者にでもなるのも悪くないかな?と思っていた程度だ。東大にしたのは、単に成績が良かったからだ。慶応も合格していたが、まあ、普通に考えると東大に進むのが自然といえば自然だろう。

ただ、4年次を終えた段階で、俺の幼い「しょうらいのゆめ」みたいなモノは、現実社会の前でまったく色を失ってしまった。

とにかく、医学部という所は「ムラ」社会だ。誰の下で、順列はどうで、誰がどう動いていて、勝つのは誰か?そんな「政治」の駆け引きが、あらゆる事を動かしていく。それが、日本最高学府の現状。この国の「医療」をリードしていくべき人間達の魑魅魍魎の世界なのだ。

俺は、そんな世界の中にどっぷり漬け込まれた。
何をなすべきか。その議論の先に「医療」という言葉は存在しなかった。この大学病院というピラミッドの頂点に立つ事による権力が、何よりも優先されるのだ。
そうして過ごした4年間。専門に進み、ドクターの過程を進む前に俺は、ふと気づいた。

くだらない…


目の前にそびえる「白い巨塔」。
その頂点に、何の魅力も感じなかったのだ。
作り上げられた権力構造のトップに立ったところで、何が面白いのか?柵で囲まれたサル山のボス猿になれと?

だったら、俺は自分で作り上げた牙城の頂点に君臨してやる。
そして、このくだらない旧態依然した権力構造を、外から取り込んでやる。どうせやるなら、その方がよほど面白い。

そのために必要なのは何だ?

そう。
「金」と「力」だ。

俺はどうやら、「極めて優秀な」将来有望な医学生だったようだ。
半ば、教授を騙くらかして書かせた紹介状と、「開業資金の前倒し」として、父親からせしめた1億円を手に、俺はアメリカへ渡った。

ハーバードの特待生として迎え入れられた俺は、数ヶ月で自分の考えが間違っていた事に気がついた。ハーバードは紛れもなく、全米最高峰の学府だが、そこで得られるものは俺が求めていたものとは全く違う。俺は、とにかく「腕」を磨く為に地方大学の研究室を転々とした。そうして、とにかく切りまくる。机にしがみつくよりも、何人人を切るか…。メッサーとしての「力」はそうして身につけていかなくてはならない。
日本の医局が「温室」といわれるのは、圧倒的な「経験値」の差だ。

「金」を得る為に、俺は寝る間を惜しんで投資を学んだ。乾ききったスポンジが水分を吸収するように、俺は知識を詰め込んでいった。そして、「金」が「金」を産むスキームに少しずつ自分の身を置いていった。


そして、俺は「力」と、一つの「結論」を手に入れた。
いや…「確信」と言ってもいいかもしれない。



10年間の「雌伏の時」を経て、俺は日本に戻った。
俺は、自分が成功する事に全く疑いを持っていなかった。

そして、俺は成功した。

日本に戻って3年。
俺は、自ら「巨塔」を作り上げた。

2

「ふぅ~っ…」


ステージの裏で大きく息を吐いた。
吐いた分の息を、今度は取り返すかのように、やはり大きく息を吸う。

一度…二度…三度…


「やだ、玲奈さん。そんな緊張しないでくださいよ~あかりまで緊張してきちゃう。」
「え?あかりんでも、緊張することあるんだ?」
「だって~…しますよぉ。でも…やるっきゃないですけどね。」

東京ドームのステージ裏。
大島優子を中心とした選抜メンバーのMCをモニターで聴きながら、須田亜香里と松井玲奈が並んでモニターをチェックしていた。
5大ドームツアーも終盤。今日と明日の2日間を残すのみだ。
この後、総選挙で選抜に選ばれたメンバーが一人ずつソロ曲を披露していく。
MCの後、最初に登場する須田亜香里の「シンクロときめき」は、間違いなく観客の驚きを呼ぶはずだ。
間に8曲を挟んだ後は、玲奈の枯葉のステーションだ。
もう、何度歌ってきただろう?
でも、この東京ドームという舞台が、玲奈の緊張を一層強いものにしていた。

しかし…
深呼吸をしたのは、気持ちを落ち着かせる為だけではない。

このツアーのリハが始まる頃…いや、痛みに変わったのは、その頃だが、年の初め頃から感じていた背中の違和感…丁度右の肩甲骨の辺りに纏わるつくような違和感。それを紛らす為に、いつの間にか習慣ついてしまった事であった。


「あ。出番だ~。玲奈さん、行ってきます!」
「あかりん!頑張って!」

玲奈が須田の背中をそっと押した。
震えている…
でも、あれはきっと武者震いだな。うん。
だって、早く出たい早く出たいって顔、ず~っとしてたもん。

ほら…
じゃなきゃ、あんな笑顔、出来るわけないじゃん。

モニターの中に、亜香里の弾けるような笑顔が溢れた。



よし、私も。
玲奈は、もう一度大きく息を吸った。

大丈夫。
痛みはない。
違和感も完全に消えた。

やっぱり、この景色だ。
真っ暗な海に広がる、サイリウムの海。

この景色は最高なんだから。


1

ナゴヤドームは、大歓声に包まれていた。
モニターに映し出された、ビッグサプライズ。

満員の観衆もそのサプライズに酔いしれていた。
ステージの上から見ても、泣き崩れているファンの姿を確認する事が出来る。

自分もそうだ。
立っていられなかった。
背中を須田亜香里がさすってくれている事は気付いていた。

胸が締め付けられるように苦しい。
今までも、こうやって感涙にむせぶ事は何度もあった。

しかし…

今回は、ずるい。

神戸と横浜だけでも、十分嬉しい報告だった。
念願の単独ツアー。
ツアーと言える程のものではないのかもしれない。
それでも、自分たちのステージを紡ぐ喜びは、存分に味わえるものだ。

でも、同時に物足りなさを感じた。

やれる…かもしれない。
自分たちだけでも。
自惚れなんかじゃない。
この「憧れの地」はもうただの憧れなんかじゃない。

目指すべき「目標」なんだ。
アンコールの時に起こったSKE48コールは、私達にそれだけの勇気を与えてくれた。

そう思った瞬間の「ふいうち」だった。

ナゴヤドーム単独公演。

立たなきゃ。
こんな所で、座り込んで信じられないって顔なんかしてらんない。




松井玲奈は、大観衆の歓声に応えマイクを握った。
隣には、珠理奈がいる。
大矢が…中西が…


夢は必ずかなう。


そう信じる者だけが、夢をかなえる事が出来る。


えへへへ

気長に待てって?

入院しててこんな夜中かよって?

はぃ…すいません~<(_ _)>


始めちゃいました。
新作。

Doubt!
です。

渾身!です!
なんたって、点滴刺さったまま書いてますから(*^_^*)
出来がいいかどうかは、この際別問題にしてくださいませませ。

んで、検査がしんどかった日とか、体調しんどい時は、へーきでお休みします(^^ゞ
でも、そーですね。間が開きそうな時は、前もって言いますね。
早速ですが、明日は更新できないと思います。←もうかよ?まだ、本編はじまってねーじゃん…汗

でも、コレを書きあげるのスゴク楽しみなんです。

だから、応援してくれますかー(^o^)/?

プロローグ

この時間にここから見る景色が一番好きだ。

場所なんてどこでも好きな場所を選べたんだ。
麻布、青山、広尾、松濤…
デベロッパー達は、いかにも「格が高そうな」場所を次から次に提案してきた。
景気が良くなったなんて、テレビでは囀っちゃいるが、実際は、バブルの後始末なんて終わっちゃいない。
超一等地には、土地を手放したい人間なんて腐る程いるって事だ。

なんなら、銀座4丁目の交差点に50階建てのビルをおっ建てたって構わなかった。
金なら別に何とでもなる。面倒な申請や認可なんかも、全部金の力でどうにかなるもんだ。

でも…俺が、わざわざこんな築地からちょっと離れた場所にある超高層のツインビルを買い取ったのは訳がある。
一棟はレジデンス…つまり「住居用」のビルだ。
その最上階のワンフロアを全て、自分の住居とした。
窓からは、東京タワー、新宿の高層ビル群、銀座の歓楽街や丸の内や汐留のオフィス街、この国を動かす政治・経済の全ての虚像達を一望に見渡す事が出来る。


俺は…屑だ。

今までに、何人の人間にそう言い放たれてきたかわからない。

人間の屑。

俺の本当の姿を知っている者は、決して多くはないが、恐らくその全員は、俺の事をそう思っている。
何しろ、当の俺自身が、そうだって確信しているんだから。

そんな屑でも、この景色…
この景色は、こんな俺をも癒してくれる力がある。

窓々には煌々と明かりが灯っている。
その明かりの中では、多くの人間が額に汗をかき、時には涙し、地べたに頭をこびりつけながら必死に生きている。そんな姿は、実に美しい。人間として、もっとも尊い姿だろう。

だが…その姿は、これ以上なく醜い。
狂おしい程…醜く、憐れだ。

所詮、世界は、は僅かに、勝つ事を許された人間が、そうでない人間を支配する事で回っているのだ。
今の俺は、何だって手に入れる事が出来る。
金で買えないものはない。
そう。確かにそうだ。

例えば、人の心?
人の心を金で買える?


無理だ。


しかし…
金の力で、人の心を動かす事。
人の心を変えてしまう事。


それなら、簡単だ。


俺は、テレビのスイッチをオンにした。
毎日のように見る、モニターの向こうで輝く笑顔たち。
屈託がなく、そして天使のような笑顔たち。

この笑顔を、俺への憎しみと苦痛に満ちた顔に変え、それでも、俺に懇願し許しを請い、慈悲を求めて俺の足元に跪く姿に変える事だって、今の俺には造作なく出来る。

俺は、周りの子たちが見せる弾けるような若さ溢れる笑顔とは、少し離れた場所にラインを引いたような美貌を持つ女性を見ていた。

恐らく、俺の顔には表情というものは無かっただろう。
ただ…見ていただけだ。

不思議と凛とした空気を感じた。
どことなく感じる儚さと、それでいて意思の強そうな目元。
すっと伸びた黒髪。折れるかと思うような華奢な身体。

魅かれたのではない。
たまたまだ。
たまたま目に留っただけだ。

俺は、その子の名前を確かめる事もなく、テレビのスイッチを切った。


着替えたら、赤坂へ行かなくてはならない。
ドバイから来た石油王との会食がブッキングされている。
大事なクライアント…だ。



「医は算術」
良く言ったものだ。




新作について

こんにちは、四谷です。


えっと…


暇です(笑)

検査っていっても、一日中ぴんこんぴんこん言う機械に入ってる訳でもなく、ずっと注射針を突き刺されてるわけでもありませんしね。


環境は最高です。
病室の窓からは、緑豊かな景色が楽しめますし、食事もかなり美味しいです。病院食はマズいっていう概念が完全に覆りました。
看護士さんも、可愛い方が多く、しかも私の担当というかいつも来てくれる方が、らぶたんそっくりというw
まあ、検温とかが待ち遠しい訳ですよ。


んで、まあこれから、症状が進行していったり、抗がん剤の投与が始まったりすると色々と大変になるのかもしれませんけど。

で…
最新作を引っ込めたのは、今だからって訳でもないんですが、書きたいテーマっていうのが入院してむくむくむくっと沸き起こってきた次第でして。そっちを先に書きたいなって思ったからなんです。

最後の作品になるとか、そうじゃなくて(最後にするつもりは全くありませんよ。うん。)、まず書きたいなって思うようなテーマなんです。
これは、誰に評価されるとかじゃなくて、自分の為に書きたいなあって。

なので、いつからになるかはわかりませんが、絶対に連載始めます。

絶対に。

パソコンも新しいノートを注文しましたし、病室でのネット環境も整えました。



普段は「ご期待ください」なんて台詞、自信なくて言えないんですが…


良かったら、気長に待っててもらえませんか?

ぴーす(・∀・>)

大丈夫。

僕は強いから大丈夫です!!

心配しないでください。



どんなに辛くても、負けずにぴーす(・∀・>)!!


yuria7777.jpg

ご報告

突然すみません。

今日から入院する事になりました。


まあ、自業自得って事なんですよね。
元来の医者嫌いっていうか、病院がコワイっていうか…

んで、やっかいなトコにやっかいなモノが見つかってしまったという、最悪の事態でして(^^ゞ

一応、色々と検査はするみたいですが、手術はしないみたいです。
投薬と放射線治療なんかが、主になるような説明を受けましたが、もし、余り効果が期待出来ないようなら、それも断るつもりです。

12月の横アリ、2月のナゴヤドーム。
どんな事をしても行くつもりです。
娘も無茶苦茶楽しみにしてますしね。

そして、まだどうなるかわかりませんが、一瞬一瞬を愛しみながら日々を過ごして行こうと思います。

あ、お別れは言いませんよ(*^_^*)

もし、私が失意に沈んでるってご心配頂くようでしたら、申し訳ございません。
案外、今、すっきりしてますんで。

もちろん、残念に思う事や、家族に申し訳ない気持ちはいっぱいです。
好き勝手に生きてきましたからね。

すごく自分勝手ですけど、まあ、楽しかったのかな?と思える人生でしたので。


もちろん、まだ諦めた訳じゃないですよ。

どんな奇跡だって、信じて前を進めば、きっと叶える事が出来る。
そう教わりましたからね。

だから…


どんなに辛くても、負けずにぴーす (・∀・>)

from 手をつなぎながら





ダウン

何年ぶり?ってくらい久しぶりに風邪みたいな症状に…
体温39度なんて、死んじゃいませんかね?

すみません
寝てます…

あとがき

innocence これにて完結です。

あの…
怒った人いますよね?

なるべく、エッチな話にはしないつもりで書いたんですけど…
でも、お話の中で必然性はあったはず…だと思って書いてました。

ご感想お待ちしていますね。


48

「何も辞めなくてもいいんじゃないですか?」

正美の声がいつまでも頭に残ってる。
結局、僕が職場にコンタクトを取ったのは、2カ月後だった。

無断欠勤のペナルティという訳でもないだろうけど、僕の退職手続きは比較的スムーズに進んだ。正美は、必死に僕を止めてくれたが、最後は諦めた。
「来週、ご飯でも行こうか?」って言葉で安心したのかもしれない。



AKB48Gは一見、これまでと同じように活動してるように見えた。
木崎ゆりあの卒業がひっそりと発表されたのは、一時色んな憶測を呼んだが、僅か数ヶ月で人々はその事を話題にしなくなり始めていた。

そんな時だった。
電撃的にゆりあの復帰が発表されたのは。

研究生として、再びSKE48に加入する。

今日は、その新しい木崎ゆりあにとって、初めての個別握手会だ。
ファンは彼女の事を忘れてはいなかった。
2次までで20枚の券を確保するのがやっとだった位だ。

「言ってくれれば良かったのに。握手券なんて買わなくても…」
「いえ。彼女の新しい門出ですから。」
「もう大丈夫だ。彼女の強がりなんかじゃないよ。本当に彼女はもう大丈夫だ。」

僕は隣に立っている秋元さんの言葉に耳を貸しながら、早くも長い列を作り始めたゆりあのレーンを眺めていた。

「しかし…やはり、君の事は覚えていないようだ…」

「そんな事はどうでもいいんですよ。また彼女の笑顔を見れる。それだけで十分です。」

僕はそう秋元さんに言ってレーンに向かって歩き出した。

少し歩いて、僕は思い出したように、独り言のように言った。



「それに…もう一度、彼女に恋する事が出来る。」




47

「秋元先生。こちらへどうぞ。大蔵もついてきなさい。」
Jr.がオペレーションルームを見渡す部屋へと二人を導く。
ガラス張りの部屋からは、広大なエリアの先まで見渡す事ができる。

「壮観ですね。確かに、ここから眺めてると、世界をこの手で握っているかのような錯覚を覚えるのもやむをえませんね。」
「錯覚?大蔵、それは違うよ。錯覚などではない。事実だ。」
「そう思っていられるのも、今のうちですよ?」

「秋元先生。もう宜しいでしょう?お芝居はその辺りで。」
「お芝居…?何を言っているのか、わから…」

「大方、中に入ってこの施設ごと破壊する事でも考えていたのでしょう?随分、乱暴な作戦だ。」
「くっ…読まれてたのか…」
大蔵が苦い顔でJr.を睨む。
「読んだのは私ではないがね。優れたシナリオライターは、シュミレーション能力にも長けているものだ。」
「先生…こうなったら仕方ない。今…今すぐ、そのボタンを…」
大蔵の言葉に、秋元が胸元から起爆装置を取りだした。
大きく息をのむ。

「ほう。それですか?それが、最終兵器という訳ですね。およしなさい。今、そのボタンを押せば、どうなるか位は聞いているんでしょう?そもそも、彼が救いたいのは、誰なのかを考えてみるといい。」
「先生…仕方ありません。先生…」

長い沈黙があった。
秋元は、起爆装置を足元に落とした。

「私には…出来ない…」


-------------------------------------------------------------------------

「また君とこうして話が出来るとは思っていなかった。さすがは、SSクラス。簡単にはいかないね。」
僕の見ていたモニターにJr.の顔が突然現れた。
後ろには、秋元先生と大蔵さんが、椅子に座らされているのが見える。銃を突きつけられている。

失敗したのか…
僕は唇を噛んだ。

「ここまで私を苦しめてくれたお礼をさせてもらおうじゃないか。どうかな?こちらへご招待しようじゃないか。しかし、その時は私の敵としてではない。君の勇敢さと優秀さに最大の敬意を払いたい。君がメンバーを思う気持ちも良くわかった。どうだ?君が、こちらに来るというのなら、彼女たちを解放しようじゃないか。君には、新しいプロジェクトを発案してもらい、それを運営してもらえればいい。どうかな?ウィン・ウィンの関係というヤツだよ。君のその才能はもっと活かされるべきだ。」

「罠や。絶対に乗ったらアカン。」
「そうよ…そんな条件…きっと…」
今出サンと玲奈が止めてくれる。
確かにそうだろう…
しかし、今僕がアソコにいかなくては。このままでは、本当にゲームセットだ。

「わかり…ました。でも…本当に。彼女たちを解放してくれるんですね?」
「もちろんだ。」

僕は静かに立ちあがった。
無力感が僕を支配する。

「そんなのウソに決まってるよ~。」
突然、緊迫した場の空気をひっくり返すような明るい声が割り込んできた。
モニターいっぱいに太陽のような…ヒマワリのような笑顔が映し出される。

「ゆ…ゆりあ?どうして…どうして君が?」
「は~い。いつも心にぴーす。アナタの心にぃ~?」
「ゆりあ…君がなぜ?」
僕は驚きを隠せなかった。
「もう~。そこは、ゆりあぴーすって返してくれなきゃ。」

「木崎くん。そこでいったい何をしてるのかな?」
「あ、ゴメンなさい。なかなか上手くいかなくって。せっかく中に入れたんだから、ちゃんと宿題しなきゃって思ってたら…遅くなっちゃった。何とかそっちに話しかけれるようには出来たみたいだから、間違ってはなかったのかな。」
Jr.の呼びかけをほぼ無視する形で、ゆりあが僕に話しかけてきた。

「ゴメンね。騙したみたいな事して。きっと、あなたがこの中に入るのって無理じゃないかって思って。だから…あいりんさんのシナリオに乗っかってれば、少なくともこの中には入れるんじゃないかなって。そこまでは正解だったんだけどなぁ。」
ゆりあの手のひらには、起爆装置が握られていた。
僕が最初に作って、ゆりあに見せたものだ。

「これを押す前にやらなきゃいけない事…あるんでしょ?アナタが言ってる事を思い出して何とかやってみた。正解かどうかわからないけど…でも…やっぱり、私バカだから…どうしても最後のトコが理解できないみたい。でも…もう時間がないみたいだから。」
「ゆりあ…ダメだ。それを今、押しちゃ。確かにシステムは破壊される。しかし…そのままじゃダメだ。君が…起動装置を押した者はモロにその衝撃を受ける。きちんと、シールドしなくちゃ…」

そうだ。だから、その起爆装置は僕が押さなくてはならなかった。
秋元先生に託したのも同じ理由だ。洗脳を受け、外科的処置を施されていない人間が押す必要がある。
ゆりあが押すなら、彼女自身をプロテクトする作業をしなくてはならない。

ゆりあは僕の方をじっと見た。
そして笑顔を向ける。僕の大好きな笑顔だ。

「私…アナタの事が大好き。嘘じゃないよ。アナタに出会ってから、人を好きになるって事がこんなにも素敵な事だって教わったの。知ってる?私が最初にアナタの事が気になり始めた頃の事って。とっても、笑顔が素敵だった。額に汗とかかいちゃってね。握手会で、ファン一人の事なんて覚えてるのかって?覚えてるよ。ちゃ~んと。そんでね…その中の人に恋心を抱いちゃう事だって…本当にあるんだよ。だから…幸せだったなぁ。アナタと一緒にいれた時間が。とっても。一つだけ残念だったのは、アナタを騙しちゃったようになっちゃった事。あ~出来れば、もっと普通に会って普通に恋したかったなぁ…」

「ゆりあ…ダメだ。大丈夫。僕が必ず…必ずそっちに行くから。ね?待ってて?」
「あの人の言う事、絶対に信じちゃダメ。私、知ってるんだ。あの人は、絶対にアナタの事を生かしてはおかないと思う。だから…」

ゆりあ…ダメだ。
僕は、それ以上言葉にする事が出来なかった。

「ゆりあ…いいんだね?」
「あ、玲奈さん。良かった。無事だったんですね。」
「本当に?本当にいいの?」
「大丈夫ですって。私、なんの心配もしてませんから。」


その時、ゆりあの周りに人の影が取り囲んだ。
10人…いや、もっとだ。

「大丈夫。きっと、私なら大丈夫。」
ゆりあはそう言って笑った。
「でも…アナタの事も…わからなくなっちゃうのかな?それが、ちょっと寂しいな…」

ゆりあに銃口が向けられた。
そのうちの一人が、にじり寄ってくる。


ゆりあ…ゆりあ…ゆりあ…
僕は心の中で何度も何度も叫んだ。

それは、決して届く事のない叫びだ。

「ねえ。大丈夫。アナタが大丈夫になるようにおまじないかけてあげるから。」
「ゆりあーーーーーーー!」

「ゆりあぴーす。」

今までで一番輝いた笑顔がモニターいっぱいに広がった。

そして…
モニターからその笑顔が、ぷつっと消えた。






46

「アイツ…まったく、コワイ男ですね。」
「ああ。確かにそうだな。でも、それしか方法はないだろう。」
「下手したら、俺達に死んでこいって言ってるようなものですよ?」
首相官邸に向かう車を運転してるのは、杉村大蔵だ。
迎えに来た公用車の運転手は、今頃人目のつかない倉庫街の裏手辺りで意識を取り戻している頃だろう。
持っていた携帯も全て取り上げた。「意思」の目も封印してある。
しばらくは、すり替わっている事がばれる事はない。

「私はそのつもりだが。君もそうなんだろう?」
秋元はそう言って目を閉じた。笑みを浮かべてるようにも見える。
「まあ。そうですね。一度は死んだ身ですから。アイツが死んでこいって言うならしゃーないですね。」

「さあ、着いたぞ。一世一代の芝居をしなくては。」
「任せてください。これでも、俺、芸能界に身を置いた事もあるんですから。」

首相官邸の入り口。入場チェックの警備員がクルマに駆け寄る。
「それ以上近づくな。ほら…それ見えるだろ?」
大蔵が顎で後部座席を見るように促す。
両手両足を縛られた秋元康の身体じゅうに、ダイナマイトのような爆発物が取り付けられているのが見える。
「ど…どういうつもりだ。」
警備員が制服の内ポケットを探ろうとする。恐らく民間の警備会社の人間を装った、SPの精鋭なのだろう。動きに無駄がない。
「見ればわかるよな?少しでも変な動きをしたら、コレで…どーん…だ。」
「くっ…秋元先生…」
「よしよし、イイ子だから、ここを通してくれよな。お偉いさんに指示を仰いでも構わないけど?」

大蔵がそう言う前に、一人の警備員が無線で指示を受けたようだ。
「通れ…」
短く言う。

地下のエレベータまでは順調だった。
最後の砦…オペレーションルームの入り口で待っていたのは、小泉Jr.だった。
「大蔵。こんな下手な芝居しなくとも、言ってくれればちゃんと招待したのに。」
「いやいや、あなたはそんな方じゃない。きっと、顔色一つ変えずに私を撃つでしょう。そこに隠し持ってる拳銃でね。お付き合い長いですから。」
「なるほど。では、ここで二人とも撃ち殺されても、文句は無いわけかな?」
「文句あるわけないでしょう?いいんですか?僕を撃つなら秋元先生を撃たなきゃダメですよ?」
「なるほど。人質か。まあ、いい。秋元先生、鍵はお持ちですね?」
「ええ。この男に取られてしまいましたが。」

大蔵が鍵をJr.の方に見せる。
Jr.がそれを見て不敵に笑った。

「では…大蔵。こっちに来なさい。秋元先生。網膜チェックを。」
秋元が視力検査のような機会に顔をつける。ランプが青に変わった。
「同時に鍵を回すんだ。いいな?いち…に…さん」



----------------------------------------------------------------------
「よし…中に入った。」
僕はモニターに写る様子を眺めながら小さく言った。
玲奈と今出サンもその後ろで固唾をのんで見守っていたが、ホッと安堵のため息を漏らす。
「あ…でも、画像が消えましたよ?」
「ああ。ここでは上手く相手に気づかれないよう、[意思]が発信されるのをチェックできたが…中に入ると、それは掴めなくなる。そもそも、中にいる者の姿を追いかける必要はないからね。」
「ほな…あとは、二人頼みっちゅう事ですの?」
今出サンが残念そうに言う。事の顛末を見届けたいのは、僕も同じだが…

「そうなるね。でも…あとは、大蔵さんと秋元先生に期待するしかない。」
「すぐに…スイッチ押せばいいんじゃないんですか?」
「玲奈ちゃん、それはさっき説明した通りだ。確かにあの起爆装置を起動すれば、システムは壊滅的な被害を受けるだろう。恐らく、同じものをもう一度作るためのバックアップも破壊できるはずだ。だけどね…ただ、破壊するだけではダメなんだ。そうしたら、今あのシステムでコントロールされている、全てのメンバーの精神まで破壊してしまう。洗脳とそれを外科的にコントロールしているものが、一気に破壊されると…」
「されると?」

僕は、その先の言葉を選ぶのに迷った。
どんなにオブラートに包んでも、悲惨な表現にならざるを得ない。
「最悪、洗脳中に自分達がして来た事だけが、概念として残ってしまい、自我を保つ事が出来なくなってしまうだろう。文字通り…狂ってしまうだろうね。ただ…正直、どうなるかは僕にもわからない。」
「だから、大蔵さんと秋元先生に賭けたんですやろ?大丈夫かいな…あの二人…ちゃんと、プログラムを言われたように触れるんやろうか?」
「今は、それに期待するしかない。作業自体は簡単だ。そうすれば、少なくとも洗脳中にやって来た事の記憶を消去出来るはずだから。」

「記憶か…私たちは…私も記憶を消して欲しい…」
僕は玲奈の顔を見た。今出サンも同じような表情だ。
彼女たちは強い。途中で洗脳から離れる事で、自分のやってきた事をそのまま受け止めなくてはならなくなった。それでも、しっかりと自分の運命に向き合おうとしている。
そんな彼女たちでも、今までやってきた事の記憶は無くしてしまいたいものに違いない。


「上手くいったら…」
「ああ。大丈夫、きっとやってくれる…」

僕は祈るような思いで、大きく深呼吸をした。

45

「丁度こちらからご連絡しようかと思っていた所です。」
小泉Jr.がホットラインに答えている。相手は、秋元康だ。
「なるほど…今回の古川くんのシナリオを見て…いえいえ、ご自分の才能をそんなふうに過小評価する必要はありませんよ。ここまでこのプロジェクトを大きくしたのは、間違いなくあなたのお力によるものなのですから。」
Jr.の顔には苦い笑顔が浮かんでいる。
視線は…目の前にいる古川愛李に向けられている。
愛李が静かに頷いた。

「わかりました。こちらでお待ちしております。」
Jr.がホットラインを切った。
「こっちに来るそうだ。これは…君としてはどう読む?」
「恐らく…アチラさんに寝返ったと解釈するのが自然ですね。恐らく玲奈さんじゃないですか?考えてみたら、秋元先生は、私達のように崇高な考えのもとに動いてる訳ではないですからね。大蔵さんもそうなんでしょう?」

確かに、メンバー達と違ってこっちサイドに居る人間には洗脳など施していない。
この世を握る事になる、このプロジェクトに関わる事こそが最高の洗脳だ。
まさか、正義感や倫理観といった不確定的な要素で、寝返る人間がいるとは思いもしなかった。
それが、人間の「弱さ」だ。
自分が作る国は、そんな弱さなど全て排除されたものにしなくてはならない…

Jr.は愛李の側に寄り耳打ちするように言葉を出した。
「彼らをどう葬るか…そのシナリオもお願いしていいかな?」
「ええ。もう既に出来ています。」
「ほう…さすがだな。では、まず、私は何をすればいい?」

愛李がJr.に耳打ちを始めた。
誰も、その会話を聞く事などできはしないのに。

44

また歌声だ…
もう何回目なんだよ?

でも、今度こそ本物なんだろうな。
歌ってるのは…玲奈と今出サンか。
この二人、いいコンビだったよなぁ。

何歌ってるの?え?狼とプライド?
そりゃ無理だ。玲奈は確かに、ガイシでしゃわこと演った事あるけど、アレも結構ネタ扱いされてたじゃんんか。でもなぁ。この際いいか…


「なんや?幸せそうな顔で笑っとりまっせ?玲奈さん、ぱしーんと一発ほっぺ引っぱたいてもええですか?」
「うん。そうだね。私がやってもいい?頭、げんこつの方が良くない?」

ちょ…ちょっと待った。
まだ、ゆりあに殴られた所が痛いんだよ。
待って…

目を開けた先に、玲奈ちゃんと今出サンの顔があった。
これは…夢か?もうここはあの世なのか?
でも、まだ玲奈ちゃんは卒コンが控えてるはずだ。それに、彼女たちは卒業しても死ぬ事になるわけではないはずだ…

「どうやら、生きてる…みたいだね?僕。」
「危なかったですけどね。ギリギリセーフでした。」
「君達がどうして?なぜ、ここが?」
「あの人が、私達を呼びに来てくれたんです。」
二人が視線を送った先に居たのは、杉村大蔵だった。
「これで借りは返したぞ。今、お前に死なれちゃ困るんだよ。借りは必ず返す。それが俺の主義でね。」
「倍返し…ですか?」
「倍…?100倍返しくらいだと思うけど?」

あのとき、自らを撃とうとした大蔵を僕はすんでのところで救った。
亡霊はもういないんだ…アナタはアナタの人生を行きろ…
僕は、そう言った。
そう…あの偉大なる亡霊…小泉純一郎の陰に怯える事はもうしなくていい。

「お前に言われて気がついたよ。俺にも推しメンはいる。その子の為に俺はお前を助ける事にしたんだ。勘違いするなよ。あくまでもその子の為だ。お前じゃなきゃ、彼女は助けられないからな。」
「わかりましたよ。で?誰ですか。アナタの推しメンって。」
「なんなんだよ。菅なな子。頼むぜ。18歳になる前に何とか救ってあげないとな。」
「…パイ星人か…それとも…あのftmmか…?ったく…」
僕は小声で大蔵に言った。
「聞こえてまっせ~」
「もう、変態。」
今出サンと玲奈がそう言って笑った。

「君達二人は?あいりんのシナリオにあったから、あの場面かおたんと一緒に現れたんじゃないのか?」
僕は二人の登場に拭えない疑問をぶつけてみた。
「たぶん、あいりんのシナリオにはアナタを呼びに行くのは、私達じゃなかったと思う。でも、それ位の誤差は良くある話なんです。辻褄が合わなくなったら、修正されちゃうけど、あの時一番大事だった事は、アナタとかおたんを接触させる事だったと思うので。そう思うと、それを含めてあいりんのシナリオだったのかもしれませんけど。」
「そうか…なるほど。でも、今、この場…僕達は監視下には置かれていないのか?」
「それは、俺が上手くやってあるよ。助け出す所は見られてるし、それが俺達だったって事も恐らくバレてるだろう。だけど、ここは安全だ。俺だって、プロジェクトの一員だよ。ちゃんと、裏道位は知っている。」
大蔵が言った。僕はすごく頼りになる男を味方につけたようだ。

「ここは?あのオペレーションルームの中ではないんですか?」
「ああ。場所的には…外見てみるか?」
大蔵が遮光カーテンを少しだけ開いてみる。皇居から国会議事堂、首相官邸当りが一望できる。
「霞ヶ関の辺りだ。暫くの間ならここをアジトに出来る。」

「これから…どうしますか?」
「ウチら、しっかり働きますんで。何でも言ったってください。」
玲奈と今出サンがそう意気込んで言う。大蔵も頷く。

「あのシステムを破壊します。彼女たちを救うには…それしかありません。」
「それは、わかってるよ。問題は、どうやってそれを?あそこは、世界中の核ミサイルブっ込んだってびくともしないぜ?もっとも、そんな事したら世界自体が終わっちゃうけどな。」
「大蔵さん。裏道位は知ってるって言いましたよね?アソコに何とか潜り込めませんか?」
「おい…そりゃ無理だ。アソコには正規のルート一本道しかない。そこに入り込むだけでも至難の業だ。ましてや、俺はもうヤツらにとっては反逆児だからな。方法はないよ。」

そうだろうな。
ルパン三世でも難しいんだろうな。
でも、その糸口を見つけなくては…

「私なら…入れるはずだ。協力させてはもらえないだろうか?」

いつの間にか、一人の男が姿を見せていた。
「ちょ…おい、どこから入ってきたんですか?それに…アンタは…」
大蔵が男を見上げてそう言った。

「私がお呼びしたんです。やっぱり来て下さったんですね。」
玲奈が言う。
「ああ。私もそろそろ目を覚ます時ではないかと…そんな事では、私の罪は消えないだろうが…」

どうやら、もう一人の力強い味方を手に入れたようだ。
僕は、秋元康を笑顔で迎え入れた。


43

こんな時、安っぽいサスペンスドラマなら、僕は取り乱したりするように指示されるんだろう。
安っぽい脚本、安っぽい演出、安っぽい監督。そして安っぽい出演者。

でも、僕はモニターの向こうで静かに微笑むゆりあの顔を見て全てを理解した。
僕は、負けたんだ。
見事に。完全に。どうしようもない程に。

「ありがとう…いや、お疲れ様と言った方がいいのかな。」
小泉Jr.がゆったりとしたチェアに身を沈めて言った。
大袈裟な足の組み方に安堵と余裕が伺える。

「すべて、あなたの書いたシナリオ通り…そういう訳ですか。」
「私が書いた?参ったな。そこまで私は多才ではないよ。私はあくまでも、このプロジェクトを取り仕切るマネージャーにしか過ぎない。私の周りには、優秀なスタッフが幾らでもいる。紹介しておこうかな?」
カメラが切り替わり、違う人物を映し出す。
「そうか…そういう事だったのか。」
「古川愛李くん。彼女が今回のシナリオを書いた。実は彼女にとって、これがデビュー作なんだよ。そうは思えない。実に見事な長編だ。ドラマチックでミステリアスで、ハートウォームなストーリーだ。特に、ラストシーンは素晴らしかったね。私も思わずハンカチを握ってしまったよ。」

「それで…そこに居るのが…見事な演技力を見せた、出演女優陣ってとこですか。」
「そう。今更紹介するまでもないかな。主演女優として、私の隣にいる木崎ゆりあくん。そして、高柳明音くん、須田亜香里くん、そして、松村香織くんだ。」
「僕にわざわざヒントを与える為に、かおたんを登場させたのか。あいりん、君はスゴイね。」
僕はあいりんに声をかけた。彼女もまた、僅かな微笑みを浮かべたまま何も答えようとしない。

「で…?なぜ、ここまでして、僕を?」
「もう君も、この後自分がどうなるか位、把握しているんだろうね。いいだろう、冥途の土産だ。全てを教えてあげよう。木崎くん。見せてあげなさい。」
ゆりあが、一本の試験官を出した。ただのガラスの試験官ではない。頑丈なケースに入っている。蓋にはこれも厳重にロックがかけられるようなものだ。中には、白濁したような液体が入っている。
「君の…君そのものだよ。この中に、君の全てが含まれている。」
中身は、僕の精液である事はすぐにわかった。
彼らの目的は、メンバーと関係を持たせる事で、僕を含めたオトコ達から精液を収集する事だったのだ。

「もう10年前の話だ。我が国の若年男子層に、ある致命的な欠陥が蔓延している事が判明した。遺伝子を残す機能…つまり、無精子症のようなものだ。幾らセックスしても子供が出来ないという欠陥だ。」
Jr.が淡々と語り始めた。
「しかも、国民ほぼ全ての男子に同じ欠陥が発生している事もわかった。これが、どういう事かわかるかな?」
「ああ。わかるさ。子供が生まれなくなる。…この国は滅ぶって事だ。」
「その通り。そこでだ、私の父があるプロジェクトを発足させた。徹底的にこの欠陥の解明を始めたんだよ。そして、見つけたんだよ。その糸口を。」
「一次開拓とか二次覚醒とかってのが、それか?」
Jr.はニヤリとした笑みを浮かべ、コップに入った水を一口飲んだ。

「君は本当に優秀だ。出来れば、こちら側にいて欲しかったくらいだね。その通り。生殖機能を持たない男でも、ある条件を満たせば、機能を回復出来る可能性があるという事だ。これが、難しかった。[媒介]が必要だったからね。」
「媒介?」
「ああ、そうだ。生殖機能を回復出来る者は限られている。データではないんだ。[素質]とでも言えば分かりやすいのかな?誰がそれを持つかは、女性と触れあう事でしか判明しないんだよ。その素質を持っている者と女性が触れあえば、あるサインが出る。その事が判明したんだ。」
「そのサインを得るために…握手会のシステムを作ったのか?」
「ああ。このプロジェクトには賛否両論あってね。国会でも真っ二つに意見が分かれたよ。与党の間でも。そこで、父は賛同するもの以外を切り捨てる為にある企てを起こした。世間では郵政解散などと言っていたが、あれは、単にこのプロジェクトに反対する勢力を陥れる為のものだったんだよ。郵政だとか何とかは隠れ蓑にしか過ぎない。」

僕は黙ってJr.が話すのを聞くだけにした。Jr.は上機嫌だった。
余計な茶々を挟むよりも、好きに喋らせておいた方がいい。

「一次開拓は、その[素質]を持った者を見つけ出す事だ。[媒介]…メンバーと触れあうと、その対象者が瞬時に把握され、データセンターに送られる。そのシステムを開発するのに幾らかかったと思う?驚くなよ。7500億だよ。研究開発費だけでだ。そこに運営費や維持費を加えると、国家予算並の金額になる。しかし、それもやむえないんだ。何しろ国の存続がかかってるんだからな。」
Jr.がまた水を口にする。興奮して喉が渇くのだろう。
「一次開拓された者は、その後完全に国の監視下に置かれる。君も知っての通りだ。君達が発信する[意思]を解析し画像化したものをこのセンターで監視するんだよ。」

「二次覚醒とは…生殖機能が回復した状態の事を言うんだな?」
「そう。一次開拓された者は、そのデータを分析し、ランク付けされる。知力・体力など目に見えるものの分析だけでない。限りある資源だ。有効に活用しなくてはならないからね。そう…君は、SSランクだ。今までの者のなかで際立って優秀な遺伝子を持っているという事だ。君の遺伝子はこの国を繁栄させる為に、ぜひとも必要なものだったんだ。凡庸な遺伝子だけでは、凡庸な人物しか作れないからね。」
「そんな神の意志に背くような事が…許されない事だ。」
僕は言った。Jr.のクールな笑みは全く変わらない。

「神の意志?神か…もし、そんなものが存在するとしたら…私が、そうなのかもしれないな。新たな人類を作り出していく事をこの手に委ねられたのだから。そして、彼女たちがその化身といったところか。覚醒させるには、ある感情を持たせなくてはならない。わかるかな?」
「恋愛とか愛情とか…そんなところだろう?」
「君達の言葉で言えばね。正解と言っておこう。そして、二次覚醒を終えた者には、オリジナルのシナリオを作りメンバーを接触させるんだよ。ドラマチックにしないと、本当の恋になんて落ちないからね。」
「なぜ、そこまでする必要がある?機能が回復したら、それでいいじゃないか?彼らは現実の世界の中で恋に落ち、愛を育む。一次開拓だってそうだ。何も、そんな大袈裟な事をしなくたって、男は誰だって女性に触れ、そして関わって行く。覚醒させるのは何もメンバーじゃなくたっていいはずだ。」
「正論…いや。理想論だ。いいかな?殆どの成人男性が機能を失っていなければ、それでいい。しかし、今の時代若者の10000人に一人なんだよ?生殖機能を回復出来る者は。そんな自然の中での流れになんて、この国の命運を握る事なんだ。きちんとコントロールしなくちゃいけないんだよ。」

「その為に、彼女たちを犠牲にするなんて…なら、こんな国なんて滅んでしまえばいい。」
「君も国政に関わる立場に立てばわかるよ。」

そう言ってJr.が立ちあがった。
説明は終わり…
ゲーム・オーバーだ。

「ゆりあ…聞こえてるんだろう?」
僕はゆりあに向けて話しかけた。モニターにはさっきと変わらず、薄い笑みを浮かべたままのゆりあが映っている。
「何か話したいのか?無駄だよ。君の声は木崎くんには聞こえている。だが、どんな言葉を紡いでも彼女の心には届かないんだよ。残念ながら。」
「構わない。僕はただ、一言だけ。一言だけ伝えたかっただけなんだ。」
「いいだろう。私は、これで失礼する。では、楽しかったよ。」
モニターの中にはゆりあの姿だけになった。
僕は、その姿をじっと見た。

「ゆり、あの時の言葉は決して熱にうなされてたからなんかじゃない。本心だ。僕は…君の事が大好きだ。」
僕は笑顔を作ってピースサインをした。
ゆりあは、しばらくそのまま僕の方を見つめていたが、表情を一切変える事をしなかった。
黙って一礼をして、姿を消した。モニターがフェードアウトしていく。

僕のいる部屋に暗闇が訪れた。
本当の暗闇とはこういう事を言うのだろう。

そこに漂ってくる死の気配。

天井で小さな音がしたのを聞いた。
何かの気体が流れ込んでくるのを、空気の動きで知る。
無臭だが、どこかに死のニオイを予感させるものだ。

ガスか…
一番楽に死ねる方法って聞いた事がある。
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