スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

5

楽しかったなぁ。ホントに最高の生誕祭だった。
やっぱりこのS新公演は、ゆりあと茉夏の為に構成されたんだって良く言われる通りだな。
まあ、劇場の茉夏は間違いなく天使なんだけど、今日のゆりあは全然負けていなかった。
生誕祭だからって気負ってる感じもなかったし。

あかりんからの手紙はびっくりしたなぁ。あーあかりんかあ。わざわざ録音してなんて、初めての試みじゃない?って思ってたら、ホントにステージ脇で読んでたなんて、すっごい良いサプライズだったね。
最後の挨拶も、言葉を選ぶように話してたのが印象的だった。
18歳かあ…ちょっと大人びて見えたのは、気のせいじゃないよね。

劇場の外に出ると、雪が本格的になっていた。
うっすらと栄の町が雪化粧を始めていた。

名古屋に泊る時はいつもアパホテルにしている。
中日ビルの裏手。キャバクラや余り上品ではない店が並ぶ飲み屋街にある。
会社の福利厚生で驚く位安く部屋が取れる事もあるが、ヒルトンやマリオットのように、いかにもって感じの高級感溢れるサービスが肌に合わないってのが大きい。ロビーでコーヒー一杯頼むだけで、茉夏の握手に行く時並の緊張感を味わうのも、なんかなぁ…って思うし。

サンシャインからホテルまでは歩いて10分かからない位だ。一人っきりなので、栄で遊ぼうかって気分にもなかなかならないし。風俗のお姉さんの客引きにあうのも苦手だ。僕はまっすぐホテルに向かった。

さ…寒い…
夏の暑さも格別だけど、名古屋の冬の寒さもまた厳しいものがある。
こりゃ、軽く一杯ひっかけないと眠れそうにないぞ…
僕は怪しげな看板を掲げる店々の中に、不釣り合いな程洒落た感じのバーを見つけた。
重厚なドアと、それを照らしているランタンは、電気ではなくガス式の本格的なものだ。

ドアを開けた瞬間。
当りだ!僕は心の中で小さく喜びの声を上げた。
カウンターに使われている木は、一目で無垢の大木を使っている事がわかるのもだし、スツールは高さも素材もまさにこれ以上のフィットさは無いだろうと思えるものだ。
客は僕の他に数人のみ。見るからに上品な佇まいの男性だけだ。

「いらっしゃいませ。」
バーテンダーが美しいバリトンで僕を迎えた。しっかりと通るが、決して他の客の邪魔にならない計算され尽くしたトーンの声だ。
余計な事は何も言わない。今日のおススメのカクテルは…なんて言い出さないのが、良いバーの条件だと僕は思っている。その意味でも、間違いなく合格点のバーだ。名古屋に来る楽しみが一つ増えたかも…僕は思わぬ幸運にとても嬉しくなった。今日の公演の素晴らしさ、2順目で入れた事…どうやら、今日はイイ日だったに違いない。

こういうバーはある意味男としての格が問われる、そう戦いの場だ。
ここで「メニューは?」なんて聞いたら負けだ。かといって、変なカクテルなんかを通ぶって頼むのも愚の骨頂。僕は、ここぞって時にだけのオーダーを切りだす事にした。

「すみません」なんて声をかける事はしない。このバーならわかってくれるはず…
そう思った瞬間、バーテンダーがほんの2ミリだけの笑顔を僕に向けた。絶妙のタイミングだ。
「今日はイイ日だったんだ。一日の最後をその素敵な気持ちのまま終えたい。」
「かしこまりました。」今度は2.5ミリ…いや、3ミリだな。ほんの僅かに目を伏せただけでバーテンダーが僕に伝えた。ますます素晴らしい。上手いワインを飲みたい時はソムリエに、上手い酒を飲みたい時はバーテンダーに任せればいい。それが僕の持論だ。

僕はバーテンダーの全く無駄の無い動きに見惚れていた。
安っぽいバーだと、無暗にシェーカーを振りまわしたり、酷い時にはそのまま踊ったりするバーテンダー…いや、彼らをそう呼ぶのは、本物のバーテンダーに失礼だ。そう彼のように。
完璧に計算された動きは、カクテルに命を注ぎ込む。
シンプルなギムレットが僕の前に静かに差し出された。
素晴らしい。何もかもが素晴らしい。

カクテルは3杯目だ。それを最後に席を立つと決めていた。
すごくイイ気分になってはいたが、酔ってはいない。
こんな素敵な空間で酔っぱらうなんてもったいなさ過ぎる。ちゃんと余韻を残した所で席を立つ。
それが、素晴らしかった一日を終えるコツだ。僕はそれを知っていたし、バーテンダーもそれを分かっている。
3杯目を飲みほしても、新しいオーダーを待とうとしていなかった。

ふと、突然何かの違和感を感じた。
なんだろう?ふと、僕は周りを見渡した。
相変わらず数人の客だけだ。それぞれが、この素敵な空間で一日を終える幸せを味わっていた。
聞き取れるか取れないかのボリュームで、コルトレーンのバラッドがYAMAHAのモニター・スピーカーから流れている。デジタル処理なんかされていない…スクラッチノイズすら音楽の一部になっている。コルトレーンが神と出会って方向を歪める前の静かな静かなチューンだ。

その違和感の元は、奥のほうのカウンターではないボックス席から発せられていた。
暗い照明に沈んでその姿は確認できなかったが、僕は気配でその姿が最近…ここ数カ月、何度か僕が感じていた違和感を感じさせる何かと似ている事だけを把握した。

誰かに見られてる?

いやいや。ここは名古屋だ。
きっと、何かの勘違いだろう…

その時そう思った事は、もちろん大きな間違いだった事に僕は気づく事になる。

そして、これが僕達の逃避行の始まりなんだったって事も。

スポンサーサイト

4

「ええええええええええええーーーーっ。ちょ…ちょっと…ゆりあ、こっち来(こ)やー。」
「なんだよぉ。もー公演始まっちゃうからあ。やだ…もう痛いって須田ちゃん。そんな強く引っ張らないでよぉ。」
「そんな事いったってさ。ねぇ、マジで言っとる?なあにぃ、一言も亜香里に相談なかったに?」
「須田ちゃん、ちょっと訛り出てるって。それに…声大きい。」
「そんな事、言っとる場合じゃないって。本気なの?」

普段から大袈裟なリアクションをする事で知られる須田亜香里だが、本気で驚いた時や興奮した時には、隠している名古屋訛りがかなり強く出る。だから、あかりんはわかりやすい。メンバーには良く言われる理由だ。
特に、ゆりあ・あかりん・ゆっこ。初期Sに同じ時期に加入し、厳しい環境を共にしてきた、3期の三人の間には、他のメンバーからは計り知れない程の強い絆があった。
特に、1年前の組閣でバラバラのチームに別れてからは、その傾向が強くなった。

だからこそ、18歳の生誕祭の開幕直前にゆりあの口から出た「卒業」の言葉は衝撃だった。

「あのね。やっとじゃん。ずっと、今日この日から始まるコトの為に頑張ってきたんでしょ?やっと、やっと、私達同じ「同志」になれるんじゃん。私ね、ずっと待ってたんだよ。ゆりあのコト。なのに…なんで?」
「うん…それは、そうなんだけどね…ワタシね…」
下を向いていたゆりあが、ちらっと須田の顔を見た。すぐにまた下を向く。

…あー怒ってるよ…須田ちゃん…怒るとコワイんだよなぁ、須田ちゃんって。ホントは。真剣に怒ると、自分のコト「ワタシ」って言うんだよなぁ。ホントわかりやすい…ってそんなコト言ってる場合じゃないよなぁ。あー、もうあと5分で始まっちゃうよ。どーしよう。何ていえばいいんだろう…

「でもさ、今日はやめようよ。そりゃ、りかこさんは自分の生誕祭で卒業発表したけどさ、あれはりかこさんだからまだ納得してもらえたんだと思うし。今日、ゆりあがおんなじコトしたらさ…ね?一昨日、あんなコトがあったんだよ?これで、ゆりあまで…ってなったら、どんな騒ぎになるか…」

一昨日…あーそういや、そーだった。てか、完全に忘れてた。そんだけ、ワタシてんぱってたって事かなあ。確かに今日すぐって訳じゃなくても大丈夫なのかな?それに、すぐ「任務」に就けとも言われてるわけじゃないし。
でも…玲奈さん。すっごくイイ顔してたと思うんだよなぁ。今のワタシじゃあんな綺麗な涙を流すなんて、まだ出来ないだろなぁ…
でも、今やらなきゃ…
須田ちゃん…ワタシは大人になんてなりたくないんだよ…


ナゴヤドーム単独公演を終えたばかりのSKE48に過去最大の衝撃が走ったのは僅か2日前の事。
今年の春コン。ガイシコンサート限りで松井玲奈の卒業が発表されたのだ。

3

生誕祭の日はロビーの様子からして普段とちょっと雰囲気が違う。
有志によって贈られた花束(メンバーのキャラに合わせて実に様々な趣向が凝らされている)が飾られたり、生誕メッセージカードを集めて作ったアルバムなんかも並んでたりする。普段は小さな箱に所定の用紙を添えて投げ込むだけのプレゼント受付もゆりあ専用の大きなボックスが用意されたりしている。

僕は生誕実行委員とか、そういうものに携わったことはない。
馴染みのヤツ等にはやろうって誘われるんだけど、なぜかそんな気になれなくて。
もちろんカンパはしたし、握手会でメッセージカードを集めるのを手伝ったりはしたけど。

手紙を書いたりプレゼントを贈ったりした事もない。嫌とかそんな訳じゃない。
ただ単に今まで女の子に手紙を書いたことがないから、何を書けばいいかわからないし、プレゼントなんて贈った事がないから、どんなものが喜ばれるか皆目見当がつかないだけなんだ。


チケットの販売が始まった。チケット売り場で自分の当選番号を告げ、身分証明書を提示する。
そこで渡された整理番号が、後ほど行う入場順を決めるビンゴマシーンによる抽選の際に大事になってくる。
僕は周りの様子を伺いながら、チケット販売の列に並んだ。購入が早い順から001、002...といった感じに採番されていく。70番台…今回、僕はその辺りの整理番号がくるよう列に並んでいる。

安いおもちゃのようなビンゴマシーンによる抽選だ。大して意味がないかもしれないが、僕は何事もデータと照らし合わせ物事を考える癖がついている。毎回、何番代が上位で呼ばれるかはインターネットの情報が教えてくれる。数学は得意中の得意だ。確率統計上、今回は70番台…外れても構わない。僕は単に「結果論」でラッキーが来る事が嫌いなだけだ。術を尽くした上でのラッキーならそれは「成果」として捕らえる事が出来る。しかし、何も為さずに得たラッキーには何か「しっぺ返し」があるような気がしてならないのだ。

「当選番号157番です。」
僕はゴールドの運転免許証と入場チケットの代金3000円をカウンターに差し出した。
受付の女の子が免許書をチェックして端末を操作する。
女の子は僕とおそろいのTシャツを着ていた。隣の端末を操作してる子もそうだ。劇場スタッフも案内係も、警備員までがゆりあの生誕Tシャツ着用だ。
栄の劇場スタッフは、普段からメンバーのシャツやツアーTシャツを着てることが多い。
秋葉原のように派遣会社のシャツなんて無粋なものは着ない。

女の子は僕の免許証と端末の画面を何度も何度も見比べた。その間に、僕の顔をチラチラを覗き見る。
免許証→画面→免許証→僕→画面→僕→免許証って感じだ。
最初は、気にも留めなかったけど、さすがに段々不安になってきた。
あれ?確かに今日の当選だったよな?いや…不正とかしてませんし…まさか、ブラックリスト?いや…ちゃんとキャラアニもmumoも毎回クレジット決裁できちんとCD全部買ってます。大量に当選しちゃったからって干したりもしてないし…

その様子を見ていた、ちょっと人相の悪いスタッフが飛んできた。
女の子にからちょっと乱暴に僕の免許証を奪い取って僕に差し出した。

「大変失礼致しました。こちらをどうぞ。」
オレンジ色のチケットが手元に来た。072番、ちょっとバタバタしたので心配したけど狙い通り70番台が来た。
「いえ、大丈夫です。何かマズい事でもあったのかと、ちょっと心配になりましたけど。」
僕はそうスタッフに言った。

うん?スタッフ?一人だけスーツを着てる。しかも、見るからに高級そうな仕立てのスーツだ。
Tシャツ姿の周りのスタッフとは明らかに雰囲気が違う。
まあ、いいか。ちゃんとチケットは買えたんだから。
今一番大きな問題は、何順目に入場できるかどうかだ。
1順とは言わないが、せめて5順目位までには入りたい…


拡声器を持ったスタッフが脚立の上に立った。
ビンゴマシーンがからからと音を立てて回り始める。

「え~入場順…最初は…70番台の方。」

うぉおおおおおおおおおおおお
キタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!
僕は前後に並んでる人と思わずハイタッチして喜びの声を上げた。
作戦勝ち…とは思わない。願掛けのような事をしただけに過ぎない。
しかし、だからこそ、このラッキーは素直に嬉しく感じる。


2

事態がようやく終息したのは、明け方近くになってからだ。
この一手が上手くいかなければ、もう八方塞がりだ…土壇場で打った手が起死回生の策になるって事は、この仕事をやってると良くある話だ。ただ、僕の場合は他の人よりもそういう事が多いんだけど。
昔からそうだった。陸上部に所属して、かなりの成績を残した。最後のインターハイでは、3年間どうしても勝てなかったライバルを最後の最後のレースで破って優勝出来た。
部活に明け暮れてたので、壊滅的な数字が並んでいた学校のテストも引退後、ひたすら勉強に打ち込む事で受験の時には東大合格者の一員に現役で名を連ねる事にも成功した。

僕は今でも思ってる。成功をイメージする事を辞めなければ、大抵の事は突破口が見つかるんだって。

品川駅から程近いオフィスを出ると、外は白み始めていた。
冬のきーんとした空気が寝不足の身体を覚ましてくれる気がする。

自宅は浜松町近くにあるマンションだ。北向きで日当りには恵まれないが、それよりも都心の夜景を一望できる高層階からの眺めが気に入って昨年購入したばかりだ。20畳のリビングを有する2LDK。
「一人暮らしには広すぎますけど、ご結婚してご家族をお持ちになった時、非常にイイと思います。」
営業マンは熱心に勧めてきたけど、買うのを決めるのにそんなセールストークは全然関係なかった。第一、僕は結婚なんてするつもりは、これっぽちもなかったし、第一、結婚なんて出来っこない…そんな風に考えていたし。

マンションに戻り、熱いシャワーを浴びる。一晩中PCのモニターと睨めっこしていたせいで、身体には倦怠感がまとわりついていたし、頭の芯の部分が軋むように痛みを訴えていた。恐らく、僕の身体はすぐにでも横になって休む事を要求していたのだろう。しかし、そんなリクエストを全てダストボックスに仕舞こみ、僕は出掛ける支度に取りかかった。
今日は「正装」でなくてはならない。
公式の生誕Tシャツ。サイリウムは黄色とピンクの2本持ちだ。昨年末に始まった新公演のユニットの衣装に合わせた薄いピンクと元々の推しサイのピンク。一応チームカラーのオレンジのサイも用意した。
手元はTIMEXの時計。もちろん、グレーと白のストライプにアクセントでピンクのラインが入ったバンド、ゆりあデザインのモデルだ。

ネットで新幹線の時刻を調べるまでもない。今の時間からなら余裕を持って劇場に入れる。
サンシャインの地下で、久しぶりに顔を合わせるヤツもいるだろう。生写真の入ったアルバムもキャリアケースの中に入れた。出たばかりの劇場盤の写真、随分だぶってしまったモノがある。最近は写真のレートも大した事ないけど、人気が広がってきたのか中高生や小学生の女の子なんかが、少ない写真を持って自分の推しメンの写真とトレしようと集まってる事が増えてきた。そんな子には、基本無償で写真を上げたりする。「やったー!ゆりあの写真だー!」なんて喜んでくれたら、こっちも嬉しくなってくるからね。

名古屋までは1時間半ちょっと。あっという間だ。
名古屋駅につくとチラチラ雪が舞い始めていた。2/11。今日はゆりあの18歳の誕生日。
ホワイトクリスマスじゃなくて、ホワイトバースディなんて言葉あったっけ?
僕は一瞬考えて、すぐに気がついた。
じゃあ、夏生まれの人はどーなるんだって。
まったく、ゆりあの事になるとダメだな。途端にヲタ丸出しになる。

夜の公演までは、まだ時間がある。寒さのせいか、地下広場にも余り人がいない。
祭日なのにな…
僕は凍えるような寒さに身をすくめた。こりゃ今日は格段に寒いや。
それじゃなくても寝不足なんだ。風邪でもひいたら話しにならんぞ。
カフェで暖を取る事にしよう…僕はエスカレータを登った。TUTAYAの店内を通り、カフェのあるフロアに上がった。同じように寒さから逃げ込もうとした日がカフェの前に列を作っていた。少しの時間待って僕はカフェに案内された。

「ふうううう寒いねぇ。カフェラテのホットにしようかな。」
僕は制服を模したコスチュームの制服(なんかややこしいな。でも、そう表現するのが正解なんだろうけど)に身を包んだ店員さんに話しかけた。何度か見る顔の子だ。
「かしこまりました。少々お待ち下さいね。では、こちらからコースターをどうぞ。」
僕はコースターを一枚、コースターサーバーから抜き取った。
ビンゴ。
ゆりあのコースターを一発で引き当てた。

おっしゃ、幸先がいいな。
今日の公演良順で入れるかもしれないぞ。

心の中で小さくガッツポーズをして僕は思わずニヤついた。
遠目からまるでスナイパーのような視線で僕を監視する二人の男がいた事なんて、気づきもしなかった。


1

これもダメか。全く忌々しいな…

さっきから、レベル4…クリティカルなインシデントが発生している事を意味するパイロットランプが点灯しっぱなしだ。
保守チームと一緒にその原因として考えられる要因を一つ一つ潰していく。まるで晩秋の季節に、絨毯のように散らばった落ち葉の中に一枚だけ紛れてるイミテーションの紅葉を見つけるような、気の遠くなる作業だ。

「やっぱりダメ?」
保守チームのサブマネージャーが、弱った鰯のような目で僕に聞いてくる。なんで、この人はいつもこういう言い方をするんだろう?「やっぱりダメ?やっぱり?」インシデントの管理・対応は保守部門の仕事だ。ヘルプを必要としてるなら、頼み方ってものがあるだろう?
確かに、このネットワークシステムを構築したのは僕だし、その運用に関しても僕のチームがコントロールしている。会社はPPDIOOを実践するなんてカッコいい事言ってるけど、実際はそうじゃない。設計構築運用保守…結局はスキルのある人間に仕事が集中するのは、いつになっても変わらない。

元々東大を出て研究職に就くつもりだった。教授もそれを期待していたと思うし、ネットワークインフラの国家戦略に関わってくる事項を題材とした研究にはそれなりの意義を見出していた。
でも、僕は一般企業である今の会社に入社するという進路を選んだ。
誰もが驚いたし、誰もが引きとめようとしてくれた。と、同時に、僕が一度自分で決めた事を絶対に曲げない事も誰もが知っていた。
なぜ?入社して5年経った今でも、それを上手く説明する事は難しい。というより、その理由を僕自身、明確に持っていなかっただけなんだろう…。とにかく、あの時はそうする事がまるで自らに課せられた定めのように思えたんだ。神のお告げとまで言うのは言いすぎだろうけど。



370坪ある広大なオペレーションルームには、常時50人近いエンジニアが24時間体制でネットワークの監視をしている。
ネットワークサービスの機器販売から、導入準備・システムの設計から保守と管理までを取り扱うネットワーク大手の位置づけをされているのが、僕が勤務する会社だ。

その中でも、このオペレーションルームによる集中遠隔保守は最大の売りだ。どこかで、システム上の不具合…インターネットが繋がらなくなった、メールが届かない、といった軽いものから、操業ラインが動かない、オートマチック回路が寸断される…といった原因究明に時間がかかり、しかも緊迫度が高いものまで…が発生すると、アテンションが鳴らされ、その原因究明と対応策、場合によってはメンテナンスに必要な機材を24時間、全国どこのクライアントへも2時間以内に届けるというサービスだ。

このオペレーションルームはまさにそのサービスの機関部であり、そこで働くエンジニアはまさにプロ中のプロ…といけばいいんだけど、そうはいかないのがこの仕事の難しさ。まあ、僕の人事評価がいつも最高ランクなのは、ここで人が出来ない所まで存分に辣腕を発揮している…とされているからなんだけど。


普段は残業なんて厭わない。働けば働くほどそれだけ収入は増えるし。幸いウチは世間で言う「ブラック企業」ではない。過重労働を強いられてるって点では大差ないかもしれないけど、その分の手当てはしっかり15分単位まで支払ってくれる。
ただ…今日はダメだ。最悪、徹夜になったとしても、絶対に明日のお昼までには片付けなくちゃ。どんな事をしてもだ。

だって、お昼の新幹線に乗らなきゃ、名古屋での劇場公演に間に合わない。
この日の為に、ホールコンサートも総選挙も横アリ単独も干したんだ。狙いを定めて見事ゲットしたチケット。
ゆりあの生誕祭に入ること意外に、優先される事なんて何もない。

「さ、次のテストに移ります。」
お前タフだな…そんな声が聞こえた。
当たり前じゃないですか。ここで頑張らなきゃ、いつ頑張るんですかって。

今でしょ?
ああ、もうそんな事言う人、誰もいないですけどね。


プロローグ

何度来てもここの空気には慣れないな…

秋元康は4フロア分が吹き抜けになったエントランスに入り天井を見上げた。
建物に入るまでに、何重にも及ぶチェックを受けている。大して中身の入っていない鞄だが、その度に中身を全部出さなくてはならない。それだけではない。財布の中身はお札の一枚一枚を検査官の目の前で広げなくてはならないし、カード類は全部その内容を控えられる。さすがに、下着姿になれとは言われないが、飛行機の搭乗ゲートにあるものよりはるかに金がかかっていると思われる重厚な探知機を通る事が必須となっている。

秋元はエントランスまで迎えに出た秘書官に連れられて、階下の部屋へ案内された。毎回違った部屋に通される事はもうわかっていたが、そこが地下何階にある部屋なのかすらわからない。しかし、秋元にとって驚きなのは、何回来ても毎回違う部屋に通されるだけの部屋数がこの建物の中に存在するという事だ。
科学技術の粋を集めた万全のセキュリティ体制と世界中の機密情報が集約するであろうこの施設の一角にいる…秋元を緊張させていたのはその事実だけではない。
これから会う人物の存在感に、秋元はいつも圧倒させられてしまうのだ。


「お待たせしました、秋元先生。」
男が部屋に入ってきた。そのまま下座に着席する。
この男の上座に座る事になるのも緊張を強める理由だ。「先生」と呼ばれる事も。
銀幕で活躍する兄に似た端正な顔立ち。ややワイルドさを帯びているのは、政界という魑魅魍魎が跋扈する世界で揉まれているせいだろうか。その言葉の一言一言に説得力が溢れている。これは父親から受け継いだDNA
の賜物であろう。

「いえ、お約束頂いた時間通りです。1分の違いもない。さすがですね。」
「はははは。時間管理は秘書の仕事ですからね。彼らが優秀というだけですよ。」
この男が若くして人望を集めているのは、こういう所だろう。時間コントロールも本人がそれを把握し、星の数ほどの陳情から重要な打ち合わせ、プレスへの対応等を対応していかなくては上手くいかない。しかし、この男はそういった事を決して自分の手柄にしない。その潔さは、ある意味政界においては貴重なものである。近い将来、間違いなくこの首相官邸の主となるに違いない…誰もがそう信じて疑わなかった。

だからこそ、この国家的プロジェクトを発動した父親から、その総責任を負う地位を引き継いだのだろう。

「さて…本題に入りましょうか。今回も進捗の報告から。その後に、新しく“エージェント”入りするメンバーとその特性についてを。」

小泉進次郎が上着を脱ぎ、シャツの袖を捲り上げた。

新作

はじめてみようと思います。

タイトルは

innocence

です。

こんなにドキドキしながら連載を始めるのって初めてかも…です。


ご意見・ご感想…コメントお待ちしてますね。

次回作について

えっと、久しぶりに復帰してみて、やっぱりこうして妄想爆発で書くのって楽しいなあって改めて思った次第でして。アクセス数見ても、結構な方が定期的にお越し頂いてるみたいで、とても励みになりますしね。

近況をちょっと書かせて頂きますと…

相変わらず父娘でヲタ活動しております。
ただ、娘は萌乃ちゃんが卒業しちゃったので、もうAKBには未練ないそうですw
最後の握手会で「○○ちゃんは私の妹みたいに思えるんだ」って言ってもらえて、号泣してましたけど。
すっかりSKEのみですね。個別でも取るのは、ちゅり、あかりん、こあみ、なんなんがメインです。
ちゅりとあかりん、なんなんにはもう認知されてるらしく、こないだちゅりに連番で行ったら「いつも娘さん来てくれるんですよ~」「ああ、それはどうも…娘がお世話になってまして…」なんて、保護者としての挨拶で1枚分を消化する羽目になってしまいました(;一_一)俺だって、ちゅりと話そうとネタ用意してったのに…

私は、別に推し変したって訳じゃないんですが、そんなこんなでAKBメンバーの所には全然行かなくなってしまいました。はるぅだけは、行ってますけどね。
今の一推し?そんなの、数多すぎて絞りきれませんって。
まあ、必ず握手券取るのは、玲奈・あかりん・ゆりあ・奈和ちゃん・なんなん・舞ちゃん・あ、AKBではさっほーとわかにゃんにも最近行ってます。

…どんだけDDやって話ですがw

コンサートは…くじ運悪かったですねぇ…
何しろ、日産スタジアム干されたくらいですから。
今年に関して言えば、春コンでガイシ初日が当って以降、武道館SKE単独&G総出演外れ。萌乃卒業コン見れないって散々文句言われたなぁ。まあ、劇場最後は98中使って一人で行ってましたけどね。
そうそうTDCも全部外れ。

ただ、ナゴドは2日間とも行けましたし、東京ドームも一日だけですが、申込して当りました。
あと、一番はKIIの「アイドルの夜明け公演」の2回目の公演を最前どセンターで見れた事ですね。
生まれて初めて1巡で入れましたよ。フルメン公演でしたしね。

こうやって書いてて、う~ん実はくじ運結構いいんじゃん?って思ってきちゃいました(^^ゞ


あ、次回作の話でしたね。

実は、今考えているのは…
「四谷の事は嫌いになっても…メンバーの事は嫌いにならないで…なんて言えないなぁ…」
って感じなんです。
まあ、炎上するだろうなぁ…怒られるんだろうなぁ…
批判浴びまくるんだろうなぁ…って事で、今迷ってます。

人を無茶苦茶殺す訳でもありませんよ。
でも、多分私が今まで書いたのと、あり得ないくらい全然違うものになってしまうと思います。

さてさて…どうしようかなぁ…

あとがき

半沢直樹 〜エンジェルの逆襲
これにて完結です。

久しぶりに書いてみたんですが…
正直、皆さんの反応が心配でもあります。

でも、自分なりに楽しく書いたつもりです。
相変わらず大枠の構成だけ考えて、後は勢いで書くという、前からのスタイルでして。

宜しければ、ご感想など頂けましたら嬉しいです。

お付き合いくださり、ありがとうございました。

53

1年後…

「今月号のRUNNERS、届いてるわよ~」
妻の花の明るい声で出迎られた半沢がネクタイを緩めながら、ランニング雑誌をぱらぱらとめくった。
「はるぅ、スゴイね~。もうすっかり、アスリートタレントの地位を確立しちゃったね。もう長谷川理恵にとって代わっちゃった感すらあるよね。」
「ああ、なんたって初マラソンでサブスリーを達成しちゃったからな。半端ない努力をしたって事だよな。それに、AKSがグループ所属以外のタレントとも契約してマネジメントする事になったのも大きかった。玲奈ちゃん、さすがだよ。」
「半沢直樹の目に狂いは無かったって事ね。」
「まあ、そうかな。」
「あ、そう言えば今日は接待だったんでしょ?どうだった?久しぶりに会ったんじゃないの?あかりん。」
「ああ、いやもう「あかりん」なんて呼べないよ。今じゃすっかりグループの経営戦略のトップ切ってるからなあ。今日も資金調達のスキームで相当突っ込まれたよ。」
「あなたが、名古屋支店長になれたのも、彼女たちのおかげってトコあるんだから。しっかりやってよね~支店長サン?」

半沢がビールのグラスを煽りながら笑った。
「ん?何?その段ボール箱の山は。」
「ああ、コレ?今日届いたのよ。SKEの劇場盤。」
「それ全部?いったい何枚買ったの?」
「へへへへ。だってね~聞いて聞いて。こないだ、ようやく茉夏ちゃんとね…」

花の話を聞きながら、半沢はビールを一気に喉に流し込んだ。
そして、花に感づかれないよう頭の中で言葉を発した。

あの箱を全部チェックする前に、自分の分を避けておかなくちゃ…


52

「なんであの場で俺が暗躍したのかを暴露しなかった?お前の事だ。もう掴んでいるんだろう?」
誰もいなくなった会議室。大和田が力無く椅子に座ったまま大和田が半沢に聞いた。
「大和田…さん。もうあなたは全てを失った。最後の希望まで奪おうとは思っていない。」
「随分と…優しくなったものだな。」
「あなたの為ではない。夢を見る事の素晴らしさに、余計な助けは無用だという事だ。」
「そうか…しかし、歳がいってからの子供っていうのは可愛くてたまらんのだよ。そんな娘が、小さい頃からの夢が叶ってアイドルグループの一員になる事が出来た。そんな時だ、秋元から声がかかったのは。協力すれば、娘を全面的に推してやる…そう言われたらな…」
「その話、あなた方の言葉で言うと、何の証拠もないんでしょう?」
「ああ。ただの口約束だ。もっとも、最初からその気なんて無かったのかもしれんがな。」
「だったら、私が公言しなければその理由は永遠に闇の中だ。勘違いしないで欲しい。あなたの為ではない。実は家内が研究生推しでね。家内が言ってましたよ。大和田さん、あなたの悪だくみなど無くとも、娘さんは間違いなく将来のAKBを背負って立つ逸材だと。」

半沢がそう言って会議室を後にした。



「まったく相変わらず無茶ばかりする男だ。言ったはずだ。やり過ぎは良くない…と。」
「は。恐縮です。」
「まあいい。とにもかくにも、事態は最悪の状況を脱したのだからな。AKSの経営状態が急改善したのも、君が残した経営体制が機能しているという事だからな。丸八会の会員企業が軒並み当行をメインバンクに切り替えてくれたのも、まあ君の功績と言っても良いだろう。」
東京中央銀行の頭取室。中野渡頭取直々の呼びだしに、半沢はやや緊張した面持ちで臨んでいた。
思えば、この場で東京セントラル証券への出向を言い渡されたのが、今回の一件に関わる事の始まりだったのだから。

「実は君に銀行に戻ってきてもらおうと思ってね。どうだろうか?まだ東京セントラルでやり残した事もあるんだろうが…」
「は…光栄です。粉骨砕身の覚悟で臨む所存であります。」

51

「馬鹿な!湯浅だと?この無能が?なんにも仕事らしい事が出来ないこの男が、経営再建だと?はははははは。半沢。お前、気でもおかしくなったか?はっきり言おう。その男はただのお飾りだ。せいぜい出来る事と言ったら、メンバーの愚痴や不満をたらたらたらたら聞く事くらいだ。」
「あなた方の誰が、それを出来ましたか?」
半沢は戸賀崎の笑いをたった一言で消した。
再び、両手を後ろ手に組んで話し始める。

「いいですか。このAKSにとって、最も大切なのはメンバーそのものだ。彼女たちこそ、財産であり唯一の経営資源だ。ただ、あなた達の最大のミスはそれをただの「資源」として扱った事だ。彼女達が何を考え、何に喜び、何に悩み、何を目指し、何を夢見て…あなた達の誰が、そんな事を考えてあげたというのか?もっとも、大切な事。それが出来るのが、この…あなた方が無能と呼んだ男なんだ。」
「半沢さん…過大なお言葉を…」
湯浅が頭を掻く。
「しかし…だ。確かに、この男には大きな欠点がある。…湯浅社長…そうですね?」
欠点…単刀直入に言われ、湯浅が急に真顔になった。
湯浅社長が苦笑する。
「ええ。正直、経営者としては、経営判断を担うような役割は彼には任せられませんね。このビジネスには
3点、大事な事がある…私はそう考えます。一つは、人材マネジメント。大切なメンバーとのコミュニケーションです。その点では彼に期待できる部分は少なくないでしょう。」

「しかし…それと同じ位に大切なのが…プロデュースと営業です。メンバーを最大限活かしたプロモーションを企画立案、そして実行する。そして、それをマーケットに広げていく。その2点が無ければ、このビジネスの成功はありません。今回の話、そこに優秀な人材を配置する事が、伊勢島グループが経営参入して頂く条件でした。」
「はっ…そんな人材がいったいどこに?俺達ならダメだぞ?何しろお縄になるんだからな。」
「戸賀崎さん、あなた方には一切何も期待していない。いますよ。誰よりも適任がね。入ってきて下さい。」

姿を現した二人。
戸賀崎は一瞬目を丸くしたが、すぐにその視線を伏せた。
「なるほどな…半沢さん。これもアンタの仕掛けか?」
「紹介しましょう。新たに総合プロデューサーの職に就く松井玲奈さん。営業管理の責任者になる須田亜香里さんだ。お二人は、近々SKE48を卒業してそれぞれの職に専念する事になります。」
戸賀崎の問いには答えず、半沢が二人を紹介した。
その顔には笑顔が無い。引き締まった厳しい表情だ。

「玲奈さん、須田さん。本当に申し訳ない。君達の決断が、彼女たちを救うとはいえ…君達の夢は…」
半沢の言葉に玲奈が柔らかな微笑みを浮かべる。
「私、自信があるんです。メンバーの…みんなが一番輝くのはどういう時かって。ゆりあの笑顔の裏にあるしっかりとした覚悟。ちゅりの暑苦しさと可愛くて仕方ないって思わせる性格。あいりんのちょっと変態だけど、底知れない程の才能。奈和のステージの上での妖艶さ、なんなんの誰かを元気にする力。花音の野心と阿弥ちゃんの直向きさ。そして茉夏の無条件に可愛いトコ。私なら、そんな彼女たちの魅力を一番いい形で出してあげる事が出来る。もちろん、SKEだけじゃないですよ。AKBだってNMBだってHKTだって。どのグループにどんな曲が合うのか、ライブは?劇場公演は?そんな事考えるだけで、楽しくて…楽しくて…たのしく…」
玲奈の目から大粒の涙がこぼれる。必死に笑顔を作ろうとするが、その涙はとどまる事が無かった。
「あれ…?あれ…おかしいなぁ。涙なんて…涙は悲しい時に流れるんですよね。半沢さん…私…こんなに嬉しいのに…こんなに楽しいのに…」

半沢は口を真一文字に結んで上を見上げた。
玲奈の気持ちは痛い程良くわかる。しかし…しかし、これしか方法はない。
他に今、この重要なポジションを任せられるのは彼女しかいないのだ…

玲奈の涙を優しい表情で拭ったのは須田だった。
「私も自己紹介させてください。このたび、営業管理担当として仕事する事になった須田亜香里です。私は玲奈さんと違って、何かに秀いでた所があるわけではありません。ですが、父の意向もあり、これを機にビジネスの世界で修業させて頂こうと思っています。私では至らない所があるかもしれませんが、多くの方のバックアップを受けて一生懸命頑張ろうと思っています。」
「須田…父?…まさか…君のお父様とは…」
大和田が何かに気づいたようだった。はっとした表情になる。
「はい。須田隆と申します。色んな会社を経営してますが…丸八会の会長も務めさせて頂いています。」
「大和田さん。須田さんのお父様は、東海地区で紡績商社を始めとして、多角経営をされている須田コンツェルンの総裁です。名古屋地区に本社を置く多くの企業の代表が所属している団体、丸八会の会長といえば、東海地区の財界のボスと言ってもいい存在だ。もちろん、伊勢島グループのその会員の一つで、今回のファンドに多額の出資をお約束頂いている。」

「でも、半沢さん。亜香里はアイドルの夢を忘れた訳じゃありませんよ。ほら、亜香里って既に完成されたアイドルじゃないですか?コレでビジネスも出来る、出来たオンナって箔がついたら…完璧じゃないですかぁ?」
「君にも本当に申し訳ない…」
半沢は頭を下げた。今回の話、丸八会の出資が無ければ上手くいかなかったに違いない。
それをまとめたのが須田だった。須田総裁は娘を自分の後継者に指名した。兄弟もいる須田だったが、そのビジネスの才覚を最も父に認められたのが娘である須田亜香里だったのだ。父は、娘に助けになる代わりにビジネスに専念する事を条件として出した。唯一だが絶対的な条件だった。

須田は笑顔で即答した。
彼女もまた、心の中に仲間を熱く思う気持ちを持っていたのだ。

「SKEメンバーの負債は、一旦メインバンクである東京中央銀行が融資致します。担保は彼女達が保有するストックオプション。経営移行後は、その債権を新会社は保有する事とします。もちろん、返済はして頂きますが、各自長期的な返済計画を作成の上、会社へ定額返済をしていく事になります。しかし、経営再建により株価回復は十分に可能で、その際にはストックオプションを行使する事で十分に早い段階での返済も可能…当行の融資部・渡真利次長よりその回答を先ほど頂いています。」

「お見事ね。今回だけは、そう言わざるを得ないわね。しかし…半沢さん。アンタにも何らかのペナルティがある事は忘れないでね。でも…あの愚か者たちを釣るし上げるのに忙しくて、アンタの事なんて忘れちゃう…かもね。じゃあ、ワタシはこれで。アンタ達…覚悟しておきなさいよ。」

「では…これで、経営会議は終わりですね。最後に…秋元さん。はっきり申し上げておく。確かにあなたは天才だ。クリエイターとしてもプロデューサーとしても、そしてビジネスマンとしても。しかし…あなたには、少女達の夢を食い物にした。自分の私利私欲のために。それは許されない事だ。私はそんなあなたを絶対に許さない。一生、犯した罪を償う事だけに費やして頂こう。二度とこの世界に戻って来られないようにする。必ずだ。覚悟しておいて頂こう。」
半沢が厳しく言い放った。


50

「あ…半沢さん、呼んでるよ。私達の出番じゃない?」
「そ…そうですね。じゃ…じゃあ、いきまぴょう…」
「やだ、あかりん。噛まないでよ。私もきんちaiehfg:」

「はははは。お二人の出番はもうちょっとだけ先ですよ。もうちょっとここで見物しててください。私がステージを温めておきます。芯打ちは最後に登場しなくちゃ。」
「は…はい。社長…よろしくお願いします。」

「では、皆さんに紹介しましょうか。大和田さん、あなたも良くご存じの方だ。」
「失礼します。お久しぶりです。大和田常務…いえ、取締役でしたね。これは失礼。」
現れたいかにも青年実業家といった風貌の男が、爽やかな笑顔をたたえ半沢の隣に立った。
「こちらは、旧社名伊勢島ホテル。このたび、社名変更して伊勢島R&Eとなった企業の代表取締役の湯浅威氏です。図らずもこちらに二人の湯浅氏が顔を揃えた事になりますね。」
「湯浅社長…あなたがどうしてここに?」
「半沢さん…説明をお願いして宜しいですか?」
「かしこまりました。」

「このたび、伊勢島R&Eの湯浅社長を筆頭とした投資グループは、株式会社AKSの経営権取得を目的とした、敵対的株式公開買い付けを行う事をご報告いたします。暴落した株価の影響で恐らく取得価格はかなり低く抑えられると考えております。株式取得とともに経営再建策についても時を置かず実施致します。証券取引法違反による影響は大いにあると考えますが、経営陣を刷新する事で市場の評価は必ずや、得られるものと確信しております。」
「ちょっと待て…経営再建?粉飾に粉飾を重ねなくてはならなかったAKSの経営をどう立て直すと?」
「そこからは、私がお話しましょう。」
大和田の問いに湯浅威が立ちあがった。

「私ども、伊勢島ホテルは以前、巨額の運用失敗による経営危機に瀕しておりました。しかし、外資資本との提携や徹底したサービス品質の向上策を愚直に行う事で、経営再建を果たす事が出来ました。ここにいる、半沢さんのご尽力のおかげです。私は、半沢さんに大切な事を教わりました。企業の財産は人である…と!」
湯浅の声が徐々に熱を帯びていく。
「ここまでAKSを大きくしてきたのは、あなた方だ。その点は敬服に値します。しかし、人を人とも思わないやり方…私は決して許さない。」
「待て…待つんだ。確かに伊勢島は今や、健全経営で市場の評価も高い企業になった。しかし…芸能関係は素人だ。幾らファンドの出資者が集まったとしても、経営自体、話が別だ。素人がやっていける程、この世界は甘くないぞ。私は…メインバンクの役員として、承認する事など出来ない!」

「大和田さん。ご高説はごもっともだ。確かに湯浅社長は芸能関係には素人だ。しかし…人を鋭く見抜く目は間違いの無い方だ。あなた方と違ってね。」
湯浅がもう一人の湯浅の方へ視線をやった。気弱な顔をし続ける湯浅洋の方をだ。
「湯浅さん…一緒にやって頂けますね?」
「微力ではありますが、全力を尽くします。」
二人の湯浅ががっちりと握手した。

49

「湯浅!お前、何をしようとしてるんだ?」
戸賀崎が立ちあがって湯浅の前に立ちはだかった。
芝も金子も物凄い剣幕で捲し立てる。
沈痛な表情を崩さなかった秋元康にも焦燥した様子がうかがえる。

「何って…正しい事をしようと思ってるだけですけど。」
「落ちつけ。落ち着くんだ。なあ、冷静になろうじゃないですか。湯浅先輩。確かに、あなたは罪に問われる事になるでしょう。しかし…ちゃんと償いを果たしてくれば…我々はだなぁ…」
急に戸賀崎が猫撫で声で湯浅に話し始めた。懐柔しようとしている事は明確だ。
「戸賀崎さん…いや、戸賀崎。俺は決めたんだよ。正しい事をする事が、こんなにすっとするんだって事がようやくわかったよ。」
「キサマ…そんな事をしたら、どうなるか…」
「ああ。構わんよ。俺がどれだけ無能なのか、自分が良くわかってる。しかしな…俺はわかったんだ。身の丈って事がどういう意味かをな。仕事が出来なくたって、才覚が無くたっていい。少なくとも、俺は夢に向かって真っすぐ前だけを見てるアイツらの泣く顔を見たくないんだ。俺は、1億や2億のはした金でアイツらの夢を売りさばく…そんな情けない男にはなりたくない。それだけだ。」

「湯浅さん、ありがとうございます。どうぞ、その資料をこちらへ。黒崎さん、あなたが一番関心のある資料だと思いますよ。ここには、野山證券とAKS公開準備室…仲俣さん、あなただが…が、いかにして偽造を働いたか、全てが明確になる資料が全て揃っています。そして、それがどういう流れで東京セントラルに提供されたのかも。もちろん、我々東京セントラルは主幹事として、公開申請を行ったという事実がある。それに対する責任は、引受部門を掌る部門の長である私にあります。どうか、厳しいご処遇をお願いしたい。しかし…野山證券の大罪は決して看過できないものである。どうしました?黒崎さん。野山と聞いて怖じ気づきましたか?これが明るみに出ると、業界最大手、ガリバー野山にとって大スキャンダルだ。金融業界全体を揺るがす大きな問題になる。SECとしても仕事が増えますね。しかし…あなたにとって、これは大きなチャンスだ。金融庁でのし上がっていくには、格好の手柄にもなるんじゃないですか?」
「な…なによ、アンタ、ワタシに恩を売ろうとでも言うの?ふん。面白くないわね。でも、ちょっとだけイイ話ね。ふうん…なるほど…ね。」

「大和田さん。なぜ、あなたがこの件に関わっていたのか。それは後ほど徹底的にその理由を暴かせて頂く。しかし、今はもっと大事な事を先に明らかにしておく必要がある。戸賀崎さん、きっかけは指原さんに弱みを握られた事から始まったのかもしれない。しかし、あなたは起死回生のチャンスが回ってきた…そう考えたはずだ。何しろ、秋元先生から全てを奪い取る千載一遇の機会だったんですからね。」
「なにを…いい加減な…」
「黙って聞いていろ!」
半沢が一喝した。戸賀崎が思わず息をのむ。

「秋元氏の莫大な負債を吉本興業に肩替りさせる為には、大きなお土産を用意する必要がある。元々、吉本はNMBの運営自体に興味を失いつつあった。地元で多少は外仕事が取れるとはいえ、それは所詮関西ローカル。秋元氏が実権を握っている以上、なかなか思い通りの事が出来ない。ところが、同じ姉妹グループのSKEはどんどん力をつけていっている。メンバー個人個人の人気・知名度、グループ人気は全国区になってきた。それに対抗すべく、山本彩・渡辺美優紀というSKEに匹敵する知名度を持つ二人に頼らざるを得なくなったグループ事情。それでなくとも専用劇場は赤字を重ねていた。ブランド力が上がらない以上、吉本にとってNMBはもはやお荷物…そう判断せざるを得ない所まで来ていた。」
半沢が指を一本立てた。その指を戸賀崎の方へと向ける。
拳銃の引き金を絞り、狙いを定めるように片目を閉じた。

「では、AKBGそのものを手に入れては?グループ全体をコントロール出来れば…今をときめくトップアイドル集団だ。その全てを手に入れる事が出来れば400億円は決して安い投資ではないだろう…と。そして、秋元氏には、もうIPOしか負債返済の手段は無い…そう納得させ、全ての実権を放棄させる事を決断させた。しかし…さすがは、関西人。商魂逞しいとはこの事だ。秋元氏から50億回収し、プロデューサーとしての全ての権限を奪いとるだけでなく、ちゃんと他に資金を回収する方法を講じるとは。」

半沢はペットボトルのキャップを緩め、中の水を一気に飲み干した。
勢いよくそれを握りつぶし、机の上に投げるように置いた。

「公開後、IPOに関わる不祥事がリークされる直前、AKSは信用銘柄に選定された。いや、選定される時期を狙ってリークしたと言ってもいいかもしれないな。当然、不祥事が発表されれば株価は暴落する。しかも、これだけの大きな不祥事だ。株価は一気に額面近くまで下がってもおかしくない。倒産の危機すらあるんだからな。当時、株価は公募価格を割り込んではいたが、それでも7000円台。簡単な事だ。情報が公になる前に信用取引でカラ売りをすれば、大儲けは確実だ。しかし…戸賀崎さん。それはインサイダー取引と言って立派な犯罪だ。幾ら、仮名口座を使ったとしても、調べようはちゃんとあるんだよ。あなた達が便乗してひと儲けを企んだ事で、脚がつく事になってしまったようだな。」

「黒崎さん、私はこの事実を金融庁、および東京高等検察庁に告発するつもりです。吉本興業まで巻き込んだ、これは金融市場稀に見る大事件になるかもしれませんね。忙しくなりそうだ…まだ新婚だって言うのに、大変申し訳ありません。」

慌てふためく芝や金子に視線をやる事無く、戸賀崎はそっと天井を見上げた。
秋元康は腕を組み、目を閉じたままだ。

「ふう…終わり…か。」
「戸賀崎さん、吉本はSKEをそんなに目の敵にしていたんですか?」
「ああ。その通りだよ。当初のシナリオは万全だったんだ。どう考えても、東海と関西じゃ商圏の規模が違う、名古屋は元々芸能関係が弱い土地柄なんだ。知ってるか?どんなアーティストでも、ライブを総立ちにするのが一番難しいのは名古屋の会場なんだぞ?」
「ええ、知ってますよ。金融業界でも同じだ。名古屋支店長を無事務め上がるとその後は役員まで出世が約束される…難しい市場なんだ。名古屋という土地は。」

戸賀崎は観念したように柔らかい口調で話を続けた。
「それでだ、あとから出来たNMBがSKEを乗り越え、本丸への挑戦権を得る。そして、打倒AKBを旗印にファンと一体になって盛り上がる。人気も右肩上がり、売上もどんどん伸びて行く…そうさ、今のSKEがやっている事をそのままNMBが果たすはずだったんだよ。そして、諦めモードが生まれた。メンバーは頑張ってるさ。それこそ必死にな。しかし、肝心の吉本本体にその気が無くなってきてたんだ。知ってるか、半沢さん。なんでタイガースが関西で人気があるのかを。」
「ええ、私も大阪に勤務していた経験がありますからね。にっくきジャイアンツを倒す!それが、ファンの一体感を呼んでいるんですね。」
「その通り、巨人を倒す。球界の盟主を倒す事を目指すからこそ、ファンはタイガースに熱狂するんだ。その相手がドラゴンズだと…ファンは燃えないんだよ。しかし、ファンは知ってるんだ。運営もね。今のNMBではダメだと。なら…SKEに潰れてもらえばいい。単純過ぎだと思うかい?」
「いえ…戦略的には間違ってはいない。しかし、あなた方は最も大事な所を間違えている。」

「言っとくが、メンバーを嵌めようって戦略をしたのは、芝だからな。俺にはよう出来ん。幾ら俺でもあそこまで残酷な事はな。まあ、俺としてはSKEが潰れてくれればそれで良かったからな。」
「半沢ぁ…キサマよくも…だいたいなぁ、俺はアイツらが許せなかったんだよ。俺だって、一生懸命やってたんだ。外仕事だって次から次に決めて来た。待遇だって随分改善してやったじゃないか。それなのに、いつまでたっても湯浅さん湯浅さんって。SKEに支配人は俺なんだよ。それをいつまでも、本部の腰巾着みたいな目で見やがって…でもな、幾らアンタが今回の件を暴いたって、アイツらの借金は話が別だ。個人として借りてる金なんだからなあ。返せないなら、地獄に沈んでも返してもらうからなあ…ひひひひひ…」

芝の目が虚ろだ。常軌を逸した表情になっている。
「その件なら、心配に及ばない。」
半沢が目線を上げた。会議室に取りつけられたモニターカメラに向け、軽く手を振る。


48

「何を戯言を言ってるんだ。半沢、この場に及んで。自分の非を誰かに無理やり振ろうなんて、それはダメだよ。いけないいけない。銀行員として…いや、君はもう銀行員ではなかったな。ビジネスマンとして最低の行為だ。確か…君が私に言った事じゃなかったのかなぁ?ん?どうだね?半沢君。」
半沢の言葉にも大和田には余裕があった。
のらりくらりとした、しかし決して弱腰にはならない口調で言葉を選びながら話した。

「大和田取締役。あなたはAKSが何が何でもIPOを果たさなくてはならない事情を知っていた。そして、その情報を聞いたのは他ならぬ野山證券の引受部門の次長である山里氏からだ。野山證券はAKSの決算処理や内部管理体制等から、IPOは無理だと判断し手を引いた。しかし、何が何でも公開に持って行きたい秋元氏から依頼を受けた。恐らく、野山では経営稟議にすら引っかからない段階で手を引いたのでしょう。そこで、秋元氏と山里氏がそのお鉢を東京セントラル証券に回してきた…といった所ですね。東京セントラルも一応総合証券の看板を掲げている会社だ。その公開引受部門がチェック出来ないよう、帳簿・決算書・取引先…全てに手を回して。そして、情けない事に、我々はまんまとその罠にはまってしまった。」
「ええい。見苦しい。本当に見苦しいぞ。半沢。偽造をした?お前、話題をすり替えていないか?問題なのは、そういう企業を資本市場に送り出してしまったAKSそして、東京セントラルに非があるのであってだな…それに、バカバカしい。何の証拠があって、公開前の数字を私と野山證券が結託して改ざんをしたなど…」

大和田は戸賀崎の方を見た。
大丈夫か?そう確認するかのような目配せだ。
戸賀崎は小さく頷いた。大丈夫、何の問題もありません…

「半沢さん。開き直りは格好悪いですな。どうやら、ここにいる仲俣があなたに何やら吹きこんだようですが、その言葉には全く意味がない。私も憤っているんですよ。あなた方証券会社の手数料稼ぎと秋元先生の金策に振りまわされたかと思うとね。決算書当の偽造は、あなた方とウチの公開準備室が結託して行われたという証拠は…全てここに揃っているじゃないか。」
戸賀崎が目の前に積まれた分厚い資料の束を拳で叩く。
立ち上がっていた大和田もほっとした表情で椅子に腰を下ろした。

「戸賀崎さん、ここにある資料。完璧です。我々東京セントラル証券は、間違いなく御社の不正に加担…いや、むしろそのリードをしたのは当社という事だ。」
「おい、それが我々を陥れた者の態度か。頭を垂れ、手をついて謝罪すべきだろう?何なら土下座をしてもやり過ぎではない位だ。」
口泡を飛ばして詰るように言うのは芝だ。
金子も腕組をしたまま、笑みを浮かべている。

「ちょっといいですか?」
手を上げて指原莉乃が立ちあがった。
半沢に笑顔を見せる。

「なんだ?指原。」
「あの…ワタシも一応、HKT劇場支配人としてこの経営会議参加メンバーですよね?発言してもいいですよね?戸賀崎さん。」
「あ…ああ…構わないが。しかし、この件に関しては…」
「じゃあ、経営会議参加メンバーとしての権限で発言を求めたい方がいらっしゃいます。そもそも、本来はこの会議にいなきゃいけない人ですよ。皆さん、欠席裁判って良くないです。」

「誰だ?」
大和田が戸賀崎に口の動きだけで聞いた。
戸賀崎が肩をすくめる。

「じゃあ、いいですね。湯浅さん。入ってきてください。」
会場内走った緊張が緩んだ。戸賀崎も大和田も、芝も金子も安堵の表情を浮かべる。
大丈夫だ。あのオトコなら何もできやしない。

「す…すいません。ドアを…ドアを開けて頂けますか?両手がふさがっていて。」
会議室の外から湯浅の声が響いた。
仲俣が小走りにドアの所へ行き大きく入口を押し開く。
「すまないな。資料がこんなに嵩んでしまってな。」
「でしょうね。全部だとそれくらいにはなりますよね。でも、よくこんな短時間で。」
「ああ、こんな事もあろうかと思ってな。」

「お…おい、何をコソコソしてるんだ?」
戸賀崎が二人に罵声を浴びせるように声をかけた。
「コソコソなんてしませんよ。これから堂々とお話させて頂きますから。」
湯浅が大きな声で言った。
「湯浅さん…声、ひっくり返ってます。」
「ああ…すまんな。緊張しててな。」

47

「はぁぁぁぁぁぁ…」
「ん、どうしました?大きなため息ついて。」
「ため息じゃないよ。深呼吸。あかりん、緊張しないの?」
「亜香里、緊張してませんよ。全然。」
「嘘。じゃあ、なんでブルブル震えてるの?」
「だってこの部屋、冷房効きすぎてるんですもん。寒くって。」
「もう、強がり言わないの。」
「えへへへへ。バレてます?」
松井玲奈と須田亜香里は、東京セントラル証券の大会議室で開かれる事になった経営会議の様子を隣室に設置されたモニターで眺めていた。半沢の指示でここで待機する事になっていたのだ。
モニター越しにも会議室の緊張が伝わってきた。
AKSの幹部達、そして秋元康の他に銀行証券の明らかに偉い人達が難しい表情で座っている。

「では…始める事にしますか。」
AKSの社長である窪田が重い口調で言った。
この会議進行が彼の社長としての最後の仕事になるはずだ。

「失礼。いえ…時間には遅れてないわね。お邪魔させて頂くわ。」
窪田が次の言葉を発しようとするのを遮るように、黒崎が部屋に入ってきた。
一同が怪訝な顔を浮かべる。
「私が及びしたんです。」
半沢が着席したまま言った。
「そうね。今日の会議の内容で明日のプレスリリースの内容が決まると聞いてるわ。SECとしても、非常に関心のある内容の会議だわ。半沢部長がわざわざお招きいただいたんですから、遠慮なくお邪魔させて頂くわ。」
黒崎が一番奥の下手席にどっかと腰を下ろした。
大げさな仕草で脚を組む。
「半沢…何を企んでいる?」
メインバンクの役員という事で、今回も大和田の顔がある。
半沢の仕掛けを警戒しているのであろう。

「いえ。窪田社長、議事進行を。」
「ああ…わかってるよ。では…始めさせて頂きます。」
窪田は手元に用意された資料に目を落とし、淡々と事の経緯を説明していった。
官僚が用意した原稿を読み上げるだけの新米大臣でももうちょと上手く話せるだろう。
しかし、誰もそんな事には口を出さなかった。これは、もう結果の決まったゲーム、ただの消化試合なのだから…

「以上の事を重く真摯に受け止め、私は株式会社AKSの代表取締役を辞任し、関係当局の捜査に全面的に協力、全ての罪を認めようと思います。また、同じように現営業推進部長、当時公開準備室長だった、湯浅洋を…」

「ちょっとお待ち頂きたい。」
それまでじっと黙って聞いていた半沢が声を上げた。
その場を立ちあがる。
「窪田社長。あなたと湯浅部長、そして仲俣社員。事の責任を負うべき方が潔く罪を認める姿勢。その姿勢には拍手を送ります。しかし、それだけでいいのでしょうか?今、窪田社長がご説明された一連の経緯には、大きな齟齬が存在します。今回の件、全てを明らかにしなくては問題は解決しない。そう思っております。SECとしても、なぜ東京セントラル証券がこの不祥事に加担する事になったのか、その辺りには興味あるんじゃないんですか?」
半沢が黒崎に矛先を向けた。
黒崎はそれには答えず、ただ笑みを見せただけだ。
「半沢部長。今は、窪田社長の発言中だ。それに、我々東京中央フィナンシャルグループも今回の件に関しては、AKSさんとスタンスを同じくしている。きちんと責任を取り、受けるべきペナルティを受ける。半沢君、まさか君は今さら自分に責任などない…そう言い出すつもりじゃあないだろうね?」
大和田が半沢に言う。視線は黒崎に向いたままだ。

「いえ、責任は取らせて頂く。しかし、それはAKSの不祥事に加担した事ではない。」
「あら?半沢さん、何がおっしゃりたいの?聞き捨てならない発言ね。素直に罪を認める方がいいんじゃないかしら?」
「取るべき責任は、我々が見抜けなかった事についてだ。AKSと野山證券が作り上げた捏造のシナリオをね。そして、そのシナリオに関わった当グループの人間がいた事にね。大和田取締役。暗躍したのは…あなただ。」

あなただ。
半沢はそう言いながら大和田を指差した。
まだ声のトーンは低いままだが、はっきりとした口調で。
そして、力強く。

46

「つまり、こういう事ですか?はじめ、秋元康を嵌めたのはさっしーだった?そして、その裏にあったAKBを自分の思うがままに動かしたいという気持ちを吉本がうまく利用してる…?じゃあ、吉本の本当の狙いは何なんですか?もし、さっしーの思う通りAKBを自らの傘下に収めて今後やっていきたいというなら、SKEはある意味最重要ポイントでしょう?それを、あんな風にしたら、メンバーだけじゃない。SKE自体の存在すらできなくなってしまう。」
若林が言う。どうにも納得できない表情だ。
無理もない。半沢だって、今回の件の裏にあったどす黒い策略の全容が掴めかけて来た今でも、行き場の無い感情に襲われているのだから。

「それに、解決できていない問題が多すぎます。部長…このままじゃ、明後日の記者会見で小林社長と一緒に解任が発表されちゃいますよ。それに…」
「ああ、ウチが非を公式に認めるんだ。検察だって黙ってないだろうな。AKS側も逮捕者が出るだろう。ライブドアの時と同じだよ。ただ、一つ違うのは、AKSは最悪ここまでの事態を予想して、人身御供を用意してたって事だな。窪田と…あと湯浅、仲俣さん辺りが逮捕されて話は終わりって事になるんだろうな。」
「湯浅さんって…あの人、全然今回の件から外されてたじゃないですか。そもそも実務には全然関わっていなかったし、実際何も知らなかったでしょう?ただ単に公開準備室長って肩書だけで。仲俣さんは仕方ないにしても…」
「大方、湯浅は最初からスケープゴートにするつもりであのポジションを与えられていたんだろうな。だから、公開直前の経営会議で反旗を翻していながら、今も営業推進部とかいう訳のわからない部署で部長という役職に座っている。もっとも、部長一人で部下は一人もいない、何の仕事もない部署だけどな。」

「くっそう…どこまで用意周到なんだ。それに、部長。SKEのメンバーはどうするんですか?確かに、半ば詐欺のような契約だ。しかし、契約は契約です。本人と未成年は親のサインアップが為された書類は無効にする事は無理ですよ。これはもう、全員に自己破産させるしかないでしょう。それしか方法が見つからない。」
「若林。彼女達の中には、将来自らビジネスをしたい…そんな風に考えている者もいる。高柳さんのように、念願だったマイホームの資金にした者もいる。向井さんもそうだ。苦労かけてる親御さんに新車をプレゼントした。自己破産となると、それら彼女達の純粋な思いも全て泡になってしまうんだぞ。彼女達が浪費をして作った借金ならそれもやむを得ないだろう。しかし、そうではない。彼女達はただ、世の中には鬼畜よりも恐ろしい事をする、生身の人間がいるという事を疑いすらしなかっただけだ。そして、それが自らのもっとも信頼すべき大人達だったというだけなんだ。」

「しかし、どうするんですか?AKSへの返済期限までもう数週間。それが来たら、債権は自動的に吉本に移る。そうなったら、彼女達は…」
「わかってる。だから、今日来てもらってるんだ。」
「来てもらってる?誰にですか?」
「エース・イン・ザ・ホール…最後の切り札だ。いや…エースよりも強い…」
「エースよりも強い?」
「ああ。エンジェル・イン・ザ・ホールだ。彼女達と一緒に明日AKSに乗り込むぞ。あの時と、ほぼ同じメンバーが集まるんだ。」
「エンジェルって…一体誰なんです?」
「丁度来たようだ。」
会議室のドアがノックされた。

「こんにちは。失礼します…」

現れたのは、松井玲奈と須田亜香里だ。
シックなスーツに身を包みながらも、その場の空気が一瞬で明るくした。
これが、きっとトップアイドルが身に纏う空気なのだろう。

半沢が笑顔で二人を出迎えた。

45

「あかりんはね、借金なんてないんだ。今回の事に関してはね。でも、自ら借りたお金は返さなきゃ…って健気な子のお芝居をしてくれてるんじゃないかな。深刻な顔してね。あの子、あれで結構周囲に一目置かれてるからね。一本気があるって言うか融通が効かないっていうか。若い子は、そんな事あかりんに言われたら、どんな仕事でも頑張ってやらなきゃ…って思ってると思うな。」
「随分、須田さんの演技力に信頼を置いてるんだな?」
「まあ…ね。」
「君の演技力は大したものだ。そして、その野心も本物だろう。しかし…」
半沢が小さく笑い声を立てた。徐々にその笑いが大きくなってくる。
「何?何がおかしいの?」
「人を見抜く力量はまだまだ甘いようだ。それじゃ、人を動かすフィクサーには到底なれないな。まだ、アイドルとしての才能の方が恵まれているんじゃないかな。指原さん、シナリオを実際に動かすには人を見抜く力が必要なんだよ。確かに君には才能がある。しかし…才能は時をかけて磨かなくては光らないんだ。」

意味がわからない。指原は肩をすくめて表情でそう言った。
渡辺の方に目配せをする。

「見えてたかな?」
半沢が手元の机の上にホルダーに立てかけて置いていたiPadに視線を落とした。
怪訝な顔をした指原と渡辺にそのiPadの画面を向ける。
「は~い。Facetimeってスゴイんですね~。よ~く見えてましたよ。」
「あ…あかりん?なんで?」
指原が画面に向かって言った。
「あ~指原さん、ごめんなさい。玲奈さんに全部話しちゃいました。あと、そこにいる半沢さんにも。もうお芝居しなくていいんですよね?どうですか、亜香里のお芝居。楽しいですね、悪役のお芝居って。なんか、亜香里、地でやれてたような気がします。これって、腹黒って事なんですかね?うふふふふっ。」
「さ…指原さん…?」

先ほど半沢が見せていたような笑い声を今度は指原が立て始めた。
「あはははははっ。あーやられたわ~。半沢さんの言う通り、詰めが甘いんだな、ワタシって。」
「気がつくべきだったな。古畑さんが須田さんを引っ張りこめなかったのは、君の言うお土産が足りない訳ではなかったんだ。彼女は彼女の信じる道以外には進まないって事さ。指原さん、君は須田亜香里という人物を、自らの欲望に素直で貪欲だと値踏みした。そして、利さえあれば動く…そんな人物と評価したんだ。しかし、それは大きな間違いだった。須田亜香里は、誰よりもSKE愛が強い人物だったのさ。」
「そんなキャラじゃないと思ってたな。あかりん、そうだったんだ?」
「はい。奈和にも言いましたよ。亜香里、SKEが大好きって。それに…亜香里、今どこのチームにいるか知ってますか、指原さん?」
「KIIでしょ?」
「そうですよ。あの、あつっくるしいリーダーの下にもうかれこれ、1年半いるんですよ。そりゃ、みんなの事、大好きになっちゃいますよ。」
「ちゅり…か。そっか…あの子がいたんだったっけ。」

「指原さん、須田さんの説得に動いてもらって、SKEのメンバーは皆、事のからくりを理解している。君の狙ったように簡単に大人達の言う事を聞くという状態にはない。それに…なるべく取りたくない手段ではあるが、借金から逃れる手段は皆無ではない。俺が元々銀行員だって事を忘れないで欲しい。」
「全員自己破産でもさせる気?」
「いや…君達の言葉じゃないが…借りた金は返すのが筋だろう。」
「そんな方法あるの?」

「これは大人のケンカだ。指原さん、大人っていうのは、簡単にケンカなんかしちゃいけない。しかし、一度ケンカするって決めたら絶対に勝たなきゃいけないんだ。だから…絶対に勝つ。」
「でも…一つは、あなた達自身。ヤバいんでしょ?東京セントラル。ワタシが言う事じゃないけど、簡単には尻尾出さないって聞いてるけど。それから、あの子達の借金。簡単に返せる額じゃないでしょ?」
「わかってるさ。しかし、俺は絶対ケンカには負けたくないんだ。売られたケンカなら尚更な。やられたらやり返す。倍返しだ。それが俺の流儀なんだよ。」

「みるきー…ワタシ行くわ。リハしとかなきゃ。久しぶりの公演だしさ。半沢さん、ちゃんと見て行ってもらえますよね?」
「ああ。今日は君に全力でケチャを送ろう。」
「ぷっ…半沢さん、さっき言った事ホント?」
「さっきとは?」
「アイドルの才能があるって。」
「もちろん。俺は君が総選挙で1位になったのは決して色モノとしてなんかじゃないと信じている。メディアの中やステージでの君は、間違いなくトップアイドルの輝きを放っている。俺は、人を見る目には自信があるんだ。それが、銀行員にとっての全てと言ってもいいからな。」

「ありがと。ふう…行ってくるか…」
指原が少し寂しげな表情で部屋を出て行った。

半沢が見届けた、アイドル・指原莉乃の最後のステージ。
そこには、紛れもなくトップアイドルとしての指原莉乃の姿があった。

44

「こんにちは。半沢さん。直接お目にかかるのは、あの経営会議以来ですね。」
「突然すまない。押しかけるような形になってしまった事をお詫びする。しかし、こうして直接乗り込むような事でもしないと会ってもらえないかと思ってね。」
「何言ってるんですか?半沢さんのご指名とあらば、いつでも時間は明けますよ。」
「光栄だな。しかも、渡辺さん。あなたまで一緒とは。確かNMBが九州方面で活動する事は殆どないと理解しているのだが?」
「いややわ~ワタシだってたまにはオフ位ありますよ。ラーメン食べに来たついでに指原さんのトコ、遊びに寄っても何もおかしい事ないと違いますか?」
「いや。おかしいとは一言も言っていないが?」

半沢は無表情で二人の前の席に腰を下ろした。

「指原さん…君に聞きたい事があって博多まで来たんだ。」
「聞きたい事?それでわざわざ博多まで?良かったら、今日公演見て行きます?席用意しますけど。」
「それは嬉しいね。君は出演するのかな?」
「今日は出ますよ。久しぶりなんですよ。」

「それは有難い。ぜひ拝見するとしよう。しかし…その前に要件を済ませておきたいのだが。」
「はい。何ですか?」
「指原さん…君はアイドルなのか?」
「はい?何をいきなり…」
半沢の質問は、指原の想像と大きく方向性が違った。
恐らく、何かを掴んでるに違いない。そう睨んでいた。あの時…IPO直前の半沢という男の鋭さを知っている指原にとって突然のこの訪問は警戒心を深める必要が十分あった。
「アイドルって…そりゃあ、指原、決して可愛くないですし、歌も…」
「下手だし。ダンスもダメだし。だろ?でも、言ったじゃないか。私は決してAKB48を壊しませんって。」
「良く覚えてますね~。もう随分前の話ですよ。それに、ワタシ、AKBを壊してなんかいませんし。むしろ…」
「ああ、そうだな。むしろAKB48を守ろう…そうしてるよな。」
「ええ。当然ですよ。」

「なぜ、秋元康を嵌めようと思った?」
「うぇっ?何?何この…」
「指原さん、このオッサン、いきなり何言い出すんですか?秋元先生を嵌めようなんて…そんなん…」
「みるきー…いや…いいの。さすがだな~。いやいや…参った参った。」
「君の事は色々と調べさせてもらった。参ったのはこちらだよ。見事なカモフラージュだ。そして、凄まじい才能だ。この才能なら、十分この世界で天下を取れるだろう。いや、もうほぼ手中にしてるのかな?」
「どこまでバレてます?」
「どこまで?君の書いたシナリオがどこからかって意味かな?」
指原が落ち着いて半沢に微笑みかけた。
どことなく気高さがあって優雅な…世間が彼女に抱いているイメージと全く違う表情だ。

「週刊誌のスキャンダル…あれを出版社にリークしたのは、君自身だね。いや…もっと言うなら、その男友達と仲良くなる所から、もうシナリオが始まってたんじゃないかな?」
「やだな、半沢さん。そこまでは無いって。さすがにオトメの純真さを持ってたあの頃は、そんな腹黒い事考えてなかったって。ホントに好きだったんだけどなぁ。でも、正解。あのスキャンダルを仕掛けたのは、ワタシ。」
「指原さん…それ、ホントですか?」
「ホントだよ。みるきー。あのね、ワタシね。あのままじゃ、AKBの中の色モノキャラでしか無かったと思う。そりゃ今も色モノだけどさ。でも、ただの色モノじゃないよ。総選挙1位を取れる、ものすごい色モノ。ワタシ、あなた達と違ってキラキラ出来ないんだなぁ。誰がどう見たって、アイドルの王道じゃない。でもね、考えたんだ。ワタシ、アイドル好きじゃない?だから、このAKBG全部、ワタシのものに出来ないかなぁって。秋元先生ね…スゴイ才能を持ってる人なんだと思う。でもねぇ…すぐ飽きちゃうのよね。ワタシ、思ったの。これじゃ近いうちに、や~めたとか言ってグループ全部解散しちゃうって言い出すんじゃないかって。前科もあるしね。だから、絶対投げ出さないようにしなくちゃって。簡単だったなぁ。お金に困らせればいいんだもん。」

「そこで君は、秋元のギャンブル癖に目をつけた…」
「そうね。マカオに行った時かな。ちょっとレートの高いブラックジャックのテーブルで戸賀崎さんに一芝居打ってもらったんだ。先生、簡単に乗ってきた。無理だって。相手はプロだもん。ホントは商売しやすいように少しずつ相手に勝たせたり、一気に負けないようにするんだけど…先生、ちょっと酔ってたかも。カジノってコワイね。あっという間に4億だって。そんなお金、ワタシ一生見る事のない額だと思ってた。」

「戸賀崎も手のうちに入れてたのか?」
「戸賀崎さんだけじゃない。大人って、簡単に弱みを見せちゃうの。普段偉そうにしてる分、些細な秘密でも握られちゃうと弱いのよね。特に私はみんなに甘く見られてたから。結構簡単に情報は集まったなあ。」
「しかし…君の計画は…秋元を潰せばいいってものではないだろう?」
「そう。半沢さん、全部わかってるんじゃない?私にわざわざ確かめる必要なんてないんじゃ?」
半沢は首を振った。真顔をほんの少しだけ崩し笑みを指原に返す。
「秋元先生には、名前だけでも残ってもらう必要があった。だから、何でも言う聞いてもらえるようにしておく必要があったの。そしてね、半沢さん。幾らワタシが絵を描いたって、所詮は子娘が考えた妄想としか思ってもらえない。だからね…私には力が必要だったの。」
「それで、吉本の手を借りたという事か。吉本としても、今絶頂のAKBGを手に入れる事が出来れば、願ったりかなったりという訳か。しかし…いいのか、それで本当に?」

「どういう意味?ああ、あの子達の事?あそこまでしなくてもいいんじゃないかって?さすがに、ワタシも良心が痛むトコはある。でも…あれは、あちらさんの思惑。ワタシはただ、グループが自分の思い通りに動けばそれでいいんだ。でもね…半沢さん、なんかワタシ疲れてきちゃって。だから…」
「渡辺さんと須田さんを巻き込んだ…と。」
「え?マジで?あかりんの事までばれてるの?いやいやいやいや…半沢さん。あなた、なんで証券マンなんてやってるの?スゴイなぁ。ねえ、ワタシと一緒にグループ乗っ取るのやってかない?よっぽど楽しいと思うんだけど。」

「渡辺さん、NMBはどうなのかな?みんな一枚岩になっていけるのかな?」
「ワタシはなんにも?指原さん…なんか話が大きくなり過ぎてて…ワタシにはよく意味が…」
「みるきー、ここでとぼけても無駄。この人には通用しないわ。」
「…みたいですなぁ。半沢さん。ワタシは今のままじゃつまんないんですわ。てっぺんなんていつまでたっても取れやせん。着々と準備は進めてますよ。まずはさや姉と玲奈さんを接近させて…さや姉、真面目やから。こんな策略知ったら…しかも、それが自分のトコの策略と知ったら。」
「なるほどな。で、SKEは須田さんに働いてもらおうと。」
「そう、あの子には期待してたんだよね。奈和は上手く丸めこめなかったんだけど。あの子はちょっと甘かったかな。あかりんを落とすには、あの子の野心を上手く使わないと。ちゃ~んと、目に見えるお土産をチラつかせてあげれば、ああいう子は簡単に落ちるの。」

指原はそこまで言うと、ふうっと大きな息をついた。
ペットボトルの水を一気に喉に流し込む。

43

「半沢!辿りついたぞ!本当の黒幕に。」
携帯の向こうで渡真利が叫んでいる。半沢はその電話をタクシーの中で聞いていた。
「そうか。ようやく裏付けが取れたか。それで?」
「ああ、全くお前はスゴイな。優秀なオトコだよ。秋元はが今回のIPOで得た金額は約50億円。ほぼ全額が個人及び法人の負債返済に充てられたと考えられる。しかし…」
「秋元の負債総額はそんなものじゃない。だろ?」
「ああ、その通りだよ。何だよ、そこまでわかってるのなら、俺が四苦八苦してだなぁ…」
「いや、渡真利。俺のはただの予想だよ。その裏付けが出来るのは、お前しかいない。お前こそ、俺達同期の誇りたる優秀な男だよ。」

半沢が言った。もちろん、本気でそう思っている。

「秋元の負債総額は400億だ。50億じゃ原本なんてマトモに減ってさえいない。アイツ、海外カジノでのギャンブルだけじゃない。それを取り返そうとした不動産投資、商品先物、FX投資…悉く負けてる。あのオトコ、ビジネスと詞を書く才覚だけにしか恵まれてないんだ。勝負運が全然無いんだよ。」
「わかった。渡真利、早く肝心の話を聞かせろよ。」
「ああ、すまんすまん。秋元の負債、相当ヤバい方面まで広がってたらしい。取引先に無理言って切った手形がかなりヤバい所に回ったみたいだな。暴力団らしい所も多かったらしい。それを察知して、全額を肩代わりしたのが…」
「ああ、ソイツが今回の黒幕だ。どこだ?」
「吉本興業だ。」
「吉本?吉本はAKSの大株主じゃないか。無理やりIPOした事で被害を被ってるはずの吉本がなぜ?公開させて50億の金を回収したって、保有株の含み損を考えれば全然意味がないじゃないか。」
「そこがわからんのだ。一体、何が狙いで?まさか、メンバーに酷い仕事をさせる為だけとは思えないんだが…」

「あ、お釣りは結構です。」
「お釣りだ?半沢?」
「いったん電話切るぞ。ひょっとしたら、爆弾の信管はココにあるのかもしれないからな。」
「ここって、おい半沢。お前、今どこに居るんだ?」
「博多だ。」

半沢が目の前にそびえるヤフードームを見上げた。

42

「戸賀崎さん。もう一度言います。あなたは人間ではない。鬼畜という言葉すらあなたには優しすぎる。」
「おい、それは言いすぎじゃないか?俺は、極めて優しい人間だと思ってるんだが。なあ、智也。」
「ええ。本当に。メンバーの事を誰よりも考えて、そしていつも優しく手を差し伸べてますよね。」
半沢が向かいに座った戸賀崎と芝、そして金子に向かって声を荒らげていた。
そんな半沢の気勢を上手く受け流すかのように、三人は笑顔を浮かべていた。
卑屈で浅ましい…人間が持てる悪意というものを全て背負ったような笑顔だ。

「ここにいる松井玲奈さんが言っていた通りだ。あなた方は、言葉巧みにメンバーに背負わせた借金をカタに、彼女たちを好き勝手扱おうとしている。これは、救済でも何でもない。前時代ですら行う事が躊躇われる、卑劣な人身売買だ。」
「おい、幾らなんでも聞き捨てならないぞ。少なくない借金を肩代わりするんだ。それなりの仕事に励んでもらうしかないだろう。悠長に綺麗な服来てお遊戯してるだけじゃ、いつまでたっても金なんて稼げる訳ないだろ?てっとり早く金になる仕事を斡旋してやるのが、親心ってものだって事をわかってもらわないと。」
「親心?どこが親心なんですか?あんな…あんな酷い仕事…」
玲奈の声がヒステリックに響く。途中から言葉にならなくなってくる。
無理もない。相当の取り乱しようだ。

「玲奈。お前、本当に失礼なヤツだな。今の言葉は世のAV女優と呼ばれる職業についてる女性に対しての冒涜じゃないか?身体一本で大金を稼ぐ。立派な仕事じゃないか。」
芝が手の指を机の上で組み合わせ、ニヤニヤした顔つきで言う。
その表情は蛇そのものだ。
「少しでも、抵抗のないような作品にしてやるんだからいいじゃないか。それに、舞あたりは役得なんて思ってるんじゃないか?意外と需要があるんだよ。百合の世界ってのは。ゆりあも舞相手なら安心だろう。」
「…変態…許さない…」
玲奈が小声で言ったのを戸賀崎は聞き逃さなかった。
「玲奈、変態なのは智也だけだよ。俺は、成人メンバーにはきちんと重要かつ、本人達に大いにメリットのある仕事を用意してるからな。」
「重要だなんて…戸賀崎さん、あなたも同じです。同じ穴のムジナです。あり得ません…」
「あり得ない?玲奈、お前もすぐ言うようになるさ。お願いです。私にもその仕事を回してくださいってな。なんたって、お相手するのはこの国の政財界の有力どころばかりだ。古川なんかは人気出るだろうな。アイツの鞭に打たれるなんて、どMが多い政治家のセンセイ達なんかに絶大な人気が出そうだな。なあ、彼らの寵愛を受ければ、玲奈、お前だってこの芸能界を肩で風切って歩けるんだぞ?」

「いい加減にしろ!」
半沢が立ちあがって声を上げた。
「お前達の好きにはさせない。断じてだ。お前達の本当の狙いは必ず、俺が突きとめてみせる。いいか?必ずだ。この一件、ただの秋元の資金稼ぎなんかじゃない事はわかってるんだ。裏にもっとどす黒い思惑がある事なんか想像がついている。俺は、絶対にそれを暴いてみせる。そして、必ず彼女たちを元の明るい光が差す世界へ連れ戻してみせる。」
「ほう…勇ましいな。しかしな、幾らお前が気を吐いたところで、契約というものは残酷でな。借金の返済期限はもう来週にやってくる。その時点で全額耳を揃えて返してもらわなければ、彼女達の身柄は金子さんの所に移る事になる。そうしたら…待ったなしだ。ちゃんと借金分の仕事をしてもらうだけの事だからな。」
戸賀崎の言葉には余裕があった。

「半沢さん…」
「玲奈さん、大丈夫だ。安心していなさい。戸賀崎さん…芝さん…そして金子さん。必ずあなた方の悪事を食い止めてみせる。必ずだ。」
半沢が全身の力を込めて言葉を放つ。

「やられたらやり返す。倍返しだ!それが、私の流儀だ。覚えておいて頂こう。」


41

「そうか…よく話してくれたな。仲俣さん。島田さんも、大場さんも。ありがとう、よく説得してくれた。この通りだ。」
半沢は椅子から立ち上がって、深く頭を下げた。
隣に座っていた若林もそれに倣う。
「いえ…今さらかもしれませんが…本当に申し訳ない事を…何と皆さんに謝ればいいのか…」
仲俣は手の中のハンカチを強い力で握りしめていた。
その手が小刻みに震えている。

「しかし…部長。この事が公になったら…仲俣さんは…」
「構いません。私はしてはならない事をしたんです。罪は…罪は償わなくてはならないんです。」
仲俣の話は、ある意味半沢の思い描いていたそのものだった。

AKB48を卒業しなさい。

秋元康からそう言われても、仲俣にはそんなに驚きの感情が湧いてこなかった。
むしろ、ほっとしたと言っても良かったかもしれない。
メディア仕事どころか、新たに編成されたチームの中で劇場公演の出番すら巡って来ない。誰のアンダーでも出れるよう必死にポジションを覚える気力もわいてこなかった。何となく日々を過ごしていた自分が卒業勧告を受けるのは当然だと。

真面目に学校に通って普通に就職するのも悪くないかな?そうだ…アナウンサーなんてどうだろう?お天気キャスターの真似ごとだってしてたし、元AKBってブランド力もある。だったら…
数日置かずして返事を持って行った私に、話を持ちかけてきたのは戸賀崎さんだった。お前がその気なら、このAKBグループの浮沈を担うような仕事をしてもらう事も可能だ。アイドルとして芽が出なかったのなら、どうだ?そのアイドル達を動かす仕事でリベンジを果たしてみないか?

戸賀崎さんの言葉は、まるで魔法のように私の心を捕えて離さなかった。
私は、大学に通う傍ら会社が用意してくれた個人指導で徹底的に経済学の知識を叩きこまれた。
寝る時間以外、全てを勉強の時間に充てる事は全く苦にならなかった。まるで乾いたスポンジに水がしみ込んでいくように私の中にナレッジが吸収されいく事がたまらない快感だった。
そして、いつしか戸賀崎さんはその知識とともに、私にある感情を植え付けてもくれていた。

「野心」だ。

秋元先生がお金に困っている事はわかった。
なんでそうなったのかは良く分からない。でも…それを救える事が出来る。
その時の私には、その力が身についていた…そう信じていた。
そして、それを実行すれば、私の立場は秋元先生の中で間違いなく大きく、そして重要なものになる。

迷わなかった。
そして、言われるがままに決算書や色んなデータを塗り替えていった。
一つ嘘をつくと、その嘘を守る為にまた新しい嘘を重ねなくてはならなくなる。
ドミノ倒しのような、嘘の連鎖の辻褄をいかに合わせるか。
それを大人達は「理論武装」と呼んだ。
私は、大人達の思惑の中に組み込まれていった。

「君を指導していたのは、野山證券のチームだったんだな?」
「はい…」
仲俣が小さな声で頷いた。
「野山證券は秋元先生の負債を消すには、もうAKSの公開しかない…そう言っていました。私もそう思いました。でも…確かにAKSは今のエンターテイメント界を席巻しています。誰もが、その売り上げや利益が公開企業に相応しいものであるに違いない。そう思うはずです。ところが…」
「その実態は、脆弱そのものだった…」
「はい。そして、私達はそれを徹底的に隠そうと手を講じました。いえ…手を悪事に染め抜いたんです。そして、幾重にも偽りの装飾を施したものを…」
「東京セントラル証券に濡れ衣を着せる事にした。こっち側にも共謀者がいたんだ。それ位は他愛もない事だったんだろうな。」
半沢は身を乗り出しながらも優しい口調で仲俣に言った。
笑顔も浮かべている。

「どうして…打ち明けようと思ってくれたのかな?黙っていれば、君達の勝ちは揺るがなかっただろう。事実…ゲームはもう終盤。9回裏2アウトランナー無し。2ストライクの局面だ。点差は…そうだな。7点差ってとこかな。」
「はるぅと…みなるんに怒られました。」
「君達が?」
島田と大場が笑顔で半沢を見た。
「島田。その顔つきはまだ早いって。そんなドヤ顔はちゃんと勝ってから見せるもんだよ。」
「ええ?私、ドヤ顔なんかしてないって。ねえ、半沢さん。」
「いや…それが君のいいところじゃないか。変わってなくて嬉しいよ。」

「はるぅだけじゃない…はるぅは私の先輩なんです。でも、ずっとずっと一緒に頑張ってきた仲間。大切な友達。みなるんもそう。でも、そんな風に思ってたのは自分だけなんじゃないかって。一人だけ先に卒業しても、誰も私の事なんて構ってられないんだろうなって。私は、そんな事すら見えなくなっていたんです。」
「馬鹿野郎!ってね。ね?いつも大声で怒鳴ってたのは私だけど、いざって時は大場が一喝した方が効きめあるんだよね。」
「まあ、一応キャプテンやってたからね。」
「真っ先に居なくなってたくせに。」
「その話は関係ないでしょ?今は。」

このやり取りなんだ。
私が大好きだったチーム4。離れてても、あの時頑張った事は必ず活きる。
いや、活かさなきゃいけなかったんだ。
リクアワのステージで沸き起こったチーム4コールは、恵まれなかった過去への同情なんかじゃない。
未来へのエールだったんだ。

はるぅを見たらわかる。はるぅだけじゃない。
卒業したメンバーはみんな歯を食いしばって頑張っている。
誰もが元AKBって事に誇りを持って。

私がやるべき事は、大人たちのこんなつまらない思惑に手を貸す事なんかじゃないはずだ。

「部長。仲俣さんに証言して頂きましょう。物証はありませんが、話の辻褄は確かだ。徹底的に戦えば、SECも野山の不正行為を不問には出来なくなるはずです。そうしたら、ウチの責任も…」
「若林。ウチの責任は消えないさ。主幹事として公開引受を申請・実行したのはほかならぬウチなんだからな。しかし…絶対にこのままじゃ済まさない。仲俣さんの勇気は絶対に無駄にはしない。」

狭い部屋に仲俣のすすり泣きが響き始めた。
この子は確かに罪を犯した。
彼女が言うように罪は償わなくてはならない。
しかし、もっと大罪を犯した者がいる。
そいつらこそ、罰せられるべきなのだ。



40

東京中央銀行の本店地下には、殆ど使われる事の無い部屋が幾つもある。
半沢と渡真利は採光窓からかすかに漏れてくる光だけが微かに明るさを運ぶ部屋の片隅に立っていた。
かつてこの部屋で、いつ果てる事もない嫌がらせに精神を病んでしまった近藤が、そこに入ってきた。

「どうなった?やはり…か?」
近藤が渡真利に向かい静かに頷いた。沈痛な表情のままだ。
「東京中央フィナンシャルグループは今回のAKSの件に関し、ほぼ全面的に非を認める公式のアナウンスを発表する事になった。粉飾決算を教唆したのではないか?という声に対しては一応否定。公開審査に関し、粉飾を認めつつAKSの圧力に逆らえなかった。主幹事を取る事に執着した東京セントラル証券の取った対応は、誠に遺憾であります…ってスタンスさ。さっき、広報部の会議で最終結論とされたよ。」
「それじゃあ、金融庁には?」
「ああ、それだな…しかるべきポジションの者の首を差し出す事で、引受業務の登録だけは取り消さないでくれって形で落とし所とするみたいだな。」
「しかるべきポジションの者って…」

「小林社長と…俺か。」
半沢が草臥れた椅子に腰をおろしながら言った。
「そういう事だ。]
近藤の声は重々しかった。眉間に深く皺が寄っている。
「AKSは?どうなるんだ?証取法でやられる事は目に見えてるだろう?」
「ああ。どうやら、向こうも同じようにして凌ごうとしてるようだな。窪田社長と湯浅室長を解任、告発する方向で進んでいるようだ。」
「ちょっと待てよ。秋元は?秋元康はどうなんだ?明らかに今回の黒幕はアイツだろう?」
渡真利が納得いかないように言葉を挟んだ。
「トカゲのしっぽ切りってのは、そういう事だよ。渡真利。秋元はあくまでも大株主でグループのプロデューサーだ。AKSの経営自体には関与していない…そういうシナリオだろう。」

「しかしなぁ…悉くやられちまったんだな…まさか、議事録まで改ざんされてるとは。半沢…今度こそマズイな。こういう状態の事、なんで言うか知ってるか?」
「ああ。絶対絶命…って言うんだろ?」
渡真利が人差し指を空に向けて口を窄めた仕草をする。

その時、半沢の携帯が鳴った。
「半沢です。ええ。今、銀行の本店に来ていますが。来客ですか?いえ、その方の事は存じていますが…約束はしていないですね。どうしても私に会いたい?申し訳ないですが、今日は取り込んでいると言ってお断りしていただけますか?はい。宜しくお願いします。」
渡真利と近藤が半沢の様子に首を傾げる。
「企業部の受付からだ。飛び込みで来客があったみたいだ。」
「飛び込みで?誰だ?」
「ああ、島田晴香といってな…」
「なんだ、お前が好きだった子じゃないか。お前、そんなヨロシクやってる場合じゃ…」
渡真利が苦笑いを浮かべながら言いかけた言葉を遮るように、再び半沢の携帯が鳴った。
「はい。ええ…どうしても…と?はい…何ですって?分かりました。すぐ戻ります。ええ、15分…いえ、10分で戻ります。応接にお通ししておいてください。」

「すまない。すぐに戻らなくてはならなくなった。」
「おいおい、戻るって?どうしたんだ、急に。」
「島田晴香が連れて来てるというんだ。大場美奈も一緒らしい。」
「連れて来てる?大場?おい、半沢、どうしたんだ?」
「仲俣汐里だ。仲俣を連れてきているんだ。」

「仲俣って?AKSの…湯浅の下にいるあの子の事か?」
そう言う近藤に背中越しに手を振り、半沢が薄暗い部屋を慌ただしく出て行った。

39

何度も何度も迷った。ひょっとしたら、ワタシがしてる事はただのお節介なんと違うか?
いや、ひょっとしたら大人達の大きくて深い…ひょっとしたら少し…違うな…ものすごく思惑をかき乱そうとする事になるんかいな…
ええぃ、ちゃうわ。こんな時、たかみなさんなら後先考えんと、一番にメンバーの事を考えて動いたはずやろ?

「さや姉、なんか怖いよ。独り言ならもう少し小さな声で言わないと。」
「あ、玲奈さん。え?ワタシ…口に出てましたの?いや~良くみんなに言われるんですわ。彩は頭の中で考えた事がそんまんま声に出るって。考え事してるといっつも…」
青山一丁目の奥まった住宅街にひっそりと店を構えるイタリアンレストラン。普段は大阪と名古屋で離れて過ごす二人が東京に出て来た時に食事をするのは、いつも決まってココだった。
最初に誘ったのは、山本彩の方だった。突然の誘いに戸惑いながらも、色々と調べて店を決めたのは玲奈。それ以来二人は頻繁に会って色んな話をする仲になっていた。
熱いリーダーシップを前面に出し、メンバーを引っ張っていく山本と、ぱっと見はそう見えなくても、誰より熱い思いでメンバーをリードする玲奈。AKSのIPOを機にやや距離を置き始めていたSKEとNMBであったが、二人の信頼関係は強くなる一方であった。

「金子さんがなぁ…ワタシからしたら、そんな悪いヒトと違う…そう思うけ…いや、ちゃうな。思いたいだけなのかもしれませんわ。玲奈さん、あんまり簡単に大人を信用せんほうがええような気がします。」
「だよねぇ…。でもさ、メンバーみんな、他に頼る手段がないのよね。じゃないと、あんな大金、どうやって今すぐ返せるかなんて。」
「あの、良く分からんのですけど、要はSKEのメンバーが吉本と契約するって事になるんですか?」
「正式にはさや姉達が所属してるトコとは別のトコみたいなんだけどね。ソコと契約したら、AKSへの借金はそこが返してくれる事になるみたい。」
「契約内容は?ちゃんと契約書詳しく読んだほうがいいですよ。また、変な内容があったら…」
「だよね。その辺りはちゃんとみんなに言い聞かせた。」

二人は声をひそめて話を続けた。平日の午後、ランチタイムを過ぎ店内に他の客の姿は疎らだった。
それでも、どこで誰が聞いているかわからない。
二人を知ってる者がその場を見たら、松井玲奈と山本彩は只ならぬ関係に違いない…そう誤解を生んでしまいそうな程、二人の距離は近づいていた。

「玲奈さん…今回の件、ちゃんとした専門家に絡んでもらった方がええんと違いますか?」
「専門家?弁護士とか?」
「でもなぁ…また、どこでどう秋元先生筋と絡んでくるか、わからんですしねぇ…」
「さや姉…やっぱり、今度の事、先生が…」
「しっ」
玲奈の言葉を山本が途中で遮った。
黙ったままゆっくり頷く。
「専門家…かあ。あ、あの人はどうなんだろう?」
「あの人って?」
「ああ、証券会社の人。東京セントラル証券の部長さんと課長さん。前にこうなる前に色々な事教えてくれたの。」
「証券会社?ダメですよ。そんなん。今回諸々を仕組んだ張本人と違いますか?」
「うん…そうなんだけど…そうなんだけどね。何となくあの人ならって思っただけ。」
「玲奈さん…玲奈さんのイイとこは、人を心から信用出来る事だと思います。ほんまそういうトコ、尊敬します。でも…時々人が良すぎると思う事もあります。でも…」
「でも?」
「羨ましいです。そんな純粋な人、ワタシの憧れなんです。玲奈さんは。」
「なんか、今日のさや姉変だなぁ。でも、とにかく一回会ってみようと思う。何かヒントが見つかるかもしれないし。大丈夫、もう簡単に大人なんて信用しないから。」
「わかりました。玲奈さんがどう言うなら、ワタシもそうした方がいいと思います。」
「ありがと。さや姉、大好きだよ。」

大好き…山本は玲奈にそう言われて頬を赤くした。
この人はわかってるんだろうか?面と向かって、大好きなんて言われたら、誰でもこの人の事を好きになってしまう。そんな魅力を持ってるからこそ、松井玲奈という女性はトップアイドルであり続けるのだと。


「指原さん、大丈夫なんか?玲奈さんが言うとった証券会社の人って、あのオトコやろ?」
「そう。半沢ってオトコ。あの人は確かに厄介だけど、でも大丈夫。もう、ニッチもサッチもいかなくなってるはずだから。それよりも、こっちだよ。外堀は埋まったんだから、きっちり後は内堀も埋めとかないと。」
「ホンマ、コワイですわ。指原さん、アイドルなんかやってないで、その道進んだ方が絶対大成しますわ。」
「何言ってるの?私はもう自分の事、アイドルなんて思ってないよ。そっちは、アンタ達に任せるわ。」
指原が吹きぬけになっている店の2階テラスから、下を見下ろして言った。
先ほどまで山本と玲奈が座っていた席が見える。

「お連れ様がお見えになりました。」
「ありがとうございます。こちらに案内して頂けますか?」
指原が一万札を折り畳んでウェイターに差し出した。
「こ…こんなには頂けません。ご…ご安心ください。指原様がお見えになっている事なんて、決して松井様や山本様には申し上げませんから。」
「まあまあ。お堅い事は言わずに…」
「あの…それなら、一つ我儘なお願いをしても宜しいでしょうか?」
「何ですか?」
「宜しければ、サインなど頂けたましたら…あと、握手も…」
「そんな事でいいんですか?いいですよ。はい…」
指原が笑顔で両手を差し出した。
「いえ…あの、渡辺様…と。そして、今お見えになった須田様と…」
「なんだぁ。アナタ、みるきーとあかりん推し?」
「は…恥ずかしながら、毎回握手会には行っておりまして…」
「さすがだねぇ。釣り師ってホント、スゴイんだ?」
「はい、ありがとー。そんな風に美優紀の事思ってもらえてるなんて、ウチ幸せや~」

「ひゃ~参ったわ。ほら、もう一人来ちゃったし…」
須田亜香里が、階段を笑顔で上がってきた。

38

約1ヶ月に及ぶSECの特別監査で、半沢はこれまで味わった事の無い苦渋を舐めさせられ続けた。
次から次に表面化する新事実。それだけでも大きなダメージなのだが、半沢にとって更に強烈な敗北感を感じさせるのは、その事実を的確に裏付ける証拠が全く漏れなく出てくる事だ。
「あらまあ。天下っってしまったら、半沢さんともあろう方でも、こんな簡単な改ざんすら気づかない程緩んでしまうのかしら?人間、落ちたくないものねぇ。」
黒崎の言葉に何一つ反論を挟む余地がない。
ただ、口を真一文字に結び、目を堅く閉じるしか出来なかった。

その時、半沢の携帯がバイブモードで鳴った。渡真利からの着信だ。
「失礼。」
半沢は机を挟んだ黒崎に軽く頭を下げて、監査室となっていた本社中会議室から外に出た。
「渡真利か。何かわかったのか?」
「ああ、半沢。お前の読んだ通りだ。ウチが主幹事に指名される1年以上前だ。野山證券が一旦出した公開仮申請を取り下げた事がわかったよ。東証の履歴には残ってないが、間違いない。野山は一旦AKSの神輿を降ろしている。しかし、当時担当だった野山の…」
「山里か?」
「なんだよ、半沢。そこまで掴んでるのか?」
「ああ。だが、俺が知りたいのは、なぜ一旦手を引いた野山が、なぜ秋元康と繋がり続けていたのかという事だ。主幹事が取れないのなら、腰巾着になってまで2番手3番手のシェアを取りに行く事はしないだろう?」

半沢の電話越しの声が大きくなる。
渡真利が慌てて周りを見渡した。誰かに聞かれているような気がしてきたのだ。
「それがな…意外なヤツが野山の山里と接触してるんだ。」
「意外なヤツ…ではないだろう?」
「ああ。お前の想像通りさ。」

半沢は渡真利に礼を言って電話を切った。
忌々しそうに空を見上げる。

AKSの拙速な株式公開は、間違いなく秋元康の負債を解消するためだった。彼の負債額は、決して少なくない彼の収入をもってしても簡単に返せるものではないものに膨れ上がっていた。銀行やノンバンクからだけでなく、少々危ない先まで債権者が増えていた。その状況を解消できる唯一の方法は、自らが大株主になっているAKSの公開しか無かった。
実際には -今になってわかった事ではあるがー とても公開など出来ない状況であったAKSの財務状況や内部統制体制は、何者かにより巧みに書き換えられていた。そして、そのからくりを見いだせないように仕掛けられた様々なトラップに悉くハマってしまったのが、東京セントラル証券、そして半沢だった。

証券取引法違反の疑い、そして粉飾決算の嫌疑がかかったAKSの株価は文字通り「暴落」した。
そして、東京セントラル証券は、主幹事としてその方棒を担いだとの事で「引受業務」の登録取り消しすら示唆されていた。ブローキング(仲介)・ディーリング(自己売買)セリング(売出)・そしてアンダーライティング(引受)業務は、東京セントラル証券が総合証券として成り立つ所以だ。それを失う事は会社として存続の危機すら感じる事になる大きな不祥事だ。そうなると、半沢の立場は地に落ちる。もはや銀行への復帰どころか、会社員として存在する事すら危ぶまれる事になるほどだ。

「半沢君…じゃないか。どうした?やはり、大変な事になってしまったようだねぇ。残念だ。だから、私は言ったんだよ。手柄を焦ってはいけない…とね。」
会議室に戻ろうとした半沢の背中に声がかかった。
誰の声か、振り返って確認する必要などなかった。
渡真利が言っていた、意外なヤツ。まさに、その男の声だったのだから。

「大和田さん。アナタが野山證券の山里次長と接触していた事はわかている。そして、そこで何かが企てられた事も。私が手柄を焦った?白々しい事を言うのはやめていただけないでしょうか?」
「白々しい?何を言ってるのかな?」
「あなたは、AKSの経営会議の中でIPOを全面的に支持したはずだ。小林社長はあなたの力に屈し、主幹事として公開を引き受ける事を了承した。」
「半沢君。そんな事実はない。」
「得意の説法ですか?部下の手柄は上司の手柄。上司の失敗は部下の責任…と。」
「半沢、見苦しいぞ。議事録をしっかり読み返してみるんだな。私は公開そのものを検討してはどうだ?と提案した。メインバンクとして当然のサジェスションだよ。しかし、君と担当の若林君が太鼓判を押したんじゃないかね。…半沢…捏造は良くない。実に良くない事なんだよ。」

議事録か…
そこまで手を回してるのか。
半沢は廊下に背中を預け、その場に立ちつくした。

37

松井玲奈にはその場の状況をどうにかうする手段が全く思いつかなかった。
なぜこんな事に?胸に込み上げてくる不条理さ。
今まで何度も何度も似たような感情を持った事はあった。
それでも、何とか前を向こう。その思いで頑張ってきた。
だが、今回は明らかに違う。自分が頑張ればどうにかなる…そんな感覚が全くない。
いったい、どうすればいいんだろう…

「智也さん。あの…どうしたらいいんですか?」
「玲奈。お前は大人なんだからわかるだろ?いや、子供でもわかる事だな。借りたものは返さなきゃいけない。それが社会のルールってもんじゃないか?」

「でも、急に一気に返せって言われても。あの…少しずつ…例えばお給料の中から返すっていうのはどうでしょうか?」
玲奈の声も段々小さくなってくる。

「少しずつって?幾ら返せるって言うんだ?ゆりあ。どうなんだ?」
突然芝に話を振られた木崎ゆりあは、一瞬身体をびくんとさせて大きな目を見開いた。
「幾らって…あの…例えば3万円とか5万円とか…」
「3万?5万?おいおい、今どきはその辺の高校生でも月にそれくらいの小遣いもらってるヤツもいるだろ?仮にもトップアイドルのお前達ならなぁ…」
「だって…だって…そんなにいっぱいお給料なんてもらってないじゃないですか!智也さんが一番良くわかってるでしょう?」
木崎が取り乱したように芝に食ってかかる。芝は嫌味たっぷりの笑顔を浮かべ木崎の横に腰をかがめた。
右手で木崎の髪の毛を掴み、顔を上に向かせる。
「おい、ゆりあ。そんな事ぁわかってるんだよ。なあ、今はそんな悠長な事を言ってる場合じゃないんだ。あのな…月に5万?一体そんなチビチビ返してて、借金返すのに何年かかるかわかってるのか?お前、馬鹿だから計算出来てないんじゃないのか?お前は1800万だったよな?」
「そんな事…月に5万円だから、えっと年に60万円…10年で600万…30年で…」
「ほぉ、計算早ぇじゃないか。そっか、そうだよな。おバカキャラはただの計算ってヤツだもんな。30年か。その時お前何歳だ?…そうだよな。そんだけ大層な額を借金しちゃったんだよ。」
「返します…何年かかっても。」
「なあ、ゆりあ。話はそう簡単にいかないんだよ。いいか?借金には金利ってモンがあるんだよ。月に5万?そんな金額じゃ月々の金利にすらならない。払っても払っても、借金は減るどころかどんどん増えていくんだよ。」

芝は掴んでいた木崎の髪をそっと離した。
そのまま右手で髪を撫でるように頭を触り続けた。

「ゆりあ。でもな、俺もツライんだよ。可愛いお前達にこんなツライ思いをさせてしまってな。キツイ事を言ってるけど、俺にも立場ってモンがあってな。わかってくれよ。」
「智也さん。やめて。いやらしい!」
横に座っていた竹内舞が、身体ごとぶつかるようにして芝の手を払いのけた。
「ゆりあにそれ以上触らないで。おいで、ゆりあ。」
木崎を抱き寄せながら芝を睨みつける。その目はやはり涙で潤んでいる。

「ははははは。いやらしい…か?あいにく、俺はそんな趣味はなくてな。お前達に群がってるロリコンどもとはな。なあ、竹内、お前はどうするんだ?どうやって金を返す?お前は1200万か。お前なら月に3万でもキツイんじゃないのか?」
「…」
「そうだろ?まあ、そうだよな。それに、俺に逆らったりしたら、その月3万を返す為の仕事だって無くなっちゃうもんなぁ。」
芝は再び立ちあがった。
「実は俺も何とかしてやりたいんだよ。でもな、今言ったみたいに俺にも立場ってのがあってな。お前達も知ってる通り、今会社が色々と騒がしくてな。この先、色々と面倒な事になりそうなんだよ。ひょっとしたら最悪、倒産なんて事もありえるかもな。それでだ…お前達の状況を何とかして下さるって方もいらっしゃってな。」

「智也、お前、前振りが長いんだよ。いつ出てきていいかタイミング分からなくなるじゃないか。」
「すみませんね。金子さん。つい…」
ほぼスキンヘッドの男が柔らかな笑顔を浮かべその場に現れた。
NMB48劇場支配人の金子剛だ。
「皆さんの状況は良く聞いてるよ。借金の事も。皆さんさえ良ければ、その借金、ウチが肩代わりしましょう。」

「金子さん、ウチがって?どういう意味ですか?だって、同じ…」
玲奈が金子に聞いた。
「みんなも知ってる通り、NMBをマネジメントしてるのはAKSじゃない。KYOURAKU吉本ホールディングスという会社なんだけどね。今、AKSも非常にマズい状況でね。君たちに貸しているお金を無理にでも取り立てないといけないまでになってしまってるんだ。それは、困る。何より、君たちは48グループにとって宝と言ってもいい人材ばあkりだ。そこで、吉本が君たちに変わってその借金を全部返してあげようという話なんだよ。」

ホントですか?
突然点からもたらされた明るい光に、その場にいたメンバーは顔を見合わせた。
その裏底にある、どす黒い企みの意図を知るよしもなく…



36

世間がAKSの公開に絡んだ大スキャンダルに揺れた暫く後。
SKE48劇場支配人の芝はメンバーの多くに召集をかけた。

集まったメンバーは、何がどうなったのかわからないといった表情を浮かべる事しか出来なかった。
支配人の芝から受けた説明は、難しい言葉ばかり。
ただ、なんとなくマズイ話である事だけは確かのようだ。
暫く時間を置いた後、その中から高柳明音が周りを見渡して口を開いた。

「あの…智也さん。私達がお金を借りたっておっしゃいましたけど…。私達は、株を売ったからそのお金を頂いた…そんな風に聞いてますけど。」
「だから、今説明した通りだ。お前達は、持っているストックオプションを行使する事を前提に、金銭貸借契約を結んだんだ。いいか、よく契約書を見てみろ。乙はその権利を行使の上、約定金額が借入金額に満たない場合には、乙の責任をもって…ってな。」
「あのぉ。だから、その辺りがわからないんですって。難しい事はわかりません。もう株は…ストックオプションって言うんですよね?そんなのいいですから、権利っての行使してください。」
「高柳。お前、本当にものわかりが悪いんだなあ。玲奈、お前なら理屈わかるだろう?説明してやってくれよ。」
芝から指名された玲奈が立ちあがった。
「玲奈、何をずっとコワイ顔をしているんだ?早く説明してくれよ。」

「智也さん。私にはなんでそういう話がなかったんですか?」
「あ?そんな事知らないよ。俺は、希望者と契約書を交わす手続きしただけだからな。」
「まさか、こんな風になる事わかってたんじゃないでしょうね?」
「おいおい、俺に株が暴落するなんて事、最初からわかってる訳ないじゃないか。そんな事が事前にわかるんなら、俺はとうに億万長者になってるよ。」
玲奈が釈然としない表情で高柳の肩に手を置いて話し始めた。

「あのね、ちゅり。ちゅりはね、7000円の株を300円で買える権利を持っていたのね。それはわかる?」
玲奈が話す。まだ高柳はキツネにつままれたような顔をしている。
「ちゅりは3000株だっけ?つまりね、株を300円で買って、すぐにそれを7000円で売れば90万円が2100万円になるはずだったの。でも、それを出来るのが、もうちょっと先だから、その分のお金を先に貸しますっていうのが、今回の契約なの。」
「え…?はい…あの、よくわからないけど…でも、じゃあ、今すぐ株売ります。そうしたら、借りたお金分になるんですよね?」

玲奈が黙って首を横に振った。
「智也さん、コレって絶対におかしい。株価なんて、いつどんな風にして上がるのか下がるのかわからない。それなのに、この値段で売れるって事を前提にお金貸すなんて。しかも、どうせマトモに説明なんかしてないんでしょ?」
芝は玲奈の言葉に肩をすくめただけだった。
「玲奈さん…あの…今、株を売ると幾らになるんですか?」
高柳が聞いた。周りにいるメンバーも不安そうな顔つきになっている。
「今日の終値は…102円。ストックオプションを行使したら、102円の株を300円で買わなくちゃいけなくなる…」
「じゃあ、私達の権利っていうのは…」
「ただの紙くずになっちゃったのよ。」

「玲奈さん…そんな…だって、あのお金…ワタシ、ボーナスみたいなものだって。これまで頑張ってきたから…そのおかげで会社が大きくなって上場出来たからって。ワタシ、嬉しくて。やっとワガママ許してくれてたお父ちゃんとお母ちゃんに親孝行できるって…念願のマイホームの頭金にしたんです。玲奈さん…ワタシ、どうしたらいいんですか?2000万円なんて大金、とてもすぐに用意なんか出来ません。いったいどうすれば…」
高柳がその場に崩れ落ちた。涙で顔がぐちゃぐちゃになる。声にならない悲鳴を上げるように泣き始めた。

「私も1500万円…自宅のリフォームに使わせてもらったよ…ってお父さんが。あと、新車も買ったばかり。どうしよう…」
「茉夏、しっかりして。智也さん。茉夏は未成年でしょ?未成年がした借金の契約なんて、無効になるんじゃないんですか?」
「それがなぁ、玲奈。茉夏も奈和もそれから、綾巴もゆりあもだな。みんな、親名義の契約なんだよな。残念ながら。」
「残念ながら…って。智也さん…まさか、智也さんが?」
「だから、言ったろ?確かに契約を取りまとめたのは俺だよ。だが、その時株価がこんな風に暴落するなんて思いもしなかったからな。勘違いするなよ。俺だって儲けそこなって悔しい思いをしてるんだからな。」

玲奈は震える手で高柳と向田の肩を抱き寄せた。
周りからは、ようやく事態の重さを知ったメンバーのすすり泣く声が聞こえ始めていた。

35

「半沢、お前ともあろうヤツがどうしてこんな…」
「いや、渡真利、これは明らかに何者かによって仕組まれた罠だ。半沢、お前、もう目星がついているんじゃないのか?」
東京セントラル証券企業部の会議室で半沢は、渡真利忍と近藤直弼、同期入行のの二人に会っていた。
まだ表に出ていない話だが、銀行内では情報ソースはどこにでも転がっている。
悪い情報ほど伝わるのも早い。それがグループ内関連会社の話であってもだ。

「この情報が…いや、何者かが作為を働く事さえなかったら、そもそもAKSはIPOなんて出来なかったはずなんだ。それをここまでやるとは。幾ら秋元康が金に困っていたとはいえ、こんな事をしたら裏に手が回るって事くらいわかってるはずなんだ。」
「しかし、このデータはウチの公開引受部が作って監査も受けた…そういう話になってるぞ?なんたって主幹事は東京セントラルなんだからな。」
近藤が言う。相変わらずどこか弱腰な声に聞こえる。
「いや。確かにウチは主幹事だ。しかし、主幹事に指名されて詳細な打ち合わせに入った時には、すでに公開申請関連のドキュメントは高い完成度で出来あがっていた。チェックも何回も何回もしたさ。特に売上・資産関係はな。誤魔化して決算を良く見せかけるなら、まずそこからだからな。しかし…」
「どこをどうチェックしても不正らしいものは見つからなかった。」
渡真利の言葉に半沢が頷いた。机を拳で強く叩く。
「ちくしょう…俺はただIPOは時期尚早だと主張しただけだ。本来、この会社は公開する事すらしてはならない企業だったんだ。なぜ?なぜ、俺はその事に気付けなかった?なぜだ!」

その時、慌ただしく部屋に一人の男が駆け込んできた。
「部長。大変です。」
「どうした?若林。」
渡真利と近藤の姿を認め、若林が一瞬言葉をためらう。
「この二人なら構わない。一体どうしたんだ、近藤?」
「例の…AKSの件、明日の日経にすっぱ抜かれます。」
「なんだって?どうして?まだ、SECの監査も始まってないんだぞ?なんで、この段階で?そりゃ、こんだけの大きな経済事件だ、メディアにはとうに流れてるかもしれん。しかし、この手のソースはある程度対応が決するまで報道される事はないのが普通じゃないか。風説の流布にだってなり得る話なんだから。」
半沢の目がつり上がってくる。息も荒くなってきた。
「ですが…部長…このままじゃ、AKSはもちろん、僕達も終わりですよ。大変な事になる。」


次回更新

すみません
今日の更新はお休みさせてください

あ、皆さん







今回の話…
面白くないですか(-.-)?

小心者なんで気になりつつ書いてたりします


コメントなんかもぜひお気軽にお願いしますね<(_ _)>

34

半沢の表情がみるみるうちに歪んでいく。
黒崎から手渡された資料を乱暴な手つきで手繰っていく。
向かいのソファには黒崎が勝ち誇ったような表情で笑みを浮かべている。

「どういう事だ…これは…いや、あり得ない。」
「こちらもご覧になるかしら?」
黒崎が別の資料を半沢に渡す。半沢がそれを奪い取るように受け取った。
「やあねぇ。乱暴なオトコ。ご要望とあれば、他にもあるわよ。」

黒崎が半沢に見せた資料は、どれもきちんとした分析を元に、AKSの株式公開の為に提出された書類の不正を指摘したものであった。あるものには、取引先と結託して行われた巧妙な売上偽装についてが、またあるものには計上されている資産の実態がないものである事が、そしてあるものには、M&Aの為の株式交換における虚偽計上を行った事実が、時系列の経緯と詳細なデータと共に暴かれていた。

「黒崎さん。一体これをどこで?」
「そんな事、言える訳ないじゃない?でも、一つだけ教えてあげる。ここにある資料。ぜ~んぶ中身は立証済み。そう、全部本物よ。これがどういう意味なのか、あなたならお分かりよね?」
「しかし…公開直前3期の決算については監査法人の適格を受けていたはずだ。取引先や資産計上についても、各帳票と照合を何度も何度も行っているはず。この資料にある偽装が実際に行われていたのなら…確かに巧妙で派あるが、当社の公開引受部がしっかり見抜いてるはずだ。」
「そんな事は聞いてないわ。この事が事実となると、このAKSという会社がどういう事を仕出かした事になるのか聞いてるの。」

黒崎の顔からは笑顔が消えない。嬉しくてたまらないといった表情だ。
「…証券取引法違反。明らかな違法行為だ。しかも…実に悪質な。」
「その通り、これは資本市場に対する冒涜よ。ルール違反どころの騒ぎじゃないわ。そして、ココ。ココを御覧なさい。このジャスダック市場登録申請書のココ。」
黒崎が指差した先には「有価証券売出取扱証券会社 東京セントラル証券」の文字があった。
「本日付で、金融庁証券取引等監視委員会は東京セントラル証券株式会社 第一企業部及び公開引受部の特別監査を開始いたします。該当部門は監査に協力し、しかるべき資料の提出を行うように。悪戯にこの監査を妨害阻害した場合には証券取引法により罰される事があるので、ご注意あそばせ。」

「そうそう。アナタ、さっきコレをどこから?っておっしゃったわね?」
黒崎が半沢にうすら笑いを浮かべたまま言った。
「リークよ。」
「リーク?一体だれが?」
「さあねぇ。誰かAKBの事が嫌いなヒトの仕業かもね。」
「黒崎さん、あなたもアンチなのか?」
「何を勘違いしてるの。ワタシは公私混同なんかしないわ。むしろ、AKBの事は大好きよ。許せないのは、純粋な彼女たちを利用…いえ、悪用して悪だくみをしてきた汚ない大人たち。あなた達は、その悪だくみに加担したのよ。断じて許さないわ。とことん暴いてあげるから覚悟なさい。」

「では、一旦ワタシは失礼するわ。追って監査のご連絡を差し上げます。小林社長、くれぐれもよろしくね。」
高笑いを残して、黒崎が社長室を後にした。

資料を持つ半沢の手が小刻みに震えていた。
Page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。