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27

「どうでしたか?」
スタッフルームに戸賀崎が戻って来たのはほんの15分後だった。
「どうもこうもないな。何しろ本人は何も話せない状態なんだから。迎えにきた看護師もお話しできませんの一点張りだしな。ただ…」
「ただ?」
島田の問いかけに応えず戸賀崎はゆっくりとコーヒーサーバーから煮詰まったコーヒーをカップに注いだ。砂糖とミルクを大量にぶち込み顔をしかめながら喉に流し込むように飲んだ。
「ただな。ありゃただ事じゃない。目が…いや目だけじゃないな。意識ごとどっかに吹っ飛んだって感じだった。そう…抜けがらが座ってるって風に思えた。」
「あの…ワタシ…思うんですけど…」
わかってる。それ以上は言うな。戸賀崎は島田に目線だけで言った。
まだ公演が終わったばかりだ。メンバーもスタッフも殆どが劇場内に残っている。

「おい、明日は早いのか?」
「いえ。でもそろそろ東京駅に行かないと。」
「そうか…なあ、そろそろお母さんも認めてくれてるんじゃないのか?さすがに毎日静岡と東京の往復じゃキツイだろう?」
「いえ…中学を卒業するまではって約束ですから。」
「そうか。どうだ?2度目の中学校生活は?」
「いや大変です。授業ついていけなくて。」
「こら、お前現役の女子大生だっただろう?」
「そうは簡単にいかないんですよ。」



最終の新幹線に飛びのった島田は座席を探す事無くデッキで立ったまま窓の外を流れる東京の夜景に目をやった。車内は新幹線通勤のサラリーマンで混みあっていたものの座席が埋まってる訳ではない。ただ…頭の中を整理するには立ったままのほうがいい気がしたからだ。

なんでたかみなさんが今日現れたのか?…きっとそれにも意味があるに違いない。でも、今はその事はいい。歴史が変わらなければ今日のあの場でたかみなさんは新チームの紹介を初期メンバーとして見ていたはずだ。そして「一緒の仲間として頑張ろう!」とか優子さんや才加さんに言ってたはず。でも…

島田は一つの仮説を立ててみた。例えば…ワタシは今多分未来でのたかみなさんの立場に立とうとしている。未来からやってきたワタシが本来あるべき道を変えてしまったら、それに影響を受けてしまった人はどうなるのだろう?ワタシがその人の未来を奪ってしまうという事になるんじゃないだろうか?そして、未来を奪われた人はまるで抜けがらのようになってしまう…たかみなさんの今日の姿はまさにそうだった…

携帯電話を取り出した。もちろんスマホではない。折り畳み式のものだ。
仮説には裏付けるには立証が必要だ。
「お願いがあります。」
メールのあて先はもちろん戸賀崎だ。
長いメールを打ち終わって一息ついた島田は急に疲労感を感じた。デッキから車内に入り空いてる通路側の席に腰を下ろした。一日の仕事を終え帰宅するサラリーマンのくつろいだ空気に思わず眠気を覚え始める。

ビール…飲みたいな。身体が中学生になってから余りアルコールを飲みたいと思った事は無かった。でも、隣の席で缶ビールを飲みながら新聞を読んでいる30代前半の男の姿をなんとなしに見ているうちにそう思えてきた。さすがに、ワタシが今飲み始めたらマズイ事になりそうだけど。

眠りに落ちそうになった島田の頭の中で何かが引っかかった。その何かは眠りと現実との境目でゆらゆら漂っているような違和感として島田の意識から離れずにいた。お願い、静岡までのちょっとの時間…眠りたいの。そう思った島田を揺すり起こすようにその違和感は徐々にその存在感を大きくしていった。

かちん…
何かが繋がったような音がした。聞こえた。
島田は目を開けて隣の席のサラリーマンが読み終えた新聞を奪い取るようにして開いた。

「おい、何をするんだ?」
男の咎めるような言葉を無視して紙面をめくっていく。
耐震強度偽装問題の記事が大きくスペースを割く中、その記事はそれに次ぐ大きなスペースを与えられていた。しかしその文章は陳腐で新人の記者が研修材料として書いたような記事であった。


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鹿児島市で発生した集団食中毒で、鹿児島県警は新たに2名の死亡者が出た事を発表した。これで、この事件による犠牲者の数は4名となった。死亡が確認されたのは柏木由紀さん(15)、…さん(38)…。二人は事件発生後意識不明の状態が続いていたが…

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やっぱり…これは…

ひょっとしたら、ワタシ達は…
開けてはならないパンドラの箱をこじ開ける為にこの世界に送り込まれたのだろうか?





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26

「悔しいけど…認めるしかないよね。」
「うん…スゴイ。ホントにすごい。私達のと全然違う。」
「でもさ、これってもはやアイドルの公演じゃないよね?」

観客席の後ろの隅。熱におかされたようにアンコールを叫び続ける観客を見ながらチームAのメンバーは口々につぶやきあった。島田は隣に腕を組んで立っている戸賀崎の表情を盗み見た。微かに笑顔を浮かべているように見える。


ワタシは肝心な事を勘違いしてるんじゃない?確かにワタシと戸賀崎さんは同じように未来からこの時代へと舞い戻って来た。「歴史を変えたい」その思いも同じだ。でも、ワタシの成功と戸賀崎さんの成功が同じ形であるって事は必ずしもないよね。ワタシはこうして初期メンとしてこの場にいる。しかも…恐らくは…かつて望んでも立てなかったポジションへ立つ足がかりをつかめている。しかもチーム4のキャプテンじゃない。あの人が立っていたあのポジションだ。でも…それだけで満足していいの?もっと何かをやらなくちゃいけないんじゃないの?

アンコール明けからも新チームKはその個性を爆発させた。公演名は「PARTYが始まるよ」。しかし、全ての曲には新しいアレンジが加えられ楽曲の完成度の高さは一段と増していた。
全ての曲の披露が終わり最後にチームを代表して高柳がマイクを持った。
「本日はお越しいただき本当にありがとうございます。」
「ありがとうございます!」
一列に並んだメンバーの顔は汗で輝いていた。高柳が秋元才加と宮澤佐江、そして大場美奈と顔を見合わせる。そしてお互い小さく頷き合った。小さな仕草だが何かを秘めたような強い視線だ。

あ…こりゃ何かやるな。こんな空気、どっかで感じた事がある。
島田はすぐに気がついた。そうだ、あの時だ。あの伝説の直談判。「ちゅりの一鳴き」だ。

「ファンの皆さん、いかがでしたでしょうか?私達のパフォーマンス、楽しんでいただけましたかぁ?」
観客が熱狂的な声援で応える。
すごいな…私達のステージの時にはない熱さがある。さあ、何を言うの?はやく…私をびっくりさせてみて?
島田は高柳の次の言葉を待った。

「私達は、今日こうして2期生として、チームKとしてこのステージに立たせて頂いています。でも…私達はチームAに負けてる所があるとはこれっぽっちも思っていません。秋元先生!このセットリストは大好きです。演らせていただいて大変光栄です。でも…いつまでもこんなお下がり公演なんてやっていたくありません。私達に早くオリジナルの公演をやらせてください!」

来た来た…これだよ、これでなきゃ。さすがちゅり。よし…これで面白くなった。でも…あの子、ホントに私達と同じようにタイムスリップしてきたんじゃないの?でも…未来じゃ最終的に天下を取ったのはあの子達SKEのはず。ああ、そうか…もっともっとって思ってるんだよね。きっと。あの子らしい。玲奈ちゃんもあいりんも?次は誰が来るの?

島田は何か吹っ切れたような表情で大きく一つ背伸びをした。よし…次は私達の新公演だ。2ndシングルだってもう決まってる。こっからは一気に行くんだ。もう「順調すぎる?」なんて余計は不安を持つのはヤメだ。行く所まで突っ走ればいい。

劇場の扉が開かれた。満足そうな顔をしたファンたちが退場を始めた。島田は戸賀崎に向かって笑いかけた。何か吹っ切れたようなその表情に戸賀崎も笑顔を返した。
ふと…二人の視線に車椅子に乗ったファンの姿が目に入った。小柄な女の子だった。そういえば、今日は1名車椅子での来場があるという話を聞いていた。退場するサポートをしなくては…戸賀崎はスタッフの姿を探したが周りには誰もいなかった。
「まったく…ちゃんとフォローしないと…」
「あ、戸賀崎さん、私が。」
島田がそう言って女の子の所へ行き車椅子を押そうとした。
「今日は来てくれてありがとうね。楽しかっ…」
声をかけようとした島田の表情が固まった。驚きと言うよりは恐怖…といった顔つきだ。
「どうした?」
駆け寄った戸賀崎も思わず息をのんだ。

車椅子には長い茶髪を大きなリボンでまとめた少女が座っていた。
島田と戸賀崎は思わず顔を見合わせる。


高橋みなみ…
そこにいたのは紛れもなく、あの小さいが偉大なキャプテン、高橋みなみだった。
しかし…高橋は二人の知っている高橋とはまるで違う人物に見えた。
虚ろな目、半開きにされた口…顔には表情がなかった。いや…違う。
高橋の顔からは「表情と呼ばれる全てのものが全て取り払われて」いた。

25

2006年2月。満を持してリリースされたデビューシングル「会いたかった」はオリコンウィークリーチャートで1位を獲得した。
前の時代では4年かかって無し得た事を僅か3ヶ月で果たした事になる。


「戸賀崎さん…なんかコワイ気がしません?」
「コワイ…って、何だ?順調すぎるって事か?」
「いえ…逆ですよ。こんな風に勢い良くスタートしちゃうと…」

AKB48には幾つもの「伝説」があった。
劇場公演初日には観客が7人しかいなかった事。劇場に足を運んでもらおうと主要メンバーですら秋葉原の街頭でビラを配ってくれた事。「パンツ見せ集団」「萌え系」「ヲタクのアイドル」…そのスタイルをからかうような呼び名で呼ばれてた事。何度も何度もダメ出しをされて汗と涙にまみれて努力するスポ根ドラマさながらのストーリー。
どれも、AKB48を語る上で欠く事の出来ないエピソードだ。

しかし、この時代にはその「ストーリー」が全くない。集まった初期メンバーはまるで成功が約束されたかのような輝きを当初から放っていたし、世間からは何の抵抗もなくその存在を認められていた。



島田はカップに入った熱いコーヒーを一気に飲んだ。前は余り好きじゃなかった苦いエスプレッソだ。
そうなんだよね。確かにワタシは何度も思ってた。入る時期がもっと早ければ…9期だったワタシたちはただそれだけで「甘えてる」って言われてた。そりゃ売れるようになってからオーデションを受けるのと、まだ海のモノとも山のモノともしれない段階からじゃ抱えるリスクが違うのはわかるよ。でも…ワタシ達だって苦労も努力もしてきたつもりだった。アンタたち先輩はただ、先に入っただけじゃないかって…
今のこの状況は確かにスゴイ。毎日やってる公演だって無茶苦茶レベルが高い。ぱるるなんてやっともうすぐ中学生になるって年なんだよ?なのにどこから見ても王道アイドルそのもの。まるでこの場にいない前田さんが乗りうつったかのように思える時もある。

「なんか、あっという間に人気が出て…一発屋とは言わないけど、飽きられるのも早い気がします。あの時代のAKBは苦しかった時代があったからこそあそこまでのブームになったんじゃないですか?」
「まあ、そうだろうな。日本人は努力とか涙とかそういう中でのサクセスストーリーってのが大好きだからな。」
「戸賀崎さん、ワタシ、自分で新しい命の使い道を決めたいって話をしましたよね?」
「ん?今そうしてるんじゃないのか?事実、今のお前は紛れもなくAKB48の主要メンバーの一人になったじゃないか。」
「いえ…それはそうですが…ワタシが自分の力で歴史を変えてるって実感がまるでないんです。ただ、時代の流れに身を任せてるだけ…これじゃ前の時代と何も変わらない。」


時代の流れに身を任せている…か。確かに島田の言う通りだな。
戸賀崎は自室に備え付けられているエスプレッソマシンで新しい一杯を入れた。
俺だってあれ以来あがいてみている。実際に秋元康という男に色んな提案を認められてもいる。新チームと既存チームの「対決」姿勢を打ち出したのは俺の戦略だ。だが…「面白いじゃないか、その企画。よしやってみよう。」そう言って笑う秋元康の表情を見てると分かる。こんな企画、俺が言わなくてもとうの昔にアイディアとして持っていたんだって。間違いない、俺はまだこの時代を何一つ動かせてやいない。


「大場とはよく話すのか?」
「いえ…顔合わせの時にちらっとこっちを見てにやっと笑いかけてきたくらいで。」
「でも目覚めてはいるんだろう?」
「すれ違った時に…待たせてゴメンねって。だから間違いはないと思うんですけどね。」
「そうか…高柳か。アイツは徹底してるからな。」
「ですね。ものすごいキャプテンシーですよ。あの才加さんと宮澤さんを従えて堂々としたものですからね。」
「チームKの初日公演は見に行くのか?」
「ええ、行きますよ。こんなモノ渡されちゃったら…ね。」

AKB48新チームK PARTYが始まるよ公演
チームA上等、私達は一晩であなた達を超えてみせる。


24

「戸賀崎さん!き…きた…来たんですか?ホントに?ホントに…ほんっとぉにですか?」
ドアを蹴破りそうな勢いで島田が飛び込んできた。
「おいおい…いくらなんでもノックくらいしろよ。それに声がデカイよ。誰が聞いてるかわからんのだぞ?」
「でも。でもでもでもでも。ね?戸賀崎さん、来たって事はきっと目覚めたって事ですよね?」
「だから…まったくうるせえよ。お前は。」

戸賀崎は少しだけ顔をしかめたがすぐに笑顔に戻った。
島田の気持ちも良くわかる。心待ちにしていた盟友がやってくるっていうんだから興奮するのも無理はない。

「でもなぁ…もう少し早ければなぁ。最初から同じチームになれたのに。でも、あのオーデション告知、すごかったですね。」
「そんな凄かったか?」
「ってアレ考えたの戸賀崎さんでしょ?」
「まあな。良かったろ?AKB48にケンカ売りませんか?って。」
「前の時代も最初はそんな感じで募集したんじゃないですか?2期生って。」
「いや、あそこまでドラスティックな表現はしてなかったな。言われてる程1期と2期の間にはゴタゴタした雰囲気ってなかったんだよ。実は。でも…おんなじ事してちゃ面白くないだろ?」

事実、戸賀崎も島田もこの数カ月で起こった出来事は想像をはるかに超える事ばかりだった。
12/8の初日公演は各方面で絶賛された。その日以降、連日行われた公演は満員御礼続き。秋葉原ドンキホーテの前には数日先の公演チケットを手に入れる為の列が24時間途切れる事がなく、警察当局の強い要請で運営は公演スタートから1ヶ月後にチケットのWebによる抽選制の導入に踏み切った。しかし、申込開始と共にアクセスが殺到しサーバは何度もダウンに陥りネット上ではチケット確保の為の裏情報が憶測含め飛び交っていた。
島田達が知っている歴史ではデビュー曲「桜の花びらたち」はインディーズレーベルからだった。しかし、この時代ではAKB48のデビュー曲は各社激しい争奪の上いきなりメジャーレーベルからのものとなった。タイトルは「会いたかった」。秋元康が書き下ろした新曲で、同時に2nd公演のタイトル曲になる事、そして既存メンバーを「チームA」所属とする事、第2期生として「チームK」のオーデションを行う事が発表されたのだ。

「それで…2期生への応募者は?」
「ああ…これが最終審査への通過者だ。」
戸賀崎が応募書類のコピーを島田に手渡した。
「才加さん、宮澤さん…あははは、ちゃんとノンティさんもめーたんさんもいるじゃないですか。Aと違ってKは大体のトコが揃い踏みってトコですか。さすが旧Kだなぁ…ん~でも…何かが足りないような…」
暫くリストを眺めていた島田が何かに気づき顔を上げた。戸賀崎も頷く。

「そうだ、優子がいないんだ。」

優子さん…大島優子さん。前田さんやたかみなさん、こじはるさんだけじゃない。本来は1.5期生として加入するはずの篠田さんも結局現れなかった。今度は優子さんまで…?
「優子さんの変わりが美奈って事ですか?」
島田が大場美奈の応募書類を見ながら言った。
「わからんが…」
「今回はSKEからは?前回の玲奈やあいりんみたいなコ、今回もいるんですか?」
「ああ…今回は一応最終面接に出させるみたいだが…恐らくそいつの合格はもう決まってるはずだ…」

戸賀崎が一枚の応募書類を島田に渡した。
もう歴史が変わり始めてる事は間違いない。しかも、徐々にその方向軸のずれは大きく大きくなってきている。最初、島田も戸賀崎もそれは自分たちがこの時代にタイムスリップしてきた事がトリガーになっての事だと思っていた。しかし、本当にそうなのだろうか?何か、もっと大きな力が働いているのではないだろうか?自分たちは、その中のホンの一つの要素にしか過ぎないのでは?そんな思いが交錯し始めていた。

高柳明音

まだあどけない表情の顔。
しかし、応募書類に貼られたその顔写真は不敵な笑みを浮かべてるようにも見えた。

23

劇場公演初日は「予定通り」1週間の延期が発表された。
2005年12月8日。この時代でも前の時代でもどうやらこの日には特別の意味があるらしい。
しかし…公演の延期の理由は「披露するレベルにない」というものではなかった。

むしろ逆だ。ステージレッスンを担当する夏まゆみにも、秋元康にもあえて初日を延期しても更に高いレベルに持っていきたい…そう思わせる程、メンバーのスキルは高かった。

その高いレベルゆえにレッスンが始まってから脱落者が相次いだ。その中には前の時代では初期の頃、かなりの重要ポジションを務めていた者もいる。峯岸みなみもその一人だ。
島田や戸賀崎の知っている2005年、1st公演として行われた「PARTYが始まるよ」は決して完成度の高いものではなかった。当時の少ない「古参」と呼ばれるファンの間では「ああ、この子たちの成長を俺たちは応援していなくちゃな。」と思わせる内容のものとして捕えられていたはずだ。

しかし…どうだこの洗練された内容は…戸賀崎はリハーサルを繰り返すメンバーを見て圧倒されていた。ただ身体を揺らしていただけだった「桜の花びらたち」は堂々とした佇まいだし、出だしの「PARTYが始まるよ」には弾けるような躍動感がある。「あなたとクリスマスイブ」を歌う古川愛李の歌唱力は圧巻だったし、松井玲奈、島田晴香の年少メンバーのダンスにはどこか余裕すら感じられた。そして何より「スカートひらり」でセンターを務めた島崎遙香の抜群のアイドル性。もう誰も島崎が小学生だって事を問題視する者はいない。もはや、AKB48に絶対不可欠な存在となりつつあった。

そういえば…秋元先生は珠理奈と渡辺美優紀をAKB兼任にする時に言ってたな。それぞれが持っているものを持ち帰る事で新しい化学反応がおきるって。島田のスキルの高さがまさにそれか。アイツには前の時代で培った経験がある。しかし…玲奈や愛李や島崎は違う。アイツ等は…いや、まさか…アイツ等はアイツらで違う形でまた違う未来から?いや…どんな事だってあり得るんだ。現に俺たちがそうだったように。

「さあ、いよいよだよ。今日がきっと私たちの歴史の始まりなんだ。どんな結果になっても、どんなステージになっても悔いを残さずにやろう!最後まで笑顔でね!」
折井の掛け声で円陣の輪が解かれた。
新装なった秋葉原の劇場はキャパ250名。ここに…75人の観客がいるはずだった。しかもその内一般の客は7人のみ。それが「国民的アイドル・AKB48苦難の船出」だ。しかし、今は違う。報道陣へのお披露目はさっき…開演2時間前に終わった。おびただしい数のカメラのフラッシュの中メンバーは緊張を残したまま笑顔を作った。秋葉原ドンキホーテ前には先着順のチケットを手にしようと3日目からの徹夜組さえ出た。急遽用意された20枠の抽選入場の整理券は1000名以上の希望者からのプラチナチケットと化していた。チケットを手にした一部の客がダフ屋行為を行ったが、その金額は1000円の入場券に10万円の値がつくほどのインフレを起こした。

スゴイものが見られるらしい…ネットがその情報をあっという間に伝えた。
そして、その情報は紛れもない事実だった。

ヒット曲の大半をポップスとSMAPを中心としたジャニーズによって占められていた女性アイドル不遇の時代。
この日、入場した250人+20人はまさに新たな時代の始まりの「目撃者」となった。

22

ステージの上で念入りなストレッチ。そして鏡に向かって昨日までのレッスンの内容を繰り返す。鏡には客席になる部分にブルーシートが掛けられていた。今日からいよいよ最後の内装工事に入るって話してたっけ…

10月30日に合格者が発表されてすぐに公演に向けてのレッスンが始まった。私の知ってる歴史の中では当初12/1と発表された初日が直前になって…確か今日の事だ…1週間延期になるはずだ。公式には工事の遅れという事だったが、誰もが知っていた。12/1には到底人様にお見せするレベルに達していなかった事が本当の理由だって。

「はるぅ。お母さんとは仲直りできたの?」
声をかけてきたのは折井あゆみ。年長者という事だけでなく、その面倒見のいい性格でリーダー的存在としてメンバーからもスタッフからも信頼されていた。
「あゆ姉さん…いや、なかなかうまくいかないっす。」
「だから、さん付けはやめてよね~。姉さんって呼ばれるだけでなんか年寄りっぽいし~」
前田や小嶋、今この世界でもメンバーとしている板野や峯岸の事は島田の記憶の中でちゃんと記憶がある。だが、実際今のチームを引っ張っているのはこの折井や大島麻衣、佐藤由加里や駒谷仁美といった面々だ。彼女たちの事は島田自身良く知らない。もちろんどうんな風にAKBで活動をしてそして去っていったかは知っているのだが、実際にこの目で見てきたわけではない。
「いや…なんか自分先輩にそんな風にフランクに接するのが恐れ多いっていうか…」
「も~ホントはるぅは体育会系なんだから。ね、公演始まったらお母さんを招待してあげたら?きっとはるぅの姿を見たら、いい加減な気持ちでやってないって事分かってくれると思うな。」
島田の脳裏に夏の終わりの光景が浮かんできた。もちろん今の時代の。


「あんた、部活もサボっていったい何やってるの?新学期になってからは授業も…そこに座りなさい。」
お母さんが私に静かに話しかける時はヤバい…本気で怒ってる時だ。普段どなってる時は適当にやり過ごしてたらいい。でもこういうときはダメだ…
「お母さん…ワタシ、やりたい事があるんだ。」
「やりたい事?せっかくレギュラーになった部活をサボってまで?アンタまだ中学生なんだよ?学校までサボっていったい何をやりたいって言うの?」
「あのね…」
ダメだ…なんて話せばいいんだろう?そりゃ、いつかは話そうと思ってた。とうか、説得できるって思ってた。中学生が駄々をこねるよりはマトモに。だってそれなりの年だって食ってるんだしね。でも…やっぱ、20歳になってもお母さんはコワイや。というより、20歳って思って接してくれてないからなぁ。あたりまえだけど。頭ごなしにダメ!って言われちゃうとなぁ…
「晴香は歌ったり踊ったりするのが大好きだったもんな。中学生になってからはなんかジャニーズの事ばっかだったから、そういう気持ちは無いと思ってたけど、やっぱりお前も女の子なんだな。華やかな世界に憧れるんだな。」
「お父さん?」
思わぬところから助け舟だ。あ…でも、そういや前の時代の時もそうだった。お母さんの大反対をお父さんがなだめてくれたんだった。
「もう…何言ってるの?まさか、芸能界?アンタ何馬鹿言ってるの。どうせ騙されてるんでしょ?アンタが芸能界なんて行けるはずがないでしょ。それにお父さん、知ってたの?私には黙ってたの?」

結局最後までお母さんは許してくれなかった。でも、私が一度言い出したら聞かない事を一番良く知ってるのもお母さんだし。結局「でも、中学は転校とか出来ないよ。レッスン?とかも公演?とかも、全部家から通いなさい。ウチは旅館やってるんだからアンタと一緒に東京なんて出ていけないんだから。」とだけ言って席を立った。最後は涙声だったような気がするな。

「お父さん…なんで知ってたの?」
「ん?ああ、戸賀崎さんだったっけな。わざわざ会いに来てくれてな。お前には黙ってろって事だったんだけど。」
「戸賀崎さんが?」
「そうだよ。最初見た時はなんだ?この怪しい水商売風の男は?って思ったけど、会って話を聞いてるとわかった。ああ、この人は本当に純粋にお前の事を評価してくれてるんだなって。そして、決していい加減な男じゃないって事もね。」
「本当に?」
「ああ、こう見えても俺はベテランのホテルマンだ。人を見る目には自信がある。」
「ホテルマンって…ウチ旅館だし。」
「なあ…大変だぞ?そりゃ、新幹線使っても構わないが、毎日の事なんだろ?」
「うん。大丈夫。頑張れる自信ある。」
「そうか。お前がそう言うなら大丈夫だろ。しかし…夏休みの間に急に大人になった気がするな。一気にな。親としてはちょっと寂しい気がするよ。」
お父さんはそう言って煙草に火をつけた。いつも思ってたけど、そんなに顔をしかめて煙を吸い込むなら煙草なんて辞めればいいのに…でも、その時は本当に満足そうに煙を吐き出してた。

急に大人に…か。
でも、まさかお父さん、本当に私が大人になってるなんて思いもしないよね?
20歳だなんて。

21

「う~ん…困ったな。」
最終オーデション終了後、すぐに会議が開かれた。書類選考で残った45名から合格者を絞りこむ。
「先生…困ったというのは?お眼鏡にかなう子は少なからずいたと思うのですが…」
戸賀崎が真っ黒に書き込みされた応募者一覧のメモを見ながら秋元康に声をかける。
「ああ。確かに。」
秋元の目線は手元に置かれた応募者のプロフィールに落とされたままだ。最終審査は歌・ダンスそして面接で行われた。一人一人に秋元からの質問が飛んだ。
「この…島田晴香という子…中学1年生だよな?」
島田の名前がいきなり出て来て戸賀崎は一瞬ドキッとした。戸賀崎、お前何か企んでないか?そう言われたような気がしたからだ。
「ええ。そうですね。なかなかしっかりした考え方を持っていますわね。」
反応が遅れた戸賀崎の代わりに西山が言った。
「ああ。高校生…いやもっとかな。大人の考え方と…確か運動部だよな?熱い根性と両方を持っている。なかなかあそこまで熱く将来の事を語れる子はいないよ。なんというか…迫力があった。私ですら圧倒されたな。」
「それに、愛嬌のあるルックスをしてますし。美人ではないですけど、親しみやすいっていうのはグループの中で欠かせないファクターですわ。」
口添えするように西山が言った。どうやらかなり島田の事を気に入ったようだ。秋元がリストの所に赤丸をつけたのを見て戸賀崎は旨をなでおろした。

「他はどうでしょう…?私は板野友美…なんか良いと思いましたが。」
戸賀崎が話題を切り替えるように発言した。島田の合格がほぼ確定した以上、早く他の人選に移ったほうがいい。大丈夫だとは思うが考え直されたら困る。
「私は余りピンと来なかったんだが…中学2年生か…ちょっと幼いキャラなのかな?ただ、もう何年かして表情とか雰囲気が変わると面白くなりそうだが…」
秋元が徐々に自分から応募者への評価を口にし始めた。なるほど…この人の目は確かなんだな。板野、平嶋、峯岸…俺の知ってる初期メンが将来こうなるって事をこの時点である程度見抜いてる。他にも…戸島、折井、駒谷、星野…大体昔…おっと何ていえばいいんだ?昔の2005年?まあいいか、その時と同じメンバーが選ばれそうだ。問題は…ここにいないメンバーの代わりだ。中西は俺が外した。あの子にはもうあんな目にあって欲しくない…少なくとも今度は。それから…高橋、前田、小嶋の3人。一人は島田が入った。あとの二人だ…

「この子どう思う?」
秋元康が応募書類をテーブルの中央に差し出した。島崎遙香のものだ。
「島崎遙香…ですね。確かに可愛らしい顔をした子ですね。既にアイドルっぽい仕草も身についてます。面接ではちょっと会話のキャッチボールに困りましたが。」
西山が言う。どちらかと言うと肯定的な表現だ。
「私もいいと思いますが…先生、何か引っかかる事でも?」
「いや…戸賀崎。この子にはおそらくしっかりしたフォローが必要だと思う。この子に限らず、合格者の保護者への説明はきちんとしてくれよ?」
「は・・・・はい。わかりました。」
参ったな…多分ばれてるな。年の事。っていうか、俺も知らない事になってるんだからいいか…
「では、合格者は以上の22名…という事で宜しいでしょうか?」
戸賀崎が秋元に聞いた。俺の知ってる過去では合格者は24人だった。まあ、もう歴史は変わってるんだ。人数は大した問題ではないだろう。
「いや…2名…追加したいんだが。」
「2名ですか?他に今回のオーデションでいい子がいましたっけ?」
西山が応募者のファイルを最初からめくりながら聞いた。
「いや…特別枠…と言ったら語弊があるかな?私が独自のルートで見つけてきた二人だ。」
秋元が応募書類を2通、テーブルの真ん中に滑るように置いた。
「この二人…は…」
戸賀崎が二人の名前を見て息をのんだ。

松井玲奈
古川愛李


間違いない。動き始めている…
もう後には戻れない。過去を変える事が出来るチャンスは恐らく一回だけだ。




20

「鈴蘭から手紙が来たんですって?」
「ああ、これだ。字だけ見ると子供のものだけどな…」

秋葉原駅近くの喫茶店で島田は戸賀崎から封筒を受け取った。
白い無地の封筒の中には薄いピンクの便せんが入っていた。そこに書きつづられているのはどう見ても小学生の文字だった。だから余計丁寧で難しい言葉を並べた文面とのミスマッチがスゴイ。

「アイツなりに一生懸命考えて出した結論なんだろう。」
「でも…あの子こそアイドルへの思いが強い…そう思っていたのに。」
「ひょっとして、今がお前と同じ中学生なら考え方も変わったのかもしれないな。アイツは今まだ小学校5年生だ。」
「会いに行きましょうよ。会って…」
「目覚めてしまって、それで未来を変えるチャンスがある…その事に気付いた上で出した結論だ。尊重してやるべきじゃないのか?それに、多分鈴蘭は会ってしまって自分の決心が揺らぐ事を怖がってるのかもしれないな。」
「でも…」
「大丈夫さ。まだチャンスはある。鈴蘭だって気が変わるコトだってあるだろうさ。俺たちにはまだ8年近い月日が残されているんだから。」

残された月日…戸賀崎のその言葉については島田も良く…いや毎日考えていた。
最後の記憶が残っているあの日。2013年、中部国際空港から飛び立ったあの日が間違いなくタイムスリップの入口だ。向こうの世界ではそのあと…多分飛行機は墜落したか消息を絶ったか…してるに違いない。なんとなくそういう気がする。過去に戻った私たちがやがて必ずやってくる2013年のあの日…どうなるのかは全く分からない。飛行機に乗らなければいいのか…それともやはり何らかの形で私たちの人生はそこで終わりを迎えるのか…
でも…はっきりしている事が一つ。人間は未来を変える事が出来る。良く言われる言葉だ。過去は変える事が出来ないが…という言葉が付いてくる事も多い。でも…私にとっての「未来」は今のこの時代、つまり「過去」だ。歴史が変わる事でいったい何が起きるのか想像もつかない。が…もう決めたんだ。私は今の時代を悔いなく行きたいって。

「それで…おかしなコトって言うのは?」
「ああ…オーデションの締め切りまであと1月半あるんだが…」
「応募者少ないんですか?」
「いや、その逆だ。多い・・・・殺到してるって言ってもいいかもしれない。」
戸賀崎がテーブルの上に応募書類をカードサイズに縮小コピーしたものを並べた。
「なんか懐かしい顔ぶれ…ともちんさん、みぃちゃんも平嶋さんもいるんですね。そっか初期メンですもんね。え…?これは…?まさか…」
「そうだよ。島崎だ。」
「ぱるる?だって、まだ小学生でしょ?応募年齢に達してないんじゃ?」
「ああ。でも応募書類には中学1年生って書いてあるぞ。応募資格は13歳~としてあるが、中学1年生はOKとしてあるからな。」
「いいんですか?年齢詐称じゃないですか。」
「構わないさ。2期には年誤魔化して、それが面白いって言って合格したたヤツもいたからな。」
戸賀崎はにやっと笑ってアイスコーヒーを飲みほした。追加の注文をウエイトレスに告げる。
詐称ってそれノンティさんのコトじゃないですか…それにあれは若く誤魔化してたんだから。大丈夫…なのかな?

「それよりな…島田。ひょっとしたら歴史はもう変わり始めてるのかもしれん。」
「まだ締め切りまで時間はあるから何とも言えないが…」
「誰かの名前が無い…そういう事ですね?」
「そうだ。高橋と前田そして小嶋…多分アイツ等はこのオーデションに応募して来ないだろう。」
「どうして分かるんですか?」
「なんでかな、わかるんだよ。島田、お前にはまだ無いか?目が覚めてから自分の身体に何か特別な能力が備わった感覚は。もっとも俺もこの数カ月の事だからな。」
「特別な能力…ですか?」
「ああ、俺の場合は直感…だな。なんとなくそうかな?って思う事が大体そうなる。未来…俺にとっては過去だが…に起きる事が分かってるって事と違う意味でだよ。競馬でもそうだ。パドックで馬見てたらなんとなくこいつが勝ちそうだ…って思うとホントに勝つんだ。」
「それでお金稼いでるんですか?」
「いや、まだだ。怖くてな。実際に金を稼ぐ事で歴史が変わってなんかとんでもない事が起こりそうで今まではやめていた。でもな…もう踏ん切りはついた。それにこれから金はいくらあっても足りなくなる。だから…競輪競馬競艇…お構いなしに稼ぎに行くさ。」

特別な力…か。私にも何か身につくのだろうか?
そうだな…誰もが好きになってくれる笑顔とか、どんな人にも感心される言葉とか…
そんなモノが欲しいかな。

「ところで、大場は?あかりんさんは来ないとしても…大場はちょっと脈あると思ったんですけどね。」
「いや…来てないな。大場が来るかどうかは分からん…俺にもわからない事はあるんだ。ピンときた事は大体当るが来ない事はむしろ思い通りにならない事が多い。」
「そうですか…」

たかみなさんがいない…前田さんもこじはるさんも。
前田さんとこじはるさんはあの飛行機に乗っていたはずだ。会いにいくべきなんだろうか?私は初期メンの人には出来れば登場して欲しくなかったっていうのが本音だ。しかし、こうして本当にこの時代の歴史に…AKBに二人がいない…そうなると正直戸惑いを感じる。
でも…島田は思った。前田さんもこじはるさんも本当は目を覚ましてるんじゃないだろうか?そして、あえて来ないんじゃないだろうか?鈴蘭みたいに。もうあんな思いをするのはコリゴリ…そう思ってるのかもしれない。それほどにあの人たちが歩いて来た道のりは険しいものだった…
でも…たかみなさん…たかみなさんは飛行機に乗っていなかった。それなのに…これも歴史が変わるって事なんだろうか?

ぱるる?そして…ワタシ?
二人が初期メンに加わる…それが歴史が変わる第一歩なのか?
それに、こじはるさんの代わりは?麻里子さんはどうなるの?
ただ…戸賀崎さんの言う通りだ。間違いなく歴史は変わり始めている。


さてと…まずは最終オーデションだ。あの人に認めてもらわなくてはならない。



19

「島田、今日も部活休むの?腰の具合ってそんなに悪いのか?」
「あ…キャプテン。すみません。ご迷惑をおかけして。」
「新人戦近いからな。お前が出れないってなると大きな戦力ダウンなんだ。しっかり医者の言う事を聞いて早く良くしてくれよな?」
「はい、ホントすいませんっす!」

島田は深々と頭を下げて足早にその場を立ち去った。
ホント人のいいキャプテンだ。どこか柏木さんに似てる。人を疑う事を知らないっていうか。選手としては超がつくくらい強い人だけどキャプテンとしてはどうなんだろ?なんか、チームBみたいだな。

新幹線の切符を買い下りホームに駆け上がった。交通費と諸費用として戸賀崎から幾ばくかの金を受け取ってた。じゃなきゃ、こんな風に毎日のように新幹線に乗って移動なんて出来ない。
ギリギリだ。滑り込んできた列車に乗り込むと戸賀崎が駅弁を頬張りながら手を上げるのが見えた。

今日の行き先は…名古屋だ。

須田亜香里。
2013年…戸賀崎と島田の知っている2013年、AKBのとってかわって「国民的アイドルグループ」の名をほしいままにしていたSKE48の中心メンバーだ。

「なあ。島田。前田や小嶋や篠田に声をかけないのはなんとなく分かるよ。歴史を変えるなら初期メンの力を借りたくないって気持ちもわかる。しかし…なんで須田に?アイツは昔…いや未来か…では、お前にとって有難い存在ではなかったはずだ。SKEメンの顔は見たくもないんじゃないのか?」
「まあ、未来でのあかりんさんは恐怖の存在ですよ。SKEを世に知らしめるきっかけを作ったのは、珠理奈ちゃんと玲奈さんだけど、あそこまで大きな存在にしたのは…私はあかりんさんの力が大きいと思ってるんです。」
「なるほど…だったら、敵に回る前に味方につけておこう…と。」
「ええ、でもあかりんさん、まだ目覚めてないでしょうね。もし目覚めてたら…」
「間違いないな。真っ先に行動を起こしてる。そういうヤツだよ、アイツは。」


「えっと~あかりぃ、急にそんなコト言われてもぉ、困っちゃうんですけどぉ。」
甘ったるい口調はこの頃からか…拗ねたように笑う表情を見て思わず戸賀崎も島田も苦笑を浮かべた。
一通りの説明を聞いている間、須田の表情は厳しく引き締まっていた。どうやらまだ「目覚めて」はいないようだが、アイドルを目指す…その意思と運命を須田はすでに身にまとっているように見えた。戸賀崎の話にも真剣に頷いている。
「もし、君にその気があるなら一次審査は無条件で通過するようにする…」
「え~、なんだぁ。一次だけなんですかぁ?もう合格は決まってるのかと思ってましたぁ。」
須田が頬をぷくっと膨らました。戸賀崎が思わず照れ笑いを浮かべ頭をかく。

参ったな…もう十分「釣り師」のテクニックを身につけてる。あれは、SKEに入ってから習得した業じゃないんだ。天性のものだったんだな。私と一つしか年変わらないのに。

「とにかくだ…今この場で返事をくれ…とは言わない・・」
「戸賀崎さん、ごめんなさい。私、このお話お断りします。」
須田が真面目な表情に戻って言った。
「あのね…須田さん・・」
「島田ちゃんって言ったっけぇ?私ぃ、今はその時期じゃないと思うの。」
「今は?」
「うん。だって、あなた、さっき宝の山は先に登った方が分け前が多いって言ったでしょ?」
大場の時にも言った事だ。須田はその事に触れて来た。
「でもね…宝の山に罠が仕掛けられてたら?誰かがその罠にかかって犠牲になってくれて、後から登った方が安全でお宝をいっぱい手にするって話も多いじゃない?」
「そりゃそうですけど…」
「私はその方がいいなぁ。それに、宝の山って一つしかないって訳じゃないでしょ?あなたがタイタニックの財宝を引きあげるなら、私は徳川埋蔵金を掘り当てるかもしれないし。」

須田はテーブルに両肘をつきストローを咥えた。上手眼使いでオレンジジュースを少し吸い上げた。
女の私でもドキッとさせられる表情だ。
やっぱり…須田亜香里…ぜひ味方になって欲しい存在だ。

「行こう。島田。ま、その気になったら連絡してくれ。待ってるよ。」
「遠いトコ来てもらってごめんなさい~。あかり、申し訳なくってぇ。」
「いや。いいんだ。」

須田はカフェの前で二人に頭を下げた。
しばらくその背中を見送った後、反対方向へと身体を向け歩き出した。
暫く歩いて、二人の姿が視界から消えたのを確かめてから小さくつぶやいた。

「ごめんね。はるぅ。」



18

アイドルにならないかって?え~何を言いだすかと思えば…
中学生なったばかりの女の子だからってなんか馬鹿にしてる~

大場は最初そう思いながら戸賀崎の話を聞いていた。

なんでも秋元康って人はスゴク有名な人らしい。おにゃんこクラブの名前位はワタシも聞いたことあるし。「川の流れのように」って曲はおばあちゃんが大好きな曲だった。美空ひばりみたいなスゴイ人の曲を書いたっていうくらいなんだからきっとスゴイ人なんだろうな、それは私にもわかるけどさ…

「あのう…なんで私なんですか?それにスカウトって原宿とか渋谷で歩いててされるって話を聞いたコトあるんですけど、学校まで来てなんて聞いたコトないです。」
「それはだな…君の潜在能力を評価して…」
そう言いかけたところで島田が戸賀崎の言葉を遮って口を挟んできた。
「ねえ。美奈…大場さん。アイドル…芸能界には興味あるんでしょ?」

何この子?そりゃ…興味あるよ。っていうか、むしろアイドルとかってなりたいな~って思ってる。モー娘、とかちっちゃい頃から大好きだったし、女優さんとかそういう仕事にあこがれない女の子なんているわけないじゃん。

「でも…コワイなあ。ちょっと。」
ちょっと肩をすくめて大場が答えた。半分は本心だ。
「あのね…これから私の言うコトって多分すっごい変だと思うんだ。頭のおかしい子が言ってるとしか思えないかもしれない。でもね…絶対にあの時、島田が言ってた事はこういうコトなんだって思う日が来るの。だから、今は話だけでも聞いててくれない?」
「いいけど…」

っていうか、このコ私と同級生って言ってたよね?なのに、何でこんな先生とかお母さんとかと話してる感じになるのかなあ?喋り方が妙に大人っぽい。すっごい頭のいいコなんだろうか?少なくともおかしいコって感じじゃないなあ。戸賀崎さんって人も丁寧な人だし。

「あのね…日本中があなたの事を知ってる。あなたの事をテレビで見ない日はない。どこに行っても注目の的。そうね…私たちの事をみんながこんな風に言うの。国民的アイドルって。その中の中心メンバーになれるの。」
「国民的アイドル?モーニング娘みたいなコト?」
「分かりやすく言うとそうかな…。でも、もっともっと大きな存在。多分、想像出来ないくらいの。」
「その…秋元先生って人がこれから作るグループがそうなるって言うの?」
「うん。そう。これは間違いのないコト。問題はそのグループの中で私やあなたがおういうポジションを務める事になるかってコト。大場さん…今は何?って思うかもしれない。本当にそういうグループが出来るかどうか確かめてからそこにチャレンジしてみてもいいかもしれない。でもね…宝の山は最初に登った人に一番美味しい分け前が与えられるのよ。」

島田は熱い口調で語った。その声の大きさに店にいる他の客が注目する程だ。そのたびに戸賀崎に肩を叩かれるが、また声が段々と大きくなる。

「とにかくだ…このオーデション、一次選考は確実に通過出来るよう手筈は整えられる。君がその気になったら最終選考の対策を具体的に指示しよう。」
「え~とか言って、その対策を聞くのにお金がかかるとかいう話じゃないんですか?そういう詐欺があるって聞いたコトありますよ~」
「はははは。中学生になったばかりにしては良く知ってるな。耳年増ってトコか。もちろん、そんな費用は一切かからない。この話、今返事をくれとは言わない。もちろん真面目な話だからきちんと親御さんと相談してほしい。説明が必要ならその名刺の連絡先に電話してもらっても構わない。私がまた親御さんに説明しにくるよ。」
戸賀崎はそう言いレシートを持って立ち上がった。

「ねえ。島田さんって言ったっけ?」
「そう。はるぅって呼んでくれていいよ。」
「はるぅ?」
「そう、私晴香って言うの。晴香って名前多いから…って。みんなにそう呼ばれてるから。」
「はるぅ…もこんな風にしてスカウトされたの?」
「う~ん…本当の事を言うと違うんだ。私は押しかけ…かな?」
「押しかけ?オーデションに応募したってコト?」
「まあ、そんなトコかな。そのうち、解ると思うよ。」

秋葉原48か…
アキバ…あんなオタクの街でアイドルね…

大場はテーブルの上に残されたパンフレットの秋元康の顔に視線をやった。
限りなく怪しい話だ。
でも…なんでだろう?あの島田ってコ…はるぅか…あのコの笑顔が目に焼き付いて離れない…

17

「美奈~アンタに会いたいって人が来てるよ?」
「ん?誰?」
「なんかやたらガタイのいいオッサンとウチらと同じくらいの年の女の子。」
「誰だろ?」
「美奈、アンタまた他の中学のコ、シメたんじゃないの?そのコの親とかガッコの先生とかが乗り込んできたんじゃねーの?」
「何言ってんの?私、アンタ達と違ってそんな悪じゃないもん。」
「おーおー、良く言うよ。校門のところだよ。」

大場美奈は校門のところへゆっくりと歩きながらその二人組の事を考えていた。
誰だろう…?う~ん…思いあたる節が多すぎて絞りきれないや。
まあいいか…

「お待たせしました~」
大場は明るくて優等生っぽい笑顔を作って二人に挨拶を送った。散々やんちゃをしていながら教師や親に咎められることが少ないのもこの表情の作り方のおかげだ。
「大場美奈…ちゃんだよね?」

ん~…わからないなぁ。いかにも運動部…そうだなソフトボール部かテニス部か…に入ってる活発な女の子。同級生くらい?にしては背も高いし、日焼けしてて健康的そう。顔も可愛いしすごく目立つタイプのコだし。こんなコ、もしなんかいざこざ起こしてたら絶対覚えてる。
どこかで会ったっけ?大場は笑顔のままそう言うように首を傾げた。

「どうやら…まだみたいだな…」
「ええ、美奈が嘘ついてたら私にはわかりますから。」

美奈?何、このコ。初対面で名前呼び捨てで呼ぶなんて?それに…このオジサン、あからさまに怪しいんですけど…
大場はちょっと眉をひそめて表情を硬くした。

「失礼。すまないね、いきなりで。大場さん、君とちょっと話がしたいんだ。私はこういう者だ。見た感じは怪しいけど、大丈夫。決して取って食ったりはしないから。」
大場は男が差しだした名刺を受取った。そこには株式会社AKS 総合企画部 部長 戸賀崎智信とあった。
「今日はあなたの事をスカウトに来たの。私も一緒だから安心でしょ?ちょっとお話出来ない?」
「あなたは?」
「あ、ごめんなさい。私は島田晴香。あなたと同じ中学1年生。私もこの戸賀崎さんにスカウトされたの。あなたの事をスカウトに行きたい。一人じゃ怪しいって思われるから一緒に行かないか?これから一緒の夢をみていく仲間になるかもしれないし…って戸賀崎さんに言われたからついて来たの。」

スカウト…何のスカウトなんだろ…
まあいっか。この子も一緒ならいきなりおじさんが豹変して襲いかかってくるって事もないだろうし。
それに、なんか面白そうかもしれないし。

「わかりました。お話聞かせてください。」
「じゃあ…場所を変えようか?」
「あ、出来ればファミレスとか喫茶店とか…でもいいですか?」
「そうね。人目が多い方が安心だよね?」

へえ…この島田って子、見た目可愛いけど、しっかりしてそうじゃん…
3人は近くのデニーズへと入っていった。

16

島田と戸賀崎はオフィス近くのフレンチレストランに入った。
閑静な住宅街の中にあるかなり高級そうな佇まいだ。

「戸賀崎さん、こんなトコいいんですか?ランチコース5000円~って…」
「仕方ないだろ。個室あるような気の効いたトコ他には無いからな。ファミレスなんかで向き合って座ってたらどう見ても家出少女と怪しいおっさんにしか見えんだろうし。」
「ですね…今のワタシ、本当に田舎の中学生ですからね。」

「それで…戸賀崎さんはどう思います?今の状況。っていうか、遅かったなってさっき言いましたよね?」
「ああ。丁度1年だな。俺が目を覚ましてから。」
「1年?目を覚ます?」
島田はテーブルに並べられた料理に片っ端から食い付きながら言った。
コース料理だったが、ゆっくり話をしたいからと戸賀崎が一気に全部出してもらったのだ。これなら話の途中で鰯のような目をしたウエイターに邪魔されずに済む。
「ああ、俺が今の時代に戻ったのがな。お前もそうだったんじゃないか?起きたら世界が変わってた…って感覚だったのは。俺は働いてたキャバクラのクソ汚い仮眠室だったけどな。」
「そうです。目を覚ました…確かにそんな感じ。でも、私はほんの数日前でしたけど。」
「どうやらそうらしいな。」
戸賀崎はグラスの水を飲み干した。テーブルに置かれた水差しから自分でグラスに水を注ぐ。
「これって、タイムスリップですよね?」
「その通りだな。タイムスリップにはどうやら2つのパターンがあるらしい。一つはスリップする前の自分の存在がそのまま過去に飛んでくパターン。ドラえもんのタイムマシンなんかはそのタイプだな。10年遡ってみたら10年前の自分がそこにいるっていうな。バック・トゥ・ザ・フューチャーなんかもそうか。」
「私たちは…もう一つのパターンって事ですね?」
「ああ。過去の自分の身体の中に未来の意識だけが乗り移った状態になるパターンだな。」

「ワタシ、考えたんです。戸賀崎さん、最後の記憶って何ですか?2013年の。飛行機に乗った時じゃないですか?あそこがタイムマシン…タイムスリップのきっかけだったんじゃないかって。」
「そうだな。俺もそう思う。そう思って、あの時飛行機に乗ったメンバーの事を調べたさ。それに、目の前に同乗者もいたしな。」
「秋元先生?」
「そうだ。俺はずっと秋元先生の行動をチェックしていた。それとなくタイムスリップの事をにおわした事もある。でも…どうやら先生がまだ目覚めていないみたいだ。」
「なんでわかるんですか?目覚めていないふりをしてるかもしれないじゃないですか?」
島田は前菜のテリーヌからサラダ、スープに舌平目のムニエルを片付けメインの羊肉に取り掛かっていた。皿まで食いそうな勢いだな…戸賀崎は黙って手をつけていない自分が注文した近江牛のローストの皿を島田の方へ差し出した。

「この1年…先生がやってきた事は俺の知ってる2004年から2005年に起きた事と全く同じだった。考えてみろよ。先生が過去の記憶を持ったまま未来からタイプスリップしてきたら、同じ事を二度繰り返すと思うか?」
「まさかあ。それは無いですよね。幾ら大成功を収めたって事が分かってても、絶対に違う事をしますよね。」
「そう。それが秋元康って男だ。」
「でも…戸賀崎さん、1年も前に目覚めてたんでしょ?ここからどうすれば成功するかって分かってるなら自分でやれば良かったじゃないですか?ひょっとしたら2013年に名プロデューサーとして名をはせるのは戸賀崎さんかもしれませんよ?」
島田が羊肉を平らげて戸賀崎から貰った牛肉の皿を目の前に持ってきた。水を一口飲みナイフを入れていく。

「そんなコトやったさ。もちろんな。しかし、俺がどんな企画をどんなトコにもって行っても誰も相手にしてくれなかった。そりゃそうだな。しがないキャバクラの支配人が何を言ったってそこに成功の匂いなんか感じられんだろうし。」
「やっぱり…歴史は変えられないのかなぁ…?」
「島田…お前はどうしたいんだ?歴史を変えたい…そう思ってるんじゃないか?スリップする前の自分を悔いていないのか?だから、俺の前に現れたんじゃないのか?」
「そりゃそうですけど…」
「多分、俺一人じゃダメだが、他に目覚めたヤツがいれば…俺はそう思っている。」
「他に?」
「ああ、さっきも言ったろ?俺は調べたって。あの時飛行機に乗っていたのは、俺と秋元先生。前田と篠田、それに小嶋…」
「私と美奈、鈴蘭…それにSKEのあかりんさん…」
「大人には出来るコトってものがあってな。その時はまだ誰も目覚めてなかった。もちろんお前もな。」
「私の事も?」
「ああ。なかなかいい旅館じゃないか。特に料理が最高だった。」

テーブルの上の料理はすっかり片づいた。島田は更に残ったソースをバゲットで綺麗に拭き取るようにして取った。パンを口に運ぶ。

「戸賀崎さん…デザートも頼みませんか?」
島田がケーキのリストを眺めて言った。
「島田…俺は出来ると思ってるよ。」
「はい?」
「歴史を変えるって事さ。さっき言ったろ?」
「ええ。本当にそう思いますか?」
「ああ。じゃなきゃ、俺たちがこの時代に戻ってきた事の説明がつかない。どうなるかわからん。でも…」
「戸賀崎さん、私は乗りますよ。せっかく新しい命が与えられたんですから。」
「新しい命か…上手い事を言うな。」
「その命の使い道…正しいかどうかは分からないけど…私は自分で決めたいんです。」

島田はまっすぐに戸賀崎の目を見た。
「よし…そうと決まったら…」
「その前に、私はガトーショコラとモンブランとバニラアイスで。」

「まったく、お前は変わらないな…昔も今も。うるせえよ。ホントに。」
「違いますよ。今も未来も…でしょ?」


15

やっとの事でお母さんからもらった2万円。いきなり「東京に行きたい」なんて言いだしたら絶対無理だと思う。だって、何しに行くんだ?って根掘り葉掘り聞かれるし。「子供じゃないんだから心配しないで」…今まで何回言ったっけ?そんなセリフで納得してくれるわけないし。だって、今、本当に子供なんだから。
結局レギュラーになったんだから、もう一本ラケット買ってって話でまとまった。「また?」って顔されたけど、横からお父さんが「ほうレギュラーになったのか?1年生で?そりゃめでたい」って助け舟出してくれたのが大きかった。ゴメンねお父さん、嘘ついちゃって。芸能界に行くって決めた時もそうだったなぁ。あの時…なんて言えばいいんだろ?あの時代?…もそうだった。絶対反対のお母さんを一緒になって説得してくれたっけ。

新幹線のホームを降りてそのまま地下鉄へ乗り換えた。路線図を見るでもなく、身体が自然に動く。大丈夫だ、ちゃんと覚えてる。島田晴香は「先生」のいる事務所が入っているビルに迷うことなく辿りついた。

「すみません。島田晴香と申します。秋元康先生にお会いしたいのですが。」
事務所の受付は驚く程簡素だった。名古屋・栄のオフォスは高層ビルのワンフロアぶち抜きの広大なものだったし、東京がああなる前の白金のオフィスも何度も行った事がある。ちゃんと広くて綺麗な受付があって、いつも綺麗なお姉さんが二人座ってた。こんな風に内線電話で呼び出すようなものじゃなかった。

「お約束でしょうか?」
中からドアを開けて一人の女性が顔を出した。
あ・・サルオバ…違った広報の西山さんだ。もうこの頃からいるんだ…
「いえ…そうじゃないんですけど…」
「あ~オーデションに応募してくれた子ね?ごめんなさいね。秋元は応募者には会わない事になってるの。」
「いえ。そうじゃなくて…私は秋元先生に…あの…いらしゃるんですよね?お伝え頂けませんか?島田が…飛行機に乗ってた島田が戻ってきました…そうお伝え頂ければわかると思います。」

西山が怪訝な顔をした。普通なら追い返すんだけど、なんだろう?この子の迫力は…
「一応聞いてくるけど…そこに座ってて。でも期待はしないでね。」
西山が部屋の中に戻った。


「秋元先生…なんか変な事を言う子が来てるんですけど?」
「変な事?また応募者の押し売りか?断るように言ってあるだろ?」
「ええ。それが…飛行機に乗ってて戻ってきた…とか。そう言えばわかるって言ってまして。」
「飛行機?戻ってきた?何の事だ?」
「お分かりになりませんか?」
「ああ。いいから追い返しなさい。」

「私が行きますよ。」
西山の向かいの席の男が立ちあがって笑顔を見せた。
「すみません、いいですか?お願いします、戸賀崎さん。」

落ち着かない表情で勧められたソファに腰掛けていた島田の前に大きな男が現れた。
戸賀崎さん…まだ痩せてたんだ。ちょっといい男じゃない?
「あ…あの。私…」

「遅かったな。島田。まあ、最初に来るのはお前だとは思ってたけどな。」
戸賀崎がそう言って笑った。

14

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
仰向けの姿勢のまま部屋の中を見回す。
読みかけの漫画、食べかけのお菓子、友達との交換ノート、文房具…色んなものが散乱してる。ランドセルも部屋の隅っこにほっぽり放しだ。教科書と問題集なんかだけはきちんと棚に並べて立てかけられている。全然使っていない証拠だ。

2005年7月…

どうやら、本当に私は時間を遡ってきてしまったらしい。
何回も…いや何十回も色んな可能性を考えてみた。でも、訳がわからない。
一晩寝てみたら…ひょっとしたら目が覚めたらちゃんと元に戻ってて…な~んだ夢だったんだ。って笑い話になるかとも思った。でも、多分そうならないんだろうな…って思いもあった。

で…整理しよう。
ワタシ、山内鈴蘭は小学校5年生。AKB48のらんらんじゃない。

頭の中が整理出来るとすぐに目には涙が溢れてきた。

島ちゃんも、みなるんも、やぎしゃんだって…メンバーのみんなに会えない…
会いたいなぁ…もう会えないのかなぁ?
でも、待って。私がこうやって昔に戻っちゃったって事は、みんなも?

山内はベッドから飛び起きると散らかった部屋から一冊の雑誌を見つけ出した。
芸能オーデションの雑誌だ。
そう…ここに行けば…みんなに会えるかもしれない。

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小さな募集記事を見つけ食い入るように見入っていた山内が大きなため息をついた。
13歳から?ダメじゃん…ワタシ。応募すら出来ない。
それに…またあの世界に戻るの?そりゃ、楽しい事もあった。華やかな舞台で綺麗な衣装を着てスポットライトを浴びて。でも、辛い事はその何倍も何十倍も多かった。幾らグループの人気が出てもワタシ達は所詮「アンダーガールズ」。最初所属したチーム4だって二軍みたいな扱いばっかだった。やっと先輩が卒業して私たちの番…そう思ったのに、あんな事があって今度はAKBそのものが「支店」扱いされるようになっちゃった。ガラの悪い劇場で細々と公演する地下アイドル…あんな世界に戻るの?そうよ…今からなら…プロゴルファーへの道だってチャンスはある。一時はピンでゴルフ番組まで持ってプロにびっちりレッスンしてもらった経験もある。その時の事はちゃんと頭の中に残ってる。メンタルだって鍛えられた。身体は小学生でも経験値は高いはずだ。ここがスタートラインならきっともっともっと上手くなれるはず…それに、お父さんだって怪しげなアイドルになるより私がプロゴルファーになる事を望んでたはずだし…

山内はもう一度だけ雑誌の中の秋元康の顔を見て、ページを閉じた。
散らかった他の雑誌や本を重ねて紐で縛った。未練を閉じ込むようにきつくきつく…


13

「救急車を呼んだほうがいいんじゃないか?」
「直撃か?」
「いや…雷が落ちたのは4番のほうだって言ってたぞ。この辺りにも衝撃はあったが…」
「そうだよ。第一、一緒にいた俺たちはなんともないしな。」
3人の中年の男が心配そうに倒れた少女を見下ろしている。一人は少女の父親のようだ。

「鈴蘭。おい。大丈夫か?鈴蘭?」
軽く頬を叩かれる感覚に気づき目を開けた。目の前に父親の顔があった。
「ん?ああ、お父さん?大丈夫だけど…あれ?何?」
山内鈴蘭は背中を抱きかかえていた父の腕から身体を起こして辺りを見回した。
鮮やかな緑色のフェアウエイ。目の前に広がるアイランドグリーン。良く見慣れた光景だ。デズモンド・ミュアヘッド設計による難コース、オークビレッジ・ゴルフクラブの14番ホールだ。さっきまで雨が降っていたのだろう。芝には水玉が輝いていた。

このホール、大嫌い。だいたいミュアヘッドって性格が悪いんだよ。っていうか絶対どS。じゃなきゃ、こんな難しいコース設計なんてしないから。お父さんたちも、ここ来たら絶対スコア崩して機嫌が悪くなるんだから、もっと簡単なコースに行けばいいんだよ。私だって今日のアウト55だよ。せっかくここんトコ90台で安定して回れてたのに…

今日?
今日って…なんで私ゴルフ場なんかにいるの?だって、今日は前田さんとか麻里子さんとか…OGのコンサートとSKEショップのNY店オープンセレモニーに行くあかりんさんのお伴だったじゃない?飛行機無茶苦茶揺れてて怖くて…

「お父さん…私、なんでここにいるの?」
「なんでって…おい、鈴蘭…大丈夫か?」
父親が不安そうな顔で山内の顔をのぞきこむ。
「鈴蘭ちゃん、今日はここで上がろうか。多分雷に打たれたって訳ではないと思うけど、一瞬意識失ったくらいだから、ね。」
同じ組のおじさんがそう言った。確か…お父さんの取引先関係かなんかの人だ。スゴク癖のあるフォームだけどハンデ5下の人。関東アマとかにも出てるくらい上手い人だ。名前…なんて言ったっけ?
「ううん、大丈夫。あと5ホールだし。それに…なんか今日はワンオン出来る気がするんです。14番。」

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山内はティーグラウンドに立ってグリーン方向を見た。レディスディーからは130ヤード。今日は混んでるから前の方にティーを出して易しくしてるらしい。風はフォローだ。
「お嬢さん、5番ウッドでいいかしらねぇ?」
年配のキャディがそう言ってキャディバッグに入ったクラブを引き抜く。ウッドカバーを外してそれを山内に渡そうとする。
「5ウッド?いや…ちょっと大きすぎません?130だったら5アイアンか、フォローだから6か…」
「え?鈴蘭ちゃん?」
おじさんがビックリした顔をしてる。ん?いや・・幾ら私でも5ウッドだったら160…それ位は飛びますよ?まあ、ウッド苦手だからチョロして池ポチャかもしれないけど…

山内は5番と6番、2本のアイアンを持ちサイドティーグラウンドに上がった。意外と風が強いのを見て5番を捨てた。6番を持ってアドレスに入る。軽く1回2回をワッグルをしながらスタンスを決める。

なに?このクラブ…シャフトはふにゃふにゃ。ヘッドだって異常に軽い。これじゃおもちゃのクラブみたいだ。それに…私が普段使ってるのはXXIOのアイアン。レディスモデルだけどシャフトはしっかりしたもののはずだ…

アドレスを解いた。息を止めるようにしていたお父さんやおじさんがほっと溜息をつくのが聞こえた。
「あ、失礼しました。ちょっとアドレスで違和感が…」
「なんだなんだ?鈴蘭ちゃん、どうしたんだ?急に大人っぽい口調になって。それに、今のプレショット・ルーティン、古閑美保にそっくりじゃないか?雷で突然覚醒したとか?」

急に背中に冷たい汗が流れる気がした。おじさんの言葉には答えずクラブを5番ウッドに持ち替え、再度スタンスを取る。バックスイング…ダウンスイング…インパクト。頼り無い音を立てて弱々しい打球がグリーンに向かって伸びて行く。
「越えて~」
キャディさんの声がかかる。ボールは池を超えたものの右手前のバンカーに飛び込んだ。
「ナイスナイス。今日は池越えたじゃないか。」
父親に肩を叩かれて山内はにっこり笑った、ティーを拾って歩き出す。

ん?お父さん、背伸びた?
まさか…ね。そんな年じゃないよね?
え?それじゃなに?私の背が縮んだとか?

グリーンに向かう途中に茶店の前を通る。14番と15番の間にある。そこの窓ガラスに映った自分の姿に山内は思わず足を止めた。そこには遠い記憶の中の自分がいた。お父さんと毎週のようにラウンドに出かけてた頃の自分。
ゴルフが面白くて面白くて仕方なかった頃だ。

そう…まだランドセルを背負っていたあの頃の。

12

仲間の誘いは断ったがまっすぐ家には帰らなかった。
今の状況が私の知っている2005年と同じって事が分かったからには、次に考えなくちゃいけないのは「これから何をするか」だ。島田は駅前の漫画喫茶に飛び込んだ。「インターネットが使える部屋で」受付でそう言うと、アルバイトのお兄さんが怪訝そうな顔をして「ちょっと待って」と言って奥の部屋に引っ込んだ。
あ、そうだ…私、今中学生なんだ。制服も着てるし。もう夕方だもんね。補導とかされちゃうかも…慌てて島田はその場から立ち去った。

どうしよう…そうだ。確か、この頃はまだ雑誌とかから書類で応募する方が多かったはずだ。
本屋に飛び込む。ティーン向けの雑誌が並ぶ棚からオーデション雑誌を取り出しページをめくっていく。目指す記事は、実にひっそりと小さなスペースを与えられて掲載されていた。

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これは怪しい。島田は思わずくすっと笑った。たかみなさんが良く言ってたっけ。なんかムチャ怪しいオーデションだと最初は思ったって。そりゃそうだ。雑誌にはハロープロジェクトの華やかなオーデション記事やホリプロなんかのカラー記事が大々的に載っている。秋葉原48プロジェクト?絶頂期を見てきて、最初は怪しげに思われたって事を知ってる私だってこれじゃ怪しいって思っちゃう。大体、この秋元先生の写真の怪しさは何?

雑誌をレジに持っていき財布をバッグから取り出す。オーデションに応募するのかって?そんなまどろっこしい事なんてしてる場合じゃない。東京都港区…よく知った住所だ。そこに行けば…秋元先生がいる。

あの時…そう、私の中の2013年の最後の記憶。あの飛行機には秋元先生も乗っていたはずだ。

11

ちょっと冷静に考えてみるんだ。

今の状況…どう考えたって理解や納得は出来ないけど、一つだけはっきりしてる事は今が2013年ではなく2005年だって事。どうしてこうなったか?は多分考えても私の頭じゃ無理だ。そして、大事なのは…多分、そんな事じゃない。これからどうすればいいのか…だ。

「ちょっと何そんなトコに突っ立ってるの?部活何時から?早くご飯食べちゃってよ。」
「ん。1時から。分かってるって。もう時間無いから行くよ。」
「行くって、ご飯は?食べてかないと倒れちゃうよ。今日も暑いんだから。」
「大丈夫。」

島田はバタバタと夏服の制服に着替え、大きめのスポーツバッグを抱える。2本入りのラケットバッグを肩から下げて外に飛び出した。・・・・今日の部活は1時から…部活に行く時は夏休みでも制服を着る事。うん…この2005年の今日、私は何をどう行動しなくちゃいけないかって事がちゃんと分かってる。今日は新人戦のレギュラーが発表される日だ。多分、3年生が引退した後の新チームで私は一人1年生からレギュラーに選ばれるんだ…そんな事も今の私は知っている。

とにかく…まずは今の状況。自分の中の遠い記憶と今日これから起きる事を照らし合わせてみるんだ。

タイムスリップ…

漫画や小説の中の事なんかじゃない。島田は知らず知らずのうちに胸がときめいてくるのを感じていた。おもしれー。もし…この2005年から人生をやり直せるんなら…やりたい事はヤマほどある。前の人生を後悔してる訳じゃない。あれはあれで刺激的な人生だった。でも…もし…もし、この2005年の今が、私の知ってる2005年に戻っただけのものだったら…これから何が起きるのかが私にはわかる。だったら、どこでどうすればいいのか…もっと上手く2013年を迎える事だって出来るはずだ。

「っーっす!」
運動部独特のちょっと乱暴で変わった挨拶の言葉を発して島田がテニス部の部室に入っていった。
「っーっす!」
そこには懐かしい顔があった。同級生や一つ上の先輩。島田は違和感無く徐々に2005年の日常に身を馴染ませていった。真夏のテニスコートでの練習はキツかった。頭の中のイメージよりも身体は動かない。ラケットが重く感じる。そりゃそうか。頭の中は大人でもこの身体は中学生に入ったばかりのもの。まだ子供のものなんだから。

それでも、島田の打つボールは相手コートに次々に突き刺さっていく。2年生の先輩も私のパッシングショットに振りまわされている。パワーが無くとも高校まで続けていたテニスのスキル・テクニックは頭の中にインプットされているんだ。相手にならないのも無理はない。

「島田、何か一皮むけたか?フォームも見違えるほど良くなったぞ。」
「ざっす!」
コーチの驚いたような顔に島田が笑顔で答える。周りのチームメイトも驚きの顔を隠せないのが分かる。

一日の練習が終わった。予定通りレギュラーにも選ばれた。大丈夫だ。今は…私の知ってる2005年だ。
「ごめんね、今日家の手伝いしろってうるさく言われてて。」いつものように駄菓子屋に寄っていこうという仲間に断りを入れて島田は急いで部室を出た。そうだよ。2005年…秋の新人戦か・・・・多分出れないな。やらなきゃいけない事があり過ぎる。

これはチャンスなのか?
そうだ。チャンスだ。チャンスの順番はきっと色んな形でやってくるんだ。
こんな突拍子もない形でも。

10

「…るか。晴香!いつまで寝てるの?夏休みだからってダラダラして…今日も部活あるんでしょ?」
「ん…ああ…わかってるって。あと5分…」

あ~蝉の音ってなんであんなウルサイの?みんみんみんみんみん…
わかったって。わかったから。もう起きるから~
今日も公演あるんだからさ。わかってるよ、お母さん…

???
夏休み?
部活?

お母さん??

島田晴香はお腹のあたりに掛けられていたタオルケットを跳ねのけた。文字通り飛びあがらんばかりの勢いで身を起こす。辺りを見回した。ぼんやりとしていた視界が徐々にクリアになっていく。
どこか懐かしい…けどはっきりと見覚えのある部屋。そうだ、静岡の実家の部屋だ。東京で一人暮らしを始めた今でも昔のままにしてくれている。ベッド、机、クローゼット…でも、どこかに違和感がある。隙間なく壁に貼られてるポスターはジャニーズのタレントのものばかりだ。とうの昔に全部剥がしたはずのものばかり。机の上に飾ってあったはずの写真立てがない…たかみなさんと一緒に写った大事な写真が入ってるのに…

あれ…?なんで私、こんなトコにいるんだろ?

島田は頭を捻りながら立ち上がった。確か…そうだ。海外公演だ。元AKBの先輩達の海外公演にお伴するという事でセントレアからNY直行便に乗ったのが昨夜の事のはずだ。機内食を食べて隣に座っていた鈴蘭と話してるうちに眠くなって…そうそう寝言がうるさいから席移るわって言われたんだよね。確か。先輩達と違ってエコノミーに乗ってたけど結構席が空いてて…

夢?にしちゃなんかリアルな感覚。昨日劇場のドアにぶつけて擦りむいた肘もなんか痛いし。
いったい…

島田はぼんやりした意識を冷ますように頬を軽く自分で叩き長い髪をかきあげた。

長い髪?
なんで?私、もうずっと短い髪型のままだよ?エクステだってつけないし…
慌てて部屋の隅のドレッサーを覗き込む。

細い…いや、ちっちゃい…
これじゃまるで美織じゃんか?それに顔…真っ黒。
や、元々色黒だけど…これじゃ小麦色っていうよりこげ茶だ。
それに何?この幼い顔。
ちょっと待って。そりゃ童顔って言われてるけど…まるで中学生に戻ったみた…

どどどどどど…

「こら!晴香。何どたどたやってるの?今日は団体のお客さんも入ってるんだから、部活から帰ってきたら手伝ってよね?」
母の言葉などまったく耳に入らない。島田は慌ててテレビのスイッチを入れた。

ブランチタイムは各局ともワイドショーをやっている時間帯だ。島田は丁度CM明けに画面を食い入るように見つめた。
この人…知ってる。確かホリエモンとかいう人だ。でも…刑務所に入ったとか言ってたけど。選挙に出るか出ないか?え~っと…芸能ニュースとかやってる局ないの?

チャンネルを変えると訳知り顔の教育評論家とかいう人のシブい表情が飛び込んできた。
「それはですね。人気アイドルグループのメンバーとして軽率な行為である事には間違いないですよ。未青年が飲酒して大暴れしたという事は庇いようのない事実です。しかしですね、テレビ局のアナウンサーという社会的にも立場のある大人が一緒にいてそれを悪い事だと止める事もせずに…」
これって…そうだ。あの事件だ。これなら私もよく覚えてる。結構好きだったんだよね…NEW…

ちょっと待って。何?これって夢でしょ?
夢じゃなかったら説明がつかない。

島田はテーブルの上に置かれた新聞を取り上げた。すぐに日付の所を確認する。


2005年7月22日

これはいったい…
島田は暫くその場から動けなかった。
やがて聞きなれた音楽が流れ始める。
「お昼休みは~」
一瞬、やはり何かの間違いだったんじゃないかって画面を見て島田はすぐに視線を戻した。

間違いない。今は2005年7月。
いいとものオープニングなんてもう何年も変わってないんだから…

9

2013年晩夏

「先生。」
「前田か。お前一人か?」
オフィスの自室で窓の外を見下ろしていた秋元康は背中から掛けられた声に振り向く事無くそう答えた。
「はい…そうみたいですね。結局。」
前田敦子が涼しげな笑顔を浮かべソファの上に腰を下ろした。
「そんな寂しい事言わないでよ。私もちゃんと来たよ。あっちゃん。」
「あ~麻里子ぉ。だよね。麻里子は来ると思ったよ。」
「ちょっと、麻里子はってどういう意味?私は来ないって思われた?」
「あれにゃんにゃんも?え~私は意味わからないから~とか言うかと思ったし。」
篠田麻里子と小嶋陽菜が部屋に入ってくるのを前田が笑顔で迎えた。
「あとは…高橋か…」
秋元が振り返り3人の向かい側のソファに腰を下ろした。
「たかみな…来ないかもしれませんね。」
篠田が言った。前田も小嶋も顔を見合わせて頷く。
「目が覚めた4人のうち3人…あとは、最後まで目を覚ませなかった板野と峯岸と平嶋か。平嶋は目を覚ましたのかどうなのか、今となっては分からないけどな…あとは戸賀崎もだな。」
「先生…どうしますか?」
「前田…逆にお前たちはどうなんだ?残ればひょっとしたら・・・」
「いえ、先生は行くんでしょ?私は目が覚めた時から今日までが…って思ってましたから。」
「そうだよね、あっちゃん。先生、私は行きますよ。だって、十分楽しかったもん。」
篠田の言葉に小嶋も笑顔を浮かべる。

「それでだ…高橋と板野、峯岸…あとは平嶋…戸賀崎もか。アイツ、本当に図太いというか能天気というか…」
「戸賀崎さんは連れて行くんですよね?」
「ああ。」
「あとの4人は?でも…やっぱり人数合わせて連れて行かないといけないんですかね?」
「わからない…だが…」

前田の質問に秋元は一瞬迷いの表情を浮かべた。しかし、わかっている。同じ人数で出かけなくてはいけない。それは最初から決まっている事だ。なぜそう思うか?そう聞かれても根拠などない。そもそもこの事すらあり得ない事なんだから。

「あとの3人は、島田、山内、大場、それからもう一人は悩んだが…須田にするよ。」
「そうですか。」
「なんでその4人なんだって聞かないのか?」
「きっと、その4人が今を一番悔やんでるからじゃないですか?AKBの3人だけじゃなく須田ちゃんもね。」
前田が当然といった顔で秋元に言った。そう…自分たちがそうだったように。

「あ~、私達はもう戻れないのかなぁ?」
小嶋が大きく背伸びして言った。
「未練あるとか?」
「あっちゃん、そうじゃなくてさ。なんか、見てみたいな~って。次はどんなAKBになるのかな?って。」
「一番見たいのは秋元先生じゃない?」
篠田がそう言うと秋元は眼鏡を外してもう一度笑った。

「そうだな…でも、もういいだろう。篠田が言ったように…十分楽しかった。」

8

「先生…本気ですか?」
「本気とは?私は今までいい加減な気持ちで話を進めた事はないよ。一見馬鹿らしいと思われる事でも真剣に考えて出した結果だ。もちろん無謀なトライもしてきた。しかし、今回の戦略に間違いは無いと思ってるよ。」
「しかし…これはサプライズどころの騒ぎじゃないですよ…。第一、関係者への調整が大変すぎます。スポンサー、レコード会社、各プロダクション、そして何よりメンバー達。誰もが納得しないでしょう。」

秋元康が戸賀崎に手渡した企画書は実に70ページにも及ぶものであった。A4の用紙には裏表びっしりと細かいフォントで文字が打ち込まれていた。明日会議をやるから。そう言われて資料を渡された戸賀崎はほぼ徹夜でそれを隅から隅まで目を通した。

AKB48を再生する。

確かに先生はそう言った。批判をされても構わない…とも言った。
しかし、これは暴挙だ。これは再生ではない、解体だ。

戸賀崎がそう思うのも無理はなかった。幾ら総選挙で一つの大波乱が起こったとはいえ、あれは次のシングルの選抜を決める「お祭り」だ。今後のグループを占う一つの試金石にはなる事は事実だが…

「レコード会社にはもう話してある。こっちは大丈夫だ、何も問題ない。AVEXにとってもキングにとっても契約上異を唱える事は出来ないよ。」
「それはそうですが…」

次のシングルは選抜総選挙の結果を踏まえたメンバーでリリースされる。もちろん「AKB48」名義のシングルだ。しかし、実際選抜16名中半数以上を姉妹グループのメンバーが占め、しかもTOP3の二人とセンターポジションまでがSKEのメンバーだ。更に偶然とはいえ、グループAが木本花音、グループが向田茉夏とリリースされる4曲中3曲までがSKEのメンバーがセンターを務める事態になっていた。

秋元の企画書の冒頭にあったプラン①にはその後の展開が記されていた。
・選挙シングルのリリース2週間後にSKE48のNEWシングルをリリースする。選抜メンバーは16名。その中にAKB48から島崎遙香と岩田華怜、NMB48から渡辺美優紀を参加させる。
・SKE48の個別握手会にはグループ全員を参加させ東京で2回、名古屋で2回の開催とする。

「そりゃ…AVEXは何も文句ありませんよね。間違いなく売り上げは伸びる…でしょうから。でも、大変なのは…」
「プラン②と③の事か?②についてはもう全部用意できたよ。曲はとっくにセレクトしてたからね。最後のチームHの詩を書きあげたのは昨夜の事だがね。」
「全部ですか?」
「といってもチームの数は減るからね。」
「それはそうですが…先生、いつ寝てるんですか?」
戸賀崎の問いに秋元は小さく笑った。そのまま背を向け大きなオフィスの窓の外を見下ろす。
「戸賀崎…時間が無いんだよ。私には。多分…」
「時間がないって…まさか先生、ご病気とか…?」
「病気?はははは。ガンとか不治の病とかか?残念ながら先月の人間ドッグではどこにも異常は見つからなったよ。」

戸賀崎がそう思うのも無理はなかった。まるで残されたわずかな命の間にやれる事は全部やっておこう…そう思わせるような秋元の戦略はスピード感に満ちていた。

プラン②の内容はこうだ。
SKE、NMB、HKTの各チームの新公演をスタートさせる。発表は東京ドームコンサートの最後だ。もちろん全部オリジナル公演。初日の発表も合わせて行う。AKBチーム4のオリジナル公演も同じタイミングで発表する。しかし…それは「チーム4」としての公演ではない。これはプラン③に関わる事だ。間違いない、これが一番のサプライズになるはずだ。

AKB48はチームA、K、B…9期以降加入のメンバー以外、全員が卒業する。ただし、総選挙で64位以内に入ったメンバーに関しては新しく結成されるグループへの加入(名称は未定)、もしくはソロ活動のチャンスを与える。AKB所属で圏外だったメンバーは希望した者だけ姉妹グループの研究生として残ることが出来る。「チーム4」の新公演は「AKB48」としての劇場公演となる。

東京ドームまであと2カ月。やれやれ、俺はどうやら「どうしてなんですか?」っていうメンバーの泣き顔を毎日のように見る羽目になるのか。あとは・・発表後のTwitterやぐぐたすだな…参ったな。やっぱりプロのライターを雇おうかな…
戸賀崎は資料から顔を上げて秋元と同じように窓の外の光景をぼんやりと見つめた。

7

「お望み通りの展開ですか?」
武道館のステージ裏の通路で戸賀崎が秋元に声をかけた。
「どうかな?」
秋元は戸賀崎の方を振り向く事無くステージへと上がる階段を登っていった。
1位のトロフィーを渡す役割が残っている。
もちろん、もっと大変な大仕事がこの先待っているのだが。

「真那の乱」は篠田麻里子の選抜落ち、松井珠理奈のベスト3入りという波乱を生んだ。
そして…

2位の椅子に座る大島優子に一礼して松井玲奈がステージ中央に置かれた椅子に腰を下ろした。
手には秋元から渡されたトロフィーがある。


前田敦子の卒業はもう過去の話題だった。

「さて…」
誰にも聞き取れない小さな声で呟いて、ステージ上の秋元康がその細い目を眼鏡の奥で鈍く光らせた。



6

「第13位 獲得票数・・・・AKB48チームA、小嶋陽菜!」

小嶋はその場で大きくため息をつくと、すぐに笑顔を浮かべて立ち上がった。
振り返りその場で深くお辞儀をする。
驚きの声…いや、悲鳴にも似たどよめきが会場を支配した。

12位に矢神久美、11位に木崎ゆりあの名前が呼ばれた。
何かが起きようとしている…いや、既に何かが起こっている。
10位の順位で高橋みなみが壇上に上がると、もはや驚きの声よりも次に何か起こるのか…そんな期待交じりの声が悲鳴と怒号をかき消し始めていた。

9位高柳明音、8位須田亜香里…二人の名前が出たところで一旦会場に静けさが戻ってきた。秋元康が大矢につきつけた条件…7位以内の発表の前に高柳と須田の名前が出た。残る7人…今年のSKEの躍進ぶりは凄まじい。だが…残りの中に果たして大矢が入れるのか?珠理奈の名前も出てきていない。幾ら珠理奈の移籍を望まない票が大矢に流れるとはいえ幾らなんでも…しかし…今年は何が起きても不思議じゃない…今までになかった重い重い静けさだ。

そして、それは7位に指原莉乃、6位に柏木由紀、5位に渡辺麻友が呼ばれた事で一層重さが積み増された。残りは4人…大島優子、松井玲奈、篠田麻里子…珠理奈が呼ばれる事はあっても大矢真那がその4人に入る事はないだろう…「真那の乱」はただの謀反に終わった…革命は起きなかった。誰もがそう思った。


「第4位。獲得票数は10万を超えました。…SKE48…チームS…大矢真那!!」

会場が爆発した。誰もが席を立った。驚きや悲鳴や怒号ではない。スタンディング・オベーションだ。鳴りやまない拍手の中、玲奈と珠理奈と暫く抱き合った大矢がゆっくりとステージに上がった。そのまま数分の間、涙が溢れる瞳で会場を見回して小さな声で話しはじめた。

「え…え~…みなさん…なんとお礼を言っていいか…私…ずっとずっと悩んでいました。ひょっとしたら私は間違った事を言ったんじゃないか?ファンの皆さんに酷い事をしようとしてるんじゃないか・・・って。」
先ほどまでの喧騒が一気に静まり返った。息をするのも憚られるような沈黙の中、大矢が言葉を振り絞る。
「でも…みなさん…みなさんは…私の背中を押してくださった…そう思っていいですか?」

大矢のその言葉…会場からは何の反応もなかった…ように思えた。
しかし、誰かが叫んだ。
「真那~!俺たちは真那を信じてるぞ~!」
その声に導かれるかのようにパラパラとおこった拍手がまるでウエーブのように広がっていった。
大矢がしゃくり上げるように言った。
「この挨拶も今日が最後になるかもしれません…私が…私がSKE48の大矢真那です!」



5

2012年6月6日 日本武道館

4回目をむかえ当初マンネリ化が懸念された選抜総選挙だが、投票券の付いたCDは例の如く爆発的な売り上げを記録し、マスメディアもこぞって取材に訪れていた。世間の注目は2つ。1つは前田敦子不在の選挙で誰が1位を獲得するのか。2度の2位、第2回で1位を獲得した大島優子の前評判が圧倒的に高いとはいえ、前回3位の柏木由紀や前田票が大挙して流れるのでは?と言われる高橋みなみ、ソロデビューを果たし単独で露出が目覚ましい渡辺麻友を予想する声もあった。
しかし、それ以上に注目を集めたのが大矢真那がぶちあげた秋元康への挑戦状だった。「真那の乱」は果たされるのか?それとも?マスコミはこのお膳立てに飛び付き報道は過熱を極めた。事実、新曲は1週目で爆発的な売り上げを上げその後急落するAKBのこれまでのシングルCDとは明らかに事なるアクションを起こしていた。投票権が付与されるファンクラブの会員も急増した。まるで全てが秋元康の描いた戦略であるかのように…

今年も司会進行の役割を担う事になった徳光和夫が壇上でマイクを握った。
「それでは早速順位の発表に入って参ります。では…まずはグループCに入るメンバー…64位から49位までを発表して参ります。」
ドラムロールが会場に鳴り響く。徳光が白い封筒の封をリボンがついた鋏で恭しく開けて中から紙を取り出す。
「第64位…AKB48、チームK所属…」
いつもの口調で徳光が順位を読み上げて行く。

波乱…いや異変を感じるには十分だった。前回アンダーガールズ入りしていたメンバーの名前が序盤から読み上げられていく。前回まではランク対象外だった40位未満にはかつて選抜メンバーを何度も経験しているメンバーの名前もあった。一方でSKEの中からは選挙では苦しいと予想されたメンバーが次々に名前を呼ばれて行く。
グループBまでの名前が読み上げられた。残りは32名だ。

会場からはどよめきが起き始めていた。残るメンバーは大体見えてきた。しかし…それでもやはり数が合わない。間違いなく新しくランク上位に入ってくるメンバーがいる…
「ここで順位の発表順を少々変えます。次は選抜メンバー16位から4位を発表させて頂きます。」
更にどよめきが大きくなった。歓声に変わってくる。確かにその方が段々メンバーが絞られてくる事で、誰が選抜に?という興味が薄れてくる事もないし、新しく入るメンバーが誰かを固唾をのんで待つ楽しみもキープされる。

「では…まずは第16位…獲得票数44,875票、NMB48チームN…渡辺美優紀!」
昨年圏外だったNMB渡辺の名前が呼ばれた…

よっしゃ…良かった。ホンマに良かった。ホント言うとおもろなかったんや…大体チーム移籍は栄だけの問題やないっちゅうの。まるでお国の一大事みたいな騒ぎになって、すっかり私の影が薄くなるところやった…これで…堂々と本店に乗り込んでいけるっちゅうもんや…ほな一つここはビックリした顔しとこか?

会場が渡辺のまだ信じれないような感激の顔でのスピーチに拍手を送った。更に波乱の発表は続く。
「第15位。獲得票数…SKE48チームKⅡ所属…小木曽汐莉!」
小木曽の名前が呼ばれた。ここまでのSKEのランクイン状況から32位以内は間違いないとは思われたが、まさかの選抜入り。前列に座っていた桑原みずき、同じ列の高柳明音らに支えられるようにしてようやく立ち上がった。顔は驚きと涙でくしゃくしゃだ。ステージ上から同じチームの向田茉夏と古川愛李が抱き合ってその姿を迎えた。

14位にはNMB・山本彩の名前が呼ばれた。渡辺の選抜入りで今年のNMBはみるきーか…と思われたムードが一掃された。

「難波つえーなぁ」
「まあ、今回は二人に集中っしょ?実際64位までにはこの二人だけだろうしな…」
「しかし…SKE、ゴマが選抜入ったぜ?どう考えてもゆりあとくーみんが下って事はないだろ?まさか二人まで選抜か?」
「でも…そうなると…あとはちゅり、あかりん…玲奈はともかくとして真那はどうなるんだ?珠理奈票がそんな動くか?移籍を止める為だけに?」
「こりゃ…真那の狙い、下手したら逆効果だったかもよ?」

順位発表の間の会場のざわめきが徐々に大きくなっていった。
そして、発表された次の順位に会場は確信した。


間違いない。今日、歴史が動く。






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