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今後について

いつもご覧になってくださってありがとうございます。

えっと、次回作についてですが…
暫くちょっとお休みを頂きたいと思っています。

お気づきの方もいらっしゃるとは思うのですが、3月以降更新のペースが鈍くなってしまっておりました。年度末で仕事が忙しいって事ももちろんあるのですが…。そんな中、何とかかんとか完結までこぎつける事が出来ました。これも、ご期待の声を寄せて頂いたみなさんのおかげです。

私は所謂サラリーマンなんですが、有難い事に、世間一般の方と比べて仕事の裁量というか、コントロールが出来る環境で仕事をさせて頂いております。そのため、小説を書いたりする時間も結構ゆっくり取れたりしていました。4月以降もその環境が大きく変わる事はないので、決して時間が無いという訳ではありません。
実は、今年の6月、趣味としてやっているトライアスロンである大きな大会に出場する事になったんです。アイアンマン・セントレア・ジャパンという大会です。この冬は故障もあったりしてトレーニングに割く時間が普段より少なかった為、その分の時間を執筆の方に振り向けられていたのですが、さすがに国内最高峰と言われるレベルの大会に出場するからには出来る限りの努力をして臨みたいと思っています。この大会は世界各国で開催されるアイアンマンシリーズの一戦として、また、最高峰のハワイ・アイアンマンへの出場資格を争う大会としてトップ・トライアスリートが参戦するというレベルの高い大会です。もちろん私はそんな高いレベルではありませんし、完走さえできれば…という程度なのですが…せめて、出場するからには恥ずかしくないレースをしたいと思っているんです。

苦手のスイムを克服する為に、週4でトライアスロン選手向けのスイミングレッスンに通い始めました。朝5時45分からプールに入り仕事前に相当ハードなトレーニングをしていますし、バイク・ランのトレーニングの時間を確保する為にも、出来る限り仕事を効率よく片づけるようしていきたいと思います。コンデショニングも大事なトレーニングの一環なので、睡眠時間も確保しなくてはいけません。

新作のネタも構想も持っており今すぐでも取り掛かる事は出来るのですが、連載を始めてしまうとどうしても続きを書きたくなるし、皆さんに期待もして頂ける…そんな風に思ってしまいます。ですので、今の生活サイクルに馴染むまでは、ちょっとお休みを頂きたく…
もちろん、娘とのヲタ活動は続けますし、レポや雑記なんかも書くつもりではいます。空いた時間や気分転換で小説が書き溜まればどこかでまとめて発表させて頂くかもしれません。その時は、2ちゃんとかに宣伝しにいくかもしれません(笑)。ミステリーも書きたいし、スポーツ小説も。次ははるぅあたりにトライアスロンでもさせようかな(^^ゞ



次回作を楽しみにして頂いてる方には大変申し訳ございません。
私もこの場で皆さんからのご感想を頂いたりコミュニケーションさせて頂く事が、日々の大きな楽しみの一つになっています。ですが、暫くはそんな感じでこのブログを運営していきたいと思います。


宜しくお願いいたします。


※コメントはいつで大歓迎です。これまで通りお返事もさせて頂きますね。
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あとがき


「夢を死なせるわけにいかない」ようやく完結しました(^^ゞ

これだけ連載期間が長くなったのは初めてでしたね。お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。そして、最後までお付き合いくださってありがとうございました。

今回「干され校」の舞台設定を考えたのは、GM5のカップリング曲のメンバーが発表されたのが一つのきっかけでした。スペシャルガールズと銘打ってましたが、MVが作られたのはAとBのみ。Cは劇場版にしか収録されていないため「干され組」とされてしまいました。
実際曲を聞いてみると、なかなかいい曲でしたがどうしても注目を集める事はなかったように思えました。でも…きっと彼女たちにも胸に秘めた思いはきっと熱いに違いない…そんな風に思って今回のお話の設定のヒントとしました。一部メンバーに違いはありますが…

最近はぐぐたすを一つのきっかけとして、色んなメンバーに脚光があたり始めた事は、私にとっても嬉しい限りです。

また、甲子園の最後のシーンを書かなかったのは実は手抜き…ではありません(笑)。最初からこうしようって思っていました。結果はなんとなくわかるように書いたつもりですが…

(^^ゞ みなさんに色んなシーンを想像して頂ければ嬉しいです。

では、皆さんのご意見ご感想、お待ちしています~


inning93.




10年後…


「いいですか、総理。緊縮財政に反対してるのではありません。事実、私は官僚時代、文科省の無駄を徹底して排除するよう動いてきました。だからこそ出世を阻まれ、政界に転身したのですが…しかし…スポーツ推進の予算を闇雲に削る事は賛同出来ません。いいですか?子供たちは野球選手やサッカー選手に憧れ、その姿を夢見るのです。今、私達日本人にとって一番大事な事は、目先の事だけでなく、この国を背負って立つ子供たちの夢を手助けする環境を作る事です。私達が元気になる・・この国がもう一度元気を出すには彼らの夢を死なせるわけにはいかないのです。」

衆議院予算委員会。一人の若手議員が質問に立っていた。
議長が眠そうな声を発する。
「内閣総理大臣、秋元康君。」

「仲俣先生。相変わらずですね…まるで野党の方に質問されているような鋭さだ・・ご指摘の通り、私は真の経済復興に一番大事な事はこの国の元気だと思っております。先生のおっしゃる通り、子供たちの夢をはぐくむ事こそ、今私達が果たさなくてはならない義務だと実感しております。野党の方にも、その事を十分ご理解頂き予算成立にご協力いただきたい。もちろん、これまで通り、各省庁への無駄の削減を徹底して参ります。」


「総理、お疲れ様です。」
「おお、仲俣、君も今日は行くんだろ?」
「ええ、ご一緒します。なんといっても世紀の一戦ですからね。」
「東京ドームも久しぶりだな。総理という仕事は忙しいのが難点だ。」
「でも、支持率は相変わらず高いじゃないですか。景況指数も株価も徐々に回復基調だし。総理の大改革が評価されてるって事でしょう?」
「政治の世界も…なかなかに面白いものだからね。」

WBC・・・ワールド・ベースボール・クラッシック。存在の意義が問われたその大会は、大きく変貌を遂げていた。国別対抗として新設されたワールドカップがいま一つ盛り上がらない中、日本・韓国・台湾・そしてアメリカ…それぞれのチャンピオンチームが世界No.1を争うこの大会はメジャーが本腰を上げた事で文字通り世界最高峰の戦いの場となっていた。
決勝に進んだのは、日本のチャンピオンチームの阪神タイガース、そしてメジャーの代表・ニューヨークヤンキースだった。大会創設以来、全ての大会でメジャーリーグが優勝を飾っている。この大会で勝つことが日本球界の大きな悲願だった。

3勝3敗で迎えた最終戦、タイガースの先発・篠田麻里子は素晴らしいピッチングを展開していた。キャッチャーの仁藤萌乃のサイン通りに際どいボールがコーナーいっぱいに決まっていく。一方、ヤンキースは先発投手の乱調から序盤から苦しい展開を強いられていた。タイガースの4番・鈴木紫帆里にも特大の先制ホームランが出た。しかし、ヤンキースの3番手で登場した菊地あやかの好投が流れを変えた。3番を打つ柏木由紀が7回に放ったスリーランで1点差に詰め寄った。

「さあ、大詰めを迎えたWBC最終戦。ヤンキース最後の最後で粘りを見せます。ツーアウトながら2塁3塁にランナーを置くチャンス。打順は3番の柏木に周ります。先ほどの打席では篠田から完璧なホームランをレフトスタンド上段に運んでいます。おっと…タイガースベンチから金本監督が出てきましたね…ピッチャーの交代でしょうか?」

「タイガース、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、篠田に代わりまして宮崎。ピッチャー宮崎美穂。背番号38。」

「宮崎です。やはり、金本監督、最後は今シーズン押さえのエースとして活躍した宮崎をマウンドに送ります。昨日4イニングを投げ今日の当番はないかと思われていた宮崎ですが、ここはやはり出てきました。」

投球練習を終えた宮崎に仁藤が駆け寄る。
「まいったね。あのときとまったく同じだ。」
「そうだね。ホント。運命って事かな?」
「なんか、懐かしいね。昨日の事みたい。」
「さ…いこっか。」
仁藤がマスクを被ってポジションに戻った。

「さすがにここは敬遠でしょ?」
「さぁ…どうかな?」
「萌乃、嘘つくの下手だね~相変わらず。いいのかな?今度は打つよ。あの時のリベンジ…いつかきっと…って思ってたんだ。」
「そうはいかないよ…今度も勝つのは…私達だ。」

仁藤が軽くミットを一つ叩いた。

inning92.




快音を残し打球が三遊間に飛んだ。ショートの石田が逆シングルでゴロをさばく。そのまま1塁へ遠投だ。打った渡辺が1塁へ頭から突っ込む。

「アウト!」
1塁塁審の右手が上がる。

「ツーアウト!ショート石田の素晴らしいプレー。見事な守備、見事な送球。さあ、ツーアウトランナーなし。12回の裏、秋葉学院、ついに・・・ついに追い込まれました。」

「まだだよ!まだ終わってないよ!らぶたん!」
「最後まで諦めないよ!積極的に打ってって!」
秋葉ベンチから絶叫が響く。2番の多田が打席に立った。

あと一人だ…あと一人で終わる。宮崎は気力を振り絞って多田への初球を投じた。インコースギリギリ。まだストレートには威力があった。多田がバットを出す。わっと歓声がおきた。多田の詰まった当りがセンター前に落ちる。1塁ベースを回ったところで多田が絞りだすようなガッツポーズを見せる。声にならない叫び声があがった。

3番の指原がバッターボックスに立つ。不安そうな視線だが油断は出来ない。何といっても強打・秋葉学院の3番バッターだ。いつもおどおどした表情で打席に立つが、ここ一番では必ず結果を出す…それが指原というバッターだ。
1-2と追い込んだ宮崎がウイニングショットに選んだ外へのスライダーを指原は綺麗に弾き返した。早い球足で打球が1・2塁間を抜けていく。1塁ランナーの多田が3塁へ向かった。
ライトの仲俣が3塁へ好返球を送るが多田は脚から滑り込み3塁を陥れた。送球の間に指原は2塁へ進む。


「さすがは秋葉学院だ。簡単には勝たせてくれないね…」
「でも…これでなくっちゃ。あっさり終わっても面白くないしね。」
仁藤がマウンドで宮崎と向き合った。
「さて…一番大変な場面で一番大変なヒトだよ。」
仁藤がホームプレートの方を見て言った。次の打者は4番・柏木。今の高校生で多分一番の強打者だ。この場面で誰もが迎えたくないバッターである事は間違いない。

「一塁は空いてるよ。ここは誰がどう考えても敬遠でしょ?」
「そうね。次の島田は今日全然当ってないし。」
ファーストの鈴木とショートの石田がそう言いながらマウンドに上がってきた。セカンドの小森も、サードの仲川も駆け寄ってくる。
「作戦としては…多分、それが正しいんだよね。」
仁藤も腰に手を当てて言う。
「作戦としては…ね。でも…それってワタシ達らしくないよね?」
宮崎が仁藤の肩に手を当てて笑う。
マウンドの全員がベンチを見た。井上がそれに笑顔で応える。
「ほらね、先生もそう思ってるみたいだし。」
「ねえねえ。伝令出さないのかなぁ?確認しないとマズくない?ダメだよ、確実に意思統一しなくちゃ。」
「小森、アンタが言っても説得力ない。」
石田がそう言って笑った。仁藤も宮崎も…全員が笑っていた。


「外野!前に来て!間にフライが上がったら突っ込む事!後ろにやっても構わないから。エラーしたっていい。でも…中途半端なプレーだけはしない事!」
仁藤が外野に向かって声をかけた。
「おー!」
レフトの内田が手を上げる。センターの野中もライトの仲俣も大きな声で返事を返した。
「さ、みゃお…いこうか。」
仁藤がマスクを被った。それぞれ内野もポジションに戻る。

宮崎が大きく深呼吸してスタンドの方を見た。
あやりん…きっとハラハラして見てるよね?自分が投げてた方が全然リラックスできるって思ってるかもね。でも、ここからは…いや、今までもそうだったけど、力を貸して?ワタシ、実は結構ばててるんだ。立ってるのもしんどいくらい。最後…このゆきりんだけでいい。最高の場面で最高のバッター。ワタシじゃ敵わないかもしれないけど…あやりんの力があれば投げ勝てるかもしれない。だから…


「勝負してくれるんだ?」
「うん。これ以上ドラマチックなシーンってないでしょ?多分、タッチやドカベンでも無かったくらい。」
「ちょっと…古くない?せめてMajorとかダイヤのAとかさ…」
「あはは、確かにそうだね。」
「後悔すると思うな。悪いけど打つよ…」
「どうかな?さ…みゃお…いこっか。」
仁藤が出したサインに宮崎が大きく頷いた。軽くミットを叩き腰を据えて構えを定めた。

inning91.




びっくりした~。まさかうっちーがバント空振りするなんて。フォークボールまであるの?まったくスキなんてないじゃん。参ったなぁ。それに、この場面で顔色一つかえないで…

8番の野中が打席に入った。ツーアウトになった事で島崎はセットポジションからワインドアップに切り替える。

ん?そっかぁ。やっぱり島崎さんも緊張するんだね。ポーカーフェイスに見えて。投球フォームに入る前に気持ちを落ち着かせるように深呼吸して目を閉じて…ああやって集中してるんだ。ふぅん。やっぱり…ん?待てよ…ひょっとして…

初球はストライクだった。島田からの返球を受けた島崎がバックに声をかける。

「すいません。タイムお願いします。」
「タイム!」
3塁塁審が大きな声をあげた。
小森がベンチを見た。井上に視線を送る。

好きにしていいぞ。
井上がそう言ったように頷いた。小森もこくっと頷き返す。

「ありがとうございました。」
小森が塁に戻る。プレー再開を主審が宣告した。

島崎が内外野に声をかけ、島田のサインを覗き込む。静かに頷く。
「走った!」
「小森ぃいぃいぃ!」
投球に入る前、気持ちを落ち着かせるように島崎が目をつぶった一瞬だった。小森がスタートを切った。
「ぱるる!」
島田が叫ぶ。投球動作に入っていた島崎はもうプレートを外せない。慌てて投球する。低い…ベース手前でワンバウンドしそうなボールだった。

「セーフ!!」
大歓声に甲子園が揺れた。まさかのホームスチールだった。誰もが思いもしない形で均衡が破れた。

「小森、なんてコトすんだよ!」
「こらぁ!お前は~」
ベンチに戻った小森を千城ナインが手荒にむかえる。
「まったく…さっきのファインプレーも、今度も…成功したからいいようなものの、どっちも大目玉モノだよ~」
仁藤がヘルメットの上から小森の頭を叩きながら笑う。
「だって、先生が行けって…ね?そう言ってくれましたよね?」
「おい、俺はじっくり野中に任せろ…そう言って頷いたつもりだぞ?」
「え~すみません~…」

「小森。」
キャッチボールをしていた宮崎が駆け寄ってきた。
「サンキュ。約束守ってくれたね。」
「でも~ホームランじゃなかった。」
「いいんだよ。同じ1点だしね。」
宮崎の差し出した拳に小森が軽く自分の拳を合わせた。

inning90.




やっぱホームランは無理か…だよね。っていうか、このボールを打てるバッターなんているんだろうか?だって、人の目で捕えきれないボールなんて・・ホントに魔球なんだよね…きっとプロでも、ううん。メジャーだって打てる人なんていないのかも…

しかし、局面はワンアウト3塁だ。ヒットじゃなくても点を取ることは出来る。スクイズだって出来るし内野ゴロでも何が起こるかわからない。実際、千城ベンチはカウント1-2からの3球目にスリーバントスクイズのサインを出した。ツーストライクになったところでのスクイズは完全に相手の裏をかいた作戦…のはずだった。しかし、内田のバットにボールは当らなかった。ワンバウンドになったボールを島田が身体を呈して前に止める。スタートを切っていた小森は慌てて3塁ベースに戻った。

「どうした…?お前がバントを空振りするなんて珍しいな。」
ベンチに戻った内田に井上が声をかけた。実はチームで一番バントが上手いのが内田だった。
「すみません…」
「緊張したか?」
「いえ…フォークボール…だと思います。それもものすごいキレの。あやりんと同じ…いや、もっとスゴイかも…」
「フォーク?今まで投げた事あった?」
石田が目を丸くした。仁藤が微かな笑顔を見せてそれに答える。
「いや…初めてでしょ。読んでたんだ。あのバッテリー。スクイズって言ってもセーフティ気味だったからうっちーはボールだったら見送る…だったらバントを空振りさせるボールを放ればいい・・この土壇場で、大した度胸だわ。あの2年生バッテリー。」

「しかし…あのブレ玉に加えてフォークボールか…いったい、どうやって打ちゃいいの?」
4番の鈴木がため息交じりに言った。

inning89.




「ホームラン…か。でも、どうやって打てばいいんだろ?」
打席に小森が入った。アウトになった宮崎がベンチに戻り、すぐにグラブをつけてキャッチボールの準備に出て行くのが見える。

まだ投げるつもりだ…みゃおは頑固だもんなぁ。
でも…きっともう限界…ホントにホームランでも打たないと…
まっすぐと思っても曲がったり揺れたり落ちたり…そうだ、じゃあ自分が揺れてみたらどうかなぁ?こんな風に…

「お~い小森、真面目にやれ~」
ネクストバッターサークルにいた内田が声をかける。突然、身体をゆらゆらと揺らしながら小森は構えていた。

真面目だよ~。これでもワタシなりに頭使って・・・・
あ、ダメだ。やっぱこりゃダメ。マトモにボールが見えないじゃん。え?あれ?そっか、もうツーストライクだよね?やば、これ手を出さなきゃ…でも、ストライク?いや…外れてる?あれ…とにかくカット…ダメだ~バット止まんないよ~

中途半端に出したバットの先っぽに当った打球がふらふらっと1塁線に上がった。
「オーライ!」
「私が行く!」
ファーストの柏木とライトの高城が共に打球を追いかけた。

落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ~っ!

心の中で叫びながら走る小森の真正面で打球が落ちた。ファイルラインを描いた白線の粉が上がる。打球はそのまま方向を球に変え、ファウルグラウンドへ転々とした。バットの先っぽに当ったせいで不規則な回転がかかっていたのだ。

やったやったやったやった!

小森勢いよく1塁を蹴る、2塁ベースの手前でサードコーチを見る。光宗がぐるぐる右手を回している。2塁ベースも蹴った。ようやく打球に追いついた柏木が3塁へ矢のような送球を送る。元キャッチャー、鉄砲肩だ。

3塁へ頭から突っ込んだ小森が土煙を上げる。3塁塁審の手がさっと横に広げられた。

「っしゃー!よくやった小森!」
「ナイスラン!」
千城のベンチから歓声が上がる。3塁打の小森を称える声だ。

inning88.




キィン

11球目、外側のボールを体制を崩しながら宮崎がカットした。
「ふぅ…あぶねー」
「粘りますねぇ…宮崎さん。でも…息切れてますよ?早くベンチに戻って休んだほうがいいんじゃないですか?」
「相変わらずだな。うるせぇよ、島田。」
宮崎が笑ってキャッチャーの島田に言う。島田も笑顔を返す。

思えば、今自分がここにこうして座っているのも。ある意味この人のおかげなのかもしれない。最後に宮崎さんの球をブルペンで受けた時、言われたんだ。
「何か一つでいい、アピールできるトコを見つける事だな。プレーだけじゃない。お前の場合はそのクソ大きな声と馬鹿みたいな元気…かな。」
だから、私はいつも大きな声を張り上げて来た。そして、こうも言われたんだ…
「こんな部員が200人近くいる部でも、一度は絶対チャンスが来る。肝心なのは…わかるよな?」
その通り…私にもちゃんとチャンスは来た。そして、そのチャンスをものにできた…

「でも、だからと言って手加減なんてしませんよ。」
島田は思わず声に出してそう言っていた。
「ん?なんだって?」
「いえ、何でもありません。」

次の球にも宮崎は喰らい付いていった。打球が1塁側のベンチ前に上がった。島田が追いかける。
「危ない!」
一斉に声が上がった。しかし島田は臆することなく打球に飛びこんでいく。ボールを掴んだまま千城高校のベンチに転がり込んだ。観客のどよめきがすぐに心配そうな沈黙に変わった。審判がベンチの中を覗き込む。
「ナイスファイト!ナイスキャッチ。」
千城の選手が拍手する。仁藤が島田の身体を抱え上げた。
「やるね。さすがは島田晴香だ。大丈夫?」
「はい。大丈夫です。身体だけは頑丈みたいで。」

「アウト!」
主審の右手が高く上がった。観衆から歓声と拍手が湧きあがった。

inning87.




「みゃお・・・この回、みゃおからだよ?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっとトイレ。いや~さっきの当たりで肝冷やしちゃってさ。漏れそうなんだ。すぐもどるから。」
宮崎が慌ててベンチの奥から姿を消した。
「ちょっと、小森。アンタも?みゃおの次はアンタなんだからね?」
「ごめん~小森もトイレ~」
「まったく仕方ないなぁ・・・私が主審に言っておくから・・・」
仁藤が苦笑いを浮かべ肩をすくめた。

「ぐぇっ・・おえっ・・・がぁっ・・・」
トイレに駆け込んだ宮崎は便器に向かって嘔吐していた。

参ったな・・・熱中症?水分ちゃんと取ってたのに・・・
「みゃお、苦しい?」
「ちょ・・・小森、何?ノックくらいしなさいよ。」
「だって・・・みゃお・・・苦しそうなんだもん・・・変だなって思って・・・」
「大丈夫だって。吐いたらすっきりしたから。昼ご飯に食べたステーキが重かったんだよ。きっと。」
「ねえ、きついんじゃない?無理しないで。」
「はあ?無理するな?馬鹿だねえ。今無理しないでいつするんだよ。いい?みんなには黙っててよ?アンタ、すぐ余計なこと言うんだから。」
「でも・・・」
「でもじゃない。さ、戻るよ。長引くと交代させられちゃうからね。」
「わかった・・・」
そう言って戻りかけた宮崎が小森に言った。
「ねえ、小森、私のことが心配?」
「うん。心配だよ、みゃお。」
「だったら、一発ホームランでも打ってよ。そしたら途端に元気になるからさ。」
「ホームラン?私が?」
「そう、ホームラン。わかった?」
トイレから駆け出す宮崎のあとを小森が慌てて追いかけた。

inning86.





試合は当然のように延長戦に入った。秋葉学院は初戦に続いての延長戦だ。
いつどちらが先に点を取るのか?そもそも点なんて取れるのか?大会屈指の強力打線を誇る両校の打線ですら、この二人を打ち崩すのは無理なんじゃないか?観客席にそんな空気が漂い始めた中最初のチャンスをつかんだのは秋葉学院だった。

11回の裏、5番島田の放った詰まり気味の当りが内野と外野の間に落ちた。ノーアウトで出たランナーを6番・高城がバントで送り、7番・横山のセカンドゴロで3塁まで進めた。打席には8番・山内。前の試合で代打サヨナラホームランを打ちこの試合ではスタメンに抜擢されていた選手だ。

「イヤなのに回ってきたね…」
「歩かせる?」
「いや…次のバッターの方がもっとイヤだな。」
宮崎が秋葉ベンチの前でバットを軽く振る島崎の姿を見て言った。
「そう?ぱるるって打率2割ないよ?」
仁藤が口元をミットで隠して言う。
「そうだけど…コツンとか当てるのは上手そう。まだ振りまわしてくる鈴蘭のほうが料理しやすくない?」」
「まあ、アンタがそう言うならここは鈴蘭勝負。気をつけてね。」

仁藤が内外野に声をかけてマスクを被った。守備位置は…定位置でいい。むしろ深め…鈴蘭は足はそれほど速くない。打球を落ち着いて処理さえすればそれでいい。」

宮崎は初球・2球目と絶妙なコースにストレートを投げ込んだ。2球目はこの日MAXの147km/hを計測した。宮崎の底知れないスタミナに観客がどよめく。
3球目、外への釣り球…ストレートのサインに宮崎は首を振った。
ん?じゃあスライダー?次のサインにも首を振る。
ダメだよ、みゃお。ここは勝負を焦っちゃ。1球外して内側のストレートで勝負。インコースのストレートはアンタの一番威力のあるボールだ。
仁藤はもう一度同じサインを出した。外へのスライダー。ただし明らかなボールでいいから外す事…ようやく宮崎が頷いた。

まあ、いいか…ストライクからボールになる球なら…手を出してくれれば儲けものだ…

キィィイィイイン!!!

快音が銀傘に響きわたった。宮崎の投じたスライダーは真ん中やや外、甘いコースに入った。山内のバットが一閃した。

やられた・・・・サヨナラヒットだ。
誰もがそう思い、打球の方向へ目をやった。鋭いライナーがセンター前に抜けていく・・・

「小森ぃいぃいぃ!」
叫んだのはショートの石田だ。腹ばいになったセカンドの小森がグラブを高く差し上げる。そのなかには白いボールがしっかりと握られていた。

「なんでそんなトコ守ってんだよ!おい!」
「えー・・・なんでって。何となく。ボール飛んできそうだなって思って。」
「こら、小森。定位置でって指示出してたろ!」
「ごめんなさい~。でも・・・でも・・・ほら。ちゃんと取ったし・・・」
「いいんだよ、なんでも。とにかくナイスキャッチだ!」
鈴木がファーストミットで小森の頭を叩く。仲川も石田も、外野から戻ってきた仲俣も野中もだ。
「痛い・・・いたいって。もー、褒めてくれてもいいじゃない。ぷんぷん。」
「褒めてるんだよ。ほら。」
仁藤がマスクで小森の頭を叩こうとする。慌ててそれを避ける姿に千城ナインから笑いが溢れた。

小森の奇跡的なファインプレーでサヨナラ負けのピンチを脱した。
延長戦はまだ続く・・・

inning85.



「暑いなぁ…」
マウンドの上で宮崎が汗をぬぐった。コンプレッションタイプのアンダーシャツを毎イニングごとに着替えているが身体に纏わりついてくるような熱気は拭えない。

だいたいこんな真夏に野球やるっていうのがおかしいんだよね。しかも炎天下。そりゃ、しんどいわって。あ~プール行きたいなぁ。海もいいなぁ。高原でリゾート…そういや、夏休みって遊んだ記憶がまったくないや。いっつも練習練習で。秋葉辞めた時は今度こそ遊ぶんだって思ったのになぁ…そっか、萌乃とあやりん…よししにも上手く唆されたんだよなぁ。あの時、コンビニで賭けなんかに乗らなきゃ今頃は…

今頃は…きっとくそ面白くない毎日過ごしてたんだろうな。毎日死んだような目して退屈だ~ってばっか言いながら。この暑さだって…きっとここは今日本中で一番暑い場所なんだろうな。でも、この暑さを感じられるのは限られた者だけの特権なんだよな。海とかプールなんて誰でも行けるし、いつでもいける。でも、ここは…誰にも譲らないよ。


球威は全く落ちていなかった。変化球のキレもコントロールも申し分ない。1球ごとに歯を食いしばり闘志を前面に出して投げ続ける宮崎は秋葉打線を完全に押さえこんでいた。しかし、強打・秋葉のプレッシャーは確実に宮崎から体力と気力を削り取り始めていた。

「だいぶ、へばってるね…」
鈴木が仁藤に言う。
ベンチに戻るとすぐにベンチの奥に引っ込んだ宮崎が首筋に氷嚢を乗せうな垂れている。アンダーシャツを着替える力もないように見えた。
「大丈夫だよ。言ったでしょ?12回でも15回でもって。とにかく私は先に点をやるつもりは全くないから。」
鈴木の言葉が聞こえたのか、宮崎が顔を上げてきっぱりと言う。
「でも、出来るなら早く点が欲しいな。1点でいいからさ。」

島崎は宮崎とは対照的に涼しい顔で千城打線を手玉に取っていった。横にスライドしたり、すっと沈んだり、時には不規則に揺れながら落ちるブレ球は今日も威力を発揮していた。そして、次々に転がるゴロを鉄壁の内野陣が確実に捌いていく。ショート渡辺、セカンド多田を中心とした守備陣の安定感があってこその島崎の快投だ。

inning84.




「久しぶりだね、萌乃。元気そう。」
「ゆきりんも。ねえ、みゃおの決め球、先に見せとこうか?」
「へ~、萌乃がそんな風にささやき使ってくるなんてね。決め球?」
打席に入った柏木が仁藤に視線を向けず答えた。
「そう、出し惜しみなしで…じゃ、初球からいこうかな。」
仁藤のサインに宮崎が一つ頷いてゆっくり振りかぶった。
インコースの厳しい所に直球が投げ込まれた。唸りを上げるような勢いの球だ。

「ストライク!」
思わず腰を引いてボールを見送った柏木が目を丸くした。口笛を吹くように口をすぼめ宮崎を見る。
「へ~決め球っていうから変化球かと思えば、まっすぐか…ま、確かに速いね。」
「もう一球いこうか?」
仁藤がボールを投げ返しながら言う。
「いいのかな?そんな余裕見せて。って言いながら曲げてきたりして?」
2球目も同じコースに同じストレートが投げ込まれた。今度は腰を引かなかったが、柏木はその球も見送った。

「なんか、信用されてないんだね。ワタシ、嘘つかないから。」
「じゃ…もう一球同じ球、投げれるかな?」
「いやいや…いくらなんでも名門・秋葉の4番バッターにそれは危険でしょ?」
3球目、柏木のフルスイングは空を切った。三球三振だ。

「いい度胸じゃん、3球とも同じ球…か。意表をついてくるね。」
柏木がにやっと笑って小走りでベンチに向かった。

やるねぇ…思い切り狙って振ったのにかすりもしなかったよ…
まあ、一発狙ってたから振りが大きかったのは確かだけど。

「ごめんごめん、ちょっと調子に乗っちゃった。」
仁藤が片手をかざして詫びながらマウンドに駆け寄ってくる。
「しかし…すっごいスイングだね。マウンドまで風が吹いてきたような気がしたよ。」
「でも、大丈夫。みゃおのスピードについてこれてないから。」
「だといいんだけどね。」

宮崎は絶好調だった。この夏一番の出来と言ってもいいほどだ。ストレートは走り、変化球のキレも抜群、しかも仁藤の構えたミットにきっちりコントロールされている。しかし、それ以上に秋葉の島崎も快投を繰り広げた。早いカウントから強振していく千城高校をあざ笑うかのように内野ゴロで打ちとっていく。お互い単発でヒットは出るものの後が続かない。
1時間余りで試合は7回まで進んでいった。

inning83.



「小森~ちゃんとユニフォームの裾ズボンに入れなさいって。ホント、だらしないんだから。ほら~ストッキングもまだ履いてないじゃん。」
「もー、はるごんうるさいよー。まだ着替えてる途中なんだから。」
「忘れ物は?ちゃんとチェックした?ほら、ミーティング始まるんだから早く会議室行かないと。」
「すぐ行くから。先いっててよー。」
「ほらほら…はるごんスパイク忘れてるよ…」
「あ、いっけね。ありがと萌乃。」
「まったく、二人とも…」

ホテルの会議室に選手たちが集まってきた。今日はいよいよ2回戦の日だ。
「さて…と。今日の相手の秋葉だが…俺からグタグタ言わんでもみんなわかってるわな。ただ、一つだけ言っとく。チームの力は絶対に負けてないからな。決して勝てない相手じゃない。」
井上の言葉に皆頷く。それが決して慰めとかではなく、井上が本気で言ってる事も分かっていた。もちろんうぬぼれてる訳でもない。

「仲俣…いいぞ、話して。」
「はい。えっと…今日の試合、ウチらが勝つためには…」
「あの、ぽんこつをどうやって打つか…でしょ?」
仲俣の言葉を遮って石田が言う。ぽんこつとは、秋葉学院のエース。島崎につけられたニックネームだ。一見打ち頃に感じる球速、闘志を表に出すことなく飄々と投げるそのスタイルに対してつけられた渾名だったが、もちろんそれは島崎を卑下するものではない。むしろそのギャップに恐れを抱いた周囲が与えた名前だ。

「ねえ…ここに面白いデータがあるんだ。」
「データ?」
「そう、データ。みゃお…あんまこういうの好きじゃないでしょ?」
「ううん。聞きたいな。」
「えっとね…今年の春のセンバツ以降の公式戦、島崎さんの防御率は0.85。高校野球でこの数字は脅威だよね。1点取れば勝てるって計算になるんだから。」
「1点切ってるの?そこにチーム打率.370の打線…か。そりゃ強い訳だわ。」
鈴木が驚きの声をあげる。
「ところで…島崎さんが1試合当り…9イニング換算での球数って何球くらいかわかる?ちなみに、みゃおは139球ね。」
「結構みゃお少ないんだね。コントロールいいからか。カヲルとかだったら150近くいくかもね。ぽんこつは…三振取るタイプじゃないからもっと少ないか…120いかないくらい?」
仁藤が答える。キャッチャーらしい分析だ。
「ううん。94だよ。」
「94??なに、1回あたり10球ちょっと?なにそれ。だって、公式戦殆どあの子一人で投げてるでしょ?全部の平均?」
「そうなの、萌乃。あり得ないでしょ?で…面白いのが、彼女が1試合で一番多く点を取られたのが4点。2試合だけあるんだけど、それが両方とも投球数が120球を超えた時で8回・9回に取られてるの。」
「って事は…スタミナがない?」
「いや…はるきゃん、多分スタミナっていうより…そっかあのボールの握り方か…」
野中の言葉に仲俣が頷いた。

島崎の魔球の秘密がその独特のボールの握り方と柔らかい手首の使い方だって事は既に広く知られていた。しかし、それでも打てないのが島崎の球だし、誰もマネできないのも島崎の球だった。

「そう、多分みちゃの言った通り。球数が増えてくると握力が落ちてくるからじゃないかと思うの。肩や肘と違って一晩寝れば回復するから連投はきくけど1試合の中では…」
「そっか…見た目打ち頃だからどんどん手を出しちゃうから…か。」
「だから、序盤は追い込まれるまで見ていく。そして出来るだけ粘って球数を放らせる。そして後半勝負…」

「でも~なんか、それってあんまり楽しくなさそう~」
「そうだよね~なんかいやらしくない?こつこつファウルで粘るなんて。ね~」
小森と仲川が顔を見合わせて言う。小森は頬を膨らませている。

仲俣が井上の顔を見る。
「仲俣…お前はどうしたいんだ?」
「私は…勝つためにはそうすることが一番確率が高いと思います。でも…」
「そんなの、私達らしくないってことだよね?」
仁藤が立ちあがった。仲俣が無言で頷いた。
「いいじゃん。私達らしくどんどん振りまわしていこうよ。思いっきりね。バット振ってればたまたま快心の当りが出るかもしれないし。」
「要は向こうの球数が増えればいいんでしょ?12回…13回?引き分け再試合になる15回までにはいくらなんでも限界来るよね。その間、私が点を取られなきゃいいんでしょ?簡単な話じゃん。」
宮崎も立ち上がった。

「仲俣、ありがとな。一生懸命調べてくれたのにすまんな。でもな…」
「いえ、先生いいんです。私もすっきりしました。多分、みんなにそんな事しなくても勝てるよって言わせたかったんですよ、私も。」

「さあ、出発しようか、小森、ストッキング履いた?」
「もー履いて…これから履きます…」
「仕方ないなぁ。」
仁藤が肩をすくめた。会議室に明るい笑い声が響く。

inning82.




「すいませんでした。つい感情的になってしまいました。」
宿泊先のホテルのロビーで井上は校長の後藤に頭を下げた。隣の席には秋元康の姿もある。
「ははは。いや、あの答えはよかった。NHKのアナウンサーも目を丸くしてたじゃないか。なあ、後藤さん、これで井上君も一躍名物監督の仲間入りじゃないか?」
「ですね。しかし…マスコミは相変わらずですね。高校野球だからって、感動の押し売りみたいな報じ方しか出来ないのには困ったものです。」
「しかし…全国放送であんな大言を…」
「おお、それが良かったんじゃないか?明日のスポーツ紙はさぞかし賑やかだろうな。」
秋元は柔らかな表情を崩さない。後藤もまるでひとごとのように笑っている。

「次の相手は秋葉学院。因縁の対決ですね。」
試合後のインタビューでそうアナウンサーに質問された井上はカメラの前で不快感を隠さなかった。
「因縁?なんの因縁ですか?」
「選手たちは全員秋葉学院からの転校生ですよね?ひとつ見返してやろう…そんな気持ちも高まるのではないですか?」
恐らく中堅どころのアナウンサーなのだろう、井上の回答に更に切り返して質問を重ねてきた。

「あの…因縁とかなんとか騒いで盛り上げるのは自由ですが、生徒たちは純粋にこの甲子園で試合をしています。余計な詮索はやめて頂きたい。それに、見返すとかそんな下から謙虚に臨むなんてこれっぽっちも思っていません。秋葉とはいえ、一切臆する事なんてありません。むしろ、投手力・攻撃力ともにウチのほうが上だと思っていますから。」
「そ…そうですか…放送席…これで勝ちました千城高校の井上監督のインタビューを終わります…」

「生徒たちも喜んでたじゃないか。あの子たちは、どっちかと言うといい子でいるより、敵役のような立場の方が似合いそうだ。」
「はあ…それがせめてもの救いなんですが…」
「心配しなくてもいい。というより、あの子たちの芯の強さは君が一番知ってるはずだが?そろそろ本音を言ったらどうだ?」
後藤の言葉にようやく井上が表情を崩した。目の前のテーブルにあったビールのグラスを一気に飲み干す。
「実は…ちょっと気持ち良かったですよ。初勝利に感激する新人監督…なんて柄じゃないですからね。でも…本気ですよ。あれ。ウチが勝ちますから。構いませんよね?秋元理事長。」
「もちろん、ただ、当日はどこで観戦しようか迷ってしまうがね。」
「攻撃のたびにスタンドを移動するっていうのはどうですか?結構な汗をかけると思いますよ。理事長はもうちょっと痩せたほうがいいですから。」

三人の笑い声がロビーに響いた。

inning81.




「ったく…こんな球が見切れなかったなんて…」
2ストライクから2球続いた外へのスライダーを見逃して、仲川は大きくため息をついた。キャッチャーの山本がマスク越しにじっと顔を見ている。仲川はそれに気付くと、わざと笑顔を作ってみせた。

もう落ち着いちゃったんかいな。案外早かったなぁ。まあ、それでも遅いと思うけどな。3点リードもろうたし。ウチのみるきーは釣り球だけが持ち味ちゃうで。こないな球もあるんや。さ、みるきー、出し惜しみはナシや。コレいこか?

山本のサインに渡辺が頷いた。

お…これまでとなんか回転が違うボール…でも…どっかで見た事があるな、この回転。そうだ、あやりんのフォークボールだ。あの球筋と…いや、全然違う。あやりんの球の方が威力が・・・全然ケタが違うよ。

仲川がやや体制を崩しながらバットを出す。快音とともの鋭い打球が三遊間を破っていった。スタンドから大歓声が沸き起こる。ようやく出た千城高校の初ヒットだ。

うまく打ちよったな…でも、まあ偶然やろ?みるきーのフォークを初見で合わせるっちゅうのはそう簡単に出来る芸当やないはずや…ウチらだってマトモには打てへんのやから…

次の打者にもやはり2ストライクから難波桐蔭バッテリーはフォークボールを決め球に選んだ。今度は仁藤がそれを捕える。体制をしっかり残し完璧なタイミングだ。打球はあっという間にセンターの頭を越した。1塁から仲川が一気にホームに返ってくる。3塁に達した仁藤はベンチに向かって軽く右手の拳を握ってみせた。

後はつるべ打ちだった。どうやら、本物らしい…ホントに強い…そう山本が気付いた時には遅かった。予選では通用した渡辺の相手をはぐらかすようなピッチングも、この大舞台では通用しなかった。去年もそうだった…本当の力を持った相手に対するには、小細工ではなく真の力を持つ必要がある。

ようやく地に脚がついた千城高校は守っても打っても難波桐蔭を圧倒した。
終わってみれば9-3。見事な逆転勝利で甲子園の初陣を飾ったのだ。

inning80.




ため息のような歓声が球場に響いた。3塁ランナーの城が手を叩きながらゆっくりとホームへ戻ってくる。
「3回の裏、難波桐蔭に追加点。強い当りでしたが、打球の正面に入ったかに見えたショート石田、打球を大きく弾いてしまいました。これで3対0となります。」
「う~ん…ショートの石田さん、慌てましたね。今日2つ目のエラーですか…本来安定した守備の持ち主なんですが…さすがに緊張してるんですかね?」
解説者の言葉は当っていた。石田だけでない、点に繋がったのは全部エラー絡みだ。記録上ではエラーではないものの、落ち着いて処理すれば打ちとれたものも多い。

「ごめん。みゃお…」
「いいって、気にしないで。」
申し訳なさそうにする石田からボールを受け取る宮崎の表情も引きつっていた。」

「先生…さすがにタイム取って落ち着かせないと…先輩達明らかに浮足立ってます。」
ベンチで光宗が井上に訴える。その表情もややこわばっていた。
「そうだな…でもなぁ、もったいないよなぁ。せっかく甲子園で舞い上がるって経験をしてるのに。こっちが教えてやるのは簡単なんだけどな。」
「そんな悠長な事言ってたら…」
「まあ、仕方ないか。よし、タイムを取るか。ただし…伝令は…岩立お前だ。」
「へ?ワタシですかぁ?でもぉ…何て言えば…」
「そうだな……ってな。ほら、早く入って来い!」
井上が岩立に何事かを小声で伝えその背中を押した。

「はぁはぁ…はぁ…あの…」
「沙穂、何息切らしてんの?先生なんだって?」
仁藤が脱いだマスクを小脇に抱えて聞く。
「は…甲子園って広いんですね…ベンチからマウンドまでダッシュしたら息切れちゃって…はあ・・・はぁ…」
「だからさ、何だって?早くしないと、また急げ急げって審判に言われるんだからさ。」
仁藤の表情が少しいらついたものになった。
「あの…あのですね…スタンド見てみろって。ん…で、誰か知ってる顔見つけろって…そう言ってました。」
「はあ?具体的な策の指示とかじゃないの?スタンドって言っても…」
仁藤が1塁側のアルプススタンドを見上げた。宮崎も石田も仲川も小森も、鈴木もそれに倣う。
「あ、あやりんがいるよ。ほら。」
「ホントだ、恵玲奈とおくたま…へ~ブラスバンドってお揃いのユニフォーム作ったんだ?」
「なんでも、今日は中学とか南高とかが応援協力してくれてるらしいよ。」
「あんな大きなスタンドでもこうしてグラウンドから見たら一人ひとりの顔ってわかるもんなんだね。」
「っていうか、あの一番上で大きな旗持ってるのって杏奈じゃね?森。」
「ひゃ~、風強いから大変だわ。飛ばされちゃいそう…」


「私達…甲子園来てるんだよね。」
仁藤がぽつりと言った。
「そうだった。なんか、こんなカッコ悪い姿…恥ずかしいね。」
鈴木がその言葉に応えるように言う。
「そうだよね…もっとしっかりしなきゃ…この舞台に失礼だよね。」
石田がグラブを一回二回と叩いた。
「沙穂ありがとね。」
「え…?ワタシ…なんにも…」
「もう大丈夫だからって先生に伝えて。」
仁藤に背中を押されて岩立がまた全力疾走でベンチに向かって走っていった。

inning79.




「ほらな?言うたやろ、この回で決まるって。」
そう言って山本彩は肩に大きなバッグを抱えてベンチに向かった。

甲子園での試合と試合の間は実に慌ただしい。前の試合が終わると、次の出場校はすぐさま用意をしてベンチに入らなくてはならない。延長戦にもつれ込んだ試合のあとはその用意をいつすればいいかがなかなか読めない。ましてや、サヨナラホームラン一発で決まったのだ。次の試合の難波桐蔭と千城が慌てるのは無理もない…はずだった。

「ほんま・・・アンタのカンの良さには関心するわ。」
「菜々、カンちゃうで。読みや。キャッチャーは読みが大事なんや。」
「ほら、向こうさん、慌てまくっとるで。無理もないわな、初出場で何していいかわからん上に前の試合が延長戦や。そりゃ、あたふたするわな。」
「みるきー、油断禁物や言うたろ?千城は手ごわいはずやで?」
「は~い。キャプテン。わかってるって。」

スムーズにダッグアウト入りした難波桐蔭に対し、千城高校のメンバーは明らかに落ち着きを欠いていた。それなりの準備はしていたつもりだが、元チームメイト達の白熱した試合展開にモニターで見入っていたため、余りにも劇的で突然の試合終了に対応しきれてなかったのである。


7分間のシートノックだけでは、そのドタバタ感は解消できる訳もなかった。グラウンド整備の間もアンダーシャツを着替えたりなんやらであっという間に時間が過ぎて行く。気がつけば試合開始のサイレンが鳴り響いていた。


「あっ…しまった…」
トップバッターの石田は1-2からの4球目の外の球に対し中途半端なハーフスイングをしてしまった。難波桐蔭のキャッチャー・山本がさっと1塁方向を指差す。塁審の右手が上がった。
「バッターアウト!」
三振だ。


「すっごいキレのスライダーだよ…バット止まらなかった。」
ベンチに戻りながら石田が次打者の仲川に告げる。仲川も同じように、追い込まれてから外の釣り球に手を出し三振に終わった。3番仁藤は2球目のやはりインコースのスライダーに詰まってサードへのファイルフライを打ち上げた。

「ハリーアップ!元気で行きましょう!」
主審が攻守交代を促す。地方予選と甲子園での大きな違いがこの「時間」である。とにかく試合進行が早い。投手戦ともなると2時間かからずに試合が終わる事も珍しくない。初出場校の多くが甲子園の感想を聞かれると「気がついたら試合が終わっていた。」というものが圧倒的に多い。
千城ナインは完全にその「甲子園のペース」に飲み込まれようとしていた。

innng78.



0-0のスコアのまま試合は延長戦に入った。秋葉学院は8回表に、栄京も同じく8回裏に初ヒットでランナーを出したものの、後続が倒れた。チャンスらしいチャンスもないまま開幕カードは早いテンポで回を重ねて行った。

膠着した試合を動かす要因は、よく言われているようにエラーか一発長打だ。この試合共に鍛えられた守備陣が破たんをきたす事は最後まで無かった。栄京大栄京の各打者は確かに相当のパワーアップを図っていた。しかし、試合を一発で決める程までの力を持った選手は上位打線の僅かに限られていた。島崎と島田のバッテリーはその数人には細心のケアを行い長打を許さない。
しかし、秋葉学院は違った。1番から9番まで全員がどこからでも長打…しかも、この広い甲子園球場のスタンドに放りこむ力を持っている。控え選手の何人かもだ。そんな強力打線から序盤から三振の山を築き飛ばしに飛ばしてきた向田は相当消耗していた。延長戦に入り徐々に制球が甘くなり始めていた。

「1.2の3で振って来い。3つ振ってみりゃ1つくらい当るだろ?」
監督の戸賀崎にそう言われて、代打の打席に立った2年生の山内鈴蘭が言われた通りバットを振った3球目。外のボール気味の釣り球だった。

「打ったぁ~!打球はレフトへ…ライン際…浜風が打球を押す・・押す…押して…入ったぁ!代打山内のサヨナラホームラン!ここまで被安打1、強打秋葉から16の三振を奪っていた栄京大栄のエース・向田。最後は一発に泣きました。」

アナウンサーの絶叫が響く。その絶叫もかき消す程の大歓声が銀傘を揺るがした。歓喜の中山内がダイヤモンドを1周する間、向田は打球が飛びこんでいったレフトスタンドを茫然と見つめていた。両膝をマウンドの上についたまま、涙を流すでもなくただ茫然と。まるで、夢の中の出来事をみつめているかのようだった。

「茉夏。並ぼうか。」
「ナイスピッチングだったよ。」
マウンドに松井玲奈と珠理奈が歩み寄って声をかけた。
「ごめんね。私達が援護できなかったばっかりに…」
矢神久美も高柳明音の顔もあった。
「でも…すっごかった。後ろから見てて鳥肌たったもん。今まで一番すごかったかも。でも…向こうの方が上だったね。来年…絶対にこの借りを返さなきゃ。」
先輩たちに支えられてようやく立ち上がった向田が挨拶の整列に並んだ。

「ありがとうございました!」

挨拶の礼が終わり、向かいに並んでた選手と握手を交わし、ベンチに戻りかけた向田に誰かが声をかけてきた。
「向田さん。ありがとう。」
「あ…島崎さん。こちらこそ…ありがとうございました。」
「楽しかったね。また…ここで会えるのを楽しみにしてるね。」
向田は島崎が差しだした右手を躊躇しながら握り返した。

楽しかった?私は最初から最後までビクビクしながら投げてたのに…島崎さん、そういえばマウンドの上でニコニコしてたっけ。ホントに楽しかったんだ…。私もあそこであんな風に楽しんで投げれたら…そしたら…

「茉夏。いい顔してるね。」
「え?玲奈さん、すみません。私のせいで負けたのに。」
「そう思ってるなら、来年は秋葉をやっつけてよね。」

玲奈が清々しい顔で笑った。珠理奈も矢神も高柳も…みんな笑ってる。
でも…知ってるんだ。今までどれだけの涙を先輩たちが流してきたか。今日だって、後でボロボロ泣くんだ。私?私は…泣かない…泣いたら、ダメだ。あれ?なんで?なんで涙が出るの?泣くくらいの努力出来てた?私が。

泣いちゃダメだ。でも、やっぱり悔しい…

秋葉学院の校歌をベンチ前で聴きながら向田茉夏は声を上げて泣き始めた。

inning77.




開会式が土曜日だった事。昨年の覇者と今春の覇者による豪華な開幕カード。そして地元代表と初出場だが注目校との対戦が第2試合に組む込まれている事で、甲子園は早々に満員札止めとなっていた。

1回戦にして早くも事実上の決勝戦とすら言う声もある秋葉学院と栄京大栄京の試合は大方の予想を裏切って序盤から投手戦となった。秋葉のエース島崎は前評判通りのピッチングで内野ゴロを打たせていく。完全試合に切って取られた春と同じ展開だ。

「キャプテン。高城さんの用意…早めにお願いしていいですか?」
「なに?ぱるる、そんな調子悪いように見えないけど?」
「はい、問題はないです。でも…」
島田がベンチで柏木に小さな声で耳打ちする。4回を終わって四球のランナーを一人出しただけだ。傍目には全く死角はないように見える。
「打球が…速いよね。芯は食ってないから助かってるけど。ってことでしょ?」
二人の背中から渡辺麻友がやはり小さな声で会話に加わる。
「麻友さん、気づいてます?」
「まあ、今日ショートゴロ多いからね。春と全然打球の勢いが違うね。しかも闇雲に振りまわしてるだけじゃない。ありゃ、相当パワーアップしてきてるって事じゃない?」
「そうか…ちょっとでもファンブルしようものなら、俊足揃いだからね…」
「はい。ランナー出ちゃうと、まだぱるるクイックとか上手くないし。」
「アンタの鉄砲肩でも厳しい…か?」
「それに…今日は1点勝負ですよ。」
島田がマウンドを凝視した。背番号1をつけた栄京の向田茉夏の躍動感溢れる投球が続いていた。

「ストライク!バッターアウト!」
2-2からアウトローいっぱいに決まったストレートに7番・横山のバットはピクリとも動かなかった。5回を終わって早くも10個目の三振。一人のランナーも出せずに5回の攻撃が終わった。文字通り手も足も出ない状態が続いていた。

「いったい、どこにあんなピッチャーが隠れたんだか…」
呟きながらベンチを出る島田に柏木が声をかけた。
「結構1年の時から注目されてたみたいだよ。去年の夏は1試合しか投げてないけど、1年でベンチ入ってたし。結構好不調のムラが大きくてなかなか出てこれなかったみたいだね。」
「でも、この本番で1番つけてるって事は…」
「覚醒したってとこなのかな?事実、相当手ごわいし。あ、あきちゃだけど、用意はさせるけど…この試合、ぱるるが打たれたら負け…そう思ってなよ?」
「はい?」
「バッテリー組んでて分からない?いつもと同じ顔してて、あれで燃えてるみたいだよ、ぱるる。」
「そういや…なんか、嬉しそうな顔してますね。」
「ライバルの出現で珍しく燃えてるってトコでしょ?同じ2年生だし。どっちが次世代の高校球界のエースか決めたいって顔だよ。あれは。」
柏木がマウンドの島崎に軽く声をかけてファーストの守備位置に走っていった。

次回更新について

いつもご愛読ありがとうございます。

最近、更新のペースが上がらず申し訳ありません。
普段はお気楽に仕事をしてる無責任男のワタシですが、さすがにこの時期は1年で1番忙しい時期でして。
まあ、やってる仕事は書類に判を押したり、あーだこーだ口出しをするだけの大したものじゃないんですけどね(笑)。

それに加え、明日は娘の小学校の卒業式です。
卒業式用の洋服も買ったんですが、まあ、最近の子はみんなAKBの衣装みたいなヤツを着るんですね。といっても、最近のようなのじゃなくて、大声とかの制服っぽいのですけど。当然娘もブレザーにチェックのスカート。白のカーディガンにリボン…JKっぽい格好って言ったほうがいいのかな?

で…明日は卒業式の後もなんやかんや予定があるのと、土曜は別件、日曜は片ファイ個別…という事で、次回更新は月曜以降になってしまうと思います。

すみません。ちょっとお時間くださいね…


明日…多分、泣いちゃうんだろうなぁ…(*^_^*)


inning76.




「東東京代表、秋葉学院、2番。」
制服姿の柏木由紀が壇上で数字が書かれた札を見せ、落ち着いた声で言った。会場からどよめきが起きる。
昨年の優勝校、栄京大栄京と今春の覇者、秋葉学院が開会式直後の第1試合でぶつかる事が決まった瞬間だ。誰もが優勝候補の両翼と考えた両校が初戦から…しかも開幕戦で対戦する事になるとは…余りにも豪華な開幕カードの実現になった。

ステージ上の自分の席に戻りながら柏木は苦笑いを浮かべていた。
やっちゃった…またみんなに責められるんだろうなぁ…くじ運悪すぎだって。大体、くじとかじゃんけんとか…そういうの弱いんだよね、ワタシ。だから、先攻後攻決めるじゃんけんでもいっつも負けちゃって…ま、いいか、どうせ当らないといけない相手なんだから。早いか遅いかの違いだけ…って言ってもダメなんだろうなぁ…はぁ…

柏木が2番を引いて、仁藤はちょっとだけ舌打ちした。そこはウチが狙ってたのに…開幕戦で栄京相手…初出場のウチがサプライズを起こすには最高の舞台だと思ったのに。それか、秋葉と当りたかったけど…ま、いいか。じゃあ、次に面白そうなトコは…やっぱ、4番だな。仁藤が抽選箱の中に手を入れた。最初に触れたカードをさっと引き上げる。書かれた数字を見て笑顔を見せる。

「大分県代表、千城高校・・・・4番。」
仁藤が席に戻りながら奥の方の席に座っている難波桐蔭の主将、山本彩の顔を見た。仁藤の視線に気づき笑顔を見せてきた。柔らかだが意思の強そうな笑顔だ。大阪代表の強豪校。相手にとって不足はない。それに、一つ勝ったら次の相手は、秋葉か栄京だ。これ以上ない厳しい…でも、最高の組み合わせだ。

仁藤は観客席に座ったメンバーを見た。みんな笑ってる。ちょっと…はるごん、ガッツポーズはやり過ぎだろ…小森もはしゃぐなって…ほら・・難波の選手たちが睨んでるじゃないか
…まあ、仕方ないか。ワタシもあそこにいたら、ああやって喜んでただろうしね。


inning75.




大会を目前に控え、その日は甲子園練習の集中日だった。朝から入れ替わり立ち替わりで出場校が定められた時間の中でグラウンドの感触を確かめるように練習を行っていた。時間は1校40分。決して十分な時間ではないが、各校はその殆どを守備練習に使う。ライン際のゴロの切れ方、ファウルグラウンドの広さ、外野フェンスのクッションボールの処理、そして甲子園独特の浜風にフライがどれだけ流されるのか…

その様子をスタンドから見ながら千城の選手たちはリラックスした表情で見つめていた。

「今日はいつもより気合いを入れて投げました。」
ジャイアンツ打線を3安打完封、12三振を奪った篠田麻里子は誇らしげな表情でお立ち台で言った。昨夜の圧巻の投球はきっと自分たちへのエールに違いない。仁藤はそう思っていた。試合後言葉を交わす事はなかったが、教えてもらった携帯のアドレスに短いメッセージを送った。

「ありがとうございました。」
「どういたしまして。」
返事はすぐに返ってきた。昨日試合前の篠田との会話と短いメールのやりとりだけで、長い間仁藤の胸の中にあった靄はすっかりぬぐい去られていた。

「よ~し、次はウチの番だ。いいな。朝も行った通り余所は余所、ウチはウチだからな。」
「は~い。わかってま~す。」
「うんうん。了解です~」
仲川と小森が菊地の顔を見てにやっと笑った。菊地が不思議そうな顔をする。
「ダメだ…やっぱりこいつらにスクイズのサインは出せん…演技力が無さ過ぎる…」
「何か言いました~?」
「いや…何でもないよ、小森。いいからとっととグラウンドに降りろ。」
井上が苦笑いをして肩をすくめた。


軽いキャッチボールをした後、選手たちはそれぞれの守備位置に散っていった。井上がノックバットを持ってホームプレートの側に歩み寄っていく。補助員としてグラウンドに入った菊地がノック用のボールを井上に渡そうとする。
「菊地、肩を作っておいてくれ。20分で用意だ。」
「はい?私が?バッティング練習もするんですか?」
「いいから、言われた通りにするんだ。大島、付き合ってやってくれ。いいな?」
菊地は首をかしげながら1年生の大島を相手にファウルグラウンドのブルペンで投球練習を開始する。井上は内外野にノックを飛ばした。

「よ~し。菊地、マウンドに上がれ。鈴木、いいな?」
「OKです。あやりん、真剣勝負だよ。」
鈴木がそう言って打席に入った。
「よっしゃ、あやりん、しっかりね!」
セカンドのポジションから小森が声をかける。
「外野もしっかりね!間に上がったら後ろにそらしてもいいから突っ込む事!」
ショートの石田は外野に厳しい指示を飛ばしている。

「みんな…」
マウンド上の菊地の目から涙が溢れてくる。
まさか…私がこうして甲子園のマウンドの上に立てるなんて…貴重な練習時間を割いてまでこんな舞台を用意してくれたんだ…もう…朝からなんかコソコソ相談してると思ったらこういう事なんだね?みんな…嬉しすぎるよ。ありがと。今まで頑張ってきて良かった。ホントに良かった。

サインに頷いて菊地が大きく振りかぶった。仁藤が軽くミットを叩き構える。
鈴木は菊地の球にフルスイングで応えた。2球目には快音を残し、打球はレフトスタンドへ飛び込んでいった。左に大きく切れたファウルだったが飛距離は十分のものだった。3球目、菊地の渾身のストレートに鈴木のバットが空を切る。

「ストライクバッターアウト。」
審判を務めていた宮崎が小さくコールしてマスクを外し菊地に駆け寄っていった。仁藤も石田も小森も…守備についていた全員がマウンドに集まってくる。
「私達…勝つからね。そしたら…日本一の4番バッターを三球三振に取ったって…自慢できるじゃん?あやりん。」
仁藤がボールを菊地に渡しながら言った。
「悔しいけど・・・あやりんの球は私には到底打てないよ。でも…秋葉だろうが栄京だろうが…どこのピッチャーでも私は打つから。そして、インタビューで答えるんだ。ウチのバッティングピッチャーはもっとスゴイ球を放りますってね。」
「もう・・・そんな事言ったら、また叩かれるよ?ナマイキだって。」
菊地が鈴木の胸を軽く小突きながら言う。

もうダメだ、涙が止まらない。
でも…いいんだ。夢がかなった時、人はこんなにも泣けるんだって事がわかったから。

inning74.




「意外に綺麗なんだね。なんか、もっと古めかしい佇まいかと思ってた。」
鈴木が球場の外壁を見上げ呟く。他の部員たちも同じように上を見上げている。
「中には入れないんですよね?先生。」
「ああ、入れるのは明日の練習日までお預けだな。」
「な~んだ。早く中見てみたいな~」
鈴木が大きなため息をついた。

「スタンドで良かったら案内しますけど?」
突然後ろから声をかけられた。選手たちが振り向く。
「お待たせ、みっつ。久しぶりじゃん。」
「あ、篠田先輩。すみません、今着いたってメールしようと思ったとこなんです。」
光宗が声の主に駆け寄っていった。

「篠田…麻里子…さん?」
仁藤が目を丸くした。他の部員も突然現れた篠田麻里子の姿に驚きを隠せない。秋葉学院の先輩で若き阪神タイガースのエース、そして仁藤が秋葉を去る原因ともなった篠田が柔らかな表情で光宗と談笑していた。

「あ、篠田先輩とは昔からの知り合いでして…今日、甲子園見に行くってメールしたら、久しぶりに会おうかって言ってもらって…」
光宗がまだ口をポカンと開けたままの部員達に向かって言った。
「はじめまして。篠田といいます。井上先生、甲子園出場おめでとうございます。」
篠田が笑顔で井上に挨拶した。その笑顔のまま仁藤の方を向く。
「みっつが色々世話になってるみたいだね。たった数カ月で見違えるみたいにいいピッチャーになってビックリした。予選のビデオ見せてもらったよ。」
「あ…はい。あの…」
「もう、やだなぁ。今日は私ヒドい口のきき方してないでしょ?また、いきなり殴られるのはゴメンだよ?」
篠田が無邪気に笑った。静かに右手を差し出す。
「あの時は本当にすみませんでした。先輩に対して失礼な事を…」
仁藤がその手を遠慮がちに握り返す。
「調子が悪い時、肘が下がって出てくる…そうするとシュート回転になっちゃうんだよね。私の悪い癖。プロになった今でもアンタに言われた事を毎日チェックしながら投げてるよ。おかげで何とか通用してるみたい。」
「何とかなんて…去年の最優秀防御率投手じゃないですか。」
「いいピッチャーはいいキャッチャーに恵まれて育てられるんだよ。」

「千城への進学を勧めてくれたのは篠田先輩なんです。名門校に行って鍛えられるのもいいけど、間違いのない信頼できるキャッチャーがいるからって。篠田先輩、仁藤さんにはすっごい感謝してるっていつも言ってたんですよ。」
「カヲル…そういう話は、もっと早くしとくもんだよ。」
仁藤が光宗に苦笑いをしながら言った。

「萌乃。キャプテンなんだって?いいチームみたいだな。」
「はい。ありがとうございます。ウチの事はご存じなんですか?」
「ビデオで見ただけだけどね。みっつに送ってもらった。夏の予選だけじゃなく、練習試合なんかもね。本大会、私は見に行けないけど、今年は秋葉じゃなくてアンタ達を応援してるよ。あ、井上先生、差し出がましいかもしれませんが、良かったらこれ…」
篠田がチケットの束を差し出した。
「あんまり大きな声で言えないんですけど、今夜私が先発なんです。スケジュールもあると思いますが、良かったらみんなで見に来てください。部員23人ですよね?先生の分もあります。」
「いや…というか、今夜は巨人戦じゃないか。いいのか?こんなプラチナチケット。しかも…内野のこんないい席を…」
「私からの出場祝いです。まあ、これくらいはいいじゃないですか。秋葉にはバットやらボールやらいっぱい送ったんですから。じゃ、失礼します。」

「良かったじゃん、萌乃。」
「あやりん…そうだね。良かった。なんか胸のつかえが取れたような気がするよ。」
「相当痛かったんだろうなぁ…萌乃のパンチ。」
「仁藤さん、私の事は殴らないでくださいね。」
「わかんないよ?カヲル。あんまり聞き分けないとがつんといっちゃうかも。」
「コワイ~小森も殴られるのはイヤです~」
「小森には…げんこつだな。」
大げさに頭を抱える仕草で逃げる小森に部員たちから大きな笑い声がおこった。

inning73.




駅前のロータリーには溢れんばかりの人が押し寄せていた。1年前、初めてこの駅に降り立った時には、人の気配すら感じないくらいだったのに。同じ事を何度も何度も繰り返した上に近づいてる選挙の話まで始めた市長の祝辞にはちょっと参ったけど、「私達市民の代表」って言ってくれたのは嬉しかった。
決勝戦から1週間、あちこちへの表敬訪問やメディアからの取材。甲子園出場の実感を感じる間もないほどだった。それは、井上だけでなく選手たちも同じだっただろう。

決勝戦は圧勝だった。序盤こそ気合いが空周りした宮崎が制球に苦しみ2点を先行されたものの、4回、7番小森、8番仲俣の連続タイムリーで追いつくと5回には仁藤のこの大会3本目のホームランで逆転。その後は一方的な展開で優勝を飾った。表彰式が終わり、選手の手によって最初に胴上げされたのは菊地あやかだった。誰もが笑顔の中、菊地は一人号泣した。仁藤に、宮崎に、石田に…みんなに肩を抱かれながら誰の目をはばかることなく涙を流し続けた。


「ねぇねぇ。なんで私達がAランクなの?初出場の無名校なのに。」
甲子園大会を特集した雑誌を見ながら仲川が後ろの座席に向かって身を乗り出して話しかけてくる。仁藤がイヤフォンを耳から外してその雑誌を受け取った。
「なになに…エース宮崎、4番鈴木を中心に投打のバランスが取れている。台風の目になる力は十分…か。へ~そんな評価なんだ?」
「でも、最後のトコ気に入らないよね~」
「ん?ああ…3年生全員、秋葉学院からの転校生。本番で因縁の対決は実現するか…ってトコね。ま、色々言われるのは仕方ないんじゃない?」
「そうそう。もう慣れたよね。」
石田が仲川の隣の席から口を挟む。

「っていうか、そろそろ新神戸だってよ。今日甲子園見に行くんでしょ?」
「うん、軽く汗流してね、今日は軽めの練習にするみたいだから。」
仁藤がそう言って網棚から荷物を降ろし始めた。

inning72.



「なんか…すっきりした?」
石田が宮崎に聞く。
「う~ん…まあ、もう辞めた時の事なんて忘れちゃったしね。」
「そうだね。もう秋葉を見返そうとか、秋元先生にぎゃふんと言わせたいとか…そんな事思ってた事もどうでもいいって感じ。」
仁藤もアンダーシャツを着替えながら言った。
ロッカールームには試合前とは思えない穏やかな空気が流れていた。緩んでる訳ではない、程良い緊張感とどこか何かに満たされた…そんな空気だ。

「さて・・と。そろそろグラウンドに出る時間だが…その前にちょっといいか?」
監督の井上が声をかける。ベンチに入る校長の後藤も穏やかな笑顔でその横に立った。
「知っての通り、今日の相手は上野丘だ。まあ、学校もここから近いし、OBやオールドファンなんかも多い。恐らく球場中上野丘の応援だろう。」
「先生、私達がそんな事で委縮するとか思ってます?」
仲川がグラブを叩きながら笑う。うずうずして早くグラウンドに飛び出したいとでも言いたそうな顔だ。
「いや、そうじゃないよ。お前らにアウェイで戦う事の楽しさを教えとこうと思ってな。俺はカープでライトのレギュラーを取った年があってな。甲子園に行くとな、そりゃすげーのよ。ライトスタンドから飛んでくる罵声ちゅうのがな。」
「だよね~六甲おろしとかスゴそう。」
「でもな、ホームランとか打って次の回守備につくと、そのヤジがまたすげーんだわ。おい、ワレ生きて広島帰れると思うなよ…とかな。まあ、それが楽しくてな。ワルモノがハマったんだろうな。打てなくなったりすると、途端に相手にされなくなると…今度は寂しかったりしてな。」

「千城さん、そろそろお願いします!」
ドアを開けて大会スタッフが声をかけてきた。

「まあ、要は敵の声援も楽しむくらいでいいって事だ。そういう事。」
「ありがと、先生。言いたい事は伝わりました。先生…私達、ホント先生には感謝してるんですよ。でも…お礼は試合終わってからにしますね。」
仁藤がそう言って笑った。
「みなさん…でも、今日は井上先生が言ってるような環境にはならないと思いますよ。」
後藤がロッカーを出て行く選手たちの背中に声をかける。仁藤が首を軽く捻りながら笑顔を返した。


ベンチの中から見えた光景は圧巻だった。1塁側のベンチから見渡す3塁側のスタンドには溢れんばかりの観衆がいた。満員どころの騒ぎではない。普段は開放されていない外野の芝生席まで立錐の余地がないほどだ。

「すげーな…」
鈴木が仲俣と顔を見合わせる。さすがにこれは圧倒される。これがアウェイって事か…

「さ、軽くアップしようか。」
仁藤が声をかけ、選手たちがグラウンドに足を踏み入れた。
その瞬間だった。地響きのような大歓声が響き渡った。相手の上野丘スタンドからではない。1塁側からだ。選手たちは驚いて後ろを振り返った。

見上げたスタンドからまるで押し寄せるかのような歓声が降ってきた。そして、隙間なくびっしりと上から下まで埋まったスタンド。所々には色んなユニフォーム姿の生徒が鉢巻をして立っている。サッカー部、バスケ部、陸上部…袴をはいているのは弓道部か。なんだ、みんなそうか・・応援団のつもりか。ブラスバンドもいる。小野や奥の顔もはっきりと見える。そして、菊地の姿も。

あやりん…ありがとね。この大観衆は…私たちの為じゃない。みんな、あやりんを称えてくれてる…きっとそうだね。あやりんがいたから、私達はここまで来れた。でも、今日で終わりじゃないよ。もっともっと大きなスタンドでやるんだ。そん時は…そうだな。応援団位はお揃いのTシャツくらい作ってもらおうよ。ね?

仁藤がスタンドに手を振った。一段と大きな歓声が飛ぶ。
「おっと…みんな、アップの前に整列だ。応援よろしくって挨拶しなきゃ。」

inning71.




「なんで理事長が来てんのよ?だって、今日秋葉も決勝の日でしょ?」
「いや…むこうは安泰だからじゃないの?」
「でもさ…わざわざ干され校の試合なんて見に来ないでしょ?普通。」
報道陣に囲まれた秋元康の姿を柱の陰に隠れて、仁藤と宮崎、そして石田が遠巻きに見ている。決勝戦の前、突然姿を現した秋元の姿に困惑気味だ。

「今日は千城高校の応援ですか?」
「レギュラー選手は全員秋葉学院からの転校生です。あなたが、追いだした生徒たちって噂がありますが?」
「ドロップアウトした選手を集めてレベルの低い県で甲子園へ。話題性は十分ですよね?これって売名行為じゃないんですか?」
「高校野球は教育の一環じゃないですか?あなたのビジネスに体よく使われてる生徒に対し何か思う所はないんですか?」

記者たちから容赦のない質問が飛ぶ。高校野球の取材というよりは、ワイドショーの芸能記者のような雰囲気すらあった。
千城高校の決勝戦の相手は大分上野丘高校だった。圏内一の伝統を誇る県立校で進学校としても知られている。1940年代と50年代に夏の甲子園を経験している、所謂古豪であるが、今年の春のセンバツでは60年ぶりに21世紀枠で出場した。OBも多く、県を代表する文武両道の名門校の活躍に地元は盛り上がっていた。一方で千城には多くの誹謗中傷が集まりつつあった。中には「金で集められた選手だけのチームを県の代表として許すべきではない」とまで言う者もいた。

「みなさん、私は学校法人の経営者です。確かに我が秋元学園の傘下にある千城高校が甲子園へ出て知名度が上がる事は私にとって非常に好ましい事です。今日の試合、色んな大人の思惑で勝ちを願っている事は認めます。記者さん…それが間違っていると?」
秋元は一人の若い記者に質問を返した。若い記者はむきになって質問をかぶせてくる。おおかた、政治部か社会部希望の意気盛んな新人かなにかなのだろう。
「それは詭弁じゃないですか?高校野球という純粋なものにはそぐわない考え方だと思いますが?」
「なるほど。汗と涙と情熱と…というわけですか。では、あなた、全国の私立の有名校の練習を取材に行った事はありますか?わが校…千城高校でもいいですが…他県から集まってきた生徒たちが日々どんな生活をしているかをご覧になった事は?」
「いえ、ありませんが。色々と聞きますよね。陰湿ないじめとか時代錯誤の上下関係とか。」
「世論をリードする有能なジャーナリストが自分の目で見てもいない事を想像で語ってはいけない。それはただの憶測だ。」
急に声のトーンが強くなった秋元に若い記者は思わず息をのんだ。


「いいかね。彼女たちはまだ高校生だ。親元を離れ厳しい練習に明け暮れ、規律正しい生活を送る事がどんなに辛い事か理解してやってほしい。もちろん、全ての学校でそれが出来ているとは言わない。しかし、大多数の生徒たちはそんな環境でひたすら夢を追って頑張ってるんだ。君は…君たちは私のやっている事を売名行為…そう言ったね。否定はしない。いや…むしろ正しい指摘だ。しかし、それを非難されるのは私達大人だけだ。選手には何の罪もない。彼女たちの毎日の生活に密着してもらえれば、そんな誹謗中傷なんてとても言えなくなるよ。」

秋元は穏やかに…だが、力強く言葉を続けた。
「私は経営者であるとともに、教育者のはしくれと自負しています。確かに千城高校の選手たちは秋葉学院を色んな理由で去った子たちです。しかし、ここでこうして再び自分の夢に向かって懸命に努力している。彼女たちはまだ高校生です。一度や二度の失敗はしますし、逃げ出す事もあるでしょう。しかし…何とかチャンスをつかもうとする気持ちを持っている子ばかりです。その子たちにその場を作ってあげる事。不甲斐ない教育者ですが、私はそれを実現したい。世間様の批判を浴びるかもしれない。しかし…子供たちがそれを求めているのに…それが分かっていて批判を恐れて行動に移さない事こそ、教育者として失格なのではないでしょうか?」

秋元の言葉に取り囲んだ記者たちから質問が消えた。
「どうか、今日の試合、結果だけでなくそんな彼女たちの思いを取材してほしい。みなさん、なんで高校野球って人気があるんでしょうね?私など、50を過ぎてもいまだに胸が熱くなってしまいます。」

秋元は記者たちに一礼してその場を後にしようとしたが、もう一度振り返り記者に言った。
「そうそう…あなたはレベルの低い県で…って言いましたよね?高校野球をもっと良く勉強しなさい。大分県は全国屈指の強豪県だ。」




inning70.




「しかし、さすがはピッチャーだね。よくあの場面でスライダーが来るって読んだよね~」
多田が島崎の肩に腕を回して微笑む。
「そうそう、私もぱるるに追い込まれたら絶対スライダーだって言われてから迷わずにフルスイング出来たんだもん。さっすがぱるる。」
指原も笑顔をくしゃくしゃにしていた。

「えっと…ごめんなさい。正直、何が来るかなんて全然自信ありませんでした。」
島崎があっけらかんと笑う。指原も多田もその言葉を聞いて、え?という顔になる。
「じゃあなんであんな風に自信たっぷりに言えたの?」
「あれ…キャプテンが言ってこいって。」
「あ”、ごめんごめん。だって、私が言うとらぶたんもさっしーも真面目に聞いちゃって肩の力入っちゃうって思ったんだもん。ぱるるならなんかふわ~んって感じでいいかなって思ってさ。」

柏木はそう言って笑ったが、事実は違った。あの場面、ベンチで島崎が何かを感じていた事は確かだった。実際、その読みは的中した。一つの賭けだったと思う。もし…あの場面で島崎の読みが外れていたら…それはそれで仕方ない。あの局面では誰が打席に立っても何かに賭けなきゃ思い切ったスイングなんて出来やしない。ダメなら変に日焼けしたまま似合わない水着を着て海にでも遊びに行くだけだ。

スタジアムの外で秋葉学院の選手たちが輪になって笑っていた。首からは優勝メダルがぶら下がっている。9回表に飛び出した多田・指原の連続ホームランで秋葉学院は一気に試合をひっくり返した。

何度も甲子園の土を踏み、春も制した秋葉学院にとっても、夏の晴れ舞台はいつも新鮮な喜びをもって臨む事になる。そして、その喜びの裏には何校もの涙が隠されている。


inning69.



スタンドは徐々にどよめきを大きくしていった。
9回表、ワンアウトから放った渡辺の会心の当たりがセカンド、星野のグラブにダイレクトですっぽり収まった。恐らく何十センチは右か左にずれていたら抜けていただろう。それでもアウトはアウトだ。2アウトになった。

とうとう、土壇場を迎えた。スタンドがざわついているのは、あと一人で昨年に続き、春の覇者、秋葉学院が決勝で敗れる…という理由だけではない。決勝戦でのノーヒットノーラン。都立乃木坂の生駒が達成しようとしている偉業を固唾をのんで見守っているのだ。

打席に2番バッターの多田愛佳が向かった。今日はもちろんノーヒット。3年生最後の夏、2番バッターとして十分役割を果たしてきたが打率は2割台半ばに低迷していた。

代打だろうな…まだウチには一発で勝負を変えられるいいバッターが残ってる。来年のクリーンアップ候補の大場だっている。3年生のれいにゃんだっている。私より全然こういう場面では強いはずだから…

多田はベンチを振りかえった。監督の戸賀崎は腕組をしたままだ。笑顔すら浮かべてる。

いいのかなぁ?私が最後のバッターになるかもしれないんだよ?打つ手はしっかり打っとかないと後でどうこう言われるのは監督なのに…ほら、タイムかかった。やっぱ代打でしょ?ん…?なんでぱるるが出てくるの?

「らぶたんさん。初球、多分スライダーきます。思いっきりひっぱたいちゃってください。」
「え?…っていうか、代打告げに来たんじゃないの?監督、何だって?」
「え~何にも言ってませんよ。ワタシ、勝手にタイムかけて来ちゃいました。」
「なんで初球がスライダーって分かるの?」
「えっと、ワタシ、こう見えても高校野球オタクなんです。」
島崎が無邪気な笑顔を多田に向ける。この土壇場で何をいきなり言いだすんだ?多田は

島崎の肩を抱いて後ろを向いた。下を向いて小声で話しかける。
「だから…オタクとか何でこの場面で…」
「だって、乃木坂はきっと早く試合を終わらせたいって思ってるに違いないと思いません?」
「いや、だって大事な場面じゃん?じっくり時間かけて攻めようって指示も出るだろうし。」
「らぶたんさん、それは私達が何度も甲子園出てるからそう思えるんですよ。今、向こうの生駒さんはこうして私達がタイム取ってる事にすらいらいらしてると思います。」

確かに言われてみれば…マウンドの上でせわしなくロージンバックを触ったりボールをこねまわしたりしてる。初球は一番自信のある球で入ってくる…ぱるるの言う事には説得力がある気がする。多田は島崎の笑顔に向かって強い表情で頷いた。

集中力。それは腹を決める事が一番肝心だ。初球はスライダー。外れたらそれはその時だ。ここまでシュートとスライダーのコンビネーションに完全にやられてきた。狙い玉を絞れば…と言われるかもしれないが、実際にはなかなかそうは上手くいかないものである。しかし、この時の多田の集中力は研ぎ澄まされていたし、事実生駒に焦りもあった。初球のスライダーはやや内側から甘いコースに入ってきた。

多田は迷うことなくバットを強振した。

inning68.




高城は真ん中に向かってストレートを3つ投げ込んだ。力みがあったのは、リードした乃木坂の4番・白石の方だった。3球目の甘いコースに入ったボールを打ちあげた。

しまった…打ち損じだ。
完全にホームランボールじゃないか…

白石はライトに上がったボールを見上げた。
確かに打ち損じではあったが、犠牲フライには十分の深さに見えた。ライトに入った島田が一歩…二歩と下がる。

3塁ランナーの星野がタッチアップのスタートを切った。
「うぉおぉおおおぉおおらぁああぁ~!!!!」
ボールを掴んだ島田が雄たけびを上げてバックホームする。矢のような返球がダイレクトで柏木のミットに突き刺さった。タイミングはアウトだ。俊足の星野だったが目の前でストライクの返球が返ってきたのを見てスライディングするのをやめた。そのままの勢いで柏木に体当たりする。

ガツン…

鈍い衝突音とともに柏木がもんどりうって倒れ込んだ。後ろ向きに1回転する。

「アウト!!!」
柏木が高々とミットに収まったままのボールを主審に向かって差し上げた。

甘いよ…そんな体当たりで私を吹っ飛ばせるとでも思った?こっちは死ぬ気でやってるんだ。私をふっ飛ばしたかったなら大砲でも持ってこないと。柏木は立ち上がって尻もちをついている星野を見下ろした。

「サード!!!」
横山から大きな声がかかる。セカンドランナーがタッチアップで3塁に達した後、大きく離塁し本塁を伺っていた。柏木が素早く反応して、3塁へボールを送る。一瞬1年前の事が頭をよぎった。あの大暴投…あれで、私の野球人生は大きく変わった。でも…あれがなかったら今みたいにファーストでバッティングに専念出来なかったかもしれない…

「注意せんといかんで~」
柏木からストライクの返球を受け取った横山が笑ってランナーにタッチした。
一瞬でスリーアウト。1点は取られたものの、秋葉学院は大きなピンチを凌ぎ切った。

「ナイスバックホーム。でも、やっぱアンタうるさいわ。」
柏木がライトのポジションから全力疾走で戻ってくる島田をハイタッチで迎えた。

inning67.




塁上には3人のランナーがいた。2番・星野はバントの構えをする事すらなく初球からバットを振ってきた。鋭い打球が三遊間を襲う。ショートの渡辺が横っ跳びで打球を押さえたが1塁に送球する事は出来なかった。内野安打。3番の松村はストレートの四球を選んだ。ノーアウト満塁で4番・白石が打席に入る。

島崎が島田のサインを覗き込む。ここは落ち着いて…島田のサインはまっすぐだ。というより、島崎がそう簡単に連打される訳がない。1・2番の連打はたまたまだ。ここは一番自信のある球で勝負するしかない。
島崎が頷いてセットポジションに入ろうとする。両手を胸の前で合わせようとした時…島崎の手からボールが零れおち、マウンドの上にコロコロと転がった。

「ボーク!!」

主審の声が響く。
3塁ランナーの生田が飛び跳ねるようにホームへ帰ってきた。先制点が乃木坂に記された。

「すみません、タイムお願いします。」
秋葉ベンチから伝令の大場美奈がマウンドに走ってくる。島田も柏木も…内野手がマウンドの上に集まった。
「ぱるる…手…痛めたでしょ?なんで黙ってたの?」
大場の言葉に島田が目を丸くした。
「手…って?そうなの?ぱるる?」
「ごめん…」
「そうか…さっきの打席?」
柏木が島崎の手を取って聞いた。島崎が頷く。
「いい?ぱるる、あなたがエースとして責任感を持ってマウンドに立ってくれてる事は嬉しい。でもね、痛い時にはそう言わなきゃ。あなたは一人で戦ってるんじゃない。」
「キャプテン、私が悪いんです。キャッチャーで受けててぱるるの異変に気がつかなかった。連打された時に気づかなきゃいけなかったんです。」
「仕方ないやん。終わった事よりこれからの事考えんと。ノーアウト2・3塁。バッターは4番。下手したら大量点になるケースやで。それでなくても、ウチらまだノーヒットなんやから。」
サードを守る横山が腕組をして険しい顔で言った。

「キャプテン・・・」
大場が柏木に言葉を発しかける。柏木が笑顔で頷いてライトを守ってた高城に向かって手を振る。高城が小走りでマウンドに駆け寄ってきた。
「ぱるる、お疲れさま。心配しないで。ウチのエースはあなたなんだから。甲子園ではしっかり投げてもらうから。でも、今日は…後はあきちゃに任せて。」

高城の登板とともにキャッチャーも柏木に代わった。島田はそのままライトのポジションに入る。規定の7球の投球練習を終え柏木がマウンドに駆け寄った。

「ねえ、やっぱこんな日焼け跡じゃ水着は似合わないよね?」
「え?何、突然。」
高城があっけに取られたような表情で柏木を見る。
「いや…夏休みどうしよっかなって思って。」
「そっか、今日負けちゃったら夏休みになっちゃうんだよね。」
「案外島田なんか、負けちゃってもいいやって思ってたりして。」
「うんうん、早く上がいなくなったほうがせいせいするとか言いそう。」
高城と柏木が顔を見合わせる。思わず笑顔がこぼれる。
「ま…なるようにしかならないって事で。」
柏木の言葉で高城の表情から力みが消えた。内外野に大きな声をかける。
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