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はじめに

いつもありがとうございます。
また新作をスタートさせて頂きますね。


今回はかなりの冒険作になると思います。

これまで、私のお話はAKBのメンバーは「AKB48のメンバー」として描いてきました。
相当設定を飛躍させてはいましたが(笑)。

今回登場する彼女達は、アイドルではありません。
なので、これまでのお話のように感情移入をして頂きにくいかもしれません。

ですが、あくまでもここは「秋葉原ミステリー劇場」なので、彼女達のキャラクターや立場、取り巻く環境、人間関係など、そのあたりに実際の彼女達の姿を反映させる事で「AKBらしさ」を出していければ…と思っています。

そして、当然ですが(笑)今回も何かが起こります。
そこに行くまでは、ちょっと説明がクドい風に思われるかもしれませんが…

と…カッコいい事を書いてますが、グダグダになったらどうしよ?って実は不安ですw
でも、頑張って頭をひねって書いてみますので、宜しければお付き合いくださいね。
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第1節



「今月も最下位…か。結構みんな頑張ってくれたんだけどなぁ…」
オフィスの壁に張り出された棒グラフを見上げて、大場美奈は大きなため息をついた。
「でも、少しずつだけど上との差縮まってるじゃない?」
コーヒーカップを両手に持ってに島田晴香が現れた。

「アンタのおかげだよ。私が居ない間ウチの営業所をよくまとめてくれたよね。
出来ればこのままマネージャーとしてやってもらったほうがよかったかも…」
「ワタシは、所長って柄じゃないから。現場でお客さんと向き合ってたほうが楽だし。
それに、その方が好きだからね。」
「私も本当はそうなんだけど…でも、これからも副所長としてここを盛り上げていってくれるよね?
ホント、アンタが居てくれるだけですっごい 頼りになるんだから。」
大場は島田から受け取ったコーヒーカップを口に運びながら笑う。

「任せといて。いつか、この営業所を一番にしようよ!」
島田も笑った。

第2節


Akihabara Kind&Brave生命保険株式会社。通称AKB保険は今から6年前、大手投資顧問会社から独立した秋元康が設立した生命保険会社だ。秋元はそのビジネス才覚を保険業界に持ち込み、新たな手法で急速に顧客数を拡大。僅か5年で中堅生保会社としての評価を固めるなど、業界の風雲児としてその名を轟かせていた。


AKB保険の最大の強みは、精鋭部隊による営業活動であった。比較的年齢層が高めの保険外交員のイメージを一掃、銀行・証券・損保・流通・小売・不動産…各方面からの高い営業力と知識を持った比較的若い転職者と一流大学卒の新卒で構成し、きめ細かな顧客サービスを打ち出す事で徹底的な他社との差別化を図った。

秋葉原の本社には、第1・第2・第3・第4の4つの「営業所」と呼ばれる営業部隊があり、100名弱の保険会社としては少数だが精鋭部隊が構成されていた。
また、名古屋支社にも3つの営業所、大阪には2つの営業所、福岡にも新たに支社を立ち上げ、不振が続く業界全体の中で「一人勝ち」を続けていた。


一方で外交員の競争は熾烈を極めていた。彼女達の報酬形態は基本的にフルコミッション。獲得した保険の保険料収入の何割かを初年度報酬として得る事になっており、その後保険契約が継続する間数%かが報酬に加えられる。短期解約はペナルティの対象になるし、契約数が極端に低い外交員はあっという間に淘汰されていく事になる。


全国年間の上位12名の外交員は「トップコンサルタント」と呼ばれ、保険料からのコミッションの他に特別手当が支給され、年収は軽く億を超える。外交員は成績ごとに資格名称が変わり、上位13位~21名までが「コンサルタント」21位~40位までが「プランナー」と呼ばれ社内では優位な立場に置かれていた。彼女達にも資格に応じた手当が支給される。

それ以下の成績の外交員は資格手当もなく、ひたすら地道に営業成績を上げていく事で生き残りをはかっていくしかなかった。この厳しい競争心を煽る格差形成の結果外交員一人ひとりの意識とスキルが向上していく。これがAKB保険の強固な営業力の基盤であった。

第3節


各営業所には「所長」と呼ばれるマネージャーがいる。
所長の果たす役割は管理職ではなく、外交員のコントロール役であった。彼女達は自分の営業所に所属する外交員の成績により報酬が左右される。外交員の稼ぎの何%かが自分の身入りになるという仕組みだ。新しく自分の営業所からプランナーに昇格した外交員が出ると、所長にもキックバックが入り、コンサル・トップコンサルを多く抱える所長はそれだけ収入も良くなる。また、所長は自らも外交員として活動する事が許されており、その成績で所長であると同時にトップコンサルとしての成績を上げ続ける者もいた。


「おはようございます!」「おはようございます!」
「ありがとうございます!」「ありがとうございます!」
「宜しくお願い致します!」「宜しくお願い致します!」

オフィスに大きな声が響く。第2営業所、朝礼恒例の様子だ。
「えっと、みんなの頑張りで先月は社内2位の成績を収める事が出来た。
ここ半年の間、ずっと第3営業所に負けてたけど、久しぶりの2位だ。ご苦労さま。」
所長の秋元才加が笑顔を見せる。

「契約で稼いだ者もそうだけど、今月は全員の訪問件数と見積もり依頼件数が大幅に増えたのが大きいね。
こういう地道な営業が段々実績になってくるんだから。」
副所長の宮澤佐江がプリントアウトされた資料を見ながら言った。
宮澤はOLを中心に女性層に圧倒的な強みを持つコンサルタントだ。

第2営業所は人間関係や義理人情を前面に押し出し外交するといった、一見旧態依然と旧態依然とした泥臭い営業スタイルを展開する部隊で、所長の秋元のキャラクターが強く打ち出されていた。常に全社トップセールスの称号「トップ・オブ・トップ」を争う大島優子を筆頭に、脚で稼ぐ営業で結果を出すメンバーが多かった。

「ねぇ、才加。」大島がカバンを抱えて言う。大島と秋元は同期入社だ。
「今回の全国所長会議でちょっとは大きな顔してきなよ。私たちは王道の営業やってるんだから。第1の誰かみたいにおっきな客ばっかからの売り上げに頼ってるんじゃないからさ。」

「そうだよ、いっつも私たちのやり方を「古い」とか言ってるみたいだけどさ。営業は成果だけが大事じゃないよ。しっかり基本をやっていかないと若い世代がいつまでたっても伸びてこないんだから」
営業所内No.2の成績を誇る板野友美も口を合わせる。

「わかった。いつも二人には頑張ってもらってるからね。
きちんと、私たちがやってる事をアピールしておくよ。」
秋元が真剣な顔で答えた。

第4節


第1営業所長の高橋みなみがオフィス内を見渡す。
定時になったが、何名かの姿が見えない。いつもの事だ。
一応毎朝朝礼をやる事にはなっているが、直接客先へ向かう者や、前日遅くまで顧客の接待をしていた者がいたりで、なかなか全員がそろう機会がない。
自身がトップコンサルである高橋も昨夜は遅くまで顧客との宴席に出ていたが、さすがに所長として月初めの朝礼を欠席するわけにもいかない。欠伸を噛み殺して立ちあがった。

「おはよう。今朝の当番は誰だっけ?」
「敦子さんで~す。まだ来てません~。」多田愛佳が鼻にかかった声で返事する。
「仕方ないな。愛ちゃん、やってくれる?」
「え~、私明日の当番なんですけど?」
「じゃ、明日は敦子にやってもらうから。 」
「多分明日も来ませんよ。敦子さん。私がやりますよ。みんな立って。」
片山陽加の掛け声にみんなが立ちあがった。

「先月も全社でトップの座を死守する事が出来ました。ありがとうございます。
特に…指原。頑張ったな。初めてトップ3に入ったぞ。」高橋が指原莉乃の方を見て言う。

「ホントですか?やったぁ。今月のトップは誰ですか?」
「先月に続いて名古屋第1の松井玲奈だな。名古屋は全体的に売り上げが伸びてきてる。
第1なんかは本店の第4の3倍近くまで伸びてきてるしな。2位は第2の大島か…相変わらず安定してるな…」

「でも、今月は敦子さんがダントツになるんでしょ?また大口が動く月だもんね。」
倉持明日香が言う。
「そうそう…幾ら個人をちまちま取ってても、最後は太いお客さん持ってるほうが勝つんだもんね。
あぁあ…私も早く大きなお客さん作らないと。」
外交員最年少の前田亜 美がため息をつきながら言った。

第1営業所は、6名のトップコンサルを抱える名実ともに社内NO.1のエリート部隊だ。過去3度の「トップ・オブ・トップ」に輝いた前田の他にも、安定した成績をキープする元飲食店のカリスマ店員・篠田麻里子、高齢の経営者層に圧倒的な顧客層を持つ小嶋陽菜、若手層に強いマーケットを持つ指原莉乃・高城亜樹らが在籍するスター揃いの営業所は常に社内の羨望の眼差しを浴びていた。一方でエリート意識が強いメンバーを擁するが上の悩みを高橋は感じていた。徹底した基礎営業を積む第2や急成長している名古屋第1の足音が段々近くに響いてくる。いつトップコンサルが個人代理店として独立するかもしれない…。若手がなかなか伸びてこないものスター軍団の悪いところだ。高橋は常備薬となっている胃 薬を口の中に放り込んだ。

第5節


「ありがとうございました。」
「今後ともよろしくお願いいたします。」
柏木由紀と佐藤すみれは豪邸の玄関で深々と頭を下げた。

「よかったね。いい契約取れたじゃない?」
柏木が佐藤に向かって笑う。
「ありがとうございます。所長が一緒に来てくれたおかげです。
私一人じゃなかなかハンコ押してもらうまで詰め切れなくって…」
佐藤が柏木にぴょこんと頭を下げる。
「そんなことないよ。すーちゃんが、丁寧にお客様に接してたからだよ。
でもわかったでしょ?丁寧にやってればきっとお客様はついてきてくれるって。」
「はい。私も最近段々所長のやり方がわかってきたような気がします。」
「あのさ、そろそろその所長って呼び方やめない?
なんか堅苦しくてどうも好きになれないんだよね…いつまでたっても慣れないっていうか…」
「じゃ…柏木さん…ですか?」
「う~ん…それもなんかなぁ。なっちゃんとか、麻友とかみたくニックネームで呼び合えるっていいと思うんだけど、職場でそれはどうか…って支社長に言われちゃうしなぁ。」
「戸賀崎さんですか?あの人、あれで結構頭固いですからね。」

第3営業所は柏木由紀を所長とする個性豊かな営業部隊だ。
当初所長を務めていた浦野一美が調査部というスタッフ部門に異動した事で所長に昇進した柏木は、もともと現場志向が高かったため、特にリーダーシップを発揮するタイプではなかった。だが、自身が持つ抜群の営業センスを身近で学びとったメンバーの成長もあって、今や第2営業所を凌ぐ売り上げを記録するようになっていた。創業時から在籍する平嶋夏海や2期入社の増田有華、小林香菜といったベテランから佐藤や小森美果といった新卒入社から成長してきたメンバーなどバランスの取れた構成だった。

柏木自身、未だに所長職という処遇に馴染めていなかった。渡辺麻友というもう一人のエースと共に自ら動く事で後進に手本を示す。若手でも遠慮なく営業所の方針に意見を言い合うのが第3営業所の特徴でもあった。しかし、それはある意味、柏木の思い描く理想の体制でもあった。

第6節


AKB保険では月に一度全国所長営業会議が行われる。
各営業所の所長のほか、オーナーの秋元、本社営業統轄の戸賀崎智信、名古屋支社長・湯浅洋、大阪支社長・金子剛、の姿もあった。社の営業方針を定める重要会議だ。

冒頭秋元から発表された新人事案に参加メンバーは一同に表情を変えた。

「お疲れ様。え~…このたび、わが社は執行役員制を敷く事とします。それに当たり営業部門の執行役員を戸賀崎君にお願いしようと思います。つきましては、空席になる本社営業統轄の役職を現場から抜擢して任命したい。人選に関しては、営業所長を中心にこれまでの実績と本人の資質を十分吟味して進めていこうと思う。」

本社統轄は事実上の営業部門No.2のポジションであり、将来、役員への道が約束される誰もが望むポジションである。

「湯浅君、金子君が選ばれるかもしれないし、もちろん本社の営業所長が昇格する事もあるだろう。ひょっとしたら、所員の中からの抜擢もあり得るかもしれないね。いずれにしても、今日から3ヶ月かけてじっくり選ぶつもりだから、皆さんの奮闘を期待してるよ。では、この話はこれくらいにして、今月の営業報告を聞かせてもらおうか。

第7節


「これってチャンスだよね。才加、わかってるよね?」
宮澤が興奮した口調で言う。
「そうだよ。やっと、現場の事をわかってる人間が上に行けるチャンスが来たんだ。
これを活かさないと、ウチの会社どんどんダメになっちゃう。いつまでも第1みたいに間違った営業やってるとこが幅を利かせてちゃね。」大島の口調もいつも以上に強い。

「でもさ…今のままじゃたかみながそのまま昇格っていうのが既定路線じゃないの?」
板野がノートパソコンの画面を見ながら言う。モニターにはここ1年の各営業所の売り上げ状況が細かく表示されている。第1営業所の売り上げは社内でも突出している。
板野はもともと高橋や前田といったメンバーと同じ創業時に入社した第1期だったが、同じく同期の峯岸みなみと共に第1から第2へと異動してきていた。それ以来、第1営業所のメンバーとはそりが合わないようだった。高橋の事をたかみなと呼ぶのも、親しみを込めてというよりは渾名としてだった。

「あと3ヶ月…か。ただ私たちが売り上げを伸ばすだけじゃ到底状況はひっ繰り返せないよね…となると…」宮澤の目が光る。
「あのさ。やっぱり私たちは正々堂々と…」秋元が興奮したメンバーを宥めるように言う。
「才加、何甘い事言ってるの?正しい事をやるには偉くなるしかないんだよ。」
大島の口調は怒ったようになってきていた。
「まあ、寝技が出来ないのが才加のいいトコなんだけどね。優子もそんなに興奮しないで。この勝負…結構楽しめそうじゃない?」板野が意味ありげに笑った。

第8節


丸の内の高層ビルの応接室。前田敦子は大きな窓下に広がる東京のパノラマに目をやっていた。商品開発本部の野呂佳代が居並ぶ相手の上層部にプレゼンテーションを行っている。戸賀崎の姿もある。
「以上になります。ご清聴ありがとうございました。」野呂が頭を下げる。
「いいんじゃないか?」一番上席に座った男が発言する。
青山 理、大手紳士服販売、青山商事のオーナー経営者だった。
青山商事は前田が抱える大手法人顧客の中でも特に大口契約先の一社である。

前田の顧客の多くは、生命保険を「保障」としてではなく「金融商品」として購入していた。社員全員を対象として養老保険を契約、保険料を全額前納し2年と1日で解約する。規約返戻金を払込金保険料と比較すると定期預金の金利を遥かに上回る利回りとなる。バブル期程の大きなメリットではなくなってはいたが、低リスクでミドルリターンを得られる仕組みだ。解約を2年と「1日」としているのは、2年以内での解約が外務員や所長へのペナルティの対象になるためだ。本来生命保険とは「もしもの時に頼れるものであるべき」として大島や宮澤が、解約前提のこの販売方法を批判するのも無理はなかった。

「前田さん、いつもいい話を持ってきてくれるからね。」青山が笑った。
前田も愛想笑いを返す。前田の武器はある意味、この完璧に作られた営業スマイルだけであった。自分が特に金融商品の知識があるわけではない。大島のように地道に顧客回りを繰り返しているわけでもない。いつも、自分でも知らないうちに大口の契約がまとまっていく。最初は戸惑いがちだった前田だったが、徐々にその流れに身を任すようになっていた。それが一番楽だったから。
「前田さん、今度また一緒にゴルフでもどう?」
「いいですね。ぜひお誘いください。」
前田が笑顔を崩さず答える。

「戸賀崎さんも、何やら出世されるそうじゃないですか。」
「ありがとうございます。青山社長のおかげですよ。」
応接室に明るい声が上がった。

第9節


「決めたよ。高柳。俺は上に行くぞ。いつまでも支社なんかで燻っていられるか。」
湯浅が手羽先を頬張りながら言う。
「そう言ってくれるって思ってましたよ。」高柳がジョッキを一気に空ける。
「そうなると、名古屋支社長の席が空くな。」湯浅がにやりと笑う。
「あ、おじさん、酎ハイちょっと薄いよ。あ~もうロックでいいや。芋ね。
…まぁ、売上的には名古屋第1のほうが上ですからね。平田さんが昇格するのが筋ってものじゃないですか?弱小営業所の所長に過ぎない私の出る幕はありませんね。あ、そうそう、玲奈さんって線もありますよ。なんたって、名古屋支社の半分以上の売り上げはあの人が稼いでますからね。それとも珠理奈って番狂わせがあったりして?」

「おい高柳。お前も相変わらず食えないヤツだな。俺の後釜はお前しかいないだろ?
平田じゃ本社の連中とどうやりあえるって言うんだよ。玲奈や珠理奈は慕ってるようだけどな。あいつは所詮所長までの器なんだよ。」
「むしろ、珠理奈あたりが平田さんの席奪っちゃったりして。」
高柳はハイペースで焼酎をあおっていく。

「お前は…本当に頼りになるヤツだよ。いち営業所長の分際で秋元社長に面と向かって文句言えるのはお前くらいだもんな。」
「やだなぁ。あれは直接じゃないですよ。年末のアワードパーティでなんか一言って言われたから言っただけですよ。いつまでも第1のオフィスに間借りしてるんじゃなくて、私たちにも専用のオフィスを構えさせてくださいって。」
「それが、お前にしかできないって言ってるんだよ。」

高柳はそれには直接答えず笑った。
「もう一回、二人の成功を祈って乾杯しましょうよ。」

第10節


「なんか騒がしい事になっちゃいそうだね。」
深夜のオフィス、大場の席で島田が言う。椅子を後ろ向きにして、背もたれに組んだ腕を乗せその上に顎を乗っけている。
「う~ん…なんか対岸の火事って感じにしか思えないな。他の営業所では大騒ぎだろうけど。それよりも、来週からだよ、研修生の受け入れ。私にはそっちのほうがおおごとなんだよね。」大場がペンで頭を掻きながら答える。

「そりゃそうだ。ずっと第3で受け入れてたんだけどね。でも、これってウチが営業所として認められてきたって事だよね?」
「そうそう。インストラクターは割振りできた?はるぅ一人じゃ回らないでしょ?」
「大丈夫。なんかみんな張り切ってる。やっと先輩面出来るのが嬉しいみたい。」
「市川とか大丈夫?どうみても、インストラクターって感じしないけど。」
「だって、美織は成績だけで言ったらもう第4のエースクラスだよ?
あれでしっかりしてるトコあるから、きっと大丈夫。」
「へぇ~はるぅが市川の事褒めるようになったんだ。変るもんだねぇ。」
「まあね。でさ…どうなると思う?誰が勝つかなぁ?」
「え?本社長に誰が昇格するかって事?そりゃ、たかみなさんでしょ?」
「だよね~。でも、なんかそれじゃ面白くないよね~」
島田が悪戯っ子のような笑顔を見せて言う。
「アンタ、本当にこういう井戸端会議ネタ好きだよね。」
前と変わらない島田の天真爛漫さに大場は思わず嬉しくなって笑った。

第11節


「だから…これは単純な椅子取りゲームなんだって。でもね、椅子の数は一つじゃないんだよ。
やりようによっては美味しい思いを出来る人間は一人じゃないって事。」

「ちょっと待って。そのあたりがまだよく理解できないんだけど…」

「だからね。この試合をね、総当たり方式のリーグ戦じゃなくて、一発勝負のトーナメントにしちゃうんだよ。力があんまり変わらない同士がぶつかると勝った方もダメージ大きいでしょ?次の対戦相手がすっごい弱いのに、ころっと負けちゃうって事、よくあるじゃない?」

「でもさ、そんなのくじ運が良くなきゃ…」

「ホント、アンタってさ飲み込みが悪いよね。くじで決めるんじゃなくてさ。
組み合わせを私たちが決めてやればいい話じゃんかよ。」

「ちょっと、ちょっと、内輪もめはごめんだよ。私たちは運命共同体でしょ?」

「ああ。悪い悪い。」

「ホントごめん。私頭悪いから…」

「もう一回わかりやすく言うよ。強いトコ同士でまず潰しあってもらう…と。
負けたほうは当然このゲームから退場。勝った方も無傷じゃいられない材料が出る。」

「んで、そこにウチらがぶつかれば…」

「そうそう、ようやくわかってきた?」

「じゃ、どことどこをどうやって潰し合わせるの?」

「それが腕の見せ所なんだよ、ね?」

「そうなんだよ。あいつら…いつまでもエリート面出来ると思うなよ…」

第12節

藤江れいなは下を向いたまま泣き続けていた。
秋元もなんと声をかけていいのか困って腕組みをしている。

暫くして大島が痺れを切らしたように口を開く。
「で?その程度の事で、席を立って帰ってきたの?」
「その程度って…ちょと優子、それは言い過ぎじゃない?」
秋元がたしなめるように言う。
「言い過ぎなんかじゃないよ。大体さ、ちょっと飲みの席で手を握られたくらいでびーびー泣いてちゃ保険なんて売れないっつうの。逆に胸の一つでも触らせて契約ぶんどってくる位やんんきゃ。」

「…っく…わ…私はそこまで…出来ま…せん。優子さんとは違うんです…」
「違うってなんだよ?藤江?お前、この仕事舐めてんのか?」
「だって…そんな事…私、キャバクラの接客みた いな事までして、契約なんて…」
「なんだって?お前な…」

「優子!もういいから。ちょっと表に出な。」秋元が大島を部屋の外へ連れ出した。

「な?言い過ぎだって。藤江はまだプランナーに上がったばかりなんだよ。
優子が期待してるのはわかるけどさ。」
「今厳しくしないと、あいつ等にはこの先があるんだよ。私はこの第2営業所に来た子たちには
全員成長していって欲しいんだよ。第1とか第3の若いヤツらには負けて欲しくない…だからさ…」
「わかってるって。でもさ、アンタが嫌われ役にならなくていいじゃんか。
私がいつまでたっても鬼になり切れないのが悪いんだけど…」

「今なんだよ。今が大事な時期なんだよ。若手の育成ってのも、リーダーの必須条件なんだ。悔しいけど、今のウチじゃ実績で第1に到底かなわない。だったら、私たちがやってる事が如何に将来の会社にとって正しい事なのかをわからせないと…その為 には、藤江には頑張ってもらわないと…私は鬼って言われても何でも構わないよ。」
大島の大きな目には涙が浮かんでいる。

「すまないね…ホント。優子にはいつも辛い思いをさせちゃって。」
「いいんだよ。だから、才加。」
「わかってる。私もようやく覚悟が出来たからさ。」

秋元は大島の手を力強く握った。

第13節



「ゆきりん…あ、柏木さんってホント真面目っていうか…」
「もうなっちゃん。二人だけの時にそんな呼び方しないでよ。」
「ごめんごめん。ね、ゆきりんってあんま欲ってないの?」
柏木と平嶋はバーカウンターに並んで座っている。こうして仕事帰りにゆったりとした時間を過ごすことが二人にとってずっと続けている大事なひと時だ。

「欲って?」
「またまた。みんな噂してるじゃん。誰が出世するんだろうって。」
「う~ん…順当に言ったらたかみなさんでしょ?もう第1の所長って言うより、私たち外交員全体のリーダー…違うな…そうそうキャプテンみたいなものだし。」
柏木がカクテルグラスを傾けながら言う。
「あ~ぁ。この人は本心でこんな事言ってるのかなぁ。」
「ん?なんで?本心も何も他に誰が?」
「あのね…。宮崎とか北原とか小森とかすみれとか…うちの若いコはみんなゆきりんに本社長になって欲しいって思ってるよ。きっと。」

「そうなの?いや~それはないでしょ?だって、私なんか無理だって。大体所長としての威厳もなにもあったもんじゃないのに。元々、第3の所長だって、私じゃなくてなっちゃんがやるべきだったって今でも思ってるもん。」
「ゆきりんは現場が好きなんだよね?」
「そうだね。好きって言うか、楽しいよね。お客さんに喜んでもらえてるって実感があるのは、やっぱり直接お客さんと接してる時だもんね。」

平嶋がバーテンダーに向かって軽く手を上げる。
「すみません。ちょっと強いカクテル作って頂けますか?」
「ちょっとなっちゃん。あんまり強くないんだから。」
「いいでしょ?たまには。あのね、そろそろゆきりんも自覚って持ったほうがいいと思う。ゆきりんが思ってる以上に周りはゆきりんに期待してるんだよ。その辺りをわからないと…。若いコが期待してるって事をね。」

「…なっちゃん?ねぇ…怒ってる?」
「怒ってないよ。怒ってない。でもね…」
平嶋の口調が段々と絡み調になってくる。
「すみません。私も同じものをください。」
やれやれ、今日はとことん付き合うしかないのか…柏木は諦めた。
こういう時は自分も酔ってしまうに限る…

第14節


「みなみ…ちょっといいかな?」篠田が高橋に声をかける。
「うん?なに?」
「ちょっとここじゃ…外出れる?今時間大丈夫なら…」
「えっと…うん。1時間位なら。」高橋がスケジュール長を見ながら言う。
予定が細かい字で隙間なく書きこまれている。正直まとめておきたい資料もあったが、
篠田とは最近全然話せていない事を思い出したのだ。

「お待たせ。」
篠田がカフェレストランの個室に入ると中には前田と小嶋、そして峯岸の姿があった。
「あれ?どうしたの、みんな。みーちゃんまで。」高橋が目を丸くした。
「ごめんね。忙しいのに。」前田が真面目な顔で言う。
「ううん。でも、こうして集まるのって久しぶりだよね。」
高橋はそう言いながら椅子に腰を下ろした。

「たかみな、あんまり時間ないと思うから、単刀直入に話すね。みんないいかな?」
篠田の言葉に全員が頷いた。
「私たち、独立しようと思うんだ。」
篠田はそれだけ言って、高橋の目を覗き込んだ。
前田も小嶋も峯岸も高橋の顔を黙って見つめる。


「そっか…そうなんだ。ねぇ。ここ何か食べれるよね?
私、朝からまだ何も食べてないんだ。何か注文していいかな?」
高橋はメニューを手に取った。
「えっと…おっ。カフェなのにかつ丼があるじゃない。これから愛ちゃんと同伴営業で
大きな契約決めに行かなきゃいけないんだ。縁起担いでかつ丼食べていこっと。」

「たかみな…あのね。私たち…」
小嶋が言いかけたが、高橋がそれを遮った。
「わかってるよ。多分そろそろそういう時期なんだろなって思ってた。」
「たかみな…」篠田もなにか言おうとしたが、高橋の視線に言葉を引っ込めた。

「確かに、みんなはこの会社が出来た時に入って来て、大変な時期を頑張ってきたよ。いつかこの会社を大きくするんだってね。でも…みんなにはそれぞれ夢があったじゃない。麻里子さまはフィナンシャルプランナーとして活躍したい、にゃんにゃんはお客様相談窓口みたいなトコで保険相談出来るようなお店を開きたい、みーちゃんは、保険以外の事も勉強して本書いたりテレビのコメンテーターしたりしたいって。」

高橋は冷静な口調で淡々と話した。
「あっちゃんだって。あっちゃん、外で勝負したいんでしょ?周りのお神輿に乗ってるんじゃなくて自分の力で。ウチの会社にいたんじゃ、秋元社長の開発した保険商品しか売れないけど、独立して代理店構えたらどこの保険会社の商品でも取り扱う事が出来る。あっちゃんの顧客層だったらもっと色んなチャンスがあると思うしね。…あ、かつ丼美味しそう~」

高橋は運ばれてきたかつ丼に食らいつくように食べ始めた。

「それでね…みなみ、私たちと一緒に…」篠田の言葉をまた高橋が遮った。
「私は残るよ。私の夢はここにあるから。まだまだやらなきゃいけない事がいっぱいある。」
「そういうと思った。」前田が初めて口を開いた。
「ごめんね。こんな大事な時期に。私たちが独立する事はたかみなの責任じゃないって、ちゃんと秋元社長には説明するから。こんな事でたかみなの評価落とさないで下さいって。」
「なんで?いいよ、そんな事言わなくても。」
「だって、大事な時期じゃない?本社長になろうかって時なのに…」
「ん?ああ、その話ね。私、そうなっても辞退しようかなって思ってるし。」
「本気?なんで?せっかくのチャンスなのに。」峯岸が驚いたように聞く。
「ああ、私ね、所長って仕事好きなのかも。現場から離れるにはまだ早いと思うんだ。
それに、まだそんな老けこむ年でもないでしょ?」高橋が笑って答える。

「でもさ、ともちんとなっちゃんは?二人も創業からのメンバーじゃない?」
「ともちん…最近全然挨拶もしなくなっちゃったし…なんか人が変わったみたいで…」
峯岸の顔から笑顔が消えた。
「やっぱり第2に異動させた事、怨んでるのかなぁ?なっちゃんは?」
「なっちゃんは即答だった。行かないって。第3の事が本当に好きみたい。
頑張れって言ってくれたよ。」小嶋は笑顔だ。
「なっちゃんは、あれで自分の信念ってのを持ってるからね。うん、なっちゃんらしいな。
あ~美味しかった。じゃ、私アポあるから先行っていいかな?」

高橋が伝票を持って立ちあがる。
「あ、たかみな。私が払うから…」
そう言って伝票に手を伸ばす篠田に高橋は笑って首を振る。
「まだ今日は私が所長でしょ?所長らしい事させてよ。
もうすぐに、出来なくなっちゃうんだからさ。」
高橋の目がちょっと潤んでるのを見て、篠田は黙って手を引っ込めた。

第15節

「ねぇ。聞いた?聞いた?」
大島が慌ててオフィスに飛び込んできた。顔は笑いで崩れている。
「聞いたよ。社内中の話題じゃない?まさか、この時期になんてね。」
秋元が社内ポータルに掲示された、前田達の独立退職のニュース画面を見ながら言う。

「ねぇ、ともちん。ともちん、ひょっとして何か仕掛けた?」
大島の興奮ぶりはかなりのものだった。息を切らしたまま板野に聞く。
「ちょっと優子、声が大きいよ。でも、残念ながら私は何もやってないんだな。コレが。
正直第1を切り崩すにはこういう方向かな…とは思ってたけど。
しかし、これ以上ないタイミングだったよね。」
板野がノートPCのデータを弄りながら答える。

「峯岸は?今日来てないの?アイツさ…」大島はオフィスを見回した。
「まぁ、いいじゃない。あっちはエース級3人の離脱。ま、確かに峯岸の売り上げは小さくないけどね。
全然カバー出来ないほどじゃない。」秋元がつぶやくような小声で言う。
「えっとね。前田、小嶋、篠田…この3人の顧客は独立した事でほぼ外部に持っていかれるとして…代理店への独立は既得意の顧客持っていく事が許されてるからね。…へぇ~こんなに落ちちゃうんだ。第4よりは上だけど、名古屋第1とか大阪よりも下になるんだね。」
板野がPCのモニタを見ながら納得したような表情をする。

「売り上げもそうだけど、外交員の…しかもトップコンサルの社外流出を止められなかったって事で、所長は間違いなく管理能力を問われる…」
秋元がにやりと笑う。どうやら、完全にその気になったような表情だ。

「これで、たかみな…脱落だね。最有力候補が最初に消える…こりゃ、面白くなってきたぞ。」
大島が目を輝かせた。

第16節


テレビ塔が見渡せるオフィスの会議室。名古屋支社の幹部が顔を揃えていた。
支社長の湯浅、第1営業所の平田璃香子、第2の高柳明音、第3の梅本まどか、3人の所長だ。
向かい側の席からかかる説明の声に耳を傾けていた。

「このままじゃ、いつまでたってもイナカもん扱いとちゃいますか?ウチらはもっともっとやれるはずですわ。その為にはここで勢力拡大しとかんといかんちゅう事ですやん。」
立ちあがって熱弁を振るうのは大阪支社営業所長の山本彩だ。
隣には支社長の金子が腕を組んで座っている。
「みなさんも、前田さん達がああなったのをご存じでっしゃろ?出来レースや思われとったのが俄然面白うなってきたんじゃありまへんか?」
「それはそうだけど…おみゃーさん、何を考えとらす?」
最初に口を開いたのは、梅本だった。
「まー、こんな騒動が起きるのはやっとかめだで、ワクワクはするけどね。」
平田も他人事のような顔だ。

「アンタらな、言わせてもらうけど、そんな眠たい事言うとるからいつまでたっても、いい人材抱えとって上に行けへんのや。もうちょっとおつむのネジしめとかんかい?」
山本が声を荒らげる。
「まあまぁ。山本。今日は喧嘩しにきたんじゃないだろ?」
金子が山本をなだめるように笑いかける。

「私からも説明しましょう。いいですか?保険業界は正直マーケットが飽和状態です。日本人は生命保険が大好きですからね。実に保険加入率は97%に及びます。これ以上新しくマーケットを拡大していく事は事実上出来ません。ですから、自然と営業は他社の契約を引っ剥がし乗り換えをさせる…という事になります。」
金子の説明に一同は頷く。
「もちろん、東京中心で戦略を立てる事は構いません。しかし、皆さんご存じの通り、良い漁場に住む魚は餌を食わなくなるものです。その証拠に高い売り上げを誇る本社の売り上げ伸び率はこの所停滞の一途を辿っております。」

「金子さん。講釈はいい。本題を聞こうじゃないか。」
湯浅が髭を触りながら言う。顔には含み笑いが浮かぶ。
「ウチらがこの会社を牛耳っちゃおうゆ話ですわ。湯浅さん。
お互いここで手組むいうんは、悪い考えやない…思いますけど。」
山本が涼しい顔で言う。

「組む…って?どえりゃあ現実味の無い話だけど…?」平田が顔をしかめる。
「あんな、このままやといつまでたっても、本社主導の営業戦略なんて変わらへん
。まずは、中枢部を握る事を考えるんや。ウチらが組めば、本社の統轄のポジション…取れると思わへんか?」

「どうやって?組むって言っても…」梅本が首をかしげる。
「ウチの渡辺、山田、福本…なかなかええ客つかんどりまっせ。
なぁ、湯浅さん、外交員の営業所移籍は本人の希望があれば自由やな?」

「ああ…確かにな。しかし、そうなると大阪の売り上げは激減だろう?君はどうするんだ?」
湯浅の言葉に山本は不敵な笑顔を浮かべる。

「ウチは所長降りますわ。いち外交員に戻って、アンタらの下につく。
ウチの売り上げ…結構美味しいモンやと思いますけど?
金子さんも同じ思いですわ。ここは一旦湯浅さん。アンタに上登ってもらいましょか。」

「いいのか?」湯浅が言う。笑いを必死に噛み殺している。
金子と山本が顔を見合わせて頷く。

「ただし、条件を一つだけ飲んでもらいましょか?」山本が椅子に腰を降ろして言う。
「条件?」
「ええ。名古屋も一つにまとまってもらいましょ。
そうやな、高柳さん。アンタの下にだったら…ウチらの事まるっと預けますわ。」
ずっと黙っていた高柳がふっと一息ついて立ちあがった。

第17節


「どうやったの?トップの人たちを右から左に動かすって…」
「まあね、魚心あれば水心ってね。」
「なに?お魚?」
「アンタね…」
「まあまあ…いいじゃないの。とりあえず一番しんどいトコがぶつかってくれた事だし。」
「篠田はなんか不気味だったからね。創業メンがまとまって逆に取りに来られたら…」
「まさか、高橋が自分から引くなんてね。」
「それも狙いだった?」
「まあね。」

「次はどう出る?」
「そうだね。ちょっと変なのがちょろちょろしてるって話も聞こえてきたしね。」
「変なの?」
「まあ、どうなるか、ちょっとはお手並み拝見ってトコかな。上手く行けば、あっち同士で
やりあってくれるかもしれないしね。」
「狭い階段、ぶつかってもらいましょうか?」ってヤツ?」
「あははは。アンタ、ウマい事言うじゃない。」

第18節


「どうしたの?今月、スゴイ売上じゃない?これまでで最高でしょ。」
平嶋がオフィスの壁に貼られた棒グラフを見ながら柏木に話しかける。
「なかなか契約まで進まなかった案件が一気に決まったからね。たまたまだよ。」
柏木がサンドイッチを頬張りながら笑う。
「いやいや、この数字だと間違いなく今月、個人トップでしょ?上は思うかもよ。
ようやく柏木が本気だしてきたって。」
「またまた。そんなに煽てたってダメだよ~。それに、営業所全体じゃここんとこ売上落ちちゃてるしね…」
柏木が少し表情を曇らせる。
「あの子たちか…」
平嶋がひと塊りになって談笑してるメンバーの方を見やる。
宮崎美穂、小森美果、石田晴香、近野莉菜の4人だ。

「あの子たちだってイイもの持ってるはずなんだけどねぇ…」柏木がため息をつく。

もともと宮崎は第3のエースとして期待されていたメンバーだった。入社以来安定した成績を収め早くからコンサルタント入りし将来の幹部候補として社内の評価も高かった。しかし、ここ1年は徐々に売り上げが低迷し始め、今季はプランナーへと資格が下がってしまった。仲のよかった小森、石田、近野もそれに引きずられるかのように成績を落としており柏木の悩みの種の一つであった。

「ちょっとガツンと言ったほうがいいんじゃない?ゆきりん言いにくいなら、私から言おうか?昔みたいにさ。」平嶋が笑う。
平嶋は第3営業所が立ちあがった際に第1から前所長の浦野と一緒に異動してきた。先任者として厳しく指導にあたり、そこから渡辺、指原といったトップコンサルが生まれていた。柏木自身も平嶋の指導のもと力をつけた一人だった。

「う~ん…きっとわかってくれると思うんだ。私は自分で気づいて欲しいんだよね。すーちゃんみたいにね。すーちゃんは、このところ明らかに変わってきたから。」
「ホント、優しいんだね。でも、優しさって時には罪になっちゃうよ。」
「そうかもね…ありがと。なっちゃん。さ、朝礼しよっか?」
柏木が立ちあがった。やっぱりな…平嶋は肩をすくめて柏木の席から離れた。

第19節

「いいみたいだね、今期の新人たち。」
大場が島田の席に来て話しかける。
「いいね~。それぞれ個性があってやる気あって。
何よりウチらが刺激受けて、やらなきゃって思いになれるのも大きいかな。」
「お尻に火が点いたってトコ?ぱる、美宥、美織…3人が過去最高の売上か…」

「だね。でも、スゴイのは…」
「やっぱり、あの子?そんなにスゴイの?研修中の成績はダントツって聞いてたけど。」
「う~ん。そうだなあ…モノが違うって感じかな。こう、なんていうかな。
センスって言うか嗅覚っていうか…とにかく違うね。たぶんね、いきなり頭角現してくると思う。」

「川栄李奈…か。はるぅ、責任重大だよ。」
「わかってる。しっかり育てなきゃね。でも、李奈曰くもっとすごいのがいるってよ。」

「あ、その話聞いた事がある。新卒採用の時、面接した秋元社長がその場で採用OKしちゃったって子でしょ?
なんか2段階特進で研修終わったって聞いたけど。」
大場が社内ポータルの社員検索ページをスクロールする。

「なんか、楽しみ…っていうか、私らもうかうかしてられないって事だよね。」
島田が資料をカバンに詰め込んで席を立った。
「外回り行ってくるよ。」

第20節


「一体何が起こった?」
一枚のペーパーを持つ宮澤の手が震えている。

「わからない…まだ、数字の結果だけだからね。どんな手を使ったのやら。」
板野はノートPCの画面を上に下にスクロールしてため息をつく。

「大阪と名古屋が手を組んだのは知ってる。しかし…これは…単にこれまでの売り上げを足しただけで出た数字じゃないぞ?明らかに各自の売り上げが跳ね上がってる。優子がベスト5に入らないなんていつ以来だ?優子の売り上げが落ちた訳じゃないのに。」
秋元も首をかしげる。

「それに誰なんだ?この城恵理子ってのは。玲奈、柏木、…この辺りを押さえてトップだと…?
こんな事がいままであったか?」
宮澤は声まで震えていた。
「あったな…前にも。波乱はいつも名古屋から…か。」板野が言う。
「珠理奈…か。あれ以来の衝撃ってわけだね。」
秋元が思い出したように顔を上げた。
「あの時も青天の霹靂だったよ。一時とはいえ、あの前田が首位を明け渡したんだからな。
最近じゃ落ち着いてきちゃったけど、あのインパクトはまだ消えてないからね。」

「この城って子が、珠理奈クラスの逸材だと?」宮澤が聞く。
「わからない。でも、こうして数字が出てる事は事実だよ。私たち営業の人格は数字で決められるからね。
売った者が正しい。そういう事さ。」
板野が表情を変えずに答える。

「しかし、誰が絵を書いているんだろ?そっちの方が興味あるね。私は。」
ノートPCを眺めながら板野がつぶやく。

第21節

「玲奈ちゃんは東京って興味ないの?」
白川公園の噴水を見上げながら珠理奈が聞く。
「ん?どうしたの、急に。」
玲奈が小さな弁当箱の包みを解きながら珠理奈の方を向いた。

「うん…あのね。宮澤さんに誘われてるんだ。本店に来ないかって。」
「そうなんだ?いい話じゃない。珠理奈は前から言ってたじゃない。
東京で勝負してみたいって。」
「そうなんだけどね…」
珠理奈はコロッケパンを小さく千切って周りに撒いた。鳩たちが群がってくる。

「なにか悩む事でもあるの?」
「ううん…ねぇ。玲奈ちゃん、一緒に行かない?」
珠理奈が玲奈に聞く。ちょっと思いつめた表情だ。
「私?私は無理かなぁ。名古屋離れてってのは。」
「そうだよね。玲奈ちゃんは、お母さんの面倒みないといけないもんね…」
「ごめんね。でも、珠理奈が東京に行くのはいいことだと思うよ。
自分の為にもね。そりゃあ、湯浅さんは困るだろうけど。」

「そうなの…それじゃなくても、第1の所長にちゅり…あ、高柳さんがなって大阪のスゴイ優秀な人たちも異動になってきて…名古屋を盛り上げようって時でしょ。なんか、私一人が抜け駆け…みたいに思われるのはね。私だって、名古屋の一員として本店なんかに負けないって頑張ってきたし…」

「ちゅりに私から言ってあげようか?」
「ううん。大丈夫。そろそろ私も自分の事は自分で決めなきゃ。」
「お~大人になったじゃん?」
「もう、玲奈ちゃんはいつまでたっても私の事子供扱いなんだから。」
「あははは。ねぇ、怒ってる?」
玲奈が悪戯っぽく笑った。

第22節


「こうやって話するのって初めてだよな?」
板野が隣に座った高柳には視線を向けず正面を向いて言う。

「すみませんね。せっかく名古屋までお越しいただいたのにこんな店で。」
「いいんじゃないか?込み入った話っていうのは、逆に騒がしいトコのほうがやりやすい。
誰もこっちの話なんて聞いてないからな。」

「さすがですね。板野さん。」

「前からお前は私と同じニオイがすると思ってたからな。」

「へぇ~光栄ですね。そんな風に思ってもらってたなんて。あ、おじさん、私焼酎ね。
もう最初からロックでいいや。当然芋だよ。板野さんは?」

「同じでいいよ。あと、ちょっと腹減ったな。」

「手羽先でいいですか?ここ来て食わない手はないですよ。」

「おい、お前鳥って言われてるのに、共食いか?」

「板野さん、なんで私が鳥って言われてるかわかりますか?風向きを読むのが上手いんですよ。ほら、風見鶏ってね。それに、自分の栄養になるなら共食いだって何でもしますよ。板野さんもでしょ?だから、わざわざ名古屋くんだりまで来たんじゃないですか?」

「あっはっはははっは。お前、ホント面白いよ。気に入った。」

「じゃ、同盟締結って事で。」
二人はグラスを合わせた。

第23節


「爆弾投下したんだ?」

「まだだよ。仕込みはしたけどね。」

「しっかし、やるねぇ。危ない爆弾は自分で運ばない…と。」

「私、危険物取扱の資格持ってるって知ってた?」

「出た出た、資格オタク。もっと営業に役立つ資格取ったらいいのに。」

「茶化さないの。上手くいくかな?」

「たぶんね。」

「そろそろ最終局面?なんかうまくいきすぎかも。」

「しゃーないよ。だって、みんな単純なんだもん。」

「権力争いって醜いねぇ。」

「アンタが言うと全然説得力無い。」

「わかってて言ったんだよ。」

第24節

第24節

都内インテリジェンスビル。広い会議室を借りきってセミナーが開かれていた。
主催はAKB保険、大島優子個人だ。AKB保険の外交員は全員が個人事業主扱いになる。
販売拡大の為に個人でセミナーを開催する事が認められており、大島の最大の拡販ルートはこのセミナーによるものだった。大島を支援する顧客が大手・小口に係わらず新たしい見込み先をセミナーに連れてくる。大島はそこから顧客を獲得するという算段だ。営業所トップの売り上げを誇るこのセミナーには毎回応援として何人かの外交員が駆り出されていた。主に若手で勉強の為に…という主旨も含んでの事だ。

「あれ?板野さん。ひょっとして今日は板野さんも応援ですか?」
藤江が板野に声をかける。
「ううん。たまには見学。私、これでも向上心あるんだよ。」
板野が意味ありげに笑う。
「そうなんですか?…あ。いや、そういう意外とかそういう意味じゃなくて…」
「何慌ててるの?別に深い意味には取らないよ。ははは。それより、れいな、アンタ優子とすったもんだしてたんじゃないの?」
「あ、いえ。やっぱり優子さんってすごいと思うんです。
私も本気で仕事に取り組まないといけないなって思って…。
キャンペーンコンテストで2位になったからって甘く考えてたみたいです。」

「そっか。じゃ、私は一番後ろの席で見させてもらうよ。」
「はい。どうぞ。」
板野は藤江から資料を受け取り会場へ入った。

会場内は既にほぼ満席だった。毎回の事ながら大島のこの集客力には目を見張らされる。営業所長の秋元が挨拶に立ち、続いて大島が壇上に上がる。場内からは割れんばかりの拍手が沸き起こる。まるで、アイドルのコンサートだな。板野が苦笑した。

「それでは、お手元の資料、そして前方のスクリーンに投影した資料をもとにお話を進めさせて頂きます。」
大島が藤江に向かって小さく頷く。場内に資料をめくる音が起きた。
「まずは、最近の経済情勢から…」

大島は自分の手元の資料に視線を落としながら説明を始めた。すぐに異変に気づく。
何かがおかしい。何だろう?…会場がやけに騒がしい。
いつもは、私が話し始めると水を打ったように静まりかるのに…なに?このざわめきは?

ふと、藤江のほうを見る。全身が震えている。違う…違う…私じゃない…
必死に首を振っている。秋元も呆然とした表情で立ちあがっている。
会場のざわめきが大きくなる。大島はスクリーンに目をやる。
そこには、シティホテルのエントランスでスーツ姿の男と腕を組み笑顔を見せる大島の姿が大写しになっていた。大島が慌てて藤江を見る。それを見た藤江が慌てて手元のマウスをクリックする。次から次に男とのツーショットの写真が映し出される。藤江はその場にしゃがみこんでしまった。

大島が会場に配布された資料を手に取った。
「大島優子と一部顧客の不適切な関係について」
大きなフォントで打たれた文章は誹謗中傷に満ちていた。もちろん、大島には全く身に覚えのない事だ。写真だって、一人の時じゃない。隣には秋元だって、板野だって宮澤だっていたはずだ。巧妙に修正されたものだ。そう言いたかった。しかし、その言葉は会場から沸き起こった怒号にかき消されてしまった。

その様子を、板野は一番後ろの席で薄ら笑いを浮かべて見ていた。

第25節


「あんな感じでいいのかな?」
「スゴイですね。効果覿面ってこの事。実は噂じゃなくて本当の事とか?」
会議室から笑い声がこぼれる。中には板野、高柳、湯浅、山本の姿があった。
「いやね、嫉妬ってのは怖いね。客同士で言い争いが始まっちゃったからね。優子は俺のものだ!とか言い出すヤツまで現れちゃってさ。ま、これまで優子は上手くやってたんだけどね。まぁ、事実無根だって言っても、人の感情っていうのは簡単に流されるって事さ。私らも気をつけないとね。」
板野が笑う。

「どないな感じですか?本店第2の雰囲気は。」
「お通夜だね。まるで。秋元も宮澤も大人しくなっちゃったからね。
ま、仕方ないかな。エースがあんな事になっちゃったんだからな。
もう第2の目はないさ。」
山本の問いに板野がクールな口調で答える。

「ほんま、板野さん、お手柄ですわ。これで…」
「おい。お手柄って何の事だよ。」板野が山本を睨む。

「あ…いや…」

「勘違いしないでよね。私がアンタ達の為に動いたとでも思ってるのかな?
ね…?さやかちゃんって言ったっけ?昨日今日出てきた小娘ちゃんが、
あんまり思いあがっちゃいけないんだな~」
急におどけたような口調に変わったが、板野の凄味ある表情に山本は身体を固くした。

「まぁまぁ。済まないね。まだ口のきき方をちゃんと教えてなくてね。
で?君は何が欲しいのかな?さすがに所長の座って事は言い出さないんだろ?」
湯浅が板野に聞く。

「そうですね。正直あんまり肩書きとかには興味ないかな。
そうだな。手っ取り早く…金…って事にしとこうかな?
あと、自由に動ける環境とかね。あんまり人に指図されるの好きじゃないんで。」

「じゃあ、独立して代理店を構えるっていうのは?
ウチの契約をある程度回すって事にすれば、アンタは遊んでてもいいって事で。」

「そんな事したら全然楽しくなくなっちゃうじゃないですか。
湯浅さん、厄介者払いしようたってそうはいきませんよ?」

「いずれにしても、ちゃんと本店を私たちが仕切れるようになってからの話ですよね。
まだ、全部終わったわけじゃないです。」高柳が言う。

「そりゃあ、もう大体決着はついたでしょうけど。
後は第3と第4…。まぁ第4は論外として、第3もボスにその気が全くなさそうだし。」

「じゃあ、安パイじゃないか?高柳、いったい何を気にしてる?」
「まあ、私に任せてもらえますか?最後の仕上げは。」
湯浅の問いに高柳が答えた。

「最後の仕上げ…が一番大事なんですよ。」
高柳が言ったその言葉は誰の耳にも届かないくらい小さい声だった。

第26節

「お疲れ様です。玲奈さん。話しって何でしょうか?」
「あ、忙しいのにごめんね。ね、堅苦しい話し方やめようって事になってたじゃない?
二人なんだし。私も所長って呼ばないでちゅりって呼ぶから。」
「あ…うん。ごめんね。玲奈ちゃん。」
高柳が松井玲奈が待つホテルのバーに現れたのは深夜12時を回っていた。
玲奈の隣のスツールに腰を下ろす。
「何飲んでるの?」
「ソルティ・ドッグ。ちゅりは何にする?」
「私は、焼酎…はないよね?じゃ、バーボンのロックで。
あ、バーテンさんダブルでお願いね。」
「相変わらず酒豪だね~」
「最近、お酒の量増えちゃって…」

「ね?ちゅり…無理してない?」
「無理って?」
「うん…最近のちゅり、見てられない。」
「…」

玲奈が言いたい事は痛い程わかってる。この人はすごい。正々堂々と顧客に向き合っている。その姿は呆れるほど愚直で真摯で直向きで。今の名古屋の礎を作ったのは、間違いなくこの人だ。須田、大矢、向田、秦、木崎、木本…みんなこの人に憧れ、この人の対応を真似して成長していった。私はこの人に認められたかった。追い抜きたいとかそんなんじゃない。ただ、頑張ってるねって認めてもらいたかったんだ。

高柳はそんな思いをバーボンと一緒に喉に流し込んだ。
「おかわり。同じものをください。」
「ちゅり…そんな飲み方、身体に悪いって。」
「いいの。好きにさせて。」


「あのね…砂上の楼閣…って知ってる?」

「ん…?わかるけど…見かけは立派だけど、基礎がしっかりしてないから、脆く危ない虚構のお城…。玲奈ちゃん、なんとなく言いたい事はわかるよ。」

「そう…じゃ、これ以上は言わないね。」

「玲奈ちゃん。玲奈ちゃんはスゴイよ。私たちがしてる事なんてお構いなしで、正々堂々と自分のスタイルで売り上げを上げてる。それで毎月毎月全国トップクラスだもんね。到底かなわないや…。でもね、ここで私が…今さら退く訳にはいかないんだ。じゃないと、無理やりひきこんじゃった子たちに申し訳がたたないから。」

「ちゅり…その先に何があるの?」

「何だろ…?わからない。でも、きっと砂のお城じゃないって信じたい。
どうせ脆く崩れやすいなら雲の上までそびえるお城を作ってみせる。」

「すみません。私もバーボンをダブルで下さい。ストレートで。」

玲奈がバーテンに告げる。出てきたグラスを高柳のグラスに軽く合わせた。
「私は一緒に行けない。決して応援は出来ないけど…」

玲奈の言葉に高柳は頷いた。一筋の涙が頬を伝って落ちた。

第27節


朝礼を終えた第2営業所のデスクで板野がノートPCを眺めている。
モニターに写ったExcelフォーマットにびっしり詰まった数字を細かくチェックする。

今朝の朝礼もおざなり感でいっぱいだった。一応いつものように大きな声で挨拶をして、秋元が外交員を鼓舞するようスピーチして…ただ、明らかに前とは違う。営業所全体を包む空気に緊張感は欠片もなかった。板野にとってはどうでもいい事であったが。

「とも。ちょっといいかな?」
ふいに声をかけられて板野は顔を見上げた。
とも…なんて呼び方をするのはこの営業所にはいない。

「あれ?どうしたんですか?マルサの方々が、こんなところへ。」

浦野一美と大堀恵の姿があった。保険契約調査室。保険金支払いに際し、不正が疑われる事案や契約内容についての調査を行う部署だ。不正契約…外交員が契約数のノルマを果たすために保険料を立て替えるなどの契約を懲戒する部門でもあり、外交員からは国税局査察官の呼称をもじってマルサと呼ばれ恐れられている。
かつて、浦野は元第3営業所の所長、大堀も第2のコンサルタントとして優秀な成績を誇った外交員だった。

「とも…なんで私たちが来たか…わかるよね?」
浦野が言う。別室に移った三人の間に冷たい空気が流れる。
「わからないな。マルサに突っ込まれる事なんて全然ないし。
第一、私のお客さんで保険金の支払いが発生したりした事ないもん。」

板野が不敵に笑った。
「ね…。私たち、あなたを追い詰めるような事はしたくないの。今なら、スタッフ部門に移るなり自主退職するなり…まだ逃げ道は作ってあげれるから。」
大堀の口調は懇願に近いものだった。
「あのさ。途中で梯子外された恨みかなんか知らないけどさ。アンタ達の部署って評判悪いよ。
岡っ引きみたいな事ばっかしてさ。」
板野が悪ぶった口調で二人に毒づく。浦野と大堀がお互いの顔を見合わせて頷いた。

「これ…ここ1年であなたが取った契約の中の一部。保険金の受取人が親族以外の場合、特別申請が必要なのは知ってるよね?トップコンサルのあなたなら。」

浦野が契約書のコピーを手繰りながら板野に鋭い視線を投げる。
「当たり前でしょ。この契約のどこに特別申請が必要なの?全部、保険金の受取人は親族。
親、妻、子…何の問題もないでしょ?」

「じゃ、これは?どう説明するの?」

大堀が板野の前に資料を出す。謄本のコピーだ。
「のべ71件…全部が契約の直前に養子縁組とか結婚とか。
ま、結婚を機に保険に入るって事は良くある事だけど、こう立て続けだと、さすがに…ね。」

板野の顔色が変わる。

「どうして…なんでここまで調べた?保険金の支払いが発生した訳じゃないのに…」

「悪いけど、アンタの契約者の属性を調べさせてもらった。とも…金融機関が反社会勢力との取引を禁止してる事はわかってるよね?もし、アンタがこれ以上シラを切るなら、私たちはアンタの交流関係を明るみに出さなくちゃいけなくなる。それは、会社にとっても良くない事なんだ。わかるよね?とも…」

なんでだ?ここまでは上手くいってた。危ない橋をもうちょっとで渡り切れたのに…
自分がこの会社を好きに動かせるようになれば、こんな事は揉み消せるはずだった。
力が欲しかった。その為に悪魔に魂を売る事までしたのに。

その時、板野の脳裏に高柳の顔が浮かんだ。

「まあ、私に任せてもらえますか?最後の仕上げは。」

そうか…あいつ、最初からそのつもりで…
「あははは…はっはははっははは。そっか、やられたよ。あ~っはっははは…」

板野が狂ったように笑いはじめた。
浦野と大堀が静かに席を立った。


第28節


「ぼーんっ…っと。あははは。楽しいなあ。綺麗な花火があがったね。」
宮崎が笑う。今にもそのあたりを転げまわりそうに。
「みゃお、怖いよぉ。ここまで上手くいくなんて。」
小森の笑顔はちょっと引きつっていた。
「なに?今さら、怖くなったの?大丈夫。だって、私たちは何もしてないじゃない。」
北原里英が言い、近野と石田が顔を見合わせ頷く。

「そうだよ。前田さん達の独立では上手くさっしーが動いてくれたし。さっしーは動かしやすかったよね~。でも、ヘタレにしちゃ良く頑張ったほうだよ。今動かないと独立条件が変わるなんて嘘の情報で麻里子さまをその気にさせちゃうんだから。今回の主演女優賞あげてもいいんじゃない?」
宮崎の笑いは止まらない。

「ともちんさんにけしかけたタイミングも良かったよね。まぁ、前から優子さんとはそりが合わないって思ってたから簡単に動いちゃってくれたし。」
北原も含み笑いを浮かべながら話す。

「ねぇねぇ。あの写真作ったの私だよ。褒めてくれてもいいんじゃないかなぁ?]
石田が宮崎の腕に絡みつく。
「お手柄、お手柄。はるきゃん、いい仕事したよね。」
「でも、みゃお…小森じゃないけど、ホント怖いよ。板野さんの契約情報なんてどこで掴んだの?なんか、それこそコワい人たちとつながってたりして…」
近野がちょっと及び腰になって聞く。
「そんなことないって。でも…情報が命だよ。この世界を上手く立ちまわっていくにはね。営業は外じゃなくて中に向かってするもんだって…ね。」
宮崎がふてぶてしく微笑んだ。

「お~、ごめんごめん、遅れちゃって。」
「お、今回の功労者の登場だ。」

大家志津香と中西優香が現れた。
「大丈夫だったみたいだね。にしし、ありがと。最高だったよ。」
北原が中西に声をかける。
「湯浅さんもちゅりもホント単純。もう勝ったって思いこんでるよ。
しっかし、こんなに簡単だとは思わなかったな。ちゅりにちょっとけしかけたら、自分から湯浅さんは動かすわ、大阪は巻き込みに走るわ、板野さんと接触するわで。その辺り私もさっしー並みに演技しなくちゃいけないのかな?ってリハーサルまでしてたのに。」
中西が北原と握手して笑顔を見せる。

「ねぇ。まさか、このまま名古屋に勝たせる…とか密約はなかろうね?」
大家が宮崎に聞く。
「まさか。なんでそんな事?私たちがこれからも楽~に生きて行くには、あんな熱血タイプのトコが仕切っちゃったら困っちゃうよ。だから、ウチのボスを上に登らせようとしてるんじゃない。ま、マリオネットにはなってもらうけどね。」

「で?最後の花火はどこで打ち上げるん?」
「そうだね…誰に打ちあげてもらおうかな?やっぱ、あそこで…かな?」
宮崎が不敵に微笑んだ。

第29節


全国所長会議の席、悲喜交々の顔が会議室に並んだ。
その中で堂々と胸を張って席に座ってるのが湯浅と高柳だ。
一方で秋元と高橋の顔には生気がない。
「では、始めましょうか。まずは、本社営業統轄の人選についてを決めてしまおうと思います。みんな、気になってると思うからね。」
「そうですね。秋元社長、誰を選んだんでしょうか?」
「いや、ぜひみんなの意見を聞きたいね。この3ヶ月、それなりに色んな事があったからね。私の独断でなくマネージャーのみんなが納得いく人になってもらおうじゃないか。」
会議室に緊張が走った。お互い、顔を見合わせる。

最初に口を開いたのは金子だった。
「そりゃ、もうここは湯浅さんにお願いするのが筋だと思いますわ。この3ヶ月、ウチから転属したメンバー含めてよう名古屋をまとめてらっしゃった。売上実績みても文句なしやし、何より営業統轄いうたら、キャリアがものを言う世界や。所長からいきなりの昇格ちゅうのは荷が重いですからな。」
湯浅は表情を崩さず金子の話を聞いていた。

「なるほどな。確かにここのところの名古屋の躍進ぶりには目を見張るものがある。本社の停滞ムードを払拭するには、湯浅君にお願いするというのはいい考えだな。」
戸賀崎が頷きながら秋元を見る。秋元は目をつぶったままだ。

「ちょっといいですか?」高橋が手を上げる。
「今回の秋元社長の狙いはなんだったんでしょう?湯浅さんが昇格するなら、最初からそう社長から指示があっても良かったと思います。順番的にはそうなんですから。でも、社長はそうお考えではないんじゃないでしょうか?」

「どういう事ですか?湯浅さんでは統轄にふさわしくないって社社長が思われてるって聞こえますけど?」すぐに反論したのは高柳だ。

「いえ、そうじゃないです。今回、敢えて3か月待ったのは、やはり現場を良く知る者から選びたい…そろそろ現場の声を経営に活かす時期だって思われたからじゃないでしょうか?」

「高橋は誰が適任だと思うんだ?何なら立候補でも構わんが。」

戸賀崎の言葉に高橋は首を振る。
「いえ、私は相応しくないと思います。私は柏木所長を推薦します。」

「え?ちょっと待ってください。私なんか無理です。絶対。それに実績なんて全然ないし。第一、まだ所長としてすら相応しくないと思ってるのに…」
柏木は慌てて目の前で両手を振って答えた。

「現場を知る者を…それなら、こういうのはいかがでしょう?」
湯浅がゆっくりその場に立ちあがった。
「金子支社長にも戸賀崎役員にもご支持頂けてるものと自惚れて申し上げますが、ここはぜひ私に営業のハンドリングという重責を担わせて頂きたい…と考えます。しかし、高橋所長のおっしゃる事もごもっとも。では、副統轄という事で名古屋第1営業所の高柳を就任させるというのは。営業実績的にも文句ないものを残しておりますし、大阪から移籍してきたメンバーや今一つ伸び悩んでいたメンバーに売り上げを飛躍的に伸ばしたのも彼女が今の体制を率いるようになってからです。本社に新しい風を吹かせる為にもここは思い切った血の入れ替えが必要では?いかがでしょうか?高橋さん。」

「確かに…私は異論ありません。」高橋は頷いた。秋元才加も柏木も首を縦に振る。
「では…どうでしょう?秋元社長…」
「ちょっと待ってください。」
戸賀崎の言葉を遮って末席から声が上がった。

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