スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

プロローグ

黒い背景の中に男の姿が浮かびあがる。
やや猫背で、両方の手の指が身体の前で組まれている。


え~…みなさん、こんにちは。古畑任三郎です。
みなさんは、日ごろ適度な運動をされてますでしょうか?
ランニング、スイミング、そして最近では自転車が流行っているようです。
ロードバイクというのでしょうか?細いタイヤにドロップハンドル。
研ぎ澄まされたその機能美に魅せられる人も多いと聞いております。

ただ、健康の為の運動も量と質を間違えてしまうと、逆に身体を壊してしまう
事になりかねません。何事もほどほどという事が一番大事なように思えます。

え?私ですか?
もちろん、健康には十分気を配っております。
現場に駆け付ける時には、もっぱら自転車を使っております。
無印で買ったママチャリですが。



うふふふふ。私はこのママチャリを愛してやみません。


男がニヤリと笑う…


~オープニングテーマ

古畑任三郎 「強さと悲しみに満ちた決意」
スポンサーサイト

シーン1 

シーン1 2012年4月29日 6:51? 茨城県筑波山不動峠


2台のロードバイクが山道を登っていく。
前を行くのはピナレロのパリス。白と赤のフレームカラーに合わせた鮮やかな
ジャージに真っ赤なLASのヘルメットをかぶっている。長身で脚の長い女性だ。
シマノのDi2でまとまられたコンポ。フロントギアはインナーに落として
リアは3枚を残すだけの軽いギアで踏んでいる。急坂でも綺麗なペダリング。
フルクラムレーシングゼロで固めた足元は滑るように前へ進んでいく。

そのすぐ後ろに張り付くように走るのはクオータのKOM。黒基調のフレーム、
ウエアも黒基調、同じくLASのヘルメットは白と黒のツートン、やはり女性のようだ。
カンパのスーパーレコード、やや重めのギアをダンシングで力強く踏んでいく。
前後輪のZIPP404がうなりを上げるような音を立てる。

「さ、ラストだよ。ここで踏ん張らないと。」
ピナレロ乗りが後ろを振り向き声をかける。ギアを一段落とす音が響く。
不動峠山頂の残り200mは斜度10度を優に超える急坂だ。

「余裕ありますね~。じゃ行きますよ!」KOMが外側から並びかける。
かしゃん。乾いた音を立てスーパーレコードのギアが切り替わる。
「お、ここでシフトアップ?やるねぇ。」一段ギアを重くしたKOMが
一気に前に出る。最後の左カーブを曲がると山頂だ。

シーン1-2

シーン1-2

「やられた~。とうとう負けちゃったな。タイムは?」
篠田麻里子はヘルメットを脱ぎながら笑顔で言った。
「14分54秒。とうとう15分切れましたよ。麻里子さん。」
松井珠理奈も黒いヘルメットのバックルを外して笑顔を見せる。

「もう珠理奈には山岳じゃ勝てないかもね。あそこであんな重いギア
踏めるんだからさ。やっぱパワーって必要なんだよね~」
「いやいや、まだ平地じゃ全然敵いませんもん。もっと持久力もつけないと。」
「でもさ、珠理奈、ロード乗り始めてまだ半年かそこらでしょ?やっぱ、まだ
成長期なんだよ、どんどん強くなるもん。」ボトルゲージから取り出した
ドリンクを飲みながら篠田が言った。ちょっと羨ましそうな表情だ。

「でも、普段名古屋ではミ ニヴェロしか乗ってないんですよ。ロードはずっと
麻里子さんのトコに置いてもらってるし。こっち来た時くらっす。こうして
思い切って走れるのって。」珠理奈は篠田の横に腰を下ろした。

「なんか、どっちが練習に付き合ってもらってるか分からないね。」
「どうします?もう一本行きますか?」珠理奈が挑むような笑みを篠田に向ける。
「おっし!と言いたいトコだけど、タイムオーバー。今日も撮影入ってるんだ。
下で伊藤さん待ってるから戻ろっか。」篠田がサイコンに表示されている
時計表示を見ながら言った。

シーン1-3

シーン1-3

伊藤英明の運転するミニバンの後ろで篠田は携帯に視線を落とす。
今日も分刻みのスケジュールだ。
「伊藤さん、いつもホントごめんなさい。なんかマネージャーみたいな事
させちゃって。不動行く時なんていつも朝早いのに。」篠田が運転席に声をかける。
「ははは。いいよいいよ。しかし、二人ともなに?あの速さ。もう俺なんて
絶対ついていけないよ。珠理奈がロード始めた時なんて俺の方が
全然速かったのになぁ。今日も俺1本登っただけでやめちゃったし。」
運転席の伊藤がバックミラーに笑顔を返す。


伊藤英明…
俳優として頂点を極めた彼が突然の引退を発表して半年が経とうとしていた。
その後すぐ、AKSにスタッフとして加入、すぐにメンバーをハンドリングする
立場として活躍を始めた事は世間で大きな話題となった。ちょうどAKSが
それまで別々に運営していたAKB、SKEを包括して管理し始めた時の事だった。
支配人の戸賀崎がファン対応、イベント対応に特化し、メンバー全体の管理、
各事務所との折衝等に当たるようになったのが伊藤だった。
業界での伊藤の評判は極めて高かった。トップ俳優として活躍していた事は
微塵も感じさせない謙虚な姿勢と真摯な仕事ぶりは各方面からの信頼を集め、
最初は戸惑いをみせていたメンバーも次第に伊藤に心を開き、今では兄のように
慕うようになった者も少なくない。篠田もその中の一人だった。

シーン2

シーン2    4/29   14:48 AKB48劇場スタッフルーム

「なぁ?これどう思う?」戸賀崎智信は一枚の紙を取り出し伊藤に見せた。
「何ですか?これ。」伊藤がPCのモニターから目を離し戸賀崎から受け取った
紙に視線を落とす。そこには2枚の写真と1枚の地図がプリントされていた。
1枚は美しい石畳の町並み、川にかかる眼鏡橋も歴史を感じさせるものだ。
もう1枚は山あいの街に建つ古い古城の写真だった。フランス全土の地図には
LimouxとFoixの地名の上に赤字で丸がふってあった。

「フランスですか…いいですねぇ。ゆっくりヨーロッパでも旅行行きたい
とこですけどね。」伊藤が紙を戸賀崎に返しながら笑う。

戸賀崎は伊藤のスタッフへの加入を当初強固に反対していた。俳優業という
表舞台から飛び込むには運営の仕事は余りにも地味で泥臭 いものだ。
ましてや、女性に絶大な人気を博したうえに、伊藤自身AKBのファンである事を
公言していた。スタッフとして仕事に就かせるには余りにもリスクが高すぎる…
そう判断したのも当然といえば当然だった。

しかし、伊藤の仕事ぶりはそんな戸賀崎の不安を払拭するに十分なものであった。
常に節度を持ち、時に厳しく時に優しくメンバーをハンドリングする姿を見て
戸賀崎も伊藤に全幅の信頼を置くようになった。伊藤もまた2つ年上の戸賀崎の
事を敬いながら親しみを持って接していた。二人は良きパートナーとして
お互いを認め合っていた。

「で、それってどうしたんです?」伊藤が聞いた。
「いや…俺のとこに来たメールに添付されてたんだよ。なんか気になってさ。 」
「ダメですよ戸賀崎さん。そんな訳の分からないメール開いちゃ。ウイルスに
やられちゃったどうするんですか?」伊藤がちょっと真顔で言った。
「それがさ、タイトルに”わかるかな?”とか入ってたからさ。ついつい
開いちゃうんだよな。そういうメールって」戸賀崎が苦笑する。
「まったく、まさか出会い系とかやってるんじゃないんですか、戸賀崎さん?」
伊藤が大きな声で笑った。端正な顔からは想像できない程、伊藤はフランクな
性格だった。戸賀崎も笑う。

「でもな。この写真と地図、上下逆さまになってるんだよ。ほら、ここに小さく
”わかるかな?”って字がひっくり返って入ってるだろ?
なんか気になっちゃってさ。」
「そんなことより、今日はSKEの出張 公演ですよ。しかも3公演。やる事は
いっぱいありますからね。お願いしますよ~」伊藤はファイルの束を持って立ち上がった。

シーン3

シーン3  4/29 20:17 青山1丁目交差点

渋谷方面から赤坂見附方面へ向かう青山通りの路上、信号前で止まる
一台のロードバイク。チェレステ・ブルーのビアンキが街並みにマッチしている。
ビアンキはカジュアルなモデルが多く女性に人気が高い。
このバイクもそんなタイプだ。
白い薄手のウインドブレーカー、ピンクのヘルメットを着けた高城亜樹に
声をかけたのは篠田だった。
ドロップハンドルのミニヴェロに乗っている。白のBRUNOだ。

「あきちゃ、速い~。やっと追い付いたよぉ。」
「あれ?麻里子さん、どこから追いかけてたんですか?」
「はぁ…はぁ…えっとね、外苑前のちょっと手前からかな。今日はもう仕事終わり?」
「はい、今日は。これからジムに行こうかなって思って。あれ?麻里子さん
また新し いバイク買ったんですか?」高城が篠田のBRUNOを見て聞く。
「うん、そうなの。撮影とかで都内移動するのにレースバイクじゃなんでしょ?
だから。いいよ~ミニヴェロ。」
「でも、あっという間に広がっちゃいましたね。自転車熱。とうとう指原まで
乗り始めたって。あんだけ無理です~って言ってたのに。」
「あははは。これから季節的にも最高だしね。」
「でも、やっぱ一番ハマってるのは麻里子さんですよ。」
「かもね~」二人は笑った。信号が青に変わる。

「あきちゃ、どっち方面?」「あ、私は有楽町に。」
「じゃ、方向一緒だね。私が前走るわ。」「お願いします~」
二台は一列に並んで走り始めた。
豊川稲荷前の信号が赤になった。二人は立ち止まる。
「ねぇ、あ きちゃ。ちゃんとバイク手入れしてる?」
「あ~あんまり…私苦手なんですよね~こういうのって。」
「う~ん、せめてオイルくらい差さなきゃ。すぐに錆びちゃうよ?
ちょとまってブレーキ見てあげる。この先下り坂だし。」篠田がバイクから降り
高城からバイクを預かる。前後のブレーキをチェックする。
「これで大丈夫。ちょっとブレーキレバー握ってみて。」篠田が前輪を持ち上げ
くるくるとホイールを空転させる。きゅっ。軽い音を立てて回転が止まった。
「後ろも。」今度は後輪を持ち上げホイールを回す。高城がレバーを引くと
やはり小さな音をたてて回転が止まった。
「今度ちゃんとメンテしてあげるよ。あきちゃも自分で手入れするように
なるともっと愛着が湧くよう になるよ。さ、いこっか。」
「ありがとうございます。今度は私が前に出ますね。」
二人は下り坂をスタートした。

青山通りは赤坂見附に向かって急な坂を下る。あっという間に2台のバイクの
スピードが上がっていく。カジュアルなタイプとはいえ高城のバイクは
ちゃんとしたロードバイクだ。直進性能は極めて高い。篠田はさすがに
運転に慣れている。ミニヴェロながらも高速走行に苦も無くついて行く。

「あ、ブレーキ!」その時篠田が後方から大きな声を出す。
何かに気付いたようだ。普段からロードバイクのチームの練習に参加している
篠田はとっさの時大きな声で合図を送る事を覚えていた。
篠田は強くブレーキレバーを引く。すぐにスピードが落ちていく。
次の瞬間、篠田の視界には高城の身体が宙を舞うのが入ってきた。
バイクから投げ出された身体はそのまま前に転がり坂を落ちていく。

「あいたたた…」ヘルメットの上から頭を押さえて高城が立ち上がる。
その時、絶叫するようなトラックのクラクションとブレーキ音が鳴り響いた。
眩いヘッドライトの中、立ち尽くす高城がトラックと重なり見えなくなった。

シーン4

シーン4  4/29 21:45 AKB48劇場

ステージの上で一人ストレッチをする珠理奈。頭の中で今日の公演を振りかえっていた。

3月から始まったチームSの4th公演。グループ内で最も激しいとされた
「制服の芽」公演を遥かに上回ると言われる新公演は秋葉原でも圧倒的な
インパクトを与えた。この公演で初めてのソロ曲を与えられた珠理奈は
ミディアムテンポの曲に合わせ激しいブレイクダンスを披露するという
新境地を開いていた。以前の何かを叩きつけるようなダンスと違い、どこかに
余裕を感じさせるパフォーマンスはSKEファンからだけでなく、アンチにも
確かな成長を認めさせるものであった。

伊藤との出会いが確実に珠理奈に変化をもたらせた。
鮮烈なデビューの印象が薄れ始め、周囲のSKEメンバーの成長もあって次第に
珠理奈の存在感は低下していた。それに苦しんでいたのは他ならぬ珠理奈本人だった。
伊藤はそんな珠理奈に大きく脱皮するアドバイスを与え続けた。伊藤が最も強く
言ったのは意識を変える事だった。「年齢の割に…」そう言われ続けた珠理奈の
呪縛を解く事に伊藤は心を配った。メンバーと一定の距離を持たせ、仲のいい
篠田との付き合い方にも変化を与えた。可愛がってもらってるという関係から
一歩進んだ関係へ。そのために伊藤は自らの持つコネクションを惜しむことなく
珠理奈に与え続けた。各方面の高いレベルの人間と接する事で珠理奈に変化が
訪れるのは早かった。
「何かを突き破った」プロデューサーの秋元康にそう言わしめたのも、まさに
伊藤の力だった。

珠理奈は鏡の前で姿勢のチェックに長い時間を費やした。篠田と一緒にロードバイクで
走り始めた事で体幹部が鍛えられ、ダンスの表現幅が広がったように感じていた。

その時、奥のスタッフルームが突然慌ただしくなった。戸賀崎と伊藤が慌てて
飛び出してくる。
「どうしたんだろ?」珠理奈は首をかしげながらストレッチを続けた。

シーン5

シーン5  4/29 23:07 赤坂見附交差点付近

交差点では交通規制が続いていた。祭日の夜とはいえ飲み会帰りの人が野次馬と化し
多くの人だかりが出来ている。人出も交通量も多い交差点での事故だけに目撃者も多く、
その殆どが不幸な事故である事を取り調べの警察官に話していた。
ただ、目撃証言を語る多くの人が興奮していたのには理由があった。
犠牲者となった女性が今をときめくトップアイドルグループの一員である事、
その場にそのグループの中でも屈指の人気を誇る篠田が居合わせた事だった。

「おい。何しに来たんだ?今回はアンタら捜査一課の出る幕はないぞ。こんな時間まで
残業してるとまた総務課から文句言われるんじゃないのか?」
目撃者から証言を聞いていた草臥れた上着を着た初老の男が、現場に現れた
小柄な男に向かって声をかける。

「あ、これは和久さん。お久しぶりです。確か…湾岸署から赤坂署の交通課に異動
されたと聞いてたんですが。その節は大変お世話になりました。」
「まったくな。定年前にわざわざ引っ越しさせるなんて警察も手間な事をするもんだ。
ところで、西園寺君よ。まさか今日はあの男は来ないだろうな?」
西園寺は辺りを見回して答えた。
「それがですね…あれ?まだ来てないみたいですね。私より先に本庁を出たんですが。
桜田門から見附だったら近いから自転車の方が速いって言って…」
その時、シティサイクルのベルを鳴らしながら男が現れた。
「はいはい。ごめんなさいね。ちょっとすいません。よいしょっと。
おや~…和久さんじゃありませんか?こんな時間までお疲れ様です。」
「古畑さんよ、今も西園寺君に行ってたが、これは事故だよ。アンタの仕事じゃ
なさそうだけどな。」
「はい~。私も署を出る前に聞いてきました。恐らく事故でしょう。私もそう思います。」
「じゃ、なぜ来たんだい?」
「いや~…亡くなったのが高城亜樹さんとお聞きしていてもたってもおられずに
やって来てしまいました。実に残念です。私、個人的にあの方の事をとても
美しい方だと思っておりました。」
「ほ~ホトケさんは、そんなに有名なのかい?みんなそんな事を言ってたが。」
「ええ。とても。」古畑は沈痛な表情を見せた。
「ま、ともかくこれは事故だ。じゃあな。」和久は二人に背を向け去ろうとした。
と、思い出したように振り返る。
「でも、ひょっとしたら何かあるのかもな。アンタみたいな優秀なデカが来たって
事は誰にも解らない何かがあるのかもしれない。それに気づくから、アンタが
アンタであるって事なんだろう。俺には無かったデカの才覚ってヤツ……なんてな。」
和久は笑った。
古畑は再び背を向けた和久に笑顔で一礼した。


現場に駆け付けた戸賀崎は伊藤に今後の対応と篠田のケアを託し遺体とともに
警察へと向かった。伊藤が篠田と向きあう。

「事故…だな。どこから見ても。」
「怖かったですよ。さすがに。」
「気は抜けないぞ。まだ始まったばかりだ。」伊藤の言葉に篠田は無言で頷いた。

シーン6 

シーン6  4/30 9:58 シャングリ・ラ ホテル東京ロビーラウンジ

ラウンジの個室ブースで篠田と珠理奈が顔を突き合わせるように向き合っている。
珠理奈の目は重くはれ上がっていた。泣き明かしたのだろうか。
「麻里子さん…びっくりしたでしょ?私もショックで…」
「うん。さすがに…ね。でも、私何も出来なくて…なんで私が前走ってなかったんだろ。
その直前の信号までは前だったのに。あきちゃが後ろにいたら…」篠田が唇を噛む。
「麻里子さん、そんな風に自分責めないでくださいよ…気持ちは解りますけど…」
珠理奈の目には涙があふれてきた。

「そろそろ時間じゃない?ホームまで送るよ。」篠田が伝票を持って立ち上がる。
「すいません。朝早くから電話しちゃって。なんか一人でいるの怖くて…」
「気にしないで。お葬式には来るんでしょ?」
「はい。あ、明後日には東京に来ます。例のお仕事の話で…」
「そうだったね。伊藤さんも一緒?」
「はい。」
「ね、こんな時に私が言うのも酷い話かもしれないけどさ…私たちがいつまでも
沈んでちゃいけないと思うんだ。きっと。あきちゃもそう言ってくれるんじゃないかな?」
「そうですね。私たちに出来る事はいつまでもめそめそ泣いてる事じゃないかも
しれませんね。」

珠理奈が無理に笑顔を作った。15歳の少女の精一杯の強がりを見せるように。

シーン7

シーン7  5/1  23:48 AKB48劇場スタッフルーム

事故の翌日はまさに天地がひっくり返るような騒ぎだった。
朝からテレビでは事故のニュースを繰り返し伝えていた。
伊藤は一日中関係先への対応に追われた。遺族との連絡と葬儀の手配、所属事務所や
取引先への連絡と今後の件についての協議。そしてメンバーへのケア。
多くのメンバーは劇場に集められ、その場で伊藤から経緯が伝えられた。皆、憔悴した
表情で集まっていたが報道やそれぞれの事務所から情報を得ている事もあり、それぞれに
気持ちの整理をつけようとしている者が多かった。
伊藤は劇場に集合出来なかったメンバーや特に高城と仲の良かったメンバーのところへ
直接出向ききちんと時間をかけて話をした。


「ふぅ…ただいま戻りました。あれ?戸賀崎さん、まだいたんですか?」
「ああ…ちょっとな。」デスクの椅子に深く腰掛け腕を組んでいた戸賀崎が瞼を拭った。
伊藤はコーヒーサーバーから2つのカップに煮詰まったコーヒーを注ぎ戸賀崎の方へ
差し出した。

「何見てるんですか?」PCのモニターにはライブの映像が流れていた。
「ああ…高城の…な。まったく、何でアイツが死ななきゃいかんのだ。これからって
ところだったのに。」戸賀崎の目には涙が浮かんでいる。
「戸賀崎さん。こんな時は泣いてやっていいんじゃないですか?それじゃなくても
普段から泣き虫なんですから、戸賀崎さんは。」
「馬鹿野郎。男は悲しい時は泣いちゃいかんのだ。」戸賀崎がPCをオフにしようと
した時、メールの着信を知らせる音が響いた。

戸賀崎はメーラーを画面に表示させた。なんだ、という表情になる。
「こんな時にこんなメール…か。」
「どうしたんですか?」伊藤が戸賀崎のPCの画面を覗き込む。
メールのタイトルは「わからなかったみたいだね。」
一枚の古びたモノクロの写真が添付されている。

「なんだ?これは…?」戸賀崎が首をひねる。
写真にはキャップ姿でロードバイクにまたがる男の姿があった。
「随分古いいでたちですね。戸賀崎さん、これは?」
「こないだ見せたろ?風景と地図のヤツ。あれと同じアドレスからだよ。」
「なんなんでしょうね。悪戯にしちゃあんまり悪意を感じる写真じゃないですしね。」
「しかし、何で今回も写真さかさまになってるんだ?」
「あんま気にしても仕方ないでしょう。さ、もう帰りませんか?戸賀崎さんも
昨日から全然寝てないんでしょ?」
「ああ、そうだな。」
戸賀崎はPCをシャットダウンして立ちあがった。

シーン8

シーン8   5/2  19:45 都内高級焼肉店

「うわ~焼肉久しぶりや~。篠田さん、誘ってくださってありがとうございます。」
目の前に置かれた無煙ロースターの中で煌々と燃える炭火を見ながら横山由依は
手を叩いて笑顔を見せた。

「今日はつき合わせちゃったからね。好きなだけ食べて。もち、私のオゴリだから。」
「ホンマですかぁ?私、すっごい食べちゃいますよ~」
「どうぞ~。しかし、A6thの公演、もう随分出てなかったからすっかりフリ忘れちゃってたよ。
やっぱ由依に頼んで良かった。この公演の私にとっての先生は由依だからね。」
「なんや、篠田さんにそう言われるの、照れますわ~」
「ねえ、そろそろその篠田さんってのやめない?麻里子でいいよ。」
「じゃ、麻里子さま。」
「それもなぁ。今じゃたかみな位だよ。その呼び方してるの。さ、食べようか。」
テーブルには所狭しと皿が並べられた。カルビ、ロース、ハラミ、といった定番の皿の
中にレバ刺があった。
「あ、レバ刺や~。私大好物なんです。頂きます~」横山は真っ先にレバ刺に箸をつけた。

「珍しいよね。でも、大丈夫かなぁ?なんか怖くない?」
「大丈夫じゃないですかぁ?ちゃんと表面を熱すればいいってニュースで見ましたよ。
でも、手間とコストがかかるからそこまでやるお店がないんですって。
このお店、すっごい高い…じゃないですか?だから…」横山が笑う。
「そうだね。実は私も大好きなんだ。じゃ食べよ~っと。」篠田もレバ刺しを口に運んだ。
「美味し~!」二人が顔を見合わせて笑った。
「さすが高級店ですねぇ。どんどん食べてええですか?」
「遠慮なくどーぞ。」二人の賑やかな笑い声が個室の外まで響いた。

シーン9

シーン9  5/2  20:11  ザ・リッツ・カールトン東京

伊藤と珠理奈はボーイに案内され53階のクラブフロアの廊下を歩いていた。
部屋番号が書かれていないドアの前で足を止める。限られたVIPしか宿泊する事の
ないスイートルームだ。ボーイがドアをノックする。
「Come in,please」中から声がした。ボーイがドアを開け、伊藤と珠理奈を中へ通す。

「It is a long time. I am glad to meet again,Mr.Tarantino」
「Oh!me too,hide」
伊藤が握手したのは、クエンティン・タランティーノだった。
「Mr,I introduce this woman to you.This is…」
「How do you do ?Mr.Tarantino.I am Jurina Matsi.I am honorable to meet you. 」
珠理奈は堂々とした英語で挨拶をした。タランティーノが驚きの表情を見せる。

「Jurina、君の事はHideから詳しく話を聞いているよ。ライブのパフォーマンスや
映画やドラマ…色んな映像も見せてもらった。実にすばらしい、君にはとても
豊かな才能を感じるね。」タランティーノの英語はややイタリア訛りがあったが、
ゆっくり丁寧に話してくれるおかげで珠理奈にも聞きとる事が出来た。

「ありがとうございます。私、タランティーノさんの映画の大ファンです。」
「Jurina、君の英語は実に綺麗な発音だ。ひょっとして英語圏に住んでた事があるのかな?」
「いえ。先生について勉強しています。」
「それは素晴らしい。きっといい先生についているのだろう。ところで、君は今日
私のファンとしてここに来たのかな?だったら、サインの一つでもして記念撮影して
お別れするとしようか?」タランティーノがウインクする。
「Mr、冗談でしょう。では、早速ビジネスの話を始めましょうか?」
伊藤がアタッシュケースから書類の束を取り出した。
「Sure」タランティーノの表情が引き締まった。

シーン10

シーン10  5/5 15:45 AKB48劇場スタッフルーム

戸賀崎はPCに向かいキーボードを叩いていた。
公式ブログの管理画面に文字が打ち込まれていく。
「出演メンバー変更のお知らせ 本日の「RESET公演を横山由依が体調不良のため
休演いたします。これに伴い…」
「戸賀崎さん、お疲れ様です。」伊藤が戸賀崎に声をかける。
「ああ、横山が病院に担ぎ込まれたらしい。昨日から下痢と嘔吐が始まって
今日も起き上がれなかったらしい。後で様子見に行ってくれないか?」
「横山が?分かりました。珍しいな。アイツが腹痛なんて。」
「そうそう。お前にお客さんだ。刑事だとさ。」
「刑事?」伊藤の表情が変わった。
「ああ。この前の高城の事故について聞きたい事があるそうだ。対応してもらっていいか?」
「わかりました。」伊藤は腰を上げて刑事を待たせている劇場へ向かった。

「お待たせいたしました。」伊藤は劇場の座席に腰掛けている古畑に声をかけた。
「あ~…とんでもございません。お忙しいところを突然おしかけてしまって。
私、警視庁の古畑と申します。こちらは西園寺。」古畑はゆっくりと立ち上がって言った。
「すみませんね。こんなところで。何しろ応接室みたいな所が無いものですから。
少々うるさいですね。お話なら外で伺いましょうか?」
劇場では夜の公演に向け準備が始まっていた。
ステージ上でストレッチをするメンバーの姿もある。
「いえ、すぐに失礼しますので構いません。それにこんな貴重な場にお邪魔出来るのは
逆に光栄なことです。あちらにいらっしゃるのは…大島さん、板野さん、秋元さん…
今日のRESET公演は随分豪華な顔触れのようですね」
「ほう?刑事さんは、随分お詳しいんですね?」伊藤が驚きの表情を見せる。
「恥ずかしながら、私、個人的に皆さんの事を応援させて頂いております。ただ…
残念ながら公演を拝見する機会に恵まれません。毎回応募させて頂いているのですが」
古畑は笑みを浮かべる。
「それは申し訳ない。おかげ様で毎回多数のファンの方にご応募頂いていますので。
抽選は公正に行っておりますので、ぜひ諦めずにご応募ください。
で?そろそろお話を伺いましょうか?」伊藤は古畑に着席を勧めた。

シーン10-2

シーン10-2

「え~…先日の高城さんの事故についてですが…」
「えっと、私はその場におりませんでしたので、詳しいお話は出来ないと思いますが…
刑事さん…古畑さんは交通課の方ではないんですか?」
「はい。私と西園寺は捜査一課に所属しております。主に、事件性の高い案件を
扱っております。」
「その捜査一課の方がなぜ?高城の件は事故ではないのでしょうか?」
伊藤が表情曇らせる。
「はい~。実は何点か気になる事がありまして。気になる事をそのままに
しておけないのが私の悪い癖です。」
「私に聞きたい事というのは?」
「え~…亡くなった高城さんは、随分本格的な自転車にお乗りになっていたんですね。
ご趣味だったのでしょうか?」
「ええ。最近メンバーの間でロードバイクが流行っておりまして。高城もそうでした。
私も乗っております。」
「伊藤さん、ロードバイクというのは急ブレーキをかけただけでバランスをそんなに
激しく崩すものなのでしょうか?
高城さん、決して初心者という訳ではなかったようですが…」
「ええ。急ブレーキ・急ハンドル…バイクも車もしてはならない事は同じだと思います。」
「そうですか。いえ、今回の事件目撃者が非常に多かったのですが、皆さん一様に
不思議な証言をされてるんです。」

「不思議な証言?」
「はい。高城さんは前のめりにダイブするように自転車から投げ出された…と。
私もおや?と思って自分の自転車で試してみたんです。あ、自転車といっても
皆さんがお乗りになっているような本格的なものではありません。普通のその辺で
走ってるような自転車です。ちょっとした坂で急ブレーキをかけてみました。」
「はい。それで、何が不思議なんでしょう?」
「急ブレーキなので、両方の手でブレーキをかける…ご存じのとおり、自転車の
ブレーキは右手が前、左手が後ろです。同時にブレーキをかけるとすると
後輪がちょっと滑る感じにはなるのですが、体が前に投げ出されるような感じには
何度やってもならないのです。」

「私も不思議に思いました。そうなるには、恐らく高城さんは前のブレーキしか
使わなかったのでは?と。現場の状況もその事をを裏付けるものでした。
ブレーキ痕がどこにも残っていなかったんです。なぜ、自分の身体が宙に舞う程の
勢いでブレーキをかけたのに、前のブレーキしか使わなかったのでしょう?
そして、一つの仮説を立ててみました。」

「ブレーキは使わなかったんじゃない。使えなかった?」伊藤が口を挟む。
古畑はにやりと笑った。
「そう、その通りです。私は現場に残された自転車をチェックしてもらいました。
しかし…ブレーキには全く異常がありませんでした。後輪も、前輪もです。」

その時、伊藤の携帯が鳴った。
「ちょっと失礼します。…はい。ええ、伊藤です。…はい。はい…なんだって!
すみません。古畑さん、そのお話はまた別の機会で宜しいでしょうか?
ちょっと急いで行かないといけない事情が出来てしまいまして。」
伊藤が切迫した表情で言った。
「ええ。構いません。」
「では失礼します。」伊藤は慌てて劇場を後にした。

シーン11

シーン11  5/5  20:40 東京女子医大病院


病院の冷たい廊下。戸賀崎が茫然とした表情でベンチに腰をおろしている。
隣には伊藤がポケットに手を突っ込んで立っている。
「家族には?連絡取れたのか?」戸賀崎が伊藤に聞く。
「はい…先ほど。これから京都からこちらに向かわれるそうです。」
「そうか。しかし高城だけでなく横山まで…一体どうなってるんだ?」
戸賀崎は天井を見上げて呟くように言った。

「伊藤さん。戸賀崎さん、ちょっと宜しいでしょうか?」
二人が声の方を向くと、そこには古畑と西園寺の姿があった。
「なんだ…あなたですか。すみません、先ほどの話なら後にして頂けますか?」
伊藤の声は穏やかだったが、強い拒絶の意思を示していた。
「ええ。結構です。先ほどの件については。こんな所までお邪魔したのは…
西園寺君、いいかな?」
「はい。亡くなった横山由依さんについて幾つか不審な点が浮かびあがっております。
警察としても看過できない内容ですので、色々と調べさせて頂く事になりました。」
「不審な点?食中毒と聞いたが?」戸賀崎が顔を上げる。
「ええ。まず、横山さんの死因ですが、腸管出血性大腸菌によって引き起こされた
劇症型の感染症と思われます。今日の午後、容体が急変されました。
横山さんがここ数日摂られた食事内容から5/2に都内の焼肉店で召し上がった、
レバーの生肉とユッケが原因…と言いたいところなのですが…」

「違うんですか?」伊藤が聞く。
「実は焼肉店を調べたところ、同じ日に同じように同店で生肉を食べた人は30名以上
いらっしゃるのですが、症状を発症した人は誰一人としていないんです。普通、重傷者が
出るような食中毒は集団で感染するケースが殆どです。
また、衛生検査の結果、焼肉店の食品、店内、食器などから問題になるような病原菌の
検出は全くありませんでした。」
「じゃあ、一体…?」戸賀崎と伊藤は顔を見合わせた。
「え~…その日、横山さんと一緒に食事をされていた、篠田麻里子さんからお話を
伺っておりました。」古畑が言った。
「篠田に?」伊藤が驚いた表情を見せた。
「あくまでも参考まで…という事です。何しろ同席していて、同じ物を食べていながら
篠田さんには何の症状も起きていないとお聞きしましたので。
すみません~。警察というのは、ほんの僅かでも可能性があると疑いを持ってしまう
ものなのです。いや、自分のことながら実にいやらしい職業だと思っております。」
古畑は苦笑いを浮かべて釈明した。

「しかし、当然ですが、篠田さんが横山さんに毒を盛って殺害するなどとは到底
考えられません。確たる証拠ももちろんございません。先ほどお帰り頂いています。」
「そうですか。しかし、失礼な話じゃないですか?それでなくても、篠田は先日の
高城の事故の際も一緒にいたんだ。一番ショックを受けているのはアイツなんだ。
それ位は考えてやってもらえませんか?」伊藤の口調は怒りに満ちていた。
「え~…大変失礼いたしました。お詫びの言葉もございません。」
古畑は深々と頭を下げた。

シーン12 

シーン12    5/6  2:24  AKB48劇場スタッフルーム

「まったく、刑事っていうのは本当にデリカシーっていうものを持ち合わせて
いない人種なんですね。」伊藤の怒りはまだ治まっていなかった。
「そりゃそうだろ。あいつ等は人を疑う事が仕事なんだからさ。それじゃなくても
続けて2人が死んだんだ。その場に同じ人間がいたって言うんだから、おかしいって
思っても仕方ないんじゃないか?」
「戸賀崎さんまでそんな事言うんですか?」
「まぁ、落ちつけよ。そうやってすぐ熱くなる所は嫌いじゃないけどな。」

その時戸賀崎のPCにメール着信を知らせるアラームが鳴った。
「…」二人は顔を見合わせた。
「また…だ。同じ発信元からだよ…」
「戸賀崎さん…」戸賀崎は頷いてメールを開いた。
「タイトル ”はやくしないと” 本文 ”しらないよ。しかたないからひんと。”」
「おい…このメールが来るようになってからなんだが。」
「ええ、確かに。戸賀崎さん…」

戸賀崎は添付ファイルを開いた。中には2枚の写真と地図があった。
1枚は渓谷沿いの美しく小さな街並み、もう1枚は白い雪をたたえた山々に
近いこれも美しい佇まいの風景だった。フランス全土の地図には
PauとBagneres-de-Luchonという二つの地名に赤い丸が打たれていた。

「また…ですね。また写真も地図も逆さまになってる…」伊藤がモニターを覗き込む。
「もうひとつ添付ファイルがあるぞ。」戸賀崎はファイルを開封した。
そこにはもう一枚地図があった。
「これは…?オーストラリアか?これも逆さまじゃないか」戸賀崎が言う。
「いえ…これは逆さまじゃないですよ。北と南が反対に書かれてるんです。
今までの写真や地図みたいにわざとひっくり返した訳じゃないですよ。
いったい、何が言いたいんだ?このメールは?」
「おい…伊藤。俺は恐ろしいよ。また何か恐ろしい事が起こるような気がする。」
「戸賀崎さん。僕もそんな気がします…。でも、一体何が起こるんでしょう?」
二人は立ち尽くしたままモニターを見下ろしていた。

シーン13

シーン13  5/7 21:07 名古屋サンシャイン栄劇場

公演を終えた劇場内、ステージの上で珠理奈がストレッチを行っている。
しきりに腰の部分を気にしているようが。
「珠理奈、お疲れさま~」松井玲奈が声をかける。
「あ~玲奈ちゃん、お疲れ様~」珠理奈が笑顔を返す。
「ねぇ、大丈夫?」玲奈が珠理奈の横に腰をおろして顔を覗き込むように聞く。
「ん?大丈夫って、何が?」
珠理奈はタオルを取り顔の汗を拭いながら玲奈と並んでステージに腰掛ける。
「今日の公演、珠理奈ちょっと変だった。あ、パフォーマンスはいつも通り
キレキレだったよ。でも、なんか無理してる感じがしたよ。」
「え~そうかなぁ?私はいつも通りだよ。無理なんかしてないし。」
珠理奈は笑って否定する。
「珠理奈。」玲奈は大きな瞳でまっすぐに珠理奈を見つめる。
「まいったなぁ…玲奈ちゃんは何でもお見通しなんだから。でも、大丈夫。
ちょっと腰に張りがあるだけだから。ちょっと疲れ溜まっちゃってるのかな。」
「そう?あんまり無理しないでね。そうでなくても、あんな事が立て続けに
おこっちゃって…」玲奈が遠くを見るような表情でつぶやく。
「横山さん…だよね。辛いよね、なんか。」
「うん…お願い。珠理奈、ホント無理だけはしないでね。」
「ありがと。玲奈ちゃんもね。あれ?そういや、今日なんか可愛くない?」
「え~なに?いつもは可愛くないの?」玲奈が立ち上がって笑った。
「い…いや、そういう訳じゃないくって。なんか、今日よそ行きのカッコしてない?」
玲奈は珍しくパンツスーツ姿だった。普段は女の子らしい装いが多い。
「まさか、デートとかじゃないでしょうね?ヤバいよ~見つかると。」
「そんなんじゃないって。ま、これからはおこちゃまの時間じゃないからね~」
「もう、何言ってるんだか。」珠理奈が弾けるような笑顔を見せた。
「じゃ、お先~。」
「うん。また明日ね。」珠理奈は玲奈の背中に手を振り、ストレッチを再開した。

シーン14

シーン14   5/7 23:55  名古屋ホテルヒルトン バーカウンター

「おい…あれって松井玲奈じゃねぇか?」「松井玲奈って、SKEの松井玲奈か?」
ホテルのバーで男2人が小声で話している。カウンターにはスーツ姿の松井玲奈が
一人で座っていた。目の前には空になったカクテルグラスが置かれていた。
「もう一杯同じ物を。」
カクテルグラスをバーテンダーに差し出す玲奈の顔はすっかり赤くなっていた。
バーテンダーは無言で頷きシェーカーにドライ・ジンとチェリーブランデーを注ぐ。
ドライベルモットを合わせてシェーカを振る。

「Kiss in the darkです。」玲奈の前にカクテルグラスを差し出す。
「ありがと。美味しいのよね。このカクテル。」
「松井様、お強いのは存じ上げておりますが、今夜は少々飲まれすぎておられるようです。
いかがでしょう。それが今日のラストオーダーという事にされては…」
「いいの。いいじゃない?たまには。」
玲奈がグラスを口に運び、一気に半分ほど飲み干した時携帯の音が鳴った。
メールの着信のようだ。
「そうね…今日はこの辺にしとこうかな。お会計お願いします。」
玲奈がスツールから立ち上がった。やや足元がふらつく。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」
バーテンダーは深々と頭を下げた。

シーン15

シーン15  5/8 0:50  ホテル地下駐車場

白のプリウスによりかかって立つ長身の男。玲奈がリモコンキーでドアのロックを解除する。
男は黙ってそのまま運転席へと乗り込んだ。玲奈も助手席へ乗り、男にキーを渡す。
プリウスは静かに発進していった。

シーン16 

シーン16  5/8 2:05  名古屋港埠頭

「ねぇ…ねぇってば。」玲奈が助手席から男に言う。
埠頭に止まった車の窓を開け、男は港の夜景に視線を送っている。
「ああ~あ。いっつも珠理奈珠理奈って。なんか、最近私の事は忘れちゃったんだね。」
玲奈が男の肩にもたれかかる。
「何言ってるんだよ。仕事だよ。仕事。まだ中学生なんだから、しっかりコントロール
しとかないとマズイだろ?」
「分かってるけどさ。でもなぁ。私の事だっていつまでたっても子供扱いじゃない?」
「だって、まだ子供じゃないか。玲奈だって。」
「違うもん。私はもう大人だもん。ねぇ。なんで分かってくれないの?」
「おいおい、酔っぱらってるのか?」
「酔ってなんかいませんよ~。ねぇ。こんなトコじゃなくてどこか連れてって。
なんか、ゆっくり休みたいな。」
「こら。大人をからかうんじゃない。」
「えへへ。ごめんなさい~」玲奈は悪戯っぽく笑った。徐々に瞼が重くなってくる。
「ほら。ちょっと寝なさい。起こしてあげるから。」
男の声が段々遠くで聞こえるようになった。玲奈は深い眠りについた。

男は静かに運転席から降り、助手席へ回る。ドアを開け玲奈の身体を軽々と抱え上げた。
そのまま運転席に玲奈の身体を移し、右脚をアクセルペダルの上に置き、
シートベルトを締める。
キーのロックを外し、シフトをドライブに入れる。サイドブレーキを下げると車は
ゆっくりと走りだした。男は車のドアを締め、すばやく車から離れた。
プリウスは暫くまっすぐ走っていたが、埠頭の切れ目に差し掛かり、そのまま
頭から海へと転落した。大きな水しぶきが上がる。
男はゆっくりと車の転落した場所へ歩み寄り暗い海の中へ車が沈んでいくのを
見届けた。
「だから言ったじゃないか。大人をからかうんじゃないって。」
伊藤は口元に軽い笑みを浮かべて言った。

シーン17

シーン17  5/8  11:21 AKB48劇場スタッフルーム

「え~…確かにこのメールは何かのメッセージのようにも思えます。」
古畑がPCのモニターを見ながら言う。
「私もそう思う。このメールが来るようになってからなんだ。おかしな事が
起こるようになったのは。」戸賀崎が古畑の背後から話す。横では腕を組む
伊藤の姿もある。
「戸賀崎さん、ご連絡ありがとうございます。」
「いや、どうも胸騒ぎがしてならないんだ。何かまた良からぬ事が起こるんじゃないかって。」
「つまり、この新しいメッセージが何か事件を暗示している…と?」
「本職の刑事さんを前にして、つまらん推理かもしれんがな。」
「いえいえ、とんでもございません~。実に参考になる材料です。」

その時、戸賀崎の携帯が鳴った。
「はい。戸賀崎です。…ええ。ええ。それで?本当か…分かりました…」
戸賀崎が椅子に崩れ落ちるように腰を下ろした。
「え~…戸賀崎さん…」古畑が声をかける。
「今度は玲奈だ…。おい、一体いつまで続くんだ?」
戸賀崎が誰に尋ねるでもなく絞りだすような声で言った。
「…」古畑がモニターに映し出された地図と写真を見つめる。
眉間に指を当て、顔には苦渋の表情が浮かんだ。

シーン18

シーン18  5/9  10:44 シャングリ・ラ・ホテル東京 カフェラウンジ

「珠理奈…大丈夫?」篠田が声をかける。珠理奈は疲れ切った顔を上げる。
「麻里子さん…私、もう無理かも。だって玲奈ちゃん…玲奈ちゃんまでが
あんな事になっちゃうなんて。」珠理奈の目には涙は無かった。というより
もう泣くという感情すら枯渇してしまったかのようにも見えた。
「私、怖い。こんなに次から次になんて。みんな言ってます。きっと呪われてるんだって。
今までが上手く行きすぎてたんですよ。何もかもが。だから神様が…」
「珠理奈…」篠田はそれ以上かける言葉を見つけられなかった。
コーヒーの差し替えに来たウエイターを目で制し珠理奈の手を握った。

「そうかもね。上手く行きすぎてたのかもしれないね。でもね…」
「分かってます。麻里子さんだってショックですよね。だって、2人が亡くなった
現場に遭遇しちゃったんですからね。」
「珠理奈…私を気遣ってくれてるの?ごめんね。まだ15歳なのにね。辛いよね。」
「でも、やっぱり出来る事をしなくちゃ。玲奈ちゃんだって、横山さんだって、
高城さんだって、ステージに立つ姿が一番輝いてたんだから。私、みんなの分まで
歌って踊ります。絶対に負けないから。」珠理奈は窪んだ眼を見開いて言った。
その表情からは鬼気迫る程の決意が見てとれた。

シーン19

シーン19

GW明けのテレビニュースはトップアドルグループを襲った不可解な連続不審死を
こぞって取り上げた。自転車事故、食中毒、そして飲酒運転による自動車事故。
不幸な事故を憐れむ報道から、やや非難めいた報道まで各局の取り扱いは微妙に
差があった。ただ、玲奈の飲酒運転による転落事故については、本人の不注意を
責める論調が主になってうるように見えた。

そんな中、AKS運営は3日後に迫った代々木第一体育館で予定されているコンサートを
予定通り行う事を発表した。記者会見に臨んだ戸賀崎は、冒頭で玲奈の飲酒運転に
ついて深く陳謝するとともに、コンサートの中止も検討したが、楽しみしている
ファンを裏切らない事が何より亡くなったメンバーの供養である事を強調した。
賛否両論が渦巻く中、コンサート当日を迎えた。
3件の事故後、運営はメンバーに過剰と思える警護体制を敷いた。研究生に至る
全メンバー個別にボディガードを配置、選抜メンバーを始めとする主要メンバーには
24時間体のガード体制を置いた。レッスン、撮影、テレビ等の収録時には
何重にも警備が整えられ、劇場公演後のハイタッチは見送られる事になった。

シーン20 

シーン20  5/12  16:01 警視庁PC管理センター

「古畑さん古畑さんふるは…いてっ。」
「本当にうるさいよ。お前は。ここで騒ぐんじゃないよ。みんな静かに調べ物を
してるんだから。」
「だから、おでこ叩かないでくださいよ。っていうか、何で古畑さん、こんな古い
写真見てるんですか?」
「だから、ちょっと声を押さえなさいって。」
「あれぇ~。懐かしいなぁ。この写真ルシアン・ビュイスじゃないですか。」
「ルシアン・ビュイス?今泉君、この写真が誰だか知ってるのかい?」
今泉が得意そうな顔になる。
「知ってますよ~。ちょっと待ってください。えっと…ルシアン・ビュイスっと…」
今泉が検索エンジンにワードを打ち込む。関連情報の一番上をクリックすると
見慣れた写真が表示された。ここ数日何度も何度も見た写真だ。
「今泉君、これは?」
「ルシアン・ビュイス。古き良き時代のツール・ド・フランスの総合チャンピオンですよ。」
ほら…ここに書いてるでしょ?第20回大会の総合チャンピオン。この時代はまだ
ヘルメットも被ってないんですよね。ロードバイクもクラシカルだしな~
今みたいにF1っぽくなる前の時代はですね…」
「今泉君。これは?これはどう思う?」古畑は今泉に地図を見せる。
「あぁ。これ、今年のツールのコースじゃないですかね。えっと…」
古畑は検索エンジンを辿る今泉の額を手で弾くように叩く。

「いてっ。なんですか?古畑さん、いてっ。もうやめてくださいよ。」
「うふふふふ。今泉君。お前の事を今日ほど頼もしく思った事は無いよ。
褒めてるんだよ。これは、今泉君~」
「やだなぁ、古畑さん。えへへへへ。いたっ。」
「気持ち悪いんだよ。で?」古畑は画面を覗き込んだ。

シーン21

シーン21   5/14  20:15 代々木第一体育館

3日間に及ぶコンサートも最終日終盤に差し掛かっていた。
この3日間、文字通りメンバーはステージに全てを叩きつけていた。
特に珠理奈のステージ上での動きは周囲を圧倒していた。SKEの曲だけでなく
AKBで横山と高城が務めたパートにアンダーとして志願し、見事なパフォーマンスを
見せていた。高城の出世作となった「君の事が好きだから」では涙を流す指原を
支えながら、そして「偶然の十字路」では同じSKEの高柳明音、木本花音らを鼓舞する
ように堂々と真ん中で横山の代役を務めた。
「今日の珠理奈さんは凄まじいですね。気迫というか、鬼気迫るものを感じます。」
モニタールームでコンサートの模様を眺めていた古畑が伊藤に声をかける。
「ええ。亡くなった3人の分まで頑張るって言って。他のメンバーも今日はスゴイですが
珠理奈はまた一つカラを破った感じがしますね。あの子は、本当に強い子です。」
戸賀崎も隣で頷く。

「ところで、戸賀崎さん、その後例の発信主から新しいメッセージは?」
「いや。あれ以来来ていない。あれ以来メール着信があると心臓が止まりそうになるよ。」
戸賀崎がモニター越しにアンコールが終わるのを見届ける。タキシード姿だ。
「おや、戸賀崎さん、今日もサプライズの発表ですか?」古畑がたずねる。
「ああ。ビックサプライズだ。この所いいニュースが全くなかったんでな」
戸賀崎はモニタールームからゆっくりと出て行った。

シーン21-2

シーン21-2

最後の曲を終えたステージにタキシード姿の戸賀崎が立った。
大歓声の中、一枚の紙を取り上げる。
「今日は二つの発表があります。まずは一つ目です。
え~AKB48の創成期より主力メンバーとして活躍して参りました、篠田麻里子が
本日コンサート終了をもって卒業する事となりました。」
悲鳴にも似たどよめきが場内を包む。篠田がゆっくりとステージ中央に進み
深く頭を下げる。
「長い間、本当にお世話になりました。AKB48は卒業する事になりますが、これからは
モデルとして活躍の場を広げていきたいと思っています。もっともっと見識を
深めてもっともっと素敵な篠田麻里子の姿を皆さんにお見せしていきたいと思います。」
篠田の挨拶に場内、そしてメンバーからも温かい拍手が送られる。いずれ遠からず
来ると思われていた篠田の卒業は納得のいくサプライズであった。


戸賀崎が更にマイクを握る。
「もう一つ発表があります。松井珠理奈、前へ。」
「え?私?」珠理奈は自分を指差した。事実、今日何かの発表がある事は誰からも
聞かされていない。もちろん伊藤からもだ。

「このたび、松井珠理奈がNBCユニバーサルマーケティングとエージェント契約を
取り交わす事となりました。これに伴い、松井珠理奈は正式契約調印を持って
SKE48を卒業する事となります。なお、先ほど先方よりディスクローズのOKが出ましたので
合わせて発表いたします。珠理奈はあのタランティーノ監督の次回作に主役として
抜擢される事が決定いたしました。監督曰く「キル・ビル」シリーズを超える
アクション大作になるとの事です。」

戸賀崎の発表に場内は騒然となった。珠理奈もその場に崩れ落ちた。腰が抜けて
しまったようだ。

「珠理奈。おめでとう。」篠田が脇を支えるようにして珠理奈を抱き起こす。
「さ、みんな珠理奈の挨拶待ってるよ。」珠理奈にマイクを渡した。
珠理奈は長い間言葉を発する事が出来なかった。涙が溢れて止まらない。


「玲奈ちゃん…玲奈ちゃん…見てる?玲奈ちゃん…」

やっと出た言葉だった。珠理奈は空にいる玲奈に向かって語りかけるように言った。
「玲奈ちゃん。お願い。私を守って。お願い。」
珠理奈はそれ以上言葉を続ける事が出来なかった。

シーン21-3

シーン21-3

熱狂のうちにステージは幕を下ろした。
「おめでとう!珠理奈!」「すごいじゃん!」「いつからそんな話進んでたの?」
ステージ裏ではメンバーの弾けるような笑顔が広がった。
ここ数日、暗いニュースが続いている中、ふいに湧いてきたビックニュース。
メンバーはみな自分の事のように喜んだ。
「ありがとうございます。なんか、私、興奮しちゃって…」
顔を上気させた珠理奈に伊藤が声をかける。
「珠理奈。勝負はこれからだぞ。分かってるな?」伊藤も久しぶりに晴れやかに笑った。
「はい。わかっていま…」
突然、珠理奈がその場に倒れた。腰を押さえ苦痛に顔を歪める。
「おい、大丈夫か?珠理奈?」慌てて伊藤が膝をつき珠理奈を覗き込む。
「腰が…腰が…」
「救急車だ。救急車を呼んでくれ。」
戸賀崎と古畑もステージ裏に現れた。
「伊藤…まさか。」戸賀崎が青ざめる。
「いえ、大丈夫です。ただ、腰を痛めたようです。すぐに救急車を。」
「そうか…古畑さん。大丈夫みたいだ。」戸賀崎が安堵のため息をつく。
古畑もほっとした表情になった。

シーン22

シーン22  5/14 22:17 順天堂病院診察室

今井正人が難しい顔でライティングデスクに挟まれたレントゲン写真を凝視している。
夜間にも関わらず腰部整形外科の権威である今井が直接話したいと言われ、伊藤も
戸賀崎も緊張していた。キャスターベッドの上で横になったままの珠理奈も
心配そうな表情で今井の言葉を待つ。

「はっきりとした事は造影剤を投与して検査しないと何とも言えませんが…」
戸賀崎と伊藤はごくりと唾を飲み込む。
「松井さんの腰はかなりの重症です。すぐに手術する必要があると思われます。
こうなるまでには相当の自覚症状があったはずです。ではないかな?」
今井が珠理奈に聞く。珠理奈は無言で頷いた。

「この部分をご覧ください。」今井が戸賀崎と伊藤にレントゲンを指差し説明を始めた。
「腰の骨…腰椎は一つ一つがクッションのようなもので保護されています。後ろの
部分で繋がってるんですが…ここ。ここのところ。第4腰椎と第5腰椎を繋ぐ部分が
剥離してるのが分かりますね?そのため、第5腰椎がずれてしまっており、骨と骨の
間のクッションを押しつぶしています。つぶれてはみ出したクッションが脊椎神経に
接触してるのです。恐らく、姿勢を変えるだけで激痛があるでしょう。」

「あの…すいません。分かりやすく説明して頂きたいのですが、つまり…
手術すれば元の通り動けるのでしょうか?」伊藤がじれったそうに聞いた。
「ええ。普通の生活を送る分には何ら問題はないでしょう…ですが…」
「ですが…?」戸賀崎が眼を剥いた。

「激しい運動は出来ません。松井珠理奈さん…私も良く存じております。
何度か名古屋の劇場公演にも行かせて頂いた事があります。前日の秋葉原出張
公演も拝見しました。あの素晴らしいパフォーマンスをもう見る事が出来ないのは
私も残念です…」

「多少セーブしてはどうでしょう?あそこまでなくとも…」
戸賀崎が縋るように今井に質問した。
「…」今井は眼をつぶって首を振った。
診察室に珠理奈のむせび泣く声だけが響いた。

シーン23 

シーン23   5/15  23:18 パークハイアットホテル 客室

伊藤がベッドから起き上がり冷蔵庫から水を取り出して喉に流し込む。
シャツを着てコットンのパンツを履く。
「ねぇ。帰るの?」ベッドの中で篠田が気だるそうに身体を起こす。
「ああ。明日までにやっておきたい事がある。」
「ね。どうするの?これから。」
「どうするのって?決まってるだろ。」伊藤がアタッシュケースから紙包みを取り出す。
篠田がガウンを着てベッドから起きてきた。伊藤が差しだした紙包みを開ける。

「な…なに?これ…」
篠田の手には鈍く黒光りする拳銃があった。

「なにって、見てのとおりさ。まったく、これまでに一体どれだけの金を使ったと
思ってるんだ。ここまで来て潰れやがって。ま、また一からやり直すさ。
ただ、その前に用の無くなったヤツには消えてもらわないとな。これまで通りさ。
邪魔な者は力づくでも排除するだけだよ。」伊藤の目は暗く沈んでいた。
「でも…でも。珠理奈は…私には…」
「おいおい、今更なに善人ぶってるんだよ。もう手は真っ黒に汚れてるんだぜ?
俺も…お前もな。心配するな。また段取りは俺がしっかりやっておくからさ。」
伊藤は篠田の背後から腕を回して囁くように呟いた。

シーン24

シーン24  5/17 12:25  AKB48劇場スタッフルーム

「え~…戸賀崎さん。ご連絡ありがとうございます。」
古畑が今泉と西園寺を連れてスタッフルームに現れた。
戸賀崎がデスクの椅子を一つ引き、古畑に勧める。
「また例のメールが来たと聞きました。ちょっと失礼します…」
モニターにはメールの中身が表示されていた。
タイトルには「いいかげんわからないの」本文に「つぎはだれかな」とある。

戸賀崎が添付ファイルを開く。2枚の写真と1枚の地図。。
一つ目は運河に沿った工業都市の写真と山間の駅の写真。地図の赤丸は
Bellegarde-sur-ValserineとMaconという地名にあった。
そして今回は添付ファイルがもう一つあった。そこにはやはり古びたモノクロの写真。
ロードバイクに乗っている。
「え~…今泉君?」
「古畑さん。任してください。地図はすぐに分かりますよ。ただ…この選手は…う~ん…」
今泉が持参したファイルを手繰る。

「え~…戸賀崎さん。今日は伊藤さんは?」
「ああ、今日はオフを取っている。アイツもこの半年全く休みなしだったからな。
さすがに一日位休めって言ったんだ。」
「このメールはいつ?」
「ああ…古畑さん、アンタに連絡入れる直前だよ。11時過ぎかな。」
古畑の表情が曇る。

「分かりました!古畑さん。これです。この人。アンドレ・ルデュク。第24回の
総合チャンピオンです!あれ?でも、今回の写真、ひっくり返ってませんね?」
戸賀崎が古畑の顔を覗き込む。

「古畑さん、何か分かったのか?なぁ。もう俺は耐えられない。これ以上
誰かが逝ってしまうのなんて、俺には耐えられないんだ。頼む。古畑さん。」

「…」古畑が眉間に指を当てたまま動かない。何か記憶を辿るように目を閉じる。
「さ~いおんじ君。珠理奈さんと篠田さんにガードはついてるね?」
古畑が突然大きな声を出した。今までになかった位の切迫した顔つきだ。

「は…はい。すぐに連絡を取りますか?」
「ああ。頼むよ。それから、戸賀崎さん。一緒に来て頂けますか?
西園寺君。急いでくれ。出来るだけ急いで。」
「分かりました。」西園寺が慌ただしく部屋を後にする。
Page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。