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プロローグ

この時間にここから見る景色が一番好きだ。

場所なんてどこでも好きな場所を選べたんだ。
麻布、青山、広尾、松濤…
デベロッパー達は、いかにも「格が高そうな」場所を次から次に提案してきた。
景気が良くなったなんて、テレビでは囀っちゃいるが、実際は、バブルの後始末なんて終わっちゃいない。
超一等地には、土地を手放したい人間なんて腐る程いるって事だ。

なんなら、銀座4丁目の交差点に50階建てのビルをおっ建てたって構わなかった。
金なら別に何とでもなる。面倒な申請や認可なんかも、全部金の力でどうにかなるもんだ。

でも…俺が、わざわざこんな築地からちょっと離れた場所にある超高層のツインビルを買い取ったのは訳がある。
一棟はレジデンス…つまり「住居用」のビルだ。
その最上階のワンフロアを全て、自分の住居とした。
窓からは、東京タワー、新宿の高層ビル群、銀座の歓楽街や丸の内や汐留のオフィス街、この国を動かす政治・経済の全ての虚像達を一望に見渡す事が出来る。


俺は…屑だ。

今までに、何人の人間にそう言い放たれてきたかわからない。

人間の屑。

俺の本当の姿を知っている者は、決して多くはないが、恐らくその全員は、俺の事をそう思っている。
何しろ、当の俺自身が、そうだって確信しているんだから。

そんな屑でも、この景色…
この景色は、こんな俺をも癒してくれる力がある。

窓々には煌々と明かりが灯っている。
その明かりの中では、多くの人間が額に汗をかき、時には涙し、地べたに頭をこびりつけながら必死に生きている。そんな姿は、実に美しい。人間として、もっとも尊い姿だろう。

だが…その姿は、これ以上なく醜い。
狂おしい程…醜く、憐れだ。

所詮、世界は、は僅かに、勝つ事を許された人間が、そうでない人間を支配する事で回っているのだ。
今の俺は、何だって手に入れる事が出来る。
金で買えないものはない。
そう。確かにそうだ。

例えば、人の心?
人の心を金で買える?


無理だ。


しかし…
金の力で、人の心を動かす事。
人の心を変えてしまう事。


それなら、簡単だ。


俺は、テレビのスイッチをオンにした。
毎日のように見る、モニターの向こうで輝く笑顔たち。
屈託がなく、そして天使のような笑顔たち。

この笑顔を、俺への憎しみと苦痛に満ちた顔に変え、それでも、俺に懇願し許しを請い、慈悲を求めて俺の足元に跪く姿に変える事だって、今の俺には造作なく出来る。

俺は、周りの子たちが見せる弾けるような若さ溢れる笑顔とは、少し離れた場所にラインを引いたような美貌を持つ女性を見ていた。

恐らく、俺の顔には表情というものは無かっただろう。
ただ…見ていただけだ。

不思議と凛とした空気を感じた。
どことなく感じる儚さと、それでいて意思の強そうな目元。
すっと伸びた黒髪。折れるかと思うような華奢な身体。

魅かれたのではない。
たまたまだ。
たまたま目に留っただけだ。

俺は、その子の名前を確かめる事もなく、テレビのスイッチを切った。


着替えたら、赤坂へ行かなくてはならない。
ドバイから来た石油王との会食がブッキングされている。
大事なクライアント…だ。



「医は算術」
良く言ったものだ。




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1

ナゴヤドームは、大歓声に包まれていた。
モニターに映し出された、ビッグサプライズ。

満員の観衆もそのサプライズに酔いしれていた。
ステージの上から見ても、泣き崩れているファンの姿を確認する事が出来る。

自分もそうだ。
立っていられなかった。
背中を須田亜香里がさすってくれている事は気付いていた。

胸が締め付けられるように苦しい。
今までも、こうやって感涙にむせぶ事は何度もあった。

しかし…

今回は、ずるい。

神戸と横浜だけでも、十分嬉しい報告だった。
念願の単独ツアー。
ツアーと言える程のものではないのかもしれない。
それでも、自分たちのステージを紡ぐ喜びは、存分に味わえるものだ。

でも、同時に物足りなさを感じた。

やれる…かもしれない。
自分たちだけでも。
自惚れなんかじゃない。
この「憧れの地」はもうただの憧れなんかじゃない。

目指すべき「目標」なんだ。
アンコールの時に起こったSKE48コールは、私達にそれだけの勇気を与えてくれた。

そう思った瞬間の「ふいうち」だった。

ナゴヤドーム単独公演。

立たなきゃ。
こんな所で、座り込んで信じられないって顔なんかしてらんない。




松井玲奈は、大観衆の歓声に応えマイクを握った。
隣には、珠理奈がいる。
大矢が…中西が…


夢は必ずかなう。


そう信じる者だけが、夢をかなえる事が出来る。


3

父親は九州の片田舎で建設業を営んでいた。
一応株式会社にしてはいたが、ドンブリ勘定の典型的な土建屋だ。
実質会社を仕切っていたのは、母親だったが、腕のいい職人だった父親を実によくフォローしていた。

バブルに乗っかり損ねたという表現の方が適切かもしれないが、この業界にしては比較的健全な経営で、俺は小さい頃から何一つ不自由なく育てられた。兄は父親の跡を継ぐものとして育てられていた。その分、厳しくされていたため、何かに怯えたような目をする事が多かったが、それでも、跡取り息子としての役割を不可なく務めているように見えた。
姉は人の上に立つという事を兄弟の中でもっとも自然に振舞える性格を持っていた。誰かに命令を下すという動作を、さも当然のように、しかも不快感もたれる事なく、行っていた。交友関係も華やかで、ひょっとしたら姉の方が経営者としての資質に恵まれていたのかもしれない。

俺は、そんな兄姉とはかなり違った性格だったようだ。よく言えば、マイペース。悪く言えば我侭。まあ、後者の意味の方が正確だと思うが。

一応、地元で一番の進学校で常にトップの成績を収め、現役で東大の理IIIに入った。将来は九州で町医者にでもなるのも悪くないかな?と思っていた程度だ。東大にしたのは、単に成績が良かったからだ。慶応も合格していたが、まあ、普通に考えると東大に進むのが自然といえば自然だろう。

ただ、4年次を終えた段階で、俺の幼い「しょうらいのゆめ」みたいなモノは、現実社会の前でまったく色を失ってしまった。

とにかく、医学部という所は「ムラ」社会だ。誰の下で、順列はどうで、誰がどう動いていて、勝つのは誰か?そんな「政治」の駆け引きが、あらゆる事を動かしていく。それが、日本最高学府の現状。この国の「医療」をリードしていくべき人間達の魑魅魍魎の世界なのだ。

俺は、そんな世界の中にどっぷり漬け込まれた。
何をなすべきか。その議論の先に「医療」という言葉は存在しなかった。この大学病院というピラミッドの頂点に立つ事による権力が、何よりも優先されるのだ。
そうして過ごした4年間。専門に進み、ドクターの過程を進む前に俺は、ふと気づいた。

くだらない…


目の前にそびえる「白い巨塔」。
その頂点に、何の魅力も感じなかったのだ。
作り上げられた権力構造のトップに立ったところで、何が面白いのか?柵で囲まれたサル山のボス猿になれと?

だったら、俺は自分で作り上げた牙城の頂点に君臨してやる。
そして、このくだらない旧態依然した権力構造を、外から取り込んでやる。どうせやるなら、その方がよほど面白い。

そのために必要なのは何だ?

そう。
「金」と「力」だ。

俺はどうやら、「極めて優秀な」将来有望な医学生だったようだ。
半ば、教授を騙くらかして書かせた紹介状と、「開業資金の前倒し」として、父親からせしめた1億円を手に、俺はアメリカへ渡った。

ハーバードの特待生として迎え入れられた俺は、数ヶ月で自分の考えが間違っていた事に気がついた。ハーバードは紛れもなく、全米最高峰の学府だが、そこで得られるものは俺が求めていたものとは全く違う。俺は、とにかく「腕」を磨く為に地方大学の研究室を転々とした。そうして、とにかく切りまくる。机にしがみつくよりも、何人人を切るか…。メッサーとしての「力」はそうして身につけていかなくてはならない。
日本の医局が「温室」といわれるのは、圧倒的な「経験値」の差だ。

「金」を得る為に、俺は寝る間を惜しんで投資を学んだ。乾ききったスポンジが水分を吸収するように、俺は知識を詰め込んでいった。そして、「金」が「金」を産むスキームに少しずつ自分の身を置いていった。


そして、俺は「力」と、一つの「結論」を手に入れた。
いや…「確信」と言ってもいいかもしれない。



10年間の「雌伏の時」を経て、俺は日本に戻った。
俺は、自分が成功する事に全く疑いを持っていなかった。

そして、俺は成功した。

日本に戻って3年。
俺は、自ら「巨塔」を作り上げた。

4

隅田川沿いに立つ47階建てのツインタワー。
そして、その裾野に広大な敷地に贅を尽くして作られた、1540床の総合病院。
それが、俺が作り上げた「巨塔」だ。

俺が帰国後自らの「巨塔」を築くにあたり、最初にやった事は「人材」の開拓だ。
この国の「医局」システムに馴染めない、アウトローの医者を徹底的にリサーチして、片っ端から会っていった。俺の理想郷に必要なのは、崇高な理想を掲げる「聖職者」ではないし、くだらない権力争いにのみ興味を示す政治家でもない。
確かな「腕」とトグロを巻くようにドロドロとした「野望」を持った者たちだ。
ある者は「金」。ある者は「地位」。あるも者はただ単に人を切りたいという欲望を満たすため…
俺は、その全てに応えた。ただし、確かな「力」を持つ者だけに。
そして、その「力」が、俺の作り出した「金と力を産むスキーム」を具現化する為に利用できると判断した場合だけに。





「進藤先生。確かに、当院は高度救命救急センターの指定を受けています。重篤患者を最大限の努力を持って受け入れる。これがファーストミッションだ。進藤先生は、非常によくやっていただいています。ですが、何度も申し上げているとおり、それだけではダメです。慢性的な救命救急体制の不足解消ををウチが採算度外視で担う事。進藤先生、あなたの理想はそうじゃなかったんですか?」

国内屈指の全身医(ジェネラリスト)・進藤一生をトップとする、救命救急チームは、この病院の看板だ。
彼の理想は、どんな患者でも見捨てない。今できる事を全力でやる事だ。
正義感の塊といってもいい。
俺のような悪党とは、相いれない部分を持った男ともいえた。
しかし、俺は、こういう男をどう使えばいいのかも、ちゃんと心得ている。

「はい。出来ればもっと軽度の患者を受け入れる体制を…」
「体制というと?人ですか?施設的なものですか?進藤先生が、望む体制を作らせましょう。ドクターが必要なら採用しましょう。進藤先生、遠慮してるんじゃないですか?」

おいおい…そこまでやらせてくれるのかよ?
進藤が肩を竦めて笑った。
入ってきたばかりのときは、ニヒルに笑ってばかりだったが、ずいぶん丸くなったものだ。ただ、棘がなくなっても困る。彼には、もっともっとやってもらわなくてはならない事がある。




「司馬先生。では、報告をお願いします。VIPの新患が入るそうですが?」

司馬江太郎も、俺が拾ってきた男だ。
勤務していた大病院で起こした、職員間の刃傷沙汰のゴタゴタで、どぶ川のように澱んだ生活を送っていた司馬を、外科部長に抜擢採用した。
彼が、どこで何をしてきたかは全く興味なかったし、その歪みきった価値観を健全に戻すつもりも全くなかった。俺が興味あったのは、単純に彼が「切れる」男だったからだ。

そして、俺の周りには清濁併せ呑む…いや、むしろ劇薬に舌を焼かれながらも、それを一気に喉に流し込み、その毒を体に巡らせるような人間だ。彼には、それが出来る。
それだけで、俺の傍に置く事にした。

「ええ。こちらに資料があります。容態については、合同カンファで詳しく…患者名は、秋元康。50歳。音楽…音楽っていっていいのかな?まあ、プロデューサー業って言っときましょうか。そのあたりの説明はいらないですよね?」
司馬が面白くも何ともないような顔で話した。

「秋元?マジ?あの秋元康?」
「どうしたんだ?」
若いスタッフの間から、軽いざわめきがおきた。

「進藤先生、知ってるよな?」
「ああ。そりゃあな。あの秋元康だろ?」
進藤と司馬が顔を見合わせた。

「秋元康?ああ…AKBですか。進藤先生も司馬先生もご存知なんですか?」
「ご存じも何も…え?院長知らない…んですか?」
進藤がいつものクールな表情を少しだけ崩して俺に聞いてきた。

知ってるよ。そんなの俺だって。
AKBだろ?
日本に帰ってきてから、テレビつけりゃ毎日みたいに、わらわらあれだけ姿見せつけられちゃ。
ウチの若いスタッフなんて、みんな誰推しだなんだって言ってるじゃないか。


「まあ、いずれにしてもVIPには違いないでしょう。で?誰の紹介で?」
「政界からです。官房長官直々の依頼です。あの手この手でつてを手繰ったと言ってましたよ。」
「なるほど。では、病状は後ほど報告を受けます。他に報告は?」

会議に出席している30名程のメンバーがパラパラと立ち上がり始めた。
協調性に欠けるヤツが多いのが、この病院の特徴だ。
構わない。俺は、仲良しクラブを作ったんじゃないんだから。

「では、これで定例会を終わります。進藤先生、すぐに人事部に必要なスタッフのスペックをオーダーしてください。さっそく求人に入らせましょう。司馬先生は…」

司馬は、黙ってノートPCのセットに取り掛かった。
進藤が最後に一礼をして部屋を後にする。

「ウチに来るって事は、猶予ならない状態って事でしょう?」
司馬が手もとのノートPCを操作する。大きなモニターに秋元のデータが映し出された。

「これは…酷いな。腎臓か?」
俺は、司馬が見せてくれたデータと画像を見て瞬時に理解した。
「タバコ吸っちゃダメ…だよな?」
司馬は、俺の問いかけに直接答えず、話を逸らすような返事をした。

二人だけになると、司馬は俺に敬語を使わない。
俺より一回り以上も年上なのだから、全然構わない…そう思っている。
俺も普段よりもかなり乱暴な口調になる。
俺達は、タイトロープの上を危ういバランスで命綱無しで渡っているようなものだ。
小奇麗な上下関係など、この場では必要ない。

「タバコはそろそろやめたらどうなんだよ。ナースにだってウケ良くないだろ?」
「やめられないんだよな。仕方ないだろ。」

「で?手術適応なのか?」
お互いヒマじゃない。
俺は、単刀直入に司馬に聞いた。
「根治を目的として…か?そんな素人みたいな事を今さら聞くとは思えないが…」
司馬がポケットからラッキーストライクを取りだして、口にくわえた。
もう行っていいか?と暗に言ってるのだ。
「いや…こりゃどうみても末期の腎不全だろ?急性でここまで来ちゃうのは珍しいんだけどなあ…」
「そういう事だよ。」
司馬が立ちあがった。

「分かった。そうだな…5日でいいか?」
もっと急がなきゃ、責任持てないぞ…俺は、司馬がそう返事するのを当然と思って敢えて聞いた。
「1週間…いや10日やるよ。もちろん、早けりゃ早い方が有難いけどな。」
俺は意外な思いで、司馬の顔を見た。

「まだ、ヤツには死んでもらっちゃ困るんでな。」
司馬が珍しく悪戯っぽい笑顔を向けた。

「へえ。司馬先生にも、そんな趣味があったとはな。」
茶化した訳じゃない。
真面目に驚いてるんだ。
「アンタみたいな、ど変態じゃないけどな。」



ど変態か。

まあ、正しい指摘だな。
俺は、司馬が出て行った部屋で一人苦笑した。






5

レジデンスの地下の駐車場に行き、ゼロハリのアタッシュケースを開く。
2秒だけ迷って、真っ赤なキーエントリーのケースを選んだ。
奥から2番目に停めてあるフェラーリの側までくると、ハザードが2回点滅しドアロックが解除された。

結局、キメだって日はいつもこの車を選ぶ。
暴力的な野性を目覚めさせる効果があるのだろうか?

大した距離じゃない。
フェラーリがその性能の1/100も出さないうちに、コンラッドの車寄せに到着した。
ドアボーイが俺のクルマを見て、一瞬だけ困惑した表情になる。
ただ、そこは超一流ホテルのドアマンだ。その困惑を見事な笑顔のオブラートに隠して、俺からキーを受け取る。世界の高級車をバレー・パーキングするであろう彼でも、さすがに癖のあるこの車を扱うのは、避けたい仕事なのだろう。

フロントは通らず、まっすぐ専用のエントランスへ進む。
本場のリッツからスカウトして来たと聞くコンシェルジュに軽く手を上げて挨拶を送る。
誰かが付く訳ではない。
本当の高級ホテルは、こちらが求めていないサービスを押し売りして来る事は絶対にない。
俺は、事前に受け取っていたセキュリティ・カードでロックを解錠し、一人っきりで23階のスゥイート・ルームのドアを開いた。


「待った?」
皇居の向こうに六本木や新宿の夜景を一望するダイニングルーム。
大きな窓からその夜景を眺めていた少女がこちらを振り向いた。
「はい…あ、いえ。」
「待ったんだね?ゴメンね。ちょっと出がけにややこしい仕事が立て込んじゃってね。」
俺は、笑顔で少女の方へと歩み寄った。
「お腹すいたよね?早速食事にしよう。さあ、どうぞ。」
紳士の振る舞いで、俺は少女に椅子を引いてやった。
「ありがとうございます。あ…すみません。こんな格好で。」
「ん?ああ、制服の事?今日は学校だったんだろう?全然構わない。」
「はい。先生が制服のままでいいって言ってくれたんで。」
紺のブレザーに、薄いブルーのシャツ。赤地のチェックのスカートとリボンはお揃いになっている。
都内の私立女子高でも、人気が高いとされる制服だ。

「じゃあ、乾杯しようか。大学の推薦入学決定に。おめでとう。」
「ありがとうございます。先生のおかげです…」
「いや、君が頑張ってるからだよ。僕は、ほんの少しだけその手伝いをしただけに過ぎない。」
俺は、シャンパングラスを傾けた。
今日は、一杯くらいいいだろう…そう誘って恐らく初めてのシャンパンを飲んだ彼女が頬を赤くしている。
「でも…父があんな事になってしまって…もう学校を辞めるしかないって思ってたのに…」
「お父様を救えなかったのは、本当に僕の力不足だったんだ…せめて…その償いがしたかった。」
「そんな…先生は、この国で最高のお医者様です。それに…とても、優しくて…素敵です。」

頬を染めて下を向いた少女の顔を見て俺は満足だった。
そう…俺は、優しくてカッコよくて、そして彼女の恩人だ。

「僕は、君の事を心から支えていきたいと思ってきた。」
食事は、あらかじめアラカルトが、全てテーブルの上に並べられている。
誰も邪魔しないし、邪魔出来ないようにしてある。
俺は、少女の手をそっと両手で握った。
「それは、憐れみや、義務感なんかじゃない。…わかるね?」
頬を染めた少女が、そっと顔を上げる。
俺の目を見て、しばらくそのまま動かない。

「おいで。」
俺は少女の手を引いて、メインベッドルームへと足を運んだ。
薄暗い部屋の窓を夜景が彩っている。

長くてツヤのある黒髪を撫でながら、背中から彼女を抱きしめる。
ブレザーの下のシャツの膨らみが、大きく上下に動く。
首筋に唇を押し当て、そして舌を這わせるようにしてうなじを味わう。
甘酸っぱい香りが漂ってくる。
紛れもない、女子高生の萌芽の香りだ。
俺は、そのまま少女を窓際に立たせたまま、シャツの上から両胸を揉みしだいた。

「制服…しわになっちゃう…」
「いいんだ。そのままで。」
「でも…帰りが…」
「いいから。」
俺は、ちょっと乱暴に身体を窓に押し付け、愛撫を続けていった。
徐々に少女の息が荒くなっていく。

十分に愛撫を与える前に、俺はスカートの中に手を入れた。

ちっ…
俺は思わず舌打ちをした。
下着の上から触れるだけで分かるほど、すでにその下半身はしっとりと濡れきっていた。


このオンナもか。
まったく、どいつもこいつも…
見た目清純そうに見えても、実際は汚れきっていやがる…

「先生?」
「ん?」
「どうしたんですか?先生…私…ねえ…お願い。早く…」

もうコイツは「少女」なんかじゃない。
ただのメスだ。サカリのついたメスでしかない。
メスにはメスの扱い方がある。

俺は、乱暴に女をベッドに押し倒した。
ブラウスのボタンを引き千切り、下着をむしり取った。
隆々といきり立ったペニスを女に突き立て、乱暴に腰を振る。

「ね…ね?先生…もっと…もっと。もっと激しく…」
制服姿のまま、俺の下で喘ぐ姿を冷ややかな目で見下したまま、腰を使い続けた。
もはや、これはセックスなどではない。単なる、性欲のはけ口だ。
そんな行為に、愛も慈しみも必要ない。
俺は、ただ単にタンクを空っぽにする為だけに、アクセルを踏み続けているだけだ。




「先生…凄かった…私、何回もイっちゃいました…ね?私の身体…気持ち良かったですか?」
女が上気した顔を向けて話す。
腐るほど見てきた、俺が一番嫌いな表情だ。

「帰れよ。」
「え?」
「だから…っぜーんだよ。今すぐ帰れって言ってるんだよ。」
「せんせ?どうしたの?急に。ね?気持ちよくなかった?」
女が甘えた声を発してしな垂れかかってくる。
コールガールならまだ許せる。
しかし、俺がこの女に求めていたのは、こんな事なんかじゃない。

俺は、女の後ろ髪をわしづかみにして、身体を起こさせた。
その頬を、思い切り平手で張る。
一発…二発…三発…
勢い余って、女がベッドの上から転げ落ちる。
「や…やめて…お願い…」
「ふざけんなよ?あ?お前なあ…自分が何でチヤホヤされてかを良く考えるんだな。簡単に男に股開いてきたようなメス豚が何の価値があるっていうんだよ?まったく、性懲りもなく騙される俺も俺だ。イイ子だから、とっとと帰りな。じゃないと、お前…二度と男に相手にされない身体にされちまうぞ?俺は、それ位ハラワタが煮えくりかえってるんだからな。」

ようやく、事態の深刻さに気づいたのか、女はブルブルと震えだした。
「あの…また…ごめんなさい…私、何でもします。先生の言う事なら何でもききます。だから…もう会わないなんて言わないでください。今、先生に見捨てられたら…私…お願いします。何でも…何でも言う事聞きますから。」
足元にすがりついて来た女の顔を俺は、思いっきり蹴りあげた。鼻から鮮血を吹き出し、カーペットに赤い染みが作られる。

「捨てられたら…か。そうだよな。困るよな。せっかく決まった大学もパア。このバッグも、洋服も、家も…何もかもなくしちまうもんな?そうか。そんなに俺から離れたくないのか?」
血と涙でぐちゃぐちゃになった顔を俺は、舌でねっとりと舐めた。
鉄を塩で味付けしたような味がした。
女が震えながら、何度も何度も頷く。

「わかったよ。じゃあ、イイ子だ。何でも俺のいう事を聞くんだ。いいな?」
「は…ぁ…はあ…おねが…」
「返事は?」
「おねが…ぃします…」
「返事はって言ってんだよ!」

足元に温かいものが流れてきた。
ショックで失禁したのだろう。俺は、抱えていた女の身体を湿ったカーペットの上に放り投げた。

「俺だ…またじゃねーか。ふざけんなよ?まったく、骨折り損もいいとこだ。他の女もこんなんじゃねーだろうな?あ?」
俺は、スマホに向かって叫んだ。電話の向こうで、小間使いがヘコヘコ頭を下げている姿が思い浮かぶ。

「いつものように連れてけ。後は…お前が好きなようにしろ。」

6

「もうやめよう。今日はコレで終わりにしようよ。黙りこくっちゃう位なら、それぞれレッスンでもした方が全然いいし。ね?お疲れ!」

長い沈黙に耐えかねたように、梅本まどかが口を開いた。
照明が落とされた劇場のステージの上。みな、下を向いたままで座って円になっていたメンバーが、少しほっとしたような表情でそれぞれ顔を見合わせる。

「いや、Eはそういう所がダメだって言われてるんじゃないかと思う。なあなあで終わるなんてSじゃ許されない事だったよ?」
木下有希子が、横に座っていた梅本が腰を浮かしかけるのを制するように言う。
長い髪はまだ汗で濡れている。首にかけたタオルで汗に濡れた顔を拭った。

「そうですよね…やっぱり、私達に何かが足りないからスタッフさんも厳しい意見を下さるんだと思うし。やっぱり、早くSやKIIに追いつく為にも…」
菅なな子が木下の言葉を引き継ぐように言った。普段の声のトーンよりはかなり低い感じだ。
アンタも何か言いなさいよ…そんな風に木下の目が言っているような気がしたのだ。

「そんなに悪い公演してないと思うんだけどなぁ。今日だって、お客さんすごく盛り上がってたし。」
「うんうん。私もそー思う。梅本さんの言うとおり、今日はもう帰り…」
岩永亞美が遠慮がちに発言した後、市野成美がすっくとその場に立ちあがった。
しかし、木下の刺すような視線に気づき、すぐその場に腰を下ろす。

「杏実。アンタはどう思うの?奈和。アンタは?」
木下の表情は厳しいままだ。

「私は…ゆっこさんの言う通りだと…」
「杏実、言いたい事いいなよ。いつも言ってるじゃない?私達は私達なりに一生懸命やってるし、確かに成長できてる自信があるって。ゆっこさん、私も同じ考えです。何もSさんやKIIさんと同じである必要はないと思います。それに…スタッフさんもちょっと…だと思います。厳しく怒られるのって、玲奈さんとか花音さんがいない時ばっかじゃないですか。最初から偏見もって見てるんですよ。今日だって、杏実のセンターはスゴク良かったと思う。玲奈さんがいない事多いけど、玲奈さんがいないだけで最初から減点して見られてるだけだと、私は思いますけど。」

古畑奈和の言葉には、少し苛だちのようなものが感じられた。
「Eはいつまでたってもお荷物チーム」
そんな風に言われる事が、許せなかった。
パフォーマンスで劣ってるのなら、それも甘んじて受けとめよう。
MCが相変わらずダメだって言われてるのも、もちろん知っている。でも、それだって、少しずつ良くなってきてるはずだ。第一、エリートが揃ったSに、ベテラン中心で経験豊富なKIIと比べる事自体、間違ってる。次世代を引っ張る事を意識すればするほど、先輩の壁の高さを実感する。だったら…私達は私達のやり方で壁を超えるべきなんじゃないだろうか?

「ゆっこさんは、どこがいったいダメだって言うんですか?Sと違うって言うなら、具体的に言ってくれればいいでしょ?」
「ちょ…ちょっとめいめい…」
酒井萌衣のぶっきらぼうな口調に、梅本がオロオロしていた。
当の酒井本人は、涼しい顔だ。
「どこがって…そりゃ、一人ひとりがね…」

木下はそう言いながらも、実は同じような思いを持っていた。
焦りもあったのだろう。
研究生からほぼ同時に旧チームSに昇格した同期の三人。
いきなり場違いなステージに引き上げられた…あの時はそう思ったものだ。
先輩は鬼としか思えなかった。ステップがほんの半歩、ターンが僅か一瞬遅れるだけで、すぐにストップがかかり、全員で同じ場所を繰り返し踊る。何度も何度も何度も何度も…

ちっ…

誰かが聞こえるように舌打ちをする。

はぁ…

ため息ってそんな大きくつくものんだっけ?

「なんで、この子達なのよ?2期の子でいいじゃないのよ」
そんなセリフは何度聞いた事か。

そんな悔しい思いを、ひたすら三人で耐え続けた。
そして、乗り越えてきた。

「アンタ達がおってくれて、良かったき。」
鬼と思っていた先輩にそう言われて、三人で流した涙は今でも忘れない。

ゆりあはSに残った。
珠理奈さんがいない時には、堂々とセンターを務める事も多い。
キラキラ輝いている。
そして、実は誰よりも悩み、そして戦っている。
間違いない。今やSのエースは木崎ゆりあだ。

あかりんは、KIIに行くって決まった時、真剣に怒っていた。
なんで?なんで?
そう何度も言って…そして、真剣に泣いた。
でも、その悔しさを見事に晴らしている。
あの子はスゴイ。本当にスゴイ。
どんな時でも、自分の力だけで道を開いてきた。
KIIを…いや、SKE48をこれから引っ張っていくのは、須田亜香里なのかもしれない。

私は?
私はどうなんだろう?

選挙でも結果を出せなかった。
選抜にだって、もう呼ばれる事がないのかもしれない。

チームが悪いんじゃない。
あの二人に比べて、何の輝きを放つ事が出来ていない、自分自身にいら立ってるだけなのかもしれない…


「本音を言っていいですか?」
古畑が思い詰めたような顔で立ち上がった。
「もちろん。奈和。奈和なら、このチームEをどうしたい?」

「玲奈さん…だと思います。玲奈さんがいると、いつまでたってもチームEが評価される事はないと思います。」
「奈和…アンタ…ちょ…」
菅が立ちあがって古畑の肩を押さえるようにした。
古畑がその手を柔らかく振りほどく。
「そう思ってるのは、私だけじゃないと思います。なな子…アンタもでしょ?杏実も、つぅも。」
古畑に名前を呼ばれた5期の面々は下を向いたままだ。
一旦は止めに入った菅も、古畑の言葉を真っ向から否定しようとしない。

「奈和…玲奈さんは、仕方ないよ。ああやって、外仕事を頑張ってくれてるから、私達SKEも…」
「そんな事はわかっています。私だって、玲奈さんには頑張って欲しいし、玲奈さんの事を心から尊敬しています。優しいし、私達の事をとっても良く考えてくれてる事もわかってます。でも…ゆっこさんも、気付いてるんじゃないですか?玲奈さんがいる事で…」

木下も黙りこんだ。
言い返した方がいいのだろうか?
玲奈はチームEのリーダーだ。
SKE48の顔だ。
先輩の事を言うに事欠いて「いないほうがいい」などと言うのを許しておいていいのだろうか?

考えがまとまらないまま、時間がどんどん流れていく。


多分、私も、心のどこかで奈和と同じ事を考えていたんだろう…


7

「なんで?杏実いつも言ってるじゃん。もっとちゃんと評価して欲しいって。いくらゆっこさん相手でも言いたい事言わなきゃ。幾ら公演のMCで吠えてたって、肝心なトコで突っ込まないと。」
「ごめんって。だってさあ、やっぱ逆らえないじゃん。ゆっこさん、すっごく怖い顔してたし。」
「まあ…そりゃわかるけどさ…杏実にとって、ゆっこさんはね…」
「いや…奈和だって、まどかさんにキツイ事言うのヤだよね…それなのに…」
「はぁ…」
「はぁ…」

並んで座っていた古畑と宮前が顔を見合わせて、同じようにため息をついた。
結局、公演後のミーティングは2時間近くに及んだ。
しかし、最後は「各自課題を見つめなおして次に活かそう」って事で終わるしかなかった。そう言葉を出す梅本にも遠慮というか、奥歯にものが挟まった感じというか、どこか歯切れの悪さがあった。

「奈和…変わったよね。」
「ん?何が?ヤダ…きつくなったって言いたいんでしょ?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。」
宮前がしんみりとした表情で急にそんな事を言い出した事に、古畑は急におかしくなって思わず笑いをこぼした。宮前もそれを見て、少しほっとした表情を浮かべる。
「だって、チームの事とか、なんとかなんか、別に~って感じかと思ってたよ。マイペースっていうか。」
「ちょっと、それって暗に私の事disってない?」

「あの…いいかな?」
「わ!びっくりした!なな子、いつからソコいたの?」
宮前の背中からいきなり菅が声をかけた。
周りは薄暗くなっている。僅かな照明だけのステージに突然現れた幽霊のように見えたのかもしれない。
「いつから…って。ずっとココいたじゃん。」
「え?嘘?ずっとって…ミーティング終わって、ずっとソコ座ってた?え。ぜんぜん気がつかなかった。」
古畑が笑って言った。宮前も同じように笑って体をちょっと動かして、二人の間にスペースを作る。
「おいでよ。だいたい、普段うるさいなな子がそうやって黙ってるから気づかないんだよ。もう、聞いてたんなら、何か言いなよ。」

同期の気心のしれた安心感からか、先ほどまでの戸惑ったような表情は消えていた。しかし、菅の顔には笑顔がない。むしろ、思いつめたような顔つきだ。

「奈和…さっきの話だけどさ。」
「うん?玲奈さんが…って話?」
菅がこくっと小さく頷いた。まるで、返事をする事を誰かに聞かれてしまう事を避けるかのように。しかし、真剣な目つきは、古畑の意見に賛同する事を示していたし、その事を古畑も宮前も感じ取っていた。

「でもさ…奈和ね…あの言い方はどうかって思った。誤解されちゃうよ?」

わかってる…なな子の言いたい事はよくわかる。
こんな時、なな子ならもう少し言葉を選んで上手く話せたはずだ。決して玲奈さんが邪魔とかそういう事じゃない。ただ、今のチームEは「松井玲奈抜きの」チームEだ。そうなる事が圧倒的に多い。だったら、私達だけで…4期5期を中心にチームを組み立てたい。センターが玲奈さんである事には何の異論もない。でも、いない事が多すぎる。スタッフから厳しい意見が出るのは、決まって玲奈さん=センター不在の時だけだ。それだったらSも同じはずだ。むしろ、珠理奈さんが不在なのは玲奈さんよりも多いくらいだ。それなのに…Sはいつも絶賛される。

何が?何が違うの?
綾巴が特別凄いとはとても思えない。
ゆりあさんと茉夏さんは確かに凄いと思う。
珠理奈さんがいなくたって、公演のクオリティが落ちてるなんて誰も思わないだろう。でも…それはEも同じだ。
むしろ、玲奈さんがいない時の方が「らしさ」が出ているように思える。

「それに…」
「…?」
菅が何かを言いかけて、途中で止めた。
古畑も宮前も、しばらく首を傾けたまま菅の次の言葉を待った。
…が、菅は視線を宙に浮かせたままだ。
何か大事な事を打ち明けようかどうしようか迷っているように見えた。

「らしくないなぁ。なな子。言いたくない事なら言わなくてもいい。でも…ホントは聞いて欲しいんでしょ?言っちゃいなよ。ね?」
「杏実…奈和…ここだけの話にして?私、まだこの事がどれだけ大変な事なのかの判断が出来ないんだ…」
宮前に諭されるようにして、ようやく菅が話の続きを始めた。

「玲奈さんが?嘘…でしょ?」
古畑が目を丸くして口を押さえる。
そうしなければ、叫んでしまいそうだからだ。
宮前の瞳からはボロボロと涙がこぼれ始めた。



劇場の時計は、日を跨いで翌日の日付を示そうとしていた。

8

「それでは、これより腎移植手術を行います。司馬先生。レシピエントの確認をお願いします。」
「秋元康、男性、50歳。移植に際してのABO不適合は認められません。提供ドナー状態により、当手術は死体腎移植となります。」
「ありがとうございます。では、開腹します。メスを…」

「あのぉ…なんで司馬先生が助手側に立ってるんですか?」
「ん?おかしいか?この手術の執刀医は院長って書いてあるだろ?」
AKB48G総合プロデューサー・秋元康の腎移植手術が第一手術室で始まった。階上の見学室では、進藤をはじめ、数人の若手のドクターがその様子を見守っていた。移植手術そのものは難しい手術ではない。しかし「炎のメス」と異名を取る司馬の手術は見学希望者が絶えることがない。

「いえ…でも、第一で手術する時は司馬先生が…」
「まあ。見てろって。」

「開腹。対象…状態を確認。当初所見より違和なし。術式変更の必要は…認めずだな…。いいですか?司馬先生。」
「私も同じ所見です。問題ありませんね。」
「はい、了解です。では…後をよろしくお願いします。」

「あれ?あれれ?院長、行っちゃいましたよ?」
「ま、そういう事だ。移植手術自体は、丁寧にやりさえすれば問題はない。それじゃなくても、司馬の腕は抜群だからな。まあ、院長が腹開けるのは、いわばVIPへのエクスキューズみたいなもんだよ。」
「なんか…ちょっと残念だなぁ。」
「おいおい、幾らなんでも全部の患者の腹を院長が切るとでも思ってたのか?」
進藤が苦笑する。
「いや…なんかブラックジャックによろしくでこんなシーンがあったなあって思って…」
医局のやり方に不満を抱えてドロップアウトしてきた連中ばかりだ。目の前のお代官様的対応に違和感を感じたのだろう。
「あのな、俺もお前と同じ位の年ならそう思ったかもな。しかしな…」
「いや…俺もそんな無粋な事言わないですよ。ただ、院長って、なんかスーツ着て営業みたいなことばっかしてるような気がするんですよねえ。」
「ん?院長の腕が…って事か?」

進藤が腕組をしたままモニターから目線を外した。
「お前、俺や…ほら、司馬の手術見てどう思う?」
「進藤先生や、司馬先生ですか?いや。俺からしたら神様のような存在にしか思えませんよ。」
「神様か…俺や司馬が神様なら…」

進藤が立ち上がった。
モニターの中では、司馬が全く無駄の無い動きで、手術を勧めている。

「あの男は…界王神…ってとこかな。わかるか?」

「か…?界王神…ですか?」
「ああ。神様の神様みたいなもんだな。知らないか?ドラゴンボール。」
「え…いえ…」

進藤が白衣のポケットに手を突っ込んだまま、見学室を後にした。


9

半月後


「先生、本当にありがとうございます。やはり、名医は違いますな。さすがに、私も一度は覚悟しましたからね。」
「いえいえ、秋元先生。私は医者としての果たすべき事を当然のように行っただけです。第一助手の司馬を称えてあげていただけますでしょうか?」

VIP向けの病室は本院の建物ではなく、タワー棟の高層階に位置している。階下には陽光を受け輝く隅田川の流れと、遠くに東京湾を望む事が出来る。リビングルームや、ダイニング、会議室まで備えた100㎡を超える部屋は、そのままマンションの一室として売り出せば、軽く億を超える金額が設定されるだろう。

術後の経過は極めて順調だった。
移植関係でもっとも怖いものの一つは、拒否反応だ。せっかく、健常な臓器を移植したとしても、やはり他人の組織だ。AOBの血液型相違を避けることは当然として、その他の諸条件をマッチさせなくては、万全な移植は実現できない。俺がこの分野の「名医」とされるのは、そのマッチングの適切さと、それを可能にする環境の整備だ。

「秋元先生。もう、何の心配もありません。もう半月もあれば退院して頂いて結構ですよ。もちろん、経過は診させていただきますが。それに…少しは節制していただかなくては。糖尿の数値がもう少し高ければ、手術すら出来なかったんですからね。」
司馬が笑う。
俺は、ちょっと意外な感じがして司馬の顔を見た。
こういう営業的な口調が出来る男とは思わなかった。
いつも仏頂面で、お世辞の一言も言えない。「腕の安売りはしない」がポリシーだったはずだ。今まで見たことがないような笑顔も浮かべている。

有名人相手に心が躍るような男ではない。政財界のトップから、有名芸能人。ハリウッド女優にメスを入れた事もある。そのときも、患者からの礼には口を数ミリだけ歪めて笑顔らしきものを作るだけだったのに。



ピンポン~ピンポン~


病室のチャイムが鳴った。
秋元が手元のモニターを確認し、俺に目配せをする。
「来たようだ。通してもらっていいですか?」

司馬がエントランスのドアを大きく開ける。
熊のような巨体の男が部屋へ入ってきた。

「紹介します。こちら…」
「存じております。戸賀崎さん、こちらが当院の院長です。私は秋元先生の担当医の司馬と申します。院長、こちらが劇場支配人の戸賀崎智信さんです。」
司馬が、俺に大男の紹介をした。

「おや、これは、司馬先生。すでに戸賀崎とご面識が?」
「いえ…私は、これが始めてかと…」
秋元も、そして戸賀崎も意外そうな顔をしている。

全く、司馬のヤツ…。
こんな席には、普段ぜんぜん顔を出さないくせに。

「院長先生。不躾で申し訳ないのですが…戸賀崎。」
「はっ。」
戸賀崎が大きな黒の鞄から「ダルマ」と呼ばれる札束の塊を取り出した。日銀封で帯封されたもので、一つが1000万円分だ。
リビングの大きなテーブルの上に、5つのダルマが並べられた。
「これは…秋元先生。生々し過ぎますね。こんなものを受け取る訳にはいきません。」

まったく芸能界の人間というのは、本当に品というものがない。
受け取るには受け取るが、渡し方というものがあるだろう…

「戸賀崎。先に付録を出しちゃダメじゃないか。院長先生。ほんのお礼です。受け取って頂きたいのは、こちらのほうです。」
秋元に促され、戸賀崎がCDの束を取り出した。
「新曲のCDです。」
「これはどうも。ミリオンヒット連発の秋元先生の秀作をこういう形で頂けます事は非常に光栄です。」
俺は、礼を言って戸賀崎から受け取ったCDをテーブルの上に置いた。

「院長…。ソレ、俺がもらっていいよな?」
「あ?ああ。構わないけど…せっかく頂いたんだ、俺も聴かせてもらいたいんだけど。」
「違うよ。CDなら全部持ってけよ。俺が欲しいのは、その中に入ってる物なんだよ。」
「中?」

俺と司馬のやり取りを聞いて、秋元と戸賀崎が笑い声を上げた。

「司馬先生。推しメンはどなたですか?」
「いや、戸賀崎さん。そんな熱心じゃないんですよ。たまたまですよ。」
「司馬先生さ。俺は聞かなかった事にしとくよ。人の趣味をとやかく言えるような立場じゃないからな。俺も。」

「良かったら、劇場公演にご招待いたしましょう。どの公演でも構いませんよ。」
秋元が眼鏡の奥の目を細めて言った。
「本当ですか?いや、申し訳ないなぁ。実は本店推しじゃないんですよ。それでもいいですか?」
「本店?なんだ、そりゃ。司馬先生さあ…」
イイ年して何だよ、そりゃ…って言いかけて止めた。
そうだよな。俺だって人の事を言えた義理じゃない。

「ほう、どこですか?」
「じゃあ…お言葉に甘えて…SKEの公演が見たいんですけど。」
「SKEって…ああ、名古屋のグループか。」
「知ってるのか?」
司馬が俺に聞く。意外そうな顔をしてるが、そんな事はどうでもいいといった顔だ。こいつがこんな顔するなんて、もう長い付き合いだが、初めて知った。司馬派のナースが見たらきっと幻滅するはずに違いない。

「知ってるさ。俺だって、ダブル松井の名前くらいは知っている。」
「だ…ダブル松井だぁ?おい、お前な、頼むから人前でそんな発言するなよ?」
司馬の得意げな顔を見て、俺はちょっとムカッときた。

「で?司馬先生。どの公演を?」
俺達のやり取りがよほど面白いのだろう、秋元も戸賀崎も今にも吹き出しそうな顔になってきた。
「E公演を見たいですね。お願いできますか?」
「E…ですか?これはまた意外な。ひょっとして、司馬先生は玲奈推しですかな?」
「Eって何だよ?SKEを見たいんじゃないのか?」
「いいから…もう黙ってろって。秋元先生、実は私、なんなん推しでして。」
「なんなん?何なんだよ、そりゃ。」
「だから、いいんだよ。そうだ。先生…申し訳ないですが、もう二人連れて行ってもいいでしょうか?」
「ええ。何人でも。なんでしたら、貸切にしてもいいですが?」

好きに話させとくか…
段々話がわからなくなってきた。
俺は、秋元に挨拶をして部屋を出ようとした。

「おい、お前も行くんだよ。あと、進藤もな。」
「は?意味わかんねーよ。大体、SKEって言ったら名古屋だろ?三人一緒に出張扱いする訳いかないだろ?」
「いや、秋元先生、今度東京出張公演ありますよね?倍率相当高いと思いますけど、お願いできますかね?」

お任せください。
秋元がそう答えるのを見て、俺は辟易した。
俺が?
あの、お遊戯会を見る?
確かに、彼女達は若くて可愛い子ばかりだ。
しかし、俺の守備範囲ではない。
俺が求めるのは、あくまでも純潔を守る処女の血だけだ。

汚れた世界に住む彼女達に、それを望むことなど出来るわけもない。







10

「おはよう…ございま~す…」
宮前杏実が辺りをうかがうように楽屋に入ってきた。
場違いな場所に置かれてるような不安そうな表情を浮かべている。
「あ~おはよー。早いねー。」
先に来ていた古畑奈和が声をかけた。
こっちにおいでよ…笑顔で手招きをした。

「いやいや、やっぱアウェー感ビリビリだわぁ。楽屋だって、建物だって、劇場だって全然ウチらのトコの方が立派なのに…やっぱ、なんか重みが違うっていうか。」
「私も最初はそう思った。ココ入ってくる事すら出来なかったもん。」
「でも、もうすっかり馴染んでるじゃん。そうやって、荷物ぶっ散らかすトコなんていつもどおりだし。」
宮前が机の上に散乱した古畑の荷物や、床に乱暴に置かれてる大きなバッグに視線をやり笑った。

宮前にとって、秋葉原の劇場が持つ重みというか、格調というか、そんな得体の知れないものから受けるプレッシャーは決して小さなものではなかった。チームKとの兼任で、何度もこの場を経験している古畑も、その思いは共感できるものだ。

「おはようございます!」
「あ~りおん、おはよ~、つぅも、なるも一緒なんだ?」
それほど外仕事が無いチームEのメンバーとはいえ、いつも集団行動をしているわけではない。三々五々メンバーが集まってくる感じだ。
まだ集合時間には間がある。しかし、この日の出張公演にかける思いは強い。かつての出張公演で「グループ最強」との評価を取ったSKE研究生公演。その時の中心メンバーであった5期の面々には、心に期するものがあったのだろう。その胸の高まりが彼女達の足を早めているのであろう。


「おはようございます。うわ…みんな早っ。」
「なな子、遅い。早く着替えて。」
「え~奈和も早いね~。私一番乗りかと思ってたのに。」
のんびりした表情で入ってきた菅なな子が、部屋の中を見て慌てる。

「奈和、一番乗りだもんね。」
宮前が古畑にウインクする。古畑が、一生懸命目配せをしてくるのを、へたくそなウインクと勘違いしたのかもしれない。
「ん?どした?」

「んーーーー杏実ぃ。一番乗りは私だよ~」
「うわあぁぁぁ…れ…玲奈さん…?何やってるんですかぁ、そんなトコで?」
楽屋の隅。小さなパーテーションの影になるような場所で膝を抱えて座っていた松井玲奈が、まるで遠くにいる友達を見つけた時のように小さく手を振っていた。
「ん?ああ。ブログ書いてたんだ。みんな来てるのわかってたんだけどさ。なんか、いいトコだったんだよ。ん~そっかあ。よし、着替えよっかな。」

「玲奈さん…っていうか、着替えてるじゃないですか。」
古畑がレッスン着姿の玲奈に言う。
いつもどおり、ちょっと冴えないセンスのTシャツにスゥエット姿。髪は適当にまとめられていて、顔はすっぴんのままだ。


綺麗…

なんで、こんなに綺麗なの?
メイクだってしていない。きらびやかな衣装に身を包んでる訳でもない。
髪だっていくらレッスンとはいえ、もう少しきちんとまとめられるだろう。
それなのに、この圧倒的な美しさは何だろう?
向こう側が透けてしまいそうな透明感。
風が吹けば飛ばされてしまいそうな程、華奢な身体。
それなのに、見てるこちらを圧倒してしまうような、存在感。

さっきまで、部屋の隅っこで屈んでいた時と周りに纏っている空気が違う。

古畑は背中にぞくぞくっと寒気のようなものを感じた。
菅が言った言葉が、ふっと頭をよぎる。
「蝋燭が最後にぱあっと明るく輝くって…あんな感じなのかなぁ?」

首をぶんぶんと振った。

この人がいなくなれば…
そんな風に思う私は、きっとまだ弱いって事なんだろう。

私がやらなくちゃいけない事は、この人から全てを…学び、盗み、吸収し…そして、自分の力で超えることだ。

この人が、私達の傍にいるうちに。

11

「進藤先生…進藤先生はもう何回も来たことあるんですか?」
「いや、そんなに何回もって事はありませんよ。そりゃ、5回や6回程度じゃないですけどね。」
秋葉原にある劇場のロビーは200名を超える人であふれ返っていた。もう間もなく開演時間だ。

結局ずるずるっと今日を迎えてしまった。
正直言って、俺は全くアイドルなんかには興味がない。むしろ、逆の感情しか持っていないといってもいいだろう。幾ら純粋そうな顔をして、何も知らないような素振りをしていたって、腹の中は自分がどうしたらその世界で成り上がるかしか考えなていない…それが芸能人だ。
売れる為になら、平気で身体だって売る。そんな程度だ。
司馬はまあ、なんとなく気心知った仲だ。まあ、いまさらアイツの趣味にとやかく言うつもりはない。しかし、進藤までとは。

5回や6回じゃない?それは、俺からしたら十分「常連」ってレベルだよ。絶対にそんなアイドルなんかに夢中になるタイプじゃないと思っていた。確かに、俺も妙齢の女には全く興奮しない。まだ男の味を知らない未成熟な果実を味わう事でなければ興奮しないのも事実だが、だからといって、それをアイドルになんか求めやしない。
親目線でというならまだわかる。進藤も司馬も俺より10歳以上年上だ。40半ばになってまで…

「お、ビンゴ始まるぞ。一回位一順で入ってみたいんだけどなぁ。」
司馬が進藤の後ろから顔をのぞかせて言った。
おいおい…なんだよ。そのガキみたいな笑顔は。いつもの眉間に皺を寄せた、あの司馬先生はどこにいったんだよ?

「ビンゴってなんだよ…ですか?司馬先生。」
「ああ、入場順を抽選で決めるんだよ。あのさ、言ってるじゃんか。今日はプライベートだ。変な敬語やめろって。なあ、進藤。」
「あ?おい…240番台だってよ。なんだよ、キャン待ちが一順かよ?」
「うわー。なんだよ。最前の予感バリバリだったのに。」

キャン待ち?最前?
いったい、この二人は何を言ってるんだよ…
だいたい、今日は招待じゃなかったのか?招待席ってもがあると思ってたんだけどさ。ん?次は40番台?そうか、このチケットに書いてる番号の事か。

俺は手元のチケットに目をやった。51番。それが俺の番号だ。
50番台が呼ばれたら、俺達が入場できるって事なんだろう。
しかし…今日はSKEのコンサートだよな?アイドルグループの。普通、こういう場には若い中高生が中心なんじゃないのか?それなのに、右を見ても左を見てもいるのはオッサンばっかじゃねーか。下手したら、平均年齢、俺の年より上だぞ?若い子って女の子しかいないんじゃないか?

「次は…50番台。50番台の方、劇場内にお進みください。」
半分以上の客が中に入ってしまった頃、ようやく俺達の番号が呼ばれた。

これが…噂に聞くAKB劇場ってトコか。話によれば、今日の公演は100倍を越える倍率があったらしい。しかし…狭いな。本当にステージが目の前なんだな。

「院長。こっちだよ、こっち。」
奥の前のほうに数個空いていた席のほうへと進もうとした俺を、司馬が呼び止めた。
「こっち…って。ソコ、立ち見じゃんか。あそこ…ほら、席空いてるし。」
「何言ってるんだよ。立ち最こそ劇場のベストポジションなんだよ。な?進藤センセ。」
「ああ。院長。あの席だとステージなんてほとんど見えませんよ。」

俺は二人に促されるまま、立見席の一番前に陣取った。
確かに、視界を遮るものがなく、ステージは見やすそうだ。それに、なんだ?あの柱は。わざわざ死角作って見難くしてるとしか思えない。確かに、あの席だと見えるのはステージの隅っこだけだろう。

「おい、あそこに関係者席ってあるじゃないか。俺は、てっきりああいうところで落ち着いてだな…」
そう言いかけたとき、場内にざわめきが起こった。

「来場の皆様にお願いいたします」
チャイムが鳴ったあと、場内注意のアナウンスが流れ始めただけで、階上のテンションが一気に上がった。

なんだ、なんだ?
俺は一瞬、場の空気に怯んだが、すぐにそれを理解した。
もうすでにライブは始まっていたのだ。
両隣の司馬と進藤の顔を見て、俺は諦めた。
仕方ない。ライブは2時間くらいだと聞いている。
どれだけのものか、存分に見させてもらうことにするか。


12

な…なに?

私は今、何を見てるの?

いつもと同じ光景。
のはずだよね?

隣を見れば、なな子がいる。
でも、確かにいつもと違う。

何が?
何が違うの?


RUN RUN RUN…
公演2曲目の疾走感あふれるナンバーだ。

走れ。私。愛のために。


確かに、今日はメンバーの気合も凄い。
本店のお膝元で、私達の凄さを見せつけちゃうぞ!
そんな気合が会場のファンにも伝わってる。
一体感が凄い。


でも…
そんなことじゃない。


「奈和…ワタシも感じるよ」
間奏のフォーメーションチェンジの時にすれ違ったまぁが、目線だけでそう言ってきた。ゆっこさんも、今日はキレが凄い。いつもの10倍くらいダンスが大きく見える。でも…それじゃない。もっと…もっと大きな何かが、今日のステージを動かしている。


RUN RUN RUNが終わった。
そのとき、気づいた。
その「何か」は私の隣から発せられていた。

熱…
触れることすら出来ない程の熱。
しかし、その熱は背筋を凍らせる程冷たい。
身を切るほどの凍気。

炎…
青白く、狭い劇場を貫く程の強さを持つ火。
渦を巻くように大きく、一点を刺すように鋭く、儚くそして絶えることの決して無い「Eternal Flame」。


これが…これが松井玲奈という存在なんだ…


玲奈さんは、間違いなくもっともっと先に進んでいたんだ。
私が「玲奈さんがいるから…」なんて愚痴を言ってる間に、この人はもっともっと先に。

違う。
この人を超えるには、この人がいなくなるのを待ってちゃダメだ。
玲奈さんより、早く走らなきゃダメなんだ。
玲奈さんより、強くならなきゃダメなんだ。


絶対に追いついてやる。
この人が、自らその足を止める前に。
前を向いて走ってるうちに。



古畑奈和が、ステージの上で大きく跳ねた。


13

俺は公演が終わると、二人から逃げるように劇場を後にした。
かかってもいない携帯電話の留守電をチェックするふりをして、「すまん。オンナがどうのこうの言っててさ」なんて嘘までついて。

司馬と進藤は、お見送りのハイタッチが終わってもロビーに残って、メンバーの姿を遠巻きで眺めていた。
特に俺の行動に不信感を持つ事もなかったようだ。

俺は、エスカレータを駆け下りるように下って5階のショップに立ち寄った。レジの愛想のない若い女性店員に声をかける。
「すまない。今日やってた公演のCDとかDVDとかは売っていないか?あと、SKE48関係のDVDとかそんなもの…」
相当な早口で言ったせいなのかもしれない。店員がしばらく反応できないでいた。

「今日って、Eの出張公演っすよね。SKEの僕太はまだDVD出てないからなぁ。アンタ今日が初めて?」
近くにいた男が俺に話しかけてきた。
なかなか親切な男だ。
「初めても何も。昨日まではダブ…いや、松井玲奈と珠理奈くらいしか知らなかったんだ。」
「そっか、今日の公演でやられたって事だな?じゃあ、まずはリクアワのDVDかな。それから去年のガイシのライブとかもおススメするなあ。あ、バラエティみたいならS女とかも…」

「う~ん…よくわからないが…お姉さん、SKEが出てるDVD、全部出してくれないか?」
「え?全部ですか…?」
「ああ。全部だ。ゆっくり選んでるとあいつ等が…とにかく、急いで欲しいんだけど。」
レジにいた三人の店員が慌ててDVDを並べていった。
「あの…?全部お買い上げですか?」
「ああ。コレで頼む。」

俺はクレジットカードを差し出した。
ダイナースのブラックカードだ。

「幾つか品切れのものもありまして…在庫のあるもので…38万4200円になりますが…」
「結構だ。ちょっと一人じゃもてないな。すまない。下に車を回すから、運ぶのを手伝ってもらえるかな?」
「は…はい。かしこまりました。あの…支払い回数は?」
「ダイナースのブラックは1回払いしか出来ないんだよ。」

おれがそう言って、財布をしまいその場を去ろうとすると、先ほどの男がまた話しかけてきた。
「あのさ…荷物、俺運ぶのやるからさ。写真…見せてくれないかな?急いでる?」

写真?この男が何を言ってるのかが、よく分からなかったが、とにかくこの場さえ立ち去れれば俺は構わない。聞けば、DVDの中にメンバーの写真が封入されているらしい。

「ああ。じゃあ、すまないがUDXの地下駐車場で待っている。電話をもらってもいいだろうか?」
俺は、肩書きの入っていない名刺を男に差し出した。携帯の番号が記載されてある。
「了解。じゃあ、後で。」
「助かるよ。」

俺は男にそう言って、その場を立ち去った。
本当に助かった。


あいつ等から逃げてきたのは、自信がないからだ。
興奮に満ちた顔を隠す自信が。

「おい、なんだ?SKEってのは?だいたい、アイドルグループなんてのは、可愛い顔して、下手糞な歌とダンスをして、ニコニコ笑って手を振ってるだけなんじゃないのか?それが、何であんな風に汗だくになって踊るんだ?何であんな風に、息が切れるまでやるんだ?せっかくのメイクも、セットした前髪も台無しじゃないか。」
そんな風にあいつ等に語る事を我慢できる自信がない。

「菅なな子っていったよな?司馬、お前が好きなのは。進藤先生は?金子栞?いや、ちょっと待て。お前ら、違うだろ?確かに、その二人は今日一日で覚えたよ。他にも…いや、しかしだな。お前ら、気づかなかったのか?あのオーラを。一人だけ、会場全体を包み込むようなオーラを放っていた子がいたろ?」
そんな風にあいつ等に言ったら「院長は分かってないんだから」なんて言い返されるんだろう。それに対し「そんなもんか?」なんて納得したような返事で済ませる自信がない。



携帯が鳴った。
大きなダンボールが乗った台車を押している男に声をかけた。

「お待たせしちゃって。」
「いや、わざわざ悪かったね。写真っていうのは、中から出してもらえたかな?」
「あ、俺が開封しちゃって申し訳ないんだけど…」
男の手の中には、袋に入った写真の束があった。
どうやら、メンバーの写真…ブロマイドみたいなものか…

「あのさ。俺茉夏推しなんだ。お兄さん、誰推し?」
「推し?ああ、好きなメンバーの事か。」

この男になら構わないだろう。
とにかく、今は誰かに打ち明けておきたい気分だ。

「松井玲奈…」
「玲奈ちゃんかぁ~厳しいトコだなぁ。」
「ん?厳しいとは?」
男が天を見上げた。
俺は男がなぜそうしたのか、全然わからない。
「いや、この中、茉夏の写真いっぱい入ってるからさ。お兄さんの推しメンの写真出すから交換してもらおうと思ったんだけど…玲奈ちゃんかあ…いや、俺も玲奈ちゃん好きで好きでさ~。」
「良かったら、ソレ全部持っていってもらって構わないが。」
「へ?持っていって…って?」
「ああ。俺はいらないから。全部貰ってくれって事なんだけど。」

「ええええ?いいの?マジで?いや…悪いなあ。」
「ここまで荷物運んでくれたしな。ああ、そうだ、じゃあ、一つ教えてくれないか。」


俺は男に礼を言って、荷物をダンボールごと今日乗ってきたメルセデスの後部座席に積み込んだ。
その中から、男が選んでくれた一枚を取り出す。

SKEではなくAKBのものだ。もっとも松井玲奈が松井玲奈らしく映ってるものを選んでくれ…俺の難題にしばらく悩んだ男が選んでくれた一枚だ。

リクエストアワー2013のブルーレイディスクをセットした。
男が教えてくれたとおり、15位のチャプターを選んで再生する。



見つけた。
今度こそ間違いない。間違えようがない。




俺が探していたのは、彼女だ。




 

14

「智也さん…どうすればいいですか?コレ…」
「ああ…プレゼント…だよな?玲奈への。」
「今まで花束とかのプレゼントは多くありますけど。さすがにコレは…それでレギュレーションでは総額1万円までって決まりもありますし。」
劇場支配人の芝智也が、腕組みをしたまま困惑の表情を浮かべていた。
名古屋・栄にあるSKE48劇場。
その楽屋からロビーが薔薇の花で埋め尽くされていた。

「しかも、珍しいですよね。玲奈ちゃん宛てに薔薇の花って。かすみ草ってのはよくありますけど」
「コレ…全部でいったい幾らくらいするもんなんだ?」
「ああ、ソレ、僕も気になったんで配達してきた業者に聞いたんですよ。なんでも、紫糸の薔薇って高いらしいですよ。まあ、100万じゃきかないって言ってました。」
「100万?いったい、どんな石油王だよ。まあ、仕方ない。送り主が匿名なら、返却のしようもないからな。今日はE公演だ。まあ、玲奈もさすがに喜ぶだろ。」

-------------------------------------------------------------------------------------

ぐっ…おえっ…
つぅぅぅぅ…

まただ…
最近、こんな風に痛みが急にくるようになってきた。
背中から腰…そして胸。

おかしいなあ。
こないだ、調子悪くなった時ちゃんと検査してもらったのに。
ただの疲労だって。そう先生言ってたし。
なのに、何でこんなに?


松井玲奈は、バッグから錠剤を取りだした。
残り少なくなった瓶の中から、3粒を手のひらに乗せた。
痛み止めの頓服だ。
手の上にある錠剤をじっと見つめて、しばらく考える。
玲奈は、更に2粒を手のひらに乗せた。
定量は1粒。効き目が弱くなってきたと思えば、2粒。
そして3粒…

もう5粒飲まないと効きそうにない。
水と一緒に喉に流し込む。

大きく深呼吸をして背伸びをする。

大丈夫…今日も、大丈夫。
私はステージに立てる。





「玲奈さん…大丈夫ですか?」
突然、声をかけられた。

ビックリした。
…いや、驚いてるのは、この子たちか…
見られちゃった…かな?

古畑奈和と宮前杏実が心配そうな顔で顔を覗き込んでいる。


「大丈夫、大丈夫。なんか、昨日飲み過ぎちゃったみたいでさあ。参った参った。歳はとりたくないよね~」
「玲奈さん…なな子に聞きました。ずっと…ずっと体調悪いんですよね?」
「なな子に?もう…嫌だなぁ。なな子って大袈裟だから。」
「玲奈さん。病院、行ってるんですよね?ちゃんと検査とかしてるんですよね?」

奈和…
最近、私を見る目が違う事は気付いていた。
意識してるって言うのかな?

心配をかけちゃいけない。

「検査?ちゃんとしてるよ。健康診断のデータ見せよっか?ちょっと貧血気味で、痩せすぎで、血圧低いし。でも、極めて健康だよ。大丈夫。お酒はほどほどにします~」




玲奈さん…お酒なんか飲まないのに。
絶対に、どこか身体におかしい所があるに違いない。
でも…玲奈さんがそう言うなら、私はそれ以上何も言えない…


「奈和が言えないなら、私が言う。いいね?」
「杏実…ちょ…ちょっと。玲奈さんが何もないって…」
「玲奈さん。お願いします。もう一回病院行ってください。休んでください。困るんです。最近の玲奈さん、スゴイです。いや、前からスゴイですけど。あーーーーーウマく言えないのが悔しい!でも…なんか、今にも壊れて…消えてしまいそうで…困るんです。玲奈さんに何かあったら…」

普段からはっきり物を言う性格のコだ。それが杏実の良い所。
でも、今日はちょっと違う。
口調は強いけど、どこか何か戸惑ってるような口調。

「ゴメンね。リーダー失格だね…みんなに心配かけちゃって。わかった。もう一回、ちゃんと診てもらってくるよ。だから、杏実。泣かないでよ。」

え?杏実が泣いてる?
古畑は、宮前の方を見た。



ボロボロ涙を流す顔がそこにあった。
こんな風に大泣きするのを見るのは、いつ以来だろう?



15

取材を受けるのは嫌いではない。
いや、むしろ俺は様々なメディアからの取材を、基本ウエルカムで引き受ける。
新聞は、日経から全国紙、地方紙…ちょっとしたコミュニティ紙まで取材に応じる。
もちろん、雑誌やインターネットもだ。
昨日は、女性週刊誌の特集にも応じた。
医療の話など皆無。好きなファッション、好きな女性のタイプ、好きな食事、デートに誘うなら…
そんなくだらない質問にも、笑顔で答えていく。

実際、くだらない話かもしれないが、それに答えることで俺の商品価値が上がるのであれば。
まったく苦にはならない。

今日の取材は、比較的…いや、かなり真面目な医療特集の取材だ。
俺が病院でやっている、ある取り組みにスポットライトを当てたい…そういうものだ。

大げさなライティングがセットされ、インタビューが始まった。

「都内の公園等で生活するホームレスを対象にした、定期的な健康診断と重篤患者への治療。社会的貢献を果たすというミッションを実現する…先生の意欲的な取り組みも、もう2年になりますね。」
「ええ。貧困に罪はありません。路上生活を余儀なくされた方の中には、健康問題で職を失い、そうなってしまったケースも少なくないと考えております。私どもは、普段お世話になっている地域への貢献、そして、何より命という最も大切なものを守るお手伝いを、微力ではありますが行わせて頂いてるだけです。」


ホームレスを連れてきて、健康診断を行う。
重篤患者への治療…

その言葉に何の嘘もない。

ただ、事実には、もっと奥の違う意味がある。
保険請求などしない。すべて、自由診療で患者には一切の請求を行わない。
身体の隅々まで調べ、そして、適切な対応を施す。

社会貢献…
その言葉にも嘘はない。

社会にとって何の価値もない、もはや人間と呼ぶことすら憚れる存在の奴らに、格段の価値を与えてやっているんだ。これは、立派な社会貢献といえるだろう。

命に貴賎はない。
命に値段などつけられない。

大きな間違いだ。

命の重さは違う。
命にこそ、適切な価格付けが存在する。

それを、自らの手で担うことが出来る…
そういう存在を「神」と呼ぶのなら、俺は間違いなく「神」だ。


16

「そうか…う~ん、そりゃ心配になるよなぁ。わかった。俺から、再度詳しく検査をするように、依頼しておくよ。日程が決まったら、また連絡する。すまないが…それまでは…」
「はい。すみません。なんか、弱いこと言っちゃって。大丈夫です、何とかやり過ごせますから。」

玲奈が芝智也に軽く頭を下げる。
芝の表情が一瞬曇った。

ったく、何が具合悪いだよ…
こないだもそう言って、全握欠席させてやったじゃねーかよ。
それでなくとも、珠理奈には無理させるなって、キツイお達しが出てるんだ。
玲奈、お前がいなきゃ、色々と回らないことが多いってこと、そろそろ自覚しろよ…

再検査?
そういや、こないだ受けた検査結果とかが来てたよな…
まだ見てなかったな。えっと…確か…
お、あったあった。この封筒だ。


芝が、鋏も使わずに乱暴に封筒を開けた。
「親展」の表示がある事などお構いなしだ。

なになに…
なんだよ、特に問題ないじゃないか。
要再検査?
そんなん、健康診断のお決まり文句みたいなもんだ。


芝が、その封筒をくしゃくしゃに丸める。
そのまま、ゴミ箱に乱暴に放り込んだ。


17

「どういう心境の変化だ?いったい、誰に狙いを定めた?」
「あ?どういう意味だ?」
司馬がこんな風に勿体ぶった言い方をするときは、何かしら魂胆がある時だ。
「お前のいつもの手口じゃないか。まあ、確かに百何万円分の花が匿名で届けば、運営も受け取るしかないわな。」
なんだ?
なんでばれてるんだ?
そりゃ、狙った獲物に近づくためには、幾つかの必勝法がある。
そんな事はいい。問題は、なぜ大量の花が届いた事を司馬が知っているかだ。

「ちょっとした話題になってるぜ?」
司馬がタブレットの画面を俺のほうに向ける。
劇場のロビーに飾られた薔薇の花の前、満面の笑顔で写真に収まるメンバーたちだ。
「こんな写真を誰が公開してるんだ?」
「誰って、そりゃメンバー自身さ。知らないのか、ブログとかぐぐたすとか。今は、アイドルも情報発信する時代なんだよ。」
「しかしなあ。合いも変わらず紫の薔薇か?で?言えよ。誰なんだよ?お前の事だから、どうせ高校生あたりのメンバーだろう?まさか、なんなんじゃないだろうな?あ?奈和か?まさか、なるちゃんとか言うなよ?さすがに中学生は引くぞ?」

まったく口の減らないオトコだ。
しかし、なぜだろう。無性に本音を話してしまいたい衝動に駆られてしまうのは。
カミングアウト…

「玲奈だよ。松井玲奈。」
「は?玲奈だ?マジで言ってるのか?お前、処女にしか興味ないんじゃないのか?」
「ああ。そうだよ。まさに、その通りじゃないか。」
「そうか…そりゃ、いつもいつもヤラれたって言ってるもんな。お前、ホントに女を見る目がないからな。やめとけ、玲奈は。ありゃ、実際のところは女豹だぜ?」
「いや、俺はそう思えなかった。あの、透明感はただごとじゃないぞ?」

司馬が応接のソファに深く腰を下ろした。
「透明感ね…まあ、確かにあの日の玲奈は凄かった。っていうか、最近、結構また評判がいいな。特にライブのステージでの評判がな。あ、そういや、進藤が何か言ってたなあ。」
「進藤先生が?」
「おい、何で俺の事は呼び捨てで、進藤の事は先生なんだよ?」
「いまさら、二人のときにお前の事、先生なんて呼べるかよ。で、進藤先生は何だって?」

「なんかな、どこか内臓に問題あるんじゃないかって言ってたな。ありゃ、透明感とかじゃない。病的な美貌だって。なんか、当たるんだよな。アイツの見立てって。伊達に救命救急の第一人者って評価とってないよな。」
「病的だと?しかし、あれだけの人気者だ。しっかりと健康管理体制だって取ってあるだろう?」
「そう思うか?」

そう言って司馬はほくそ笑んだような顔を俺に向けた。

「どういう意味だ?」
「いや、あそこな、メンバーの定期健康診断とか、診察とかを引き受けてる病院があるんだよ。」
「まあ、それくらいはあるだろうな。」
「そこさ、俺の後輩が跡を継いだ総合病院なんだよ。まあ、町医者に毛が生えた程度だけどな。」
「へえ。」
「へえ…じゃないよ。どうだ?玲奈に近づくきっかけくらいは掴めるかもしれないぜ?」

そういう意味か。
まったく抜け目のない男だ。

「お前の好きな子にも近づけるじゃないか。」
「それがな。残念ながら、俺の推しは健康そのものでな。」
「それで?幾ら欲しいんだ?」
「コレかな?」
司馬が指を1本出した。

「ったく。十分な給料払ってるじゃないか。」
「おいおい、裏の仕事の手当て分は入ってないぜ?」
「仕方ないな。源泉徴収なんてされない金がいいんだよな?」
「もちろん。」
俺は、キャビネットを空けて中の金庫のダイヤルを回す。
中には、現金の束があった。
奥から先日、秋元康から受け取ったダルマをひとつ取り出す。

「ほらよ。もってけ。」
「ちょ…ちょっと待てよ。1本って100万のつもりで言ったんだぜ?1000万かよ?」
「いいから持ってけって。」
「怖いなあ。代わりに何しろって言われるんだよ?」

俺は金庫を閉じながら司馬に言った。
「玲奈の健康診断のデータを持って来い。進藤先生の見立ては、俺も信用している。きっと何かを抱えてステージに上がってるんだろう。」
「なんだ、そんな事で1000万ももらっていいのか?」

司馬が不敵に微笑んだ。

「ああ。安いもんだ。頼むぞ。」

18

「すみません…どうしても起き上がれなくて…」
「わかった。今日はゆっくり休んでるんだぞ?後で様子を見にいかせるから。」
芝が忌々しそうな顔で電話を切った。
近くにいたスタッフを呼びつけ、乱暴な口調で指示を与えていく。

「ふぅ…」
芝が、大きなため息をついた。今日が珠理奈のいる全握で良かった。JR両方不在の全握なんて、考えただけでもぞっとする。
しかし…そういや、ずっと体調が悪いって言ってるなあ…
まあ、どうせ事務所の差し金だろう。SKEでは数少ない外部事務所所属の玲奈だ。なかなか扱いも難しい…


「嘘ついちゃったよ。いいのかなあ?」
「だって、そうでもしなきゃ。昨日だって、また倒れこんでたじゃないですか。私、もうそんな姿見るの辛くて…」
宮前がホテルの窓の外に広がる景色を眺めながら言った。
玲菜の顔をなかなか直視できないままだ。
最近そうだ。どうしても玲菜の顔をまともに見ることができない。
その澄んだ目の透明感が、病気による衰弱から来るものだと知っているからだ。

「はい…あ、ありがと。今、行くね。」
宮前がかかってきた携帯に答え、玲菜のほうを振り向く。
「玲奈さん、タクシー来ました。私も一緒に行きますね。今日、私握手会のメンバーじゃないし。」
「ありがと、杏実。なんかごめんね、心配ばっかかけちゃって。」
「いいんですよ。何言ってるんですか。」

宮前が辺りを警戒するように視線をめぐらせる。
日曜の朝、ホテルのロビーはそこそこの人手があった。
恐らく、これから都内の観光へ出かけていくのだろう。
ディズニーランドに向かう家族連れもいるだろう。ひょっとしたら、地方から握手会の為に遠征してきれる人が泊まってるかもしれない。


そんな中、まるでスパイのような大げさな変装を施した玲奈が、タクシーに滑り込むように乗り込んだ。




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「まったく、いちいち大げさなんだよな。お前は。」
「仕方ないだろ。一番早いのはコレんだし。」
司馬が呆れたように俺を見る。
まあ、顔は笑ってるから、いつものように仕方ないという程度にしか思っていないのだろう。

「今日、間違いなく来るんだな?」
「ああ。さっき連絡が入った。今朝一番でメンバーの宮前杏実から電話があって、玲奈をつれてくってさ。」
「わかった。じゃあな、行ってくる。」

俺は昨日から学会の発表で浜松にいた。
司馬も一緒だ。
そこへ突然連絡が入った。今から松井玲奈が診察を受けにくるという連絡だ。握手会を当日キャンセルしての受診だ。かなり深刻なのかもしれない。
「すぐに行くから…と伝えろ。1000万も握らせてるんだ。何とか理由をつけて俺が診察できるよう手配しとけよ?」
「抜かりはないよ。まあ、心配はいらん。昼行灯みたいなヤツだからさ。お前が行くだけで喜んで何でも言う事聞くだろうさ。」

俺は司馬に軽く手を振った。
すでにプロペラを回していたヘリに乗り込む。
40分もあれば、東京に戻れるだろう。


俺は妙な感情に包まれていた。
玲奈に近づく事が出来る…その高揚した気持ちと、どこか胸騒ぎのような感覚。
その感覚は、間違いなく医者としてのアンテナが受信しているものから来ている。

19

目の前に松井玲奈がいる。
ステージの上で見た、あの突き刺してくるようなオーラは無いが、今、俺の目の前に座っているのは、紛れもない。俺の心を一夜にして鷲掴みにしていった松井玲奈だ。

しかし、その時の俺には、その事実に興奮するような悠長な余裕はまったくなかった。

「松井玲奈さん。ここまで状況が進むまでには、間違いなく自覚症状があったはずです。気を失ってしまうほどの痛みや、うずくまって立ち上がれなくなる程の苦しみ。そんな事は一度や二度じゃないはずだ。」
ついつい言葉が荒くなってしまう。

獲物を前にした獣は、相手を油断させるために最初は優しく優しく接する。
俺はいつもそうしてきた。
しかし、今回はわけが違う。

「いいですか?痛みや苦しみもそうだが…いつ、取り返しのつかない状況に陥っても仕方のない状況です。心臓が破裂してからでは、遅いんですよ。」
そう言ってしまってから、俺はハンカチを握り締めた玲奈の手が小刻みに震えている事に気づいた。
いかん…いかん…俺としたことが…

「芝さん。あなたもあなただ。メンバーの体調管理はあなた方、管理職の仕事でしょう。なぜ、こうなる前にきちんとした対応をしていないんですか?それに…おい。お前だ!」
俺は、怒りの矛先を司馬の後輩という、病院長に向けた。
典型的な坊ちゃん院長だ。親の残した道筋だけをたどって医者になったような、乳母日傘で育った何も自分で決められないような男。

「おおかた、こちらの言うがままで指摘すべき事もしてなかったんだろうが。お前な、この胸の写真よーく見てみろ!それから、こっちの心電図のデータ!エコーの画像!もっとあるぞ?こんだけ教科書的なデータがあって、なんで事の重大さに気づかないんだ?」
「は…は…はぁい…わ…わたし…はあ」
坊ちゃまの口からは言葉らしいものが出てくることはなかった。

ここでこいつや、芝というオトコの責任を追い詰めても仕方ないのだが…


「あの…先生…私は、そんなに大変な病気なのでしょうか?はっきりおっしゃってください。」
玲奈がそう言って、俺をまっすぐに見つめた。
不安に小刻みに身体を震わせながらも、俺を見つめる目に怯えた様子はない。
その目に俺は、少し背筋に冷たいものが走ったような感覚を覚えた。

俺は何が何でも彼女を救わなくてはならない。

「玲奈さん。あなたの心臓には大きな疾患があります。いいですか?このレントゲン写真…あなたのものです。そうですね…こちらと見比べて頂けますか?」
俺は、もう一枚の写真をライティングデスクに掛けた。
玲奈が顔をしかめて二枚の写真を凝視する。

「あの…白い部分の大きさが違います。」
「そう、そのとおり。そして、心電図のデータやエコーの画像からも明確に診断できます。」
俺は玲奈の顔を見た。
先ほどよりも厳しい目で俺を見ている。

堪らない。
なんという、エクスタシーだ。
間違いない。今度こそ本物だ。
こんな鋭く、厳しい目を持った女が守ってきた純潔。
なんとしても彼女を救い、そして俺のものにしなくてはならない。

「拡張型心筋症という病気です。体質や遺伝…その他、ストレスや不規則な生活等による身体への無理が要因で起こるとされていますが、その全容は解明されていません。わかりやすく言うと、心室がどんどん肥大していき、心不全や不整脈を起こすといいう病気です。破裂する…という表現をさっき私は使いましたが、決して大げさな言い方ではないのです。すぐにでも、対処をしなくては命に関わります。」
俺の診断を聞いて、玲奈は取り乱すでもなく、目をつぶり大きくひとつため息をついただけだった。
逆に取り乱したのは、芝のほうだ。
「命に関わる?って、それは…本当ですか?先生、ちょっと大げさなんじゃ?確かに玲奈は、このところ体調不良が続いていました。しかし、ステージにも立っていましたし…」
「まだわからないんですか?あなたの、そのいい加減なマネジメントが、彼女をここまでの病状にしたんですよ?もう一切口を挟まないで頂きたい。この件は、私から秋元先生に報告をしておく。」

俺は芝を一喝した。
子犬が大型犬にひと吼えされた時のような顔になって、芝がおとなしくなった。

「先生。素人の浅はかな知識でお聞きします。拡張型心筋症って、ドラマとかで聞いたことがあります。小説も読みました。バチスタ手術とかいう方法の手術があるんですよね?」
「玲奈さん、よくご存知ですね。確かに、心筋の一部を切除し、肥大化をとめる手術は症状の進行を一時的に止めるためには有効な手法です。しかし…それだけで根治は不可能です。それに、バチスタは非常に難しい手術だ。国内でも切れる医者はほとんどいません。」
「先生…あなたこそが、その第一人者じゃありませんか。誰もが知る、ゴッドハンド。それが、あなただ。」
さっきまでうろたえていた坊ちゃまが、急に元気を取り戻したように言った。
やれやれ、俺はこいつにとって、憧れの存在であり、アイドルのようなものなのだろうな…
お前、それはお前の何の自慢にもならないぜ?


「先生。私は…助かるんでしょうか?」

おいおい。ますます堪らんぜ。
助かるんでしょうか?だと。ああ。もちろんさ。
何のために俺がいるんだよ?
その不安で潤んだ目が、そのうち俺への愛情と尊敬の眼差しに変わるんだ。
そして、それが愛へとな。
だから、どんなことをしても、玲奈。俺は君を助けるのさ。

「大丈夫だ。私に任せなさい。バチスタよりも、確実にあなたの命を救う方法がある。」
「本当ですか?」
「私は嘘といい加減な診断はしない事で知られているようだ。その私が言うんだ。安心していいです。」
「先生。お願いします。」
「わかりました。早速、私の病院へ入院する手はずを整えましょう。ご家族へ連絡をしていただけますね?」
「はい。では、早速。」

玲奈がバッグの中から携帯電話を取り出した。
俺は、看護師や坊ちゃんに移送の指示を出し、診察室からいったん退室する。

あたりに人目がないことを確認し、俺は携帯を取り出した。
司馬の番号を呼び出し電話をかける。

「俺だ。一大事だ。玲奈はDCMだったよ。」
「DCMだ?そりゃ一大事だ。そうなると…」
「ああ、すぐに移植しないと駄目だ。血液なんかのデータはすぐに本院に送っとく。至急、ドナーを当たってくれ。完璧に近いマッチングをするんだ。場合によっては…ジョーカーを切ってもかまわん。」
「おい、それはヤバくないか?それじゃなくても、最近進藤が燻しがってるからな。」
「いいんだ。とにかく、急いでくれ。」


わかった…
司馬の言葉を聞く前に、俺は電話を切った。

20

「やはり難しいか?ストックの中に適合者がいないなんて事は今までなかったよな?」
「ああ。特に心臓だからな。最低限OBAを一致させれば何とかなる他の臓器とは違うし。しかしなぁ、よりによってボンベイブラッドかよ。」

俺は司馬の持ってきたデータを見ながら文字通り頭を抱えていた。
ボンベイブラッド。
100万人に一人とも1000万人に一人とも言われる特殊血液型で、A型B型の遺伝子を持っていながらABO式ではO型と判断されてしまうものだ。
単純にO型の血液を輸血しただけで、拒否反応を起こしてしまう。臓器提供においては非常にマッチングが難しいとされる血液型だ。

「で?奥の手は?」
既に答えを持ってるはずの司馬に聞いた。
コイツの嫌なところであり、頼りになるところだ。
最後の切り札をしっかり持っていながら、いつも出し惜しみをする。

「あるさ。俺を何だと思ってるんだ?」
「じゃあ、言えよ。なんだよ。最近、やたら暗いぞ?お前。」
「うるせえな。お前にはわかんないよ。」
俺はわかっててそう聞いた。
司馬が暗い事のわけなんて知れたことだ。
ちょっと前までなら、俺にはまったく理解できない事だっただろう。
しかし、俺は好きなメンバーが卒業するくらいで、落ち込んだりしない。
むしろ、自らのものに出きるチャンスが増えたくらいにしか思わないだろう。


「コイツだよ。」
司馬が一枚の写真を差し出した。
詳細なデータが書き込まれたシートが添えられている。
「いるんじゃないか。で?所在はつかめてるんだろうな?」
「ああ。最近じゃオリンピックインフラの整備関係でホームレスもあちこち転々とさせられてるからな。なかなか居場所を把握するのが難しいが、こんな貴重な対象者はきちんと管理しとかないとな。」
「よし。じゃあ、早速、コイツを連れて来い。」
「しかしなあ。弱ってるヤツならともかく、ピンピンしてるんだぜ?どうやって引っ張ってくるんだ?」
「それを考えるのが、お前の仕事だろうが!」

煮え切らない司馬を俺は一喝した。
司馬に対し、声を荒らげた事などほとんどなかった。
しかし、今回は事情が違う。
何が何でも、彼女を救わなくてはならない。
彼女のためなんて、そんな正義感がどこにもない。
俺の欲望を満たすために、何が何でも。

「わかったよ。しかし、どうしたんだ?」
「どうしたって何がだよ?」
「目がマジだよ。お前のそんな顔、今までみたことないぜ?」

悪かったな。
マジなんだから、仕方ないだろう。

俺は、俺の信念に従うことに貪欲なだけだ。
命には、重さがある。
生きている価値のあるものと、そうではないものは選ばれるべきだ。
そもそも生きている価値の薄いものの命など、対した重さなどない。
生きている価値のある者に差し出してしかるべきなのだ。


21

こんなにのんびり出来るのは、いつ以来だろう?

病気の事を聞いて最初に感じた不安は、自分が死ぬかもしれないとか、助かる方法はあるのだろうか?といった事ではなかった。入院する事になって、一日中寝てて退屈じゃないのかな?って事だった。
普段は時間が経つのがあっという間。分刻みのスケジュール。お休みなんかほとんどない。それが、ここ数年当たり前だった。

でも、いざ入院してみると、結構暇を持てあますって風には感じなかった。贅を凝らした個室。パソコンやテレビモニター。豪華なAVシステムまで完備してあった。窓の外を見れば都心の景観が一望できる。

そんな病室の中で、玲奈はのんびりとした時間を過ごしていた。
ある意味「満喫」していたのかもしれない。
不思議と焦りはなかった。
仕事の事、仲間の事…色んな事が気にならなかった訳ではない。
しかし、もう一歩で死神の顎に咥えられるかの所まで来ていたという実感が、その事を覆いつくす程のインパクトを玲奈に与えていた。


「どーしたの?中見たいのかな?」
売店で買い物をしてきた玲奈が病室に戻ろうとすると、小さな女の子が部屋の中を覗き込もうとしていた。
出るときに、ドアを開けてきたままにしてしまったらしい。
中から、かけっぱなしのDVDの音が聞こえてくる。
あまり自分の出ているものは見ないのだが、今日はたまたま去年のリクエストアワーのDVDをかけていたんだった…

「う…う…ん。」
恐らくは小学校に上がる前くらいの年に見えた。
パジャマを着てるから、入院患者なのだろう。
小さなウサギのぬいぐるみを大事そうに両手で抱えている。

女の子は、玲菜の事を凝視するように見ていた。
玲奈は、女の子が身を固めてしまっている事に気づき、腰をかがめ目線を同じ高さにして、微笑みかけた。

「お名前聞いていいかな?私はね…」
「玲奈ちゃん!」
女の子が、玲奈を指差して玲奈の名前を呼んだ。

「あら。私の事知ってるの?」
玲奈は思わず、驚いたような顔になって女の子に聞いた。
うんうんうんうん…
女の子が何度も何度も首を縦に振る。
「わー。嬉しいなぁ。あなたのお名前は?」
「まな…つ。」
「え?まなつ?まなつちゃんって言うの?」

「すみません~。まなつ。ほら、お邪魔しちゃダメでしょ?すみません…松井玲奈さんですよね?すみません、この子…玲奈さんの大ファンでして…」
女の子の母親らしき女性が、慌てて玲奈に頭を下げた。
手には大きな花瓶を持っている。花の水を差し替えていたのだろう。


「いえ、そんな。とんでもないです。あの…よろしかったら、お入りになりませんか?」
「え?あの…お部屋に…ですか?あの。そんな…」
「いえ、ご迷惑じゃなかったら。実は、結構暇でして。それに…まなつちゃんっておっしゃるんですよね?カワイイお子さんですね。」
母親に手を引かれた、真夏という名の女の子がきょとんとして玲奈を見つめている。玲奈はその姿をほほえましく見ていた。
握手会でも、最近こんな風に親子連れで来てくれる人が増えていた。玲奈はそういう子に、事のほか優しく対応した。自分自身がアイドル大好きな女の子だったから。


「ね?まなつちゃん。おいで。玲奈ちゃんと一緒にお話しようよ。DVDも本もいろいろあるよ。」
「うん…ママ、いい?」
「はい。どうぞ。よろしければお母様も。実は、ケーキとかお菓子とかいっぱいあるんですよ。一人で食べきれずに困ってて。お茶淹れますんで、一緒に食べていただけたら嬉しいです。まなつちゃん、イチゴケーキ好き?」

玲奈がまなつの手を取って部屋の中に入っていった。



22

「え?なにこれ。すっごい~。これ集めてくれたんだ?」
玲奈の隣に座ったまなつが嬉しそうに笑顔で頷く。
小さな手で大切そうに1ページ1ページめくるアルバムには、びっしりと玲奈の生写真がストックされていた。

「この子、本当に玲奈さんが大好きで。大好きで。アニメの代わりにSKEのDVDをせがまれて、絵本の代わりに玲奈さんが出てる雑誌をねだられて…もう、お部屋じゅう玲奈さんだかけなんです。」
「ありがとうございます。なんか、嬉しいです。こんなに熱心に応援してくれてて…ありがとね。まなつちゃん。」

憧れの松井玲奈が隣にいる事にまだ実感がわかないのだろう。
まなつの顔には、まだ夢見てるような表情があった。

「でも…玲奈さん、大丈夫なんですか?過労で倒れたってニュースでは…この病棟に入院されてるって事は…」
「ごめんなさい。でも、大丈夫です。名医がきちんと診てくださってますので。それより…まなつちゃんの方が…まだ小さいですよね?」

まなつは、ずいぶん長くこの病院に入院していた。
偶然にも、玲奈と同じ拡張型心筋症であるとの事だ。
玲奈が聞いたとおり、この病気ではこの病院が国内最高峰だそうで、院長は世界有数の名医とされている。その評判を聞いて、この病院を頼って、九州から遥々やって着たとの事だ。

「そうだったんですか…でも、まなつちゃんも…あの、手術とかの予定はないんですか?この病院は、その辺りのマッチングがすごいって聞きましたけど?」
「玲奈さん、お詳しいんですね?」
「え?ああ…実は、私もまなつちゃんと同じ病気なんです。」

「そうなんですね…ええ。もちろん、この病院を選んだのは移植実績が豊富って事が一番です。でも…まなつは…」
「まなつね。OがたとかAがたとかがいっぱいあるの。だからね。いしょくができないんだって。」

玲奈がまなつの顔を驚いた表情でみた。
すぐその視線を母親に向ける。
母親は黙って頷いた。

「幸い、金銭的には問題はないんです。主人は九州で手広く事業を行っておりますし。ただ、娘はすごく稀な血液型でして…」
「ボンベイ・ブラッド…?」
玲奈がその単語を発したことで、母親は驚いたようだ。
「それもご存知なんですか?」


ご存知もなにも…
持っている病気も、血液型の特質も…
何もかもが同じだ。

こんな小さな身体で、同じ苦しみをこの子は背負っているんだ。
でも、先生は適応するドナーはすぐに見つかるとおっしゃっていた。

私が助かるなら。
この子も大丈夫に違いない。

23

「先生よぉ。俺、なんともないんだよ。痛いとか痒いとかさ。冬の寒空の中、段ボールいっちょで外で寝てても、風邪ひとつひかねえしさ。それなのに、そんな大そうな病気なのかい?」

年の頃は恐らく40代前なのだろうか。
入院にあたり入浴を済ませて小奇麗になっているが、顔中を覆った髭のせいで年齢がよくわからない。
男性としては非常に小柄な身体。身長は恐らく150cm程度だろう。


「いいですか?初期でよかったんですよ。すい臓がんというのは、普通見つかった時には手遅れになっているケースがほとんどなんです。そうなると手術も出来ず、ただ死んでいくのを待つしかなくなります。あなたは幸運だったんです。」
俺は、自分の事のように安堵の表情で男に語りかけた。
もちろん、柔らかな微笑みを浮かべたままだ。

「いやあ、先生は本当に神様みたいなお方だ。俺達みたいなホームレスの健康診断を定期的にしてくださってさ。それで、こんな風に病気になっちまったときにも、立派な病院で手術してくれるって言ってくれる。いいのかい?本当に、俺、金なんて一銭も持ってないぜ?」
「ええ。心配なさらないでください。お金なら、沢山持っている方からしっかり頂けばいいんです。命よりも重いものなんて何もありませんよ。」

そう俺は言った。
コイツらはそう言って、いつも俺を崇めたてる。
時には、手を合わせて拝むような者さえいる。

まあ、確かに、ある意味、俺は神みたいなものだからな。



俺は男の診察を終え、事務方に入院の指示を出した。
いったん院長室に入り、大きな鏡の前で身支度を整える。
10分以上かけて、頭の先から足先までチェックを入れて、白衣を新しいものに変えた。

「モノ」は手に入った。
最近では、もっとも難易度の高かったケースだが、こういう場合でもしっかり対応できるかどうかが、ポイントだ。あとは、ベストのタイミングでベストの手法でベストの執刀医が淡々と事を運べばいい。
簡単なことだ。

難しいのは「演出」だ。
ただ、玲奈の手術が成功するだけではダメだ。
医師としてでなく、一人の男として彼女にオブリゲーションを与えなくてはならない。だが、それも特に問題はないだろう。何しろ、人間にとって最も大事なモノを、俺は握っているのだから。


「入ってもいいかな?」
俺は玲奈の病室のドアを軽くノックした。
中から、明るく談笑する声と、軽やかな音楽が聞こえてきた。
ライブDVDでも見ているのだろうか?
歓声をバックにした「アンテナ」の曲だ。

どこかで誰かが待っているよ~
落し物拾うみたいに
どこかで誰かが待っているよ~
思いがけないどこかで~


「ずいぶん、楽しそうだね。」
「あ、ごめんなさい。騒ぎすぎですよね?まなつちゃん、ちょっと音小さくしようか?」
「おや、まなつちゃん。いつの間に玲奈お姉さんと仲良しになったのかな?」
「先生。わたしね、玲奈ちゃんとおんなじなんだって。ねえ、玲奈ちゃんが良くなるなら、わたしもきっとよくなれるよね?」

玲奈と同じ?この子、いったいどこまで知ってるんだ?
確かに、2人は偶然とはいえ、まったく同じ病状だ。
面倒な話にならなければいいが…
俺は、ほんの少しだけ心の中に靄がかかったような気がした。

「ああ。きっとよくなる。だいじょうぶだよ。先生がちゃんとまなつちゃんの事を治してあげるから。」
「しょうがっこう…いける?」
「もちろんさ。きっと行けるよ。ねえ、まなつちゃん。先生ね、これから玲奈お姉さんと大事なお話があるんだ。ちょっとの間だけ、自分のお部屋に戻っててもらえるかな?」
「うん。玲奈ちゃん。また後で遊んでくれる?」
「いいよ~先生とのお話が終わったら、お部屋に呼びにいくね。」
「やったー。じゃあ、ばいばい~」

ぱたぱたとスリッパの音を響かせて、真夏が部屋を出て行った。
俺はその姿を笑顔で見送り、そのままの優しい表情で玲奈の方を振り向いた。

「玲奈さん。手術の日程が決まったよ。今なら君の体調も安定している。問題なく移植手術を行う事が出来る。今日は、術式等の確認をしておこうと思って来たんだ。」
俺は玲奈のベッドの隣の椅子に腰を下ろした。

玲奈が俺をじっと見つめる。
この瞳だ。この射るような瞳の力強さが俺を虜にするんだ。
しかし、この視線が俺に救いを求めてくるようになる。

そうだ。君の難病を救うには、俺の力が必要なのだ。
俺のこの手無しには、君の命を紡ぐ事はできないのだから。
さあ…俺に屈するがいい。
俺の力への憧憬と敬意が愛へと変わる。
その瞬間を味合わせてもらおうではないか。


「拡張型心筋症のもっとも確実な治療法は、健康でマッチング性の高い心臓を移植することだ。しかし、実は最も難しい問題は手術そのものではないということだ。君は臓器移植法の事には詳しいかな?」
俺の質問に、玲奈が首を振った。
よしよし。それでいい。
下手に詳しくなると、いらぬ倫理観だ諸々の手続きだと余計な事に気を回し始めるヤツが多いんだ。

「この病院が、もっとも優れているのは、その移植にあたっての情報ネットワークが優れている事にある。心臓は、特にそこが難しくてね。なかなか適合する臓器を見つける事が出来ないんだ。しかも、君の身体には極めて珍しい性質があって…」
俺は、極力玲奈の不安が増すように話をしていった。
演技力が問われるシーンだ。

我ながら迫真の演技だな…
俺は、自分に酔っていた。
よく俳優が医療ドラマで優秀な外科医を演じているが、俺からしたら、あんなものは糞だ。圧倒的に迫力がない。俺に言わせたら、真の医療の闇を知らぬ人間にリアリティある演技などできっこないんだ。

「あの、先生。私に心臓を提供してくださる方って、どんな方だったんでしょうか?」
玲奈が憂いを帯びた目で聞いてきた。
良くある…実によくある質問だ。
だが、それを聞いていったいどうする?

当然ながら、臓器を受け取るという事は差し出した側の命が失われているという事だ。人間は欲深い生き物だ。しかし、同時に罪深い生き物でもある。自らの命が助かるのなら、そこに他人の犠牲があっても、それを受け入れる。だが、決して善人でいる事を手放そうとしない。喜べばいいのだ。他人がどうあっても関与しなければいいのだ。手放しで喜べばいい。「誰かは知らないが、よく私の為に死んでくれた」と。

それでも、必ず皆が聞く。
そして、その失われた命へのエクスキューズを満たそうとする。

「玲奈さん。気持ちはよくわかるが、それは答えられないんだ。そういう決まりでね。」
「そうですよね。いえ…あの。一つ聞いてもいいですか?」
「ああ。何でも聞いていいよ。それで君の不安が拭えるのなら。」
いい展開だ。
さあ、ぶちまけるがいい。
その不安な胸のうちを吐露するがいい。


「私の心臓に適合するって事は…まなつちゃんにも適合するって事ですよね?」

俺は、玲奈の言葉の意味を一瞬理解できなかった。
いったい、このオンナは何を言っているのだ?
今は、他人の心配よりも自分のことだろう?



24

「いいかい?玲奈さん。大人と子供とは話がちょっと違うんだ。考えてもごらん?身体の大きさが違えば、臓器の大きさも違う。今回のドナーはもちろん大人の方だ。小柄な体系ではあるが、そのまま、まなつちゃんの小さな身体に収めるには、とても難しい手術が必要になるんだ。でも、玲奈さん。君なら違う。体系的にも適合性的にも、きわめてリスクの低い移植が行えるんだ。」

俺は、玲奈の申し出に驚きを隠せなかった。
いや、驚きというよりも呆れた…といった方が正解かもしれない。
怒りの感情に近いとも言えるだろう。

自分の手術を後回しにして、他の患者を救ってほしい?
やすっぽいドラマでも、そんな事を言うヒロインなんているはずがない。
どだい、人間は愚かで身勝手だ。ましてや、自らの命がかかっている時に、そんな慈悲の心なんて持ち合わせていられるわけなど決してないのだ。

「そうですか…ごめんなさい。私みたいな何もわからない素人が…失礼な事を言ってしまいました…」
玲奈がそっと目を伏せた。

この子は…

どうやら、本心で真夏を救いたいと思っているようだ。
きゅっと結ばれた口元がそう言っている。
ハンカチを握り締め、小刻みに震える手がその気持ちを語っている。

俺は、そっと玲奈の肩に手を置いた。
一瞬玲奈が身体をびくっとさせ、顔を上げ俺を見る。
大きな瞳が潤んでいる。

堪らない…
今すぐにでも、その華奢な身体を折れるほど抱きしめたい。
意思の強そうな唇にむしゃぶりつきたい。
全身を激しく突き上げたい。
苦痛に歪む顔が、やがて快楽と享悦の表情に変わっていく。
痛みを絶える声が、エクスタシーを恥じる声に変わり、そしてエクスタシーに我を忘れていく…

俺は、白衣の舌で下半身を硬くして、その時の事を思った。

しかし、強烈な意思の力でその思いを沈める。
美味しいものは、あとに取っておくタイプだからな。俺は。


「玲奈さん…君の気持ちはよくわかった。わかった。今回のドナーの心臓は、真夏ちゃんに移植する事にしよう。」
俺は、玲奈の両肩に手を置き、そう言った。
「本当ですか?手術…できるんですか?」
「難しい手術になるだろう。しかし…全力を尽くすよ。真夏ちゃんのために。そして…君のために。」
「私のため?」

玲奈の頬に、一筋の涙が零れた。
俺は、そっと指先でその涙を拭う。

よし…シナリオ変更だ。
予定とは違うが、確かにこっちのほうがドラマチックだ。
早速、司馬に次の指示を出しておかなくては。
進藤の力も必要になるかもしれない。

「ああ。そうだよ。真夏ちゃんが救われれば君も嬉しいよね?そして、それは僕のためでもある。」
「先生…」
「君の笑顔が見れるなら…僕は、僕の持てる全てを出し尽くす事ができそうだ。」

俺は玲奈の頭に手をやって、そっと自分の胸元に引き寄せた。
そのまま抵抗することなく、玲奈は俺に身体を預けてくる。

まだだ…
まだ、今日はここまでだ。

最高の獲物は、最高に熟成させて、最高の状態で味わうのだ。


今は、まだ早い。





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病院の手術室にはナンバーが採番されている。
俺がメインで使う手術室は第一手術室だ。


この後すぐ、第一手術室では、万全の人員と設備環境の整った中でのオペが行われる事になる。
すでに、クランケは全身麻酔を施されて、室内へと入っている頃だろう。
ベテランの麻酔医によって、全身管理が行われ、7名の看護師もスタンバイしている。
それぞれ、機械出しや計器チェック、補助等のエキスパートばかりだ。

しかし、今日のオペはまず「ゼロ番」と呼ばれる手術室で始まった。
助手には司馬。
看護師と麻酔医。
必要最小限にも満たない人員だ。

ゼロ番で手術が行われる時は、いつもこの形だ。
もちろん、それにはちゃんと理由がある。



「では、始めるぞ。」

手術台の上にいる男は、今回の「ターゲット」だ。
もはや、この男は「人」ではない。

生きるべき価値のある人間に、その命を維持する為に必要な臓器を提供するためだけにここにいる「モノ」だ。

俺は、胸部から下腹部にかけ、メスを走らせた。
迷いの無い、鋭いメスだ。

手際よく、一切の躊躇を挟むことなく、ひとつひとつの臓器を切り離していく。

そのタイミングで、この手術台の上の男の命が失われたかになど興味はない。
もともと、生きている価値すらない男なのだから。


最後に心臓を取り出す。
俺は、その瞬間も一切の感情を乱すことなどない。

罪悪感?
そんなもの、とうに俺の中からは消えてしまっている。


25

「進藤先生。今日は、こないだみたいな事ないでしょうね?」
第一手術室を見下ろす、見学室には院内の手が空いているドクター全員が集まっているかのような混雑ぶりだ。
若手の医者が進藤の横で、様子をうかがっている。
先日の手術の際、すぐに司馬にバトンタッチをした所を目の当たりにして以来、事更に院長への不信感を口にするようになっていたヤツだ。

「まあ、見てろって。今日の手術は学会でもエライ注目を集めてるからな。」
進藤が見学室の奥に並んだ面々を見て言った。

東大教授をはじめとした、日本医学会を取り仕切る重鎮の顔ぶれがあった。
権威主義に凝り固まるアイツらにとって、この手術は決して歓迎するものではないだろう。
大人の心臓を子供に移植する。この試みが成功すれば、心臓移植に多いなセンセーションが巻き起こる事は間違いない。なら、その先鞭を業界の反逆児と烙印を押した男に成功される事は、彼らにとっては「屈辱」と言っても良いものである。

「では、これより心臓移植の手術を行う。レシピエントの確認を。」
俺はいつもと同じように、冷静に司馬に確認を求めた。
気負う事はない。いつも通りだ。

「深田真夏、女性。5歳。移植にあたって、レシピエントの血液体系の特異性を確認。H+遺伝子相違における、ボンベイブラッドです。ドナーにも同様の構成確認済みです。」
「オッケー。じゃあ、いくぞ。レシピエントの体力を考えて、この手術は時間との勝負だ。人工心肺の稼働は1時間半以内に押さえる。」

「1時間?無茶だ。幾らなんでも…心臓移植で時間を短くしたいのはわかるけど…普通は3時間から4時間はみないと…」
大御所達にざわめきが起きる。
若いドクター達にも不安の表情が浮かぶ。


しかし、そのある意味、手術の成功を願わない権威者達の期待も、若い医者達の不安も…
あっという間に一掃された。

見学室のモニターを見る彼らは、まるで上質のエンターテイメントを見てるかのような心酔の表情を浮かべていた。
目の前で起きている事…
これはマジック…いや、奇跡なのか?
人の手は、これほどまでに鮮やかに動くものなのか。

外科手術が、これほどまでに人の心を震わせる事が出来るのか…

進藤のモニターを見る目つきが厳しくなっていく。

そう。これは嫉妬だ。
同じ医者として、これほどまでに腕の差を見せつけられる事に、進藤は激しい嫉妬を覚えていた。


「よし…と。移植オッケイだ。サイズの問題は、これで大丈夫だな。」
俺は、大きく息をついた。
確かに骨が折れた。子供の小さな内臓に納めるには、大人の心臓は確かに大きい。そして、その大きさは送りだす血液量と血圧に大きな影響を及ぼす。子供の細い血管には大きな負担になるだろう。そこで、俺は心臓の機能に一定の制限がかかるよう処置を施した。これで、当面は問題ないはずだ。

あくまでも、当面は…だが。


「人口心肺、フローダウンします。」
「フローダウン、オッケイ。」
機械士と麻酔医が同時に頷く。
その場の全員が、パルスメーターに注目した。
緑の波形が、ピコンという音とともに綺麗な形を作る。

「よし。戻った。問題なしだな。」
俺の言葉に、その場にほっとした空気が漂う。
司馬の厳しい表情も緩んだ。

手術は成功した。
1時間27分。
これなら、クランケに与えた負担も最小限に押さえる事が出来ただろう。


次の瞬間、手術室内に違う種類の緊張が走った。
モニタースピーカーに荒々しいアラームが鳴り響く。

「どうした?」
ホットラインの受話器を取っていた看護師の表情が変わる。
第一手術でのオペ中にアラームが鳴る。
それは、俺にASAPで報告しなくてはならない事が起こったという事だ。

そんなケースはそう多くない。
俺は、すぐにその事態が何なのかを悟った。



「特別室の患者さん…松井玲奈さんの容態が、急変しました。」


26

「急変だと?司馬、どういう事だ?」
冷静を装うとしたが、俺の声は手術室中に響き渡る程の大きさになってしまっていた。
玲奈には手術前に会ってきたばかりだ。
経過検査の状況も、決して芳しくないとはいえ、今日明日にどうなるという兆候は全く見られなかった。

「院長。取り乱すなって。DCM(拡張型心筋症)ではよくある事じゃないか。お前らしくないぞ?」
人前では、馴れ馴れしい口調を絶対にしない司馬が、二人だけの時のような乱暴な口調で言った。
恐らく、相当俺は焦った顔をしていたのだろう。

そう。DCMはその名の通り、心臓がどんどん肥大化していく奇病だ。
心室の組織の厚さが、それに伴い薄くなっていく。やがては破裂してしまう病気だが、大抵はその前に心不全を起こしてしまい死に至るケースがほとんどだ。真夏のように、健康な心臓を移植出来るのが、一番の治療法だが、心臓生体間移植が出来ないのでドナー探しに困難を極める。ましてや、玲奈や真夏のように特殊な血液型の場合は尚更だ。だからこそ、俺は無理やりドナーを確保したのではなかったのか?

俺は策に溺れたのか?
やはり、玲奈の言う事など聞かず…
目の前のこの5歳の少女の事など見捨ててしまえば良かったのではないか?

「院長。まだこっちも手が離せないぞ?移植は終わったとはいえ、全身安定にはまだやらなきゃいけない事がてんこ盛りだ。」
「わかってる。そんな事はわかってるんだ!」

俺は迷った。
正直、このクランケには何の興味もない。
玲奈の心をひきつけるためだけの、ただの撒き餌にしか過ぎない。
玲奈がいなくなってしまうのなら、この子が死のうが生きようが俺には全然意味のない事だ。

急変という事は、即対応…恐らく取るべき手段は一つしかない。
しかし…この病院でそれが出来るのは、俺だけだ。
司馬にも…見学しているであろう進藤にも無理だ。

「院長。変わります。ココから縫合までは私にお任せください。」
手術着に着替えた進藤がいつの間にか、俺のすぐ隣に立っていた。
そうだ。進藤なら…この場は託せる。
進藤と司馬の二人なら、大丈夫だろう。

「だから、落ち着けって。ウチにはエースが二人もいるんだからさ。しかし、俺達は向こうには行けんぞ?」
「ああ。わかってる。後は頼んだぞ。」

俺は第一手術室を飛び出した。



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玲奈が運び込まれたのは、第三手術室だ。
救命救急でも使われるこの手術室は、第一と同レベルの設備を備えている。
スタッフもひと癖あるが、精鋭ぞろいだ。
やはり階上には手術を見学出来るスペースがある。

先ほどまで第一で見学していた、若いドクター達がほぼ全員こちらへと移動してきていた。
移植手術よりも、数段難易度の高い、恐らく国内ではめったに見られない手術がこれから行われる。
めったに無い機会だ。


「クランケの状態は?」
「極めて危険な状態です。心拍数微弱。血圧も25/50まで低下。」
「ショック状態寸前か。呼吸は?」
「自発呼吸は確保出来ていましたが、時間の問題かと。人工呼吸に切り替えて…12分が経過しています。」

先ほどまでの俺の取り乱し方はなんだったんだ?
俺は、自分でもおかしくなってきた。
目の前に置かれている危機的な状況に、俺はたまらなく興奮していた。
そのまま、激しく射精してしまうかと思うほどだ。
視界に入る松井玲奈の身体は、どこまでも白く、そして透き通っていた。
まさに、女神が死に瀕する瞬間の神々しいまでの美しさだ。

もう一度言う。
俺は、激しく興奮している。


「よし。術式の説明は省略だ。開いてみない事にはなんとも言えない。いいな?全員フットワークを軽くしてくれ。」
第一に集結させたスタッフが欲しい…
助手も麻酔医も機械出しも技師も…向こうに比べたら、一段落ちのスタッフだ。
しかし、そんな事は言ってられない。

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「おい。切開位置が随分違わないか?」
「ああ。何でまたあんな左胸乳房付近で?下手したら、そのままバチスタに移行だろ?普通なら胸の真ん中をもっと大きく開くはずだ。あれじゃ…まるで、スコープで腫瘍を除去するかのようなサイズだ。あれじゃ、中身を視診する事すら出来ないぞ?」

見学ルームがどよめいた。

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「思ったよりも深刻だな。肥大した心臓が肺を圧迫。大動脈をも塞ぎかけている。」
「院長…?見えるんですか?この切開口から?」
助手を務めている男は、普段進藤の下で働いている全身医(ジェネラリスト)だ。進藤が全幅の信頼を寄せる医者だが、正直まだまだ「神」の領域の腕を持ち合わせていない凡人だ。
俺の病院でメスを持つ為には、優秀な者以外にはその資格を与えていない。しかし、神にまでなる事を求めてはいない。それが許されるのは、本当に神に選ばれた者でなくてはならない。
そう、俺のように。


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「まずは、大動脈のルートを確保する。ステントを用意。血流を確保した後、肺を圧迫しているコイツを小さくするぞ。麻酔医。全身状態の報告を30秒に一回入れろ。」
「は…はい。わかりました。」
麻酔医の声に緊張が走る。
俺は、その緊張をほぐすようにマスク越しに笑顔を送った。

「人口心肺は?オンフローまで5分で出来ます…しかし…」
「しかし?どうした?」
「血液が…足りません。」

そうか…
想定外だった。
今日は真夏の手術が行われている。
子供とはいえ、人口心肺を使って行う移植手術には大量の輸血用血液が必要になる。
玲奈と真夏は、ボンベイブラッドだ。確保できている血液には限度がある。

「仕方ない。バチスタはオンビートでいく。」

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「オンビート?マジか?」
「おい、手が空いてるヤツ、全部呼んでこい。こんなオペ、めったに見れないぞ?」
見学ルームのざわめきが一層大きくなった。

通常、肥大した心臓の一部を切除し、肥大化を一時的に回避するバチスタ手術は、人口心肺を使用し心臓を止めて行う。心臓が鼓動したまま行う「オンビート」は極めて稀だ。もちろん、オペの難易度は高くなる。元々がリスクの高いものが、更に難しくなるのだ。


俺の頭の中は、極めて冷静だった。
先ほどまでの興奮はもちろん残っている。
身体は火照り、アドレナリンが次々に沸き起こってくる。

しかし、その半面、自分の感情が恐ろしいまでに冷静になっていくのを感じていた。
今まで、これほどの集中力を持てた事などない。

指先…5本、いや10本の指先全てに視覚が芽生えたような感覚。
恐らく今なら1ミリのスペースに20本の縫合を行う事すらたやすいだろう。



俺は、確信した。
松井玲奈の命。

俺は、それを手にし…そして救う事が出来る、と。




27

病院棟の屋上で、司馬と進藤は放心したように空を見上げていた。
澄み切った空に僅かに雲が残っている。キーンと身が引き締まるような冬の空だ。

司馬が手に持った煙草の灰がぽろっと崩れ落ち、膝の上に落ちた。
まだ手術着のままだ。それを見て、自分が煙草に火をつけていた事を思い出す。持っていた缶コーヒーの中に吸殻を落とした。

「なんかさ、自分の力の無さってヤツを思い知らされるよ。」
進藤が空を見上げたまま呟く。
隣で司馬が次の煙草を咥えても何も言わない。
俺の隣で吸うんじゃない…いつもなら即効で文句言ってくるのに…

「仕方ないさ。あんなモン見せられちゃ…な。」
司馬がジッポでマルボロに火を点け言う。
一応、慰めているつもりなのだろう。


あの壮絶なテクニックは外科医として、羨望のものではない。到底、人間が行える所業ではないと言ってもいい。瞬時の判断と、ほんの僅かの成功の可能性をさも当たり前のように実現してしまう技術。
模範になど決して出来ない。あれが、心臓外科医のスタンダードとされるとしたら…世界中からメッサーと呼ばれる人間は姿を消さなくてはならなくなる。


「お前はラッキーだよ。あんなオペを直接助手として目の当たりに出来たんだからな。」
司馬が煙を吐き出しながら言う。

進藤は司馬にではなく、空に向かって語りかけるようにして言葉を搾り出した。苛立ちというよりは、諦めのトーンが含まれている。
「助手?俺が?あの場で俺は助手ですらなかった。ただの機械出しをしてたに過ぎない。第一、あの僅か数センチの切開口の中で何が行われているのかすら、俺にはわからなかった。あの、僅かの隙間でステントを入れ不整脈を治し、バチスタまで行ってしまう…俺はは、彼こそ真のゴッドハンドと呼んできた…しかし…」

「ゴッドハンドか。安い言葉だけどな。」
「ああ。あの腕にそんな言葉は実に陳腐だ。あれは…例えて言うなら…死神だ。人の死を自在に掌ることが出来る。悪魔にだけ与えられた、魔力だ。」

司馬が立ち上がった。
煙草を床に叩きつけ、足で踏み消す。

「じゃあ、さしずめ俺達は、その悪魔に魅入られた屍ってとこか。」

進藤は答えなかった。
司馬の言葉に何も否定する所がなかったから。


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「玲奈さん。大丈夫ですか…なんて言える感じじゃないと思ってましたよ。ホント。」
ベッドを取り囲むようにして、見舞いに来たメンバーが立っている。
どの顔も安心した表情だ。すぐそばに立っていた古畑奈和は特に。
手術後暫く面会謝絶になっていたが、ようやく今日から面会が許可された。早速東京で仕事があったメンバーが集まったという訳だ。

玲奈はベッドの上で上半身を起こして、笑顔を見せていた。
無理をしているわけではない。バチスタ手術の後、経過は良好だった。決して完治したわけではないが、暫くは日常生活に差し障りがあるような状況には陥らないだろう。

「ねえ、紅白…準備は進んでる?」
玲奈が今、一番気になっている事を聞いた。
「玲奈さん。今は、身体の事を一番に考えてくださいよ。大丈夫です。しっかりと留守を守りますから。でも…ナゴヤドームまでには…絶対に帰ってきてくださいよ!」
高柳明音が明るい声で答えた。
周りのメンバーも笑顔で頷いている。
「わかった。ちゅりにそう言われると安心するな。でも…ちょっと寂しい気もするけど。」

暫くの間、談笑したあとメンバーは帰っていった。
玲奈はふっとため息をついて、大きく伸びをした。

不思議な感覚だ。
突然意識を失ったと思ったら、次に気がついた時はベッドの上だった。
目を覚ました時の、家族の安心した顔に強烈な印象を覚えた。
まるで生き返った人を見るような表情だった。

実際、そう思われてもいいような状況だった事を聞かせれた。
大手術が行われた事も。

しかし、玲奈にはその実感がまったくなかった。
胸元にある小さな傷跡。
その僅かな傷跡からは、そんな生死を分けるほどの大手術の痕跡は微塵も感じられない。







28

バチスタ手術。
テレビドラマや小説の影響で、さも拡張型心筋症の画期的治癒に貢献するものと思われがちであるが、実際はそうでなはい。
心臓が肥大化する事により、多臓器干渉、特に肺圧迫による呼吸不全や、心室膜が薄くなる事による血液循環不全、そして最も頻度の高い危機的状況としての心不全等を引き起こす。
根本的な治癒を果たすには心臓移植しかないのだが、ドナー確保が困難なため、クリティカルな状況を回避するのに、もっとも有効なのが心臓の一部を切除するバチスタという術式というだけだ。

そういう意味では、松井玲奈の今の状況は手放しで喜べるというものではない。しかも、一度は心不全を起こしてしまった心臓だ。一刻も早く対処を行わなくてはならない。


「見事だよ。もうお前を賞賛する言葉が俺には思いつかん。」
「なんだよ。気持ち悪いな。お前がそういう歯の浮くような言葉を吐く時が一番信用ならんのだよ。」
俺は司馬がいつものように軽口を叩いているものだと思って軽いトーンで言った。目線は手元の書類に目を落としたままだ。一応、病院のオーナーとして決裁を行わなくてはいけない事務仕事もこなさなくてはならない。

しばらくたっても、何の反応も返ってこない。
おや?変だな?
俺は、顔を上げて司馬の方を見た。
司馬はそのまま俺のデスクの前に立って、黙ってこっちを見ていた。
まるで、不始末を仕出かした部下が上司の叱責を待つような表情だ。

「どうした?」
俺は、書類に判を押す作業をやめ、司馬に聞いた。
「深田真夏の事だよ。」
「ん?どうした?状態に変化でもあったか?」
「いや、安定している。極めて順調って言ってもいい。」
「順調?なら、何でそんな微妙な顔をしてるんだよ?」
俺は、一応燻しがるような表情を浮かべてみた。
だが、司馬が俺の施した仕掛けに感づいている事はわかっている。
だからこそ、俺は司馬と悪魔の契約を結んでいるようなものなのだから。

「最初からそのつもりでか?そんなに松井玲奈が欲しいのか?」
「どういう意味だよ?」
「今回、お前は大きなリスクを取った。大人の心臓を子供の身体に移植すること。心不全を起こしたクランケにオンビートでバチスタを行ったこと。そして、どちらも大きなリターンを得た。難度の高い術式を成功させたという評価はもちろんそうだろう。しかし…」
「しかし?」

さすがは司馬だ。
俺の考えている事を全て読み取っている。
「しかし、お前が手にしたもっとも大きなもの。それは、松井玲奈の絶大な信頼だ。そうだろう?」
「そこまでわかってるなら、もうそれ以上言わんでもいいよ。」

「で?どれくらいもつんだ?深田真夏は。」
「そうだな…すぐって訳にはいかないからな。少なくても、いったんは回復して玲奈と談笑できるくらいになってから…だな。」
「それで…玉突きで、真夏の心臓を今度は玲奈にって寸法か。」
「どうした?まさか、真夏に憐憫の感情でもわいたか?お前、いくらロリコンってたって、あの子はまだ小学生にもなってないんだぜ?」
「馬鹿野郎。そんなんじゃねーよ。」
司馬が唾でも吐き出しそうな苦々しい表情になる。

「院長。金出して欲しいんだけどさ。あと、ちょっと長い休みも。」
「金?あと、休みだ?なんだよ、お前がバカンスとかいう柄か?」
「うるせーよ。」
何かを企んでいるんだろう。
少なくとも、リフレッシュする為に休みを取るようなメンタリティの音ではない。むしろ、人の身体を切り刻まないとストレスが溜まるタイプだ。
「幾ら欲しいんだ?」
「1億。」
金額を聞いても、俺は驚かなかった。
「表に出ない金でって事だな?」
俺が念を押すように聞いたが、司馬は黙ったままだ。
その通りって意味だろう。

「現ナマで1億ってなると運ぶこそすら大変だろう。あとで、お前の車まで運んでおくよ。トランクの中でいいな?」
「ああ。悪いな。」
「で?どこに行くんだ?」
聞かなくてもわかっていた。
聞いたところで俺がどうこう言う筋合いもないだろう。
しかし、なぜか聞いてみたくなったのだ。

「インドだよ。」
司馬は、そう言って俺に背を向けた。

29

「まなつちゃん…わかる?玲奈だよ?ね?」
ベッドの脇に座った玲奈が真夏の手を取り話しかける。
口元に呼吸器を当てた真夏が弱々しくも、しっかりとした笑顔を向ける。

術後2週間。順調な回復を見せていた真夏の症状は、徐々に悪くなっていった。
一時はベッドから起き上がり、以前のように玲奈の病室に遊びに行くようになっていたのだが、数日前から寝伏せってしまい、呼吸も苦しくなってしまっているようだ。もちろん食事もまともには摂れず、24時間点滴が繋がれたままになっている。

「玲奈さん。今日はその辺にしとくんだ。君もまだ術後間もないんだ。安静にしておかなくてはいけない…そう言ったはずだよね?」
病室に入り、俺は痛たましくも思えるその光景に沈痛な表情を浮かべて言った。
玲奈の顔が俺を見る。
慈愛に満ち、憂いを帯びた表情。
俺は、その表情を見てまた下半身が熱くなる思いがした。

「先生。真夏ちゃんは…手術は成功したんですよね?」
「ああ。もちろんさ。ただ…ただね。移植した心臓は、真夏ちゃんの体には大きすぎたんだ。真夏ちゃんは、まだ5歳だ。大きな心臓から送り出される血流は真夏ちゃんの細い血管を壊してしまう可能性がある。だから、私は手術で心臓の機能を制限して送り出す血液量をコントロールしようとしたんだが…」
「真夏ちゃんは?助かったんですよね?」
「全力は尽くした。あとは、真夏ちゃんの生きる力を信じよう。」

俺は、そう言って背中がむず痒くなるのを必死にこらえた。
生きる力?
そんなもの、ドラマの中での戯言だ。
患者の生死を左右するのは、その生命力でもなんでもない。医者の腕と力だ。

玲奈。
君は、まもなく絶望を知るんだ。
そして、その絶望が次に君に教えるのは、死の恐怖だ。
死の影に怯え、打ちひしがれ、そして、俺に縋るんだ。
そう、そして君は知るだろう。
目の前に立つ俺こそが、君をその死の淵から救いあげる事が出来る唯一の存在なのだと。

そして、君は俺に支配されるのだ。


「院長!院長、少々よろしいでしょうか?」
バタバタと慌ただしく一人の看護師が部屋に入ってきた。
「静かにしないか。今、回診中だぞ?」
お付きのドクターがそれを制そうとした。しかし、入ってきたのはベテランの看護師だ。
普段は沈着冷静な動きで俺たちを助けてくれている。
どうやら、よほどの事があったらしい。

「こちらが、院長です。」
看護師が二人の男に俺を紹介した。
刑事?
俺は一瞬でそう思った。
理由などない。直感だ。
そして、刑事が来るとしたら思い当る事は二つしかない。

「院長室でお話を聞きましょうか。」
俺は二人にそう声をかけた。
刑事はお互いの顔を一瞬だけ見合わせて無言で頷いた。

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出されたコーヒーを二人は渋い顔で口に運んだ。
苦い表情なのは、濃厚なエスプレッソのせいだけではなさそうだ。

「さて…お話を聞きましょう。」
俺がそう切り出すと、若い方の刑事が改めて内ポケットから身分証を取りだした。
それを確認して、俺はちょっとだけ驚いた。
所轄の刑事かと思いきや、本庁のバリバリの警察官僚だった。
年配の方も、それなりのキャリア官僚なのだろう。
そういえば、着こなしているスーツの生地がしっかりしている。
外の雨ににも関わらず、パンツのプレスがきちんときいているのは、恐らく黒塗りの車で移動しているからなのだろう。

「この方を…ご存じですね?」
差し出された写真に写っていたのは、原形をとどめないほど腫れあがった顔だった。
もう一枚には、着衣を全て剥がれ全身から出血している姿。
どちらも凄惨な私刑を受けた事が伺える酷いものだ。
そして、その男が息絶えている事も容易に理解できる。

「ええ。よく。」
こうなる事はある程度わかっていた。
もちろん、ヤツならそうならずに戻ってくる事が出来るかも…と期待してはいたが。


変わり果てた、司馬の姿を写し撮った写真をもう一度だけ見て、俺はそっと目を閉じた。





30

突然の来客というものは基本的に受けない事にしている。
俺に会いたいという人間は、患者だけじゃない。
金・名声・地位・権威…
俺が手にしたものの周りには、色んなヤツが群がってくる。
それ自体を否定している訳じゃない。
俺だって、弱い頃にはそんなものに纏わりついて来た。
弱い者が力を得るには、強い者の威光を借りるのが手っ取り早い。

しかし、さすがに今の俺には、弱いヤツらを相手にしてる暇というものがない。
時間を割いてもいいのは、自らに得をもたらす事が出来る場合に限られる。

だが、その日の突然の訪問者を俺は断る事なんて出来なかった。

浅黒い肌の男は、きちんとスーツを着こなしていた。
インド人は誰もが民族衣装を着て、頭にターバンを巻いている…
そんな風に思うとしたら、それはただの偏見だ。
実際、インドから海外に出ている人間は極めて優秀なヤツが多い。
アメリカのシリコンバレーなんか、研究者の多くをインド人が占めている。
インドは、今や世界に頭脳を輸出する極めて優れた国家なのだ。

男は、小さな女の子を連れていた。
やはり小奇麗なカッコをしている。日本の小学生低学年の子が着るような服を着ている。
だが、そのカッコがどことなくぎこちない。
男が一見して、高級と思われるスーツを違和感なく着こなしているのと明らかに違う。

近代化に伴い、インドでは古くからの階級制度が崩壊しつつあると言われている。
しかし、実際は「カースト」と呼ばれる身分差別は依然として残っており、数少ないとはいえ奴隷というものも存在する。奴隷は様々な苦境を強いられる。特に、その身分を生まれながらに得ていた者は、幼少期より奴隷として生きる術しかない。歪んだ性癖の大人達の慰み者とされる分にはまだ良かった。この少女も、今までどんな悲惨な境遇にあってきたのだろうか。

「シバサン、アノヒトハヤリスギマシタ。デスガ、ワタシタチモオニデハナイ。イタダイタブンノテイキョウハサセテイタダキマスヨ。」
男はそう言って笑った。
司馬が、インドでどんな交渉を行ったのかはわからない。
1億もあれば、奴隷の1人2人買い取る事は容易だっただろう。
しかし、特段の条件をつける場合にはその限りではない。
男は、さしずめ人身売買のブローカーといった所の存在なのだろう。
笑顔は浮かべているが、目が笑っていない。いや、むしろ殺気すら帯びている。
自分の利にならない相手なら、その場を立つ際に平気な顔で顔面に向かって銃口を向け、何ら感情を乱すことなく引き金を引くのだろう。

「提供する…か?その子が、我々の求めているものだと?」
「ソノトオリ。ココニ、データガアル。アナタガタガモトメテイル、ボンベイブラッドダ。シカシネ、イクラインドトイッテモ、ボンベイブラッドノシカモコドモナンテオオクハナイ。テイキョウデキルカハ、アナタシダイネ。」
「司馬にはその話をしなかったのか?」
「アノアトコハ、オレタチノコトヲシリスギタ。ヘイワニトリヒキヲスマセタカッタラ、ヨケイナジョウホウハモトメナイコトダ。」
男の口調が変わってきた。
友好的な雰囲気など、表面的なものだろう。

「何を求める?俺の持ってるものなど知れているぞ?」
「マズハ、カネダ。1オクはイタダイテイル。シカシ、それではトウテイタリナイ。アトツイカデ3オクイタダキタイ。」
まずは…という事は、他にも目的があるんだろう。
まあ、いい。
「5億出そう。で?他に要求は?」
「サスガ、ハナシガハヤイ。コレハトリヒキダ。アナタノモツ、ゾウキバイバイのネットワークニ、ワレワレヲクワエテイタダキタイ。」
「ふん…知り過ぎたのは、司馬じゃない。お前らのようだな。いいだろう。しかし、勘違いするなよ?お前らが特別という訳じゃない。中東・アフリカ・南米…幾らでも、既に構築したネットワークがあるんだ。条件は、こっちが主導する。いいな?」
「ツヨキダナ。イイダロウ。シカシ、ソクトウデ5オクカ。ヨホド、コノムスメノシンゾウガホシイラシイナ。」
「それも勘違いだ。正直、この子の心臓が必要な患者の生死には俺は全く興味はない。むしろ、ドナーなんて現れなくても良かったくらいだ。」
「??ナラ、ナゼソンナタイキンヲ?」
「司馬への香典代わりさ。」

俺は立ち上がった。
男が握手を求めてきたが、それを無視して部屋のドアを開く。


司馬…
まったくお前は、いつも余計な事をするヤツだった。
そして、いつもやり過ぎる。



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