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prologue


夏でなければ起きなかったかもしれない。夏は時々、何かを狂わせてみたりするのだから。                             



~山際淳司 「8月のカクテル光線」から



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inning1.


「ホントに辞めちゃうのか?後悔はしないんだな?」
梅雨入り直後特有の、細かく絶え間なく降り注ぐ雨の音が部室の屋根から響いてくる。よく聞きとれないな…石田晴香は顔をしかめた。普段はよく通る高橋みなみの声が聞こえないのは、雨音のせいだけではなかった。

「後悔?しない訳ないじゃないですか。ここまで私なりに頑張ってきたんだから。」
「なら、なんでこの時期なんだ?はるきゃんはまだ2年生だろ?今年ベンチに入れなかったって言ってもまだ1年あるじゃないか。」

あと1年か…
高橋の言う事は正論だ。実際、これまで石田の力は高く評価されてきていた。1年生の秋、新チームになった時、レギュラーにこそなれなかったものの1年生でベンチ入りを果たし、練習試合ではレギュラーチームの一員として試合にも頻繁に起用され好成績を残していた。小柄な体ながらシュアなバッティングと俊足は目を引くものがあった。
しかし、今年の夏の大会まであと1カ月を切った昨日、予選のベンチ入りメンバー候補40人の中に石田の名前はなかった。最終的に20名に絞り込まれる大会のベンチに入る可能性は事実上無くなったわけである。

「なんか…つまんなくなっちゃったんですよ。そりゃ、ウチが名門なのはわかりますよ。後援会だってOG会だって地元だって理事長だって…みんな勝つ事が一番だって思ってるのも分かります。でも、ダメでしょ。肝心のプレーしてる選手がつまんないとか思ってちゃ。」
「勝つ為にみんなが一体になって頑張る。それが野球ってスポーツじゃないのか?」
わかり切った事を言わせるなよ…そんな表情で高橋は言った。

「キャプテンの言う事は正論ですよ。正論。まったく間違ってません。」
「じゃあ…どうして?」
「私が異端児だから…なのかもしれないっすね。どうしても楽しく感じないんですよ。トップバッターは2ストライクまで相手ピッチャーの球筋を見極めて…塁に出たら2番がバントで送って …そんな教科書通りの野球がね。初球から打ったっていいじゃないですか。大体、プレーボール直後の一球目、甘くはいってくるピッチャーが多いって事は誰でもわかる事じゃないですか?バントで手堅く送ってわざわざ相手にアウト一つ差し上げるより、エンドラン使って上手くいけばノーアウト1・3塁にチャンスが広がるかもしれない。そっちのほうが面白いじゃん…そんな風に思っちゃうんですよ。」
「そういや、アンタは1番を打つ事が何度もあったもんね…」

石田が試合に出る時はその俊足を買われて1番バッターとして起用される事が常だった。最初はベンチの指示通り待球姿勢で打席に立った。しかし、ある試合で相手投手が初球、安易にストライクを取りに来るタイプの投手と見極めた石田はベンチの指示を無視して積極的に初球から打って行った。結果は5打数5安打。相手投手の大きなモーションを盗み、3盗塁もマークした。結果が出ればベンチもうるさくは言わないだろう…そう思っていた石田だったが、それ以降試合に出場する機会は巡って来なかった。

「とにかく、こんな風にチームの方針に不満を持ってちゃあのユニフォームを着る資格ないって事ですよ。」
石田は部室の壁に掛けられたユニフォームを見上げて言った。ニューヨークヤンキースのピンストライプを模したようなデザイン。左胸に刺繍されたエンブレムに高校球児なら誰もが憧れ、そして恐れを抱く。昨年の夏に続き今年のセンバツも制しこの夏も優勝候補最右翼の呼び声が高い秋葉学院高校の試合用ユニフォームだ。

「それに…こんな気持ちのまま目指すのは…」
石田が視線を高橋に戻してつぶやいた。
「甲子園に失礼だ。」
石田は立ち上がった。高橋もそれ以上言葉を発する事をしなかった。

inning2.



「痛っぇ…」
「こら、はるぅ。何度言ったらわかるんだ。ちゃんとミットの真ん中で捕るんだよ。横着して網の部分で捕ったりしてるから反動でミットが揺れる。だから手首痛めるんだよ。」
「は…はい。でも…宮崎さんの球…重いんすよ。回転が少なくてズトーンとくるから手のひらが痛くて…」
「それに、網で捕ると音だって良くない…ピッチャーってのは、ミットから響く音がいいと気持ちよく投げれるもんなんだよ。」
「すいません。もういっちょお願いします!」
島田晴香が宮崎美穂にボールを投げ返した。ミットを二つ手で叩いて構えに入る。
「よっしゃ。ラストな。」

小さなテイクバックから腕が振られる。アウトローに構えた島田のミットは少しも動く事なく宮崎の放ったボールを受け止めた。バシンと乾いた音がブルペンに響き渡った。

「お、最後にイイ球がいったな。」
宮崎がそう言って笑った。
「あの…宮崎さん…考えなおしたりは…?」
「あ?ああ、無いよ。もう決めたんだ。」
「もったいないっすよ。こんなイイ球持ってるのに…ウチのピッチャー陣の中でも、宮崎さんの球質は絶対ピカイチなのに…」
軽くキャッチボールを繰り返しながら島田が悔しそうに言う。宮崎は何かを悟ってしまったかのような笑顔を見せながらそのボールを受け取っては投げ返していた。
「お前はもっと欲を出さなきゃダメだよ。幾ら1年生だからっていつまでもブルペンキャッチャーやってるタマじゃないだろ、はるぅ。」

2年生の宮崎は入学早々からその素質を見出され、1年生の夏からベンチ入りを果たす程の逸材だった。上背はないものの恵まれた身体から繰り出される重い速球には定評があり、夏の予選では早くも当番機会を与えられた。甲子園ではベンチに入れなかったものの、秋の新チーム結成時には2番手の投手として11番の背番号を与えられてベンチに入った。誰もが次のエースは宮崎だ…そう思っていた。
しかし、1回戦、2回戦と格下の相手との試合で先発した宮崎は打ち込まれた。幸い試合には味方の大量点の援護で勝ちはしたものの、それを機にベンチの宮崎への信頼感は著しく低下した。中学から順風満帆なエリートとして野球生活を送っていた宮崎の挫折感は大きく、その後体調を崩した事もあり、地区代表として臨んだ秋の明治神宮大会ではベンチから外されてしまった。冬場の必死のトレーニングと肉体改造で春先には元通りの力を取り戻していたが、宮崎の名前は、春の大会でもそのごの練習試合でも、そして直後に控えた夏の大会のベンチ候補40名の中にも呼ばれる事は無かった。

「はるぅ…ウチみたいな大所帯の野球部ではな…」
「はい。」
キャッチボールを続ける二人の距離が徐々に縮まり、最後は宮崎が島田にボールを手渡す距離まで近づいた。
「何か一つでいい、アピールできるトコを見つける事だな。プレーだけじゃない。お前の場合はそのクソ大きな声と馬鹿みたいな元気…かな。」
「はい。」
島田は宮崎の前で気をつけの姿勢になった。名門校としては比較的上下関係がフランクな秋葉学院であったが、やはり先輩の前で緊張は崩せない。
「こんな部員が200人近くいる部でも、一度は絶対チャンスが来る。肝心なのは…わかるよな?」
宮崎が島田の背中を強く叩いた。

「先輩…野球は続けますよね?」
「そうだなぁ…まあ、あんなクソ暑い中ではもうやりたくないけどね。」

宮崎が背中を向け、右手を軽く振った。
バイバイ…軽くそう言うように。



inning3.



「なんだよな…一体。やっと採用のクチがあったと思ったら、こんなイナカの私立高の、しかも産休教員かよ…はあ…」
小倉駅で在来線に乗り換えて1時間。県境の川を渡って大分県に入ってすぐ列車は中津駅に到着した。駅前の寂れたロータリーには数台のタクシーが停まってるだけ。恐らくはデパートだったらしき建物のシャッターにはおびただしい数の落書きがある。随分長い間開けられる事もないままなのであろう。駅員に行き先の所在を確認すると30分程歩けば着くらしい。約束の時間にはまだ間がある。井上ヨシマサは自販機で缶コーヒーを買いのんびりと歩きだした。

「こりゃ…町が死んでるのか?」
幅の狭いアーケードに並ぶ店は3軒に1軒がシャッターを下ろしていた。空いている店にも客どころか店員の姿すら見えない。書店に並ぶ週刊誌が3年前のものであっても不思議には思わないんだろうな…井上はそう思った。

30分どころか15分もしないうちに目的地に到着した。どうやらイナカの人は歩くのも遅いらしい。通勤を急ぐ都会のサラリーマンなら10分かからずに辿りつく距離だろう。

井上は「学校法人 秋元学園 私立千城高校」と古めかしい看板が掲げられた校門をくぐり校内へと足を踏み入れた。どことなく草臥れた印象を受ける校舎だった。玄関前に植えられたフェニックスの樹木も一応綺麗に刈り込まれた植え込みもどことなく疲れた中年のように見える。そのまま中庭を抜けてグラウンドへと歩いてみた。校長との約束の時間までまだ1時間近くある。恐らく授業中なのだろう。しんと静まり返っている。しかし…外部の人間らしき人物がこんな風に校内をウロウロしてて誰も咎めにこないのか…やっぱイナカなんだな。のんびりしてるっていうか…前いた学校なら不審者扱いされて通報されても文句言えないトコだ。


井上は、元男子プロ野球選手だった。超一流のプレーヤーとはいえなかったが、投手以外どこでも守れるユーティリティプレーヤーとして重宝がられ、故障で10年間のプロ生活を終える時には所属していた広島カープからスコアラーとして球団に残らないかと打診された事もある。井上はその有難い申し出を丁重に断り独学で教員免許を取得し、高校野球の指導者を目指した。プロ経験者が高校野球の指導者になるためには一定の条件をクリアしなくてはならない。2年間の教員経験と文部科学省の定める試験に合格することなどである。井上は、就職環境の厳しい中臨時講師などで何とか在籍年数をクリアし、試験にも合格しようやく念願の指導者の資格を取った。

恩師でもある秋元康が自らが理事長として経営する秋元学園への就職を世話してくれたのは有難かった。秋元学園といえば、大学から幼稚園まで全国展開する学校網を持ち、最も有名なのは何度も甲子園を制覇している秋葉学院だ。井上は、一瞬秋葉学院への話かと期待したが、もちろんそんな甘い話はなく、紹介されたのは大分にある系列の高校の産休教員のクチだった。

そうだよな…そんな美味しい話はないよな。でもまあ、ここで実績を積めばいつかは秋葉で指揮を執るって道が無いわけじゃないしな。今までいたガッコでは、野球部があっても規程で指導する事が出来なかった。今度は監督として迎えられるんだ。弱い学校らしいけど、それはこの際文句を言わないようにしなくちゃ。やっと、念願の高校野球の監督になれるんだからさ。

狭いグラウンドをぼんやり眺めていると、校舎の中からパラパラと数人の女子生徒が出てきた。ジャージ姿だ。恐らく体育の授業なのだろう。グローブやバットを手にしている。
体育の授業でソフトボールでもやるのか…そんな風に思って井上はごろんと横になった。空を見上げる。やっぱイナカだわ。青空の色も違う気がする。しっかし…暑いなあ。そういや、九州はもう梅雨明けしたって言ってたっけ。夏なんだよな。もう。

inning4.



キィン!!!

甲高い金属音に井上は思わず身体を起こした。
ソフトボールを打つ音じゃない。この音は…硬球だ。硬式のボールを超々ジュラルミンの金属バットがとらえた音だ。

「抜けた~センター前!」
快音を放ったバッターが駆け出しながら声を上げる。
次の瞬間、井上は目を疑う光景を目の当たりにした。

セカンドを守っていた子が球足の速いゴロを難なく逆シングルで捌き、そのままベースカバーに入ったショートにグラブトスで送球する。ショートは一塁から走ってきたランナーのスライディングをさっとかわしジャンピングスローで一塁へとボールを送った。

「はい。4-6-3のゲッツー。固いね~相変わらず。」
ファーストを守っていた背の高い子が笑って声をかける。
「え~、打球弱かったよ~。ちょっと詰まってたでしょ?うっちー?」
「詰まってなんかないよ、会心の当たりだったよ。もうナマイキ。小森のくせに。」
「はい、アウトになったら交代だよ~」
「次、誰の番だっけ?紫帆里?」
「そうそう、私の番だよ。最近稼いでないからなぁ。ヒット一本100円だよね?」
「でも、三振なら100円払いだからね。」

なんだ?今のセカンドのグラブ捌きは。とても素人…いや、相当な高等技術だぞ?それに、ショートの送球も…ランナーのスライディングだって巧みだった。一体…これは…

キィーーーン!!!!

「いったあ~!」
「あ~ダメ~。ホームランは罰金500円だよ~ボール無くなっちゃうじゃん~」
「え~。んもぅ。またぁ?そのルールやめない?ホームラン打たれた方が払うってしないとさ~」
「いいけど、そしたら私、本気で投げるよ?」
「それも面白いんじゃない?」


なんだこいつら…今のピッチャーの球だって素人が投げるスピードじゃなかったぞ。そりゃまあ、140キロも出てるってモンじゃないけど…それを…幾ら狭いグラウンドたってフェンス越すほど飛ばすなんて…本当の球場でも優にスタンドインだ。
そうか、こいつらが野球部か。なんだ、弱小って聞いてたけど相当のモノじゃないか。こりゃ楽しみだ。

おっと約束の時間だ。暇つぶしのつもりが面白いモノが見れた。井上は一人小さな笑いを浮かべ腰を上げた。襟元のネクタイを締めつけた。

inning5.



「よく来てくださいましたね。こんな田舎まで。こちらに来る前は…確か兵庫でしたか?井上先生。」
校長室のソファも古めかしかった。姿勢を変えるとその度に革張りから象のようなニオイがしてくる気がした。重厚な額縁に入れられ壁に掛けられた秋元理事長の写真が大正時代の偉人の肖像画のように見えるのは、きっとこの部屋の空気のせいだろう。

「ええ。報徳学園という高校にいました。名門校ですが、資格がありませんでしたので野球部にはノータッチでしたが…」
「日本もいつまでもアマチュアとプロの諍いなどと言ってないで、もっと元プロ選手に指導者への門戸を広げるべきですよね。これでは、いつまでたってもプロとアマの交流なんて進みやしない。」
「まあ、高野連には今もプロは職業野球で汚い…ってイメージしかないんでしょう。彼らこそ、興業集団として営利団体並みの収益を上げているというのに。」
「とにかく、井上先生は晴れて指導者の資格を得たんです。これからは思う存分辣腕をふるっていただきたいですな。」

校長の後藤次利が柔らかな笑顔を見せる。かつては、やんちゃな采配で高校球界でも有名だった後藤だが今は片田舎の校長としてのんびりとした生活を送ってるとの事だった。

「とはいっても、ウチの野球部は存続すら危ぶまれてる弱小でしてね。」
「いえいえ、そんなご謙遜を…」
井上が言いかけた所で、校長室のドアをノックする音が聞こえた。
「そうそう、丁度主将を呼んでいましてな。紹介しようと思いまして。入りなさい。」
「失礼します。」

長いストレートの髪を少し明るく染めた少女が入ってきた。すらっとした長身だ。髪をまとめていないので妙に大人っぽく見える。神戸の三宮辺りを歩いてる都会的なルックスだった。ちょっと田舎で会うとは思えないタイプの子だ。

「井上先生、紹介します。こちらは…」
「はじめまして。菊地といいます。井上先生?新しい監督ですよね?」
少女がにこやかな表情を浮かべた。一見近寄りがたい鋭いナイフのような雰囲気を持っているように思えたが、口を開くと印象は一変する。天真爛漫な笑顔からはどこか憎めない悪戯っ子のようなイメージが伝わってくる。
「井上だ。ヨロシクな。君がキャプテンか。3年生?」
「いえ…」
井上の問いかけに菊地の表情が曇った。
「井上先生、わが校の野球部には3年生はいないんですよ。」
「っていうか、今、部員は私だけなんですけどね…」
菊地の意外な言葉に井上は驚いた。
「一人…?いや…さっきグラウンドで…」

後藤と菊地が顔を見合わせた。
「ご覧になっていたんですか…」
後藤の柔らかな表情がほんの僅かだけ崩れたように見えた。
「先生…ホサレ高って聞いた事あります?」
「ホサレ高?いや…どういう意味だ?」
菊地の質問に井上が首を横に振った。
「ウチの校名…千城高校…せんじょう高校の千の字。干って字に似てるでしょ?中津の特産品って何か知ってます?海苔ですよ。海苔。海苔っていうのは海草をは天日で干して商品になるんです。」
菊地は校長室から遠くを見やりながら呟いた。
「海苔…それでホサレなのか?」
「いえ。ホントの意味はそんなんじゃないですけどね…」

inning6.



「片山…お前には今日から1年生を見てもらいたい。」
アップの途中で呼び出された片山陽加は監督の戸賀崎智信にそう告げられていた。ベンチ入り候補の40名には選ばれていたが事実上の戦力外通告だ。3年生になって初めて回ってきたチャンスだった。片山は唇を噛みしめた。
「お前のここまでの頑張りには頭が下がる。本当に地道に良く頑張ってくれた。しかし…わかってくれ。ウチは来年以降も秋葉学院であり続けなくてはいけない。高橋、前田、大島、才加、板野、小嶋、宮澤…あいつ等が抜けた来年以降のチームの為に、お前の力を…」
「わかりました。」
片山はそう言って戸賀崎ににこっと笑ってみせた。

わかってる。レギュラーポジションはほぼ固まってる。今当落線上にあるのは、レギュラーに何かあった時や調子が悪い時に控えに入れる選手たちだ。私だって、いつでも彼女たちの代わりになる準備はしてきたし、与えられたポジションをこなす自信だってある。しかし…私は3年生だ。その経験が来年以降に活かされる事はない。ただの思い出にしかならない。

レギュラーを選ぶ場合、同じ力量を持った3年生と2年生がいたら選ばれるのは3年生だ。年功序列って意味じゃない。土壇場の勝負所…1点差で負けてる9回裏ツーアウト満塁。そこで逆点打を打つ為に必要なのは技術なんかじゃない。逆に同じ場面を1点リードで迎えたとする。そこに難しいバウンドのゴロが飛んできた。それを捌いて一塁に正確に送球する。それをする為に必要なのも技術なんかじゃない。経験だ。どれだけバットを振り、どれだけのノックを受けてきたか。その積み重ねが問われるのだ。だから、同じ力量ならレギュラーは3年生がいい。選りすぐられた精鋭達が質・量ともに桁外れの練習に励む秋葉学院伝統の考え方だ。

しかし…明らかに実力が上なら、学年関係無しに起用されるのがこれも名門校の宿命でもある。精神力はもちろん必要だ。しかし、それをも凌駕する力をもった選手が全国から集まってきている…それが秋葉学院だ。

「では、練習に戻らせて頂きます。」
片山は部室に戻り、練習用の真っ白なユニフォームの上着を脱いだ。紺のTシャツ姿になってストレッチを続けるチームメイトの輪の中に戻って行った。
「はーちゃん…」
副将の秋元才加が近寄ってきて声をかける。片山は無言で頷いた。
「1年シャツ組、集まって~!マシンセットとゲージ設置始めるよ!」
片山の大きな声に、1年生部員が集まってきた。40名の候補に入ってない部員は1年生だけでも70名以上いる。片山はテキパキと指示を与えていった。

inning7.




「はーちゃん、ほれ。」
全体練習を終えると、小林香菜が真っ白な鉢巻と襷を片山に手渡した。
「これ…」
「ん。今年の応援部長ははーちゃんに頼むわ。」
佐藤夏希が紺シャツの袖を肩口までまくりあげながら笑う。
「エールの切り方なんて一番カッコ良さそうだもんね。」
松原夏海が大太鼓のバチをくるくる振り回しながら佐藤の言葉に頷く。
「そうそう、あの牽制されて帰塁する時の高速ターンの切れの良さを活かしてね。
梅田彩佳や増田有華、佐藤亜美菜、松井咲子らも笑いながら片山を囲む。
みんな紺のシャツ姿の3年生だ。

秋葉学院には応援団が無い。全国金賞常連のブラスバンドと全校生徒の参加による応援風景は甲子園でもお馴染みの光景だが、それを指揮するのがベンチに入れなかった3年生部員によって結成された即席の応援部だ。毎年100名近くの新入部員を迎える秋葉学院の野球部も3年生になる頃には多い年でもその数が1/3に減っている。残った部員は最後までスタンドで選手と一緒になって戦うのだ。


両翼100メートル、センター125メートル、立派な観覧席も備えられた専用球場をカクテル光線が照らし始めた。ユニフォーム姿の部員は個人練習を続けている。Tシャツ姿の部員はそれを鼓舞するかのように大声で応援の練習を始めた。

まずはエールの交換の練習からだ。試合前と試合後、お互いの健闘を称えあういわば応援の儀式のようなものだ。団長の見せ場と言ってもいい。
「あきばぁ~がくぅいん~こおぉこぅのぉ~しょおぉおぅりぃいをいのぉってえ~…」
身体をのけぞらして声を上げる片山の声がかすれている。
「しょぉ~…り…を…」

それ以上は声にならなかった。悔しい…今までなんの為に…片山の脳裏にこれまでの苦しい練習の日々が走馬灯のように浮かび上がってきた。逃げ出したくなる夏合宿の灼熱のグラウンド、真冬の凍えるような寒さの中頭から湯気が出る程走り込んだ日々…一人、そしてまた一人とグラウンドを去って行った仲間の顔…

下級生達が顔を見合わせる。片山の背中が小刻みに震えていた。
小林と増田が横に立って背中をそっと支えた。何か言葉を発したわけではない。ただ黙ったまま片山の肩を抱き続けた。

ひたすらティーバッティングのバットを振りながら高橋みなみは心の中で叫び続けていた。ちゃんと聞こえてるよ、はーちゃん。大丈夫。声にならなくたって届いてる。
私たちは自分たちだけで戦うわけじゃない。その声が、思いが、祈りが全部私たちの力になるんだ。背番号が無くなって、グラウンドの上だろうがスタンドだろうが、みんな夏の主役なんだから。





inning8.




「おう、早いな。毎朝やってるのか?」
井上が声をかけた。まだ早朝の清々しさが残る時間だ。一人ジャージ姿の菊地がグラウンドにトンボをかけていた。決して広くないグラウンドだが一人で整備するには大変な作業になる。
「あ、先生。おはようございます。」
「いや…昨日グランド見てさ、野球部は事実上活動してないって聞いたのに随分綺麗に整備されてるんだなって思ったんだよ。一人じゃ大変だろ?」
「いや…他にやる事もないんで…」
「今日から放課後練習するぞ。」
「え?っていっても部員、ワタシ一人だし…」
「一人でも野球部には変わりないだろ?キャッチボールの相手くらいは出来るぞ。これでも一応野球でメシ食ってた人間だからな。」
菊地が戸惑った表情を浮かべた。
「俺じゃ不満か?」
「いえ…とんでもないです。ありがとうございます!」
菊地がトンボを持ったまま深く礼をした。グラウンドを取り囲む木々から蝉の鳴く声が響き始めた。夏だな…まったく蝉の声まで大きい気がするよ。

inning9.



「ったたっ…」
左手の人差し指の付け根に貼ったシップを外して動かしてみた。まだ痛みが残っている。全く鈍ったもんだな…井上は小さく笑ってため息をついた。
「井上先生、今日から二人…お願いしますね。」
校長の後藤が職員室に二人の生徒を伴って入ってきた。
「はい、昨日伺った子ですね。了解いたしました。よし、行こうか。」

千城高校は一応男女共学だが圧倒的に女子生徒の数が多い。井上の受け持つ2年D組は、クラス全員が女子のクラスだ。朝からとにかく騒がしい。夏休みまであと僅かという開放感がそうさせている事もあるが、とにかく賑やかだ。

「おーい、席につけー。って静かにしろ!おい、内田、仲川!教室の中を走りまわるんじゃねーよ。小森!椅子の上に立つなって何回言わせるんだ!」
「はーい。わかったよ~よっしー。」
まったく、女子高生っちゅうのは扱い辛いわ…まあ、ウザいとか言われるよりは渾名で呼んでくれるほうがまだマシなのか。
「今日は転校生を紹介するからな。宮崎、石田。入ってこい。」

「あれ~?みやお、それにはるきゃんまで。どーしたの?」
仲川が大きな声を上げた。
「まあ…ちょっと、色々ね。みんなと同じようなモンだよ。」
宮崎が軽く仲川の方に手を上げて答えた。
「きゃん、一人で来たの?嫁はどうした?」
「あの子は私と違って将来有望なんだよ。ちゃんと残ってガンバってる。暫くは単身赴任だよ。」
内田のからかうような言葉に石田が笑って答えた。

「とりあえず、席は2つ用意した。二人はそこに座ってくれ。」
井上が空いている机を指差した。

そうか…そういう事なんだな…宮崎も石田も、どこか諦めたような表情をしてる。赴任して1週間、内田や仲川達からも感じられた感覚だ。

千城高校が「ホサレ高」と呼ばれる理由がここにあった。秋葉学院の特待生として入学した彼女達は、退部する事でその居場所を失う。学校としては、退学者を出すより何とか高校を卒業する為の手段を確保しなくてはいけない。野球で人を集めて脱落者を切り捨てる…そんな評判が大きくなる事は学校経営上余り好ましいものではない。そこであてがわれたのが、この九州の田舎にある系列の私立高である千城高校だったのである。なかなか覚める事のない夢から無理やり現実に引き戻されるような何もないこのイナカの学校で残りの学生生活を送る…彼女たちのどこか寂しげな表情はそんな事実から生まれ出ているものなのだろう…「干された」子たちが集まる学校…いつからか、そう言われるようになっていたらしい。

それでも、イナカののんびりした環境が彼女たちを癒すのか、幸いささぐれたった雰囲気は彼女たちには無かった。むしろ、どこかで失った夢と折り合いをつけながら普通の高校生としての生活を楽しもう…そう努めているようにも見えた。

inning10.

inning10.


「しかし…全面禁煙はキツいよなぁ…」
井上は携灰皿を手に肺の奥深くまで吸い込んだ煙を一気に噴き出した。
昨日ようやく見つけた、こっそり煙草を吸える場所。美術準備室の雑然とした空気が井上には心地よく感じた。

がたん…

隣から聞こえてきた物音に井上は慌てて煙草を揉み消した。
美術室を授業で使う事は余りないはずだ…誰かいるのか?井上はそっと扉を開け中を覗き見た。一人の少女が作業台の上に置かれた木板を彫刻刀で一心不乱に彫り込んでいた。集中しすぎて手元にあった彫刻刀のセットが机の上から落ちたのに気付かなかったのだろう。

井上は、少女の横顔の迫力に思わず目を奪われた。整った綺麗な顔つきに透明な肌。長い亜麻色の髪を後ろで束ねている。下を向いた目だけが鋭く光っていた。手先が細かく動く。どうやら版画を彫っているようだ。3人…4人…輪になって抱き合い笑顔を浮かべる絵柄だ。その作品の完成度に井上は目を見張った。素人でもわかる。繊細だが力強い…きっと、この子は強い意志と優しい心を持った性格なのだろう。

「きゃっ。」
少女は不意に井上の存在に気付き小さく驚きの声を上げた。
「あ…すまない。覗き見するような真似をして。」
「いえ。ちょっとびっくりして。あの…先生?」
「ああ、1週間前に赴任してきたばかりだけどね。井上だ。2年D組の担任をしている。君は?」
「D組…ですか。すみません。仁藤といいます…」
「仁藤?仁藤萌乃か?お前、ウチのクラスじゃないか。全然授業出てこないじゃないか。いつもここにいたのか?なんだよ、家庭訪問でもしないといかんのかと思ってたよ。」
「ホントすみません。でも、ちゃんと学校には来てました。ワタシ、寮なんで、学校行けって追い出されるんですよ。」
「そうか…確かお前も秋葉からだったな。今日、宮崎と石田が転校してきたぞ。内田達が喜んで迎えてた。お前はアイツらとは仲が悪いのか?」
「いえ…そんな事はないですよ。ただ…」

コイツは…ちょっと他のヤツらとは目が違うな…諦めたような目じゃない。ただ、何をどうすればいいのかがわからずにいるって感じか?この版画にもそれが出てる。そうか…ひょっとしたら…

「なあ、仁藤。お前、キャッチャー出来るか?」
「え?あ…はい。一応ポジションはキャッチャーでした。」
「そうか。そりゃ丁度良かった。見てくれよ、この指。」
「あらら…腫れ上がっちゃってますね。」
「ちょっと菊地の球受けてやってくれないか?俺の手には負えんのだよ。」
「え?先生って元プロでしょ?」
「ほう、良く知ってるんだな?」
「あ…それは…そうで…」
「じゃあ、待ってるぞ。」
「いや…まだ行くとは…」

井上は仁藤のあいまいな返事に笑顔だけを返して美術室を後にした。
どうやら、それぞれ色んな事情でここに来る事になったみたいだな…
井上は職員室に戻り、パソコンを立ち上げた。路線検索で東京への行き方を調べる。結構高ぇなぁ…飛行機は無いな…高速バス…いや新幹線にするか。それからっと…
携帯を取り出しメールを打つ。と…が…さ…あったあった。まだアイツ、アドレス替えてないだろうな?
「急ですまない。この土日時間空けてくれないか?」
すぐに返事が返ってきた。
「大丈夫ですよ。でも、今大分ですよね?先輩。東京来るんですか?」
よし…それじゃ…
井上は生徒一覧フォルダから秋葉学院からの受け入れ生徒の情報を取り出し始めた。

2年生
石田晴香、宮崎美穂、内田真由美、小森美果、鈴木紫帆里、
仁藤萌乃、仲川遥香、野中美郷、仲俣汐里


inning11.



「しっかし…また一段と設備投資したんじゃないの?えらい立派な建物に案内されたなって思ったら野球部の合宿所とはね…しかも、監督室なんて…ウチの校長室より遥かに立派だよ。」
「いや、その分プレシャーがキツいんですよ。特に予選直前になってくると何かと外野もうるさくって。
戸賀崎は真新しいソファに身を沈め、出されたアイスコーヒーにガムシロップとミルクを二つづつ入れて一気に飲み干した。
「相変わらずだな。そんな飲み方してちゃ痩せる気はないって事か。」
井上が冷やかすように笑った。
「そんな事言わないでくださいよ。これでも色々と気遣いしてて身が細る思いなんですから。先輩ならわかるでしょ?」
「そうだな。もうベンチ入りは発表してるんだろ?」
「ええ。まあ、それ以来煩いのなんのって。なんで誰々が入ってないんだ。なんでこの子が何番付けてるんだって…」
「名門校は後援会とか父兄とかうるせーもんな。金も出すけど口も出すってな。」
「まあ、選手からそういう声が上がってないのは救いですけどね。」
「おい、本当にそんな風に思ってるのか?」
井上はちょっと真顔になって戸賀崎を睨んだ。戸賀崎が肩を竦める仕草をする。
「話っていうのはその事ですよね?宮崎と石田…」
「二人だけじゃないぞ。2年生で9人いる。3年生も7人。もっとも、この7人で今残ってるのは誰もいないけどな。」
「え?浦野は?大堀や野呂…佐藤なんかは?」
「みんな退学してたよ。それぞれ地元に帰っていったそうだ。」
「そうでしたか…知らなかった。」
「落ちこぼれは田舎に追いやって、後は知らねって事か?ちょっとひどくないか?今いる2年生だっていずれはそうなるかもな。あいつ等のなんか世を捨てたような目は見てられん。とても高校生の若さに満ち溢れた顔つきじゃないからな。」

井上が持参したファイルを机の上に広げた。
「だから、俺はあいつ等を何とかしたいと思ってる。いや…野球を無理にやらせようって事じゃないんだ。なぜ、あいつ等がここを追われ…いや、自ら去ったのかもしれない…妙に訳知り顔になったのかを知りたいんだ。」

「ヨシマサ、その話は私からしようか。」
監督室のドアが開いた。黒ぶちの眼鏡の男がのっそりと姿を現した。
「秋元先生。お久しぶりです。」
井上がソファから立ち上がった。秋元の差し出した右手を両手で握り返した。
まだ、千城高校への就職の礼をちゃんと言ってなかった事を思い出した。
「安心したよ。ヨシマサがまだ熱いままでいてくれて。さすがだな。」
「いえ…先生からそんな風に言われると背中が痒いですよ。」
「本心だよ。さて…本題に入ろうか…実はこっちから会いに行こうと思ってたんだ。宮崎と石田が行く事になったのを機にね。ただ、申し訳ない、さすがに今の時期は忙しくてね…」

秋元がファイルを捲りながら話し始めた。
「長い話になるが…構わないかな?」

inning12.



「ねえ。キャッチボールだけじゃ飽きてきたでしょ?」
菊地が仁藤が山なりに投げ返したボールを捕りながら舌を出して笑った。
「ん?ああ…アンタ、ピッチャーなんだっけ?そうだね…せっかく丁寧に手入れされたマウンドもあるんだし。いいよ、受けたげる。」
仁藤が答えた。

半ば無理やりに駆り出されたっていうのに、なんでワタシは日曜まで付きあってるんだ?しかも、早起きしてグラウンド整備まで。だいたい、練習もロクにしてないのに、こんなキチンと整備しなくたっていいだろうに…

ブツブツと独り言を言いながら仁藤はホームベースの後ろに立った。菊地が嬉しそうにマウンドの上に立つ。この子って本当に野球が好きなんだろうなぁ…あ、それは私も同じだったはずだよな。私もあんな風に笑ってたのかな?

「ちょっと待って。ミットある?あと…プロテクターとかレガースとか…あ、マスクもあった方がいいかな?」
座って構えようとした仁藤が思い出したように菊地に声をかけた。ふと、井上の腫れあがった左指を思い出したのだ。仮にも元プロ野球選手の井上だ。幾らブランクがあるとはいえ、少しはまともな球を投げるんだろう。仁藤のキャッチャーとしての本能がそう言っていた。
「部室にあるよ。ちゃんと手入れはしてあるから。」
「わかった。ちょっと待ってて。」

仁藤は部室に入った。きちんと整頓された清潔な部室だった。棚も扉もボロボロだったが、ヘルメットやバット、ミットなどはどれもきちんと手入れされ整然と並べられていた。これも、全部あの子が?仁藤は棚にあったユニフォームを見つけた。クリーニングの袋に入っている。真っ白な生地の左胸に漢字で校名が刺繍されている。シンプルだがバランスのいいデザインの試合用ユニフォームだ。

「ごめん、お待たせ。」
「あれ?へー。似あうじゃん。着替えたんだ?」
「ああ、勝手に借りちゃった。後で洗って返すから。」
試合用のユニフォームに着替えプロテクターを付けた仁藤がホームベースの後ろに座った。
「って事は…本気で投げていいってことかな?」
「もちろん。」
仁藤が右手で軽くミットを叩いた。

菊地が頷いた。笑顔が消える。
両手を大きく振りかぶった。ダイナミックなワインドアップだ。長身の菊地の身体が一層大きく感じる。右足を胸元まで抱きかかえるように上げる。メジャーリーガー最高の投手と言われたノーラン・ライアンのようなフォームだ。しなやかな右腕が大きくしなる…

糸を引くようなストレートが仁藤のミットに音を立てて収まった。仁藤はそのミットを暫く動かさないままにした。いや…動かせなかった。
「もう一球。今度はコーナーに。」
ボールを菊地に投げ返し、右膝の前でミットを構えた。右バッターのアウトコース低目。菊地がにこっと笑って振りかぶった。

バシーン!!!!

仁藤のミットは寸分も動く事なく菊地の放った球を受け取った。
全然スピードが落ちてない…いや、むしろさっきより回転といい、キレといい、今度の方が数段上だ。コントロールするのに押さえた球なんかじゃない。それに…フォームのせいか球の出所が見えづらい。恐らくバッターボックスで見るともっとくせ球に見えるはずだ。
本物だ…本物のピッチャーだ。私は秋葉学院のブルペンで1年の頃から色んな投手の球を捕ってきた。今年のエース…剛腕才加って言われてる秋元さんの球も、抑えの切り札の倉持明日香さんのくせ球も…去年の全国優勝投手…あの…篠田麻里子さんの球も。
この子のストレートはそんな錚々たるメンバーのものと比べても全然引けをとらない…なんで、こんな活動もしていない野球部にこんな子が?

inning13.



「さっすがだね。投げてて凄く安心できる。構えに安定感があるっていうのかな?おかげで、久しぶりに気持ち良かった~」
菊地が興奮したような笑顔を見せる。
「アンタこそ…一体何者なの?」
「やだなぁ。そんなバケモノ見るような目線で見ないでよぉ。」
「いや…ごめん。つい」
「ありがと。ね、仁藤さん今日これから暇?」
「うん。特にっていうか、いつも暇。あ、萌乃って呼んでくれていいよ。」
「じゃあ、ちょっとおしゃべりしようよ。ガストでも行こ?今日のお礼に何かおごるからさ。あ、私の事はあやりんって呼んでね。みんなそう呼んでるから。」
「あ…あやりん?ちょ…なんか恥ずかしいなぁ。りん…ねぇ…」
「いいじゃん、もう私たち友達でしょ?」

友達…か。
仁藤はテーブルの上に置かれたオレンジジュースのグラスをぼんやりと眺めていた。さっきから取り留めのない話をする菊地の声が妙に心地よかった。なんか、久しぶりにリラックス出来ているような気がする。この子の笑顔って何か不思議。言ってる事、実はすっごいくだんないんだけど許せちゃう。っていうか、なんか笑えてくる。

「ね。萌乃って怖い人だって思ってた。そういう噂だったし。」
「え?そんな噂あるの?」
「うん。なんか、前の学校で大立ち回りしちゃって、それでウチに転校してきたんだって。」
「え~、そんな風に思われてたの?酷いなぁ。」
仁藤が軽く頬を膨らませた。
「あ…ごめん。怒った?怒ったよね?ゴメンねゴメンね。ホント。あ~また、やっちゃったよ…私、すぐ余計な事言っちゃうんだよね…いつも言われるんだ。だから菊地は馬鹿なんだって…」
真面目な顔で頭を抱える菊地を見て仁藤は思わず吹き出した。
「あははは。おっかしー。あやりんってホント面白い。怒ってなんかないって。」
「ホント?ホントに怒ってない?」
「怒ってないって。」
「良かったぁ~…あ、やっとあやりんって呼んでくれたね。」
「ホントだ。」
二人はジュースのストローを咥えて笑い転げた。

「でもね…その噂…ホントだよ。」
仁藤がぽつりとつぶやくように言った。
「え?」
「大立ち回りしたって噂。」
仁藤が頭の隅っこに追いやっていた記憶を呼び出すかのように話を始めた。


inning14.



秋葉学院に入った事は自分の中では自然な流れだった。やるからには最高の環境で、最高のレベルの選手たちと競い合いたい。そうする事で自分はもっともっと成長出来る、そう思ったからだ。
実際に門をくぐって見ると、想像した通りの部分とそうじゃない部分とが見えてきた。確かに環境は最高だった。立派なグラウンド、充実したトレーニング施設。寮も完備され24時間野球の事を考えていられる環境。まさに仁藤が臨んだそのものだった。
しかし、100名を超える同期の新入部員の多くは、名門秋葉学院の一員となった事だけで満足しているように見える者が多かった。私はそんな奴等とは違うんだ…そんな風に思っていた。実際、監督やコーチに見出されるのは早かった。入学して1か月も経たないうちにTシャツ組からユニフォーム組に昇格しブルペンで先輩達の球を受けるようになった。

キャッチャーとして一番楽しいのは活きてる球を受けている時だ。自分の相棒である投手の持ち味や性格、調子の状態…会話をするより実際にボールを受ける事で知る事が出来る。仁藤はそう思っていた。

夏の大会を前に、エースの篠田は調子を落としていた。春のセンバツでまさかの1回戦負けを喫したチームの大黒柱はなかなか調子を取り戻せずにもがいていたのだ。
「篠田さん、腕が下がって出てます。ほんの少しですけど。だからストレートがシュート回転して入ってくるんだと思います。」
ある日、仁藤は篠田にそう言った。状態のいい時の篠田のフォームを何度も何度もビデオでチェックしながら、毎日実際にボールを受けてる仁藤だから気がついた篠田のほんの僅かの変化だった。

ほんの僅かの狂いだ。篠田さんなら簡単に調整できるはずだ…そう仁藤は思っていた。しかし、篠田から返ってきた言葉は篠田の想像とは全く違うものだった。

「あ?なに一年坊がわかったような口きいてんだよ?お前、名前なんてんだ?」
「え…あ…仁藤って言いますけど。」
「けどじゃねーよ。おい、たかみな呼んでこいよ。1年にどんな教育してんだよ。口のきき方から教えとけって言ったじゃねーか。」
「あの…篠田さん、キャッチャーから見たら…」
「うっせーんだよ。あ?キャッチャーだ?何のぼせてんだ?ちょっとTシャツ組から上がってきていい気になってんのか?お前らはただの壁なんだよ。壁。キャッチャーなんて、一人前になったつもりでいんのか?」
「壁?壁って言いました?今。」
「ああ、言ったよ。おい、もうお前いいよ。壁は壁らしく黙って球捕ってりゃいいんだよ。消えな。違うヤツ座らせるから。」

仁藤は篠田の頬を拳で殴りつけた。それは責められても仕方のない事だ。理由はどうであれ、暴力をふるった事は許される事ではない。しかし、幾ら先輩とはいえ篠田の言葉はどうしても許せなかった。先輩でも後輩でもない。一人の野球人として。しかし、その思いは空まわりする事になった。仁藤は部内で完全に孤立した。もちろん経緯を知った同級生や指導係の2年生の高橋は何度も慰めてくれた。しかし、仁藤は再びTシャツ組へ降格させられ、篠田達が卒業した後になってもレギュラーどころか、ブルペンにすら声がかからなくなった。


「そっか…そうだったんだね。でも、萌乃らしい。殴っちゃうなんてさ。後先考えないその性格、ワタシは好きだけどね。」

菊地がニコニコしながら仁藤を見ている。
まったく…この子は。私がこんなに深刻な顔して打ち明け話してるのに…
でも、なんかこの顔見てると、どうでもよくなってきちゃったな…

「ねえ、アンタの球捕ってると楽しいよ。ワクワクしてくる。」
「私も。でも、フォーム乱れたら厳しい指摘するんでしょ?」
「もちろん。」
「ワタシ、怒らないから言ってね。ちゃんと言う事聞くから。殴られたくないもん。」
「もお…殴んないって。一応反省はしてるんだからさ。ね、部員増やして試合とかしたいね。今年は無理としても…まだ私たち2年生なんだし。」

仁藤の言葉に菊地の表情がすっと変わった。弾けるような笑顔がほんの少しだけ陰ったような気がした。

「萌乃が話してくれたんだから…私の話も聞いてもらおうかな…」

inning15.



「良く鍛えられてるじゃないか。今年のチームは打撃中心、守りは剛腕才加頼りで大味って前評判を聞いてたけど。」
ネット裏でシートノックを見ながら井上が戸賀崎に話しかける。
「ええ。打力はしょせん水モノ。夏の連戦では投手も疲弊します。守備だけは練習を裏切りませんからね。」
戸賀崎が満足そうな顔で答える。今年の秋葉は総合力で過去最強の戦力と謳われている。戸賀崎の顔からも自信の程がうかがえた。
「センターラインが素晴らしいな。やはりそこがしっかりしてるチームは安定感が違う。特に二遊間の二人は全国一じゃないか?」
「高橋と峯岸ですか。さすが見てるトコ見てますね。中学の時からのコンビですからね。二人とも最後の夏だし気合入ってますよ。」


内外野にノックの雨を降らせているのは3年生のTシャツ組の部員だ。大会直前のこの時期は監督やコーチがノックバットを握る事は少なくなる。ノックを受ける側は自分が果たせなくなった夢への思いを受け取るように一球一球に集中する。そんな意味が込められている。

シートノックは一つのポジションに何人かが付き、順番にノックを受けていく。ショートのポジションにはレギュラーの峯岸と控えとして14番の背番号をつける事になっている2年生の渡辺麻友が入っていた。

「次!!6-4-3行くよ!」
「っしゃー!!ゆったん、今日打球甘ぇよ!もっと振り回してくんなきゃ面白くねーよ!!」
「おー言うたな。後で泣きごと言うても聞かへんで?」
「おっけー!!」

増田のノックバットから三遊間へ低く鋭い打球が飛ぶ。峯岸が逆シングルで打球を押さえそのまま反転しベースカバーに入った高橋へ正確な送球を送った。高橋がそのボールを素早く一塁へ転送する。完璧なゲッツーの完成だ。

「おっし、次!!麻友!行くで!」
「はい!お願いします!」

渡辺も小柄ながら素早い動きで守備のスキルが高い選手だ。峯岸に飛んだ打球と同じようなコースへノックが飛んだ。渡辺は横っ跳びでその打球を押さえた。起き上がって2塁へ送球する。

「よっしゃ!!ナイスファイトや。麻友。」
「っした!!」
渡辺が帽子を取り頭を下げた。

「麻友。今のもう一歩踏み込めるだろ?ダイビングキャッチはいいけど、あれじゃゲッツーは取れないぞ。派手なファインプレーより確実に二つアウトを取る守備。それが二遊間に必要なスキルだっていつも言ってるよな?」
「は…はい。すみません、峯岸さん。」

わかってますって。耳にタコが出来るくらい聞かされてますもん。なんたって、ず~っとアナタの後ろで見てきてますからね。でも…幾ら真似しようっても出来ない事があるんです…峯岸さんの守備範囲の広さは天性っす。どんな場面でもどんな打球でも臨機応変に反応できる。それは峯岸さんが天才だからですよ。私なんかが真似しようたって…

「次!!今度は4-6-3な!!行くで!」

今度は自分達がベースカバーに入る番だ。渡辺は2塁ベースに入る峯岸の姿を目で追った。気のせいか?峯岸の足元が微妙にいつもと違うように見えた。送球を受け1塁へボールを送る。何百回何千回と見てきたいつものステップだ。だからこそ、渡辺は違和感を拭えなかった。

「おい!!麻友。何ぼーっとしてんだ!!」
一瞬ベースカバーに入るのが遅れた渡辺に容赦ない罵声が飛ぶ。

いかんいかん…集中力を切らすのは一番いかん…これも峯岸さんに何百回と言われてきた事だ。こんな事じゃベンチに入れなくてノックを打ってくれてる先輩達に申し訳ない…

「すいません!!もぅいっちょお願いします!!」
二桁の背番号ととはいえ、憧れの秋葉ストライプのユニフォームを勝ちとったんだ。
気なんか緩めてられないよ。

inning16.



照明が落とされ、グラウンドには誰もいなくなった。峯岸は誰も残っていない事を確認するかのように周りを見回して部室に戻ってきた。手には氷嚢とテーピングを持っている。

痛たたたた…ヤバいな…段々酷くなってくる。3日前のシート打撃の時だよな。1塁から3塁へ一気に行って滑り込んだ時か…そん時はぎくっってしただけだったんだけど…うわ、こんなに腫れてきてる。でも…大丈夫だ。今日だってテーピングでガチガチに固めてたらちゃんと動けたし。痛いのなんのって言ってる時じゃない。

やばやばやばやば…やびゃぁよぉ。見ちゃいけないもの見ちゃったよぉ
…どーしよ。峯岸さん、怪我してたんだ。やっぱ。
でも、どーすればいいんだあ?
待てよ…峯岸さんが怪我で出れなくなるって事は…私がレギュラー?
それもやびゃぁじゃない?ひゃぁ、なんか高まる事態って事ですかぁ?

…などと言ってる場合ではない。
私にはまだ来年だってあるんだ。峯岸さんは今年が最後。やっとレギュラー取って張り切ってるんだから…私は今日何も見なかった。そう…それでいいんだ。だって、今日だってちゃんと動けてた。三遊間の打球にだってちゃん対応できてた。私なんかより全然動きはキレキレだったんだもん。

「そんなトコでコソコソしないで入っておいでよ。」
突然部室の外に向かって峯岸が声をかけた。渡辺は一瞬びくっと身体を震わせたが、おずおずと身をすくめ中に入った。
「すいません…覗き見するつもりはなかったんです。」
「ああ、わかってる。ワタシもうかつだった。部室じゃなくて寮の部屋に戻ってやればよかったんだけどね。」
「あ…私、誰にも言いませんから。絶対。監督とかコーチとか…私、先輩の代わりにレギュラー取ろうなんて思ってませんから…」
「ホントか?」
「はい…」
「頼む、麻友。この通り。こんな怪我で…こんな事で最後の夏を無駄にしたくないの。お願い。みんなには黙ってて…」

「みいちゃん、それはダメだよ。」
部室の入り口から声がかかった。二人は驚いて声の方を向いた。
「たかみな…いたの?」
「うん。ちょっと忘れ物を取りにね。みいちゃん、悪いけど聞いちゃった。ちょっと足見せてみ?」
高橋が峯岸の腫れあがった足首を持った。軽く捻ってみる。
「っ…」
峯岸が顔をしかめる。

「キャプテン、峯岸さんなら大丈夫です。今日だって見てましたよね?確かに腫れてるし、痛いとおもうけど…ちゃんと動けてたし。それに…」
渡辺の言葉には答えず、高橋は無言で首を横に振った。
「みいちゃん。大丈夫かどうか判断するのは監督だから…私は見たままを報告するしかないから。」
「待ってよ、たかみな。そんな事監督が知ったら、ワタシは間違いなくメンバーから外される。今までずっとそうだったじゃない?怪我人使わなくなって、ウチには幾らでも代わりの部員はいるんだ。そして、予選でメンバーに選ばれなかった子が怪我が治ったからって甲子園でベンチに入る事ってないでしょ?ねえ、やっとじゃん。中学の時からずっと言ってたよね?一緒に甲子園行こうって。4番と6番の背番号つけて、甲子園の二遊間を守ろうって。やっと夢がかなう直前なの。大丈夫だから。絶対に迷惑はかけないから。」
「キャプテン、私からもお願いします。」

「みいちゃん…麻友…」
高橋は部室の壁にかかったユニフォームに目線をやった。
「二人とも、このユニフォームに袖を通す覚悟って意味はわかるよね?秋葉学院のメンバーだたら甘ったるい事言うんじゃないの。」
高橋は厳しい顔で言った。峯岸がその場に泣き崩れる。
「二人とも早く寮に戻って。私は先に行くから。」

そういって高橋は部室を出て行った。
「キャプテン…冷たいっす…。あんな風に言わなくても。ショックなのは峯岸さんなのに…」
渡辺が峯岸の背中に手を添え言う。
「ううん…わかってんだ。きっと…今頃、たかみな絶対泣いてるんだ。アイツはそういうヤツだから…」

峯岸の言う通り、高橋はあふれ出てくる涙を何度も何度も拭っていた。一人グラウンドの中に入りセカンドのポジションで膝を抱えて座ったまま。
右の方を見ればいつもみぃちゃんがいた。ノッカーの監督が怒鳴ってるとグラブで顔を隠してぺろっと舌を出して笑うんだ。
ちくしょう…なんでここまで来て…なんで私はキャプテンなんだ。こうして仲間が傷つく事を言わなくちゃいけないんだ…。いや…一番辛いのは私じゃない。私が強くならなきゃダメなんだ。絶対負けない。負けられないんだ。他のどこより、私たちはそれを実感しなくちゃいけない。叶えられなかった思いを背中に背負わなくちゃいけない。だから私たちはドコよりも強くなれるんだ…

inning17.



夏の選手権予選、東東京大会開幕の前日。グラウンドのベンチ前に部員全員が輪になって集まっていた。輪の中心で立ち上がっているのは片山を始めとしたTシャツ組の3年生だ。

「じゃ、恒例の出陣式といこうか。今からベンチ入りメンバー一人ひとりにユニフォームを渡すんで。例年通り、背番号は私たち3年生が縫い付けてある。多少不器用な子もいるから、縫い目とかその辺の事は細かく指摘しないように。」
輪になった部員から笑い声がこぼれる。

「じゃ、早速。背番号1。秋元才加。」
「はい。」
「才加、頼むよ。今年の夏はアンタの右腕にかかってるって言ってもいいくらいだ。」
「わかってる、有華の分まで投げてくるからさ。」
「おー泣かせる事言うてくれるやん。」

ユニフォームが手渡されるたびに拍手が起きる。今名前を呼ばれた者が200名近い部員全員の代表だ。

「背番号6。渡辺麻友。」
輪の中から、特に一年生辺りからざわめきが起きた。良く事情を知らない者も多いのだろう。そんな雰囲気を振りはらうように峯岸が笑顔で立ち上がった。
「麻友。頼んだよ。」
「はい…」
「声小ぇよ!!」
「はい!!」
「よっしゃ。それでイイ。守備の時は笑顔でな。ピンチになると隣で守ってるヤツがすぐ深刻そうな顔になるからさ。ベロ出して笑ってやってくれな。」
峯岸が笑った。

ベンチ入り20名の部員にユニフォームが配られた。輪の中心に今度は戸賀崎が立った。
「片山、増田、峯岸…3年生のみんな、ありがとう。お前らには心から礼を言う。」
戸賀崎が頭を深々と頭を下げる。片山達が顔を見合せて笑った。おい雨でも降るんと違うか?監督がお礼言いよったで。増田が嬉しそうにはしゃぐ。
「今年の3年生は色々あったよな。あんだけいた部員もこんなに少なくなっちまった。春のセンバツで優勝した後も色んな事があったしな。チームを去っていったヤツもいる、怪我で泣く泣くポジションを譲ったヤツも。でもな、俺の誇りはこのチームが史上最強のチームって言われてる事なんかじゃない。最後まで裏方で支えてくれたお前達こそ、俺の誇りだ。だから…お前たちにもこれを着て欲しい。」

戸賀崎が高橋に視線をやった。高橋が段ボールからユニフォームを取りだした。秋葉ストライプに胸のエンブレム。ベンチ入りメンバーが着るのと同じ試合用のユニフォームだ。3年生全員に配られていく。

「背番号はついてないけど…その代わりに…ほら。」
片山に手渡されたユニフォームの背中にはたくさんの寄せ書きが書きこまれていた。
「応援部長のはーちゃんのユニフォームに代表で…ね。ベンチに入った3年生全員のメッセージが書いてあるから。」

応援よろしく!みんなの為に打ってやる!!敦子
小さな声出してんじゃねーぞ。優子
私が甲子園に連れてくぞー 才加
力強い文字が殴り書かれたように記されていた。

「監督、こんなマジックで書いちゃって。コレ消えないですよ。」
「構わんよ。お前へのプレゼントだ。」

片山の目に涙があふれてきた。
「もう…泣かせるなよなぁ。甲子園で優勝するまで泣かないって決めてたのにさぁ。」

「よっしゃ。円陣組もうか。」
高橋が立ち上がった。200名の部員も一斉に立ち上がる。

秋葉学院の夏が始まった。


1.(投)秋元才加(3年)
2.(捕)柏木由紀(2年)
3.(一)宮澤佐江(3年)
4.(二)高橋みなみ(3年)
5.(三)大島優子(3年)
6.(遊)渡辺麻友(2年)
7.(左)板野友美(3年)
8.(中)前田敦子(3年)
9.(右)小嶋陽菜(3年)

10.(投)高城亜樹(2年)
11.(投)倉持明日香(3年)
12.(捕)島田晴香(1年)
13.(内)藤江れいな(2年)
14.(外)指原莉乃(2年)
15.(内)大家志津加(3年)
16.(内)北原里英(2年)
17.(外)横山由依(2年)
18.(投)島崎遥香(1年)
19.(内)山内鈴蘭(1年)
20.(内)多田愛佳(2年)





inning18.



「大分県ってどこが強いんだっけ?聞いた事ある?」
石田が口にくわえたストローをくるくる回しながら聞いた。
「ちょっと、きゃん。ストロー振り回さないの。なんか飛んできたじゃん。」
内田が手で顔の前を払いながら顔をしかめる。

「えっとね…どれどれ…」
鈴木が持っていた大分合同新聞の紙面を開く。高校野球大分県大会の特集記事だ。
「あのね、柳ヶ浦と明豊だって。2強って書いてるね。柳ヶ浦って、今年のセンバツでウチが準決で当たったトコじゃん?」
「あ~覚えてるう。7回まで負けてたんだよね。才加ちゃんがボコボコ打たれちゃって。」
「小森。幾ら小中学校の先輩だからって、才加さんをちゃん付けは…だから、アンタはウチから追い出され…ま、いっか、もう辞めちゃったんだもんね。」
内田が小さくため息をついた。席を立ってドリンクバーへと歩いて行く。

放課後、こうして市内に2件しかないファミレスに日替わりで行ってはドリンクバーを注文し長々とクダを巻く。そんな日々が続いていた。
「うっちー、しほりん。もう秋葉はウチ…じゃないよ。ヨソの学校。」
「あ…そっか…」
宮崎の言葉に鈴木も内田も言葉を失った。
そうなんだ。そろそろ慣れなきゃいけない。私たちはもうあの名門校の野球部員じゃない。イナカの私立高の単なる帰宅部員なんだ。

「ねえ。萌乃と話した?」
仲川が思い出したように鈴木に聞いた。
「ううん。でも、そういや、最近授業に顔出すようになったよね。」
「なんか、菊地と二人で放課後遊んでるみたいじゃない?」
「菊地?」
「ああ、みゃおはまだ知らない?なんかウチの一人だけの野球部員。担任の井上が顧問なんだって。萌乃を誘いこんでなんかやってるのちらっと見た事ある。」
仲川が小森のほっぺたをつねりながら大して興味なさそうな顔で話すと、すぐに二人できゃっきゃっと騒ぎ始めた。

「あ~なんだかなぁ。大体イナカすぎなんだよ。ここは。せっかく野球辞めて時間腐る程あるのに、遊ぶトコもないし買い物すら出来やしない。」
宮崎がバッグからラッキーストライクのボックスを取りだした。100円ライターで火をつける。
「ちょっと…みゃお、タバコはマズイって。」
鈴木が辺りを見回して小声で宮崎に言う。
「なに?ここ禁煙席?」
「いや…そういう問題じゃなくてさ…」
「じゃ、いいじゃん。」
宮崎が煙を口からはきだした。

ining19.



「おい、宮崎。タバコってのは、肺まで煙を入れるモンだよ。そりゃ、吸ってるってんじゃない。ふかしてるだけだ。その辺のヤンキーが見たら吸えもしねーのにカッコつけてるってすぐにばれちゃうぞ。」
突然現れた井上に声をかけられ、宮崎は慌ててラッキーストライクを灰皿に押しつけた。
「こら~勿体ねぇな。全く。大体高校生のくせに洋モクなんて吸いやがって。ガキはセブンスターでも吸ってりゃいいんだ。俺なんてハイライトでガマンしてんだぜ?」
井上は下を向いた宮崎の前に置かれたラッキーストライクを取り上げた。
「って事でコレ没収な。」
「せんせぇ~そんな事言って、自分で吸うんでしょお~?」
「小森の言う通り~、いいのかなぁ、生徒にカツアゲみたいな事して。」
小森と仲川がはやし立てるように笑う。
「うるせぇなぁ。おい、宮崎カバンの中のタバコ全部出せ。俺が買い取るから。」
宮崎がカバンの中から大きな包みを取り出した。
「あ?ちょっと待て、カートン買いかよ…参ったな。だいたいどう見ても高校生のお前がなんでそんなタバコ買えるんだよ?…そっか、角のバーさんのトコだな。ったくあそこは見境無しで売りやがるからな…」
井上が財布から5000円札を取り出して宮崎に渡した。
「釣りはいいよ。今日のドリンクバー代も払ってやる。そんかわり…ちょっと座るぞ?」
「ひゅー先生太っ腹ぁ。ねえ、なんかお腹すいちゃったよ。なんか食べたいなぁ。」
「わかったよ、食え。お前らの方がよっぽどタカリじゃんかよ…」

ガストで良かった…井上はきテーブルの下で財布の中身を確認した。
「で…お前ら、夏休みとかどうすんだ?実家帰ったりしないのか?」
「ひはへんんほ、はっへはへってもはるほほはいねすほん。」
「だから、小森は口いっぱいに食べ物入れて喋るのはやめいっちゅうに。」
内田がミートソースにフォークを突き刺しながら言う。そっとコップの水を小森に差し出してるのを見て井上はくすっと笑った。

「なあ、暇なんだろ?ちょっと俺に付き合わんか?」
「それって、勧誘ですか?」
石田がサンドイッチを頬張りながら笑う。
「勧誘か。そうだな。そういう言い方もあるな。」
「へ~萌乃は何で釣ったの?こんな風にご馳走して買収されるような子じゃないでしょ?」
「買収?おい、俺はそんな事ぁしないよ。それより、俺と賭けでもしないか?」
「おー、不良教師だぁ。生徒にギャンブルを持ちかけてるよ~。衝撃のスキャンダル。教師が教え子に賭けごとをもちかける!」
仲川がはしゃぐ横で石田が真顔で井上に質問した。
「賭けって?面白そうな事なら乗りますよ。ね、みゃお?」
「うん。どーせ野球絡みでしょ?」

inning20.



菊地と仁藤がキャッチボールをしてるのを見ながら、石田が宮崎の耳元で囁いた。
「ちょっとはまともに投げれそうじゃない?綺麗な回転のボールだよ。」
「マウンドに立ってみないとわからないよ。」
宮崎がバッティンググローブを付けヘルメットを被る。ピッチャーが本職だった宮崎だがバッティングにも定評がある。中学の時は4番を打っていた。

「じゃあ、各自1打席勝負な。全員を菊地が押さえたら俺の勝ち。一人でもヒットを打ったらお前達の勝ちだ。」
「ホントにそんな条件でいいんですか?私たちが勝ったら全員で『葡萄の木』でTボーンステーキですよ?一人1万円コースですけど?」
「ああ。構わないさ。その代わり俺が勝ったら…」
「はいはい。何でも言う事聞きますよ。まあ、夏休みの暇潰しにつきあってもいいけどね。でも…悪いけど打ちますよ。」

「先生、もういいですよ。準備OKです。」
菊地が声をかけた。仁藤もマスクをつけホームベースの後ろに座っている。
「じゃあ、私からね。美味しいトコは真っ先に頂く性分なんだ。」
「お、石田からか。リードオフマン候補だったんだもんな。」
「ちっ…思い出したくないコト言わないでよね。」
石田が右のバッターボックスに入る。2度3度と素振りをしてからバットを立てて構えた。小さな身体でバットを目いっぱい長く持っている。

目つきが変わったな…さすがだな。まだ闘争本能ってのは消えてないみたいだ。多分、もう賭けの事なんか頭から消えてるんだろ?それでいい。それでこそ、石田晴香だよ。

菊地が大きなモーションから1球目を投じた。
恐らく結構速い球が来るんだろうね。じゃなきゃ、仮にも元プロ選手の先生がこんな賭けを持ちかけてくるはずがない。悪いね、先生。油断してたら打てないレベルの球が来る…そう思ってるだけでいい。まさか、本当のプロの球じゃあるまいし。ヒット打つくらいなら難しい話じゃないさ。
菊地のストレートに石田が思い切り踏み込んで行った。タイミングを合わせてバットを出す…つもりだった。いや、油断はしてない。むしろ、秋葉の控え投手レベルの球を想像してた。そうだな…あきちゃくらいかな。
しかし、石田のスイングは途中で止まった。いや、止められた。菊地のストレートは石田の想像を遥かに超える威力で仁藤のミットに収まっていた。

「先生も人が悪いなぁ…こんな美味しい球、こんなイナカでお目にかかれるって思ってませんでしたよ。」
石田がボックスを外してバットを持ち直した。拳一つ分短く握っている。
「ほう。謙虚だな。」
「これがホントの私のスタイルなんで。ヒットでいいんでしょ?」
菊地の2球目はインサイドいっぱいにコントロールされたストレートだった。思わず石田が腰を引いて見送る。
「ストライクだぞ、石田。」
「わかってるよ。もうわかった。次は仕留めるよ。」
菊地が振りかぶって3球目を投げた。
「ひっ…!!危ねぇ!!!!」
顔面に向かってきたボールに思わず石田が顔を背けた。ミットの音が響く。
「見逃し三振だな。石田、終わりだ。」
「ちょ…今のがストライクだって?そりゃないで…」
「はるきゃん、ストライクだよ。余裕で。」
鈴木がバットを持って石田の肩を叩いた。
「カーブだよ。大きな縦のカーブ。今どきあんなキレのあるカーブ投げるピッチャーがいたんだね。さ、次は私の番だよ。」
「ちょ…カーブあるならあるって言ってくれないと…」
「石田、どの世界にこれからカーブ投げますって教えて投げるピッチャーがいるんだ?それに、トップバッターがたかがカーブでひっくり返されといて情けねぇと思わないか?言ったろ、これは賭けだって。賭けって事は勝負って事だ。そんな甘くねえよ。」


長距離打者として期待されていた鈴木も、かつては一度ひとケタの背番号をつけレギュラーの4番を打った事がある内田も、曲者と言われしぶといバッティングをする仲川も、一発長打の小森も…誰も菊地のボールに触れる事さえできなかった。
最後の宮崎も2球で2ストライクと追い込まれていた。
「ラスト…ストレートだ。菊地、まっすぐで勝負しろ。」
「はい…わかりました。」
菊地の細い腕がムチのようにしなる。投げ込まれたストレートはド真ん中に入ってきた。宮崎は茫然とその球を見送った。


「先生。私たちの負けだわ。何でも言う事聞きましょ。」
「みゃお…アンタ。」
石田が宮崎の横に歩み寄った。
「はるきゃん、しほりん、うっちー…なんか、もう飽きちゃった。やんなっちゃった。言い訳ばっかしてるのが。私、やっぱ野球が好きだわ。こんな風に、手強いライバルと戦う事が堪んなく好き。」

「宮崎さん…石田さん…」
マウンドから菊地がゆっくりバッターボックスの方へと歩いてきた。
「みゃおと、はるきゃん…でいいよね?」
仁藤がマスクを外し笑った。

「よし!!お前ら。メシ食いに行くか。」
「え?葡萄の木?ステーキ?」
「バカ野郎。賭けに勝ったのは俺だ。そんな市内で一番高い店行くかよ。ガストだよガスト。」
「なんだぁ。」
久しぶりにグラウンドに大きな笑い声が響いた。

おはようございます

えっと…こっちでは朝ですが…

ちょっとショックな事がありました。
そろそろホームシック気味の中、実にショックな事実がぐぐたすからもたらされました…

「よし、新しい推しを決めたぞ。ぱるるだ!!!」
と娘に宣言したばかりなのに…それなのに…







両親が30代・・・


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 ̄ ̄ ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ ̄


オワタ\(^o^)/オワタ\(^o^)/オワタ\(^o^)/
いいんだ…俺はただ親目線で応援してるだけなんだからさ…



ってのは、冗談で(おい、ホントは冗談じゃねーんだろ?って突っ込みはご自由にどうぞ(*^^)v)、ようやく日本に帰ります~。帰国前にもうちょっとだけUP出来たらしますね。本格再開は…月曜か火曜…かな?



inning21.




太陽が照りつける季節がやってきた。
蝉の鳴き声をかき消す大歓声、絶叫のようなブラスバンドのコンバットマーチ。劈くような金属音、歓喜の涙、悔し涙…

夏だ。

秋葉学院は東東京の優勝候補の最右翼、Aシード校として2回戦から登場した。
初戦こそ無名の都立高を21-0の5回コールドで一蹴したものの、それ以降は苦戦を繰り返した。
打線は好調だった。核弾頭・前田、柏木・宮澤のクリーンアップを中心とした打線は毎試合2ケタ安打を重ねた。しかし、秋葉本来の繋ぎの野球が出来ない。送りバントの失敗、無謀とも思える走塁死、肝心の好機でのタイムリー欠乏症…およそ王者・試合巧者らしからぬ試合運びで、何とかなんとかトーナメントを勝ち上がっていった。

投手陣も、エース秋元が登板したのは4回戦から。しかも、先発して3イニングを圧巻の投球で締めたと思うとあっさりリリーフ陣にマウンドを譲った。しかし、後を受けた高城・倉持のリリーフ陣がぴりっとしない。四死球でランナーを溜めてはタイムリーを浴びるという悪循環を繰り返してはネット裏をどよめかした。


ベスト4へと進出した秋葉学院だったが、その勝ちあがりから、夏の制覇を疑問視する声が上がり始めた。むしろ、快進撃を見せ初めてのベスト4へ勝ちあがってきた唯一の都立校、乃木坂高校に注目が集まっていた。

「ここまで来たんだからさ。食っちゃおうよ。秋葉をさ。」
「なんかさ、秋元才加って故障なんじゃない?まだここまで最長で3イニングしか投げてないし。才加はなかなか打てないけど、高城・倉持ならウチの今の勢いなら打ち崩せるよ。」
「そして、後はウチらが守り切る…と。行けるよ、うん。きっと勝てる。もう秋葉だって雲の上の存在じゃないんだ。」
打っても4・5番の主軸を担う、生駒里奈、白石麻衣の2年生バッテリーが試合前のブルペンで話していた。ただの勢いだけと思われていたが、実戦の中で彼女たちは急速に力をつけてきていた。時々、こういうチームが現れる。一試合一試合毎に驚くべきスピードで成長する。都乃木坂はまさにそんなチームだった。

試合前の挨拶、両校の選手がホームプレートを挟んで向かい合った。
生駒が白石にそっと小声で話かける。
「ね…麻衣。あれが秋元才加だよ。でっかいね。」
「前田敦子だって大島優子だって、さすが貫禄あるね。オーラが違うっていうの?」
「でもさ…こうして見ると、私達と何も変わらないよ。同じ高校生じゃん。」

「っねがいしまっす!!!」

大きな声で挨拶を交わし、生駒がマウンドに上がった。
1球2球と練習球を投げ込む。今日もいい調子だ。大会に入ってずっと好調を維持できている。1回戦から今日で7試合目。さすがに疲労がないと言えば嘘になるが、ここまで来たんだ。後は気力で投げるしかない。

1番の前田敦子が左打席に立った。どことなく落ち着かない表情に見えた。視線をこちらに向ける事もない。

構えてるの…なんか、ダラっと立ってるだけに見える。リラックスしてるっていうよりも、やる気がないって感じじゃね?まあ、イイや。行くよ。

定石通り前田はじっくりと生駒のボールを見定めた。しかし生駒も臆する事無くどんどんストライクゾーンにボールを投げ込んでいく。生駒のウイニングショットはスライダーだった。ここまで対戦した強豪校を尽く押さえこんできた生命線の決め球だ。左バッターの膝元に鋭く切れ込んでいく。カウント2-3から投げ込まれたそのスライダーに前田がバットを出した。

よし…そのコースに手を出してくれるならこっちのものだ。そこはいい当りをしてもファールにしかならない。それかせいぜい詰まって内野ゴロになるのが関の山だ。

キィィィイイィィン!!!!

快音が響いた。打球があっという間に左中間のど真ん中を破っていった。
え?なんで、あのコースをあそこに持って行けるの?なんで?珠のキレが無かった?いや…そんなはずはない。間違いなくベストピッチがいった感覚が指先に残ってる…

「2つ…いや・・3つ行ったよ!!!」
センターから中継に入ったショートを経由して矢のような送球が3塁に送られた。都乃木坂の守備もまた良く鍛えられている。無駄の無い見事な中継だった。

しかし、前田は涼しい顔で3塁に立っていた。スタンディング・トリプル。滑る事もなく3塁を陥れたのだった。

「参ったね。さすが全国No.1のトップバッターだわ。」
「ここは…1点は仕方ないね。でも、まあちょっと様子は見ようか…」
スクイズを警戒したバッテリーは次の高橋をあっさり歩かせた。無死1・3塁。打席には3番の大島が入る。小柄な身体だがパンチある打撃の持ち主だ。バットを目いっぱい長く持って立てて構える。

「なんだよ…そんな睨むなよ…すげぇ迫力…これが…秋葉のクリーンアップの迫力なのか…」
生駒の投げたアウトコース低めのストレートに大島がバットを出した。鋭い打球がセカンドの頭の上を襲う。生駒もキャッチャーの白石もセカンドを守る高山も打球の方を見た。しかし…身体が反応する前に打球はあっという間に外野の間を転々としていた。前田に次いで高橋が3塁を回ってホームに返ってくる。大島も3塁へ達した。

ベースカバーに入った生駒の顔が青ざめていった。
その背中には真夏なのに冷たいものを感じ始めているように…

inning22.




長い長い1回表の攻撃が終わった。疲れきってベンチに戻る乃木坂ナイン。神宮球場のスコアボードには12の数字が表示されていた。

「こりゃ、秋葉、ここまで手を抜いてたな。」
「いや…最初から準決勝辺りに照準合わせてやってきたんだろ。あいつ等にとっては、ここまでは手の内なんか見せなくても大丈夫って腹だろ。」
「しかし…えげつないよな。8点目をスクイズで取りにいくか?あれで乃木坂、完全に切れちゃったろ?」
ネット裏のうるさ型の高校野球ファンが囀っていた。昨日までは秋葉危うしを声高に訴えていた連中だ。

「とにかく・・・まずは1点だ。1点ずつ返していこう。秋葉の今日の先発は倉持だ。ここまで満足のいく出来じゃない。ここで先発して来ないって事は才加はやはり故障なんだ。」
意気消沈するメンバーを鼓舞しようと、白石が円陣内で声を上げる。
そう…まずは1点だ…

乃木坂の僅かな希望はたった数分で消し飛ばされた。本来はストッパーの倉持だが、先発を任されたマウンドで文字通り躍動した。好調の乃木坂打線をわずか11球。3者三振で切って取った。ストレート、スライダー、フォークボール。最後の決め球はまさにどれもが一級品のキレだった。これまでの不調がまるで冗談だったかのようだ。


イニングは5回まで進んでいた。毎回のように数字が刻まれた秋葉に対し、乃木坂のスコアボードには4つのゼロが並んでいた。

カキン…

弱い金属音を残して弱々しい打球がキャッチャー前に転がった。
「オッケイ!!」
柏木がこの回からマウンドに上がった秋元才加を手で制して打球を処理した。持ち前の鉄砲肩で2塁へボールを送る。ベースカバーに入った渡辺麻友が素早く1塁へボールを転送した。打者の桜井が頭からファーストベースに飛びこむ。

「アウト!!!!」

秋葉学院の選手が一列に整列し乃木坂の選手を待っていた。うな垂れた乃木坂の選手が遅れて列に並ぼうとしている。どの選手も涙を流していた。立っているのがやっとの者もいる。

「っした!!」

両校の選手が歩み寄って握手を交わす。
「怖かったよ。生駒さんって言ったっけ?2年生だよね?あの迫力…正直怖かった。」
生駒に声をかけたのは前田敦子だ。
「でも…微妙にキレがなかったね。疲れかな?前の試合よりボール一つだけ甘かった。5回戦辺りで当ってたらやられてたかもね…」

え…?前田さん、前の試合って…ボール一つって…私達研究されてた?あの、天下の秋葉学院が私達なんかを?そりゃ…勝てないわ…

「あのね…」
「はい?」
前田が何かを言いかけて辞めた。
あのスライダーは磨きをかければもっといい武器になる…
そんな事言ったら、来年後輩達にとっておおきな障害になり兼ねない。
でも、なんでだろ?思わず声をかけたくなっちゃったんだよな。


24-0。
5回コールドで秋葉学院が決勝へと駒を進めた。



inning23.



「ねえ…道重…って子。今日の向こうの先発ピッチャーの子って聞いた事ある?」
大島優子と宮澤佐江が相手ベンチの前のブルペンでピッティング練習を続ける、朝夢高校の道重さゆみを見ながら柏木由紀に聞いた。
「いえ…予選、ここまで1試合も投げてませんね。っていうか、公式戦での登板すらありません。練習試合での登板も私が集めたデータでは3試合の登板だけです。まだ1年生ですからね。」
ゆきりんメモと呼ばれる使いこまれたノートを見ながら柏木が答える。

チームの司令塔、秋葉の頭脳と言われる柏木のコンピュータにもインプットされていない選手をこの大事な決勝で使ってくるとは…ベンチの中で監督の戸賀崎は腕を組んで考え込んでいた。まあ、古豪とはいえ、朝夢の寺田監督も奇策を打ってくるしかなかったのだろう…ウチは誰が来ようとウチの野球をするだけさ。
しかし…さっきから見てるが…大丈夫か?あの道重って子。確かに球は速いが…まったくストライクが入っとらんぞ?1年生だと?そりゃ、いきなりこの大舞台じゃ緊張でまともにマウンドの上に立てないんじゃないか?

戸賀崎が見た通り、相手投手の道重は立ち上がりから大荒れに荒れた。
先頭の前田への初球はキャッチャーがミットに触る事も出来ずバックネットを直撃したし、その後のボールも明らかにボールとわかる球でストレートの四球を与えた。続く高橋も一応はバントの構えをしていたがこれも明らかにボールとわかる球が4つ続いた。3番の大島の3球目にようやくストライクが入ったものの、次の4球目は大島の脇腹を直撃した。

ノーアウト満塁。4番の柏木が打席に入った。

しかし…この子が決勝の先発に立たなきゃいけないっていうのが今の朝夢なんだな…柏木は秋葉に入学する前、朝夢のセレクション受験に参加して落ちた経験がある。古豪朝夢でプレーする事は叶わなかったが、人生は不思議なものである。名門秋葉学院に合格し、入学後めきめき力を伸ばし2年生で司令塔と4番の座を勝ち取るのだから。

道重がマウンドの上で肩をすくめる仕草をした。さすがに3つの四死球を連発したんだ、幾らなんでもストライク取りにくるでしょ?柏木の読み通り、初球はややスピードを殺したストレートが甘いコースに入ってきた。柏木は迷う事なくバットを振りぬいた。

「打ったぁ!!!これは…文句無しだ!!!レフトも…センターも…追わない。見上げるだけだ。その頭上を遥かに…スタンド上段まで行ったぁ!!!4番柏木のバット一閃。満塁ホームラン!!!秋葉学園、甲子園春夏連覇に向け、早くも初回4点を先制しました!!!」
アナウンサーの絶叫が響く。

こりゃ、試合にならないぞ…
観客席から早くもそんな声が聞こえ始めた。

inning24.



「だぁ~れが力抜いてストライク取れって言ったよ?」
長身の吉澤がマウンドの上で道重を見下ろして言う。
「ホントだよ。仮にも秋葉の4番があんなへろへろ球見逃すと思ってんのか?」
ファーストのポジションからマウンドへ集まってきたキャプテンの中澤もキツイ表情で道重の頭をポンポンとミットで叩く。
「でも~さすがにストライク取らないとマズイかなって。ほら、さゆみがコントロール悪いってみんなに勘違いされちゃうでしょ?」
「おい、お前はコントロール悪いんだよ!!」
吉澤が苦笑する。
「そんなぁ。さゆみ、ホントはいいピッチャーなんですけど?」
「わかったよ。ったく。立ち上がりが悪いにも程がある。でも、まあこの4点は最初から覚悟してたからいいか…とにかく、あと何人かかってもいいから思い切り腕を振るんだ。お前はれブルペンじゃアップできなくて、本番のマウンドでようやくアップが始まるんだから…」
「えへへ。エンジンが高性能だから暖気運転にも時間がかかるんです~」
「いいけど…眠くなる前にアップ済ませてよね。」
矢口真理が道重の背中を軽く叩いてセカンドのポジションに戻って行った。


一体何点入るんだ?そう誰もが思った初回の秋葉の攻撃は結局その4点で終わった。その後2人に続けて四球を与えた道重だったが、突然目を覚ましたかのように立ち直ったのだ。ストライクがどんどん入る。相変わらずストライクとボールがはっきりしてはいたが、決まった時の真っ直ぐの威力は素晴らしかった。

「こりゃ…4点取っておいてよかったかもよ…?」
守備につく前田が大島に声をかける。確かに…140キロ後半のストレート、しかも変則フォームでどこからボールが飛んでくるかわからないし、どこに飛んでくのかもわからない。結構やっかいなピッチャーだ…大島も同じ感想を持っていた。

秋葉先発の秋元才加は道重とは全く違う立ち上がりを見せた。超高級車が高速道路を巡航するかのような余裕で、150キロを超えるストレート、ブレーキの利いたカーブ、高速スライダーをコーナーへ投げ分けていく。強打の朝夢打線から三振の山を築いていく。

元々大器として期待されていた素材だった。昨年のエースだった篠田をも上回る本格派大型投手として期待されていた秋元も、最上級生になって決して順調ではなかった。センバツで優勝した後は疲労と夏へのプレッシャーから体調を崩した時期があった。その分夏への調整が遅れ、まだこの予選では長いイニングを放れていない。加えて、今年の夏は猛暑だ。体力では十分でも暑さは気力も削ぎ落としていく…

「あきちゃ…もっちーさん…すいません。早めに用意しといてくださいね。」
「なに?ゆきりん、今日の才加、すっごく調子良く見えるけど?」
「ええ…調子良すぎると逆にペースが上がってしまって…」

ゆきりんはいつも心配性なのよ…
でも、その慎重な判断が今まで何度もチームを救ってきたんだしね。

倉持と高城が3回の守りの前にブルペンへと向かった。


inning25.


試合は完全に膠着状態に入った。秋元は完ぺきだった。7回を終わって一人のランナーも出していない。奪った三振は早くも11を数えた。一方ですっかりペースを掴んだ道重も面白いように秋葉打線を打ちとっていく。適度の荒れたボールで的を絞らせず、追いこんではキレ味鋭い変化球で内野ゴロの山を築いていく。

8回の裏、場内は異様なざわめきに包まれ始めた。決勝戦でのパーフェクトゲームは余り例のある事ではない。ここまでの秋元の完璧な投球内容は快挙を予感させるに十分なものだった。

「才加さん、ヒット打たれちゃいましょ?」
6回頃から柏木はマウンドに向かうたびに笑って言っていた。もちろん、秋元をリラックスさせる為ではあるが、その言葉は本心だった。大切なのは勝つ事で記録を狙う事じゃない。大事な試合だからこそ、余計な事に気を回したくない…

先頭の4番・吉澤のバットからこの試合初めての快音が響いた。
あわや外野の頭を越えようかという打球だったが左中間に背走した前田敦子がいっぱいに伸ばしたグラブにその打球を収めた。これまでの朝夢打線に出ていなかったいい当たりだ。

球数は…7回終わって120球を超えていた。多い…三振を取り過ぎた。結構粘られてもいる。それにこの回に入って明らかに球威が落ちてるしコースも甘い…出来れば交代させたいところだが、下手にパーフェクトで来てるから監督も替えづらいだろうしな…

柏木がそんな風に思っていたところ、5番の飯田の初球、スライダーが肩口から甘いコースに入ってきた。いけない…

スタジアムにどよめきが起こった。飯田の打球は詰まりながらもセンター前に落ちた。朝夢高の初ヒットだ。飯田が1塁ベース上でガッツポーズを見せる。

「才加さん、これですっきりしましたよね?」
「ああ、なんか変な色気出ちゃいそうだったからな。」
「で…下位打線ですけど…慎重にいきましょう。ちょっと球高めに浮いてますから。」
「ああ、わかってる。次はあのおねーちゃんだろ?」

秋元がマウンドから打席に入った道重を見た。涼しい顔でバットをかついでいる。
「とにかく警戒しましょう。投げるだけでなく打つ方でも何してくるかわからなさそうですから…」
柏木の言葉に頷く。


inning26.



塁上が3人のランナーで埋まった。結局、秋元は道重に13球を費やし四球を与え、続く保田には粘られた7球目をレフト前に運ばれた。先ほどの保田の当たりとは違い快心の打球だった。

マウンド上にベンチから伝令が飛んだ。野手がマウンドで集まる守備のタイムは1試合で3回まで認められている。
「時間を幾らかけてもいい。2点や3点はやってもいいから、焦ってこの回を早く終わらせようとするな…そんな感じでしょ?」
伝令に走ってきた大家にキャプテンの高橋が笑って言った。
「ああ。すまんすまん。ここまで走ってくる間に何言われたか忘れよったたい。まあ、暑いけど熱中症には気ぃつけんといかんな。」
大家が恍けたような顔で言った。輪の中に笑いが起きる。

戸賀崎の指示は高橋が言った通りだった。大家は輪から離れベンチへ戻っていった。大丈夫やわ。この場面でも落ち着きよるわ。さすがやな。

8番の久住小春が初球をたたいた。強い辺りが一二塁間を襲う。しかし、セカンドの高橋が軽いステップで打球を押さえた。

よし…ゲッツーだ。4-6-3の綺麗な連携が高橋の頭に描かれた。スタンドで声を枯らしていた峯岸にもその光景が浮かんでいた。この打球コースは二人が最も得意としたパターンだ。しくじった事は一度たりとしてない。
高橋がセカンドベースカバーに入る渡辺を見た。スローイングの体制に入る。

ほんの一瞬…僅かコンマ何秒の世界だろう。一瞬、渡辺との呼吸がずれた。
高橋の送球よりほんの僅か、渡辺の身体がセカンドベースに入るのが遅れた。ゲッツー体制に入るときショートは次の送球の準備をしながら捕球しようとする。上手いコンビであればあるほどその流れは実によどみがない。しかし、だからこそほんの僅かの誤差がエラーに繋がる。

渡辺は高橋からの送球をグラブで弾いた。ボールがグラウンドに転がる。慌てた渡辺がボールを拾いファーストへ送球しようとする。ストップ!! ファーストの宮澤が両手でクロスを作った。間に合わない!投げるな!!の合図だ。しかし、焦っていた渡辺はそのままボールを転送した。

「バックホーム!!!」
2塁ランナーだった道重がその隙をついて3塁を回って突っ込んできた。高橋・渡辺の間で起きたミスコミュニケーションが渡辺の焦りを生み、さらにそれは宮澤へも伝染していた。宮澤のバックホームは低く、ショートバウンドになった。柏木は身体にあてて後ろに逸らさないようにするのが精いっぱいだった。

「3つ行った!!!」
今度はサードの大島から声がかかる。1塁ランナーの保田が3塁へ向かっている。まったく、どんだけ機動力使ってくるの?でも…それは無茶でしょ?タイミングは余裕でアウ…

柏木が3塁へ落ち着いてボールを送った。

inning27.



柏木が茫然と打者走者の久住がホームインしてくるのを見ていた。レフトの板野がようやく外野に転がったボールに追いついたところだ。

「同点!!!ここまで一人のランナーも出す事のなかった秋葉学院にまさかの守備の乱れ。朝夢高校が一気に同点に追い付きました!!鉄壁を誇った二遊間にエラー。そして、まさかまさか、守備の要、柏木の3塁への大暴投。カバーに入っていたレフト板野の遥か頭上まで越えてしまう送球をしてしまいました!!!」

場内は騒然としていた。秋葉学院鉄壁の守備の破たん。それを呼び起こさせた朝夢高の果敢な走塁。ベンチのムードも一変していた。

お祭り騒ぎの中、次の打者・9番高橋愛が初球をセンター前へ運ぶ。秋葉ベンチは堪らず投手を2人目・倉持にスイッチした。

「すいません…私が…」
うなだれる柏木の背中を秋元が強く叩く。
「まだ同点だ。すまないのは私だ。ここで勢いを絶てないで何がエースだ…」
「大丈夫。後は私が…」
倉持が秋元からボールを受け取る。

表情が固い。球もちょっと上ずっている気がした。
場内の異様な空気が倉持の緊張を増長させていた。

波乱がおきるかもしれない。いつだって観客は筋書きのないドラマを求めている…
そして、時としてそれが実際に起きるのが高校野球だ。


トップバッターの石川が倉持の変わりっぱなの初球をフルスイングした。
高く弧を描いたその打球は、長い滞空時間の末、レフトスタンド最前列に飛び込んだ。




変わった倉持も、更にその後を引き継いだ高城も、朝夢の勢いを止める事は出来なかった。8回裏のスコアボードには8の数字が記された。




力なく内野へフライが打ちあがる。セカンドランナーの高橋がそれでも3塁に向かってダッシュする。両手を大きく広げたショートの石川の元へボールが落ちてくる。
歓喜の輪がマウンド付近に出来あがった。中心で高々と拳を突き上げる道重に吉澤が飛び付く。中澤も石川も保田も…朝夢高校の選手が弾けるような笑顔で身体をぶつけあった。

最後の打者になった柏木は1塁ベースの手前でうずくまって顔を両手で覆い泣きくすれた。高橋は3塁ベースを回ったところで腰に手をあて空を見上げた。ベンチでは、まだ目の前の光景を受け入れる事が出来ず立ち上がれない選手が殆どだ。
スタンドも静まり返っていた。選手と同じユニフォームに襷かけ、鉢巻姿の片山もそっと目を閉じた。暫くして、交錯する色んな思いを断ち切るかのように涙で潤んだ目を開いた。

まだ終わっていない。試合に負けても、私たちは誇りある秋葉学院の一員だ。堂々と胸を張って勝者を称えなくては。泣くのはそれが終わってからだ。

「みんな…立って。立つんだよ!!1年も、いつまでもびーびー泣いてないの!」

inning28.




表彰式が終わり、首から銀のメダルをかけた選手たちがスタジアムから出てきた。外で待っていた控え部員や父兄、ブラスバンドや一般の生徒が静かな拍手でそれを向かえる。誰がこんな風に選手をむかえる事になる事を想像しただろうか。それを一番感じていたのは、他でもない選手たちだった。


これは夢だ…きっとたちの悪い悪夢なんだ。
目が覚めたら、また明日も試合がある…んだ。
いや…8回の裏だけでいい…きっと、あれだけが夢なんだ。

最後の挨拶をしようと出迎えの群衆の前に立った高橋はそう思っていた。
何か話そうとするが、言葉が出てこない。
ふと、視線の中に片山や増田、小林の姿が入ってきた。みんな目が真っ赤だ。峯岸の姿も目に入ってきた。
整列していた選手達から嗚咽がこぼれ始める。最初に泣き崩れたのは2年生の柏木だ。渡辺も鼻をすすり始める。

何とか応援への感謝と、甲子園出場を逃した謝罪の言葉を口にし高橋は一礼した。暖かい拍手が辛かった。なにやってんだ、こんなトコで負けやがって。そんな風に罵られればもっと楽だったのだろうか?

「よし…みんな集まってくれ。全部員だ。スタンドで応援してくれたヤツも全部な。」
監督の戸賀崎が選手に声をかけた。
神宮外苑の木々からは騒々しい蝉の声が鳴りやまない。その中で戸賀崎は全員に向かって静かに話を始めた。



「おい、悔しいよな。な。こんなトコで負けるなんて思ってなかったか?俺も思ってなかったよ。でもな、これが勝負だ。これが甲子園への道の厳しさだ。高橋、悔しいか?」
「はい。悔しいっす。」
高橋の目から大粒の涙がこぼれた。これまで耐えてきたものが崩壊したような涙だった。
「大島?」
「悔しくない訳ないじゃないですか!」
「才加?」
「私が…私がもっとしっかりしていれば…」
「前田?」
「…………」
前田敦子が泣きじゃくっていた。常に冷静沈着、アイスガールとも言われたクールな前田も感情の高ぶりを押さえる事が出来なかったのだ。
「よし。3年生は思い切り泣いていいぞ。お前たちはどこよりも厳しい練習に耐え、誰よりも純粋に頂点を目指していた。命がけで努力したのに叶わなかったんだ。だから、お前達には泣く資格がある。今は何を言っても慰めにならんだろう。だから…泣けばいい。もうこれ以上涙が出ないってくらいまで泣いてもいいぞ。いい加減な覚悟でやってきたのなら涙も出ないはずだ。お前らが泣けるって事はそれだけ必死にやってきた事の証拠だからな。」
戸賀崎の言葉に一気に大きな鳴き声が響き始めた。抱き合ったり、地面に顔を伏せたり…それぞれが心を震わせるような涙を流していた。

「ただし、2年1年。お前らはダメだ。ガマンしろ。歯をくいしばれ。上を向け。柏木、お前の悪送球で負けたって思ってるのか?麻友、お前のエラーで負けたと思ってるのか?だったら、お前らはその悔しさを飲み込むんだ。お前達には明日があるんだ。失敗を取り返すチャンスがまだ残ってる。先輩に申し訳ないと思うなら、その思いを明日からの練習にぶつけるんだ。いいな、お前達に泣いてるヒマはないぞ。」

渡辺が涙をアンダーシャツで強く拭った。柏木も立ち上がって空を見上げた。


真っ青な空に積乱雲が高々とそびえたっていた。
秋葉学院の短い夏が終わった。






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