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え~…みなさん、お久しぶりです。
こうしてまたお会いできるとは思っていませんでした~。
私にとっては実に光栄なことではありますが、みなさんにとってはどうでしょう?
私がこうして皆さんの前に姿を現すという事は…
うふふふふ…余り喜ばしい事ではないのかもしれませんね。


え~…好敵手という存在…みなさんにはいらっしゃいますでしょうか?
ライバル…と言えばわかりやすいかもしれません。

ライバル…非常に響きのいい言葉ではあります。
しかし…勘違いしてはいけません。
あくまでも「敵」には変わりないのですから。
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シーン1.

シーン1.

3か月前 
東京都杉並区 普門館ホール


「随分熱心なんですね。そんなに気になりますか?」
「お前は気にならなかったのか?」
「はあ…少なくともオーディションの時には…
確かにあの中では抜きんでていたのかもしれません。
歌も上手かったですしルックスもいい…
ですが…珠理奈以上の逸材と先生が評価される程とは…」

戸賀崎智信は秋元康の横顔に向かって言った。
その横顔には、どこか少年のような笑みが浮かんでいた。
そう…、まるで初めて見る劇場公演を前にした少年のような。


「エントリナンバー12 千葉県松戸市立第六中学校」

場内にアナウンスが流れる。ざわめきが治まり静寂が訪れた。
顧問の女性教師が会場に一礼すると大きな拍手、そしてすぐに再び静寂。
タクトが振られ、「汐風のマーチ」の軽快な音楽が流れ始めた。

全国吹奏楽コンクール。「吹奏楽の甲子園」と言われ、全国の中高生にとって憧れの舞台である。松戸第6中はこの普門館で2年連続金賞を獲得している強豪中の強豪である。毎日の厳しい練習に耐え抜いた精鋭たちによる演奏は地方予選から評価が高く今年も金賞の有力候補として目されていた。

「素晴らしいじゃないか。実に見事な演奏だ。」
「秋元先生、ブラスバンドお詳しいんですね?」
「いや…素人が聞いてもわかる。他とはレベルが違うよ。」

確かに…俺が聞いても分かる。音の深さっていうのか?
聴いていて包みこまれるような暖かさがある。
しかし…どうだ?先生のこの顔は。まるで恋をしている少年じゃないか。
プロデューサーの顔というよりは…

課題曲に続いて自由曲の演奏が始まった。
「元禄」の重厚なメロディが流れる。

徐々に盛り上がる曲。演奏は完璧だった。
終盤、一人の少女がソロを取った。トランペットだ。
一瞬…ほんの僅かに音が歪んだ。足元の砂利でほんの僅かに歩幅がずれた…そんな程度のずれだった。しかし…その僅かな綻びはその後の演奏に明らかに動揺を与えた。微妙なバランスの狂い…それを修正しようと産まれた焦りは微かな不協和音を生み出した。

演奏終了…観客の拍手に頭を下げるメンバーには明らかな落胆の表情があった。
顔を押さえて涙を流す生徒もいた。

「戸賀崎…楽屋に行くぞ。入らせてもらう手筈は整えてある。」
「え?そんな事まで…?」
「大丈夫だ、声はかけないし姿も隠しておくから。
どうしても確かめておきたい事がある。」

シーン2.


「仕方ないよ。誰にだってミスはあるから。」
「そうだよ。それに沙代はまだ2年生なんだから。この悔しさをバネにして。」
「うんうん。今まで頑張ってきた事はみんな知ってるんだから。」
泣き崩れる下級生を3年生が励ましていた。
無念の表情だが、最後のステージを終えた安堵感も感じられた。

「それで終わらせていいんですか?」
一人の少女が立ち上がった。目を真っ赤に泣き腫らしている。
「先輩たちは悔しくないんですか?あれだけ一生懸命練習してきて。
本番のたった一度のミスで全部が台無しになったんですよ?
それに…来年なんて…沙代先輩も…2年生は来年普門館出れないんですよ?
3出なんだから…」

全国吹奏楽コンクールには3年連続で出場した学校は翌年出場できないというルールがある。松戸6中は今年で3年連続の普門館。来年リベンジの場は用意されない。

「仲良しクラブならそれでいいと思います。でも…私たちは6中なんですよ?
先輩たちだって夏休みも無しで毎日練習してきて…悔しいんですよね?
結果が出なければ、どんなに頑張ってもダメなんですよ!」
「彩音。アンタの言う事正しいよ。でもね…大事な事は勝つ事だけじゃないよ?」
「他に…何があるんですか?教えてくださいよ!」
トロンボーンを抱えた少女はその場に泣き崩れた。



「どうだ…?文句無しだろう?」
「ええ…確かに。今のウチに一番必要なモノかもしれませんね…」
「よし…決めたぞ。14期は少数精鋭だ。早速最終オーデションの連絡を取ってくれ。
親御さんへの対応には十分気を配ってな。
戸賀崎、俺は久しぶりにワクワクしてきたよ。」
「わかりました。では…早速。」

戸賀崎が頷いた。

シーン3.


3ヶ月後 2012年1月 とある喫茶店


「で…?何が望みなの?お金?残念だけど、私はそんなに持ってないわよ。
結構これで安月給なんで。」
「まあ、そげなこつやろうと思っとったとよ。康は相当ケチって聞くけんの。
大方、自分の懐にしか興味ないんやろうけん。それに俺も金には困ってなかたい。」
「じゃあ、なに?やっぱり…?」
「ああ。でもな…お前には余りそそられんたい。残念ながら。」
「やっぱり狙いはそっち?この…変態…」
「お?嬉しいことを言ってくれやなかとか。最高の褒め言葉たい。」

髭面の男が悪態に満ちた笑顔を浮かべる。

「ま…でもな…どげんしても、いきなりメインディッシュに入るってのも、楽しみがなか。
オードブルば食わん手もなかろうもん。」
「どこまでも卑劣な男…わかったわ。ねぇ…だから、あの子たちは…お願い。」
「あん?それはお前次第ったい。」

「わかった…行こう…」
女はレシートを持って立ち上がった。

男が後からついてくる。
ダメだ…この男はそんなに甘くない。
一度弱みを見せたら、骨までしゃぶり尽くそうとしてくるに違いない。
自分だけならまだ構わない。身から出た錆と言ってしまえばいい。

でも…あの子たちを巻き添えにするわけにはいかない…

「ちょっと待って。一本電話をさせて欲しいんだけど。」
「ああ。構わんばい。」
「寒いでしょ?あそこのコンビニで立ち読みでもしてて。
仕事の電話だから長引くかもしれないから。」
「仕方なか。カップ酒でも買って飲んどるかの。」
「あ、私のも買っておいてくれない?ワイン売ってるでしょ?何かつまみも。」
女が1万円札を取りだし男に渡した。
「ほう、えらい態度が変わったばい。」
「飲んででもなきゃ、やってられないからね。」
「わかったばい。」

男が身を竦めながらコンビニに入っていった。

「もしもし。私…。やっぱりダメだ。話してわかる相手じゃない…
あのね…うん。うん。そうすぐにそうして。そうね。大丈夫。私?
心配いらないから。」

電話を切ると、男が丁度コンビニから出てこちらへ向かってくるところだった。

シーン3-2.

シーン3-2.

「おい、なんばすっとか!こら。待たんか!」
女は男のカバンを奪って走りだした。慌てて男が後を追う。
女は路地からJRの車両基地になっている敷地内へ柵を越えて逃げ込んだ。

「なにを今更逃げようとするとか?いいんか?お前が困るだけとよ?」
男が叫ぶ。貨車の間に逃げ込んだ女を探す。
「逃げても無駄言いいよるやろうが。観念せんか?ああ?」

男の背後から後頭部に向け、一撃が加えられた。
手には大きな石がある。
一瞬激しい衝撃に目がくらんだ男だったが、すぐに体制を立て直し正面を向く。
さらに一撃。今度は顔面だ。
鮮血が飛び散る。

「きさん…こげなこつしよって…ただじゃ済まんばい…」
男が顔を押さえながら言う。
「ただで済まそうとは思ってないよ。悪いのはアンタなんだ。」
更に頭部に石を持った手を振りおろす。
地面に倒れた男の頭を何度も何度も殴りつけた。

やがて男は動かなくなった。

「はあ…はぁ…はぁ…はあ…」

街灯に照らされた篠田麻里子の顔は暗く沈んでいた。
息を切らしながら立ち上がる。
男の血がこびり付いた石を持ったまま、篠田は動かなくなった男の姿を暫くの間見下ろしていた。白いコートは帰り血を浴びて真っ赤に染まっていた。



シーン4.

シーン4.


捜査員の息が白くたなびいていた。
朝の張り詰めた空気を捜査員の緊張感が一層引き締めていた。

「お~寒い寒い。やっぱり冬に自転車は寒いよ。」

黒いコート姿の古畑任三郎が現れた。
自慢のセリーヌの自転車のハンドルの所には防寒用のカバーがつけてあった。

「あ~ちょっと君。この自転車、ちゃんと止めれるところあるかな?
何しろ、この自転車大事なものでね~。
祖師谷大蔵の自転車屋さんからやっとの思いで譲ってもらったものなんだよ。」
制服姿の警官に腰をかがめて話している古畑に今泉が声をかける。

「あ、古畑さん。おはようございます。」
「今泉君~。君からの電話で目覚めるとせっかくの爽やかな朝が台無しなんだよ。
少しは気を使ってくれないかな?」
「古畑さん、失敬だなぁ。僕はですね、誰よりも早く現場に駆けつけてですね…
痛っ、何するんですか?冬はおでこも冷えてるんですから…」
「誰よりも早くって、ここ君んちと目と鼻の先じゃないか。
そんな事で自慢するんじゃないよ。一番先に来たって事は、それなりに情報は集めてるんだろうね?」

「いえ。」
「ん?なんだって?聞こえなかった。もう一回聞こうか。」
「いえ、何もわかってません。痛っ。なんなんですか?もう。」
「何でそんな風に堂々としてるの?何もわかってないってさ。」

「古畑さん、おはようございます。」
その時、小走りに小柄な男が姿を現した。
「西園寺君。この男をどうにかしてくれないか?全く…何もわからないなど…」
「あ、いえ…今泉さんの言葉も嘘ではありません。」
「どういう事なの?」
古畑が死体にかけられたシートをめくりながら聞く。

「ひどいね。ここまで顔がわからなくなるくらい殴るって。
相当の恨みがなきゃ出来ない事だ。」
「はい…被害者ですが。身元を証明するものを何一つ身につけていませんでした。
カバンの中は空でしたし、着ている衣服のポケットからも何も…」
「なるほど。で、状況はどうなの?」

「ご覧の通り、死体の周囲にはカップ酒が5つ、あとワインの空き瓶。
それから…つまみでしょうか?コンビニの総菜…焼き鳥とからあげ。
あと乾きものが散乱していました。
紙コップもありました。そのうちの3個に使用した形跡があります。」
「凶器は?」
「見つかっていません。恐らくは鈍器のようなもので殴られたと思われます。
相当量の出血が認められますので、凶器にも付着しているものと。
犯人が持ち去ったんでしょうね。」

「今泉君~。何もわからないって事はないじゃないか。君は一体…」
「そ…それくらい僕にだって。僕はですね、独自の推理でですね。」
「もういいいよ。西園寺君、第一発見者は?」
「はい。JRの職員です。貨物列車の点検を行っているところ発見したようです。」

古畑は死体の周りに散乱したものをじっと見た。
「どうしました?古畑さん。」
「ん~…昨日は随分冷えたよねぇ?」
「ええ。今朝は氷点下まで下がったと。」
「ふ~ん…」
古畑の視線は動かない。
指先がそっと当てられた眉間には深い皺が寄っていた。

シーン5.


事件から1週間後


「きゃー、篠田さん~久しぶりです~。あれ?いつ帰ってきたんでしたっけ?」
「ああ、今回は短かったの。向こうには実質2日もいなかったしね。」
「そうなんですかぁ?せっかくのヨーロッパなのに。」
「そうなんだよね。もっとゆっくり出来たらよかったんだけどさ。
あ、お土産買ってきたよ。これ…珠理奈の分ね。」
篠田が珠理奈に小箱を差し出した。
「ありがとう~!嬉しいなぁ。早速見ていいっすか?」
「うん。開けて開けて。」

「麻里子さま~お帰りなさい~。」
「お~すーちゃん。すーちゃんにもお土産買ってきたよ~」
「きゅーん。小森には?小森にはないんですかぁ?」
「あるよあるよ、もうまったく…ほら小森にも。」

「きゃーすーちゃんのワンピ可愛い~さっすがヨーロッパだぁ。
ゴスロリすごすぐる~」
「珠理奈のシルバーのネックレスもカッコいい。今日の私服に合いそう。」
佐藤と珠理奈から歓声が起きる。

「きゅーん…」
「小森も。可愛いじゃん。それ。」
「似合う~その帽子、猫だよね?]
「違うよ、クマだよクマ。今日の握手会でかぶったらいいかも。」


「麻里子さま~。また若いのはべらせちゃって。」
高橋みなみが笑いながら寄ってくる。
「私には?お土産。」
「あ。ごめん、忘れた。」
「これだよ…」
二人は笑い合った。

「しかし、昨日の夜遅く帰ってきたんでしょ?時差ボケとか大丈夫?」
「全然~。今日は私のセンター曲の個別握手じゃん。気合入ってるんだよ!」
「相変わらずタフだね~。」
「まあね。」

「あ、そうそう。戸賀崎さんが呼んでたよ。手が空いてる時に声かけれくれって。
今日もずっと支配人部屋だと思うから電話入れてみたら?」
「戸賀崎さんが?うん。わかった。ありがと。」

今日の握手会、篠田の枠は全て1次で完売していた。
さて…行くか。大きな背伸びをして篠田が控室を出た。
今日も楽しもう…。


シーン6.



「戸賀崎さん、お疲れ様です~」
携帯電話から篠田の声がした。戸賀崎は「支配人の部屋」でファンからの
声を聞いていたところだ。
「お、篠田。ちょうどよかった。今控え室か?すまんが、昼休憩の時
俺の控え室まで来てくれないか?頼みたいことがあるんだ。」
「わかりました。私も戸賀崎さんに渡したいものがあるんで。」
「ああ、じゃあ後でな。」

「戸賀崎さん、今篠田って。麻里子さまですか?」
「聞こえちゃいました?ええ。そうですよ。」
「麻里子さま、昨日遅くに帰国したばかりですよね?確かイタリアから。」
「ええ。よくご存知ですね。」
「そりゃもう、僕麻里子さま神推しなんで。でも、帰国してすぐに個別ですか。
時差ボケだってあるだろうし、しかも朝から晩まで…明日もあるんですよ?
もうちょっとスケジュール考えてやってもらえませんか?」
「そうですね…確かに、おっしゃるとおりです。」
「そりゃ、麻里子さまの体力は底なしですよ。
毎日遅くまでツイッターでつぶやいてて笑わせてくれるのはいいけど、
いつ寝てるんだって心配になるくらいですからね。」

確かにメンバーのスケジュール管理はそろそろ限界に来ていることも事実だ。主要メンバーはそれぞれの所属事務所が取ってくる仕事とAKSが主導するAKB全体の仕事との二重管理の中で動くことを余儀なくされている。今回、個人の仕事が圧倒的に多い篠田がセンターになったことで、一番負担を強いられているのは間違いなく篠田自身だ。

「ありがとうございます。何とか考えてはいますので…
皆さんのお気遣いは本当にうれしいことです。」

戸賀崎はファンに頭を下げた。心からそう思っていた。

シーン7.



「え~…ここかい?被害者の自宅っていうのは?ずいぶん洒落たマンションじゃないか。
しかし、なんだってこんなに身元が判明するのに時間がかかったんだい?」
白い手袋をつけながら古畑は西園寺に言った。

「すみません。現場に被害者自身の遺留品がほとんどなかったことと、
人相がわからないほど顔面が殴られていましたので…」
「で…もちろんそんな事じゃ、捜査の進展も何もないって事だよね?」
「すみません。」

古畑は無言で頷きマンションに入っていった。
捜査が進んでいないことは古畑自身にも身にしみていた。
ヒントがない…いや、あるのだが、どれがヒントなのか…
古畑のアンテナはまだそれを捉えられずにいた。

「ずいぶんと立派なマンションじゃないか。
西園寺君、被害者の部屋の家賃はいくらくらいなの?」
「はい。2LDK、管理費込みで28万円だそうです。」
「28万円?そんなに?」
「ええ。渋谷区、駅からも近いですし。」
「ちょっとまって。被害者の情報をもう一回聞かせてもらえる?」
「はい…被害者は、浜田隆一31歳。本籍地は福岡県直方市。職業不詳。
こちらのマンションには3年前から住んでいます。」
「職業不詳って…何か情報はないの?なにか商売やってるとか。
そうだな…最近じゃいろいろあるじゃない?デイトレードとかFXとか。
何で生活を成り立たせていたのか。だって考えてもみてごらん。
こんな高級マンションに住めるんだ。それなりの収入があるだろう?」
「はい…たしかにおっしゃるとおりです。ですが、今のところなにも…」

古畑は首を振りながら浜田の部屋のドアを開けた。
「え~…すごいね…これは…いや…すごい。」
「古畑さん?」
「よくバッタ屋が露天で売ってるような怪しいものじゃないね。これは。」
「バッタ屋…ですか?隠し撮りされたもののようですが。こちらを…」
西園寺がキャビネットを開ける。中にはカメラ機材がびっしりと並んでいる。
「被害者は…盗撮マニアかい?すごいね、サンニッパにゴーヨン…
え~…ロクヨンまであるじゃないか。この望遠レンズ1本で車が買えちゃうよ。」

「先ほどの数多くの写真ですが…」
「ん~…被害者が撮ったものだろうね。
しかし…こういうプライベートを盗撮した写真が出回ったのはあまり見たことがないね。」
「出回る…といいますと?」
「いや、ライブなんかの写真は結構出回るんだよ。
そういうのを専門にやってる輩もいるようだから。
あまりイイ値段はつかないが、暴力団の資金源にもなってるみたいだ。
え~実にけしからんことだとは思わないかい?」
「あの…古畑さん…さっきから…?」

古畑はしばらく考えこんでいたが、何かを思い出したように西園寺に言った。
「え~…今日、明日は一日スケジュールを取ってもらうのは無理だろう。
ずっと幕張にいるんだろうからね。あさってでいい、話を聞きにいこう。」
「あさって?はあ…どこへ行くんですか?誰に?」
「彼女たちにだよ。」

古畑が一枚の写真を差し出した。
「え~秋葉原だよ。西園寺君。」

シーン8.

「失礼します。」
「おお、来たな。篠田。」
「はい。あ、これ…戸賀崎さんにお土産です。」
「おお、いつも悪いな。3本もあるじゃないか?
これじゃ俺が渡した餞別だけじゃ足りんかったんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。イタリアワインってフランスと違って変なブランド料が乗らない分
安くて美味しいワインが選べますからね。ぜんぜん余裕です。」
「そうか。お前が選んでくれるワインは本当に旨いからなぁ。助かるよ。」
「いえいえ。あれ?戸賀崎さん、私に話しって何ですか?」
「おお、そうだった。ちょっと待ってくれな。」

戸賀崎が携帯電話を取り出した。
「ああ、俺だ。花崎はそこにいるか?
ああ…すぐに俺の控え室に来るように行ってくれ。そう。すぐにだ。すまんな。」

「実はな…お前に見てほしいヤツがいてな。14期の事は聞いてるか?」
「ええ。何でも一人だけしか合格しなかったって…」

「失礼します!」
部屋のドアがノックされた。元気な声が外からかかる。
「おお、早いな。入っていいぞ。」
「はい。失礼します。」
中に入ってきた少女がすぐに篠田の姿を見つける。

「花崎、紹介しとくな。こっちが…」
「篠田麻里子さん!はじめまして。私、14期研究生候補の花崎彩音と申します。
よろしくお願いします!」
花崎が腰を90度に曲げて一礼した。顔を上げて直立不動の姿勢になる。

「はじめまして。篠田です。彩音ちゃんかぁ。可愛いね、いくつ?」
篠田が優しい笑顔で花崎に右手を差し出す。
「はい。13歳です。中学1年生です。」
花崎が緊張した表情で両手を出す。篠田の手を握り締めた。

「へ~なるほどねえ。うん。戸賀崎さん、見てほしいって事は…
私が預かっていいって事ですよね?」
「ああ、だが、無茶はしないでくれよ?」
「わかってま~す。ね?彩音って呼んでいいかな?」
「あ、は…はい!うれしいです。」
「あのね、彩音。後で声かけるから控え室で待ってて。メンバーの控え室?」
「はい。今朝、皆さんにご挨拶させていただきました。」
「そっか、じゃあとで。」
「はい。では失礼します。」

花崎が部屋を出て行った。
「ねえ?イイ子じゃない?なんか、珠理奈の事思い出すな。」
「そうか?タイプは違うけどな。まあ、勝気なとこは似てるかもしれんが。」
「秋元先生でしょ?何か企んでる気がします。
いきなりアンダーガールズとかに入れたりして。あ、まさかいきなりアンダーのセンターとか?」
「鋭いな。でも…秋元先生はもっとスゴイ事を考えてるみたいだぞ。」
「え?もっと?まさか、いきなり選抜とか…?」
戸賀崎は篠田の質問には答えず、無言で笑った。

「え?ひょっとして…?へ~そうかぁ…こりゃ、面白そう。」
「ところで、後でって何をするつもりだ?」
「握手会見学させようかなって思って。」
「おい、もうファンの前に出すのか?いや、それは秋元先生が何て言うか…」

「面白いじゃないか。」
「秋元先生!」
いつの間にか姿を現した秋元康が言った。
「何も言わずに篠田の横に立たせてみなさい。
ファンに誰?って聞かれたら、名前だけ教えるんだ。名前だけな。
覚えておいてくださいって、それだけでいい。篠田、どうだ?」
「ええ。かまいませんよ。面白そう。じゃ、そろそろ行ってきますよ。」

篠田が立ち上がった。

シーン9.


「まるでキャバクラみたいですね。こんな風に写真が並べられてて…」
「ん~西園寺君。ずいぶん詳しいね。好きなの?」
「え?キャバクラがですか?いえ…そんなわけでは…」
「いいんだけどね。そう、そんなに楽しいの?キャバクラって。」

「楽しいというか…ちょっと何を言わせるんですか?
それより古畑さん、なんとなく僕にも古畑さんの考えていることがわかりますよ。
被害者はAKBのメンバーを盗撮していた。何らかの形でそれが関係してる…
そう思われてるんですよね?」

「ん~西園寺君。君は、本当に真面目なんだねぇ~。」
古畑がロビーへと足を進め、周りを見回しながら話す。
「は…はい。決して悪ふざけをするようなタイプではないと自分でも思ってはいますが…」
「だってさ、まだ何にも手がかりないじゃない?ただ、写真がいっぱい出てきただけで。
あのね、刑事ドラマじゃないんだよ?そんな簡単に話は進まないよ。」
「では、なぜ古畑さんはここに?」
「そんなの決まってるじゃないか。」

「お待たせいたしました。」
劇場入り口のドアが開いた。中から大柄な男が現れる。
「お忙しいところを大変申し訳ございません。私、警視庁の古畑と申します。
こちらは西園寺。西園寺君、こちらは戸賀崎さんだ。劇場支配人をされている。」
「あ…これは…前にどこかでお会いしたことありましたか?私の事をご存知だとは…」
戸賀崎が不思議そうな顔を古畑に向ける。

「え~…はい。何度か。といっても、戸賀崎さんは私のことはご存じないと思いますが。
支配人部屋へ何度か足を運ばせていただいたことがあります。」
「そうでしたか?これは失礼しました。」
「え~…結構です。何しろあれだけ多くの方がお見えになるんです。
私のことを覚えておられないのは当然です~」

「ところで今日は何でしょうか?申し訳ありません。あまり時間もないもので…」
「そうでした~。今日もこの後劇場公演でしたね。お手間は取らせません。
え~…この男に見覚えはございませんでしょうか?」
古畑は一枚の写真を取り出した。髭面の男の顔写真だ。
戸賀崎はすぐに答えた。
「ああ。知ってますよ。え~っと…本名はなんて言ったかな…すぐに思い出せませんが…
ここ最近、すごく熱心に応援してくれるようになったファンの方ですね。あ…でも暫く見てないかな?
この方が何か?」
戸賀崎が表情を曇らせた。
「そうでしたか~。実は…1週間以上前の話になりますが、何者かによって殺害されました。
ん~残念な話です。」

「何ですって?」
「実はこの方の部屋の状況から、相当なAKBのファンである事がわかりました。
何か捜査のヒントがあれば…と思いお邪魔させていただきました。」
「ヒント…と申しますと?」
「え~…私にも…まだわかりません。」
古畑が苦笑いを浮かべた。

「ところで…当然この亡くなった方にも推しメンはいらっしゃったのでしょうね。
戸賀崎さんが顔をご存知なほどですから…」
「ええ…えっと誰だったかな…う~ん…」
「宜しければメンバーからお話を聞いても宜しいでしょうか?」
「ええ。構いませんよ。その際には私も同席させていただきますが…」
「では、公演が終わった後にでも…少しずつ…何人かずつで結構ですので。」
「わかりました。では…あ、刑事さん。」
「古畑です。」
「よかったら公演ご覧になっていかれますか?確か今日は招待席が空いてますから。
お連れの刑事さんもご一緒に。」
「え…いえ、今日はあくまでも捜査…」
断ろうとした西園寺を古畑が慌てて制した。

「さぁ~いおんじ君。お言葉に甘えようじゃないか。え~…宜しいのでしょうか?」
「ええ。その代わり…捜査もいいですが、お手柔らかにお願いしますよ。」

シーン9-2.



「古畑さん…ちょっと残念です。」
「何がだい?こんないい席なのに、何が不満なんだい?前から2列目。
しかも真ん中じゃないか。私はこんないい席で見るのは初めてだよ。」
「こんないい席は初めてって…古畑さん、前にも来たことがあるんですか?」
「ん~、最近はなかなか抽選にも当たらないからね。いや~楽しみじゃないか?西園寺君。」
「古畑さん。まさか、捜査っていうのは口実で…」
「ほら。始まるよ。いいかい?椅子席は立っちゃ駄目だからね。
かといって、黙りこくってみてるのも駄目。え~…ちゃんとマナーを守って観覧しなさいよ
?いいね、西園寺君。」

激しい音と光の中劇場公演が始まった。
最初は戸惑っていた西園寺だが、至近距離で繰り広げられるステージの熱気にに徐々に引き込まれていった。確かに…このパワーはすごい。世の中を席巻している理由がなんとなくわかる様な気がした。

「いや~古畑さん。楽しかったですよ。まさか、こんなにすごいとは…
でも、テレビでよく見る子は一人もいませんでしたね。」
「え~…仕方ないよ西園寺君。今日はチーム4の公演だから。しかし…
何か気づいたことはないかい?」
「気づいたこと…?なんでしょうか?」

「さぁ~い園寺君。君は私が邪な考えでここに来たとでも?」
「いえ…そんなことは…」
「今日の公演メンバー、確かにテレビは出ない顔ばかりだよ。
しかし、君はこのメンバーたちを最近目にしてるはずだ。」
「最近…ですか?」

古畑が目を閉じて腕を組んだ。
西園寺が首を捻る。

「え~…君はもっと頭を柔らかくしたほうがいい。ほら。」
古畑が西園寺の鞄の中のファイルを指差した。
西園寺がそれを取り出して開く。
「この子、この子…それからこの子…この子もそうだ。
あの部屋にあった写真は殆どが君の言う、テレビで見たことがない子たちだよ。」

「古畑さん。やっぱり何かAKBが引っかかってるって事じゃないですか。
それならそうと最初から言ってくださいよ。てっきり僕は…」
「だってさ、君にそんな不順な動機でここに来たって思われるとは思ってなかったもん。
私をいったいなんだと思ってるんだ?」
「でも…公演見たかったのは事実でしょ?」
「え~…西園寺君。あれは戸賀崎さんのご厚意だよ。」
「古畑さん、無言のプレッシャーかけてたじゃないですか?」
「西園寺君~今日はどうしたんだい?やけに発言が厳しいじゃないか。
ひょっとして君、アンチかい?」

西園寺は肩をすくめてため息をついた。
やっぱり、何かを嗅ぎ取ってるんじゃないか。

そろそろ掴まないと。
この人がふざけた行動を取るように見えるときって、必ず何かがあるんだから。




シーン10.



「ねぇねぇ、彩音ちゃん。こっちおいでよ。」
「そうだよ~そんなトコに一人で座ってないでさ。」
前田敦子と小嶋陽菜が声をかける。
一人で携帯の画面を眺めていた花崎彩音が顔をあげてその声に笑顔を返した。

「はい!ありがとうございます!」
「彩音ちゃんってトロンボーンやってたんでしょ?バス?テナー?」
「あ、はい、テナーです。」
「えぇ~私といっしょ!さっしーはバスだよね?」
「そうですけど、ゆきりん、彩音は私達とレベルが違うもん。だって普門館出てるんでしょ?」
柏木由紀と指原莉乃が興奮気味に話に加わった。
花崎が顔を赤くして下を向く。
「はい…でも…」
「アイドルの夜明け公演のリバイバルやるなら彩音ちゃんにも入ってもらえばいいのに。」
渡辺麻友も笑いかける。花崎の腕に自分の腕を絡める。

夢だよね…これって。私はきっと夢を見てるんだ。
目の前にあっちゃんがいる。こじはるも、ゆきりんも、さっしーも…まゆゆまで。
こないだまでテレビの中の人だよ。握手会にも行った事がある…
このところ、ずっと一緒にいてくれる麻里子さま…
あのしのまりだよ?一から十まで色んな事を教えてくれる。
絶対にこれは夢だ…でも、解ってる。夢の中にいられるなら…頑張らなきゃ。

「彩音ちゃんは、どうしてAKBに入ろうと思ったの?」
高橋みなみが満面の笑顔で聞いてきた。
「あ…はい。私…AKBの事が大好きで。
さっき渡辺さんがおっしゃってたアイドルの夜明け公演のリバイバルを見に行って
、私もこんなステージに立ちたいなって…
あの。すみません。将来は音楽関係の仕事に就きたいんですけど…」
「そっかぁ、リバイバル来てたんだね。へ~じゃあ、公演とか握手会にも来てたとか?」
「あ…はい。良く…お父さ…父に連れてきてもらっていました。」

「そうなんだ?ね、誰推しだったの?」
「あ…それは…」
「いいじゃんいいじゃん、教えてよ~」
指原が突っ込む。どうやら、早くもアイドルオタクの血が騒ぎ始めたらしい。

「はい…島田晴香さんです。」
花崎は恥ずかしそうな小さな声で答えた。

「えぇ~~島田?はるぅ?」
「意外~。どうしてどうして?」
一斉に声が上がる。
「あ…あの…最初は父が推してて…一緒に握手行ったんですけど、中学で部活入るか迷ってたんです、私。そしたら、島田さんが「なんでもいいから頑張れ。大事なのは何をするかじゃなくて、どれだけ頑張れるかって事だよ」って言ってくださって。だから…」
「へえ~はるぅらしいじゃん。やるなぁ。じゃあ、はるぅは次期エースの生みの親って事?」
高橋が嬉しそうに笑った。
「でも、お父さんもファンなんだ?」
「あ…はい。お恥ずかしい話なんですが、実は祖父も…今日もここに来てるはずです…」
「へえ~そりゃスゴイわ。」
「ねえ?はるぅにはもう会ったの?」
「あ…全体にご挨拶はさせてもらったんですけど…直接はまだ…」

「じゃ、後で連れてくよ。今日の全握、あの子も来てるでしょ?」
篠田が現れて花崎の肩に手を置いて言った。
「麻里子~大丈夫?びっくりしたよ、珍しく体調が悪いとか聞いたから。」
「ああ、あっちゃん。もう大丈夫。一日寝たらけろっと治っちゃった。」
「ホント麻里子の体力には関心するわ。」

「さ、時間だよ。準備しなきゃ。」
高橋の声で全員が一斉に立ち上がった。
「あのさ、ミニライブ始まったら、ステージ袖で待っててって。戸賀崎さんが。」
「え?」
「衣装部屋行ってみて。あなたの衣装があるから。それを着て…ね。」
篠田が花崎にウインクして笑った。

シーン11.




全国握手会会場の西武ドームには2万人以上のファンが集まった。
コンサート会場の熱気そのままに始まったミニライブ。
花崎彩音は、ステージ上で歌い踊るメンバーと同じ衣装に身を包みステージ袖に立っていた。恐らく…この後、あのステージに呼ばれるんだろう。それ位は理解できる。でも、なんで?第一まだ13期生のお披露目があったばかりだ。そうか…1人だけだからかな?どっちにしても覚悟決めなきゃ…。

ライブが終わった。メンバーが引きあげてくる。
あれ?なんだ…お披露目じゃなかったの?ちょっと気が抜けちゃったな。
花崎はステージから離れようとした。その前に篠田が立ち、笑顔で首を横に振る。
「ちょっと待って」とでも言いたげな表情だ。

大きな音響。観客席の視線がステージ上のモニターに集まる。
「AKB48 26thシングル 選抜メンバー発表!」
初夏に発売されるシングルの選抜メンバーが発表される。観客からどよめきが起こった。

ドーン!
大きな爆発音のような効果音とともにメンバーが1名1名スクリーンに映し出される。
「チームA 前田敦子」
「チームK 大島優子」
「チームB 柏木由紀」
馴染みのメンバーが発表されていく。
「チーム4 島崎遙香」
初選抜の島崎の名前が表示されると一段と大きなどよめきが起こる。
そして、場内の照明が突然変わる。ステージ上に発表されたメンバーが登場した。
発表された17名が横一列に並んだ時、一段と大きな効果音が響いた。
再びモニターに映像が映し出される。

「AKB48新世紀 今君たちは新しい歴史を目撃する。」
観客から大きな歓声が上がる。何かが起きる。そう期待する声だ。
「現れた新星 今新しいAKB48が産声をあげる」
「26thシングル 我々は新しい時代を迎える」
モニターの煽り文句で場内のボルテージは最高潮に達した。
「新センター」
「AKB48 14期研究生」
「花崎彩音」

場内には一瞬の静寂が訪れた。すぐ後に雪崩のような歓声が沸き起こる。
期待と戸惑い喜びと驚き期待と落胆…いろんな感情が入り混じった歓声だった。
ステージ上のメンバーも同じ反応だった。お互い顔を見合わせる。
その中、一人篠田が笑顔をステージ袖に向ける。
茫然と立ち尽くす花崎の姿があった。両手で口をふさいでいる。
驚きの声が漏れないようにしているかのようだ。

一番端に立っていた宮澤佐江が袖に走り、花崎の腕をつかんだ。
「さ、行こうか。みんなが待ってるよ。ね?」
優しい笑顔だ。ステージを見る。メンバーがこっちを見てる。
眩しい…眩しすぎる…私なんかがあっち側に行っていいんだろうか?
「おいで!さあ!」
篠田が大きな声をかける。ふらつく足をステージに向けた。

眩い世界へ足を踏み出した花崎の背中に刺すような視線がぶつけられる。
ステージ袖には、名前を呼ばれなかったメンバーの姿があった。

シーン12.



「古畑さん!古畑さんってば。」
「ん?あ…ああ。なんだい今泉君、人の耳元で大きな声を出して。
ちゃんと聞こえてるよ。まったく。」
古畑が今泉のおでこをぺしっと叩いた。
「痛っ、だって、さっきからぽかんと口開けて。ぼーっとステージの方を見てたじゃないですか。
何にびっくりしてるんですか?」
「うるさいなあ。本当にお前はうるさいんだよ。ところで報告は?」
「なんだよ…偉そうに…自分はず~っとミニライブばっか見ててさ…」
「いまいず~み君、何か言った?」
「言ってませんよ。えっとですね…スタンドで3名、アリーナで2名。
警戒してる捜査員がそれらしい男を見つけたそうです。場所は特定できていますよ。」
「ん~…ありがとう。では、戸賀崎さんに報告、許可を得てその…5名か。
控室に連れて行って。私もすぐに行くからって。西園寺君に指示してくれる?」

「ね?ね?今日はメンバーに話聞かないんですか?ね?古畑さん。」
「ん~…今日はその予定はないよ。戸賀崎さんには協力してもらうけど。」
「なんだぁ。なんでこないだ、僕を連れて行ってくれなかったんですか?」
「こないだって?ああ、西園寺君と劇場に行った時かい?」
「ダメですよ、あんなカタブツじゃ。しかも、あの日話を聞いたのは…
川栄ちゃん、華怜ちゃん、なっつん、なーな…研究生推しの僕得なメンバーじゃないですか?」
「まったく…君は…捜査と趣味を混同するんじゃないよ。」
「混同してるのは…ふる…痛っ。だから、頭を叩くのはやめてくださいって。」
「頭?あ、これおでこじゃないの?」
「いいんです!じゃ、行きますよ。」

「ああ。解ってるよ。ところで、今泉君…君は研究生が好きなのかい?」
「ええ。もう名前の売れちゃった選抜メンバーにはなんの興味もありませんね。」
「そうかい…じゃあさ、あの子の事はどう思うんだい?さっき発表があった…」
「ああ、あの14期の子ですね。
なんでも、この前の個別握手会で篠田麻里子が横に並ばせてた子らしいですね。
ネットでは相当話題になってましたね。」
「へえ?そんなに評判がいいのかい?」
「う~ん…僕は納得できないなぁ。だって、いきなりセンターって言ってもねぇ。
ここまで頑張って来てまだ昇格も出来ない10期や11期、12期もいるんですよ。
それを飛び超えて何の苦労もしてない新入りがねぇ…って。
まあ、秋Pは珠理奈の再来って言うんでしょうけどね。」
「え~君もたまには真面目な事を言うんだね?」
「あたりまえじゃないですか。痛っ・・だからあ…」
「もうちょっと仕事でもそういうところを見せて欲しいね。」

「そうか…前途多難…いいことばかりじゃないってことか。」
古畑は呟いて球場のスタンドを降りて行った。





シーン13.



「え~…みなさん。皆さんのやった事は立派な法令違反です。ここにいる戸賀崎さんからの被害届を出す旨のお話をいただいております。ですが…二度とこういう事をしないという事を念書としてお出し頂く事と、幾つかの情報を頂けましたら、今日のところは穏便に事を済ませてもいいとおっしゃっていただいてもおります。ん~…いかがでしょう?」

連れて来られた男たちの前のテーブルには、超望遠レンズを装着したカメラが並べられていた。握手会のステージを隠し撮りしていたところを警戒していた捜査員に押さえられたものだ。

「刑事さん…勘弁してください。俺ら…ちょっとした出来心で…なあ?」
「ああ。そうなんですよ。推しの写真を撮りたくて。それだけなんです。」

「え~…なるほど、では…そこのあなた。あなたは誰推しなんでしょうか?」
「俺ですか?えっと、俺は…そうそう。大島優子です。優子推し。」
「ん~…そうですか。では、今日はなぜここに?」
「なぜって…そりゃ…」
「え~…優子さんは今日はここに来ていませんが?ドラマの撮影の関係らしいですね。」
「え…」
「ん~…あなた、すぐにばれる嘘はついてはいけません。西園寺君?」
「はい。この男のバッグの中からデータを押収しました。今日だけではないですね。
過去、各地のライブで撮影されたと見られる画像が大量に見つかりました。」

「みなさん、最近はこういう写真もあまり売れなくなってきたのではありませんか?
目の肥えたファンが増えてきています。
公式写真でもないものにはオークションでもまともな値段はつきませんからね。」
「参ったな…あのさ…くれぐれも俺たちが情報出したって事は黙っててくれないかな?
いろいろとヤバいんでさ…」
「俺たち、ほんのバイト感覚なんすよ。
日当もらって、一枚いくらって事で撮った写真買い取ってもらって。
そりゃ、あんまりマトモな相手じゃないって事はわかってるけど…」
「あなたたちの仲間は他にも?」
「ああ…でも、とりあえずおおっぴらって言うか手広くやってるのはこの5人と他に何人いるかな?話したことはなくても顔見ればわかるかな。でも、連絡先とかは知らないよ。お互いそういうことは聞かないって事にしてるし。」

「西園寺君。」
西園寺が何枚かの写真を男たちに見せる。
浜田の部屋で発見されたものだ。
「ちょっと、刑事さん。コレはやばいって。それこそ、もっとヤバイ写真じゃないっすか。
俺たちはここまでやらないっすよ。イベント会場で撮るくらいしか…」
「こういう写真を狙って撮ってる人をご存知では?」
「いや…なぁ知ってるか?」
「知らねーよ。第一こんな写真撮ってどうすんだ?
いくらバッタもんでも、こんな危ない橋渡って撮った写真を売り物なんかにできないだろ。」
「ストーカーじゃないのか?こんなことする奴って。」
男たちが口々に捲くし立てた。

「なるほど。よくわかりました。え~…では、この男に見覚えは?」
古畑に指示されて、西園寺が一枚の写真を差し出した。
「見たことないなぁ…刑事さん、こいつがその写真撮ったんですか?」
「俺も…」
全員が首を横に振った。
「わかりました。どうもありがとう。戸賀崎さん、彼らには厳正なる処遇を。」
古畑が戸賀崎に目配せをした。

シーン14.



「あのさぁ、何でアンタがそこでずっと見てるのかなぁ?」
「そうそう、劇場公演なんか見に来てる暇ないんじゃないの?」
「いや~余裕なんでしょ?なんたって選抜のセンター様ですからね。」
僕の太陽公演に備えて準備体操をする研究生たちが口々に嫌味をぶつける。
花崎彩音は下を向いてそれを黙って聞いていた。

「ちょっと何言ってるの?八つ当たり?みっともないと思わないの?」
「あ…島田さん。おはようございます。あの…」
「彩音。戸賀崎さんが呼んでたよ。行っといで。」
「はい。すみません。失礼します。」

サプライズの発表以来、衝撃が走ったのはファンの間だけではなかった。メンバーの間でもその衝撃のほどはあまりにも大きく、特に自分たちの頭の上を一気に飛び越された研究生や選抜未経験のメンバーからの不満が大きく膨らむのも無理はなかった。

「どうだ。正直キツイだろう?」
戸賀崎が花崎に聞く。隣には篠田真理子の姿があった。
「キツイって、スケジュールのことですか?いえ。
いつ寝てるかわからないくらいハードな毎日を送ってる篠田さんに比べたら…」
「いや…そうじゃなくてな。世間とか他のメンバーからのやっかみとか…
さっき島田と話したんだが、結構ネチネチ言うヤツもいるみたいだな。」
「ああ、そのことですか…いえ。皆さんのおっしゃることももっともですから。」
花崎が涼しい顔で答えた。

「ほう…さすがに秋元先生が見初めただけのことはある。
見た目以上に気が強いにたいだな。な、篠田?」
「いや…戸賀崎さん、それちょっと違うんですよ。」
「ん?どういう意味だ?」

確かに普通の子とは違う。同じような境遇だった珠理奈が乗り越えてきたような感じとは違う。なぜかはわからない。この子は人の心が読めるんじゃないかって思えるときがある。何を言えば相手を怒らせ、何を言えば相手の機嫌がよくなるか…どう行動すれば良くて、してはならない事は何なのか…そんな事が自然にわかるかのようだ。まだ13歳の女の子なのに。そう…洞察力がものすごく高いんだ。
たぶん自然にそうしてるんだろうけど…だから、選抜メンバーだけじゃない。この子と接した子はみんなこの子が好きになる。う~ん…好きになるっていうのとはちょっと違う?なんか一目置いちゃってるようになるんだよね。

そう…何かを見透かされてるかのような…
私も気をつけないといけないのかもしれない。
いや…それは違うか…

私はうまくやってるはず。
あれ以来、私には何の手も伸びてきていない。
誰かに追い詰められてる感じもない…
きっと大丈夫だ…



「いえ…心配ないよね。彩音?」
「はい…島田さんがすごく良くしてくださるので…」
「メンバーになってもはるぅ推しは変わらないって事か。」
「あ…推しだなんて…尊敬してるだけです。」
「そりゃ、麻友や指原が聞いたらヤキモチ焼くよ~。
あの二人、すっかり彩音推しだからね。女のヤキモチは怖いよ~」
篠田が笑った。


シーン15.



「古畑さん…やっぱりこのビデオに写ってる男…被害者とは違いますよね?」
西園寺がモニターに移る不鮮明な映像を見ながら言う。
「そうだね。でも、現場に残されたカップ酒やワイン、焼き鳥なんか…
それはこのコンビニで買ったものだって事がわかったんだろ?」
「ええ…レシートが残されていなかったので検証が遅れましたが、
POSデータに残った購入履歴からほぼ間違いないと。」

「それなら、こうじゃないのかな?
このビデオに写っていた男は、浜田さんが殺されたとき一緒にいた…
殺人現場にはなにやら宴会じゃないけど、酒を酌み交わしている後があったんだからさ。」
「確かに…浜田さんは、殺された時赤いセーター姿でした。
この黒いコートに帽子を目深に被った男が何らかの経緯を知ってる可能性は高いですね。」
「え~…西園寺君、周辺の聞き込みは?」
「はい…事件後毎日のように行っています。」

「大丈夫ですよ!古畑さん。僕が仕切ってますから!」
今泉が現れて得意そうな表情で言った。
「どういう指示で?」
「指示…といいますと?」
「いやね。まさか、怪しい人を見ませんでしたか?
なんて小学生でもできるような聞き方はさせてないだろうとは思うけどさ…」
「ああ、もちろん被害者の特徴と顔写真を見せて聞き込みをさせてます。」
「あのさ…被害者の特徴って?」
「えっとですね、ちょっと痩せ型で30代前半、ひげ面で…痛っ。
何ですか、古畑さん。またですか?痛っ…。もうやめて…」
「今泉君、こっちこっち…」
古畑が今泉の額を手のひらで叩いて指で今泉のを自分のほうに呼び寄せた。

「今泉君…そうだな…君も西部ドームで戸賀崎さんに会ったよね?」
「会いましたよ。すごいお腹でしたよね。」
「彼の顔に髭はあった?」
「えっと…う~ん…あったような…なかったような…
でも、真っ赤なシャツを着てましたね。コンサートのグッズですよ、あれ。」
「いいかい?今泉君、人間の記憶って言うのは実に曖昧なものだ。
あの遺体を君も見たよね?まあ、顔は潰されていたのでわからないとして、
当日あの被害者を見て何が一番印象に残った?」
「被害者が着ていた真っ赤なセーター…」
西園寺がつぶやいた。

「今泉さん、赤いセーターの目撃情報は?」
「ないよ。そんなもの。」
「今泉君…」
「はい?」
「やり直し。」
「え?」
「や・り・な・お・し。聞こえなかった?」
「は…はい。」
「まったく、こんな基本を…あ、それからこのビデオに写ってる男の目撃情報もね。
いい?もう一回同じ事を繰り返さないようにね。」

古畑が大きなため息をついた。



シーン16.


新曲のPV撮影日。既に歌入れは完了していた。
今回のPVはAKBグループ全員が参加して行われる事になっていた。

設定は学校の体育館。かつて名門と呼ばれた母校を訪れる、前田・小嶋・高橋・柏木らの卒業生。篠田、大島は教師役だ。しかし、そこで卒業生が目にしたのは、かつての輝きを失いつつあり、生徒の覇気も失われつつある母校の姿だった。
その荒み始めた学校に現れた新入生、花崎彩音が上級生の渡辺麻友や島崎遙香、多田愛佳らを巻き込みながら体育館ライブを敢行する。最初は冷めた目線でみていた生徒たちも花崎たちの熱意に動かされ…というシナリオだ。
ロケ地は都内の高校の体育館。ライブ会場となった体育館には生徒役として、今回選抜に選ばれなかったメンバー全員がエキストラとして姿を見せていた。

「これって、メンバーへのお披露目って意味もあるんじゃないの?」
「そうかもね。なんかさぁ、ちょっと癪にさわるよね…彩音のせいじゃないけどさ…」
研究生からは相変わらず不満の声が上がる。
何度か接しているうちに本人への蟠りは解け始めていたが、それでもまだ納得は出来ていないようだ。
「そうだよ。彩音も可哀そうなんだよ。いきなり選抜、しかもセンターなんてさ。」
「そうそう。あの子は確かにイイ子だけどさ。これじゃファンも…ねぇ?」

「アンタ達、まだそんな事言ってるの?」
「あ…島田さん。それに島崎さんも…」
「あのね~今から撮るライブシーン、オケじゃなくて生歌で歌いながらやるんだって。」
島崎が言う。島田の顔を見ながら笑った。
「私は別の機会に聞かせてもらってるけど…ぱるは…でしょ?」
「うん。ま、見ててごらん。スゴイもの見れるからさ。」
「あ、始まるみたいだよ。」
「うん。じゃあ行ってきます~」
「さ。用意しよっか。」

「は~い。じゃあ、ライブシーンから行きますよ~。事前の打ち合わせ通り。
本物の劇場公演を見に来た感じで盛り上がってくださいね~」
ADから指示が飛ぶ。
アンダーメンバーとして今回のカップリング曲のセンターを務めた増田有華の姿もあった。

新曲は復活を果たしたプリンセスプリンセスの奥居香が作曲を担当した軽いタッチのロックンロールだ。
スタンドマイクがセンターを中心に並べられた。
「なんか、大声ダイヤモンドみたいだね。」
「うん、あの時もこんな感じで観客役だったね。珠理奈がスゴクってさ。」
小林香奈と佐藤夏希が顔を見合わせて笑う。
「今度もニューフェイスか…どんどん新しい子が出てくるね…」

選抜メンバーのうちの何名かがステージ上に並んだ。久しぶりの制服を基調とした衣装だ。
センターに花崎、その脇に渡辺麻友、島崎遙香、多田愛佳らが並ぶ。
前田や高橋らは観客席後方にスタンバイした。

軽快なイントロが流れ始めた。まずは花崎のソロパートだ。

ボーカルパートに入った瞬間、観客席全員の動きが止まった。
音楽に合わせて乗らなくてはいけないシーン。それは全員解っていた。
だが…声が出ない。身体が動かない。ただ…ただ花崎の歌声に聞き入った。

圧巻だった。
圧倒的な花崎の歌唱力にその場にいた全員が撮影という事を忘れて聞き入った。

「カーーーット…」声を挟もうとしたADを今回のPVの監督を任された岩井俊司が無言で遮った。
「いいんだ。ワンテイク、このままで…」

「どうだ…お前から見て。」
ワンテイク終了したところで岩井は一旦休憩を入れた。
余りにもメンバーへの衝撃が大きかったと判断しての事だ。
増田に声をかけたのは、いつの間にか姿を見せていた秋元康だった。

「ウチから…ですか?いや…何も言えませんわ。はっきり言うてモノがちゃいますやん。
秋元先生も人が悪いなぁ。ウチがどんだけ打ちのめされてるか解ってて、そないな事聞きますのん?」
「いや…お前だから解ってもらえるのかな?と思ってな。」
「ええ。ありがとうございます。ウチも目が覚めましたわ。もっともっとレッスンせんと…」
増田の目は燃えていた。彼女にとって、初めて現れた好敵手…そう思えた。
「秋元先生…この子は本物ですわ。間違いない。世間のAKBを見る目は間違いなく変わりますわ。
とんでもないインパクトやで、これは…」

「さあ、もう一回…撮影始めます~」
ADの声が響いた。

シーン17.


「え~…では、間違いなくこの方なんですね?」
「ええ。間違いありませんよ。」

古畑は西園寺と顔を見合わせた。
「以前に私どもの捜査員がお邪魔した時にはそんな事は…」
「ああ、何度かいらっしゃって頂いたみたいですが…顔写真だけを見せられてもね…
今赤いセーター姿って聞いて、そういえばって。」
「ほら…言ったじゃないか。」
古畑が今泉の額を叩く。今泉が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「え~随分自信がおありのようで…?」
「ええ、まあはっきり覚えてるのは、一緒にいた相手のほうですけどね。」
「相手?どなたかと一緒にこのお店に?」
「はい、だって随分不釣り合いだなと思って。
どう贔屓目に見ても、業界の人とかには見えませんでしたしね。その男の人の方は。」
「男の人の方?一緒にいたのも男性ではないのですか?」
西園寺が聞く。

「ええ、多分…いや、間違いないと思うな。見間違える事はないと思いますけど。」
「え~…この男と一緒にいたのは…どなたなんでしょう?」

「篠田麻里子ですよ。ほら…AKB48の。刑事さんご存じありません?」

古畑が前かがみになって喫茶店のオーナーに顔を見た。
右の人差し指を一本前に突き出す。
「え~…よく存じております。確かに、あの方がここにいらっしゃったら、私でも気がつくに違いありません。自信を持って…そうだ…と言えるでしょう。ですが…え~。人の記憶とは非常にあいまいなものです…え~本当に間違いは…」
「間違いませんって、ほら。」

オーナーがカウンターの下からフォトアルバムを取り出した。
「私、麻里子さま推しなんです。あの時もサインもらおうかどうか、ずっと迷ってましたから。
なんか取りこんでるように見えたんで遠慮しましたけどね。」
オーナーが見せたアルバムにはびっしりと写真が納められていた。全部篠田の生写真だ。
確かに…これなら彼の言う事に間違いはなさそうだ…

「すみません。その時の篠田さんの服装は覚えてらっしゃいますか?」
古畑がオーナーに聞く。
「服装ですか?えっと・・・黒いタートルのセーターかな?下はパンツ姿だったと。
そうそう、店を出る時は白いコートを着てたな。オシャレでしたよ、さすがに。」
「え~…白いコート…ですか?黒ではなく?」
「ええ。間違いありません、白ですね。」

「え~…ご協力、心から感謝いたします~」
「お役にたちましたでしょうか?」
「ええ。とても。」
古畑が一礼した。僅かに微笑みを見せる。

「西園寺君…」
「はい…早速。」
喫茶店を出た西園寺が携帯電話を耳に当てた。

シーン18.

「やっほー。彩音ちゃん。お待たせ~」
「あ、こんにちは。珠理奈さん。」
「どしたの?なんか、きょろきょろしてたでしょ?」
「あ…はい。なんか、こんなオシャレな喫茶店で待ち合わせなんて初めてで。
なんか緊張しちゃってました。」
「そっかぁ。ごめんごめん。そうだよね。そういや、私もそうだったなぁ。
最初の頃、待ち合わせするのに一人で喫茶店入るのがなんか照れくさくって。」
「珠理奈さんもですか?意外です~」
「あはは。そう?私だってフレッシュな頃もあったんだよ。」
「え~今でもフレッシュじゃないですか?」
「もー彩音、大好き。あれ?何飲んでるの?コーヒー?」
「あ…はい。ホントは飲めないんですけど…コーヒー…」
「あーわかるわかる。オレンジジュースとか頼めないんだよね。
子供っぽいって思われるのが恥ずかしくて。もー、なんかイイなぁ。初々しくて。」

珠理奈と花崎が大きな声で笑う。
周りのテーブルでは存在に気付いた客がちらちらと二人の方を見る。
気付かれてるのは珠理奈だけではなかった。
センセーションな登場で世間の話題をさらった花崎彩音の知名度は飛躍的に高まりつつあった。

「あ…メール。篠田さんからだ。」
珠理奈が携帯の画面を見た。
「私にも…仕事長引いてるから1時間くらい遅れる…ごめんねですって。」
「そっかぁ、どうしよっか?」
「ここで待っててもいいんじゃないですか?おしゃべりしながら。
私、あんまり人が多いトコ苦手で…何しろ田舎ものなんで…」
「そうだよね。あ、そうだ。篠田さんのトコ行ってみない?」
「え?篠田さんのトコって…確か、今雑誌の撮影じゃ…?」
「そうだよ。確かスタジオって表参道だから、ここからすぐだし。
私、前にも行った事あるんだ。彩音ちゃんって撮影の仕事とかってもうあった?」
「いえ…まだです。」
「じゃ、行こうよ。きっと勉強になるからさ。」
「でも…いいんですかね?勝手に押しかけちゃって。」
「大丈夫だって。ね。」

珠理奈が花崎の手を引っ張って店を出た。

シーン18-2.

表参道の表通りから一本入った撮影スタジオ。
カメラマンの合図に応え、次から次へと表情を変える篠田の姿を、珠理奈と花崎が見つめている。時々、その視線にも応えるかのように、篠田は二人に笑顔を見せ、片目をつぶってみせたりした。

「すごいなぁ…やっぱ、モデルの仕事をしてる時の篠田さんは、迫力が違うわ。」
珠理奈がため息交じりに篠田を見つめる。花崎もさっきから軽快なシャッター音とフラッシュの光の中で輝く笑顔を見せる篠田を放心したかのように見続けていた。

そういえば、昨日も深夜4時過ぎ…いや、深夜というより明け方だ。そんな時間までTwitterやGoogle+で活動してたはずだ。今朝は朝一でロケが入ってるて言ってた。一体あの華奢な身体のどこにそんなパワーが隠されてるんだろう?

花崎は篠田を見ていると、段々不安になってくる。芸能界で生き残っていくには気力も体力も必要なんだって…どんな風に身体を鍛えれば、あんな風にエネルギッシュな毎日を送れるようになるんだろう?私にもできるんだろうか…?

「はい~終了です~麻里子ちゃん、お疲れさま~」
カメラマンから声がかかる。篠田の顔からふっと緊張が解けた。
さっきまでの笑顔…笑ってるけど迫力を感じさせる表情からいつもの篠田の笑顔に戻る。
ちょっと悪戯っ子のような笑顔だ。

「お待たせ~。ごめんね。退屈だったでしょ?」
「いえ…すみませんでした。突然おじゃましちゃって。」
「いいのいいの、気にしないで。いつもだよね、珠理奈?」
「えへへへへ。だって見てるの楽しいですもん。ね、どうだった?彩音ちゃん。」
「あ…はい。凄く勉強になりました。でも…私には真似出来そうにありません。」
「大丈夫だって。だって、マイクの前ではあんなにいい表情出来るんだもん。」
「そうね。彩音ならすぐに慣れるよ。」

篠田がペットボトルの水を一気に飲んで笑った。
「さてと…じゃ、ご飯食べいこうか。着替えてくるからちょっと待ってね…」
花崎がそう言ってスタジオを後にしようとする篠田の背中をじっと見た。

「珠理奈さん…今日の篠田さん、ちょっと疲れてません?」
「そう?私にはいつもどおりに見えるけど。」
珠理奈が携帯電話を操作しながら言う。対して気にも留めていないようすだ。
そうだよね…ま、でもそりゃ疲れもあるよね。いくら篠田さんでも。
いつも全力投球で手抜きとか妥協とかって言葉がすごく嫌いな人だもんね…
でも…なんだろう…?妙に今日の篠田さんは…なんと言ったらいいんだろう。
肩に力が入ってた気がした。無理してなきゃいいけど…

「お待たせ、じゃ行こうか。」
篠田が現れた。花崎は目を見張った。
ラフな格好なのに、全身からオシャレなオーラが放出されている。
多分、街を歩いてたらこの人が篠田麻里子だって事を知らない人でも振りかえるだろうな…どうしたらこんな風になれるのかな?そっか…まだ10年以上かかっても仕方ないんだな…

私、まだ中学生だもん。

シーン19.


「私にですか?刑事さんが…?」
「ああ。ちょっと前から捜査に協力はしてるんだが…
何でも殺人事件の被害者がAKBのメンバーの盗撮をしてたらしくてな。
お前が実際に撮られてたわけではないそうだが…なぜか今になってお前に話が聞きたいそうだ。
ま、この件では色々と世話にもなっててな。
イベント会場での盗撮部隊も押さえる事につながったし…すまんが協力してやってくれるか?」
「ええ。わかりました…」
戸賀崎からの電話に篠田は表情を引き締めた。
とうとう来たか…でも…大丈夫。
絶対にばれない。大丈夫…

「俺も同席するよ。研究生から話を聞きたいって時もずっとそうしてきたしな。」
「いえ、大丈夫ですよ。戸賀崎さんも忙しいでしょ?]
「そうだな…まあ、お前なら安心だしな。一応、今日のレッスン後の時間をしておいた。
レッスンスタジオまで来てもらえるそうだ。」
「わかりました。今日は新曲のライブ用振り入れですよね?みんな来るんでしょ?」
「ああ。そうだ、そろそろ花崎にマスコミの取材を受けさせようと思ってるんだ。
色々教えておいてやってくれるか?」
「いいですよ。っていうか、まだメディアに出してなかったんですね。
今一番取材依頼が多いのは彩音でしょ?」
篠田は電話を切った。

よし…行くか…

シーン19-2.

「え~…篠田麻里子さんですね。はじめまして。私、警視庁の古畑と申します。
こちらは西園寺…今日はお会い出来て大変光栄です。」
古畑は深々と一礼して篠田に笑顔を向けた。
「はじめまして。篠田麻里子と申します。」
篠田も同じくらい深いお辞儀を返す。冷静を装って笑顔を作る。

「え~…今日は大変不躾にお邪魔して申し訳ございません。
お仕事…今日はレッスンだとお聞きしました。お疲れのところを…」
「いえ。構いませんよ。それに、まだこの後、仕事も残ってますし。
疲れたなんて言ってる時間じゃないですよ。」

篠田の笑顔が自然になってきた。
大丈夫大丈夫…心の中で唱え続けていたが、それを表に出さない事には成功してるようであった。

「これからですか?いや~お話には聞いておりましたが、本当にお忙しいようで…」
古畑が壁にかかっている時計を見る。もうすぐ22時を回ろうとしていた。
「あの…刑事さん?」
「ん~…古畑…と呼んでください。」
「えっと古畑さん。殺された人の事で話を聞かれる…そう聞いてますけど?」
「え~…これはお話が早い。では、早速本題に…篠田さん、この男性に見覚えは?」
古畑が一枚の写真を取りだした。篠田がそれを受け取り、丹念に視線を落とす。
「いえ…知りません。この人が殺された人なんですか?」
「え~…その通りです。よくご覧になってください。どこかでお会いした事は…?」
「いえ。無いと思います。」

「篠田さん…あなた…」
西園寺が何かを言おうとするのを古畑が目で制した。
「あ~…そうですか…わかりました。では、質問を変えましょう。
え~…2週間程前の事になります。2月3日の夜…22時頃ですが…
どちらで何をされてましたでしょうか?」
「2月3日…あの、古畑さん、それってアリバイって事ですか?」
「はい。私たちの業界用語で言いますと…ですが。」
「それって、私が疑われてるって事?」
「いえ~とんでもありません。ただ…」
「ただ?」
「殺人事件の現場近くであなたに良く似た方が目撃されておりまして…」
「私が?事件現場って…どこですか?」
「え~品川駅と田町駅の間…JRの車両基地近くです。」

「3日の夜ですよね…?その日は…ちょっと待ってくださいね。
えっと、夕方…4時過ぎから夜中の12時まで代官山のスタジオにいましたね。」
篠田が手元のスマートフォンでスケジュールを確認して答えた。
「その後は…そうそう、あっちゃんのマンションに行きましたね。泊めてもらったんですよ。
確か着いたのが1時前かな。次の日、朝早くから一緒の仕事だったんで。」
「それは、お忙しい…え~大変失礼ですが…
それを証明できる方はいらっしゃいますでしょうか?
本当に失礼を承知でお聞きします。これも仕事なもので…」

「本当に失礼ね。」
ふと、背後から声がかかった。篠田が振り返る。
「彩音、まだいたの?」
「あ…すみません。篠田さんがお話あるっておっしゃったので…」
「そっか。ごめん、私が待ってるように言ったんだよね?でも…今はね…」
「警察ってホントいつまでたっても、そんな捜査方法なのね?古いっていうか…
未だに刑事ドラマみたいな聞き込みしてても、核心になんか迫れないんじゃないの?
それにアリバイなんて本人に聞かなくても幾らでも調べられるでしょ?
仕事のスケジュールは事務所に確認すればすぐわかる。
その仕事先とか現場に裏取れば一発でしょ?それをわざわざ本人に確認しにくる…
そんな手でボロなんか出ないわ。だって、篠田さんが事件に係わってるわけないじゃない?」
「こら…彩音。何言い出すの?刑事さんに失礼じゃない。」
篠田はちょっと怒ったような表情になった。

「え~…構わないですよ、篠田さん。ん~…相変わらずだね。彩音ちゃんは…」
「へ?古畑さん、この子をご存知なんですか?」
「ええ…良く。」

古畑が苦笑いを浮かべた。
「彩音…?古畑さんとは…」

「祖父です。」
花崎が無表情に言った。

シーン19-3.

「え?古畑さん、お孫さんがいらっしゃったんですか?
確か、独身とお聞きしていたのですが…」
西園寺が古畑の顔を覗き込む。
「色々とあるんだよ。色々とね。彩音ちゃん、久しぶりだね。」
「お久しぶりです。その節はどーも。」
花崎がつんとした表情で横を向いた。

「え~…困りましたね。」
「あの…古畑さん。先ほどの話ですが…彩音が言った通り、スタジオのスタッフでもカメラマンさんでもどなたに確認して頂いても結構です。間違いなくその時間は…」
「そうでしょう。え~…本当に申し訳ございません。もうひとつだけ宜しいでしょうか?彩音ちゃん。これはあくまでも…ん~…聞く耳を持っていないようだ。」
古畑は西園寺に向かって肩をすくめてみせた。
こんな古畑を見るのは西園寺も初めての経験だ。

「お仕事の後、あっちゃん…前田敦子さんですね?
のお宅に泊めて頂くというのは、前から決めておられたんでしょうか?」
「…いいえ。仕事が長引いたので…自宅に帰ると朝起きれなくなってしまいそうだし、あっちゃんの家の方が近かったし、それにあっちゃん、お母さんと一緒に住んでるから起こしてもらえますし。」
「それで、急きょ夜分に泊めてもらう事を決めた…と。それは、良くある事なんですか?私なら、そんなに突然泊めてくれ…そう言われると困ってしまいます。」

「それは、おじいちゃんなら…でしょ?
篠田さんと前田さんは、そんな事でも気軽に頼みあえる仲なの。
おじいちゃんにはわからなくて当たり前。」

「え~…彩音ちゃん…余り私を困らせないでほしいな…」
「すいませんね。お節介で、余計な口出しばっかで。でも、誰に似たのかなぁ?」
花崎の言葉に古畑がたじたじになっている。
西園寺は思わず可笑しくなって小さい笑い声をたてた。

「え~…今日はこれで失礼します。篠田さん…また改めて…」
「もし来るなら、ちゃんと筋道たてた話をしてよね?篠田さん、忙しいんだから。」
「かしこまりました…」

古畑が去るのを見届けて花崎は大きなため息をついた。
「びっくりした。彩音のおじいちゃんんが刑事さんなんて。
でも…ちょっと冷たくない?困ってたよ?」

「いいんです…」
花崎が下を向いて言った。

「私…あの人、だいっ嫌いなんです。」

シーン20.


「そうか…おじいさん、公務員って聞いてけど…刑事だったんだな。」
「すみません。隠してるつもりはなかったんですけど…」
「いや、いいんだ。別に都合の悪い事は何もないよ。
事実、親御さんが警察官ってメンバー、他にもいるしな。」
「そうなんですか?」
「ああ。だから気にする事はない。」
戸賀崎の言葉に花崎の表情が和らいだ。

「なんか…西武ドームでの握手会に行くらしいって父に聞いてたんですけど、
まさか捜査で来てたなんて。てっきり私は…」
「ん?良く握手会にも来てくれてるのか?」
「はい…」
「でもな…篠田の話だと、随分険悪な雰囲気だったみたいじゃないか?」
「あ…はい…」
花崎は答えにくそうに生返事を返した。
「まあ、いいよ。言いづらい事だってあるだろうしな。」
「すみません…」
「でも、あの刑事さんをやり込めてたらしいじゃないか。
結構優秀な刑事だって聞いたぞ。お前のお祖父さんって、有名らしいな。」
「有名…みたいですね。」
「ところで…今日からの取材だが…」

戸賀崎は話題を切り替えた。
どうもこの話は余りしたくないみたいだ。
篠田への変な疑いもアリバイが証明された事で晴れたみたいだし…
もうこの話題はしない方がいいだろう…

しかし…犯人には早く捕まって欲しいものだ。
被害者が何者かに依頼されてメンバーのプライベートを探っていた。
犯人が今度はメンバーに何らかのアクションを起こうす可能性もゼロではない。
そう考えると、このままでいるのは余り気持ちのいい話ではない。
戸賀崎が捜査に全面的に協力しようとしているのも、その不安からだ。

「よし、大丈夫だな?」
「はい。頑張ります。」

打ち合わせを終え、花崎が立ち上がった。笑顔だ。
うん…大丈夫だ。しっかり気持ちの切り替えも出来る子だな。
これから先、嫌な事があってもすぐに切り替えて笑顔でいれる…
これが出来なければセンターを張っていく事は出来ない。
いい意味での無神経さ…それも必要な条件の一つだ。

シーン21.


「古畑さん、やはり喫茶店のオーナーの見間違いですよ。
だって、あれだけ完璧なアリバイがあるんですから。夕方から翌日の朝まで。」
西園寺の言葉に古畑は答えなかった。
事件現場の車両基地をポケットに手を突っ込んだまま歩き続ける。

「西園寺君。なんで被害者…浜田さんは、こんなところで酒を飲んでいたんだろう?
そして…誰と一緒に飲んでいたんだろう?」
「それは…わかりませんが…多分、喫茶店で会っていた相手…
篠田麻里子似の女性…とですかね?確かに、不自然ですけど。」

「そうでしょ~?だってさ、話するなら喫茶店ですればいいじゃない?
直前までいたんだから。お酒飲みたくなったんなら、居酒屋にでも入ればいいじゃない?
この辺り幾らでもあるんだから。若い女性と一緒なら洒落たバーだってある。」
「はい。確かにその通りです。
やはり…あのコンビニの防犯カメラに写っていた、黒いコートの男の足取りを追うしか…」
「君は、浜田さんが篠田さんに良く似た女性と喫茶店で話した後、黒いコートの男と落合い、その男が買ってきた酒とつまみでここで一緒に飲んでいた…そう言うんだね?」
「え…ええ。状況から考えると…おかしいですか?」
「いや。おかしくはない。でもね…何かが気に入らないんだ。何かが…」

「ひょとして…まだ篠田さんに引っかかってますか?だって彼女にはアリバイが…」
「わかってるよ。アリバイがあるのは。でもね…それも気に入らないんだなあ~実に。
いいかい?アリバイが完璧なんだよ。」
「?完璧なんだから仕方ないんじゃないですか?」
「いや…完璧すぎるんだよ…」
「おっしゃってる意味が…それに、篠田さんがあの時間犯行現場にいる事が出来ない事だけは明確です。
出来るとしたら…そうですね。彼女が二人いるとしか…」

「そ…その可能性も消えましたよ。古畑さん。調べてきました。」
今泉が柵を乗り越えて現場に飛び込んできた。
「今泉君、ご苦労だった。といっても、実際に調べたのは、福岡県警だと思うけど。」
「あ、ひどいなぁ。僕だってちゃんと…」
「いいから報告を。」

「古畑さんが最初考えたように…篠田麻里子は双子として生まれてます。
ビンゴですよ。いや~びっくりしましたよ。一卵性双生児ですね。姉が麻里子です。
そして、生まれてすぐに妹の方は養子縁組に出されています。
当時の篠田家はかなり逼迫した経済状況だったようですね。」
今泉が珍しく理路整然と話を進める。古畑は黙ってその報告に耳を傾けた。

「えっと…妹の方も決して恵まれた家庭環境ではなかったようで、3歳の時に養父が自殺してまして…その後、九州内を転々とした後、母親の郷里の神戸に8歳の時に移り住んでますね。ん…で、その母親も急死…養護施設に入所した翌日…1995年1月17日ですね…」
「あ…阪神大震災…」
西園寺がつぶやいた。
「そう…養護施設は全壊のち全焼。篠田麻里子の双子の妹…川岸由美子は…死亡しています。」

「古畑さん、篠田麻里子が双子の可能性も?」
「ん~マンガみたいな話だけど、ゼロではないだろう?
まさか、こういう事だとは夢にも思わなかったけどね。
まあ、これで私も手詰まりだよ。完全に。」

古畑は肩をすくめてみせた。

「しかし…今泉君、なんだい?その恰好は。」
「カッコいいですか?このコート。古着屋で見つけたんです。
ちょっと重いですけど、あったかいですよ。」
「いや、あったかいのはいいけど…サイズが大きすぎやしないか?
後ろから見たら雪男か何かが歩いてるみたいだ。
それに、君みたいな痩せ男にはそのシルエットは似合わないだろう…?」
「いいんですよ。あったかいんですから。」
「全く寒がりにも程がある…」
古畑が急に黙り込んだ。眉間に指を当てる。

「今泉君、そのコート脱いでみて。」
「え?いやですよ。寒いじゃないですか。」
「いいから。早く。」
「まったくもう…」

「西園寺君…出張の手続きを取ってくれないか?」
「はい。どちらへ?」
「神戸だよ。」

古畑は現場に背を向けて歩き出した。
「ちょっと…ちょっと古畑さん?もう着てもいいんですよね?ね?古畑さ~ん?」
今泉が叫ぶ声に応えず、古畑は足早にその場を後にした。


シーン22.



「う~ん…やっぱおくたまさんじゃないかなぁ?今でも仲良くしてるみたいだし。
それに…小森さん…すーちゃん…あと、そうだなぁ、研究生の子も結構最近可愛がってもらってるみたい。」
「珠理奈さんは、みんなで一緒に遊んだりとか、ご飯食べに行ったりとかは?」
「篠田さんも一緒に…ってことでしょ?そういやあんまりないかも。
すーちゃんとは結構一緒に遊んだりするけど、篠田さんと一緒ってなると…あれ?一回もないかも。」
「そうなんですか…」
「でも、どうしたの?急にそんな事聞いて。」
「あ・・いや、なんでもないです。なんとなく…ですから。」

「ふ~ん…そうなんだ。ね、コレ着てみない?私、もうちっちゃくなっちゃって。」
「カッコいい~、私こんなカッコいい系の服憧れてたんですよ~」
「じゃ、それあげる。絶対彩音ってそういうの似合うって思うんだ。」
「ありがとうございます!」

あの発表以来、珠理奈は自分の事を妹のように可愛がってくれる。
きっと…私の事を気遣ってくれてるんだろう。ある日突然、昨日までと日常が変わる。電車に乗っていても、町を歩いていても、食事をしていても、極端な話眠っている時でさえ、自分を取り巻く環境が全く違う世界に変わってしまう。そんな感覚を理解できるのは、きっと珠理奈しかいない…

しかし…気になるのはあの人の事だ。
確かに…私はあの人が好きではない。でも…それはある意味、あの人の事を認めているという事でもある。幼いころから父は祖父の事を余り良く思っていない事に気づいていた。それでもあの人は私の事を可愛がってくれていたし、私も優しいおじいちゃんに懐いてもいた。それなのに…

そう、私も中学生だもん。そろそろ大人の考え方をしなくちゃいけない。
あの人は…無暗やたらに人を疑ってかかる人ではない。篠田さんのところに来たのも、何か引っかかる事があったからに違いない。それに…戸賀崎さんは、詳しくは話してくれなかったけど、誰かAKBのメンバーが脅されてたとか、盗撮されてた…とか…
現場の近くで篠田さんが目撃されたのが。もし…いや、誘導尋問に違いない。それ位の事は、あの人ならやるはずだよね…

なんだろう…胸騒ぎがする…
良くない胸騒ぎ…あのときと同じような感じだ。

シーン23.



「西園寺、早く。早くしないと午前中の部制が終わっちゃうじゃないか。」
「ちょっと待ってくださいよ。なんでそんなに慌てるんですか?
今日は、メンバーに話を聞くんじゃありませんよ?慌てなくたって…」
「だから…わかってないなあ、君は。だからダメなんだよ。」
「あのですね、申し訳ないけど今泉さんに言われる筋合いはありませんよ。」
「じゃなに?君は古畑さんがなんで僕に今日の捜査を任せたと思うの?」
「ただ単に詳しいだけ…でしょ?オタク同士にしかわからない話にはついていけません。」

今泉と西園寺はビッグサイトの握手会会場に到着した。
今日は前回シングル最後の個別握手会の日だ。

「じゃあ、僕はあちらの列から出てきた人に順に聞いていきます。今泉さんはそちら側からお願いします。」
「西園寺、あのさ、君はのべつまくなく出てくる人に聞いていくの?
この人知ってますかって?ば…ばかじゃない?」

西園寺はさすがにこれには頭にきたみたいだ。
今泉に掴みかかって怒りをあらわにしようとした。
「なんですって?じゃあ、どうするって言うんだ!聞かせてくださいよ!」

今泉は時計に目をやった。
「あのさ…今は選抜メンバーはお昼休み。レーンにいるのは部制じゃないメンバーや研究生ばかり。
見ててよ、並んでる人を。何か気付かない?」
「何って…随分並んでる人が少ないんですね…
あれ?あの人、握手し終わったのに、また並んでる…
あ、あそこにも…あれって何してるんですか?」
「ループだよ。ループ。あんな風にやってる人に聞いてみるの。いい?」
「ループ?どういう意味なんですか?」
「西園寺、いいから。とにかく行くよ。」
「…ったく…なんであなたに指示されないといけないんだ…」

西園寺は渋々今泉についていった。

「ああ、はましゃんじゃないですか。良く知ってますよ。」
「おお、はましゃん。最近見ないけどなぁ。やっぱなんちゃんが辞めちゃってから一時テンション下がってたからな。」
「でも、なんか誰かに推し変したって言ってなかったか?」
「いや…そういや、もう現場はいいや。別に楽しみ見つけたから・・とか言ってたような…」

「はましゃん…って呼ばれたの?」
「ええ。ホントの名前は知らないっすけどね。でも…なんで刑事さんがはましゃんの事を?
あ~…アイツやっぱなんかやらかした?」
「やっぱって…なんでかな?」
西園寺がメモを取り出し質問する。
「ああ…なんか、あの人ヤバい雰囲気あったんですよね。
メンに、こないだどこどこに行ってたよね~とか言ってみたり。」
「とにかくなんかヤバい雰囲気はあったよね。」
「そんな怪しい人がきたら、メンバーもスタッフに言えばいいのに。」
西園寺が首を捻りながら言う。
「そりゃ、ないっすよ。だって、干されとか研究生にとって、
100枚単位で握手券持ってきてくれる太いヲタを切るなんて出来ないよ。なぁ?」
「そうそう、彼女たちを支えてるのは僕たちみたいなコアなヲタなんだからさ。」

「今泉さん…殺された浜田もこんな感じだったんですかね?」
「かも…ね。」
「でも…なんで、こんな簡単に浜田の事を知ってるヤツが?」
「戸賀崎さん、言ってたんだろ?どこかで見た事があるって。
で…発見された写真は研究生や4メンばっか。
じゃあ、昼の部でループしてる奴らに話聞けば情報は取れるでしょ。」
「今泉さん…。」
「ん?なんだい?」
「今、ちょっとだけ今泉さんがカッコ良く見えました。」
「そう?そう?だろ?な?ようやくお前も解ってきた?」
「・・・・聞きこみ続けましょう。もっと色んな情報が取れるかもしれません。」
西園寺は今泉に背を向けた。

シーン24.


「はじめまして。花崎彩音といいます。すみません、突然。」
「あ、いいの、私こそ、今注目の彩音ちゃんに会えるなんて…いや~元AKBって得だよね~。
ね、後でサインもらってもいい?」
「は…はい。私のサインなんかで良ければ…」
「で…電話でちょっと話したと思うけど…
あの…もう一回確認しとくけど…あなたは…麻里ちゃんの味方・・・だよね?」
「はい。もちろんです。」

花崎彩音が頷いた。
外苑前のオープンカフェ。寒空の下でも、向かい側に座ってる美少女の周りにはなんともいえない温かな光が輝いているように思えた。そっと笑顔を見せると、その場の空気が一気に華やいだようになる。多分、脇の道を通る人がこっちを見たら、10人中10人…いや、100人でも1000人でも…全員がこの人に目を奪われる事だろうな。私の事なんか見向きもしないで。

「じゃあ、話を聞かせれいただけるんですね?奥さん。」
「うん。あなたの目には嘘なさそうだから、あ、まぁちゃんって呼んでもいいよ?」
「あ、さすがにそれは…大先輩ですから…あの…真奈美さんって呼んでもいいですか?」
「うふっ。最初に声を聞いた時のイメージのまんま。
可愛いなぁ。私ももうちょっとAKBにいれれば、こんな可愛い後輩が出来てたんだなぁ。」

奥真奈美が微笑んでティーカップを口元に運んだ。
また、その場の空気が華やいだ。

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