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1.レコード大賞



「第53回 日本レコード大賞は…AKB48、フライングゲット!」

「きゃーやったぁ!やったよ!」
「すごい~!ホントなのかなぁ?」
「夢みたいだよね。スゴイよね~」
「ね、ね、ぱるる泣いてるじゃん~。」
「もー、やだあ。こっちまで泣けてきちゃう。」

年内最後の劇場公演を終えたチーム4と研究生のメンバーは劇場控室のテレビに噛り付いて歓声を上げていた。昨年悔し涙を流したステージで歓喜の涙にくれる選抜メンバーの姿がとても眩かった。


でも…
私達はこの栄冠を果たして喜んでいいんだろうか?
名誉なことであるのは間違いない。たかみなさんがずっと言ってた。
今年こそは…あそこで認められて、初めて私達は一人前なんだって。

この1年、私達はがむしゃらに走ってきた。
そして、認められてきた…そう思ってる。
胸を張ってこの栄誉を受けるべきだ。卑屈になる事は何もない。

でも…
なんで私は泣けないんだろう?
なんでステージの上の選抜メンバーの姿を他人事みたいに感じるんだろう?
たかみなさんの…前田さんの…優子さんの…篠田さんの…
あの綺麗な涙…
私の頬に涙が流れないのはなんでなんだろう?

羨ましい…
自分達に与えられた栄誉…
違う。
何かが違う。


島田晴香はテレビの画面を身動きもせずに見ていた。
いや…睨みつけていた。

この感覚…
前に味わった事がある。
高校の時?
そうだ。あの時に味わった感覚と同じだ…
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2.紅白直前①



「本当に良かった…信じて頑張ってきて良かったね。」
「ホント、ホント。たかみな、間違ってなかったよ。
努力は必ず報われる…っと。」
受賞の余韻は一日経っても冷める事が無かった。
NHKホールに用意された巨大な控室のあちこちでメンバーの喜びが弾けていた。
高橋みなみを中心にして小さな輪が出来る。
初期、2期のメンバーが中心になって笑い声が響いていた。

「でも、いつまでも浮かれてられないよね。今夜の紅白だって頑張らないと。」
高橋が表情を引き締めた。


また一つ高い壁を越えたよ。
高い高い壁だったなあ。でも、すげー嬉しい。
この嬉しさを味わうためだったのかなあ。去年の悔し涙は。
今日の紅白…頑張らなきゃいけないのは解ってるけど。
正直、なんか気合いが…
頭もぼーっとしてるし、ちょっと喉の具合も…

ダメじゃん。何考えてるの?
私がそんなだらけた考え方してちゃ。
これからこれから…。こら。高橋みなみ!気合い入れないと!

「みんな、いいかな?円陣組むよ。」
「たかみな、大丈夫?ちょっと声掠れてるよ。」
「あっちゃん、ゴメンゴメン。大丈夫。昨日ちょっと騒ぎ過ぎたのかな?」
「はい、拡声器。今日は200人以上だからね。
声張り上げてたら今度は潰れちゃうから。ね、」

3.紅白直前②



「ね…麻友。私って冷たいオンナなのかなぁ?」

「ん~冷たいってのとは違う感じかな。」

「じゃあ、どんな感じ?」

「腹黒な感じ。」

「そっかぁ…そうだよね…って、ちょっとちょっとぉ、違うでしょうがぁ!」

「あははは、ごめんね~。でも、どうしたの?今日のゆきりん、変な感じ。」

「あぁ。あのね。昨日帰ったらお母さんに言われたんだ。」

「ままりんに?なんて?冷たいって?」

「うん、アンタ泣いてなかったねって。
優子ちゃんとかたかみなさん、あんなに感激して泣いてたのに。
あっちゃんも佐江ちゃんも。なのにアンタはって…」

「私だってだよ。ニコニコしてた。」

「麻友はステージ上がる前にボロボロ泣いてたじゃん。歌の時は笑顔だったけど。
私ね…感激してなかった訳じゃないよ。たかみなさん見てたら、ぐっときたしね。
でも…ボロボロ泣ける程涙は出なかったんだよね…」


そうなんだ。私だって嬉しかった。
嬉しくないわけなんてない。だって、レコード大賞だよ。
でも…心のどっかで取って当然って思ってたのかな?
むしろ、ほっとした方が強かったからだよね。だからだよね。きっと。

4.早春の土手



思ったよりも忙しいって実感はなかった。
分刻みのスケジュールは今に始まった事じゃないし。
正月気分なんてなかったのは去年も同じだし…

日差しが暖かい日だった。
珍しく冷たい北風もない。

高橋みなみは一人、荒川の土手に寝転がっていた。
目をつぶっても瞼の裏に太陽の光が残ってる。
小春日和っていうんだっけ?こういう日の事を。

鳥のさえずりが聞こえてくる。
あの時もここに来て鳥のさえずりを聞いていたっけ。

12月に始まった劇場公演。
全然お客さんが入ってくれなかった。
歌えない…踊れない…MCでも喋れない…
辞めようなんて思った事はなかった。
でも、辛かった。どうすれば認めてもらえるんだろう?
そればっかり考えていた。
何でもやった。人が全然いない街頭の、ステージもないところで歌った。
みんなでビラ配りもした。頭ばっかり下げてたっけなあ。


あれから6年。
何もかもが上手くいっている。

ミリオンセラー?紅白?レコード大賞?
誰がそんなことまで想像したの?
ガラガラの劇場でたどたどしく歌って踊ってた私達が?

上手くいきすぎてる?そんな事はないよね。
だって…みんな頑張ってるもん。努力は絶対に報われるんだ。
それを…一生をかけて証明する…そう言ったじゃんか。
まだまだだよ。私の夢はこんなトコで終わりじゃないよね。

背中についた芝生を払う事もせず、立ちあがった。
んーーーーーーーんっっと。
さ、今日は秋元先生の呼び出しがかかってるんだ。

手に持っていた一枚の紙に一瞬目をやる。
両手でそれを破ろうとして…やめた。
強く握ってくしゃくしゃになったその紙を静かに鞄にしまった。

5.卒業コンサート



「本来は…事前に話さない事なんだが…」
秋元康が劇場のステージの端に腰かけて客席に向かって話しかける。

集まったメンバーを見て、高橋には秋元がこれから何を言うのかが分かった。
なんでだろう?多分…みんなはびっくりするんだろうな。
今まで、色んなサプライズがあった。
目的が理解出来ない事もあったし、未だに納得出来ていない事だってある。
でも…今日はなぜ秋元先生がこんな事を言い出すのか…その理由まで手に取るようにわかる気がした。


秋元先生から発表されたのは、1期2期生、全員の卒業だった。
今年のセットリストベスト100TDCの最終日にサプライズで発表される。
1期生6人、2期生9人。一気に15人も…
みんな驚くかと思ったけど、意外と冷静だったなあ。

いつかこんな日が来ると思ってた。
そのいつか…こんなに早く来るとは…
違うよね。今なんだよね。今しかないんだろうね。
多分、秋元先生は大きな賭けに出たんだと思う。
私達にとっても、そしてAKBの将来の為にも。

でも…もう一個の発表のインパクトが大きかったかな。

ついに…ついに東京ドームでのコンサートが決まった。
それが、私達15人のAKB48としてのラストステージになる。

6月9日…
あと…半年か。

私達に…いや違う…
私に…AKBのキャプテン・高橋みなみとして出来る事って何があるんだろう。

全てをやるんだ。出来る全ての事を。
そう…死ぬ気で。



6.たかみなの頼み


「ごめんね。待たせちゃって。」
「あ、私こそゴメン。急に呼び出しちゃって。」
「びっくりしたよ。でも、こんな風にたかみなと二人で話すのって久しぶりだよね。
あ、カフェラテお願いします。ホットで。」
大島優子がコートを畳んで椅子に置きながら笑う。

「なんか、黙ってるのって辛いよね。
リハやってても、みんな気がついてるんじゃないかってこっちがドキドキしちゃう。
戸賀崎さんって、いつもサプライズ発表する前ってこんな気持ちだったのかなぁ?」
大島が屈託のない笑顔を見せる。どうやら、自分なりに気持ちの整理をつけているらしい。
明日からいよいよセットリストベスト100のコンサートが始まる。

「あのね…優子に話しておきたい事があるんだ。これから先の事。」
「ん?たかみならしくないね。目の前の事を全力で一つ一つ…って言うのかと思った。
どうしたの?何か企んだりしてる?」
大島はちょっと茶化すように笑ったが、いつになく真剣な…
いや、深刻な表情の高橋を見てすぐに真顔になった。

「カフェラテお待たせいたしました。」
ウエイトレスが置いたカップを口に運び、熱さに顔をしかめるが視線を
高橋に向けたまま言葉を待った。
高橋も自分のカップを口に運び、決心したように話し始めた。





「そんな…ね…嘘…だよね?そんな事が…」
大島が茫然とした表情で高橋聞く。
「それがね、嘘じゃないんだ。残念ながら。」
高橋が軽く微笑んで首を横に振る。
「この話…他には?あっちゃんとか、にゃんにゃんとか…みいちゃんとか…は?」
「ううん、知らない。」
「なんで?一番先に話して…相談するべきじゃない?」
「う~ん…それは私も考えたんだけどね。
でも、一番冷静に聞いてくれるのは優子かなって思ってさ。
もちろん、いずれみんなには話そうと思ってるけどね。今は…優子と相談したかったから。」
「いや…私だって…冷静でなんかいられないんだけど…」
「ごめんね。変な事言いだしちゃって。」
「いや…そんな事…でも…ねぇ…やっぱり…」
「あ、いいの。今は東京ドームの事だけ考えたいの。
その事だけ。だから…力を貸して?」


大島はそっと目をつぶった。
わかった…それがたかみなの願いなら。
私がちょっとでも力になれるなら…。
たかみながこんな風に私に頼みごとをするなんてね。

やるよ。私はやる。

7.バトン



TDCホールに悲鳴とも歓声ともしれない声が響き渡った。
タキシードに身を包んだ戸賀崎から発表された東京ドーム公演。
そして15名の卒業。
信じられない顔をしたのは、メンバー達も同じだった。
楽屋裏ではあちらこちらで抱き合い涙を流す姿が見られた。

特に激しい動揺を見せていたのが、渡辺麻友だった。
発表後も暫くは放心状態でいた渡辺だったが、その表情が崩れたのは前田敦子の言葉からだった。
「麻友。これ受け取って。」
「え…?何ですか?」
「バトン。私からのね。誰に渡そうかってずっと考えていたんだけど…
麻友に受け取って欲しいんだ。いいかな?」
そう言って前田は渡辺の右手をぐっと握った。
「え?え?どういう事ですか?」
前田は顔をくしゃっとさせて笑った。

たぶん…これから麻友はものすごく色んなものを背負う事になる。
私がこれまで背負ってきたなんて、偉そうなことを言うつもりじゃないんだけど、
きっと色んな思いをする事になる。
ね?麻友。もういつまでも末っ子の「まゆゆ」じゃいられなくなるかも…
でも。大丈夫。麻友なら。きっと。
それに、麻友にはゆきりんがいる。私にたかみながいてくれたように。
それに…これからは…
がんばれ。麻友。

「そんな…私が、あっちゃんの代わりをしろって事なんですか?無理です。
絶対無理です。私になんかつとまるわけがありません…」
狼狽したような顔で泣く渡辺を前田はじっと正面から見つめた。

そういえば、こんな風に誰かに何かを託すって事…なかったな。
何かを背負ってるって自覚もなかったからなぁ。
でも…卒業ってこういう事なのかな。

泣きじゃくる渡辺を柏木由紀が背中から抱く。
前田に向かってそっと頷く。

任せてください…って言えないなあ。言う自信ないなあ。
でも…多分、私がそう言わないといけないんだろうな。
これからは、名実ともに私がお姉さんだ。
もう甘えは許されないんだ。
頼りにしていたなっちゃんもいなくなる。たかみなさんだって、優子さんだって。
才加さんも、佐江ちゃんも。こじはるさんだって、ともちんだって…

8.企画




秋元康は分厚い資料のページを無言でゆっくりと手繰っていた。
一枚一枚の隅々まで目を通して読み進めては、また何ページか戻って…を繰り返す。
もうかれこれ小一時間経つが一言も口を開かない。
高橋と大島はその様子を見ながら立ったままじっと秋元の言葉を待った。

「まあ、ちょっと座ったらどうだ。いいですよね、秋元先生?」
戸賀崎の言葉にも秋元は視線を上げない。相変わらず資料に没頭したままだ。
時折目を閉じては何かを考えるように顔を天井に向ける。

「高橋…大島…この企画…二人で考えたのか?」
「はい。と言っても殆どたかみなが一人で考えたようなものですけど。」
「確かに、お前たちの卒業コンサートだ。俺たちもいいものにしたいとは思っている。
しかしな…ちょっとこれはだな…」
「無理でしょうか?私達、後悔したくないんです。」
「いや、無理とは言わないよ。しかし、実際問題クリアしなくちゃならん点が多すぎる。
あと半年あるって言っても…それに、たった一日のコンサートの為に、
そこまで準備できる事が出来るかどうか…」
「たった一日だから…だから、やらなきゃいけない事ってあると思うんです。」

大島が戸賀崎と話している間、高橋はずっと秋元の顔を凝視していた。
間違いなく、私の企画の何かがこの人を動かしてるはずだ。
頭ごなしに否定する事は絶対にしない人だけど、決断は早い人だ。
何かが響いてる。でも…何かが引っかかってる。何が?その引っかかりが取り除ければ…

「たかみな。」
秋元が静かに企画書をテーブルの上に置き、その上で手を組み合わせる。
「はい。」
高橋が椅子から立ち上がる。
「どうしてこの企画をやりたいと思うのかな?
自分たちの卒業だからいいモノにしたいというのは解る。
確かに、これが成功出来たら素晴らしいと思う。しかし…大変だぞ?
準備するにも相当の手間と時間…そして君たちの努力が求められる事になる。
恐らく、未だかつてない程のものになるはずだ。」

「分かっています。でも…だからこそやりたいんです。
これは卒業する私達の為だけにやるコンサートではありません。
初期メンバーが抜けるという事は、AKBにとって大きな変化です。
私は…これを機に大きく変わる…また成長するチャンスだと思っています。
このコンサートは…やり切れば伝説になると思います。
そして、AKBが新しいステージに進むために大きな一歩にもなると。
何かが変わらなくちゃ…いえ、自分たちが変えないと。
こんなチャンスは二度とないかもしれません。」


高橋はまっすぐ秋元の顔を見ながら話した。
その直向きな視線に戸賀崎は圧倒されていた。
今までも、この子の直向きさに打たれてきた事は何度もある。
でも…ここまで澄みきった、全く迷いのない高橋の顔を見るのは無かった気がする。
それでも、やっとの事で言葉を挟んだ。
「しかしな…実際に準備のために御時間を確保すると言ってもだな…
各方面への調整やらなんやら…相当大変な事なんだぞ?」
「分かってます。でも、きっとその辺りは戸賀崎さんがやってくれるって信じてますんで。大丈夫ですよね?」
高橋が笑った。すぐに秋元に向かい合い言う。
「秋元先生。この通りです。お願いします。」

「たかみな。一つだけ約束してほしい。」
「はい、何でしょうか?」
「これは、君達メンバーだけでなく、我々も含めて一体にならないと出来ない事だ。
くれぐれも一人ですべてを背負いこまないように。いいね?困った時、キツイと思った時。
その時はすぐに相談する事。優子もだ。いいかな?」
「もちろんです。」

戸賀崎が何をそんな当たり前のことを言うんだ?という表情で首を捻った。

「はい!」
高橋と大島が声を合わせた。
「では行きなさい。詳しくはすぐに関係者を集めてキックオフする事にしよう。」

二人が一礼して部屋を出て行った。
「戸賀崎、すぐに各プロダクション、事務所、マネージャー…運営。すべてと調整を始めなさい。
揉める所へは私が直接出向く。6月9日まではこのコンサートにファーストプライオリティを置く。
スケジュールの確保に何らかの金銭的な補償が必要であれば構わない。
幾らでも向こうの言い値で保障しよう。それから、有明か台場…臨海方面で土地を探してくれ。」
「分かりました。ふう…大変な事になりそうだ…」
「戸賀崎。随分、嬉しそうじゃないか。」
「分かりますか?そういう先生も。久しぶりに見ましたよ。そんな顔。」

秋元はそれには答えず、くるっと後ろ向きになり窓の外を眺めた。

頼む。時間よ…ほんの少しだけその歩みを緩めてくれ。
私達に…
いや、彼女たちに、時間を…少しでも多くの時間を。

9.燃えるDiVA




都内のレッスンスタジオにDiVAの4人が集まっていた。

「これって、スゴイやんか?秋元先生、ホンマにやる気やろうか?」
増田有華が企画書を見ながら言う。顔からは笑みがこぼれる。
さっき、秋元康からこの話を直接聞いた時に一番喜んだのは増田だった。
「本気も何も、やるって決めた以上はガチなんだろうと思うよ。」
秋元才加も梅田彩佳も顔をほころばせる。4人はこの企画を歓迎していた。

その中、宮澤佐江が不安そうな顔を見せる。
「でもさ。私達…今回卒業する私達だけが気合い入れてもダメだよね…
というより、残る子達がどれだけ頑張れるか…それが一番大事なんじゃない?」

「そりゃそうだよね。私達が頑張るのは当たり前として…このコンサートを引っ張るのが残るメンバーじゃないと…」
秋元も同意する。チームAもKも多くの中心的メンバーが去ることになる。
今後のグループの先行きを憂う気持ちは皆同じだ。

「そのあたりは…たかみながちゃんと考えてるんじゃないかな?
後継者っていうか…誰かを指名するとか。横アリで新チームの体制とかも発表されるかもしれないし。」

3月末には横浜アリーナで2日間のコンサートが予定されている。
そこで、メンバー卒業後の新体制が発表されるのでは?
という噂が広がっていたのはファンの間だけでなく、メンバーの間でもそうであった。

「でもねぇ…これだけの規模になっちゃったグループ全体を仕切るのって…
たかみな以外に誰か出来るのかなぁ…想像もつかないんだけど…」
「でも、誰かがやらんと…空中分解になってまうよ。それぞれがバラバラにやるんならともかくやな。
誰かがまとめん事には…」
梅田と増田も心配そうな顔になる。

4人の会話がそこで止まった。
しかし、すぐに立ち上がって

「でも…私達だって、のんびりした事言ってられないよ。
こうなった以上、東京ドームは単なる卒業イベントじゃない。
私達の実力を最大限アピールするチャンスなんだからさ。」
「そうやな。もちろん。望むところや。武者震いしてきたで。」
「そうだね。サムライとしてもね。」
「なんか燃えてきたね!」

4人は立ち上がり自分たちの曲をバックに踊り始めた。

10.後継者


島田晴香が立ちすくんでいた。隣で柏木由紀も戸惑った表情を浮かべている。
高橋と大島が二人の前の椅子に腰かけている。

「出来ません…まだ…私には無理です…。」
「はるぅ。不安なのはわかるよ。でもね…大丈夫、ゆきりんも助けてくれるから。
ね、ゆきりん?お願い出来るよね?」

わかってる。一番大事な事だって。
確かに、麻友があっちゃんから時期センターを託されたように、
誰かがたかみなさんや優子さんの役割を担わなきゃいけない事も。
私が優子さんのように出来るかどうかわからないけど、
厳しくみんなを引っ張っていかなきゃいけない立場って事は自覚してるつもりだ。
でも…たかみなさんが…まさか、はるぅをキャプテンに指名するなんて。
そりゃ、チーム4のキャプテンとして十分な存在感を発揮し始めている事は誰もが認めてる。
でも…グループ全体のキャプテンなんて…先輩だって多いし…

「晴香。なんで自分が?って顔してるよね?」
大島が島田に聞く。島田が黙って頷く。
「さっき、まだ無理だって…そう言ったよな?晴香。
まだ?じゃあ、時間が経てば出来る…そう言うことなの?」
「いえ…でも。先輩だってまだいらっしゃいますし。私が、先輩を差し置いてなんて…
柏木さんたち3期生の方だって。それに、指原さんや仁藤さん…私なんかより適任の方が幾らでも…」
「晴香。それって逃げてるようにしか聞こえないんだけど?」
大島が島田を睨む。

私だって、高橋さんを心から尊敬している。チーム4をまとめなくちゃいけない時、
どれだけ高橋さんのアドバイスに救われた事か。
優子さんだってそうだ。いつも厳しいけど優しく私を見守ってくれている。
そんな二人にこれからのAKBを引っ張って行ってくれ…
そんな風に言われて嬉しくない訳がない。震えがくる位光栄なことだ。
でも…同時にその事がどんなに重い事なのかも痛いほどわかる。
私に出来るのか?誰かがやらなくちゃいけない事も解ってる、でも…私に…出来るんだろうか?
全体コンサートの前、200人の円陣に私が声をかけるシーンが全く想像できない…


「はるぅ。私はね、今のはるぅがグループ全体を引っ張る力を持ってるから…
そんな風に思って指名したんじゃないよ。そりゃ、不安だと思う。
たとえば…そうだな…萌乃とかひょっとしたら、みゃおとか…そうだな。亜美菜とかでもいいかもね。
でも…はるぅ。私が最初からキャプテンに相応しいキャラだったと思う?」
「言えてる。私が2期で入って来た時はまだ後ろの方で小さくなってたもんね。」
ま、背もちっちゃかったし。」
「背は関係ないでしょ?もう。」

大島と高橋が笑った。
「晴香。今度の事でAKBは変わらなくちゃいけない。
チームと一緒に成長していく子が引っ張って行って欲しいんだよ。私達は。
秋元先生もそれを望んでる。キャプテンって、最初は指名されても何でもいいんだよ。
今は最初から完成されたキャプテンなんて必要じゃない。ダメでもいいんだよ。
チームみんなに…キャプテンとして育ててもらえばいいんだ。
たかみなだって、そうやってきたから今のたかみなでいられるんだから。」


「はるぅ。やろう。やってみようよ。」
柏木が島田の肩を抱いた。
「私も腹をくくったよ。これからは二人で頑張っていこう。」
「お、ゆきりん、いいね~。じゃ、早速親睦を深める意味も込めて、晴香の家に泊りに行くってのはどう?
晴香んち、結構広いし、綺麗だし。」
「ええ~。いきなりそこからですかぁ?」
「そうそう。まずは腹を割って話す必要があるしね。私も行くからさ。」
「え~優子さん~。」
「晴香、明日の夜行くからね。」
「分かりました。お待ちしてます。たかみなさんもいらっしゃいませんか?」
「ゴメン。私明日はちょっと泊りなんだ。」
「じゃ、3人で鍋しよ、鍋。」
「参ったなぁ…泊りかぁ…」
「ゆきりん、何か言った?」

ま、いいか。少しは私も変わらなくちゃ。
柏木はちょっと肩をすくめて笑った。

11.戸賀崎の卒業


もともと忙しいのには慣れている。睡眠時間なんて3時間あれば足りる。
年をとってきたという自覚は全くなかった。
いや、むしろ年々体力が増してる気さえしていた。

15名の卒業を決心してからというもの、秋元康の多忙さには一層拍車がかかっいた。6月9日は卒業するメンバーだけでなく、AKBグループ全体にとっても新しいスタートの日になる。東京ドーム公演は高橋や大島だけでなく秋元にも大事なものであった。その日に向け自分の全てを注ぎ込む。そう決めた秋元は動いた。とにかくアグレッシヴに動いた。いや、動いたというよりは、高橋の熱意が秋元も動かしていた。まるで熱病に侵されたかのような熱さだった。

「先生。このところ、殆どお休みを取られてませんでしょう?
もうお年なんですから気をつけて頂かないと。」
戸賀崎が秋元にコーヒーカップを差し出し言う。

「いや・・・むしろ今は30代の時よりも気力が充実しているからね。
それに…この程度でネを上げていては高橋…いや、彼女たちに申し訳がたたないよ。
君だって大変だろう。一番神経の使う役回りをしてるんだから。」
AKBのメンバーは大手の芸能プロダクションに在籍している者が多い。東京ドームのイベントを最優先事項とする秋元の意向を受け、各事務所の思惑と反する事になるケースも決して少なくない。戸賀崎の仕事の多くはその調整事であった。時には相手をなだめ、時には頭を下げ丁寧に交渉にあたった。

「大丈夫ですよ。一番頑張ってるあいつ等に比べてたら…」
「そうだな。それに本当に苦労してるなら、もっと痩せてるだろうしな。」
秋元は冗談っぽく笑った。

わかっている。戸賀崎はこの6年、全てをAKBに捧げてくれたと言ってもいい。不器用だし無骨で寝技が苦手だが、ずっとメンバーと自分、そしてファンとメンバーの間に入って地道に仕事をしてくれた…

秋元は自分の机の一番上の引出しを開けた。
一通の封筒が目に入る。戸賀崎から受け取った辞表だ。


6月9日…その日は、彼にとってもAKBを卒業する日となる。

12.大家と多田の野望



「なんだって?島田ちゃん。急に萌乃に話があるなんて。」
「う~ん…なんかね。今度の横アリのコンサートに向けて…だって。」
「向けてって…なに?どんな話なん?」
「一緒に頑張りましょうって話だったよ。うん、頑張ろうねって答えたけど。
ちょっと顔が引きつってたなぁ。変なプレッシャー感じてなきゃいいけど。」
「プレッシャーって、あの子自分がリーダーにでもなったつもりでおると?
なんか、気が早かように思うけど。」
「まあまあ、チーム4としてもここで頑張らないと…って気合が入ってるんだと思うよ。
先輩達が居なくなるのもすぐだからね。」
「そうやろうか?」

大家志津香にはちょっとした野望があった。
今回の卒業で一番必要とされるのは新しいリーダーだ。
エースやセンターポジションは自分には絶対無理だ。
でも…リーダーなら…自分がここで存在感を出すには、そこしかない。
順番から言うと柏木さんやらぶたん、はーちゃん…3期メンなのかもしれないけど…
でも、今が私にとって大きなチャンスである事は間違いない。

島田?確かに最近優子さんに可愛がられたり大場の件で株を上げたりしてるけど、
まだまだAKBを引っ張っていく器じゃなかと。
よっしゃ…向こうがその気になってるならこっちも動くだけたい。
そうたい…さっしー、萌乃、北原…4期、5期…この辺りはウチについてくれるはず。
悪いけど、ここからはウチが仕切らせて頂くばい。




「バトン…かぁ…」
渡辺は手のひらをじっと見ながらつぶやいた。
言葉を口にしたつもりはなかったが、無意識に声になってしまったようだ。
「ん?バトン?どーしたの?」
多田愛佳が横から渡辺の手を覗き込む。
「あのね。この前ね…」
渡辺が前田とのやり取りを多田に話して聞かせる。

「ふうん。やっぱりまゆゆ期待されてるんだ~」
「期待っていうか…なんか重いなぁ。」
「でも、まゆゆ言ってたじゃん?もっと上に行きたいって。」
「うん。でもね…いざ自分が前田さんの代わりなんて…」
「まゆゆしかいないって事だよ。」

何それ?バトン?
だって、前田さんは辞めく人でしょ?なんで、その人が決めるの?
後継者の指名って?それっておかしくない?
そりゃ、まゆゆがなるのが一番順当でしょ。人気的にもね。
でもさぁ。それって全然面白くないよね。なんか気に入らないな。
私だって、チャンスがないわけじゃないんだからね。
ちょっと…頑張ってみちゃうんだからね。

13.巨大なテント




「すごい…これ…すごくないですか?」
大島が天井を見上げ声を上げる。
何台ものクレーンでつり上げられたテントの屋根はまるでドーム球場のようだ。
「広さも…半端ないっすよ。これ。」
高橋が周囲を見渡す。

「さすがに全部スタンドまで含めて同じサイズとはいかなかったが、
ステージは実物と同じ規模で作ってある。音響や照明はこれからだが、
本番に向けて同じ環境でリハーサルを重ねる事が出来るはずだ。」
「ありがとうございます。
秋元先生。たった一度のステージの為にこんな場所まで用意して頂いて…」
「たった一度だから…だろ?」
秋元が高橋に言った。大島も高橋の顔を見る。


「それから…コンサートの収益金の話だが…
いっそ収益金だけでなく、売上全部を寄付しようじゃないか。
グッズ売り上げ、DVD、写真集。売り上げの全部だ。
もちろん、アルバイト含めた人件費や設営コストなどは、別で用意するから。」
「売上全部ですか?でも…ここの準備にももの凄くお金かかったんじゃ?」
高橋が心配そうに秋元の顔を見る。
大島もちょっと驚いた様子だ。

「構わないよ。金の為にやるんじゃないからね。
しかし、そんなお金でも役に立てる事が出来る所があるなら…君たちの願いでもあるだろう?」
秋元が言った。いつになく優しい表情をしている。

「でも怖いな。これじゃ、もう言い訳なんて出来ないよね。
絶対に成功させないと。ね。たかみな。」

大島が高橋の肩に手を置く。だが、すぐにはっとしてその手を引っ込めた。
まるで熱湯を触った時のように。

「ん?どした?」
高橋が聞く。

いや…燃えてるんだね。たかみな。
わかる。手に取るようにわかるよ。アンタの熱が。

季節は冬から春へと移ろうとしていた。
大島と高橋はテントの外に出ると、眩しい日差しに目を細めた。
有明に吹く海風も少しだけ暖かさを含み始めていた。



14.板野の思い



「なんか暗いね~。どした?また考え事?」
「あ…ともちんさん…いや、考え事って程でもないんですけどね。」
板野友美が指原莉乃が座っていたベンチの隣に腰かける。
今日は珍しく雑誌の取材で二人きりだ。

「いや、なんかまた考え込んでるって。顔見りゃわかるし。」
「え~どんだけ観察力あるんですか?まぁ…そりゃ色々と。」
「でも、どうせ大した事じゃないんでしょ?いつもの通り。」
「いやいやいや…今回はマジっす。
なんたって、指原がAKBの将来なんて大それた事を考えたりしてるんですから。」
「あれ?今まで考えた事ないの?」
「へ?ともちんさんはあるんですか?いつも自分の事しか考えてないと…
あ…すいません…すいませんホントすいません。全然変な意味じゃないです。
いい意味でです。ホント。あああああぁぁ…なんだかなぁ…
指原、ホント余計な事言いますよね。ホント反省しなくっちゃ…」
「私、何も突っ込んでないけど?」

板野は笑って指原の方を見た。
すぐに正面を向いて、ちょっと遠くを見るような視線をする。
「いいんじゃないかなぁ?指原はそのままで。」
板野の言葉に指原が驚いたような表情をする。
「うん。前から思ってたんだよね。私と指原は似てるって。」
「ええええええぇえぇぇ?ともちんさんと指原が…ですか?
いやいやいやいやややや…それないっす。ありえないっす。
そんな大それた事なんて…だって、指原、歌も下手だしダンスも…」
「ダンスも下手だし、可愛くないし…って?違うよ。そういう事じゃなくて。」

「え?じゃあどういうトコなんですか?」
「う~ん…外からのイメージと実際が結構違うってとこかな。」
「ともちんさんのイメージ、きっとみんな同じだと思うんですけど…
可愛くてオシャレでカッコ良くて、クールで…」
「指原のイメージは…ヘタレで泣き虫で弱虫で…」
「当たってます…」
「でも、実際はすぐ泣くけどその分頑張るし、弱虫だけどやれば出来る子だし。
私だって、クールなんかじゃないよ。人一倍熱いつもりでいるんだけどね。
実際あちこちで喧嘩してたし。敦子とだってたかみなとだって。
Kに移ってからは何度才加と取っ組み合いになった事か。」

板野は色んな事を思い出すかのように笑った。

知ってる。ともちんさんがどれだけAKBに思い入れを持っていたか。
私は良く知っている。それに、この人はもの凄く努力する人だ。
自分の夢に向かって妥協する事を知らない人だ。
そういう面は私が最も尊敬するところだ。
でも…到底まねできないと思うんだけど…

「ねぇ、指原。今晩ウチ泊まりに来ない?」
「え?ホントですか?いいんです…か?」
「色々と話したいこともあるしね。」
「あの…なんで急に指原なんかに声をかけてくれたんですか?」
「う~ん…なんかさ、敦子とかたかみなとかから話聞いてたら羨ましくなってきちゃってさ。
私も誰かに何かを託したくなったんだよね~」
「でも…なんで私…?」
「紅白でのDeaj Jが思ったより上手かったからかな。」
「え…?そこ来ますか?いや~…」

嘘だよ、指原。そんないい加減じゃないよ。私だって。
ま、いいや。今夜はゆっくり話そうか。酒でも飲みながら…
って、アンタはまだダメなんだったけ?

15.衝突


「あ・え・い・う・え・お・あ・お。か・け・き・く・け・こ…」
「もう一回いきましょう。段々声が小さくなってきてますよ!
テント内に島田の大きな声が響く。
「うおぉ~い。せーの…あ・え・い・う…」
山内鈴蘭をはじめとしたチーム4のメンバー、研究生が発声練習を繰り返す。
高橋や大島、小嶋、宮澤、板野…卒業予定のメンバーも全員が顔を揃えていた。
一緒に島田の指示の元声を出している。

「ちょっと休憩入れたほうが良かっちゃね?
っていうか、何時間発声練習ばっかやらせよるん?そら、声も小さくなってくるとよ。」
「すみません。大家さん。でも、今の時期はしっかり下地っていうか、
お腹から声を出すようなトレーニングをしとかないと…
それに、超回復っていって、一旦きつくなるくらいまで追いこんでおかないと。
声帯も筋肉の一種ですから…」

「かというて、そんな体育会系のやり方ばっかじゃみんな飽きるとよ。
メリハリちゅうもんを大切にせんと。」
「はい…それはそうですけど…」

「いいじゃん、晴香。やりたくない人はやらなくても。
本番で困ればいいんだよ。そういう人は。さ、続きやろ?」
「おい。山内。喧嘩売っとうとか?」
「はい。売ってますけど、何か?」
「ちょっとそれなに?先輩に対してその口のきき方はないんじゃない?」
宮崎美穂が身を乗り出してきた。
「先輩も後輩もないと思いますけど。やる気のない人は邪魔なだけなんで。」
「なんだと!?」

「ねぇ…さすがに止めに入ったほうがいいんじゃない?」
前田が心配そうに高橋に言う。
高橋は黙ったままだ。
うっすらと笑みを浮かべながら取っ組み合いの喧嘩でも始まりそうな光景を眺めている。

「なんか、懐かしくない?あんなの見てると。」
「そうだね~。私たちはあそこまで口悪くなかったけどね。」
秋元才加が後ろから現れた。
「いや~、悪かったよ。優子とか佐江とか。」
篠田麻里子もタオルで汗を拭きながら話の輪に加わる。
「なんか2期生ってナマイキだよねっていつも言ってた気がする。」
「そうそう、たかみながそんな事言うのやめなよ~って言っててさ。」

「きっと必要な事なんだよね。こういうのって。もう一回AKBが生まれ変わる為には。
なんか、羨ましいな。」
「おっと~どうしたの?とも~み。急に大人の発言。」
秋元が河西智美の顔を見る。
「なんかね…もうあんな風にみんなで言い合う事もないのかなって思うと。寂しくない?」

河西の言葉に高橋が笑って頷いた。大島も秋元も。
視線の先の激しい言い合いはいつまでもやむ事がなかった。

16.麻友の困惑


ソロデビュー曲のプロモーションはどこに行っても大盛況だった。
ただ、聞かれる事はいつも同じ…
「前田さんを始めとしたメンバーの卒業に合わせるように決まったソロデビュー。
これは、次のエースが渡辺さんであるってメッセージですよね?」
「渡辺さんはどのようにAKBのセンターとしてグループを引っ張っていくつもりですか?」
「プレッシャーはありますか?」

今までだって頑張ってきた。
それなりに上手くやってきた自信だってある。
みんなが卒業していくって言っても、私が何か変わる事なんてない…
それなのに、なんでこんな風に聞かれるの?

渡辺はいつの間にかメンバーが「テントドーム」と呼ぶようになっていた場所の
ドレッシングルームで鏡に向かいため息をついた。
「麻友~どうした?」
柏木由紀がカバンを重そうに抱えて入ってきた。

「あ、ゆきりん。お疲れ~。なんかさぁ、どこ行っても同じ事聞かれるなぁって思って。
前田さんも同じだったのかなぁ?」
「そうだね。ね、麻友。麻友は麻友でいいんじゃないかなあ?」
「へ?私は私…そりゃそうだけど…?」
「あ、ごめんごめん。言い方が下手だったね。前田敦子になる必要はないって事。
私ね、前田さんは自分の代わりになってくれっていうつもりでバトンを渡したんじゃないと思うけどな。」
「う~ん…ますますわかんない。」
「そっか。でも、これは麻友が自分で見つけていくしかないんじゃないかな?」
柏木は渡辺に向かって突き放すような言い方をした。

渡辺も柏木が答えに困っているのがわかった。
多分誰に聞いても正しい答えなんてないんだろうな。
でも…出来れば…ヒントだけでもいい…誰かに道を指し示して欲しかった。
じゅないと…もう逃げ出したくなっちゃいそうだ…

「おっはよ。麻友。」
「あ、なっちゃん。おはよ~」
「悩んでるねぇ。このトコずっとそんな顔してるじゃん?」

やっぱりなっちゃんはわかってくれてるんだ。
ずっと一緒だもんね。私がAKBに入った時から。
ワロタでも一緒の分、私の事を一番わかってくれてるのはなっちゃんかも。

「ねえ。将来の為とかより良いAKBとか…そんなのはいいから…
いつまでもこのままでいれないのかな?って思わない?」
「なっちゃんは卒業したくないの?」
「ううん、そういう意味じゃないけどさ。
麻友だって、自分が引っ張っていくっていうの疲れちゃわない?」
「うん…そうだね…疲れるね…」
「だよね~。そうだよね~」

平嶋夏海が渡辺の方を見ながらしきりに頷いた。




17.名古屋一揆


「私が言ってるのはそういう意味じゃないんですけど。」
「じゃあ、どういう意味よ?なんか、この混乱に乗じてっていう風にしか思えないんだけど?」
「じゃあ言いいますけどね。いつまでも支店支店って言われてていいんですか?」
「だってAKBさんあってのSKEじゃない?」
「だから、そのAKBさんっていうのが気に入らないんです。なんでさんづけ?
身内でしょ?だいたいなんでチームS<さん>なの?
前から可笑しいって思ってたんですよね。玲奈さん、違いますか?」

高柳明音と松井珠理奈が睨みあう。松井玲奈が二人の間に入って何とかなだめようとしていた。
他のメンバーも一様に不安そうな表情だ。

「それに…そろそろはっきりしといたほうがいいと思いません?
珠理奈さんも玲奈さんも。一体どっちにつくつもりなんですか?AKBとSKEと。」
「もう…ちゅり。どっちもこっちもないでしょ?同じグループ。仲間じゃない?」
「じゃあ…仲間っていうならへりくだるのは止めましょうよ。
もちろん、先輩への敬意を払わないって言ってるんじゃない。
敵対視しようってわけでもない。ただ…AKBは、私たちが越えちゃいけない壁なんかじゃないと思う。
ライバルなんだって意識しましょうよ!」

「ちゅりさんの言う事も…理解できますよね。」
遠慮がちに発言したのは須田明香里だ。
「私たちの気持ち次第なんじゃないですかね?
実績のある先輩たちが居なくなれば、間違いなく戦力ダウンですよね?
私たちはメンバー変わらないんですから…。」

「つまり…SKEの評価を上げるにはまたとないチャンス…だと。」
「茉夏?どうしたの?急に。」
玲奈も珠理奈も、高柳さえも驚いた表情で向田茉夏を見た。
「いえ…ごめんなさい。なんか面白くなるのかなって…」
珠理奈と高柳が顔を見合わせた。
余り野心とかを表に出さない向田が珍しく目を輝かせている。

珠理奈は嬉しくなった。同い年、KⅡのエース。選抜落ちも経験した向田がようやくその気になっている。確かに、高柳の言う通りなのかもしれない。いち早くAKBの中で活躍していた自分はいつの間にか、その大きな存在の中で委縮し始めていたのだろうか…。高柳の方を見てにこっと笑った。

「やろう。東京ドーム。AKBをあっと言わせてやろう。」
珠理奈は高柳に右手を差し出して言った。

「やりましょう。本当の名古屋一揆をおこしちゃいましょうよ。」
高柳が差し出された右手を強く握り返した。

18.進路




「どうでしょう?確かに、二人は人気面ではいま一つだったかもしれません。
しかし…どんな時でも努力を怠った事はない。
私にとっても誇りに思うメンバーの一員ですよ。」

秋元康の目の前にいるのは浅利慶太。劇団四季の代表者だ。
「わかりましたよ。秋元さんの太鼓判つきなら私も安心だ。
ですが…すんなり配役を…って訳にはいきませんよ。
ちゃんとオーデションを受けて頂きます。下駄は一切履かせません。」
「もちろん。下らない売名行為で二人を推薦するわけではありません。
プロの目で正当な評価を与えてやってください。
しかし…この二人…ただのアイドル上がりだなんてと思ったら…驚きますよ。」

「それは楽しみですね。私は実力があれば、経歴には一切捉われず抜擢します。
逆に力が無ければ…どんなコネクションを使ってもらってもダメですので。」
「十分理解しています。な。松原?いいよな、夏希?」
「はい、もちろんです。私たち頑張りますから!」
二人は椅子から勢いよく立ちあがって頭を下げた。

「どうだったかな?小林のほうは。」
「ええ、順調に話は進んでいますよ。秋元先生が下地を固めていてくださっていたので。
日本テレビも好意的に迎えてくれるようです。」
「そうか…それは良かった。あの子は実は頭のいい子なんだ。
キャスターっていう選択肢は決して間違っていないと思うな。」
「ええ…私も驚きました。早くもプロデューサーと番組の企画話で盛り上がっていましたしね。
しかし…今はAKBって看板があるからいいですが…」
「大丈夫だよ。戸賀崎。
その辺りの厳しさを一番よくわかってるのはあの子たちだと思わないか?
だから…敢えて実力が試させる世界へと飛び込もうとしている。
私は、むしろあの子たちの方が大成するんじゃないかって思ってるくらいだ。」
戸賀崎は頼もしそうに頷いた。

「あとは…平嶋ですか…」
「ああ。あの子だけはなかなか自分の進むべき道が見えていないようでな。
色んな提案はしているのだが…
最後は自分が決断出来ないと私たちが幾らサポートしても意味がないからな…」


出来れば全員をハッピーな形で送りだしてやりたい。
秋元には後悔があった。ここまで何人もの仲間が夢半ばにして去っていった。
不本意な形で去っていった者もいる。
だが…いや、だからこそ、今回は全員が希望に満ちて去っていって欲しい…


「ところで…先生…。横アリで、発表するんですか?例の件。」
「ああ、そのつもりだ。」
「でも…この短期間で…用意できたんですか?」
「もちろんだよ。ギリギリになってしまったがな。」
「いや…ギリギリって言っても…普通じゃ無理ですよ。お時間も無かったでしょうに。
東京ドームに向けての仕事だって、卒業メンバーの進路の事だってあったし…」

「戸賀崎。時間は黙っててもらえるものじゃない。
幾ら金を積んでも買えるものでもない。自分で作りだすものだ。いつも言ってきたじゃないか。」

確かにその通りだ。いつも口うるさく言われてきた。
忙しいっていう言い訳は自分が無能だって言ってると同じ事だって。
しかし…俺には出来なかったな。
そこが、俺がダメだった点なんだが。

秋元先生は天才だ。だが、知られてはいないが凄まじいまでの努力家だ。
一切の妥協を許さない。何より自分自身に対して。
だから、俺はこの人から離れようと思ったんだ。
いつか本当の意味で認めてもらうために。

19.誰に向かって?



3月の終わり…

横浜アリーナで2日間のホールコンサートが開催された。
15名の卒業を目前に控えた大規模コンサートという事もあり、大きな注目を集めるものとなった。初日の構成はこれまでと大きく変わる事もなく、現行チームの全体曲と各派生ユニット、SKE、NMBといった地方グループ、そして終盤はヒットメドレーという昨年行われた西武ドームと似たような内容だった。

コンサートの出来そのものは、悪くないように見えた。
やる気は漲っていたし、いつも以上に激しいパフォーマンスと志向を凝らしたMCなど、随所に工夫が見られた。しかし…初日を終えた反省会で秋元の口からは辛辣な評価が放たれた。

「君たち、今日はどこを向いてステージの上でパフォーマンスをしていたのか。一人ひとりよく考えて欲しい。実に頑張っていたと思う。ダンスも悪くなかった。MCも事前に相当詰めていたんだろうね。お客さんの反応も悪くなかったと思う。でも…何かが違う…そう思ったのは私だけではないはずだ。それは…君たちが一体どこを向いていたか…それが透けて見えたんだと思う。君たちがその力を誇示しなくてはいけないのは…誰なのか。誰の為に…誰に喜んで頂くのが一番なのか…もう一度良く考えてみなさい。いいね。」
「はい!」
全員が声を揃えた。しかし…明らかに心は揃っていなかった。
秋元は敢えてそれには触れず、その場を立ち去った。


「たかみなさん…」
島田が高橋に助けを求めるような表情を向けた。
高橋は静かに微笑んで、その場に座り込んだ。何も言葉を発する事なく。
今までなら、真っ先に集合をかけて声をかけたはずだ。
「みんな。ちょっと集まってや。」
大きな声をかけたのは大家だった。バラバラとその場を離れ始めたメンバーが集まってくる。
島田も山内も大場も…不満そうな表情だが大家の呼びかけに応えた。
「なあ、秋元先生の言葉を良く考えてみような。
きっとな、ウチらを鼓舞しようと思っておられると。もっと出来るはず。そう思っとるとよ。」
大家の言葉に一部のメンバーが頷く。


いや…そうじゃないような気がする。ただ単に意味もなく、あんな風に言う人じゃないはずだ。
今までもそうだったはず。正直、私には理解できない事もあった。
でも、それじゃダメなんだ。先生が何を言おうとして、何を求めているのか…
それがたかみなさんにはわかってたんだ。きっと、今も。
でも、何も言わないのは…それに気付け…って言ってくれてるんだ…


「すいません…いいですか?」
島田が手を挙げて立ちあがった。
「何?わかったような発言は止めてよね?」
宮崎が島田を揶揄するような言葉をぶつける。
「アンタね…」
立ちあがろうとした山内を押さえて島田が話始めた。

「すいません…私…わからないんです。なんで先生があんな風に言ったか。
でも…確かに私もコンサートの間ずっと思っていました。
MCで話してても、この話題って受けてるのか?
歌ってても踊ってても、お客さんに届いてるのかって。みんなはどうでしたか?」

島田の言葉に、騒がしかった輪がしんとなった。
みんなが考えていた。

「確かにね…会場の大きさのせい?いや、違うな。もっと大きな場所でも私たちはやってきた。
でも…ね、西武ドームの時と今 回と…何が違ったんだろ?」
高城亜樹が沈黙を破った。それを機に、一斉に各自が意見を言い始めた。

「それはやっぱり…たかみなさん達が卒業する事で、
これからは私たちが頑張らないと…って思いが強かったから…」
「でも、もっちー、それって悪い事じゃないんじゃない?」
「そうそう、はーちゃんの言う通り。」
「でも、それが強すぎて一人よがりになってなかったかなぁ?」
「亜美菜ちゃん、一人よがりってどういう事?キャラを出す事は悪い事じゃないでしょ?
いつも言われてたし。もっとアピールしなくちゃって…」

「あのぉ…それって誰へアピールしてたんですかぁ?」
「そんなの決まってるじゃない、みおりん。アンタだってお客さんに…」
北原がそこまで言いかけて言葉を飲み込んだ。
他のメンバーも何かに気付いたように息をのむ。

「優子…ちょっといいかな?先上がるわ。」
「うん。わかった。大丈夫だよ。きっと、あいつ等わかってる。」
「そうだね。わかってるよね。じゃ、また明日。」
「うん。お疲れ様。」

20.新体制


2日目のコンサートの終わり、タキシード姿の戸賀崎がステージに登場した。
会場から大歓声が沸き起こる。悲鳴や怒号もその中に含まれていた。
戸賀崎から発表されたのは、東京ドーム以降の新体制についてだ。

15名の卒業に伴いチームを改編する。2度目のチームシャッフルだ。
新チームAは柏木由紀、渡辺麻友、指原莉乃を中心に比較的選挙順位上位のメンバーを中心に構成された。キャプテンに指名されたのは佐藤亜美菜。佐藤は一瞬戸惑いを見せたが柏木の笑顔に促されるように壇上でプラカードを掲げた。

チームKには、大家、倉持、藤江の他、石田、仁藤、北原、宮崎といった5期メンバー中心のメンバーが入った。山内、大場といった旧4メンも多い。キャプテンに指名されたのは島田晴香だった。大家、宮崎が軽く苛立ちの表情を見せる。

チームBのキャプテンには佐藤すみれが指名された。真面目な性格とここ1年の真摯な活動が評価されての事だった。多田愛佳、前田亜美といった比較的年齢層が低めのメンバーが中心となり、松井咲子がお姉さん役という位置づけで配属されていた。同時に何名かの研究生の昇格が発表され、新たにA・K・Bの3チーム体制で今後の活動を行っていく事がアナウンスされた。

「え~新チーム体制の発表と同時に、今回48グループ全体のキャプテンを置く事としました。
島田晴香。前に。」

場内から大きなどよめきが起こる。島田がステージの中央にゆっくりと進む。
挨拶の声は歓声…そしてその中に僅かに混じったため息にかき消された。

「それでは、次の発表に移ります。」
サプライズは終わり…そう思っていた観客から再び、大きな歓声が上がる。

「新チームA、K、B、そして、SKEチームS、E、NMBチームN…それぞれのチームで新公演をスタートさせます。初日は追って発表しますが、全チーム6月中に行います。公演曲は既に全曲完成しており、そのうちの何曲かを東京ドーム公演でご披露させていただきます。」
会場から爆発的な歓声が沸き起こった。今度は真の意味での歓声だ。

これにはメンバーからも驚きの声があがった。
チームの再編は予想していた事だ。
だが・・・まさか、新公演までもう用意されていたなんて…
しかも、東京ドーム公演で何曲か披露する?

ただでさえも大変なリハが始まっているのに…それに、新しいチーム…大丈夫なんだろうか?
戸惑いの表情は決してチームがシャッフルされた事だけではなかった。

21.新チーム



テントドームでのリハーサルに新公演曲が追加された。
新チーム毎に2曲ずつ。もちろん完全オリジナルの新曲だ。

チームAは柏木・指原が新キャプテンの佐藤亜美菜をフォローし早々に新曲を自分たちのものにしつつあった。センターポジションに立つ渡辺麻友の動きにやや戸惑いが残っているものの、これまでの実績と力から完成までにそう時間はかからないだろうと思われた。

新チームBではキャプテンの佐藤すみれが早くもキャプテンシーを発揮していた。周囲もそしてメンバーも意外に思いながら、頼もしく見えるようになったその姿に信頼を置くようになり始めていた。センターに抜擢された多田愛佳が弾けるようなパフォーマンスを見せて新しいチームのキャラクターを打ち出している。ある意味、現時点で一番成功を予感させるチームとなっていた。

初めてのオリジナル曲に燃えるNMBチームNとSKEチームEも急ピッチで曲を仕上げていく。間違いなく新公演とチームシャッフルは新しい化学反応をグループ内に引き起こしつつあった。

「ちょっと待った!ねぇ、なんでそこで可愛い表情になると?」
大家が曲の途中でセンターに立つ大場美奈の前に立つ。
「だって、しかめっ面で歌うような曲じゃないと思いますけど?
歌詞的にもメロディ的にも。私だってちゃんと考えてやってるんですよ。」
大場が反論する。

「だって、私たちチームKなんだよ?KにはKのカラーってのがあるでしょ?」
宮崎が大家に乗っかるように口を挟む。
「大家さんも宮崎さんもやめてください。大場も。」
島田が睨みあう三人の間に入って止める。
「大家さん、私はこのチームKを今までと同じようなチームカラーにするつもりはありません。
全く新しいチームとして一から…いえ、ゼロから作っていきたいんです。」
「あのさ。それって、先輩たちに失礼じゃない?
今まで築き上げてきた功績を踏みにじろうっていうの?」
宮崎が噛みついた。
「何言ってんの?そんな古い事言ってるからいつまで経っても上行けないんじゃねーの?
年若いくせに考えが古いっーか。」
山内が宮崎に喰ってかかる。二人は顔と顔をつっつき合わせた。

「もう。やめなよ。キャプテンがそう言ってるんだ。」
仁藤萌乃が鋭く言い放った。
「やけん…萌乃さあ…」
「しーちゃん。」
仁藤の真剣な視線に大家が引き下がった。宮崎もブツブツ言いながら立ち位置に戻る。

「はるぅ、ちょっと休憩しない。朝からずっとぶっ続けだしさ。」
「はい…仁藤さん。みんな、30分休憩します。お疲れ様でした。」
「うぉーい。おつかれっしたぁ。」

メンバーは大きなため息をつきながらステージを降りた。

22.高橋倒れる


「なんか揉めてるね~」
小嶋陽菜が汗を拭きながらペットボトルの水を一気に飲み干す。
このところ朝から晩までこのドームテントでリハを繰り返していた。
「ホント。でも、たかみな良くガマンしてるね。
口挟みたくてうずうずしてるんじゃない?」
峯岸みなみが笑う。
「いや…もう私が出る幕じゃないよ。大丈夫。島田ならちゃんとやれるよ。」
高橋が休憩中も山内や大場と厳しい表情で話しあう様子を遠目で見ながら言う。
「たかみな、ホントは寂しいんじゃないの~?」
「ははは、ちょっとね。」
小嶋の冷やかすような問いかけに笑って答えた。

たしかに…ああやって、壁にぶつかって衝突して…
そしてみんなで乗り越えて…そんな事はもうそうは無いんだろうな…

「ねぇ。でも、たかみな、最近根を詰めすぎじゃない?」
小嶋が高橋にペットボトルを差し出しながら言う。
「そうそう。自分のレッスンだけじゃなくて、全体や新チームのレッスンにも
全部つきあってるんでしょ?他のメンバーは東京ドームに向けて他の仕事を絞ってるのに、
インタビューやら取材やら全部自分で引き受けちゃって。」
峯岸も心配そうな表情を浮かべる。

「まあ、いいじゃん。まだ私はAKBのキャプテンなんだからさ。
それくらいの仕事はさせてよね。そのうちしたくても出来なくなっちゃうんだからさ。」
「それはそうだけど…でも、ほどほどに休まなきゃ。絶対、最近痩せたでしょ?」
「ホント。頬なんてこけちゃって…」
「にゃんにゃん。それ前からだから。」
三人は大きな声で笑った。

「さ。私たちも頑張らないとね。」
高橋はそう言ってステージの上に上がった。
唇触れずのイントロが流れる。
「…」
出だしの高橋のパートに入っても声が出てこなかった。
小嶋が横を見る。マイクスタンドにもたれかかった高橋の顔から汗が流れ落ちている。
顔が真っ青だ。
「たかみな?」
峯岸も高橋の異変にすぐ気がついた。慌てて身体を支えようとする。
一瞬間に合わなかった。高橋の身体はそのまま崩れ落ちた。

周りにいたメンバーも駆け寄ってくる。
ステージから遠く離れた場所で見ていた戸賀崎が高橋の身体を支え大きな声を出す。
「誰か!救急車を呼んでくれ!」

23.島田の決意



「個別握手会、高橋みなみ欠席のお知らせ」
戸賀崎は自分で打ったブログの文章をノートPCで見ながら大きなため息をついた。
本人の希望でギリギリまで回復を待ってみたが、やはり参加は難しいようだ。
握手会前日に出した苦渋の選択だった。

「戸賀崎さん…高橋さん、そんなに悪いんですか?」
島田が心配そうな顔で戸賀崎に聞く。
「悪いって言っても、過労だからな…まあ、相当程度の重い過労には違いないが。」
「1週間もお休みするって、今までなかったですよね?」
「ああ。アイツも相当無理をしてたんだろうな。
まあ、高橋みなみも人間だって事だ。疲労がたまればぶっ倒れる。そういう事だよ。」
「やっぱり…私たちが心配をかけちゃってるっていうのも原因ですよね…」
「おい、何言ってるんだ。そんな弱音、アイツが聞いたら…また怒られるぞ?
そう思うんなら少しでも早くチームをまとめて安心させてやるんだな。」
戸賀崎は島田の頭を軽く叩いた。

その通りだ。いつまでもたかみなさんや大島さんに頼っていられない。
あと1か月もすれば…みんな居なくなるんだ。
私は…私がAKBグループのキャプテンなんだ。
しっかりしなくちゃ。

島田は鏡を見ながら笑顔を作った。
今回の握手会、島田の枠は初めて2次で完売になった。
卒業メンバー以外では、柏木・渡辺・指原に次ぐ速さだ。
期待されている…それは島田にもわかっていた。

握手会が始まった。
島田のレーンに並ぶファンは一様に強い口調で今後への期待を口にした。
中には辛辣な言葉もあった。でも…全てが期待の表れなんだ。そう思えた。
だから、島田は一人ひとりの目を見ながらその励ましに全力で応えた。

高橋のファンも多く並んでくれていた。
卒業前最後の握手会に参加できなかった高橋への思いを島田に託そうとする者も多かった。
島田は震えた。これほどまでに愛されてる人の跡を私は担うんだ…
私の全てを…いや…今持っているもの以上のものをぶつけなきゃ。
人生の全てを懸ける…それだけの価値がある事なんだ…

24.ケイコク



「はい、トレーディングエリア内での座り込みは禁止ですよ。
広げてるのは仕舞ってね。楽しいトレードなんだ、ルールは守ろうじゃないか。」
声をかけて回るのは、やや強面の男たちだ。表情は柔和だが声には迫力がある。
毎回混沌とするトレエリアは今回からOJS48が警備する事になっていた。
アルバイトだけでは収拾がつかない…そう判断した戸賀崎の指示だった。

「え~。これまではOKだったんすよ?」
「これまではこれまで。やっちゃいけないとは言ってないよ。
ルールを守って楽しくやってもらう分には全然構わないからね。
スペースにも限りがあるんだからさ。
で、俺たちの生写真はどれくらいのレートなんだ?俺なら、ゆきりんとピントレ出来るんだろ?」
「いや・・・それ無理っす。」
笑い声が起こった。徐々にエリア内が落ち着き始めていた。

「おい、この大きなトランクは誰のかな?」
中谷満男が大きな声を上げる。OJSのリーダー的存在の男だ。
中を開いたままの黒い大きなハードケースの上には大量の写真が置かれてあった。
「えっと…あれ?誰のだろう?大声あっちゃんとか…十年優子とか…
すっげー高レートの写真出しっぱなしにして…おーい。誰のだぁ?」

バララララララババババババラバババラバババ!!!

その時、けたたましい音がそのトランクの中から響き渡った。
辺りに火薬のニオイが立ち込める。
「うわ!」
「きゃーーーー!!」
「なんだなんだ??」

会場内は騒然となった。あちらこちらで悲鳴が上がる。
「落ち着いて!落ち着くんだ!」
中谷がトランクの中身を慎重にチェックする。
周囲には飛び散った紙屑が散乱していた。

「爆竹だ…たちの悪いいたずらか…」
中谷がつぶやき、すぐに立ち上がる。隣にいたスタッフに指示を出す。
「すぐに戸賀崎さんに報告を。暫くの間、トレーディングエリアを封鎖する。
警察にも連絡を入れるんだ。状況を把握する為の協力要請という事でな。
ちょうど2部の終了期間だ。
昼の部の開始をとりあえず30分遅らせるようアナウンスしてもらってくれ。」
駆け寄ってきた大治一雄に耳打ちをする。
「何とか…何とか握手会を続けられるよう動くんだ。
再開前に戸賀崎さんにメッセージを出してもらおう。それからレーンでの荷物チェックだ。」


「私からファンに呼びかけます。」
大島優子が名乗り出た。
「こんな下らない悪戯で…私たちの最後の握手会を邪魔されたくありません。
私から…お願いします。きっと、みんなに伝えてみせます。」
「私も。一緒に話します。お願いします。きっと…きっとわかってもらえます。」
前田敦子も立ち上がって頭を下げる。
「しかし…ファンの安全が最大の優先事項だからな…」
「わかってます。でも…でも…最後なんですよ?」
河西智美も立ち上がった。

「戸賀崎さん。私たちの責任です。警備が甘かったとしか言いようがない。
ですが、これ以上混乱おこさせません。な。わかってるな?」
中谷が言う。大治が集まった千葉県警のメンツに顔を向ける。
「は。我々も万全に体制で臨ませていただきますので。」
県警のリーダーと思われる男が大治に直立不動で申し出る。

物々しい警戒の中、握手会は続行された。
そんな中でも大島たちの説明とお願いの効果で、会場内に混乱は起こらなかった。
卒業メンバー最後の握手会は終了予定時刻を大幅に遅らせて終了した。

「ふぅ…お疲れ様でした。さすがですね。その後、全く混乱もなく終われましたよ。
しかし…県警の全面協力とは…大治さん、何かコネでも?」
「いや…たまたま、昔世話をしたヤツがいたものでね。」
大治は美味そうに煙草を燻らせた。

「しかし…警備には大きな課題を残しましたね。次回までに体制を…」
戸賀崎がそう言いながら帰り仕度をしようとした時、携帯の着信音が鳴った。
「お、メールか…」
画面を見た戸賀崎の表情が変わる。
「どうしました?」

戸賀崎は黙ったまま中谷に画面を見せる。

「キョウノハ タダノ ケイコクダ。ツギハ トウキョウドーム。
5マンニンノチノアメヲフラセタクナカッタラ 
コンサートヲ チュウシ セヨ。」





25.センター



「はあぁぁ~」
「どしたの?さっしー、そんな大きなため息ついて。」
柏木がパンを頬張りながら聞く。
「愛ちゃん、可愛いよぉ~。愛ちゃん。可愛すぎて切なくなっちゃう。」
「また始まったよ~。このサシハラスメント。」
「だって、そう思いません?ゆきりんだってアイドルオタクの端くれとして。」
「あのねぇ、端くれって…」

柏木はステージの上で飛び跳ねる多田愛佳の姿を目で追った。
確かに…指原じゃないけど、このところの愛ちゃんはスゴイ。
キラキラしてて、本当にアイドルらしいオーラで溢れている。
もともと歌は上手かったし、ダンスだって見せどころを良く知ってる。
それに…最近はすごく貪欲になった。
何でもやってやるって意気込みはこれまでには無かった姿勢だ。

「もうさっしー、ずっと変な目で見てたでしょ~?」
多田がステージから降りてくる。指原に憎まれ口を叩きながら表情はにこやかだ。
「変な目じゃないよお、愛ちゃん。だって可愛いんだもん。愛ちゃわぁあん~」
「もーやめて。ね、そんな事よりさぁ。さっしー、ヘビロテのセンターやった事あるよね?
あのね、途中のいつも聴いてた~ってトコの1番ポジとの絡みのトコ、どうやってた?
すーちゃんとの身長差があるから、私が背伸びした方がいいのかな?」

「あれ…?今度のドーム、ヘビロテってチーム毎に演るんだったっけ?」
柏木が手元の資料をめくりながら聞く。
「ゆきりん、今更何言ってるのぉ?もう1カ月ないのにまだ演る曲の事頭に入ってないとか?
今回はやらないでしょ。でも…絶対これからやる事あるじゃない?
優子さんもあっちゃんもいないんだよ。しっかり身体に叩きこんでおかなきゃ。」
「愛ちゃん~。私、愛ちゃんとヘビロテで絡めたらもう死んでもいい。
もちろん0番は愛ちゃんでいいから。あ~愛ちゃん~」
「さっしー!真面目にやって!」
「怒った顔も可愛いよ~って、わかった。真面目にやろっか。
あのね、身長差ある時はやっぱ低い方が背伸びする感じで絡んだ方がいいと思う。
背の高いほうが合わせちゃうと縮こまった印象に見えると思うんだ。」
指原と多田が振付をさらい始めた。二人とも真剣な表情だ。
ふざけていた指原の顔からも笑顔が消えている。

「すごいなぁ…らぶたん…。もう自分の曲だけじゃなくて全体曲の事まで…
私なんか、まだ新公演曲の振り入れさえ満足に出来ていないのに…」
渡辺がため息交じりに呟く。

麻友は完全に自信を失ってる…いや…自分を見失ってるって言ってもいいかも。
こんな麻友を見るのは初めてだ。
前田さんはどうして麻友を後継者って指名したんだろうか?
今の麻友はその言葉に潰されかかってる…


「ね。ゆきりん。チームAのセンター…
ううん。AKBのセンターはやっぱりあっちゃんじゃないのかなぁ?
あっちゃんがいないAKBはAKBじゃないんじゃないかなぁ?
私なんか…きっとみんな私の事嫌いになっちゃうよ…」

柏木は渡辺にかける言葉を探した。しかし…何も思いつかなかった。

前田さんも同じような悩みを抱えていたのだろうか?
優子さんなら…どんな言葉を前田さんにかけたんだろうか?

26.覚悟



「で…自信がなくなってしまった…と。」
「はい…すみません…せっかく期待してもらってるのに…」
「それで?キャプテンを辞退したい?」
「いえ、そんな事は言いません。一旦引き受けたんですから。でも…何か…
何かヒントっていうかきっかけが欲しいんです。
「ヒントって?」
「せめて…私に何が期待されてるのか…それがわかれば…」
「そしたらメンバーをまとめる事が出来るってか?」

島田は大島の言葉に答えを失った。
違う…そうじゃない…そもそも私は何を聞きたいんだろう…?
それすらわからなくなっている…

「あのさ。晴香。前にも言った事あると思うけど。たかみなはお前に託したんだよ。
ゆきりんでも、指原でも、萌乃でもなく…晴香にね。
なんで自分が指名されたか…もう一回良く考えてみろ。」

「考えました!何回も何回も何回も何回も…でも…どうしても分からないんです。」
島田の目からは涙が流れ落ちた。
キャプテンに指名されて以来、島田は一度も泣いた事がなかった。
本当は泣き虫なんだ。ちょっとした事ですぐに涙が出ちゃう。

「たかみなも…そうやっていつも泣いてたよ。」
大島が急に柔らかい口調になって話し始めた。
「あの頃はね、1期生と2期生がお互いいがみ合っててね。
そりゃひどいもんだった。私なんか平気で喰ってかかってたからね。
アンタ達、私たちの公演の邪魔してんでしょ!…とかね。殆ど言いがかり。」
「そうなんですか…?どうして…どうやって、皆さんは信頼し合えるように?」
「みんなっていうか…やっぱたかみなかな。
あの子さ…有名な話だから知ってると思うけど無茶苦茶ダメダメだったんだよ?
歌は上手かったけど、ダンスとかそりゃひどくてさ。盆踊りかって思うくらい。」

島田は頷いた。それは私も知ってる。でも…私が知りたいのは、
そこからどうしてたかみなさんがみんなから信頼を得るようになったかって事なんだ…

「たかみなってさ。いいヤツでしょ?
アイツが男だったら、間違いなく惚れるね。絶対。あ…男かホントは?」
大島が笑って言葉を続ける。

「誰かが困ってるとか…誰かが辞めたいとか…誰かと誰かが喧嘩したとか…
そんな事があると、絶対しゃしゃり出てくるんだ。
あーでもない、こーでもないって。
そんなこんなしてるウチに昨日は出来てなかったステップが次の日には踏めるようになってる。
出来なかったターンを見事に回ってみせる。
良く言ってたろ?寝ないでやる努力をしろって。あいつの口癖。」

島田は黙って頷いた。

「晴香は頑張ってるよ。うん。私は認める。
あのころのたかみなに決して負けてないって思う。
でもね…晴香はいつもチームの為、グループの為…そればっかだよな。
その先に何がある?たかみなは、自分の夢をかなえる為に頑張ってた。
そして、それと同じくらいのパワーでチームの事も考えてた。」
「どうして?たかみなさんは、なんでそこまでやれたんでしょう?」

「覚悟…かな?」
「覚悟…?………優子さん…私、たかみなさんと話したいです…
頼るわけじゃないです。とにかく…たかみなさんの声が聞きたい…」

大島は暫く黙っていた。迷ってるようにも見えた。
そして自分に言い聞かすように言った。

「わかった。明日…朝一番で行こう。私も一緒に行くから。」

27.なぜ、たかみなさんは?


「戸賀崎さん、なんで島田がキャプテンなんですか?
やっぱり、私は納得いかんとですよ。だって、AKBですよ?
主要メンが卒業するって言ったって、これだけ大所帯でしかも人気絶頂のグループですよ?
それなりに実績とか適正とかある人間がなるのが筋やなかとですか?」
大家が戸賀崎に詰め寄る。
また始まったか…戸賀崎はそんな風に思いながら大家の話を聞いていた。

「だったら、誰が適任だっていうんだ?」
「それは…ゆきりんさんとか、指原とか、萌乃とか…」
「おい、そこでなんで自分の名前を出せないんだ?
お前がその気があるってのは、誰が見ても見え見えなんだからさ。」
「いや、ウチは…」
「いいか、大家。俺はそれが悪いなんて一言も言ってないぞ。
むしろ、そういう野心は歓迎だ。それでこそ、這い上がってきたオンナ、大家志津香じゃないか。」
「あ…」
「だから、俺は不満なんだ。なんでもっと堂々とアピールしない?
いちいち噛みつくんじゃなくリーダーシップを発揮すればいい。
それとも、指名がなきゃ引っ張れませんってか?」

「あの…なんで島田が指名されたんですか?」
「それは…高橋の考えを秋元先生が認めたからだろう。」
「じゃあ、なんでたかみなさんは島田を?」

「じゃ、直接聞いてみる?」
二人の背後から大島が声をかける。
「おい、優子。それは…」
「戸賀崎さん。明日、晴香をたかみなの所に連れていくんです。
大家も一緒に連れていきますよ。どうせ、聞きたい事は似たようなものみたいだし。」
「しかし…」
「大丈夫です。さっき、たかみなには了解を取りましたから。
アイツも暇みたいですからね。私も一緒に行きますから。」
大島は意味ありげに頷いた。

「わかった…そうだな。ドームまであと1カ月を切ったんだ。
いい加減、一つにまとまってもらわんと困るからな。」
戸賀崎も頷いた。

28.子供の悪戯



眠っているのかな…?声をかけない方がいいのだろうか…
戸賀崎は淹れたばかりのエスプレッソのカップを持ったまま秋元康のデスクの脇に歩み寄った。
そっとカップを置く。
「ん?ああ、ありがとう。」
「すみません。お休みのところを。」

この数カ月の秋元の激務ぶりは常軌を逸していた。
長年一緒に仕事をしてきた戸賀崎も、ここまで何かにとり憑かれたように働く姿を見た事はなかった。

「ようやく…出来たよ。」
秋元はPCからプリントアウトされた一枚の紙を戸賀崎に差し出した。
「これは…」
戸賀崎が秋元の顔を見上げた時、部屋のドアがノックされた。


「失礼します。」
部屋に入って来たのは中谷と大治の二人だ。
「ご苦労さまです。今回はありがとうございました。」
「いえいえ、これが私らの本来の役割ですからな。」
大治がベレー帽を脱ぎながら笑う。
「さて…どうしましょうか?被害届を出すなり、告発するなり…」
「いや。未成年ですよね?きつくお灸をすえて頂いて、
今回は事を荒立てないという方向でいいんじゃないでしょうか?」
中谷の問いかけに秋元が静かに答えた。
「しかし、先生…それでは…」
「ただし、イベントの警備については今後対策を講じることとしよう。
警備人員の増強や会場運営、その他もろもろ。決して窮屈にするという意味ではない。
必要ならきちんとコストをかけようじゃないか。ファンの安全確保は何にもまして大切な事だ。」
秋元の言葉に戸賀崎も納得して頷いた。

「しかし…よく見つけ出しましたね。警察が表立って捜査したわけでもないのに…」
「いえいえ。手掛かりはコレですわ。」
大治がビニール袋に入った一枚の写真を取りだした。
「それは…生写真じゃないですか。ん?懐かしいな。
直筆サイン入りじゃないですか。」

「ええ。爆竹が仕込まれていたトランクの中にはかなりの数のレアものの生写真がありました。このサイン入りの写真もそうです。特に、この大島さんのモノなどはオークションで数十万円の値段がつくそうですが、世にある数が極めて少なく出品される事も稀なものだそうです。」
「そういう話は聞いた事がありますね。」
戸賀崎は渡された写真の裏表を見ながらつぶやいた。

「そのレアな写真が最近一気に数十枚もオークションに出品されて
コレクターの間では相当な話題になっていたようです。」
中谷が携帯の画面を戸賀崎に見せる。
「これ…終了したオークションですが…見てくださいよ、この落札金額。
私たちの生写真にもサインつけましょうかね?」
戸賀崎も秋元も思わず苦笑した。

「なるほどね。ここで落札された写真がトランクの中に揃っていた…と。
でも…誰が落札したかなんて、そこから先は個人情報じゃないですか?
業者も教えてはくれないでしょう?」
「ええ。そこはほら、昔取った杵柄ってヤツですよ。」

なるほど…大治は今でこそ柔和な表情で笑う好々爺といった雰囲気の男だが、かつては機動隊を指揮する本部長や警察署長を歴任してきた男である。引退した今でも、彼の一言で相当数の精鋭が動くと噂されている。恐らくは、色んなコネクションを駆使したのであろう。

「ま…動機は子供の下らん喧嘩ですわ。
誰が高価なおもちゃ持っとるとか、持っとらんとかの。
悪戯にしてはちょっと質が悪いですけどな。」
大治が呆れたような口調で話す。
「しかし…そんな事の良しあしも分からんような子供が、
こんないざこざを起こす原因を作ってしまっとるのも事実です。
我々大人はしっかりと考えてやらんといかんですな。」
中谷の言葉に戸賀崎も頷くしかなかった。

29.警備体制



「しかし…問題は悪戯したモンがわかって終わりじゃないっちゅう事ですな。」

確かにその通りだ。悪戯の犯人はわかった。大治や中谷の言う通り、その事自体は解決をしたと言ってもいいだろう。だが…彼らは戸賀崎のメールアドレスを知らかなったし、知りようもなかった。では一体誰があの脅迫文を?
むしろ同一人物の仕業であれば良かった…誰が?何の目的で?

「警察の…あくまでも私が聞いたある幹部の私見ですが…立場から言うすると、
これは立派な脅迫事件ですな。きちんと捜査をしなくては解決ははかれない…と。」
中谷が苦々しく言う。
「最悪、コンサートの中止も検討しなくてはならない…そう指摘されるかもしれませんな。
もちろん、そうはさせないような体制は取りますが…」
「体制…?といいますと?」
戸賀崎が大治に尋ねる。

「当日は数百人単位の警察官が警備にあたります。
中には機動隊員、爆発物処理のエキスパート、対テロリスト対策部隊…
いずれもそれぞれの分野の精鋭ぞろいですよ。」
「え?しかし…そんな大がかりな警備体制を一民間イベントに警察が敷いてくれるとは…
それに、そういう依頼も出していないし…」

「警察官は公務員です。有休休暇だってありますよ。
有休休暇にボランティアスタッフとして無償で活動する事は彼らの職務服務規程には
何ら反する事はありませんからな。」
「そんな事が…?いや、しかし…」
「戸賀崎さん。ご安心ください。彼女たちの晴れ舞台。
良からぬ事を企む輩は誰ひとりとして足を踏み入れさせません。」

「中谷さん、大治さん。ありがとうございます。
あなた方がそう言ってくれると何より安心だ。
しかし…その脅迫メールの件は、私に預けていただけませんか?」
秋元が言う。穏やかな声だ。

「もちろん構いません…が、何かお心当たりでも?」

秋元は静かな笑みを浮かべた。
「わかりました。いずれにしても…当日は全力を挙げて警備にあたります。」
中谷は立ち上がって深々と一礼した。

30.病室



大島が面会申込書に記入をしている間、島田と大家は無言で周りを見回していた。
築地にある聖路加病院の広々としたエントランス。
何となく入院してるんじゃないかって予想はあった。
しかし、こんな大きな病院だとは…

「さ、行くよ。」
二人は慣れた足取りで病棟内へ入っていく大島の後に続いた。
たぶん何度も来てるんだろう…そんな足取りだ。

「ここで着替えるんだよ。」
病棟の入り口の小部屋には白衣が並んで置かれていた。
島田と大家は大島に倣って割烹着のような白衣を着た。
シャワーキャップのような帽子を被りマスクをつける。
手には薄いビニール生地の手袋をはめた。

島田は戸惑っていた。
院内感染を警戒してる…そんな事はわかっている。
でも…ただの過労って聞いたよ?結構ひどいって話だけど…
こんなカッコでお見舞い?映画の中みたい…
そうだ。せかちゅーだ。世界の中心で、愛をさけぶ。
でも…あれは確か…白血病だったよね。え?…まさかね…
違う違う。まさかたかみなさんが…

「この部屋だよ。」
大島が部屋のドアをノックする。
一呼吸置いて、返事を待たずにドアをスライドさせて中に入った。

中は個室だった。
広い部屋の窓際にベッドがある。透明のカーテンで囲まれている。
人の気配に気づいたのか、ベッドに横になっていた高橋がゆっくりと身体を起こした。

二人がそれが高橋だと気づくのには暫くの時間を要した。
頬はこけ、大きな目だけが目立つ顔。
トレードマークの長い茶髪はなく、頭にはニットの帽子を被っていた。
高橋は三人の姿を見て微かに微笑んだ。

「聞いたよ~。まだバチバチやってるんだって?」
高橋は笑顔で島田と大家に話しかけた。
ちょっと擦れてるが間違いない。聞きなれたいつもの声だ。
島田の目に涙が浮かんだ。大家もさっきから鼻をぐしゅぐしゅいわせてる。

いろんな事を話そう。色んな事が聞きたいんだ…
ここに来る前まではそう思っていた。島田も、大家も。
しかし、言葉が出てこない。目の前の変わり果てた高橋の姿に何と声をかければいいのだろう?
そんな様子を察したように高橋が笑って話しかける。

「あはは。心配した?これね…ちょっと強い薬を使ったからね。仕方ないんだ。
東京ドームに間に合わせる為には多少きつい思いしても体調回復させないといけないからね。
だから、心配しなくていいよ。な?結構元気だろ?」

「で?島田は何が聞きたんだ?」
高橋がベッドの上で胡坐をかいた。
「ちょっとたかみな。幾らなんでも、そのカッコさ。それじゃオヤジじゃん。」
「そう?ま、いいじゃん固い事は抜きで。」
「はい…実は…」

島田がベッドの脇へ進み、腰をかがめて話始めた。





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